溺れる人魚・島田荘司(原書房)
御手洗モノ──ということになるんだろうが、表題作なんて御手洗は名前しか出て来ないし、【海と毒薬】は石岡から御手洗への手紙という体裁だし、中の2作も推理よりも情報の方が勝っていて、御手洗潔シリーズと括ってしまうにはちょっと違うかな、という気がしないでもない。本格ミステリを書こうとはしてないんだろうな。でもさ、やっぱ力があるよなあ。
お勧めマークは、野球とミステリの両方が好きな人限定。でもそういう人、けっこういるよね?
赤々煉恋・朱川湊人(東京創元社)
ノンシリーズのソフトホラー(そんなジャンルがあるのか?)短編集。何かに焦がれ、切望する人々の物語で、ものによってはけっこうグロテスクだったり歪んでいたりするのに、その奥にある哀しみに引き込まれる。大人向け乙一って感じ? 物語そのものよりもディーテイルにインパクトがあるので、読み終わったあとには話ではなくシーンの印象の方が残ってるんだよね。
移り香の秘密 塙保己一推理帖・中津文彦(光文社)
いやー、久しぶりに読んだなあ中津文彦。これのシリーズ第1作である「塙保己一推理帖 観音参りの女」を読んだつもりでいたのだが、いざ本書を読み始めてみると設定にまるで覚えがなく、実は第1作も読んでなかったことが判明。何を勘違いしてたのやら。
おおおお面白い!
恋する死体 警視庁幽霊係・天野頌子(ノンノベル)
「警視庁幽霊係」に続くシリーズ第二弾。幽霊が見え、会話できるという特殊能力を持つが故に、警視庁特殊捜査室に配属されてしまった柏木雅彦。今回は、心臓病で死んだとされている私立探偵(元刑事)の死因に関する捜査だ。生前、とある外科医のスキャンダルを追っていた件が死因に関係しているのではないか?ところが幽霊となった本人ですら、自分は病死だと信じていた──。
ただ言葉もなく読んでしまう。泣けるとか感動するとかそういう気持ちより前に、ただひたすらに読まされる。読んでいて、なんだか胸が詰まって来る。ときおり、大きく「はぁ……」と息をついて、それで初めて、それまで呼吸を止めていたことに気づく。そんな物語たち。そんな浅田幽霊譚。巧いなあ。あざといのは否定しないが、そのあざとささえも味になってる。
びっくり館の殺人・綾辻行人(講談社)
古書店でたまたま見つけた推理小説に、見覚えのある名前が出て来た。それをきっかけに、三知也は子どもの頃のある事件を思い出す。びっくり館と呼ばれる屋敷で起こった密室殺人を──。
舞台はニューヨーク。怪盗グリフィンのもとに、メトロポリタン美術館からゴッホの自画像を盗んで欲しいという依頼が来た。グリフィンのモットーは「あるべきものを、あるべき場所に」。つまり、私利私欲に欲した手前勝手な御法度、「本来の場所に戻すため」の盗みしかしない。そう言って一旦は断ったのだったが、依頼者は、実は展示された絵は贋作なのだと告げて──。
銃とチョコレート・乙一(講談社)
富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発、現場には毎回ゴディバという署名入りのカードが残されている。怪盗ゴディバと渡り合うのは、ぼくらのヒーロー・名探偵ロイズだ! 少年リンツはたまたまある手がかりを見つけ、ロイズに手紙を書いた──。
【溺れる人魚】オリンピックで活躍し英雄となった女性スイマーは、しかしその後、病気で次第に廃人と化していく。そしてついに自殺。けれど彼女が自殺したのと同じ時刻に同じ銃から発射された弾丸が、遠く離れた場所で別の人物を殺していた──。これ、謎が出て来るのは後半になってからで、その謎自体はめちゃくちゃ他愛無い。すぐ分かる。親切すぎるにも程があるというくらい易しい。でもね、それでも読まされちゃうんだよなあ。そこに至るまでのドラマと医学情報の密度といったら! ドラマそのものに圧倒されてるので、誰がどうやって殺したかなんて、すっごく小さいことのように思える。謎解きは完全に脇役。けれどそれが気にならない。筆力とはこういうことを言うのか。
【人魚兵器】大戦中、ナチが地下で行っていた秘密実験とは何だったのか? 一枚の人魚の写真が御手洗を駆り立てる──。医学と歴史と地下(都市)。昨今の著者のモチーフがみっちり詰まった一作。けれどこのラストで語られる結論は、けっこう考えさせられる。
