空白の叫び(上下巻)・貫井徳郎(小学館)
凡庸を憎み、心に形容し難い鬱屈を溜め込んだ問題児、久藤。家柄・顔・頭脳と三拍子揃ったクールな葛城。事情があって母と離れ叔母と暮らしている神原。3人はそれぞれ、異なる事情と異なる背景から犯罪に手を染めることになる。一度犯した過ちは、もう償えないのか。十代で思わぬ人生の転機を迎えた三人を描く物語。
看護士の麻衣子が務める病院には、ものすごーーーーくイヤな患者・祥男が入院していた。妻を殴る蹴るは当たり前、看護師には度を超えたセクハラ、他の入院患者を悪意に満ちた雑言で傷つける。院長と友人なので高価な個室を独り占めし、退院できるのにいつまでも居座っている。麻衣子の恋人でもある担当医師は、祥男の死んだ息子の同級生だった関係で、最も目の敵にされていた。そんなある日、病院内で筋弛緩剤が盗まれて──。
八月の熱い雨 便利屋〈ダブルフォロー〉奮闘記・山之内正文(東京創元社)
泉水がひとりでやっている便利屋〈ダブルフォロー〉を舞台にした連作短編集。そういえばデビュー単行本の「エンドコールメッセージ」にも便利屋の話があったっけ。確か猫探しの話。あっちは社員が複数いたから、本作と直接の関係はないのかな?
樹霊・鳥飼否宇(東京創元社)
植物写真家の猫田夏海は北海道の撮影旅行の最中、激しい土砂崩れで数十メートル移動した巨木があると聞き、古冠村へ向かった。村役場に勤める青年の説明に寄れば、その巨木のみならず、街路樹までが移動している不思議な事件が連続しているのだとか。そんな中、開発中の森の中で、また巨木が動いて──。「中空」の猫田夏海と〈観察者〉探偵・鳶山のシリーズ。
うわー、こんな結末って!
猫は引っ越しで顔あらう 猫探偵正太郎の冒険4・柴田よしき(光文社文庫)
正太郎シリーズ4冊目──といっても、その前に長編が2冊(「柚木野山荘の惨劇」「消える密室の殺人」)出てるから、正太郎モノとしては6冊目ということになる。うんうん、やっぱいいなあ、このシリーズ。身近で気軽でサクサク読めて、でもちょっとぞくっとしたりしんみりしたりというスパイスがあって。
踊るニューヨーク Beauty Quest・竹内玲子(講談社文庫)
「笑うニューヨークDELUXE」「同 DYNAMITES」「同 DANGER」に続く、リンコしゃんの《突撃!となりのNY》シリーズ最新刊。今回はバレエやヨガ、眉毛タトウに歯の漂白、ネイルサロン、フルーツジュースにヘルシィフードなどなど、キレイで健康になるためのニューヨークガイドエッセイだあ。
雪国の田舎町。中学三年生のシンとアヤコは、お互いにほのかな好意を持っていた。まだ恋とはいえない、淡い思い。ミュージシャンを目指すシンと、漫画家を夢見るアヤコは、卒業式の日に再会の約束をする。10年後のこの日に、この場所で。そして10年──。二人はその約束をちゃんと覚えていた。しかし二人が当時抱いていた夢は……。
月とシャンパン・有吉玉青(光文社)
年齢や環境が異なる女性6人をそれぞれ描いた恋愛小説の短編集。特にスペシャルな何かがあるわけではないが、ありがちな設定をこうもさりげなくリアルに描けるものか。巧いなあ。地味ながらちょっとした台詞が印象的。二十代の惑いが、三十代のプライドが、四十代の自信が、しんしんと胸に沁みる。自分が通り過ぎた時代、今まさにいる時代、そしてこれから迎える時代を、こんなふうに見てみるのも良いもんだな。年をとるのって悪くない、かも。
少年時代・池永陽(双葉社)
昭和四十年代初頭の岐阜県郡上八幡。この町では新橋から吉田川に飛び込むのが「男の証」とされており、たいていの男子は小学校のうちに、どんなに遅くとも中1でそれをこなす。中1の良平には後がないが、どうしても度胸がでない。それで親友の正太・達夫・博信は良平のために度胸をつける方策を考えた──。
重い。読み進むにつれてどんどんどんどん重くなる。背負ったら次第に重くなる妖怪みたいな小説だ。また、それぞれの少年を巡る人間関係がこれでもかってくらい肉厚に描かれているので、その犯罪に至った当人の息苦しさのようなものがこちらにも伝播して、同情したり眉を顰めたり応援したり腹を立てたりと、読んでてまったく気が休まらないのよ。筆力があるもんだから、もうすべての描写が体積と質量を持って迫って来るみたいで、「お願い、どこかで休ませて……」と泣きを入れたくなるくらい。
