お厚いのがお好き?


ママの狙撃銃・荻原浩(双葉社)

 夫と子供二人。ローンを組んでようやく買ったマイホーム。曜子は家事と育児にあけくれながらも、満足して日々を送っていた。そんなところに入った、旧知の人物Kからの突然の電話。久しぶりに仕事を依頼したいという。曜子はアメリカで過ごしたティーンエイジャーの頃、殺し屋をやったことがあるのだ──。
 あっという間に物語に引き込まれる。巧いなあ。まったく、ホントに、巧いよなあ。日常と非日常のバランスが絶妙だ。ヒットマンだったという過去を持つ主婦っていうそれだけで「どひょおお」と飛び上がるが、アメリカで過ごした子供時代のエピソードの描き込みと、「リストラされそうな夫、稼がねばならない妻」という舞台設定のおかげで、「どひょおお」な話をすんなり受け入れてしまう。
 分解した銃身は大根やフランスパンや葱の中をくりぬいて隠すというだけでも「主婦スナイパー」なのに、くりぬいた大根や葱は煮物に使えるからとラップして冷蔵庫にしまうってあたりに、「そうそう、そうよね!」とガッツポーズ。さすが主婦! あたしでも大根と葱は煮物に使う。フランスパンは冷凍しておいて生パン粉にするといいよ。そんなこたあともかく。神は細部に宿るとはこういうことか。あるいは「仕事」の日、出勤前に子供が熱を出す。おいていけない、預かってくれる人もいない。そんな「働くお母さん」の苦悩もリアル。リアルでないのはその「仕事」が人殺しだってことだけで、ああもう、なんてソツのない!
 けれど曜子は殺した人物の亡霊に悩む。商売として人を殺すことを決して心の底から納得したわけではない。できることならやめたい。でもそんな曜子が一度だけ自ら銃を手に取ったのは、いじめに遭っている娘を守るためだった。ああもう、そのシーンの如何にカッコいいことか! 如何に溜飲の下がることか! 実は全部のシーンの中で(いろんなスナイパー・シーンも含めて)、曜子がいじめっ子と相対するこのシーンが一番興奮したし、一番息を詰めて読んだ。このシーンがあることで、楽しいだけのコミカルドラマではないということを宣言している。母は強し。その強さは商売としての人殺しではなく家族を守るためにこそ発揮される強さなのだ。
 ラストがちょっとバタバタした観はあるが、これって映像化すると楽しそうだなあ。翻訳小説にありそうな、軽妙さのなかにシビアな思いを閉じ込めた佳作。これはお勧めだ!
  (06.6.21)
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ぶぶ漬け伝説の謎 裏京都ミステリー・北森鴻(光文社)

 「支那そば館の謎」に続くシリーズ第二弾。京都のマイナーな名刹・大悲閣千光寺に暮らす寺男の有馬次郎は、実は元裏世界の住人。今は世俗を捨て修行の日々──のはずが、バカミス作家のムンちゃん(デビュー作が「鼻の下のばして春ムンムン」てのには大笑いした。自作パロディかよ!)と、みやこ新聞の自称エース記者・折原けいが持ち込んで来る厄介事のせいで、次郎も結局は駆り出される事に。京都の生活や文化をモチーフにした連作短編集。
 最大の魅力は事件でも謎解きでも京都でもなく、料理とカクテルの描写なんだよなあ──と書いてしまっては失礼かしら。でもほんとに美味しそうなんだもの。料理を書かせたらホントに巧いねこの作家さんは。
 ただ、シリーズ二作目にして、だんだんトラブルメーカー二人がうるさくなってきたなあ。こういうシリーズでのトラブルメーカーって、事件を呼び込まなくちゃならないわけだからそりゃある程度は粗忽者である必要があるのは分かるが、それもなんか度が過ぎちゃうと「またか」としか思えなくなって来るのよね。このままでは事件の発端がすべて「ムンちゃんが馬鹿だから」になっちゃうよ。裏の世界でならした次郎が、馬鹿なトラブルメーカーに振り回されてるっていう前提自体が、どうにも居心地が悪い。ユーモアミステリとはいえ、もう少しキャラに常識的な部分があっても良いんじゃないかしら。好みの問題ですが。
【狐狸夢】関東と関西の「たぬきうどん」の違いを使ってミステリを書きたい。ムンちゃんから受けた相談が思わぬ方向に。
【ぶぶ漬け伝説の謎】京都案内を書いていたライターが殺された。胃の残留物からふぐ鍋を食べたことが分かったが──。
【悪縁断ち】殺された資産家は、吝嗇と浪費の両方の癖を持っていた。その意味するところは?
【冬の刺客】みたらし団子の1個だけが抜き取られる事件。折原は、それが殺人予告ではないかと言い出した。
【興ざめた馬を見よ】車で馬を撥ねたと主張する男。単なる酔っぱらいの戯言と処理されかけたが──。
【白味噌伝説の謎】有馬がスーパーで購入しようとした白味噌に、「毒入り」の付箋が張られていた。
  (06.6.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