【耳の光る児】離れた場所で生まれた複数の子どもに、乳児の頃に耳が光るという特徴があった。その理由は何なのか? 一見、ミッシングリンクものだが、その実はミステリではない。けれどこの壮大な歴史をこんな短編にしちゃうってすごい。
【海と毒薬】石岡から御手洗への手紙。石岡のもとに届いた、「『異邦の騎士』を読んで救われた」という読者からの手紙が紹介されている。ミステリではなく、田舎育ちのひとりの女性が人を好きになり都会に出て傷つき、そして立ち直るまでの話。それだけの話なんだけど、引き込まれるなあ。冷静に考えてみれば、「自分の小説を読んで《救われた》という読者の話を、当の作家が書く」というのはめちゃくちゃ手前味噌な話ではないかと思うのだが(そうだよねえ?)、なんかそういうところもひっくるめて、島田荘司ならアリだ。これまで豪腕としか言いようの無い大技を、「島田荘司しか書けない」という筆力で《作品》にして来た著者だが、その豪腕はトリックだけの話ではなかったのだな。自分の作品をここまで褒めるって。他の作家には絶対出来まい、これ。
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殺意は必ず三度ある・東川篤哉(ジョイノベルス)
この著者の作品はデビュー作の「密室の鍵貸します」しか読んだことなくて、その作品のトリックには感嘆したもののキャラの造形がどうにも苦手(是非ではなく好みの問題ですよ)だったため、それっきりご無沙汰してたわけですよ。ところが、「本格ミステリ04」所収の鯉ヶ窪高校シリーズの短編【霧ヶ峰涼の屈辱】が面白かったのと、本書が野球ミステリであるということ、そして著者自身が野球好きでカープファン(ああ、だから鯉ヶ窪!)だというのを知ったのとで、それじゃあ読んでみずばなるまい、と手に取ったわけさ。
したらばさ! 面白かったんだなこれが! 鯉ヶ窪高校の弱小野球部からベースが盗まれるという事件が起こった。そして飛龍館高校との練習試合の日、バックスクリーンから死体が発見される。その死体の側にはミットとボール、そしてベースが……というお話。
野球好きには細かいクスグリが楽しいんだが(まさか太平洋クラブとクラウンライターなんて文字を目にするたぁ……)、特筆すべきが、このミステリが「野球でなければならなかった」ということ。スパイスや小道具に野球を使ってるだけの、別にサッカーでも良かったんだけどねというようなミステリじゃないんですのよ。野球のルールと環境と用語が深く深くミステリに関わって来るのです。もう、それだけでマル。「野球見立て殺人」の絵解きなんてあーた、野球ファン兼ミステリファンならゾクゾクするよ。そうよ確かに野球には××な用語が多いのだけれど、それをこう使いますか! そう来ましたか! そしてそう解きますか! みたいな。
デビュー作で感じたキャラへの苦手意識も(この部長はちょっとイヤだけど)気になるほどではなかったし、会話も楽しくてさくさく読める。野球のお勉強も出来ちゃうよ。実際、「そうなのよ、そういう間違いをしてる素人が多いのよねえ」としたり顔で読んだあと、ふと気になって自分のサイトを検索したら、まさにあたしがその間違いをしてて赤面しちゃったりさ。
最大のトリックについては、さらっと読んだだけでは分かりにくいってのが難といえば難か。よくよく考えれば「ああ、そうか!」と思うんだけどね。ただ、あたしは本書の最大のトリックはそこではなく(いや、ホントはそこなんだろうけど)、見立てそのものにあると考えてるので、物理的なあれこれはオマケみたいなもの。いやもう、この見立てだけであたしゃ充分満足です。
(06.7.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【死体写真師】大切な妹を病気で失ってしまった姉。妹がもういないなんて認めたくない。そんなとき婚約者から、思い出として死体の写真を生きているかのように撮ってくれる業者があると聞き、姉はその葬儀社へ連絡をとった──。うわあ、この「真相」はなんともダークな! ただ《不思議》のありようがややご都合主義なように見えるのが残念。