第一部の終わりで「ああ、こうなっちゃうのか──」と溜息ひとつ、そのまま第二部を読み始めて、あらっ、と思った。いきなり舞台が飛ぶのだ。詳細をここで書くと、あの舞台が飛んだ瞬間の「あらっ」という驚きを削いでしまうだろうから書かないが、なるほど、作者が描きたかったのはここから先の話なのだな、と思った。
つまるところ、少年犯罪である。人を殺めてもたいした罪には問われず数年で社会復帰してしまう少年犯罪に対し、犯罪被害者側から描いたのが「殺人症候群」(これは傑作ですよ)なら、これは加害者側を描いた物語と言える。十代で犯罪を犯した後、社会に戻されてしまった3人が何を思い何をするのか、そしてどんな目に合うのか。三人の少年の変化こそが読みどころ。終始一貫したキャラを保っているのは葛城だけで、久藤と神原は第一部からみるとまるで別人。犯罪に至る経緯も違えば、それが人格に与える影響も違うんだなあ、とシミジミ。特に神原君がどんどん卑屈な小さい男になっていくのがなんとも……。叔母のためと思ってやってことが、その叔母にぜんぜん伝わってなかったことが分かる、あのシーンが読んでて一番辛かったもの。もしかしたら、叔母の言葉ひとつで彼の運命はぜんぜん違ったものになったんだろうなあ。
第三部ではいきなり動きが出て、それまでのカラーとのギャップにやや戸惑った。ものすごく陰気なギャングが地球を回しちゃったり、新たな人間関係が生まれたり、家族の意外な過去が明らかになったりと唐突な展開が多くて。それまで登場人物たちの気持ちに思いを馳せて「心理小説」として読んでいたのに、第三部では《展開》の方がめまぐるしくて、おまけにその複数の展開がどれもそれだけで長編一本書けるくらいのモチーフだったもんだから、気持ちの入れどころがややズレてしまった嫌いがある、かな。もちろん、全体の完成度から見ればそれほど大きな瑕疵ではないのよ。
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毒 poison・深谷忠記(徳間書店)
モチーフが、ほぼ同じタイミングで出版された宮部みゆき「名もなき毒」とカブってるあたり、シンクロニシティだなあ。こちらも薬品としての毒と、人間が心の中に持つ毒の両方を描いたドラマだ。ただこちらの方が、病院という閉ざされた空間の中で容疑者も絞られているので、謎解きミステリとしての構成はわかりやすいかも。
ドメスティック・バイオレンスの描写に始まり、病院内での祥男の横暴さ加減といったら、もう読んでてクラクラするくらい腹が立つ。なので「いいんじゃない? こんなやつ殺されたって誰も困らないから、犯人探さなくてもいいじゃん」という気分にすらなってしまう。それはミステリとしてどうなのか。
ただ、ひとたび事件が起こってからの、二転三転するトリッキーな展開には目を見張る。この人は、こういう社会問題を扱いながらも、妙にトリッキーな本格ミステリの構成をとるんだよねえ。こういうのって下手をするとバランスが悪くなるもんなんだけど、テーマとパズラーを上手に両立させる手腕はさすが。暗い問題を扱っている割には読後感もいい。
気になると言えば、麻衣子の結婚に大反対している彼氏の母親の問題か。触れずに話が終わっちゃったよ、おいおい。ものすごーーーーーーく苦労すると思うんだけどなあ、麻衣子。これだけ複雑な事件をきれいに結びつけ、どんでん返し、そして前向きなエンディングというキレイな構成なのに、どうして嫁姑問題だけ途中で放り出したのか著者! 気になる気になるじゃないか。頑張れ麻衣子。君にとって最大の毒が待ってるぞ。
(06.9.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【吉次のR69】大事にしていたバイクをいつの間にか手放してしまった祖父。それ以来、元気が無いので理由を調べて欲しいという依頼を受けた泉水。その経緯ってのはたいしたことはない(ごめん)んだけど、おじいちゃんを元気づけるために画策したある作戦に感心&感銘。謎解きが仕事ではなく、そこから先の解決こそが仕事だものね。その姿勢や良し!
