文学賞メッタ斬り!リターンズ・大森望/豊崎由美(PARCO出版)
「文学賞メッタ斬り!」に続く第二弾。とはいえ、文学賞そのものをメッタ斬るのはパート1でほぼ網羅されているため、今回の内容は島田雅彦との鼎談や、パート1以降の文学賞選評をメッタ斬り、そして日経BPのサイトに掲載されたここ数回分の芥川賞・直木賞の予想対談の掲載、それからこの2人が選ぶ「メッタ斬り大賞」など。だからパート1のような情報の多さ及びそれに対する鋭い批判、そういったものは今回は少ない。芥川賞・直木賞の予想部分はサイトで既に全部読んでたしなあ。こういうのは実際の発表前に読んでこそ楽しいもんだし。
【文藝春秋のPR誌「本の話」に書評原稿を書きましたので、こちらでは簡単な紹介にとどめます。】
お世辞にも美人とは言えない、かなりの肥満体の女性が、トラックに撥ねられて死亡するという事件が起こった。(ありていに言えば)ブスでデブだったというだけで、同情ではなく嘲笑される被害者に興味を持ち、女性ライターの多恵はこの事件を追うことにする。一方、その事件の記事を大切に保存している妊婦、乃々香。功名心を持ち仕事に賭ける多恵と、専業主婦で出産準備をしている乃々香という対称的な二人の女性が、事件によってクロスする──。
牡丹酒 深川黄表紙掛取り帖・山本一力(講談社)
山師の雄之助が土佐で出会った酒はきりりとした辛口で、一口飲んで虜になる。これを江戸で売りたい、そう思った雄之助は息子の蔵秀(薬売りにして、実は広告宣伝から厄介ごとまで引き受ける仕掛人)に相談、蔵秀は紀伊国屋文左衛門経由で柳沢吉保にまで話を通し、自らのチーム(大店の娘で絵師の雅乃、絵草紙作家希望の辰次郎、飾り行灯職人の宗祐)を率いて一路土佐に向かった──。
終末のフール・伊坂幸太郎(集英社)
小惑星が地球に激突し、8年後には「世界の終わり」がやって来る──。その事実が公表されて5年。長く続いたパニックや暴動も一段落し、今は治安も小康状態を保っていた。そんな状況で、仙台のヒルズタウンに暮す8世帯の日々が綴られる。
陽気なギャングの日常と襲撃・伊坂幸太郎(NONノベル)
陽気なギャングたちが帰ってきた。「陽気なギャングが地球を回す」のシリーズ第二弾。人間嘘発見器の成瀬、演説の達人・響野、動物好きで天才掏摸の久遠、秒単位の体内時計女・雪子。第一章では彼らがそれぞれ体験した事件が短編として紹介され、第2章以降はそれが繋がっていくという趣向。
舞台は昭和28年の夏。薔薇十字探偵社の益田は、探偵・榎木津礼次郎の叔父である今出川氏から相談を受けていた。礼次郎に縁談を用意しているのだが、なぜか最初は乗り気だった相手が次々と断ってくる。それだけでなく、どうも縁談相手が災禍に見舞われているらしいというのだ。そしてその一件は、江戸川、大磯、平塚と続く連続殺人事件につながって──。
狐狸の恋 お鳥見女房・諸田玲子(新潮社)
「お鳥見女房」「蛍の行方」「鷹姫さま」に続くシリーズ第2弾。将軍の鷹狩りの準備をする「お鳥見」役、しかしてその実態は幕府の密偵である矢島家。その妻である珠世を主人公にした、江戸の家族の物語。
探偵をしていた父親を不慮の事故で亡くした高校生、甘栗晃。父親の事務所を片付けていたとき、小学生の少女が事務所を訪れる。母親の捜索を甘栗の父に依頼していたといわれ、しぶしぶそれを引き継ぐことにした甘栗だったが──。
シュガー・ザ・キッドの兄弟・北林優(徳間書店)
なんてステキなピンク! 装丁がね、とても落ち着いたきれいなピンクで、カバーイラストはピンクのキャデラックで。カバー剥がして広げて額に入れて飾っておきたいくらい。でも物語は、そんなキレイなものじゃない。
