高校陸上界屈指の長距離ランナーだったが、とある理由で競技から遠ざかっていた走(かける)は、寛政大学に入学。ひょんなことから四年生の清瀬に誘われ、竹青荘というボロアパートに住むことになった。そして清瀬はなんと、そのアパートの10人で箱根駅伝に出ようと言い出す。何をバカなことをと思っていたメンバーたちも次第にその気になり──。「妄想炸裂」で語られていた妄想箱根駅伝がついに小説化。わ、監督のセリフがエッセイと同じだ! うわははは。
昼は雲の柱・石黒耀(講談社)
富士山麓に建設予定のレジャー施設開発中に、妙な遺跡のようなものが見つかった。火山学者・山野と彼の娘で歴史好きな真紀は、それが徐福伝説にまつわるものではないかと推測する。その頃、富士山の周辺では微弱な火山性微動や弱い地震が頻発する。刻一刻とXデイは近づいていた──。
プロ野球誤審の真相 球界をダメにするおかしな構造・工藤健策(草思社)
WBCで大きな問題となった誤審。今年(2006年)は日本プロ野球でも「誤審」騒ぎが相次いだ。李(巨人)のホームランのときにランナー小関が三塁ベースを踏まなかった、というジャッジ。ファールだと思い矢野捕手(阪神)が見逃した球が、パスボールだとされたジャッジ。岩村(ヤクルト)がゴロをキャッチと同時に三塁ベースを踏み、一塁に送球してゲッツーをとったつもりが、ベースを踏んでないと看做されたジャッジ。タッチアップの離塁が早かったのを審判が見てなかったとして落合監督(中日)が選手を引き上げさせた一件。まだまだたくさんあったぞ。
「親不孝通りディテクティブ」のテッキ&キュータ、アゲイン! 前回は連作短編集だったが、今回は二人の高校時代(1980年代)をテーマにした長編だあ。これがあんた、強盗ありラブありヤクザあり騙し合いあり、脱北者まで絡んできちゃってさぁタイヘン。クールだけど面倒見の良いテッキに、お調子者でヘリウムより軽いキュータが巻き起こす、怒濤の青春クライムノベル。文字通りのラプソディ。或いはフーガ。
犯行現場の作り方・安井俊夫(メディアファクトリー)
おお、これは楽しい企画本だ。本格ミステリに登場した館を一級建築士の著者が図面に起こし、構造や製法についていろんな角度から論評した本だ。俎上に挙げられているのは十角館・斜め屋敷・長い家・十字屋敷・三ツ星館・本陣などなど全12種類。
アール・グレイと消えた首飾り・ローラ・チャイルズ(ランダムハウス講談社文庫)
チャールストンの街に怪盗出現? ホテルで開かれた結婚式の最中、ガーデンルームの屋根が落ち、新郎が犠牲になると同時に高価なエステート・ジュエリーの結婚指輪は紛失した。価値ある品々の盗難はそれだけに収まらず──。インディゴ・ティーショップのセオドシア、ドレイトン、ヘイリーらによる「お茶と探偵」シリーズ第三弾。
ソフトタッチ・オペレーション・西澤保彦(講談社ノベルス)
超能力を使って行われた犯罪を、超能力者問題秘密対策委員会、略してチョーモンインの神麻嗣子と神余響子、そして作家の保科が解き明かすシリーズ。表題作以外の短編はどれもパズラーとして気持ちよく楽しめました。【無為侵入】はシンプルなミッシングリンクもの、【闇からの声】はホラーテイストのあるミステリ。この2作は謎解き自体は簡単なのだけれど、物語世界の構築が巧くてくいくい読ませる。【捕食】は保科の若き日の物語。これもホラーテイストの「奇妙な味」の短編だけど、真相が分かったときにぞぞぞと来る。【変奏曲〈白い密室〉】はちょっと複雑で頭がぐるぐるしたが、犯人像には膝を打った。
オール読物に連載されている丸谷才一のエッセイ。単行本になったのはこれで何冊目かな。とにかく帯の言葉が本書の魅力を簡潔に且つこの上なく正確に言い当てている。曰く「頭に栄養、心にゆとりを与える傑作エッセイ集」だ。当たり外れのない、滋味とユーモアに溢れたエッセイのシリーズなのよこれは。老後に全巻そばに置いておきたい。
バカをあやつれ!・戸梶圭太(文藝春秋)
高知県のとある田舎町に赴任した警察署長は、死体や虐殺、犯罪などを見るのが大好き。地位を利用して、この町を最低最悪の下層社会にするという野望を抱いていた。幼い頃にイジメにあった復讐心を抱き続けている町長とタッグを組み、町の悪化に乗り出す──。
黒と白の殺意・水原秀策(宝島社)