【ハロー@グッバイ】彼氏とのデートの様子を盗み撮りして欲しいという女性からの依頼。これ、イチオシ。なんとなく背景が見えそうな気がして、でもそうだとすると矛盾があってというモヤモヤが、真相がわかったとたん「そっか!」と納得。後半のサスペンスもいいし、終わり方も後を引く。
【八月の熱い雨】豪邸に住む老婦人から、夫の遺した本を朗読して欲しいと依頼される。でもどうもそれだけではないらしく……。うーん、ちょっとまどろっこしいかな。思わせぶりばかりでなかなか展開しない焦れったさがある。これだけの地位と(多分お金も)ある人なら、もっとテットリ早くいろんな方法がとれたと思うんだけど。
【片付けられない女】買い物代行を頼まれ届けてみると、その家はゴミの山。どうやらそこに母と娘で住んでるらしいのだが……。本筋よりも、泉水と母親の会話がサイコーに楽しい。
【約束されたハガキの秘密】ハガキの交換で将棋を楽しんでいたのに、相手から突然ハガキが来なくなった。何かあったのか心配で……。うー、これ切ないというか、焦れったいというか。キレイな話と思うかひどい話と思うか。ところで郵便将棋って実際にけっこう盛んで、郵便将棋連盟なんてのもあるんですってよ。
(06.9.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
えっとね、これは別に作品に対する批判でも何でもなくて、ただ自分の嗜好についての話なので誤解しないで欲しいんだけど、これを読んで「あたしはハウダニットに興味を持てないタイプなんだな」とつくづく思ったのよ。いや、木が動くという謎は魅力的だと思うし、説明されればなるほどとも思う。ただ、ほら、要は本格ミステリなわけで。本格ミステリってことは、どんなに不思議に思える現象でも、ちゃんとその理由と仕掛けが解明されることになってるワケでしょう? 木が動いたのみならず、例えば「鍵がかかってた」とか「足跡が消えた」とか、その手の「さて、どんな方法を使ったんでしょうか」という問いに対しては、「さあ、でも実際そうなってるんだから、何か方法があったんでしょ」で終わってしまうのよあたし。テレビが映ってる、その仕組みはわからないけど、でも映ってるんだからいいじゃん、と思っちゃうのと同じ。犯人捕まえてから聞いてみれば?って。
そーゆーことを言い出すと本格ミステリの楽しみってのが思い切り削がれちゃうんだけど、でもそう感じちゃうんだからしょうがない。事実が分かった瞬間、そこに今まで見えなかった「ドラマ」が浮かび上がって来るというのが好きなので、方法論だけじゃドラマを見るのは難しいのよ。じゃあどこに魅力を見いだすかというと──「どうしてわざわざ木なんが動かす必要があったの?」というところ。それが「意外且つ納得出来る動機」で「そこにドラマが生まれる」なら万々歳。そしてその面では、本書はなかなかに映像的でドラマティックで「なるほど!」と思わせてくれました。──でも、なあ、これ実際のところは、誰かもっと早くに気づくだろ、という気がしないでもないけどさ。
実は一番惹かれたのは、夏海ちゃんと村役場の青年のエピソードなんだよね。それと、事件全体に関わる動機の問題。この二つは、描き込めば描き込むほど深くなるところなのに、ちょっともったいない。けど、そういうジャンルじゃないと言われればそれまでか。
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闇の底・薬丸岳(講談社)
