お厚いのがお好き?


一瞬の風になれ(全3巻)・佐藤多佳子(講談社)

 天才サッカー選手の兄を持つ新二は、自分のサッカーの才能に見切りをつけ、高校では親友でスプリンターの連と一緒に陸上部に入った。もともとスプリンターの素質があった新二はすぐに頭角を現す。100メートル、そして4継と呼ばれる、1人が100メートルずつ4人で走る400メートルリレー。インターハイを目指し、県大会や南関東大会に臨む新二の3年間を追った物語。
 世間の評判はやたらと高いのだが……なんだか淡白過ぎはしないかい? 妙に上っ面な気がして。主人公は何かあっても「でも、がんばる」とすぐに前向きになってしまって掘り下げるということをしない。それで結果を出してしまう。結果を出すだけの過程が伝わって来ないのよ。
 自分の体験に引きつけて小説を読むという読み方は決して正しいとは思わないけれど、でも、「インターハイを目指す部活って、こんなじゃないよ」という違和感がずっとつきまとった。真の天才が同じ部にいるということ。尊敬、目標、励みといったプラスの感情と、羨望、妬み、劣等感といったマイナスの感情が、もうちょっとせめぎ合うってもんじゃないか。特に主人公は天才サッカー選手の兄を見て、サッカーの道を諦めているのだ。兄を見るとモチベーションが下がったが、連を見るとやる気になる、その違いは何かと主人公が自分に問いかけるシーンがあるが、その答は出てこない。こいつが主人公である以上、それがテーマだとばかり思って期待してたのに。2巻第5章で大きな事件が起き、それが何かを変えるかと思ったのに、なんにも変えなかったし。
 競技の描写も物足りない。新二は何も考えず、自分の変化の分析もしない。できない。がんばってみた。よくわかんないけど、できた。それだけだ。すごく表面的なのだ。スポーツ小説は五感に訴えて欲しい。熱や鼓動や歓声や筋肉の動きを、そのまま届けて欲しい。間近で彼らを見ているような、息づかいを伝えて欲しい。背中から迫って来るライバルの足音、競って走るときの風、踏まれて散る白線の石灰、ゴールに倒れ込んだときの土の感触。それを感じさせて欲しい。なのに、それがない。前に何人いる、抜いた、抜かれた、体が軽い、重い──それだけ?
 それは多分、選択されたテーマと主人公のキャラのせい。だってたった10秒で終わってしまう100m走という競技に、爽やか男子高校生の一人称だ。10秒の出来事を、そのスピード感を損なうことなく十全に描くのは只でさえ難しいのに、それを表現するのに爽やか男子高校生の語彙をもってやらねばならない。自分が走るときの様子は気持ち主体の描写になってしまってテクニカルな描写が殆どないのも、しょうがないのか、高校生だから。でもせめて、無呼吸で走る10秒は読者の呼吸も止めさせるような迫力とスピード感が欲しい。とにもかくにも一人称主人公がアッサリし過ぎなのだ。どうにももどかしさばかりが残ってしまった。スポーツ小説として読んだのが間違いだったのかな?    (06.12.18)
《1巻の詳細情報&注文画面へ》《2巻》《3巻》  

Run! Run! Run!・桂望実(文藝春秋)