【レイニー・エレーン】出会い系サイトで出会った人妻とM山町のホテルへ向かった佐原。その町はかつて、有名企業のOLが夜には娼婦ととして客を取り、その挙げ句に殺されたという事件の起こった町だった──。有名な事件をモチーフにした短編で、とても哀しく美しいのだが、佐原の妻子のことを思うととてもしんみりはしていられない……てのは主婦の発想かしら。
【アタシの、いちばん、ほしいもの】ママの溜息を聞きながら、アタシは学校へ向かう。学校なんて楽しくないんだけど──。イチオシ! 正直、ネタそのものはけっこう早い段階で見当がつくのだ。これってあのパターンだな、と。分かって読んでるから著者の工夫が良く見えて、ちょっと優越感を感じたりもしたわけさ。そしたら! その予想自体は当たってたんだけど、展開が! 物語は設定やネタだけにあらず、そこからどう展開させるかなんだよなあ、やっぱり。これはお勧め。哀しくて、切なくて、けれどほんの少しの暖かみが残るよ。
【私はフランセス】数奇な運命をたどる盗癖のある少女。運命の人に出会い、ようやく安住の地を見つけたと思ったが──。わあ、こう来たか。旧友へのメッセージという体裁で書かれた一編だが、なぜこんな方法をとっているのか、分かった瞬間にぞわっと来た。
【いつか、静かの海に】僕が子供の頃の話。近所のアパートに住んでいるお兄さんの部屋には、体が途中まで出来かけた「お姫様」がいた──。うー、ちょっと現実離れの度合いが(あたしには)強過ぎて、入り込めなかった。けれどこういう話が好きな人にとっては、すごくロマンチックなんじゃないかしら。
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で、塙保己一です。はなわ・ほきいち、と読む江戸時代後期の実在の人物。『群書類従』という歴史書を編纂した学者として知られているけれど(知られてるかな?)、彼にはもうひとつ個性があって、それは「盲目」ということ。その原因はシリーズ第1作を読んでないのでわからないのだが、7歳のときに失明したらしい。つまり目に見える情報以外で謎を解いていくという捕物のシリーズなんだな。まあ、目で見る情報は他に集めてくれる人がいるからね。謎解きの仕掛けそのものはとてもシンプルで、意外性だとかサプライズだとかには重きをおかず、かといってそんな事件を生んだ背景を描き込むわけでもなく──じゃあメインは何かと問われれば、塙保己一とその時代、ってとこなんだろうなあ。
【移り香の秘密】かどわかされ、殺された商家の娘。下手人として捉えられたのは相撲取りだった。しかしその裏には別の真相が──。これが一番ミステリっぽい。
【三番富の悲劇】孝行息子で表彰までされた男が母を殺した。その理由とは? これには保己一が若い頃にお伊勢参りをした話が出て来るんだけどさ、それが謎解きやテーマに関わるかってえと、ぜんぜんそんなことはないのね。伊能忠敬ってえ人物が歩いて測量してるのだって話も出て来るけど、それも出て来るだけ。うーん、時代が出るのは良いんだけど、もちっと物語ってものに与するエピソードにならんもんか。ただ、江戸時代の盲人社会について書かれた箇所は興味深かった。障害者への救済措置という福祉の概念が幕府にあったってことだもんなあ。ここはもちっと詳しく知りたいぞ。
【枕絵の陥し穴】盗みに忍び込んだところで殺人を目撃した泥棒。当然、殺しの疑いもかけられお縄となる。しかし未遂だった娘だけは命が助かりそうで──。事件の展開としてはありがちか。この「犯人」の思いの丈ってものを、もっとじっくり読みたい。身分や世相といったものが深く関わっていることなのに、これだけの描写では単なる自分勝手なヤツでしかないんだもの。
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イレギュラー・三羽省吾(角川書店)
血が騒ぐよアツくなるよ、それでいて全然陳腐じゃないよ! すげえ面白えっ。面白いと思うのは、あたしが野球好きだからというわけではない(と思う)ぞ。これは野球が好きとか興味ないとかを超えて、ただ素直にひたすらに、どえりゃあ良く出来た青春小説だよ。
