お厚いのがお好き?


闇を見つめて・ジル・チャーチル(創元推理文庫)

 「風の向くまま」「夜の静寂に」に続く《グレイス&フェイヴァー・シリーズ》第3弾。1932年のアメリカを舞台に、大きな屋敷を相続したものの実は貧乏なロバート&リリー兄妹のコージーミステリ。今回は、敷地内の森の中にある氷貯蔵庫でミイラ化した古い死体をロバートが発見。そしてリリーも、婦人会の仲間の殺人事件に巻きこまれる。ただ今回のメインは、新聞社の編集長兼記者であるジャック・サマーだろうなあ。
 1932年といえば大恐慌の傷いまだ言えず、アメリカ中が不況に喘いでいた。リリーたちの住む村も例外ではない。顕著な例が八百屋の一件だ。この不景気の中、村の八百屋もいつ潰れるかわからないと敷地内で野菜を作り始めたプリニー夫人。ところが八百屋は、プリニー夫人が野菜を自作して店で買わなくなったこと自体が店を危機に追いやる原因だとこぼす。板挟みになって悩むリリー。はっきり言って、直接自身に関係のない殺人事件より、こういったことの方がどれだけ切実でどれだけ大事か。
 そんな庶民レベルまで降りて来た大不況、退役軍人たちは十年以上あとに支給されることになっている特別報奨金(ボーナス)をすぐに払って欲しいという要求を出す。けれど煮え切らない政府。退役軍人たちはワシントンへとデモ行進を行った。2万人もの人々がワシントンにバラックやテントを建てて住着き、政府への抗議運動を行う。それに対し政府は、ついに強制的排除に出る。
 ボーナス行進というものがあった、てのは知識としては知っていた。けれど実態がどういうものだったのか、これを読んで初めて知った。本書はルーズヴェルト大統領がまだ知事の時代のもので、こういう大きな事件から、それこそ前述の八百屋のエピソードまで、1932年という時代性をうまく物語にとりこみ(前作でも悲惨な戦争体験が出て来た)けれど決して過剰な社会派にならず、あくまでグレイス&フェイヴァーに住む人々の生活レベルの話へと還元している。そこが巧い。だからこそコージーであり続けることができるんだよね。
 また、ロバート&リリー兄妹が自分たちが貧乏であることをカミングアウトしたってのも、シリーズ上の大きな変化。次回からは、より村の人々と「仲間」になれそうな気配。ただ今回の殺人事件の方は。少なくともミイラ事件に関しては、ちとご都合主義だよなあ。結末もちょっと呆気ないし。それ以外が完璧なだけに、ミステリ部分でも満足できるレベルのものが欲しいぞ。    (06.10.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

すったもんだのステファニー 三毛猫ウィンキー&ジェーン3・エヴァン・マーシャル(ヴィレッジブックス)

 著作権代理業を営むジェーンのもとに、亡夫の従妹・ステファニーから電話が来た。ジェーンの暮す町に出版社が移転することになり、そこで働くことにしたというのだ。アパートを見つけるまで置いて欲しいといわれ了承したが、このステファニーが実はとってもイヤな女。おまけに移転し来てきた出版社はある有名人所有の会社で、町は大騒ぎに──。〈三毛猫ウィンキー&ジェーン〉シリーズ第3弾。
 事件が起きるのは話も半ばになってからなのだけれど、それまでに展開される生活描写が楽しくてぜんぜん飽きさせない。タカビー女ステファニーに陽気な家政婦のフローレンスがイラっとするところや、毒のある大人を目の当たりにした10歳のニックの辛辣な感想など、ドメスティックな人間関係の面白さがとてもよく出てるのよね。コミュニティ描写も同様で、マーケットでジェーンがおしゃべりパフィに捕まるシーンなんてめちゃくちゃ面白い。こっちは逃げたくてしょうがないんだけど、話してくれないお喋りなおばさん! いるいる!
 また、主人公ジェーンは久しぶりにバカンスをとる予定で、水着になるために4キロのダイエットを決意するのだけれど、これがまた巧く行かない。友人も家政婦も協力してくれるんだけどダイエット食は死ぬほど不味いし、仕事のストレスは溜まる一方だしで「ハンバーガー食べたい……」と思ってしまう。こういうあたりもリアルで「わかるわかる!」なんだよね。この「わかるわかる!」がコージーの魅力なのよ。
 ミステリ部分も、今回は背景がドラマチックでなかなか読ませます。今回は関係者が庶民ではないので、そこらはちょっと異質ではあるのだけれど、そういう雲上界の話題でも自分レベルに落とし込んで物語に融合させる。巧い巧い。ジェーンの冒険もあるし、「ああ、これが手がかりだったのか」という伏線も堪能できます。何より事件に巻き込まれるきっかけが、「夫の親戚だから、イヤな顔は見せられない」ってところにあるのがリアルなんだよねえ。
 ところでこのシリーズ、タイトルにちょっと注目。第一作は
「迷子のマーリーン」で原題が「Missing Mariene」、第二作は「春を待つハンナ」で原題が「Hunging Hannah」、そして本書の原題は「Stabbing Stephanie」──わかるね? 原題に倣って邦題も頭韻を踏むように訳者さんが工夫されてるのさ。これは毎回楽しみ。    (06.10.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