 オリンピックのマラソン金メダルを最終目標に、通過点として大学で箱根駅伝を目指す天才ランナー、岡崎優。天才故の傲慢と利己主義は周囲の反発を招くが、確かに彼にはそれに見合う才能と実績があり、彼自身もそんな自分を当然だと思っていた。しかし、あることを知ってしまった優は、自分の能力そのものに疑問を抱くようになる──。
 うわ、これは面白い! 昨今矢継ぎ早に出される陸上ものの中でも、これは屈指だ。正面から陸上競技そのものやアスリートそのものを描くのではなく、ある趣向を用意したことで、才能・友情・自己実現といった手垢のついたテーマがまったく別の視点で描き出された。これはいい、これはいいぞお。
 超がつくほど傲慢なアスリート。個人競技である陸上にチームワークなど必要ない、駅伝だって自分の記録さえ良ければチームの結果は気にしない。1位で当然。そんな優に対し、部員の反応はもちろん冷ややか。そんな中でひとりだけ、開けっぴろげに優を応援し、尊敬し、自分は箱根駅伝なんて無理だけど、サポートできるだけでも嬉しいと素直に語る岩本。大会前に優が風邪を引き、岩本が看病してくれる。おかげで優は大会でいい成績を収めたが、風邪を移された岩本は散々。けれどそれを優は当然だと思い、気にも留めない。わー、なんてガキだこいつ!
 こうなると、この傲慢君が友情やチームワークに目を開く話なんだろうな、と予想がつく。それが。優はなかなか自分の信念を変えないのだ。冒頭に書いた「ある出来事」のせいで、優は走る目的を見失う。見失って尚、他の人が自分とは異なる目的や楽しさで走っていることが理解できないのだ。でも頭で考える信念とは別のところで、ちょっとずつ変化が現れる。頭と心は認めていないのに、自分の他の部分が変わろうとする。この過程がいいぞ。
 またこれは、青春陸上小説であると同時に、とても哀しい家族の物語でもある。親が子供に期待するということ、その期待のために一定方向を向くように育てられてしまうということ。自我を親にコントロールされるということ。その哀しさと歪さ。そしてそれを打破するために、子供が選んだ道の困難さ。エピローグでさらりと語られる後日談が、さらりとしているだけに胸に迫る。
 キャラ造形がやや類型的ではあるが、それを補って余りある設定とストーリー展開だ。お勧め。    (06.12.20)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

アンティーク鑑定士は見やぶる・エミール・ジェンキンズ(ランダムハウス講談社文庫)

 スターリング・グラスはバツイチのアンティーク鑑定士。依頼を受けて急死した老婦人の持ち物を見に行ったところ、その場にそぐわない高価なサモワール(コーヒーポットみたいなもの)が出てきた。不審に思ったスターリングだったが、とりあえずオークションに出品することにしてニューヨークへ向かう。そこでスターリングが聞いたのは、旧家で紛失したというお宝の話で──。
 著者は本物のアンティーク鑑定士だそうで、なるほど鑑定士の日常は手に取るようにわかるし、章ごとに挟み込まれる骨董品トリビアはとても楽しい。章の冒頭にアンティークに関するQ&Aが出ていて、その章に出て来るアンティーク用語をさりげなく楽しく解説してくれるので、本編に専門用語が出て来てもちゃんと分かるようになってるのよ。そのあたりは巧いなあ。
 ただ小説の構成の方がチト戴けない。冒頭になぞめいた老人からの依頼があったかと思うと、急死した老婦人の家からサモワールが見つかったり、おまけにその婦人の死にも不審なことがあったり、いきなりアンティークのブローチが出て来たり、男友達とのなれそめの話があったり。それらが小説の冒頭部で均等に振り分けられているので、トピックとしての主と従がはっきりしない。おまけに複数の事件が、事件なんだかまだよく分からない思わせぶりなところだけどんどん出て来て、それでどれもしばらく放っておかれるので、事件のとっかかりがガチャガチャしてて、何が起こっているのか掴みにくいのだ。もちろん主人公も同じで「何が起こっているんだろう」と疑問に思ってるくらいだから、この構成はわざとなんだろうけど、それにしても入り込みにくいぞ。
 結果、主たる事件は二つだったんだけど──その二つもさ、もうちょっとリンクなりなんなり、ミステリ的趣向があっても良いんじゃないかしら。アンティークのトピックとしては異なる二つの要素が勉強出来て良いんだけれど、事件としてはちょっと毛色が違い過ぎ。それぞれ独立したひとつのミステリになりそうなものを、わざわざ浅くして詰め込んだイメージなのよね。
 アンティークの鑑定って、それ自体が既に推理小説の要素を含んでいるものなので、特にケレンを加えなくても充分興味深いテーマになり得る。加えて、業界内部や鑑定士の生活を描くだけでも、門外漢には刺戟的な話題が多い。そういうせっかくの魅力が、詰め込み過ぎの事件によって阻害されちゃった観が強い。もったいないなあ。スターリングのキャラもいいだけに、続編からはもうちょっと落ち着いた鑑定士ものが読みたいぞ。    (06.12.22)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