囲碁協会の重鎮が対局の行われるホテルの庭で、刺殺体で発見された。見つけたのは彼の息子と、主人公である棋士の椎名。そして容疑者として逮捕されたのは、椎名の弟だった。弟がやっているとは思えず、独自に調べ始めた椎名だったが──。
風が強く吹いている・三浦しをん(新潮社)
てな話なのだが、箱根駅伝当日の競技の様子が、全体の三分の一を使って描かれており、これがもうべらぼうに素晴らしい。10人それぞれにスポットが当たり、それぞれの性格や思いやぶわーっと出て来て、それが襷リレーとなって繋がって行く。ひとりひとりにドラマがあり、思いがけないトラブルもあり、その様子はまさに駅伝そのもの。息づかいと熱が伝わる。個々のキャラクターに合ったドラマが用意されている。個人競技なのに団体競技でもあるという駅伝の極めてドラマ性の高い側面を、そのままドラマにしてくれた。読み終わったとき、「よし、今度の箱根駅伝は気合いを入れて見るぞ!」と決心してしまうほど、スポーツ小説としても青春小説としても極めて優れている。面白い。ホントに面白い。
それなのに。ああそれなのにそれなのに。清瀬と走以外は素人ばかりのチームが半年で箱根駅伝に出てしまうというこの設定が。あまりにマンガ的ではないか。いや、マンガでも「そんな無茶な」と思ってしまうよ。誰それはサッカーをやっていた、誰それは中学まで陸上部だった、誰それは山道を歩いて登校していた──箱根駅伝のレベルでそれを素質と呼ぶか普通。確かに潜在能力はあったのだろう。けれどそういうレベルの人々が適切なコーチを受け無駄無く才能を伸ばしたとしても、更に才能ある選手が更に適切なコーチングを受け更に数段上のレベルで訓練をしているのが大学陸上の世界。せめてメンバーが、「これまでたいした記録も出してないへっぽこ陸上部」くらいであれば何とか納得もできるのに、なぜ素人。それに登場人物も表面的で、「役どころがデフォルメされたキャラクタ」であって「人物造形」ではないよな、これって。
……ええ、分かってますよ、それを言うのは野暮ってことは。分かってますとも。でもなあぁ、せめて個々の潜在的な素質や葛藤をもっと説得力を持って書いてくれてればなぁ。そこにさえ説得力があれば年間ベスト級にもなろうものを。
それでもお勧めマークをつけてしまうのは、やはり駅伝シーンが出色だから。リアリティ重視の駅伝ファンはもしかしたら「あり得ねえ!」と放り投げるかもしれないけど、そういう人は堂場瞬一や安東能明を読みましょう。
(06.11.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
同じ噴火をテーマにした「死都日本」や東海地震を扱った「震災列島」が、いずれも災害そのものを中枢に於いたクライシスノベル──天災小説だったのに対し、今回はやや趣が異なる。というのも、物語の前半は歴史好きな高校生を主役にして展開される「火山神伝説」と、富士山そのものの地質的・歴史的解説が中心になっているから。その結果、クライシスノベルというより伝奇小説・情報小説の色合いが来いのよ。だからといってそれが面白くないというわけではなく、むしろめちゃくちゃ面白いんだけどもさ。
そしてじわじわと不穏な動きを見せる富士山。来るぞ来るぞ……と思うのだが、なかなか来ない。まだ来ないのかよ!とジリジリしてしまうほど。その間、災害に対する政治的なあれこれの問題が挟み込まれ、危機感はどんどん強くなる。読者の危機感がいや増す中、富士山お膝元の御殿場では高校で文化祭が開かれたり、ちっちゃな恋が芽生えそうで芽生えなかったりとそりゃもう暢気で、神の視点を持っている読者にとっては焦れったくてしょうがいなんだけど、これこそ安全ボケ日本の姿なんだろうなあ。
いざ!となってからは、そりゃもちろん一気呵成なのだが──う〜ん、二人の高校生が熱中する「火山神伝説」「徐福伝説」が、終盤になるとどうもドキドキハラハラを阻害してしまった観がある。そんなことやっとる場合かー、逃げろー、と叫びたくなるのだ。気を落ち着かせて読めばとてつもなく面白い伝奇パートなのに、そこまで迫った火砕流が伝奇の面白さなんか吹き飛ばしてしまうのよ。と同時に、暢気に会話してる高校生がクライシスノベルとしての勢いを寸断する。くぅ。個々のパートはそれぞれめちゃくちゃ面白いのになあ。両方にとってもったいないなー。