若者殺しの時代・堀井憲一郎(講談社現代新書)

 若者である事の損得は時代によって違う。その分岐点は80年代にあった──。「ホリイのずんずん調査」から生まれた企画ということでお笑い調査ものを予想して読んだら、背負い投げを食らった。これはまったく頷くしかできない「時評」ではないか。
 クリスマスに恋人とディナーをとりホテルで過ごすなんてことになったのは、いつからか。「一杯のかけそば」に嫌悪感を持つ世代はどこからか。ホームドラマが主流だったテレビで、トレンディドラマと名付けられた恋愛ものが幅をきかせるようになったのはいつからか。月9ドラマにケータイが出たのはいつからか。「おしん」が爆発的人気を得た朝ドラが、戦争ではなく「いろんな職業に就く女性」を描き出したのはいつからか。恋愛で女性がイニシアチブをとるようになったのはいつからか。戦後、子供のためのものだった「漫画」が次第に若者のカルチャーとなり、オタクという言葉を生んだのはいつか。89年に起こった宮崎勤事件によってオタク文化はどうなったか。そんな狂乱と怒濤の、地に足がついてない80年代をくぐり抜けたあとでやってきた90年代。それがどんな時代だったか、著者はこう言う。
   90年代は恋愛と携帯しか売られなかった。そして、恋愛と携帯からは、何も生まれなかった。
 深く、深く、首肯せざるを得ない、簡潔にして正鵠を射た一文ではないか。
 あたしは80年代に「若者」だった世代だ。クリスマス神話は、あたしが大学1年のときと4年のときでは既に大きく変わっていた。ネクラとネアカの二極分化が一気に進んだ。互いが互いを蔑んだ。その変化をまっただ中で体験し、戸惑った。
 宮崎勤事件や、「カンチ、セックスしよ」と誘う赤名リカは、もう「若者」から半分卒業しかかったときに出会った。だからちょっと冷めた位置で、それでも半分はその熱気の中で、妙に浮ついた時代を観ていた。あれは確かに、なんだかとってもおかしな時代だった。自分が通って来た時代なのに、「なんだかとってもおかしな時代だった」としか表現出来ないあの時代を、堀井憲一郎が見事に分析してくれた。これだ、と思った。あの時代は、これだったんだ、と。
 特に女性は、襟を糺して読むべき箇所がある。東京ラブストーリーの赤名リカ以降、女性は「自分らしい生き方は譲らない、女性であることも手放さない、どちらも叶えてくれる男性としか恋愛しない」生き方を知ってしまった。それはとても魅力的な生き方だ。けれど堀井は言う。それはレートの高い賭場だ。そもそも男性が乗って来ないレートだ。女性がレートを上げて、自分の首を絞めてしまった、と。その世代のあなた、身に覚えがあるでしょう。
 80年代に端を発した、若者がゆっくりと殺されていく現代という時代を斬る、深くてメッセージ性に富んだ評論でありながら、80年代から90年代の文化時評としての資料性も高い。難しいテーマは横においといて、当時のサブカルチャーの変遷を観て懐かしむという読み方もできる。敷居は高くないので、是非手に取って欲しい。   (06.6.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