頭を切断され、腹には「S」の字の切り傷が残された死体が発見される。被害者には、かつて幼女を犠牲者とした性犯罪の前科があり、「サンソン」と名乗る犯人から捜査本部に犯行声明が届く。その捜査本部に、妹を性犯罪で殺されている長瀬刑事が配属された。性犯罪者を殺した犯人を、被害者の遺族である長瀬は追うことができるのか──。
自らの妹を性犯罪の挙げ句に殺された過去を持つ刑事。性犯罪者が殺されたという事件に、彼が大いなる葛藤を持って臨む様が痛いほど伝わって来る。うまいなあ。もうね、読んでてホントに辛くなるんだけど、テンポがいいし文章も平易なので、嫌気がさす前に乗せられてしまう。巧い。
あまり詳細は語れないのだが、ミステリとしての騙しやサプライズも充分だ。これ、伏線というよりはあまりにあからさまで、ミスディレクションにしてもあからさま過ぎるから、逆にこれで正解かな、なんて考えちゃってたよ。ちょっとアンフェアではあるけれど、犯人当てミステリではないのでそこいらはOK。つか、真相、見抜いたぞと思いながらも後半はぐいぐい引きつけられて、実は全然見抜けてなかったという背負い投げを食らい、挙げ句の果てに「ええっ」と思うような結末まで用意してくれて。
こういう、警察内部の軋轢だとか、でも実はちゃんと部下のことを考えてたんだよ的人間関係ってのは、横山秀夫っていう抜群に巧い人がいるから、どうしても比べると不利になるのは可哀想。でもそれを抜きにしても、この上司の行動にはどうにも納得がいかない。上司が長瀬に与えた試練って、キツいだけでさほどの効果はあるようには思えないんだけどなあ。あそこで舵取りを変えていれば、もしかしたらこんな結末にはならなかったんじゃ、と思うくらい。
その「こんな結末」ってのがアンタ。不満と言えば不満なのよこの結末は。小説として不満なのではなく、一人の人間の生き方として、こういう行動をとって欲しくはなかったのに……という不満。じゃあ、どういう結末ならあたしは納得できたんだろう──と考えると、それがわからない。だからこそ後を引く。カタルシスはない。けれどカタルシスなど覚えようがない問題を本書は扱っているのだから、それもまた当然なのかもしれない。自分が主人公だったらどうするだろう。
(06.9.8)《この本の詳細情報&注文画面へ》
短編集の場合、正太郎視点と人間視点の二つのケースがあるんだが、今回は最後のひとつを除いて正太郎視点。一編ごとに視点が変わった「猫は聖夜に推理する」の形式が印象的だったので、正太郎視点が続く今回はちょっと「あら?」と思ったのだけれど、最後になって人間視点に切り替わるってのが予想外に効いている。今までの話と違うよ、と読者にスタンバイさせる効果があるのね。特に今回は、その前の三編が(お話は楽しいものの)ミステリとしてはけっこう無理筋だった分、最後に救われた観あり。では、個別に。
【正太郎と天ぷらそばの冒険】東京に引っ越すことになった正太郎&飼い主。ところが新居探しで案内された物件すべてに、なぜかカップ麺の容器が残されていて──。これ、謎としてはとっても魅力的。ただ、それから《連想するもの》に関しては、読者はその感覚を共有できないので、「え、そういう発想なんだ」とちょっと戸惑った。つか、犯人、やり口がまどろっこしいよ!
【正太郎と古本市の冒険】新居の近くで古本市が開かれている。ところが新刊書店で買った本を、その古本市にそっと置いて来る人がいて──。これも謎は魅力的だなあ(そんなんばっかりか)。この真相に関しては、一度じゃ理解できなかったけど。古本市の風景を具体的に想像して、その上で動かしてみて初めて納得。ただこれも──やり口がまどろっこしいよ!