パート1以降の文学賞選評をメッタ斬りする箇所は相変わらず楽しい! 楽しい! あっちょんぷりけな選評へのツッコミが楽しい上に頷ける他(ただ、日本語表記の間違いくらいは目を瞑っても良いんじゃ、と思ったけどさ。些末な箇所の揚げ足取りって、ツッコむ側がなんかセコく見えちゃうもの)、それぞれの受賞作・候補作のとても良い紹介になっていて。「選評ではこう言われてましたけど、違うんですよ、これはそういう話じゃなくて、ここんとこが読みどころなんですよ」というところを教えてくれる。それが本書の隠れた(隠れてないか?)最大の意義だと思うのね。
ところで、芥川賞・直木賞の予想対談の箇所で(これはサイトで読んだときにも思ったんだけど)、自分が「これ、いい小説だなあ」と感じ入っていた作品が公的な場でけちょんけちょんに貶されるのって、読んでてとっても哀しいものよね……。なんかね、中日ドラゴンズにマジックが点灯したとき、日本テレビのスポーツ番組でタレントの陣内智則が「中日が日本シリーズにいっても盛り上がらないと思うんですよ。タイガースが行ったほうが盛り上がる」と発言したのを聞いてすごく哀しかった、あのときの気分を思い出したよ……。文学賞メッタ斬りパートは「選評を斬る」ってことで作品自体はどちらかというと「庇われてる」んだが、芥川賞・直木賞予想パートは作品自体が俎上に載るため、もう貶す貶す。え〜〜ん、そりゃ読む人によっては不満もあるだろうけどさあ、気に入らないなら何も語らず、黙ってスルーしてくれよ──というわけにはいかないんだろうな。候補作を吟味した上で受賞作を予想するっていう主旨だもんな。はぁ。
(06.9.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
天才たちの値段・門井慶喜(文藝春秋)
美術史専攻の学者である「私」と、美術品の真贋を見分ける天才的な舌を持つ美有が、タッグを組んで難問に立ち向かう美術ミステリの連作短編集。ボッティチェッリ、フェルメールなど有名作家の作品の真贋を見たり、謎の古地図の意味を解いたり、奇妙なポーズの涅槃図の意味を探ったり、暗号もどきの短編もあって幅が広い。そしてそのいずれもが「証明」の面白さと知的興奮をまず読者に充分堪能させた上で、更に視点を変えての鮮やかなどんでん返しを見せてくれる。知恵比べの面白さと、美術が持つ謎の奥深さが、楽しくスマートに綴られているよ。キャラも良くて、スットンキョーな女子学生イヴォンヌがなんとも魅力的。どろどろしない、人も死なない、知的ゲームが好きな人は是非。
-------------------------------------------------------
というだけで終わるのも愛想がないので、本筋とは関係ない話をひとつ。最後の短編で、自分のバカさ加減を痛感した場面があったのよ。遺産がらみで対立する2人がいて、そのうち一方は強欲な婆さんなの。で、その婆さん側について仕事をしてる美術品鑑定員がいるのね。ところがこの婆さんが実に自分勝手でワガママで、鑑定員も腹に据えかねていたワケ。そんなとき、いつものように婆さんがワガママを言いながら、交通量の多い道を信号無視してぐんぐん渡っていって、周囲の車にも迷惑をかけるっていうシーンがあるのよ。彼女を追っかけた鑑定員はそこで「私、手を引かせていただきます」と言うんだけど──あのね、これ、ふつうに読めば「顧客のワガママに腹を立てた鑑定員が、その仕事から手を引くと宣言した」ってことで、何の不思議もないのよ。ところがあたしはその前の情景から、「交通量が多いから、道を渡るときには私があなたの手を引いて差し上げます」というふうに読んじゃったのさ! ──だもんだから、そこから先がもう、意味が通じなくて通じなくて(笑)。読み違いに気づいた瞬間、思わずその場にヘタリ込んだねあたしゃ。そんな人間が商業誌に書評記事を書いて大丈夫か。大丈夫なのか。