オババの森の木登り探偵・平野肇(小学館)

 子供の頃、悪友たちと一緒に忍び込んでは地主のオババに追いかけられた「オババの森」。開発の進んだ住宅街の中にぽっかりと残ったその森の、管理人として俺は戻って来た。年来の夢だったツリーハウスを作り、そこで探偵事務所(実態は便利屋)を開いた俺は、自然に囲まれ大満足。しかしその森に、住民の反発や開発の噂も聞こえてきて──。
 アウトドア雑誌のサイト
iBE-PALからケータイ小説として発信された本書。うわー、なんか久々にジャケ買いしちゃったなあ。だってさあ、ツリーハウスですよ。子供の頃に一度は作ってみたかったでしょうツリーハウス。それがイカニモな感じで表紙に描かれてるんだもの! おまけに「木登り探偵」というタイトルと平野肇という著者から、けっこうしっかりしたミステリ(平野氏は昆虫巡査シリーズなど自然をモチーフにした手堅いミステリを多く書いてらっしゃるのよ)なんじゃないかと期待したってのもある。だから特に確かめもせずに買っちゃったんだよねえ。
 えっとね、ぜんぜんミステリじゃなかったよ! うわはは。探偵といってもホントに便利屋さんで、どんな仕事をしてるかが紹介される前半の「事件簿」は、そりゃもう他愛無い。どのあたりを読者として想定してるのかしらと考え込んじゃうほど他愛無い。むしろ物語として動き出すのは後半、オババの森を巡る「陰謀」が匂わされるようになってからかな。虫が多い、蛇がいる、変質者が入り込むかも、危険だ──そんな理由で森をなくせと迫る近隣住民たち。森の重要性をなんとか分かって欲しいと運動する主人公。その主人公が片想いしているバツイチお母さんの秘密。そういったものが相俟って、森を守ろうとする者たちと開発業者との戦いになっていく。
 話としては良いんだけど、この探偵がけっこう独りよがりな上に行動力がないのが気になるなあ。森を残すことと理解してもらうことが第一で、そのために利用出来るものはすりゃいいのに、なんか自分の理念に拘っちゃうもんだから、なかなか話が進まないのよね。おまけにそれは理念だけだから、開発側の実力行使には何も対抗出来ないし。でもってその理念が、いまいち読者には伝わらないのも残念。結局は支援者や地主の力を借りて解決する始末。あんた主人公なら自分で動きなさいよ!と言いたくなってきた。おまけに回収されてない伏線(不動産屋の幼なじみが遺骨探しに反対する理由とかね)もけっこうあったりして。
 平野肇さんて、確かに自然をテーマにした話が得意だけど、これはまた随分間口が広い。もっとカッチリしたミステリをたくさん書いてる人なのになあ。これってつまり、iBE-PALっていう媒体故なのかしらね。   (06.6.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

英雄先生・東直己(角川書店)