【正太郎と薄幸の美少女の冒険】正太郎と飼い主の新居には、過去にある事件があった。そのせいで犬の幽霊が出るというのだが──。ひゃあ、いきなりハードな話になったよ。クライマックスはけっこうドキドキ。この著者ってホントに緩急のつけ方が巧い。
【祈鶴】婚約者を通り魔に襲われ亡くした女性。彼女はその痛手から立ち直ることができない。母は心配するだけで何もできず──。ああ、これ、いいなあ。謎解きもいいんだけど、そのあとで娘に向ける母の思いがいい。それを受け止める娘の思いがいい。解決って、謎を解くことではなく、関係者の心の安寧だと思うもの。
(06.9.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
わあ、楽しい! 楽しい! 初心者向けのクラスだからと試しに申し込んだバレエのレッスンでは、どこが初心者向けじゃいと思うよなアクロバティックなポーズをとらされ、あちこちが釣りそうになったり、リンコしゃんの友人「ナル」に至っては「漁師みたい」な格好と笑われたり。極めて個人的なことで恐縮だが、このナルちゃんは大矢の友人でもあるので、このくだりは笑った笑った。一見ものすごくデキる女なのに……漁師ポーズを想像し、腹筋割れるかもってくらい笑った。すまん、ナル公。
眉毛タトウも歯の漂白もネイルアートもピアスも、どれも日本に居たんじゃおいそれとは行けないところばかりで、つまりは「実用性」はあまりないのだけれど、それでもただ単に体験レポートとして楽しいよ。自分はそこには行けないけれど、なんだか一緒に行ったような気分になれるんだよね。眉毛タトウが終わったばかりの時点では、眉毛は濃く太くなると言われてびっくりしちゃう。次第に薄くなって行くとは言え、その最初の衝撃は(見えてる訳じゃないのに)体験者と一緒に驚いたり笑ったり心配したり。それは女性なら誰しもが「ちょっとやってみたいかな?」と思うようなトピックだから。それをやってくれてるリンコしゃんとナルちゃんは、自分の代わりにやってくれてるような思いで読んじゃうのね。共感とサプライズのブレンド。
その分、ホントにレポート色が強くなっちゃって、エッセイとしての面白みという点では前三作よりちょっとだけトーンダウンかも。見たこと・体験したことまでは良いんだけど、そこから思考や解釈に発展させるという度合いがやや薄めなのね。いや、楽しいレポートってだけで充分なんだけど。前三作も基本は見たこと・体験したことなんだけど、そこに予想だにしない展開やアクシデントがあったのに対し、今回はテーマ柄そういう意外性がないからさ。
読みながら、「キレイになる・健康になる」というスタンスの体験エッセイということで、菅野彰の「不健全な精神だって健全な肉体に宿りたいのだ2」を思い出した。1巻ではなく2巻の方ですよ。
(06.9.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
エバーグリーン・豊島ミホ(双葉社)
最初はね、世俗にまみれたオバさんモード全開で「けっ」と思いながら読んでたのさ。自分が何かスペシャルな存在だと勘違いしてる男子中学生と、オタクな妄想で目が星になってる女子中学生だもの。可愛くもこっぱずかしいそんな話を、四十過ぎて読まされてもねえ、なんて思いながら読んでたのさ。ところが。卒業式当日の、アヤコの友達の一言にぐっと来てしまったんだな。アヤコもシンも、二人の淡い付き合いを誰にも話してなかった。だからケンカしたまま卒業することになっても、誰にも相談できなかった。ところが卒業式の日、自転車でシンが帰って行った直後に、何も知らなかったはずの友達がアヤコに言うのだ。「追っかければ?」と。
これが見事に、すっかり忘れていた乙女心を揺さぶった。そうなんだよ、中学生の恋って自分のことで手一杯になりがちだけど、実は周囲にははっきり見られてたりするんだよね。でもこの友達は、ずっと黙ってたんだなあ。そしてここ一番で、さりげなくアヤコを応援する。ああ、いいなあ。すごくいい。
そこからは一気呵成だ。時代も一気に10年後に飛び、ぐっとリアルな世界の話になる。約束は覚えているけれど、そこには否応なく10年の歳月が経っている。もちろん二人ともそれぞれ自分の生活があり、再会したからといって何かが大きく変わるとは思ってはいない。ただ、今の自分を形作っているもののどこかに、10年前の約束がある。10年の間に変わってしまったこと。10年経っても変わらなかったこと。その二つが、それぞれの心の中でせめぎ合う。この葛藤と足掻きは、双方ともに一人で足掻いているだけなんだけど、それがけっこう切ない。