(06.9.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ダブル・永井するみ(双葉社)
女性を描くのが実に上手な作家さんなのだな。巧妙を焦る多恵の狭さ、自分の目の届く範囲の幸せだけを大事にする乃々香の狭さ。種類は違うが、そこに共通するのは狭さだ。自分が持っていない(選ばなかった)環境にいる相手に対して、なんとなく羨望があって、けれど「自分の方が勝ってる」と無意識のうちに思っている、そんな女性二人。いやーっ、怖いーっ。なんか分かっちゃうだけに怖いーっ。
読み終わって「ダブル」というタイトルの意味をしばし考える。最初は、仕事に生きる女と専業主婦というありがちな対立の構図を「2通りの女性の生き方」という意味でダブルと称しているのかと思ったのだが、それだけではない、めちゃくちゃ深い意味がふたつあったのよ。ひとつはミステリとしてのネタばらしになってしまうから書けないが、もうひとつは書いてもいいだろう。デブでブスな女は不幸? エロ方向にボケてしまった老人は迷惑なだけ? 狂言でチカン被害を演じて遊ぶ女子高生はバカ? もちろんそれらはすべて事実ではあるけれど、人の側面はひとつではないということが全編に渡って語られている。コインに裏表があるように、人間だって、一方からだけ見ていては、死角になっている部分にあるものは見えないのだ。「この人、こんな人だったのか……」と気づく瞬間には、妙な快感すらある。「デブでブス」な女の恋人だった佐藤君が終盤で口にする一言がすごく良くて、本筋とは別に、この台詞を読むためにあたしはこの本を読んでたんじゃないかと思ったくらい感動した。
本筋となるミステリ部分もさすが。ある意味、倒叙モノっぽい(ぽい、というあたりがミソ)作りになっているため、多恵と乃々香が親しくなって行く過程なんてサスペンスも満点だ。また乃々香が怖いのなんのって! こうだろうな、と予想していた展開の更に上を行く。これは一気読みだぞ。
(06.9.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
むう。江戸を舞台にしたコンゲームが滅法おもしろかった「深川黄表紙掛取り帖」のシリーズ第二弾が、今回は長編にてお目見えとなったわけだが……あのコンゲーム的趣向はどこへ行っちゃったの? シリーズの色がまるで変わっちゃってるよ。「深川黄表紙掛取り帖」の収録作「端午のとうふ」は日本推理作家協会賞短編部門の候補になったほどなのに……。いや、まあ、そういう種類の評価を受けることは著者の想定外だったのかもしれないけれど、いずれにせよ、「深川黄表紙掛取り帖」で見せた《策の妙味》が今回は殆ど無く、人情もの・旅情ものにシフト。ううう、残念。
本編は江戸から土佐へ向かう4人の旅の様子、土佐での出会いと仕事、そして帰路が描かれている。その間、たいした波瀾無し。関所での女の詮議が厳しいとか、雅乃が足首を腫らして歩けなくなったが医者は女を診ないと言い張るとか、そういう小さい小さい事件はあっても、運と人柄(と金)で簡単に切り抜ける。この「運と人柄」ってのがね……前は才覚で切り抜けてきたのにね……。