 ボクサーの夢破れ、郷里の松江に戻って高校教師をやっている「俺」。仕事にはさして熱心ではなく、女生徒のタマキと関係を持ったりもしている。ところがある日、教え子の暁美が何者かに拉致されるという事件が起きた。拉致現場の近くでは死体も見つかっており、俺はひょんなことで知り合った雑誌ライターの的場と、生徒二人の計四人で、暁美を救出に向かうことになったのだが──。
 いやあ、面白いなあ。ストーリーテリングが巧いのと、会話がサイコーに巧い(これは東直己の最大の魅力だと思う)のと、緊迫と笑いのメリハリが良いのとで、もうくいくい読ませる。最近、メインの複数のシリーズで共通して北海道の官憲の腐敗をテーマに据え、エンタメからはやや離れかけていたのが個人的には残念だったんだが、久々にエンタメに戻って来てくれて嬉しい。やっぱこーゆーのがいいよぉ。若干の思想が入ってないわけでもなかったが、これくらいはスパイスとしてアリでしょう。
 いつものことながら、またキャラがいいのよ。正直、最初の頃は、主人公の俺にしろ、タマキにしろ、的場にしろ、なんかだらしなかったり得体が知れなかったりで「嫌なヤツだなあ」と思っていた。けれど話が進めば進むほどどんどん魅力が増してくる。主人公がめったやたらとスケベだったり、的場に意外な弱点があったりというくすぐりも効果的。特に、ドンパチの最中にある息子に電話をしてきて、下手なんだから車の運転はするなだの、晩飯食べに来いだの、歯医者に行けだのと叱るお母さん! 一度も本人は出て来ないのに、その存在感たるやサイコー。
 松江から隠岐へ、車やフェリーや漁船を使い、時には乱暴な妨害と戦いながら進む4人。これだけ追跡劇を入念且つエキサイティングに描きながら、いざ乗り込んでからはアッサリ終わってしまったのと、そのあとの対応や処理を描く前に大団円にしちゃったのが、やや拍子抜けといえば拍子抜け。でも大事なのは勝負の行方ではなく過程にこそある。マルチ商法や新興宗教の問題など、社会派的なテーマもあるしその描写はさすがに巧いのだが、それはあくまで背景。直接対決が始まった時点で物語は終わっているのだな。対決シーンはゴール。ゴールに辿り着くまでに、俺も的場もタマキも森本も、暁美だけでなくそれぞれ他の何かを探し当てる。その何かこそが主眼だ。それはこれまで気づけなかった大事な人の存在であったり、過去との決別であったり、学ぶという姿勢であったりする。そのひとつひとつが、イチイチいいんだよお。
 ところで本書を手に取ったとき、ずっと北海道を舞台にした作品を書いていたのに、どうしていきなり島根?と訝しんだのだが、最後まで読めば島根だった理由も(多分に荒唐無稽だけどな)腑に落ちる。なるほど、そこに結びつけますか!   (06.6.25)
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福家警部補の挨拶・大倉崇裕(東京創元社)

 あははは、コロンボだ古畑任三郎だそのままだ! 楽しい楽しい。犯人の事件シーンから物語が始まり、福家警部補が現場に現れ、「実は最初から犯人の目星をつけていた」相手との探り合い引っ掛け合いで、犯人を名指しする。まさにコロンボ形式。古畑任三郎形式。読者は「どうやって福家警部補はそれを見抜いたのか」「犯人のどこにミスがあったのか」という点を推理し、楽しむことになる。倒叙物の王道だ。加えて、映像では最初からはっきり犯人が出て来るが、文章では犯行シーンから描かれたとしても、読者が必ずしも犯人を特定できるとは限らないんだよね。だからモノによっては、倒叙物の楽しみにフーダニットの風味を加えることもできるのだ。
 コロンボで馴染んでる形式だけに新味やインパクトは無いけれど、巧さが際立つ短編集。一点見破り方式ではなく、二重三重にも糸が絡まる、その展開は見事。コロンボや古畑が好きな人は間違いなく楽しめるよ。
 肝心の福家警部補の内面がまったく描かれないのも効果的。彼女が何を考えてるか、どういう人物なのか(外見的特徴以外は)まったくわからない不気味さを、読者は犯人とともに共有できる。だから福家がいきなり核心に迫る発言をすると、読者は犯人と一緒に「どきっ!」としてしまうのだ。巧い巧い。
【最後の一冊】深夜の図書館。お金のために閉館を匂わす新オーナーを、私は完璧な方法で殺したつもりだったが──。最後の最後で見せる職業魂にノックダウン。その職業ならではの習慣を利用した見破りってのは、本家コロンボにとても近い味わいがある。
【オッカムの剃刀】強盗に見せかけて殺す。その計画は完璧なはずだったが──。わあ、こんなところまで話が展開するとは! 計画でも最も大事なところが多分に運任せなのがちょっと気になるが、後半の事件の広がりには瞠目。
【愛情のシナリオ】ライバル同士の女優。オーディションに勝ち抜くため、ある秘策を考えたが──。これもけっこう偶然によるところが大きいが、そこを巧く謎解きに結びつけるのはさすが。後半で明かされるある真実には「あっ」と思った。
【月の雫】小規模ではあるが良心的で美味しい酒を造って来た酒造メーカー。その酒蔵で見つかった死体は──。いくらでも他にやりようがあったろうになあ……と思うのだが、事件を起こしてしまってから「HOW」を解くのが倒叙なので、その前提に文句を言ってもしょうがないか。細かい点が決め手になるのがキレイ。
 いずれにせよ、どれも端正なミステリでほどよく満足。これは是非続編を期待したい。   (06.6.26)
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都会(まち)のトム&ソーヤ(4) 四重奏(カルテット)・はやみねかおる(講談社)