竜巻ガール・垣谷美雨(双葉社)

 小説推理新人賞を受賞した表題作を含む短編集なのだけれど、三作目の【渦潮ウーマン】がいいっ! この短編にピンポイントでおすすめマークをあげたいぞ。
 住宅会社に勤務する三十代のOL由布子は、会社の上司と不倫中。ところが不倫旅行先の温泉で、その上司が急流に飲まれて死亡してしまう。由布子は不倫が誰にも知られていないのを幸いにそこから逃げ出し、知らんぷりを決め込んだ。お通夜にもお葬式にも行かなかった。ところがその後、その上司の妻が若くて美人なのを知り、由布子のライバル心に火がついた──というお話なのだが、ヒステリックなまでの由布子の焦りや自己正当化が、実にコミカルに(けれどリアルに)描かれてるの。由布子がひとりでイライライライラして、大いなる独り相撲を採ってる様子がなんともオカシイ。
 自分より頭の悪そうなカップルがモデルルームを見に来て、購入を決めてしまう。「こいつらバカか」と思いながら、彼らには家を買えるだけの財力がある時点で自分の方が下なのだと思い、しょげ返る。上司の妻が若くて美人なのを見て「もと風俗嬢だ」と勝手に決め込む。けれどまた、彼女はけっこう仕事のできる女だったりもするわけで、要は「自分だって頑張ってるのに、どうして他の女の方が幸せになるの?」という焦りと妬みで、すごく視野が狭くなってる状態なのね。なんだかすごくイヤな女のように思えるかもしれないけど、読んでるうちに時には由布子にツッコミ、時には感情移入して、そして最後にはすごく清々しくなっているという不思議な魅力。特に、最後の一文はサイコー。今年読んだ短編の中で、ベスト「最後の一文」賞をあげたいくらい。憑き物が落ちた感じをものの見事に表す絶妙の〆だ。
 さて、あとはサクサク行こう(失礼な!)。【竜巻ガール】は男子高校生が主人公。父の再婚相手の連れ子が女の子で、いきなり同い年の妹が出来たという、なんとも一部方面に受けそうな設定。この妹ってのがガングロヤマンバメイクで、でも素顔は美少女ってんだから何をか言わんや。まぁだいたい予想した方向に話は進むんだけど、なるほど「小説推理新人賞」だという箇所もちょこっとある。【旋風マザー】は、若い時分に父と自分を置いて家を出た母親が戻って来る話。これもコメディ仕立ての軽快でポップな家族もの。【霧中ワイフ】は一回り年下の中国人と結婚した中年の日本人女性の物語。夫の荷物の中に、彼の家族と思しき人々の写真を見つけ、自分は騙されていたのではと疑心暗鬼を生じる妻。これはちょっとイイ話だったな。   (06.10.24) 
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後ろ傷・東直己(双葉社)

 北海道大学に受かるつもりでいたのに、なぜか落ちてしまった省吾。信じられない思いの中、半ばヤケになって札幌でも最低ランクの道央学院グローバル国際大学(通称グロ大)への進学を決めてしまう。けれど通い出してみると、あまりのレベルの低さにウンザリ。自己嫌悪も募りっぱなし。そんなある日、省吾はヤクザに追われた学生が交番へ逃げ込むのを目撃した。ところが警官は助けるどころか、目の前で暴行を受ける学生を無視。怒った省吾が割って入ると──。
 