もちろん道中で出会う色んな人たちのと触れ合いや、土佐の人々との交わりなど、「ああ、いい話だなあ」と思わせるエピソードはそこかしこにあって、読んでて心地よくて、そういう人情物を書かせるとやっぱり山本一力は巧い。東海道のそれぞれの旅籠での様子、土佐での母子との触れ合いなど、滋味豊かで暖かな気持ちにさせる。でも、でもさあ、それにしたって波瀾無さ過ぎじゃないか? 「渡る世間に鬼は無し」を地でいくようなこの話、別段不幸を願うわけじゃないが、ちったあドキドキハラハラさせてくれてもいいんじゃ? なんか邪魔が入ったりトラブルが起きたりして、それを才覚で切り抜けるからこそ読者の溜飲も下がるってもんじゃ? なんとなく一悶着ありそうだった由之助の企みと、土佐から逐電した酒蔵の跡取りの一件が、波瀾を巻き起こす頼みの綱だったのだけれど、どっちも何の盛り上がりも無くさくっと解決させちゃったし。ふう。読み心地の良さだけなら満点なんだけどさあ……。もう、プロットには凝らないという方針でも持つようになったのかしら。ここ1、2年のものすごい刊行ペースを見てると、もういちいち凝ってられないってことなのかな。しくしく。
ちなみに土佐の「司牡丹」ってのは実在の酒蔵だそうな。
(06.9.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》
けんか別れしていた娘が久しぶりに帰ってきた【終末のフール】、3年後に世界が終わるという時期に妻が妊娠、優柔不断の男の悩みを綴る【太陽のシール】、マスコミの扇情的な報道に自殺に追いやられた妹の復讐として、当時のアナウンサーの家に押し入る【籠城のビール】、最後に恋人を作ってみようと思い立った少女の物語【冬眠のガール】、終末を目前にしても変わらず練習を続けるボクサーを描いた【鋼鉄のウール】、旧友から新たな小惑星を発見したから来いと呼び出される【天体のヨール】、遺された者たちが疑似家族を演じる【演劇のオール】、皆が海に飲み込まれるのを最後に残って見届けると櫓を組む【深海のポール】の8編。
伊坂幸太郎だからさ、そりゃもちろん巧いのよ読ませるのよ。ただ、このテーマ(もうすぐ世界が終わる、ってやつね)は多分に手垢がついているので、難しいよね。最近では三浦しをんの「むかしのはなし」という傑作があったし、設定だけSFであとは市井の人々を描くというスタンスの先行作品としては新井素子の「ひとめあなたに…」という傑作もある。また、本書のすぐ後には桑原美波が「ソラカラ」という同じ設定の青春小説でデビューしたし。
そんな状況で自棄になる時期もと売り過ぎ、諦観し、そして自らの生を地味に、けれど懸命に生きる人たち。〈小康状態〉という時期を選んだ当たりは巧さだけれど、描かれていることがあまりにスルスルと入って来過ぎて、なんだか物足りない。文章は〈伊坂節〉ともいうべき相変わらずの味があって世界の作り上げ方はさすがだが、物語としては予想を超えるものが無いんだよなあ。しっとりしんみりしてるのは良いんだけど。これはあまりにハードな状況を描きながらも(もちろんワザとなんだろうけど)飄々とした傍観者的視点をキープしているせいだろう。〈自分のこと〉なのに傍観者なんだよね。必死さを敢えて書かないというか。通常はそれが魅力なんだけど、今回ばかりはじれったさが先に立った。かっこいいしスマートだし暖かさもクールさもあるし爽やかなんだけど、「でもそればかりじゃないでしょう?」と言いたくなるのよ。
最後まで読んで最も強く心に残ったのは、【太陽のシール】で「すげえ幸せなんだよ」と語る土屋のエピソード。
(06.9.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