 シリーズも4作目。サバイバル技術に長けた「普通の」中学生・内人と、財閥の御曹司にして天才且つ美形の創也がコンビであれこれに立ち向かう、セーシュン・アドベンチャーだ。4作目にもなってくると、創也の化けの皮が剥がれてきて、内人の方が圧倒的上位にいるのがわかってくるなあ。もうそろそろ、創也の超デキるところを再確認しておきたくなったぞ。
 さて内容。
 今回は、マラソン大会を途中で抜け、ばれないようにまた合流するという【大脱走 THE GREAT ESCAPE】、幽霊屋敷でのロケに駆り出された二人が遭遇する事件を描いた【深窓の令嬢の真相】の2本がメイン。その前後に、
1巻2巻に出て来た栗井栄太だの、保育士を目指す強面SP・卓也の番外編だのが差し込まれ、巻末にはイラスト担当のにしけいこ氏による書き下ろしオマケ漫画【お茶のトム&ソーヤ】がついてるというサービスぶりだ。
 まずは【大脱走 THE GREAT ESCAPE】。先生に見つからないようにマラソンを抜け出し、さまざまなトラブルに対処しながら巧く戻ってこられるかという、きわめてシンプルな設定ながらディーテイルが面白いので楽しい楽しい。創也がどこまでも足手まといになってるのがナンだがな。つか、これって別に内人だけ抜ければ良かったんじゃ? 創也が一緒に行く理由ないじゃん。それに内人も、サバイバーだとか「都会で子供が体験できる冒険」とかというより既に忍者の域に達してる気がするが。
 【深窓の令嬢の真相】は、幽霊屋敷で二人が某悪党グループと立ち回りを演じるわけだが──創也ってば、物事に気づけるとか推理出来るとかって、それだけでは決して名探偵たりえないってのが良くわかるよ。理屈が分かったってダメだ、大事なのはそれに対処できるかどうかだ。もしや著者はそれを子供に伝えたかったのかしら、とまで深読みしてしまったくらい、現場での創也は役立たずだ。そんな創也の見せ場といえば謎解きの筈なんだが──うーーーーん、これさあ、3巻を読んでないとワケわかんないでしょう。伏線まるでないところに、いきなり前巻の話を持って来ても。いや、もちろんこれは続き物だからそれもアリなんだけど、なんか急に話の矛先がずれちゃったような違和感を感じたぞ。
 とまれ、続き物だと割り切って1巻から順に読めばいいのか。でも、【大脱走 THE GREAT ESCAPE】みたいに単体として成立してるものも、ちゃんと入れていってくれるといいな。   (06.6.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

図書館戦争・有川浩(メディアワークス)