「ススキノ・ハーフボイルド」の続編ということになるのかな。いやあ、そうかあ、北大落ちちゃったのか省吾クン。まあ、夏休みにあんなこともあったしねえ。でもって彼女は北大に合格して、心配して電話して来たりするわけだ。わあ、そりゃ辛い。「学歴に拘ってるわけじゃない」と口では言いながらもめちゃくちゃ拘ってたり、グロ大の学生を見下しながらも「人を見下してる俺って何様」と自己嫌悪に陥ったり、そーゆーアンビバレントな若者の揺れ動く思いっつーの? 肥大した自我と折り合いをつけられないでいる若さっつーの? そういうのがもう行間に溢れ出てて、やっぱりこういうの書かせると巧いねえこの著者は。
 でもって、交番前で一悶着起こした省吾は、大学でもとある事件の目撃者になってしまい、どうも急に周辺がきな臭くなってくる。このあたり、実ははっきりとは語られない。いや、最終的には語られるんだけど、この場合「何が起こっているのか」はあまり問題ではないの。眼目は、ピンチになったとき省吾が何を考えどう行動するか、なのね。グロ大をやめて北大を受け直すのか、それともこのままグロ大を卒業するのか、そういうことをずっと悩んでいる省吾は、実はけっこう大きな組織の根深い争いに巻き込まれているのだけれど、そーゆーことより「俺はいったい何がしたいんだよどーすりゃいいんだよ」という問題の方が大きい。事件の折々で手助けしてくれる「便利屋」(これがまたファンにはたまらん)は全てを掴んでいるようなのだが、省吾には教えてくれない。大人の男である「便利屋」にはどうしてもかなわない自分、つまりはガキである自分にも憤りを覚える。
 わけもわからず事件に巻き込まれた省吾は、わけもわからずそこから脱する。彼自身が事件を解決する話ではないのでお間違えのないように。これはクライムノベルではなく、あくまで省吾の青春小説なんだから。   (06.10.25) 《この本の詳細情報&注文画面へ》  

Lady, Go・桂望実(幻冬舎)

 男に捨てられ、派遣の仕事も途切れ、貯金はなく、アパートの更新時期は近づき、エアコンまで壊れてしまった──困り果てた玲奈は、知り合いに勧められてキャバクラへ体験入店してみることに。可愛くないし暗いし喋れないし、そんな自分にキャバクラ嬢ができるわけないことは分かってる。ただ次の派遣社員の口が見つかるまでの繋ぎ。そう思っていた。しかしひょんなことから、玲奈はキャバクラ嬢を続けていくハメになり──。
 最初はね、よくある話だなあと思いながら読んでたのよ。自分の事が嫌いで、自分の気持ちを言葉にすることが苦手で、私なんて私なんて私なんてとウジウジウジウジしてる主人公が、まったく場違いな環境に放り込まれ、そこで勉強しながら成長する話。ほーら、よくある話でしょう? 女心をつかむのが巧いオーナー、努力を表に出さないNo.1キャバクラ嬢、何かとアドバイスしてくれるオカマのスタイリストなんていうキャラ配置も、ぜんぶどこかで見たことがあるようなパターン。
 ところが。これがけっこう惹き付けられちゃったんだよなあ。「よくある話」の域を出ない前半では、キャバクラという業界の興味深さで引っ張られる。成績のいいキャバクラ嬢はどんな営業努力をしているのか。お客様に来店してもらう秘訣は何なのか。キャバクラそのもののシステムにも「へえ」と思ったし。
 そして舞台の魅力で掴まれたあと、後半に入ると物語そのものの展開に引っ張られる。相変わらず自信は持てないものの、少しずつ指名客をとれるようになった玲奈。あくまで次の仕事の繋ぎのつもりだったが、自分がキャバクラ嬢の次に何をしたいのか分からない。と言ってしまうと流行の〈自分探し〉っぽいが、その〈自分探し〉という言葉の持つ胡散臭さが本書には無いんだな。それはおそらく主人公の玲奈が「夢って何だろう、やりがいって何だろう」という概念だけを追いかけるのではなく、具体的な目標にむかって、不器用ながらも現実的な努力をするからだと思う。
 オカマのスタイリストが、玲奈は口が遅いけど、言われたことをちゃんと聞いてその通りにする素直さがある、と褒めるシーンがある。なるほど、玲奈の魅力はそれだ。キャバクラ嬢という仕事から玲奈が何を見つけたか。最初は「鬱陶しい女だなあ」と感じていた玲奈だったのに、最後には拍手しつつ応援していたよ。    (06.10.27)
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犬坊里美の冒険・島田荘司(カッパノベルス)

