コージィ・ミステリがあるのなら、コージィ・ファンタジーがあったっていいだろう。コージィ・ファンタジーってどんなの?という問いにはこう答えればいい。「ぶたぶた」シリーズみたいな話のことだよ、と。
連殺魔方陣 天才・龍之介がゆく!・柄刀一(ノンノベル)
企業グループを統帥する亀村家の晩餐会に招かれた僕と一美さんと龍之介。ところがその食事中に、企業幹部のひとりが変死を遂げた。食事に出されたスティックロールのサラダに毒が入っていたことが分り、毒を入れるチャンスがあったとして料理人やメイドが疑われる。しかし、そこで予告状が見つかって──。
難儀でござる・岩井三四二(光文社)
戦国時代を舞台に、厄介ごとを押し付けられた中間管理職的人物を描く短編集。合戦だの策謀だのではなく、きわめて現代的・人間的な悩みが笑いを誘うよ。ただ、困惑はよく出てるんだけど、結末であと一歩踏み込んで欲しかったってのが目立つなあ。スコーンとカタルシスを得られるような痛快さがあると良かったのに。
猫島に住んでいるのは30人ばかりの人間と、約100匹の猫たち。猫の楽園なんてマスコミで紹介されたもんだから、夏場は観光客がどっと増えた。それと比例して厄介ごとも。ナンパに成功した虎鉄がオンナを連れて秘密の場所へ行くと、そこにはなんとナイフの刺さった死体が──? 猫島の島民と猫を巻き込んで大騒動の幕が開いた!
ビッグタイム・ハセベバクシンオー(宝島社)
パチスロを後略するための裏情報を流す「プリンス」。その日、良く出るように設定されている台をあらかじめメンバーに教えるという方法で金をとっている。ところが最近、メンバーが教えられた台に行ってみると別の客が既に打っているというケースが続出。社長の東に言われて偵察に行った真吾は、3日連続で大当たりを出している怪しい人物を見つけ、彼のあとをつけてみると──。
カオスコープ・山田正紀(東京創元社)
記憶がはっきりしない。事件なのか事故なのかは分からないが、僕の短期記憶は失われ、混乱しているらしい。そんな中、僕の父の死体や妻の生首の映像がフラッシュバックのように僕を襲う。果たして僕は殺人者なのか? そして世間を騒がせている「万華鏡殺人事件」の真相は?
運命の鎖 the genetic future・北川歩実(東京創元社)
高名な物理学者の志方清吾は、精子バンクに精子を登録していた。ところが志方には死に至る遺伝病の怖れがあったことが判明。しかし志方本人は姿を消し、彼の精子はそのまま人工授精に使われてしまう。それから二十年が立ち、複数の子どもたちに遺伝病の恐れが告知された──。
月館の殺人 上下巻・佐々木倫子/作画・綾辻行人/原作(小学館IKKI COMIX)
両親を亡くした高校三年生の空海は、弁護士から北海道に祖父がいると知らされ、祖父に会いに行く事になった。空海が案内されたのは「幻夜」という夜行列車。そこには空海以外に6人の乗客がいたが、皆筋金入りの鉄道マニアばかり。そしてその夜、死体が──。綾辻行人と佐々木倫子がタッグを組んだ、本格ミステリ漫画。
残業中の前原昭夫のもとに、妻から切羽詰まった様子の電話が入る。帰宅してみるとなんと家には死体が。その事件を隠そうとする前原家を訪れたのは、担当刑事である加賀恭一郎だった──。
恋時雨・蘇部健一(講談社YA!ENTERTAINMENT)
愛してもいない許婚に結婚を迫られ困っていた佳織は、偶然その場に飛び込んで危機を救ってくれた青年・祐介と親しくなる。けれどそれが許せない許婚の速水は、祐介を騙して、なんと昭和30年の世界へ彼をタイムマシンで送ってしまった──。
ぶたぶたのいる場所・矢崎存美(光文社文庫)
地に足のついた身近でリアルなご町内の事件を、決して深刻になり過ぎずユーモラスに明るく元気に解いて行く。それがコージィ・ミステリ。同じようにぶたぶたシリーズは、ぶたぶた自体がファンタジックなだけで、そこに語られるのは身近で誰もが「わかるぅ、あるある」と思ってしまうような出来事ばかり。奇を衒った仕掛けも、萌えキャラもいない。魔法も出て来ない。読者のよく知っている世界がそこにある。だからいつしか、ぬいぐるみのはずのぶたぶたも、普通の知り合いの(でもかなり魅力的な)一人として受け入れてしまう。ぶたぶたが実在する気分になる。ぶたぶたは異世界ではなく、ここにいるのだと思えるようになる。それが「身近な出来事を明るく描く」コージィの魅力。