 うわっ、すっげえ面白い!
 『メディア良化法』という、公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる法律が施行された時代が舞台のSF。さまざまな書籍が検閲され、世の中から読みたい本がどんどん消えていく中、自由に本が読めるのは図書館だけとなってしまった。『メディア良化法』推進派は図書館の蔵書すらも駆逐しようと攻撃を仕掛け、図書館側も専守防衛とはいえ「図書隊」を組織し、武力で対抗するようになる。悪法から読者の権利と自由を守る為の戦争が繰り広げられる中、志願して図書隊に入隊した新人女性・郁は──。
 苦手なジャンルってのは幾つかあって、実を言うとそのうちの二つがSFとライトノベルなんだな。でもってこれは紛うかたなきSF。それに若い女性の一人称で、それも砕けた話し言葉で地の文が書かれているし、台詞回しもキャラ設定も人間関係も多分にライトノベルの要素満載。ということは、普段ならあまり手を伸ばさないエリアの本なわけだ。おまけに主人公は、能力も知識も判断力もない直情型の明るく元気な女の子、という朝ドラみたいなイカニモな設定だったし。そういう主人公ってトラブルメーカーとして周囲に迷惑かけることが多い癖に自分に非があるとは考えない、腹立たしいヤツが多いのよね、ぷんぷん、なんて考えてたわけだ。
 ところが! そんな苦手ジャンルだったにも関わらず、ぐがががーーーっとのめり込ん出しまったからビックリ!
 まず、テーマが図書館という、本好きには極めて身近且つ興味をそそるものであったこと。SFとはいえ、それは舞台設定だけで、描かれている内容は普遍的な成長小説・社会派小説の要素が強いこと(つまりジャンルの様式を知らなくても読めること)。そしてライトノベルっぽいとはいえ、メディア統制・検閲という決して絵空事ではない社会的事案が物語の中核にあること。周囲が主人公に厳しく主人公は自分の未熟さと正面から向き合うという設定だったこと。オンナノコ物語にありがちな、「公私混同は当たり前、社会と恋愛だと恋愛とります」的要素が薄かったこと。そういう理由で、苦手ジャンルの中の苦手である理由が軒並みクリアされちゃったのよね。その結果。ジャンルの様式なんかまったく関係なく、ただ素直に、めちゃくちゃ面白かったのよおお。
 劣等生の主人公が同期からは蔑まれ、上司からは怒鳴られても負けないのは、昔、ピンチを救ってくれた図書隊の王子様に憧れてるから──と書けば、うわあああ痒い痒いなんだその痒い設定は、と思われるかもしれないが、それがさほど痒くないのは、蔑む同期や上司の方に理があるから。主人公が自分の馬鹿を自覚し、それを是としたくない感情と何とか折り合いをつけようとしているから。そしてそういう「私」の部分と、表現の規制という権力と戦うこと・図書館の理念といった「公」の問題が、融合はするが混同はしないから。キャラ重視でありながらも、主人公のために物語があるのではなく、主人公が物語に奉仕する。そのバランスたるや見事!
 脇役の造形も、役割に応じたデフォルメはされているものの、とても魅力的(個人的な好みを言えば、もちょっとリアルでも良いんだけなー)。構成は文句無し。色恋沙汰も必要以上に前面に出て来ないのがマル。クライマックスは手に汗握り、体制派の愚挙には憤りを感じ、戦いのレポート記事に胸を熱くする。うん、これはいい! おすすめだぁ。   (06.6.28)
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仮面幻双曲・大山誠一郎(小学館)