 司法試験に通り、修習生として岡山県にやってきた里美。彼女が配属になった倉敷の法律事務所に、国選として殺人事件の依頼があった。ところがそれは、発見された腐乱死体が20分の間に消えたという不思議な事件で──。
 久しぶりに、登場人物に腹が立ってストーリーなんかどうでもいいっ!という気分にさせられたなあ。まあ、死体消失の謎の方は「お、これはもしかして伏線なのでは?」てのが親切に呈示されてたってのもあって(極めて本格っぽいよね、これ)、にやにやしながら楽しめたけど。それ以上にもう、里美に腹が立って腹が立って。とにかくこの、仕事のできなさぶりと言ったら!
 現場となった和室に入って一言、「座布団いっぱいあるー」……子供か。おまえは子供か。27歳の社会人が仕事中に発する言葉かそれが。修習期間の宿泊先に、なぜ浴衣を持って来る? 自分の脚がキレイに見えるからという、それだけの理由で初めての職場にミニスカ履いてくるか普通? メモもろくにとれないし、ひとつの方法が壁にぶち当たったとき他にやるべき基本的な作業すら思いつけない。すべて周囲の人に助けられ「はいー」と言ってるだけ。そりゃまだ修習生だからさ、未経験だから知らないことも失敗もあって当然だが、それ以前の性格と社会的常識の問題のような気がする。自分が上司だったら配属2日目に女子トイレに呼び出すこと間違い無し。
 おそらく読みどころとしては、終盤になって里美が法曹界の実態を知り、正義感に燃えて初めて自分ひとりで行動を起こす、その彼女自身の変化にあると思うのよ。でもさ、これもさ、結局彼女自身は何もしてない。材料は尾登クンが揃えてくれて、真相は犯人が自分で喋ってくれて、今後の方針まで決めてくれて。里美はそれを法廷で喋るだけなのに、それすら理路整然とはできず泣きながら叫ぶ。あのさー、職場で泣くなよ頼むからよ。自分が何か事件に巻き込まれたとき、絶対里美には弁護を頼みたくないよ。自分で喋った方がマシだよこれじゃ。
 これ、「女性自身」に連載されてたそうなんだけど、こういう「仕事のできない甘えた女」って、中年の女性読者に最も嫌われるタイプのヒロイン像だと思うんだけどなあ。   (06.10.26)
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Gファイル 長嶋茂雄と黒衣の参謀・武田頼政(文藝春秋)