甲子園で活躍して一躍名を馳せたK高。そのK高の近くには、半年前に水害で全村民が避難生活をしている蜷谷村の仮設住宅があった。その蜷谷村にも高校があり、野球部がある。蜷高野球部のエース・コーキは剛速球を投げる才能を持ちながら、避難生活と村の窮状のため部活そのものが停止していた。そんなとき、K高野球部の監督が、蜷高野球部との合同練習を持ちかける。そこには、二校の監督のそれぞれの思惑があって──。
名門強豪野球部と、部員が9人ぽっきりの田舎の野球部の合同練習。その田舎の野球部にいる天才投手。てなふうに粗筋を紹介すると、真っ向からの青春スポーツ小節のように思えるでしょう? 確かに青春でありスポーツではあるんだけど、それは決して真っ向からのってワケじゃないんだな。環境の違いすぎる二校に生まれるライバル意識や友情ってあたりは真っ当なんだけれど、普通はこの2チームがいろんな確執のあとに対決するって流れになるじゃない? ところがそうはならないのよ。話は意外な方向に流れていくのだ。それがまたミゴト。展開には確かにマンガチックなところはあるんだが、シーン作りの巧さと文章の巧さでしっかり読ませる。なんせ文章のおかしみといったら無いよ! 読みながら何度噴き出したことか。
そして何より、コミカルでアツい青春小説の向こうに「避難所生活が長引く自治体に、なにをしてあげられるか」という隠しテーマがある。いや、隠してないか。そうか。同情しているつもりだったのに、当の避難村民から「おまえらには何も出来ない」と言われたK高の面々が、その意味をとらえ、考え、そして出した結論が何だったか。それが分かったときには胸が熱くなった。ゾクゾクした。セーシュンはアツいだけではない。考える、賢い筋肉がここにはあるぞ!
キャラがまたいい。監督より野球知識のある女子マネ、顔が新幹線に似ている(うわはは)テニス部の女子部員ふたり(名前がのぞみちゃんとひかりちゃん!)、お好み焼き屋に集まる町の人々。おかしいだけでなく、長い避難所生活で疲れている村の人々の重苦しさやイライラ、哀しみなどもきっちりすくいあげ、けれど決して重いだけにはならずに明るさをキープする文章。頭脳派ピッチングを旨とするK高エースと、剛球一本やりの蜷高エース・コーキが、深夜に練習場で寝転がって会話する場面の素晴らしさといったら。ええい、こんなへたくそな感想を読んでる暇があったら、本編を読め! 年間ベストで上位に入るのは間違い無しの傑作だ!
(06.7.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
シリーズ第1作との最大の違いは、特殊捜査室の同僚たちが登場する点かな。しかしこれがまた……甘いもの好きな室長は前回も出ていたけど、今回はそれに加えてオカマキャラ、普段はクールなのに酔うと乱れる美女、刑事ドラマファンの若手関西人などが登場。それぞれが柏木のような何らかの特殊能力を持っていて(それが何かは本書を読んでね)──という設定なんだけど、うーーーーー、このキャラがどれもいかにもマンガチック。どうして各人にこういう個性が必要なのかわかんないよ。わかんないのはあたしの頭が古いからなのかな。もっと普通の人じゃどうしてイケナイのかなあ。
というのも。幽霊から事情聴取できるという設定も、その幽霊が必ずしも真相を知っているわけではないという設定も、そして今回の事件の流れも背景も、とても面白いのよ。物語の魅力で充分引っ張れるだけのものがあるのよ。文章も読みやすいし、ラストなんかうるうるしちゃったし。コメディタッチのライトなミステリ自体は別に悪いことではないので(というかむしろ好きよ)全体に軽めのノリになるのはOK。けれどそこに、わざわざ作り物めいたイカニモなキャラクタ造形をする必要があるのかなあ。いわゆるコージィミステリのように、ノリは軽いけど物語や人物造形は地に足がついている方がテイストに合ってるんじゃないかなあ。いや、好みの問題と言えば好みの問題なんだけどさ。
なんかね、もったいないと思うのよ。マンガチックなキャラにするならするで、どこかにシリアスな一面が出てくればまたイメージは違ったのかもしれないけけど。とてもよく出来たミステリなのになあ。ライトなイメージが勝っちゃって、すごくよく練られた構成も、物語の良さも、ちょっとゾクリとする真相や犯人像も、ぜんぶ覆われちゃってる。シリーズ第1作みたいなメリハリがあれば……。今回は長編だったせいもあるのかな。とまれ、もったいない。それともやっぱり、これは好みの問題なのかしら。