 昭和二十一年。占部武彦は双子の兄を殺すため、整形外科医に金を積んで協力を依頼。そのあとその外科医を殺し、かねてからの計画を実行に移した。そして翌年、武彦から脅迫状が届いたとして、兄・文彦は探偵を雇って護衛を依頼する。ところが翌朝、文彦は遺体で見つかり──。
 こりゃまたいっそ気持ちいいくらい、ケレンの無い話だなー。時代性だとか世界観だとかテーマだとか演出だとか人物描写だとか物語としての面白みだとか、そういったものを何の惜しげも無くバッサバッサと斬り捨て、ただひたすら、謎と伏線と謎解きにフォーカス。登場人物はみな見事なほどに与えられた役割のためのみ存在し、そこには魅力どころか性格も感情も(物語を進めるために必要な要素以上のものは)ない。いっそA氏だのB子さんだのでいいくらい。エピソードも読者の心を揺さぶるためものもは一切なく、すべてが謎解きのためにのみ存在する。いっそ箇条書きでもいいくらい。従って読者の感情移入は真正面から拒まれ、あとはもうひたすら冷静に材料を拾い上げる作業に徹さざるを得ない。いっそ清々しい。パズラーだパズラーだ。パズラー以外の何のジャンルでもないぞ。
 ページをめくりながら、鮎川哲也の一連の犯人当て小説を長編で読んでるような気分になったよ。読者を激しく選ぶ気はするが、それはそれでひとつの方向性としてアリだろう。こういうタイプの作品に、人物造形がどうだとか雰囲気がどうだとか、はたまた文章がどうだとかって突っ込むのは野暮ってもの。好事家のためにのみ綴られたパズル小説として楽しむが吉。
 そして「小説として云々」という視点をサクっと無視して、その謎解きに目を向けると。これがまた「おおっ」と思わせてくれるから侮れない。定石どおり探偵役が「犯人たる条件」を箇条書きにしてくれる親切もあれば、怪しい箇所はすべてきちんと説明してくれる親切もある。スレた読者が「双子が出て来る本格」というので思いつくさまざまな仮定をちゃんとうっちゃってくれる。細かいさりげない伏線があとで効いてくる巧さや、真相を脳内で映像にしたときに感じるゾゾ気など、この「解決編」には驚き感嘆した。こりゃまたキレイな、すべてがきちんと収まるべきところに収まる気持ち良さ!
 けれど、そういうサプライズや感嘆は、最後まで読み切ってこそ味わえるものなのよ。広範囲の読者を、途中で飽きられずに最後まで引っ張るためには、前半から中盤にもうちょっと「引き」になるようなサービスがあっても良いんじゃないかなあ。それって邪道?   (06.6.29)
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世紀末大(グラン)バザール 六月の雪・日向旦(東京創元社)

 1999年5月。恐怖の大王が降って来る予言の日まであと2ヶ月弱。俺はふらりと大阪に向かった。有り金が底をつきそうだったので、お好み焼き屋で偶然出会った男にちょっとしたパフォーマンスを見せ、何か仕事はないかと訊ねたところ、「何が出来るのか」と逆に問われ、思わず口にした答が「探偵」。俺はその場で探偵として採用され、ある事件解決の依頼を受けたのだが……。
 鮎川哲也賞を授賞するにはこれは本格ミステリじゃないだろう、という議論が選考会でなされ、佳作という形で世に出た一作。読んでみれば、うん、確かにこれを本格というにはちょっと違うかなと思う。謎はあるし謎解きもあるし伏線もあるし騙しもあるし、つまり本格テイストはあるんだけれど、そしてそれはけっこう「おお!」と思うようなものではあるんだけど、それが決してメインではないのだな。物語の「騙し」の上ではメインなんだけど、物語そのものに於いてメインではない。
 何に驚いたって、いきなり二つの密室傷害事件が起こるのだが、それが本格ミステリとしてはあり得ない推理で早々に解決するのだ。その方法とは──「これは××の小説(実在)に出て来たのと同じトリックを使ったんだな」という推理なのよ。「この本を読んでるヤツが犯人なんだ」って、えええええ、そんなのあり? 
 おまけに解決されない気がかりも結構残る。最大の謎は「俺」だよなあ。なんかとんでもないバックグランドを匂わせてるんだけど、それは最後までつまびらかにはされないんだもの。いったい何者なんだろうこいつは。密室事件のとんでもない解決といい、「俺」の謎といい、もしかしたらこれはアンチ本格なんじゃなかろかと思ったくらいよ。
 けれどジャンル談義はさておいて。虚心坦懐にエンタメとして読むと、どうしてなかなか悪くない。やや癖はあるものの語り口は軽妙で楽しいし、十数人が共同生活をしている《モール》の成り立ちはそれだけで一編の長編小説のようでかなり読ませる。そして最後に分かる《モール》の秘密は、なるほど確かにそこだけ取り出せばリッパな本格ミステリで「うわあ、そうだったのかあ!」とのけぞること請け合い。全体の構成だとか回収しきれてない伏線だとか主人公の造形だとか、なんだかイマイチすっきりしない据わりの悪さはかなり残るんだけども、それでもこのアイディアはマルだ。
 しかし何が悔しいって、あたしがずっと温めていた駄洒落「セーラー服と奇厳城」と同じアイディアが出て来たことよ。きぃっ、先を越されたあ。   (06.6.30)
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