大噴火そのものによるパニックや問題点というのは「死都日本」で書いてしまったから、繰り返しになる箇所は避けたということなのかな。後書きを読むと、この高校生二人を主人公にした「火山神伝説」の方をこそ書きたかった、けれど書ききれなかったのでそれは続編で、ということらしい。圧倒的なリーダビリティでぐいぐい読ませる割に最終的に妙な中途半端さが残ったのはそのせいか。
(06.11.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
本書はそれらの「誤審」騒動をひとつづつ紹介し、解説したノンフィクション。テーマはとてもタイムリーなのだが、惜しむらくは、その実際の「誤審」騒動の個々の内容を詳しく紹介するにとどまり、一歩踏み込んだリサーチや新しい情報・事実、関係者の証言などの「検証」がなかったこと。当時のスポーツ紙やスポーツ番組で報道されたことを順にわかりやすく紹介したというレベルにとどまっているのが残念。もちろん、「この抗議の裏には監督のこういう思惑があった」という掘り下げはあるんだけれど、それもすべて想像のレベルなのよ。個別に取材した形跡がなく、目に見える事象や既存の報道から考えうる蓋然性の高い推測はこれです、という方式になっちゃってる。やはりそこには「証言・証拠」が欲しいってもんでしょう。伊東監督(西武)がフロントと巧くいってない・落合監督(中日)は成績を残しながらも続投要請がない、そういう不満が「ガス抜き」に走らせたと言われてもなぁ……。そうかもしれない、でも、そうじゃないかもしれない、としか言えないし。おまけに、この時点で既に落合監督は続投要請を受けてたが報道を抑えていただけだってことが後に分かったし。
こういうテーマで書くなら、やはり当時のスポーツ紙などでは網羅出来なかった、関係者の証言が欲しい。或いはまったく新しい見地からのデータ分析が欲しい。
ただ、ストライクゾーンと投手、審判の関係について述べた4章と、審判そのものにスポットを当てた5章はなかなかに読み応えがあった。図や統計などのデータが呈示されないのは不満だけれど、関係者の実際の事例や言葉が含まれている分「へえ」と思わせる力があったということ。むしろ、この後半2章の「総論」にもっと筆を割いても良かったのでは。
(06.12.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
親不孝通りラプソディー・北森鴻(実業之日本社)
80年代の博多。美人局にひっかかり金が必要になった高校生のキュータは、なんと銀行強盗を計画する。巧く行く筈がない、と思っていたら、なぜかそれが大成功。けれどそれは曰く付きの金だったため、キュータはヤクザから追われることになる。かかわりになりたくないのに、テッキももちろん巻き込まれて──。
博多弁の会話が懐かしくてたまらん。つい、脳内で声に出して(矛盾する表現だけどわかるよね?)読んじゃったわよ。博多弁のみならず、すべてに於いてテンポがいい。立ち止まって考えると「んな無茶な!」とつっこみたくなる箇所も多いし、キュータのあまりのバカさ加減に腹も立つんだが、なんせもったいなくて立ち止まっていられないんだもの。つっこんだり腹を立てたりする暇も惜しんでページをめくるよ。
ちょっとしたミスがどんどん物事を悪くして行くというシチュエーションコメディの様式が、強盗だのヤクザだの脱北者だのというハードなクライムサスペンスに取り入れられて、時にはにやにやしながら、時には手に汗握りながら読める。「そうだったのか!」というトリッキーな仕掛けも楽しい。コメディとサスペンスとアクションと青春の配合が絶妙。何より、バカなのに事ケンカに冠しては天才的な頭脳と度胸を持つキョージがいいぞ。掃除機とエアコンプレッサでマシンガン作るか普通。ときどき「あり得ねえ……」と思わないでもないけれど、そこはご愛嬌。
そして80年代が舞台という、その巧さにも舌を巻く。風俗だの芸能だのの味付けで描かれる80年代ではないのだ。この物語自体が80年代でなければ成立しないのだ。そこがいい。そしてこのラストシーンには、思わずにやりんと口元が緩む。これはお勧めだぁ。「親不孝通りディテクティブ」と、どっちを先に読んでもOK。