 巨人が強かった第二次長嶋監督時代、チーム再建のため影で監督に仕えたブレインがいた。河田弘道氏。徹底した裏方の男。
 河田氏はベンチの外からチームを見て、事細かに問題点や選手のコンディションを長嶋に伝えた。具体的な作戦とアドバイスを長嶋に送った。選手のためにアメリカの理学療法も取り入れた。その効果ははっきりと出た。河田氏が参加した年、巨人は中日との「一〇・八」決戦を制し優勝。二年後にはあの大逆転劇「メークドラマ」を成し遂げたのだから。
 しかし、それほどまでの効果を挙げながら、河田氏は球団を離れる。原因は旧勢力との確執だ。河田が連れて来た理学療法のプロは、チーム所属のトレーナーたちから陰に陽に嫌がらせを受ける。河田が綿密な調査と計算のもとに組み立てたリリーフ構想は、ピッチングコーチたちの怠慢により無視される。挙げ句の果てに、渡辺社長は長嶋を議員選挙の応援演説に駆り出そうとする。このくだり、あまりのバカバカしさに唖然とした。野球チームを広告塔としか考えていない親会社。チームの勝利より自分のプライドや嫉妬の方を優先させるコーチ陣。ファンが懸命にチームを応援していたとき、ベンチでは保身のための派閥争いが優先されてたなんて。ファンは怒って当然だ。
 ここ数年、優勝しているのは地域とファンに根ざしたチームだ。人気があるのは、個性的で最高のプロの技術を見せてくれるアスリートだ。企業の思惑で作り上げられたブランドをありがたがるファンなど、もういないのだ。それに気付かず、大昔のやり方にしがみついた挙げ句の巨人の転落には、悲壮感さえある。けれど他球団のファンですら「一〇・八」や「メークドラマ」の興奮を忘れてはいない。球団の垣根を超えプロの闘いに酔った、プロ野球が眩しかったあの秋を忘れてはいない。あの年の巨人は確かに強かった。その影には河田氏がいたことを、今、ファンは知った。河田氏の登場は早過ぎたのか。今なら、あるいは他のチームなら、河田氏がより手腕を発揮する場所があるのではないか。
 正直なところ、かなりどろどろしていて、特定の選手や元選手のファンが読むとイヤな気持ちになる部分もある。「ここまで実名出さなくても……家族だっているのに……」と、ちょっと辛くなってしまう部分もある。書かれた方はたまったものではないだろう。けれど、書かれなければ、世に知られて糾弾されなければ、巨人はずっとこのままかもしれないのだ。それはとりもなおさずプロ野球界全体のことなのだから。
 巨人よ、書かれて悔しいなら、「違う」と証明してくれ。盟主というプライドが今もあるのなら、甦ってくれ。そしてもう一度見せてくれ。プロ野球が放つ、あの輝きを。    (06.10.27)
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あかね雲の夏・福田栄一(光文社)

 社会人二年目にして会社が倒産、失業してしまった俊太は、再就職までのつなぎに、大叔母が生前に暮していた屋敷に住み込んで管理をして欲しいと頼まれる。一夏だけの田舎暮らし、始めは戸惑うことも多かった俊太だが──。
 とても読みやすくて、くいくいサクサク読める。どこにでもあるニッポンの田舎──たとえ実際の田舎を知らなくても容易に想像出来るような典型的な(或いは類型的な)田舎が舞台なので、情景も浮かびやすいし。映像的で、具体的で、すっと抵抗無く入って来る文章を書く人だなあ。
 田舎で暢気にスローライフ、その過程で主人公はいろんな人と出会い、失職した自分の今後を見つめる主人公。紹介されるエピソードのひとつひとつに文句はないが、最後まで読んで、あれ?っと思う。いつの間に、何がきっかけで、主人公はこの結論に達したんだろう?
 ここに描かれている日々のエピソードには、主人公に何かを働きかけるような、そんな出来事はなかったような。もちろん、気持ちを固めることについては直接的なきっかけが不可欠というわけではない。日々のちょっとしたことの積み重ねで、いつしか気持ちの方向が決まることだって充分にある。けれどその「積み重ね」がどう俊太に影響したのかが、出てきてない気がするんだけど。日々のエピソードが綴られる中で、俊太が少しずつ変わって行くというのならまだしも、さしたる変化はないんだもの。だから結論めいたことがいきなり出ると、ちょっと戸惑う。
 やりたいことを焦って探さなくてもいいじゃないか、のんびり行こうよ──というメッセージはよく分かるのだけれど、描かれる物語とそのテーマがいまひとつ有機的に結びついていないような。何より俊太自身が田舎に来る前と後で、そんなに変わっていないのだ。まえからモラトリアムだったわけだし。寧ろ変わったのは、都会でばりばり仕事をしていた杏子(俊太の友人)であり、親に反抗して心を閉ざしていた智穂の方だったわけで──あ、そうか、つまるところ俊太は、触媒の役割だったのかもしれない。俊太の生活を見て、智穂や杏子が変わる。読者の位置はそちらに近いのかも。   (06.10.29)
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夏の魔法・北國浩二(東京創元社)