シリーズもすでに7冊目、すっかり馴染みとなってしまった神出鬼没のぶたのぬいぐるみ、山崎ぶたぶた。今回の舞台は海辺の瀟洒なリゾートホテルだ。そのホテルでは記念イベントとして市民参加の演劇を企画していた。演目は「オセロー」。高校時代演劇部だったというだけで演出助手を頼まれてしまった女性(【人形の夜】)、離婚して没交渉となった娘がオーディションに参加してると聞き、興味本位で顔を出したら自分が主役に選ばれてしまった父親(【不機嫌なデスデモーナ】)、彼女を伴って宿泊に来たはずが、あることから喧嘩になってしまった青年(【柔らかな奇跡】)、そのホテルに缶詰になったはいいが執筆がまったくはかどらない作家(【ありすの迷宮ホテル】)、そして演劇本番。舞台の上でお芝居をするぶたぶた(!)と、そのお芝居を見ることによって少しずつ何かが変わる客たち(【小さき者と大きな空】)。そこまでの短編に出て来た人たちがもう一回登場し、繋がって行く様が暖かい。
シリーズ初期の頃は、ぶたぶたというキャラクターの特異性で読まされていた部分が大きかった。もちろんストーリーそのものも楽しかったのだが、何より、ぶたぶたに出会った人たちの反応が面白かった。ぶたぶたの動きが可愛いかった。けれどここに来て、(特に「クリスマスのぶたぶた」以降)ぶたぶたは「触媒」として機能し始めている。悩み、困っている主人公は、ぶたぶたからほんの少しのきっかけを貰って、自分で立ち直って行く。「ぶたぶたに会った人は幸せになれる」というより、幸せになろうという気持ちになれるんだよね。あ、【ありすの迷宮ホテル】は別だけど。<この章は「ぶたぶた」屈指の名作【追う者、追われるもの】を彷彿とさせてめちゃくちゃ楽しかったぞ。
それにしても、相変わらず視点人物による地の文のつっこみが妙に面白いな、このシリーズは。
(06.7.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
この亀村家ってのが実にエキセントリックで、部外者の客人がいる前で家族の中のいざこざをぶちまけた喧嘩はするし、家事に従事する女性を何のてらいも無く「雑仕女がする雑用」「賄いの役に甘んじている人間」などと表現するし、なんつーかその、「嫌なやつ」の度を超えて「現実にはいねえだろ、こんなヤツ」というレベルに達しているほどエキセントリックだ。なんなんだろうなあ、こういうやたらとデフォルメされた人物造形って。登場人物というよりは何かの記号を見せられてる気分だなあ。まあ、それを言えば、この犯人の行動が最も「いねえだろ、こんなヤツ」なんだけどもさ。
謎と謎解きの方は、これぞパズル!という緻密さ。こっちに誰それがいたとき、誰それはここにいて、こっちがこうなるからその間こっちはこうなって、という「すみません図にしてみてもいいですか言葉ではワケがわかりません」と泣きを入れたくなる。だからラストで龍之介がすっきりと腑に落ちる解説をしてくれたときには、「ありがとう!」という気分になったわよ。
ただ、パズルとしては緻密で意外でキレイなんだけどもね。「おお!」と思ったんだけどもね。そういう行為に手を染めた犯人の造形がね……。そういう理由で殺人を決意したんだとしたら、わざわざ魔方陣だの予告状だのに拘るかなあ。精神的にもう違うところへイッチャッてた、ということなのかもしれないけれど、それはそれで安易な造形のような気がするし。むしろ、このキレイな(ホントにキレイなのよ)方陣を使った暗号や隠喩を物語の中で使うために、こんな事件を作ったように思えてならない。つまりは、趣向が勝ち過ぎて物語に納得がいかない。いいのかな、別に物語なんて。うーん。
(06.7.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》
楽しかったのは、例えば信長のような武家であっても、作中では地元の方言を使っているということ。これ、当たり前なのに、あまり例がないのよね。武家言葉というものはあったとしても、通常の語彙もアクセントも地元のものになってしまうのは当時としては当然なのに。しかし「だぎゃ」っていう信長って……。わはは。人生五十年だぎゃあ、下天のうちを比べとってかんて!