(06.12.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
いろんな箇所が興味深いんだが、特に「おお」と思ったのは、図面に起こすという行為そのもの。だってさ、文字情報しかないんだよ? もちろん小説中に間取り図が掲載されているケースも多いけれど、それってはっきり言って、作家が建築家でもあるという稀なケースを除いては「素人が勝手にでっち上げたもの」でしかないわけでしょう? プロの目から見たら無茶な場合もあるだろうし、設計図面に起こすだけの材料が出揃ってない場合もあるわけよ。そこを本書の著者はひとつひとつ吟味し、作中で建物に触れている文章から全体像を推理し、施工可能な(←これ大事!)図面に仕上げる。この行為自体がまずミステリにも通じる推理の妙があるわけさ。こういった企画は小幡陽次郎と横島誠司による「名作文学に見る『家』」という傑作の先例があるけれど、本格ミステリに特化したものは初めてじゃないかしら。
ただ、無責任且つ意地悪な読者としては、こういう企画の読みどころは「そんな無茶な建築ありえねえから!」というツッコミを期待してしまうが、この著者は実に優しい。『長い家』は消防法に反してるとか『十角館』って柱が少なくて屋根が落ちるというような指摘はあっても、ベースは作品への愛と尊敬なので、その無理を貶さない。腐さない。著者の胸中を忖度すれば「建築家としては、これはちょっと困っちゃったな」というスタンスで、あくまでも優しいのだ。
その姿勢にはとても好感を持つけれど、ちょっと物足りなさも感じてしまうのは否めない。いや、貶さないのはいいのよ。ベースに愛と尊敬があるってのも大賛成なのよ。たださぁ、愛の上に成り立つ鋭いツッコミがあってこそ、この手の企画本は面白くなるんじゃないかしら。あげつらうのではなく「本格ミステリは夢の世界だから。でもそれを現実に考えると、こんなスットンキョーなことになるんだよぉ、わははは」とユーモラスに指摘し、笑いと知的興奮を呼ぶような筆の技術があるともっと楽しくなるだろうな、と。もともと文筆家ではない著者にそこまで要求するのは申し訳ないとは思うけど。
物足りなさといえば、もっともっと建築についてテクニカルな説明や掘り下げがあっても良いと思った。これを機に読者が建築そのものに興味を持つような専門家ならではの切り口があると、もっと刺戟的だったんじゃないかしら。
(06.12.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
作を追うごとにミステリの様式がしっかりして来る観あり。もちろん本格ではないし、アットホームな雰囲気優先のコージーなので読者が推理参加できるようなものではないのだが、それでも数人の容疑者が次々と対象外になっていくさまはなかなかのモノ。今回は伏線もきっちりしてたし、ミステリとしてもけっこう良かったのではないかしら<1作目がグダグダだったのでそれを基準にするとどうしても甘くなるなあ。推理がにっちもさっちも行かず手詰まりになって罠を仕掛ける──というのがパターンになりつつあるかな。今回の「逮捕シーン」は出色だぞ!
独身で仕事を持つ女性が主人公のコージーに多いのだけれど、ドメスティックな生活感が殆ど無い代わり、職場での人間関係が家庭のそれに近いのがグッド。ドレイトンとヘイリーの掛け合いも楽しいし、ジョリーとセオドシアの交際も順調な様子で何より。ティドウェル刑事の扱いが今回少なかったのがちょっと残念だけどね。
ところで今回はタイトルに使われているお茶がアール・グレイなのが気になるなあ。謎解きにアール・グレイが絡んでくるのってラストだけじゃん。それも犬のアール・グレイがメインでお茶じゃないし。本編でメインに扱われるお茶は今回は日本茶で、ボンサイやスシなどジャポネスクムード満点だったため、どうせなら謎解きも日本茶に絡めて欲しかったところ。そういえば前作にも、粉末の緑茶にテツビンで湧かした湯を注ぎ、先端が幾重にもほぐされた竹のブラシで泡立てるように溶いて飲むシーンがあったし、美術館で日本の木版画を見るシーン(ホクサイやヒロシゲはともかく、ミツアキとエイイチって誰?)もあった。著者はひょっとして日本好きなのかな?