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あやしうらめしあなかなし・浅田次郎(双葉社)
【赤い絆】と【お狐様の話】はストレートな和風怪談。ストーリーよりは設定と描写メインの話だけれど、その描写が天下一品なものだから、もう読ませること読ませること。読んでて絵が浮かび上がり、自分で浮かべた絵が怖くて泣きそうになる。アホか。和風怪談には良くある静かな淫靡さもいい。
【虫篝】と【昔の男】は一転、怖いは怖いんだけどもリアル社会と地続きなホラー。事業に失敗して夜逃げした男が、自分にそっくりな男の存在を知る話と、仕事に追われる看護士の焦れったい恋愛模様の話。ともにラストに待ち受ける「現実」が幽霊よりも印象的なんだが、読後感は正反対。
【骨の来歴】は読み終わってみれば確かにホラーなんだが、読んでる最中は時代がかった恋愛小説。こういうベタな設定を書かせると浅田次郎はホントに巧い。
そしてイチオシは【遠別離】。詳細は言うまい、とにかく読め読め。ありがちと言えばありがちな設定かしらと思うし、読んでくうちに話の落としどころはなんとなく見えてくるんだが、それでも文章の巧さ・描写の巧さでぐがああああっと引きつけられる。巧い。哀しい。優しい。愛おしい。
共通して使われているのは、作中の誰かの視点で「語って聞かせる」という体裁が採られていること。性別年齢環境すべて異なる「語り手」によって語られるその物語は、言葉遣いひとつとっても「これ以外ない」というハマり具合。いったいどれだけの「人物造形のストック」があるのだろう。ストーリーテラーというよりも「語り上手」と言った方がピッタリ来る、職人・浅田次郎の手腕たるやおミゴト。
(06.7.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》
本格ミステリではなく、雰囲気先行のホラーですね。ただホラーとしても不満が残る。だって相当に恐がりなあたしなのに、怖くないんだもの。道具建てばかりがケレンに満ちてる気がして。例えば、「リリカの部屋」という設定(「暗黒館の殺人」は「ダリアの宴」だった)。例えば、鬼気迫る腹話術。例えば、人形を孫娘のように扱う祖父。例えば、フードをかぶった黒衣の古書店主。例えば、装飾の多い文体。そういった幻想譚あるいはホラーとしての小道具は多く、どれもこれも「イカニモな小道具」でしょう? でもその小道具は、小道具以上の何にもならないのさ。びっくり箱も特に意味があるわけでなく、トシオが三知也に託した細工箱だって(実情を考えれば)もっといくらでも直截な方法がとれたはずなのよ。大人(といっても学生だけど)もついてるんだから、もっと現実に即した対応が出来ないはずはないのに。
何より! 冒頭で語られる密室殺人は。防げただろうこれは防げただろう。なぜ「前触れ」があったときに対応をとらなかったんだああああ。「これヤバいんじゃ?」と思った時点でこいつらが大人に相談するなり何なりしとけば、防ぎようがあっただろう。いや、ミステリで探偵役に向かって「事件防げただろう」というのは言っちゃいけないお約束ではあるけれど、こいつらは「何もしてない」んだもの。気味が悪いだの心配だのと言いながら何もせず、事件が起こってから騒いでそれを読者への謎として使うってのは、このあたり、(作品の構成としてではなく読者の心情として)どうなんだかなあ、と。
あ、でも、館シリーズとして他のシリーズ作品との繋がりが仄めかされてるのは楽しいなあ。これを読んだ子どもが成長して、大人向けの本を読むようになった時に館シリーズに出会い、「あ、これって、子どもの頃に読んだびっくり館に出てきたやつだ!」と驚き喜ぶ様を思うとニコニコしちゃう。ロングスパンで伏線を張ったようなもんだよね。
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怪盗グリフィン、絶体絶命・法月綸太郎(講談社)