【二千人返せ】甲斐の守護が武田信直(信玄の父)だった頃のこと。武田が抑えた駿東の兵二千人を返して欲しいという交渉に信直は二万貫払わせろと命じた。武田方の交渉役は甘利備前。ところが駿東からの使者・宗長はのらりくらりとしていて──。「出来る相手」との交渉というだけでも胃が痛いのに、自分の上司は気分屋で横暴ときてるんだから甘利もタイヘンだあ。信直と宗長の連歌での心理戦にはドキドキ。後に甘利が信玄の手伝いをして信直(後の信虎)に対するクーデターを起こすのは分かっているので、そこらを想像してにやにやしながら読んだ。
【信長を口説く七つの方法】先帝の十三回忌法要に金が要る。今をときめく織田信長に出させようと、交渉役になった公家の言継は岐阜へ向かった。果たして信長は金を出すか? なるほど公家もタイヘンだ。けれど裏で何があったか考えるとそっちの話を読みたくなる。
【守ってあげたい】他国とのあらぬ内通を疑われてしまった彦六。潔白を主張するも周囲の目は冷たい。そんな中、上様より茶に招待された。それはどうやら彦六を斬るための仕掛けらしくて──。どういう方法で切り抜けるかと思っていたら、あら随分真っ当な。捻りがあるかと思ったんだがなあ。
その他、松平宏忠の急死で三河城を尾張にとられるのではないかとビビる今川勢を描いた【しょんべん小僧竹千代】、山で薪を拾うのに金を払えと言われた住民が公事を起こしす【山を返せ】、家の事が気になりながらも籠城を続ける【羽根をください】、織田に焼き討ちされた恵林寺のエピソード【一句、言うてみい】、秀吉の側室となった姉、淀君の妹である妻、そんな女たちの七光りで出世した京極家当主の悩みを描いた【蛍と呼ぶな】を収録。
(06.7.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》
猫島ハウスの騒動・若竹七海(カッパノベルス)
「ヴィラ・マグノリアの殺人」・「古書店アゼリアの死体」に続くコージー・ミステリ、葉崎シリーズ最新作。あ、「クールキャンデー」もか。いやーもう待たされた待たされた。これだけ時間が経っちゃうと、シリーズに共通して出て来るキャラが年とっちゃうじゃんと思っていたら、わははは、「ヴィラ…」に出て来た小生意気な双子の小学生が高校生になって出て来たよ。
さて、シリーズとは言え、一部の登場人物やお店などがちょこっとかぶってるだけで、お話としては完全に独立してるからどこから読んでもOK。このシリーズは著者自らコージーを書きたいということで始まったシリーズだけど、本書がこれまでの中で最もコージー度が高い。あ、コージーミステリってのは「身近でユーモラスなご町内ミステリ。明るく楽しく心地よく、でも謎解きの様式はきっちり踏まえてましてよ奥さん」ってなジャンルのこと。家事が一段落して、午後3時にのんびり紅茶を飲みながら読むのが似合うような。ジル・チャーチルやアリサ・クレイグみたいな感じ、と言えば通じるよね。
今回もキャラクタがいちいち可笑しい。それは作られたキャラの面白さではなく、「うわあ、いるいる!」というリアルな造形を面白おかしく描いてくれてるんだよね。すっとぼけた慇懃さを持つ保養所の支配人、すぐに仕事をさぼろうとする主婦パート、恥じらいや迷惑といった概念を持たない観光客、平穏無事を願う派出所警官、猫アレルギーの刑事、家のリフォームに懸命なイラストレーター。みんな普通の人だけど、ちょっとだけ陽性方向に味付けされた性格が物語を軽妙にしてる。深刻にならず、お気楽極楽。ふんだんに盛り込まれた《カラっとした毒舌》も小気味良く、とにかく読んでる間が心地よいのよ。つまりは、コージー。
謎解きもしっかりしてるのがこのシリーズの特徴なので、「わははは」と笑いながら読んでるうちにしっかり伏線を仕掛けられてるよ。さほど凝った展開ではないけれど、事件そのものよりも島民たちそれぞれの事情が巧く絡み合う様が面白い。「この町に行きたいな」と思わせる。響子ちゃんのアイスコーヒーを飲んで、ツル子さんのご飯を食べたいな。アカネさんの家を見てみたいな、このお店にもあのお店にも行きたいなと思っちゃう、人よりも町がまるごと主人公。そんな魅力。楽しいなあ。願わくば、次はあんまり待たせないで。急がないと、次は双子が既にママなんてことになっちゃうよ!