(06.12.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うーん、ここまではいいんだが、本書の約半分のボリュームを占める表題作がなぁ……。本格ミステリに於ける論理ってのは要は辻褄合わせなわけで、そりゃもう多少の無理はご愛嬌ってなもんだけどもさ。それにしたってこの表題作は無理がないか。行きつけの飲み屋で、ろくに飲んでないのに意識を失った大学生。彼は目が覚めると、まったく覚えの無い部屋の中にいた。そしてそこには同じ大学の先生と女子学生も。どうやら拉致されたらしいということは分かったが、その理由はわからない。そしてこれがチョーモンインシリーズである以上、当然そこには超能力が絡んでいるわけで……てな話なのだが。
えっとね、なるほど確かに辻褄は合う。伏線があるのもわかる。でも、でもさ。ネタバレを避けるため具体的には書かないけれど、目的の割に手段が大げさ過ぎるでしょう。その目的を達したいのなら、いくらでももっとシンプルな方法がとれるでしょう。なんでまた、ここまで凝った大がかりな、金だって時間だって必要なことをせねばならんのか。中で「犯人」が説明してくれたような理由じゃあ、ぜんぜん説得力ないわよっ。問題をミステリアスにするためだけに作られた設定って感じなんだもん。
それにこの主人公の造形が……いや、主人公のみならず、飲み屋の女の子も、なんでこんな?と首を傾げるようなキャラ設定にしてるんだろう。主人公が女性の脚フェチであるというところまではいいさ。でも、拉致されるという異常事態に於いて、コミカルなまでのフェチぶりはどうも推理気分に水を差される。飲み屋の女の子もさあ……他の登場人物が作中で評していたように「イタい」「ウザい」としか言いようがないぞ。まぁそこは好みの問題なのかなあ。とまれ、コメディ仕立てにするのはいいんだけど、チト過剰ではないかしらん。 (06.12.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
双六で東海道・丸谷才一(文藝春秋)
とっかかりの話題がどんどん転がって行く回があるかと思えば、ひとつの話題をぐっと掘り下げる回もある。日本古代史からアメリカのSF小説、身辺雑記や交友録、その幅の広さと膨大な知識がやわらかく気取らない語り口でゆったりと楽しく紡がれ、まったく飽きない。「勉強になるなぁ」という思いももちろんあるのだけれど、それよりなにより、この文章を読んでいるのがただ心地よい。そんなエッセイ。
今回印象に残ったのは人名をド忘れする話(老人が単語をど忘れした際、固有名詞ならすぐに教えた方がいいが、形容詞・動詞・比喩なら待った方がいい。思いもかけない古風な言い回しが出て来るから、というくだりに感心)、宮本武蔵が巌流島に遅刻した当時の時間感覚、乃木大将自殺のときの新聞記者の話などだが、特に惹かれたのはオータナティブ・ヒストリー(もうひとつの歴史)と呼ばれるSFのジャンルについての話。
オータナティブ・ヒストリーっていうジャンルは「歴史のイフ」を創作したもので、紹介されているのはディックの『高い城の男』。第二次大戦で日独が勝ち、アメリカが日独に分割統治されているというお話なんですって。というだけじゃ実はあまり惹かれないのだが、この本の面白いところは「分割統治されたら市井や文化や政治がどうなっていたか」というところが実に芸が細かい、らしい。どう細かいのか微に入り細を穿って説明してくれる。
丸谷才一という天才はさまざまな執筆活動をしているが、そのひとつ(というか主な仕事)が書評。そしてこの『高い城の男』を紹介した項は、まったくそのジャンルに興味がなかったあたしに「うおおお、面白そうじゃあ」と思わせる。まったくすごい腕の持ち主だよなあ。その腕は、マイケル・ルイスの野球ノンフィクションを紹介するくだりでも発揮されてる。
あと、ぜんぜん関係ないとこだけど、263ページの「おろし金を持った大根」の挿絵(和田誠)が異様に可愛くてのたうち回った。ポストカードかなんかにして欲しいくらいラブリィよ。