わっ、わっ、これは楽しいぞ! 法月綸太郎なので端正など真ん中のパズラーで来るのかしらと思っていたら、諜報ありアクションありのなんともアクティブな怪盗小説だったのでびっくり。コン・ゲーム&エスピオナージュといった体裁だ。第一部は国際泥棒コンテストだとか、警備が万全な美術館から絵を盗み出す方法だとか、ポップな義賊物語。第2部では舞台は南の島国に移り、謎とサスペンスと趣向に満ちた展開になる。動きがあるので、とにかく飽きさせない。次から次へとドキドキハラハラが持続する。
巧いのは、タイプの違う複数の側面を混在させていること。知能犯的な権謀術数。科学的にはあり得ない呪術の存在。いかにもアメリカンな派手で明るいパフォーマンス。パズラーもかくやという緻密な伏線。誰が何を知っているのかわからないというサスペンス。偽夫婦のコミカルな会話。どんでん返しの醍醐味。そういった多くの種類の楽しさがアソート・チョコレートみたいに1冊にすべて入っている。子どもは、コン・ゲームの面白さも、頭を使って交通整理する論理的思考も、体を張って勝負するアクションも、すべてこの1冊で味わえるのだ。
知ってることと知らないこと、真実と嘘がめまぐるしく入れ替わる様はオトナもコドモも引きつけるに充分。中でも「おお!」と思ったのは、終盤に展開される「大統領のジレンマ」よ。論理パズルで必ず出てくるこの類いの「詭弁の面白さ」みたいなものを、冒険小説の枠組みの中にきっちり取り込み、むしろ冒険小説としてサスペンスを増すようなやり方で「論理」が使われる。巧いなあ。
この叢書は「ホントに子ども向けなのか」と言いたくなる作品が多いんだけど、本書は太田忠司「黄金蝶ひとり」・高田崇史「鬼神伝(鬼の巻)」「同(神の巻)」と並んで「自信を持って子どもに手渡せる」一冊だあ。本秀康のイラストもぴったりよ。
(06.7.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
舞台も設定も「あらまあ、ずいぶんと真っ当な少年探偵ものじゃありませんこと?」と思って読んでいたら……とんでもない、そこはやっぱり乙一だったよ。意外性を追求するのがミステリとはいえ、おそらくは子どもが無条件に想定しているであろう大前提──正義の味方はあくまで正義で、悪い人はとことん悪いという「キャラの区分け」や、勧善懲悪の思想など──を次から次へと否定してみせる。なまぬるいオコチャマ向けの「良書」ばかり読んで来た子には、こりゃ相当のインパクトがありそうだなあ。
中でもその造形に戸惑うのは、探偵ロイズや怪盗ゴディバといったあたりより、乱暴者でいじめっ子のドゥバイヨルだよな。悪ガキなんてもんじゃない、不良という言葉もまだ甘い、殺人も平気な少年。少年犯罪云々というより「壊れている」というべき乱暴ぶり。これまでの児童文学では、こういうキャラは最後に悔い改めるか破滅するかのどちらかと相場は決まっていた。ところがこのワルが実はとても頭が良くて、どうも途中から「探偵役」になりそうな気配を見せるのよ。となると、乱暴な振る舞いの方が何かの芝居なのかしらと思うと、それはそれで真実のドゥバイヨル。つまるところ、「頭が良くて行動力のある探偵」ドゥバイヨルと、人殺しにさえ罪悪感を持たない性格破綻者ドゥバイヨルは、矛盾せずにそこに存在しているってわけ。
これはもう、読者の──特に子ども読者の──感情の移入先を撹乱しているとしか思えない。善人と思えたのが悪人だったとか、その逆とかっていうのは小説にはよくある手法だが、最初からその両方を混在させたキャラを動かされると、読んでいて判断のしようがなく、落ち着かない。そしてその落ち着かなさこそが著者の狙いだったのだろう。なぜなら、落ち着かないという気持ちは、キャラクターを善悪・敵味方で色分けしようとする読者の読み方に起因するものだから。こういう子は良い子・こんな子は悪い子という安易な色分けを拒絶した結果がドゥバイヨル。なるほど、と思った。この造形、果たして子どもはどう読むか。いやいや、もしかしたら子どもの方がすんなり受け入れるかもな。抵抗を感じるのは頭の固まった大人の方かも。
(06.7.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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