(06.7.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》
パチスロを知らないので最初は状況がよく分からなかったんだけど、元警察官にして現在は遊審協の経理を担当している二宮が出てきたあたりから俄然面白くなった。この二宮、警官時代から裏金作りに奔走し、その責任を取らされて民間に異動してからも会社の金に手をつける。その金を何に使うかというと、お定まりのギャンブルなんだな。競馬で穴をあけ、その穴を塞ぐためにバカラに手を出し、さらに競馬に。その資金となるゲンナマはすべて公金横領。
物語は、この金ヅルである二宮をあの手この手でハメて金を出させるコン・ゲームが主体。ケツの毛も抜かれるってのはこのことか。おまけにこの二宮がホントにダメダメなやつで、「ああ、ギャンブルにのめりこんで身代を失う人ってのは、こういう思考形態なのか……」と深く深く納得してしまった。あたしは元来、一般人が酷い目に遭わされる話って可哀想で読んでられなくなるタチなんだが、こいつならいいやとまで思わせるくらい意志が弱い。つか、甘い。薄々事情を察知してる上司から「帳簿の穴を埋めておけ」と言われるとビックリするようなヤツなのよ。だから騙される度に溜飲が下がる。
ただ、気になったのは、この程度の金額を巻き上げるためにしては、仕掛けが大がかり過ぎやしない? 最初の狙いは1千万だったが(予想外の理由で倍になったけど)この仕掛けのお膳立てでたった1千万てのは割に合わないでしょう。この先を見据えての先行投資にしては、「先」はないかもしれない確率も高い訳で。ちょっとそこらに「あれ?」と思ってしまった。
けれど、誰が味方で誰が敵なのか分からない面白さと、「今度はこんな手で来ましたか」というサスペンスはなかなかのもの。一気呵成に読ませるパワーがあるぞ! バカラのルール説明に同じ用語が頻出して多少鬱陶しいが、そこを除けばスピード感も充分。次に期待だあ。
(06.7.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
くわーーーー、神経使うなあ、これ。最後まで読めば「ああ、こう繋がるのか!」と膝を打つ。実は各所に相当周到な伏線が張られていたことに驚く。そしてその伏線を繋げられなかった自分の読みの浅さが悔やまれ、ちくしょーやられたとホゾを噛む、つまりは「騙される快感」もある。出来上がった絵に驚愕し、その巧緻なまでの趣向に「やられた」と満足する。けれど、けれどそこに行くまでが。
だってさあ、一人称視点の主人公が「記憶がおかしい」んだもの。そういう前提なんだもの。彼のモノローグは物語ではなく情景の断片に過ぎない。物語が存在しないから、とりあえず書かれていることを順に読むしかできない。感情移入しようにも、推理しようにも、すべてがあやふやな自意識しかない主人公の一人称視点なんてどこまで信じて良いのかもわからない。わからないから感情移入も推理もできない。もちろん、個々のエピソードはさすがの筆力できっちり読ませてくれるんだけど。
その断片的な情景の、ちょっと妙なリンクだとか、矛盾する出来事だとかが、ミステリ神経をちくちく刺戟して「あれ、おかしいぞ。これが何かあとで効いてくるぞ」というのは浮かんでくるんだが、ヒントのピックアップだけでそれを有機的に繋げるところまで行けない。だってこの主人公のモノローグには客観性が皆無なんだもの。読者の拠って立つ幹がないんだもの。おまけにやたらと、ぼんやりしてるだのよくわからないだのというあやふやな自分語りが入るので、どうにも入り込めないんだよなあ。
本格ミステリであるならば、読者に提示される手がかりの信憑性ってのはすごく大事。ところがこの主人公では「全部気のせいでした」でも「全部他人の記憶でした」でも、なんでもありになってしまう。読みながら感じたそんな不満は、読み終わったときにはキレイに雲散霧消してるんだが、それだけの満足感はある(ドラマ「ケイゾク」の使い方なんて、さすがに巧いよねえ)んだが、そこに到達するまでにもちょっと気持ちの拠り所が欲しかったな。
(06.7.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
子どもたちの中には、自分は両親の子だと信じている者もいれば、人工授精で生まれたと既に承知している者もいる。学生もいれば、既婚者もいる。それぞれが色んな事情や秘密を抱えているところに降って来た「遺伝病の怖れ」という衝撃の告知。その告知と対峙する中で、不可解な事件が起こるという連作短編集だ。