うーん、10年後の二人が何をしているかを伏せたままだと感想が書きにくいなあ。でもこれは書かない方が良いと思うので、是非本書で読んで下さい。印象的な二人の言葉をひとつづつ引いておこう。「私が、シン君を思い続けていることを誰にも言わないのは、それが正しくないことだとうすうす勘付いているからだ」「──俺、若かったんだなあ。/若かった、なんて言う大人にだけはなりたくないと思ったことは忘れていない。でも、それもひっくるめて若かったと思うだけだ」
(06.9.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【春に踊る】真由子、25歳。漫画家という夢を追う恋人に貢ぐ生活に嫌気がさし、別れたところ。ところがその元カレから誘いの電話が入り──。相手の真意がつかめないまま、あれこれと探る真由子の気持ちが痛いほど伝わる。不安と期待が入り交じって、相手のちょっとした一言で感情が浮き沈みするのって、恋だよねえ。
【鍵】【がまんくらべ】【せつなさ探検隊】この三編に登場する主人公は、いずれも三十代。相手の気持ちをやや希望的観測で推測し、それに自分はどう対応したいか、どう対応すべきか葛藤する女性の話。相手が実際どう思ってるかは別として、自分の中で気持ちに折り合いをつけようとする過程が読ませる。好きよ、という一言を口にするには、いろんな鎧を身に纏い過ぎてる年代だよね。計算も出来るようになっちゃったし、後のことを考える癖もついちゃったし。何より、恋愛や結婚生活に勝ち負けを持ち込みがちな年頃。失ったものは多いかも。でも代わりに得たものも多いはず。それが何か気づければ。
【月とシャンパン】波子、42歳。彼女はルックスも仕事も完璧な女性。そんな波子が恋をしていた。相手は妻子ある男性だったが──。これ、いいなあ。単に不倫を続けられなくなりそうというだけの話なのだが、「でも仕事は仕事!」と切り替えて、そちらでちゃんと成果を出す。成果を出したことに気を良くして「オッケー、あたしはイケてる!」としっかり立ち上がる。なんということはない日常の1シーンだけど、波子はとてもカッコ良くて、自分を律していて、とてもキレイなしめくくり。
【スパーク☆】瑞江、49歳。結婚が早かったため子育ても終わった瑞江はある日、学生時代の恋人と偶然出会う。何の気無しに一緒にお茶を飲んだのだが──。うわあ、ビックリした。ラスト寸前までは思い描いていたとおりの展開だったのに、最後になって「え、そう来るの?」とひっくり返されてしまった。この年代だけはまだあたしが達してないからかしら?
(06.9.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うわあ、懐かしい小説だなあ! 書かれている内容ではなく、小説の形態そのものが懐かしい。それこそ昔読んだ佐藤紅緑とか、ちょっと描く世代は上になるけど石坂洋次郎とか、そういう「ああ、こういう小説、あったなあ」と遠くを見つめてしまう懐かしさ。今の作家が今のテクニックで昭和を描くのではなく、その時代に出版されていた本のような味わいがあるの。もちろん、「電話を持っている家は少なかった」とか「飲酒運転に寛大だった」とか、そういうちょっとした時代説明も混じるんだけど、むしろそういう説明が邪魔に感じてしまうくらい「当時の小説」の香りが満ち満ちているよ。
悪ガキ4人が冒険心から学校の備品を盗みに入ったり、他校の不良と喧嘩になりかけたり、自分たちで筏を作って下流の友達に会いにいこうとしたり。そして転任して来た美人で奔放な女の先生。物わかりがよくて生徒と友達付き合いしてくれる美術の先生。生徒に嫌われている数学教師。侠気のある番長。引っ越して行った幼なじみとの文通。
中でも、両親が自営業の経営に行き詰まって夜逃げをすることになった達夫が、町を離れるまえに好きな子のおっぱいに触りたい、と打ち明けるシーンは頬が緩んだ。「服の上からでいいから」って当たり前だ、こら。わはは。でも、なんか分かるなあ、こういうのって。でもってそれを友達が「よし、なんとかしてやろう」って思うあたりが、純粋でバカで、もう可愛くてたまらんよ。
そんな少年時代は、つまるところ「別れ」で出来ている。友達との別れ、初恋の人との別れ、好きだった教師との別れ。ひとつひとつの別れを経験する度に、良平の中で、その人から貰ったいろんな思いが結晶になり、成長して行く。そんな良平に著者が最後に用意した「別れ」は、とびきり辛くて残酷なものだった。ほのぼのしていた作品が最後になって断崖から突き落とされたような気分にすらなった。それは即ち、少年時代の終わりを意味しているのだろう。
それにしても、この美樹先生のようなキャラクターは、昔の少年小説には確かによく出て来たけれど、さすがに今読むと辛いなー。
(06.9.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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