──と書いて気づいたんだけどさ、こういうグループもののとき女性だけがファーストネームで呼ばれるのはどうしてなんだろう? いや、雪子だけじゃない。そのつもりになって読むと、本作品では女性と子供はファーストネーム、男性は苗字で表記されてるんだよね。むぅ。以前、田中真紀子氏が外務大臣になったとき、田中大臣ではなく真紀子大臣と書かれた記事を読んでとてつもない違和感を感じた(だって純一郎首相だの晋三官房長官だのと書いた記事は皆無なのよ?)のだが、それと同じものが本書からも感じられるのよ。ここいらを突っ込んで考えたい衝動にかられたが、まあ、それは別の話。
あたしは「陽気なギャングが地球を回す」を伊坂作品の中でも上位にとっていたので、今回も相当に期待して読んだのだが、前作ほどのスピード感がないのが残念。サスペンスやスピード感より、伊坂幸太郎ならではのアフォリズム(凝縮し省略した短い文章でなにがしかの真実を表現すること・箴言)を読むことが読書の主眼になってしまった観がある。これはこれで魅力ではあるが、前作のような「おしゃれなクライム・サスペンス」を期待して読むとちょっと肩すかし。おまけに、伊坂テイストを前面に出してしまったがために、主要キャラ4人がとても似通った描き方をされてしまい、個を発揮するのはその特殊能力のみになってしまったのも残念。特殊能力以外の個性が見えなくなってきた。むぅ。
何に笑ったって、前作のときから気になっていたある設定を、登場人物当人によってつっこまれてしまったことかな。つまり──こいつら、田中に頼り過ぎ。というか、田中だけで物事はすべて終わってしまうというくらい、田中が万能なのよ。あ、田中ってのは、彼らが秘密道具や情報を買っている引きこもり君の名前なんだけどね。田中の能力がほとんどスーパーマンの域に達してて、そこらがどうにも興ざめ。でもそれをギャグにしちゃうあたりは好きなんだけどね。田中は万能過ぎるし、誘拐犯はバカ過ぎるし、令嬢は世間知らず過ぎるし──この話にリアリズムを求めているわけではないが、それにしたって何もかもがちょっと地面から浮き過ぎではないか? このシリーズ、いったいどっちへ向かうのかな。
(06.9.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
邪魅の雫・京極夏彦(講談社ノベルス)
京極堂リターンズ! つか、個人的な好みとしては榎木津リターンズ!と叫びたいのだが、今回榎木津は出番も少ないし、ちょっといつもの榎木津ではないのがショック。こんな人間的な面があったのか榎木津……。<いったい彼を何だと思っていたのかあたしは。
けれど物語の方は相変わらずの面白さで高値安定だ。いつも思うことだけれど、京極夏彦のこのシリーズってのは、ジャンルで言うならミステリってことになるのだろうけれど、事件の真相がどうで真犯人が誰でということを推理しながら読んでいても、いつのまにか個々のエピソードの面白さや刺戟的な会話などに取り込まれ、推理なんてどこへやら、今読んでるそのページ、その部分だけに没頭し楽しんでしまう。話の本筋はもちろんあるのだが、そこから膨らんだ、あるいは枝分かれした、個々の話がべらぼうに面白いのだ。読ませるのだ。これはシリーズを通じての魅力。
書評で貶されヘコんでいる関口に京極堂が説いてみせる「書評論」、益田の考える「探偵論」、益田と関口の珍道中、青木や山下の捜査の様子、そして今回の犯罪に関わることになった様々な人たちの目から見た世界観。益田や京極堂の章はそのままで楽しいし、ネガティブな発想を持つ人物が主体の章では、どよ〜んとしたモノローグに対して著者が神の目でサクっとツッコミを入れ、読者の目線のバランスをとる。そして読み進むと、本筋とは関係ない枝葉末節であったはずの会話や世間話が、いつしか大きなひとつのテーマに収斂されていくのだ。その道筋たるやみごと!