いつものことではあるんだけど、人間関係がすっごくややこしいの! けれどそこさえ飲み込めば、「あなたの遺伝子には病気の怖れがある」というひとつのテーマから、異なる方向性の複数の物語が生まれるその手腕を堪能出来るよ。個々の短編はどれもトリッキーで騙される快感は充分。ただ、それらが繋がる最終作に今ひとつインパクトがなかったのが残念。
【愛の結晶】自分が人工授精の子だとは知らずに、探偵に父親探しを依頼した息子。けれど息子は「父親」と対面した途端、相手を刺してしまう──。これが一番ややこしいかも。何度か読み直したもんあたし。
【あなたの明日】人工授精と遺伝病の話を知った女子大生・里佐。彼女は躊躇うことなく検査を依頼する。その数日前、里佐は生みの母親と対面していて──。イチオシ! トリッキーという点ではこれが一番。「おお、そうだったのかあ!」というサプライズと、ドキドキの展開が堪能できるよ。
【子供の顔】人工授精によって志方の精子から生まれた夏美は、既に結婚して子供も生んでいた。ということは、その子にも遺伝病が受け継がれている怖れがある。ところが夏美の態度はどこかおかしくて──。これもいい。意外な盲点を突かれる。キレのいいミステリだ。
【大切な人】君保のもとに、亡母の知り合いだと言う男性が現れた。君保の父親を知りたいというのだが──。このあたりから物語は志方探しへとシフトしていく。う〜ん、一度相関図を書いてみたくなったよ。ややこしくでこんがらがっちゃうんだもん。
【運命の鎖】ついに志方の行方が判明する。果たして遺伝病は子どもたちにも受け継がれているのか? うー、もちょっとなんかすごいどんでん返しがあるかと思ったんだがなあ。若干尻すぼみな観は否めない。でも個々の短編のレベルが高いので、短編集として考えれば充分だよな。
(06.7.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
なるほどこれは鉄道ミステリというよりもテツミステリだ。鉄ちゃんのミステリだ。空海が乗り合わせた乗客は、収集鉄・撮り鉄・乗り鉄・模型鉄・廃鉄。おお、各種テツのそろい踏みだ。彼らの訳の分からないテクニカルタームと拘りに翻弄される女子高生・空海の戸惑いとパニックに強い共感を覚えてしまったのは、うちのダンナやその友人がテツだからかしらやっぱり……。
さて本編は。綾辻行人の本格ミステリって絵にはできないタイプのトリックが多い気がするんだけど、さてどうするんだろうなあと思っていたら。なるほどそう来ましたか。ややアンフェアな気はしないでもないけど、絵ならではの伏線がてんこ盛りで、なるほどこれは小説では難しい。漫画ならではの強み。大きなトリックから小さな伏線まで、「おお!」と思わせてくれて謎解きは感心しきりだ。
それに過去の綾辻行人の作品は、やや過剰に禍々しい文体を使って虚構性を演出するきらいがあって、それがリアリズム好きのあたしにとっては逆にシラけてしまうことが多々あったのよ。ところが佐々木倫子というギャグが冴え渡る漫画家さんの手を介すことによって、全体がいいバランスでリアリズムにとどまっている。テツたちがコミカルに描かれることによって禍々しさも払拭している。これは読みやすいなあ。
ただ、こういうジャンルのものだとはいえ、人、死に過ぎ。この手の犯人に動機を求めてもしょうがないんだけど、ここまで周辺人物を根こそぎ手にかける理由がどこにあったのか、ちょっと考え込んでしまう。「ついでに殺された」ような被害者にも、家族がいて生活があったろうに……。本格ミステリの読み方としては間違ってるんだけど、ついそういうことを考えちゃうのよ。
そうそう、テツの友人(と夫)を持つ身としてはこれだけは言っておくぞ。実際のテツ(の中に)は、もっと普通で常識人で爽やかで真っ当な社会生活を営んでいる(人もいる)んだからね(多分)。あたしの友人のテツたちは、もしも車中で殺人事件が起こったら、ちゃんと人命優先捜査優先で行動する……と思う……んだけどなあ……多分。でもそれはそれとして、車両写真は忘れず撮るだろうな。それがテツ。
(06.7.28)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》
赤い指・東野圭吾(講談社)
ガリレオシリーズで直木賞をとった次は、お待ちかねの加賀恭一郎シリーズだあ。前知識無しに読み始めたもんだから、加賀の名前が出てきたときにゃあ「あらやだ、アナタだったの!」と、初恋の人と六年ぶりに再会した気分。喜びに身悶えちゃう。もともと本書は六年半前に「小説現代」に掲載された作品をもとに、新たに書き下ろしたものらしい。それって、直木賞とったってんで、ここぞとばかりに単行本未収録のをベースに長編に書き直させたってこたあないか講談社? でもそういう作品が装いも新たに本になって、読者に届けられたのは嬉しい限りだよね。受賞するとこういう嬉しいプレゼントがあるのね。