(06.12.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うわあ。出て来る人出来る人がぜ〜んぶ悪人かバカのどっちかだ……。地方の田舎が舞台だし、そうか、戸梶圭太が「シンセミア」を書くとこうなるのか、って感じ。
こういう話って、読む側にもセンスが要るんだろうなあとつくづく思うよ。犯罪シーン、暴力シーン、思考力の欠如故にどんどん転落して行く人々、そして他人の痛みや不幸を至上の喜びだと感じる人々。これを楽しめるかどうかは、この著者の持ち味に添った楽しみ方を会得しているかどうかにすべてがかかっている。あたしはこの世界への入り方がわからず、ただもう、ひたすら不愉快だった。何かを訴求する手段としてではなく、ただ娯楽として残虐な感じなんだもの。なのにところどころのエピソードではつい「くすっ」と笑ってしまったり、「うん、わかる」と思ってしまったりして、そんな自分も含めて不愉快だったなあ。
先月「誘拐の誤差」を読んだときには、同種の不愉快な描写も多々ありながら「リアル」が残っていた。その残っていた「リアル」が、汎用性のある(読者をあまり選ばない)エンターテインメントとして形を為す要因だったのだと今更ながらに気付いた。今回は多分にフィクション度が強くて、それが故にただ不愉快な描写を延々読まされているという結果になってしまったのよ。
読んでる最中は辛くても、結末がどうなるのかには興味がある。単純な勧善懲悪なんかにするわけはない、とは思っていたけれど、こりゃまたとっちらかしたまま終わったなあという印象。「下層社会」は達成できたのかもしれないけれど、その下層社会のありようがなんだかマヌケ。これは何かに似てると思ったら、ほらアレだ、仮面ライダーで世界征服を狙う悪の集団がなぜか幼稚園を襲ったりするという、アレに似てるのよ。どうせ暴走するなら、もっとものすごいことになっていてくれた方が「不愉快な描写」も全てまとめてハジけてくれたろうに。ダークで邪悪な描写が不愉快だ不愉快だと思いつつ、「もっと派手にぶち上げてくれないとスッキリしない」という不満を抱く自分が、なんか不思議ではあるんだけどね。
(06.12.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
派手さはない。新味もない。けれどそこがいい。一言で言えば、とてもクラシカルでオーソドックスな推理小説なのだ。そういえばこの著者はデビュー作の「サウスポー・キラー」にも「イマドキこんなオーソドックスな野球ミステリを!」を驚かされたものだった。趣向に走るでも奇を衒うでも流行におもねるでも萌えキャラを作るでもなく、誤解を恐れずに言えば「20年くらい前はこういうミステリ、多かったなあ」と懐かしさすら感じるミステリ。殊更にキャッチィなことを考えなくても、筆力と構成力があれば読ませるものは書けるのだな、とつくづく思う。
巧いな、と思ったのは囲碁のシーンだ。主人公自らが対局するシーンもあるし、他人の対局を見ているシーンもあるし、棋譜そのものが謎解きに絡むシーンもある。そこに囲碁のルールや用語の説明は殆どない。解説無しに専門用語や隠語が登場し、対局が進む。けれどそれが、なんとなく伝わるからすごい。もちろん、実際の棋譜が分かるってことじゃありませんよ。ルールや戦局は分からなくても、物語の進行に必要な情報や感情はしっかり伝わってくるのよ。そしてそれで充分なのよ。終盤で展開される対局なんて、ルールは全然わからないのに緊迫感と両者の意志ははっきり伝わってきて、文字だけで興奮しちゃったもの。
キャラクタにも派手さはないが、それぞれに個性的(やや表面的ではあるけれど)。囲碁という世界のあれこれも難しさは排除して、物語に必要な要素を過不足なく提供してくれる。そうか、無駄なエピソードが無いんだな。巧いのは巧いんだが、しっかりまとまっててオーソドックスな分、やはりインパクトには欠ける。そこはもったいない。相当に書ける人だと思うので、もしかしたら無駄を考えてみるのもいいかも。終盤の対局のように、推理とは関係なく読者が熱くなれるシーンが書けるんだから。そういう味をもっと出してくれたら、かなりのものが出来そうな気がする作家さんだよ。
(06.12.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る