そのテーマとは、「自らは大きな世界の矮小な一部に過ぎないことを自覚せよ」だ。自己が肥大すると、《自分》と《自分以外》という構図を作ってしまう。他者を、自分にとっての何であるかという視点でしか見なくなる。その他者が自分と同等かそれ以上の自己を持っていることなんて想像もせずに。けれどそれは大いなる勘違いだ。──とてもシンプルで解りやすい。このシンプルで解りやすいテーマを、こっちの脳味噌がじゃみじゃみするような複雑な事件に埋め込んだ。この勘違いに端を発する悲劇は、決して犯罪だけではないということも。
──てなことも、京極堂に言わせれば「評者の空想」に過ぎないのだけれど、でもいいのよ、そうやって空想させてくれること自体が小説の魅力なんだもの。ね。
(06.9.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
情感タップリ、地味溢れるこのシリーズもすっかり高値安定。娘を嫁がせたのち、今回の展開は長男次男のそれぞれの恋だ! これまでの3作を読んでないとワケわかんないことが多く、チト辛い部分もあるけれど、でも続き物なんだからそれはしょうがないやね。長男・久太郎の恋は、失脚した水野老中の鷹匠の娘。失脚した大名の使用人ということで世間の目は冷たい。次男・久之助のお相手は、昔、祖父が傷つけた女性の娘。こちらも生半なことでは成就しない。さてこれがどうなるか、てのが最大の読みどころ。
まあ、予想の範囲内ではあるが、収まるところに巧い事収まって何よりでした。もうちょっとあれこれ手こずるかと思ったが、ずいぶんアッサリ事が運んだ印象。これで第5巻では、タイプの違う二人の嫁が誕生するのかな? つか、珠世と恵以の「嫁・姑」問題はなんとも読みでがありそうだ。さらにホームドラマ化に拍車がかかりそうだなあ。
【この母にして】鷹匠たちの傍若無人な振る舞いに、怒り心頭に発した久太郎は──。久太郎の侠気もさることながら、珠世と恵以の出会いも読ませる。ただ、ちょっとデキ過ぎかなという気がしないでもない。
【悪たれ矢之吉】お屋敷暮らしが退屈な上に、元服した兄に構ってもらえない源次郎。つい、悪い仲間に乗せられて──。
【狐狸の恋】想い人、綾に頼まれてとある女性の護衛を買って出た久之助だったが、その女性は迷惑そうで──。本編より、冒頭の珠世と長女のうぐいすについての会話が印象的。
【日盛りの道】夫の様子がおかしいことに悩む君江。そんなとき、夫の隼人が暴漢に襲われ──。
【今ひとたび】鷹を処分されると聞き、出奔した恵以。彼女を捜す久太郎は──。うわあ、こんなメロドラマに持って行くのかあ。
【別の顔】近所で起こった殺人事件。珠世が犯人の目星をつけたきっかけがミステリっぽくてステキ。今回は源太夫一家の出番が少なくて不満だったのだが、この一編でスッキリ。別の顔、というテーマも巧いなあ。これがイチオシ。
【末黒の薄】組屋敷の近くに捨てられていた子供。母親の事情は他人事ではなくて──。
【菖蒲刀】冷遇されている鷹匠の娘と、久太郎の縁談を進めるための秘策とは? なるほど、こう来たか。
(06.10.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
甘栗と金貨とエルム・太田忠司(角川書店)
ファンタジー度合い満点のタイトルと、ラノベ度合い満点の装丁に、正直おそるおそる読み始めたのだが、これがまたしっかりミステリで、おまけにハードボイルド風味だってんだから驚きだあ! これまでの路線としては阿南シリーズや藤森涼子シリーズの風味を踏襲。風味というか、世界をそのまま踏襲。だって出て来るもん、藤森涼子&一宮探偵事務所が。となれば当然舞台は名古屋だ。甘栗晃君は孤高でクールで、地の文を読んでるだけでは高校生だってことを時々忘れてしまうほど。でも味噌おでんと「ころ」と卵を敷いたイタリアンスパゲティが好きなばりばりの名古屋っ子。