最初に犯罪シーンが描かれる倒叙形式であること、ヒューマンなテーマが含まれていること、テーマに直結したトリッキーな企みが用意されていること、そしてシリーズキャラが出てくることなど、「容疑者Xの献身」との類似点は多い。けれど「容疑者Xの献身」が男女の愛を描いているとすれば、本書のテーマは家族。あるいは親子。その分、本書の方がよりストレートに且つ広範囲に共感を呼ぶのではないか。
実は、ちょっとストレート過ぎるなあと思いながら読んでいた。「容疑者Xの献身」のときは純愛だ純愛だと言いつつも「でもこいつ単なるキモいやつかも」「これがホントに純愛なのか?」などと議論の余地があったが、今回はおそらく大半の読者が「納得はしないまでも理解はする」と思うのよ。思うからこそ、「これはストレート過ぎる」と首を傾げた。が。そこはさすがに東野圭吾。直球だとばかり思っていたら、手元でわずかにくくっと曲がるカットボールを投じられた気分。捻りとしては小さいかもしれないが、細かい伏線の妙と、テーマそのものが持つ物語性と、そして何より二つの家族(前原家と加賀家)の比較がドラマを大きく盛り上げている。トリッキーにして骨太。東野圭吾の真骨頂だ。
加賀のスタンスがいい。「刑事というのは、真相を解明すればいいというものではない。いつ解明するか、どのようにして解明するか、ということも大切なんだ」という台詞が、この物語のすべてを表している。
そして何よりファンにとっては。これまで前面に出て来なかった加賀恭一郎のプライベートが描かれていることにも注目だぁ。過去、加賀のプライベートが描かれていたのは「卒業」と「眠りの森」だけで、それより後は敢えて加賀の内面は描かないというスタンスだった。今度も内面そのものを直截に書いているわけではない。が、これがまた、実に巧いんだよなあ。ラストシーンはじんわりと涙腺に来るぞ。
(06.7.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
えっと……。話のスジはね、すごく面白いのよ。読み終わって後、過去に送り込まれた人物の、その後の生涯を思うと「おおーーー」と感心するし。感動すらするし。何気ない伏線が後になって効いてきて、うん、これは面白い、そしてとてもよく出来た話だなあとシミジミ。
でも! でもね! 文章とか台詞回しとか人物造形とか描写とか情緒とか、つまりはプロット以外の部分がさあ……。これが持ち味なんだとは思うけど、なんつーか、不自然だったりぎこちなかったり作り物っぽかったりで、せっかくの面白いストーリーにすんなり入っていけないのよ。自分を拉致して過去に送り込もうとしている恋敵から、「過去に行ったら歴史を変えてはいけないから、こういうことに注意して」なんてアドバイスを受けて、それを素直に守ってるって、どうなのそれは。タイムマシンを信じてなかったから、テキト〜に話を合わせておいて後で逃げようと思ったのかもしれないが、それにしたって抵抗が少な過ぎ。状況を受け入れ過ぎ。過去に行ってからも、思わぬ人物と再会するんだけど、「そんな暢気な会話を交わす相手?」とこっちがイライラしちゃう。もしかしたらどこかネジが緩んでるんじゃないかと疑いたくなるような言動ばかりなの。
つまるところ、素晴らしい脚本なのに演じてる役者がひっくり返るほど大根、というお芝居を思い浮かべてもらえれば良いかも。下手な役者が台詞を棒読みしているようなイメージの会話ばかりで、「プロットに合わせて決められた通りに動いています」といった感じなのね。プロットが面白くてドラマチックなだけに、書き割りのようなキャラクターとの落差が大き過ぎて。
合ってないと言えば、「恋時雨」というタイトルやこの表紙イラストも、ストーリーには合ってるんだけど「文章や台詞回し」には合ってないよなあ。もう少し、感情や心理の描き込みがあっても良いんじゃないかしら。だってストーリー自体が、人の強い思いによって左右される話なんだから。話が良いだけに、もったいないもったいないもったいないよ〜。
(06.7.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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