 中学生の頃、家族でイルカの棲む風島へ出かけた。同級生で思いを寄せるヒロも一緒に。その島で過ごした幸せな一夏。それから9年。夏希は早老症という難病を患い、22歳にして老婆の体になってしまった。おそらくこの夏が、生きて過ごせる最後の夏。そう思った夏希は身分を隠して風島に渡る。するとそこには思いがけないことに、成長したヒロがいた──。
 ぐわあああ、切ない。辛い。自分の運命に抗い、そして諦め、「最後の夏」を過ごすために思い出の地に来るってだけでも切ないのに、自分の見た目はすっかり老いさらばえていて、目の前にはまだ若々しい初恋の人がいるのよ? おまけに、彼の近くにはめちゃくちゃ魅力的な若い女の子・沙耶がいるのよ? そしてそれが、二人ともとてもいい子なのよ。あなたなら、どうする? さーどうする?
 ここで揺れる夏希の思いが、もうたまらん。彼らのおかげで夏希は静かに穏やかに、そして予想外に楽しく風島での日々を送る。けれど楽しければ楽しいほど、彼女の中で嫉妬が膨らむ。ヒロが昔の思い出を大事にしてくれてるのを知るにつけ、今の老いさらばえたこの自分が、あの夏希であることを絶対に知られてはならないと決意は固くなる。
 普通、自分の好きな人の側に他の女性がいたら、嫉妬を感じるのは当然だ。嫉妬とは即ち、「彼のそばには、彼女ではなく自分がいたい」という思いだ。けれど夏希は、沙耶に嫉妬を感じるものの、自分がとって変わりたいとは決して思わない。ここが、流行の難病ものとは違うところ。夏希は自分の正体を明かせないのだから。自分はヒロにとっては「おばあさん」で、おばあさんである以上、彼と結ばれることはあり得ないのだから。だとしたら、夏希の思いはどこへ行く?
 民宿で働く若い3人は、それぞれが夏希に重なる部分を持っている。美しくて明るい沙耶は、本来ならこうなっていたはずの自分。ひがみっぽくて露悪的な良介は夏希が沙耶に抱いている嫉妬の現れ。その良介がどうやったって勝てないヒロは、夏希の理想。それらがないまぜになり、前半は静かに、そして後半は一転して怒濤の展開となる。哀しい。やるせない。
 この結末は、受け止め方によっては納得出来ない部分がって、そこが唯一の不満といえば不満。でも、じゃあどうすればいいかってことになると──これしかない、かなあ。ミステリフロンティアの一冊ではあるけれど、ミステリとは思わずに読んだ方がいい。これは実に切なくて哀しい恋愛小説だ。   (06.10.30) 
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Kの日々・大沢在昌(双葉社)

 裏の探偵「木」が請け負った仕事は、ある女の身辺を探ること。この女は、3年前にヤクザの組長を誘拐し身代金をせしめた中国人の恋人なのだ。けれどその中国人は事件の1年後に白骨死体で見つかり、金はそのまま消えてしまった。「木」に仕事を依頼したのは、当時の共犯者。きっとその女が金の在処を知っている筈だというのだが──。
 おー、面白い面白い。さすがに抜群の読みやすさで、くいくい引っ張って行く。全体にノリが軽めではあるのだけれど、それはきっちり色分けされたキャラの造形と、どんどん展開が進むテンポの早さのせい。じっくり味わう話ではなく、勢いにのって一気にガーーーーっと楽しむが吉。何より、利害が相反する裏稼業の面面が、事件を解決するため集まって話し合うなんて、なんかトボけてて楽しいじゃない?
 問題の焦点がはっきりしていることと、関係者が皆どこか怪しいせいで、「犯人探し」の面白みもある。ただ、この仕掛け──というかトリックというか──は、本格読みにはやや易し過ぎだなあ。こういう状況だと、本格ファンならまずアレを疑うでしょ、というお決まりのパターンがあるのよね。読み進むにつれて、どうやらそのパターンらしい傍証がどんどん出て来るし、なまじ書き方がフェアなものだから、真相については意外性がないんだな。だからクライマックスで真相が明かされたときには「あー、やっぱりなー」という印象。
 けれどこれは本格ではなく冒険小説。本格と異なる冒険小説の魅力ってのは、真相の意外性ではなく、その真相に対して登場人物たちがどう動くかってところにあるのだ。そういう点から観ると、このクライマックスはエキサイティングだぞー。冷徹で、でも哀しくて。まあ、やや甘過ぎって部分もあるけれど、そういう甘さもまた魅力。
 ただ、張りっぱなしの伏線が回収されていないのは気持ち悪い。これ、ホントはもうちょっと込み入ったバックグランドのある設定だったんじゃないかしら? それを途中でやめて、シンプルでストレートな真正面勝負の肉弾戦に方向転換したように思えるのよね。考え過ぎかしら。   (06.11.2) 
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