死んで初めて、父の過去を殆ど何も知らなかったことに気づく甘栗。顧客の母親探しがイコール自分の父親の過去探しになる。見ず知らずの大人たちが父を評する言葉に「うちの親父はそんな人間だったのか」と初めて知らされる甘栗。子供にとって、生まれたときから親は親としてそこにいる。そのまえにどんな人生があったかなんて子供は知らない。甘栗の父、そして依頼人の母の過去を少しずつ知って行くことにより、甘栗は親というものをもう一度見つめ直す。──そんなテーマを込めながらも、ミステリとしては「うわっ、そうだったのかあ!」とのけぞらせてくれるんだから、まったくもって侮れない。
総じて真っ当な調査型探偵小説。高校生とは思えないハードボイルドだが、甘栗が涼子にたいして抱くほのかな思いや、天涯孤独になった甘栗を心配する親友や後輩との交流シーンが、彼が高校生であることを思い出せてくれる。個人的には親友と後輩のキャラ造形がやけにベタな気がしたのだけれど、ま、それは好みの問題でしょう。シリーズ化されると後で効いてきそうなキャラではあるし。とまれ、爽やかでちょっと甘くて真っ直ぐで、でも謎解きとしては捻ってあって。良いですよこれ。
気になる部分はと言えば、これまでの太田ワールドを知らない初めての読者が読むと、なんだか都合良く「父の知り合いの探偵」が現れて、情報や手がかりが向こうから転がり込んで来るように見えるかもしれないな、というところ。太田ワールドを知ってれば「ああ、甘栗さんてのは、あの一宮探偵事務所と繋がりがあった人なのか。だったら島さんだって涼子ちゃんだって協力するよなあ。おまけに涼子ちゃんなら、良いアドバイスも送るだろうなあ」とすんなり納得できるんだけどね。だけど逆に、こっちを先に読んで、そのあとで藤森涼子シリーズを読むってのもまた楽しいぞ。甘栗息子が憧れを抱いたオトナの女性は実はこんな人だった、てのが解っていく面白さは、古い読者には味わえない楽しみだ。
(06.10.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
舞台は沖縄。マンションの一室で米軍の軍人が殺されるという事件が起きる。その部屋にいた日本人二人とアメリカ海軍の軍人ひとりが拘束されたが、刑事の比嘉は、実は彼らと以前からの顔見知りだった。なんとか助けてやりたいとは思うものの、彼らは結託して何かを隠しているらしい。沖縄県警とアメリカMPとの関係、軍人と地元の関係。複数の国籍の人間がそれぞれの思惑で入り乱れる、そんな濃密で猥雑な沖縄を舞台に、比嘉の地道な捜査を描く。
登場人物は『殺すに時があり』(ハルキノベルス)と同じなので「沖縄・比嘉シリーズ」第2作ではあるんだけど、ストーリーそのものは完全に独立しているのでこっちから読んでも問題無し。
ピンクのキャデラックを乗り回すポップでファンキーなシュガーお爺、鳶色の目をした謎の少女・ジェナ、真面目な海兵・エディに、中国系不法就労少年の敬馬。最初はちょっとノワール風味に始まる。国籍の異なる人々が入り交じる酒場のシーンなんて、なんだか新宿歌舞伎町を舞台にしたノワール小説に通じるイメージがあって、けれどそこで展開されるのは特異な歴史と社会を持つ沖縄ならではの味で、なるほど沖縄というのは(ノワールの舞台という意味では)新宿とは新宿とは似て非なるものがあるのだなあと認識。
ノワール風に始まるけれど事件が起こってからは比嘉の極めて真っ当且つ地道な捜査モノになります。アメリカMPとの力関係、米軍と地元の関係なんてあたりが捜査に関わって来るのが沖縄ならでは。猥雑なまでの人間関係をぐぐっと読ませる一方で、知り合いの少女の疑いを晴らし真犯人を絞って行くその手法が、ものすごーーーーーく地道で粘り強い捜査なのよ。比嘉の造形ってけっこうハードボイルドなのに、頭脳でも腕力でもなく地道な捜査で犯人を絞り込む。それがなんだか新鮮でステキ。
沖縄ならではの事情と背景を持つ人々の思いが読みどころのひとつ。捜査モノであることと人間関係で読ませる物語なので、犯人を推理する楽しみってのは薄いんだけど、真犯人と逮捕劇はけっこうサプライズだよ。ここいら、読者参加ができるような伏線があると更に盛り上がったろうになあ。
(06.10.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る