導火線・松浪和夫(徳間書店)

 ベトナム戦争の折り、米軍が東シナ海の深海に落としてしまい回収できなかった核兵器。とある男達が、それをサルベージした。そして日本政府に要求が突きつけられる。要求をのまなければ、原爆の数十倍という威力を持った核爆弾が、東京に向けて発射される。昔、自衛隊の特殊部隊にいた保坂は、これを阻止するよう命を受け、犯人が立てこもる島へ班員たちと向かった──。
 前作「核の柩」同様、東京近郊の全市民を人質にとった政治的確信犯たちによる政府への脅迫と、タイムリミットの中で作戦を敢行しようとする特殊部隊(前作は警視庁の特殊急襲部隊だったが、今回は自衛隊)の対決を描いた社会派冒険活劇。イデオロギー色の強い福井晴敏といった感じかな。構成としては前作ととても良く似ていて、脅迫される総理の名前まで一緒だよ。同一人物だとしたらこの総理、自分の任期中に二度もこんな重大事件に出会ってることになる。たいへんだ。
 アクションシーンはまるで眼前で展開されているかのような臨場感。ディーテイルもさすがだし、異なる個性を持つ班員それぞれもいい。何よりいいのは、犯人たちの隠された背後事情だ。詳細は書けないが、社会問題とも相俟って、今、この国の国防が直面している問題点が実に効果的に物語に生かされている。ここで語られる「真相」は(ややケレンが勝ち過ぎているきらいはあるが)説得力充分で、胸にずんと響く。活劇部分とイデオロギーの部分が巧くかみ合っているのが魅力。
 ただ、ラストがなんだか呆気なくはないか? あれだけの計画を立て、あれだけの戦いをした犯人グループが、最後の最後であっさり侵入を許すとはどういうことだろう。絶対に罠だ、と思ったんだけどなあ。そのあとだって随分あっさりで。そこまでが手に汗握る攻防だっただけに、なんだか肩すかしを食ってしまった。「核の柩」はぎりぎりまでハラハラさせてくれたのになあ。何か大事な展開を読み落しちゃったんじゃないかと思って、最後の数十ページを再読しちゃったくらいだよ。そこまで話がどんどん緊迫していってただけに、この終盤は残念だ。冒険活劇なら活劇らしく、最後に「ザ・クライマックス」が欲しいよ。
 あと、傲慢少年の向井隊員は、自分に欠けてるものが何なのか、ちゃんとわかったのかしらね? 彼の成長を見守りたいおばちゃんとしては、そこが最も気になるのだけれど。    (06.12.24)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

うそうそ・畠中恵(新潮社)

 体の弱い長崎屋の若旦那が、地震の続く江戸を避けて、箱根に湯治に行くことになった。正体は妖(あやかし)である二人の手代と、兄の松の助と4人での道中だ。ところがいきなり手代二人の姿が消えた。おまけに箱根でも地震は続いており、そのうえ若旦那が誘拐されて──。
 シリーズ第5弾は長編でお目見え。遠出をしたため、いつもの妖たちは手代二人と鳴家くらいしか出て来ないが、その代わり、箱根の天狗や姫神様の登場だ。けれど一番「妖」なのは、自分の藩を救うためなら他人に災厄が及ぼうとまったく気にしない、人間の侍たちかもしれない。
 相変わらずのノホホンムードではあるが、今回は誘拐されるし襲われるし逃げ惑うし、なんだかアクションシーンが多いのよね。ま、もちろん若旦那はアワ喰ってるか倒れてるかなんだけど。策謀(といってもたいしたことはないが)や犯罪(といってもたいしたことはないが)に巻き込まれた若旦那が、いつものように心の強さで体の弱さをカバーし、敵に当たる。山道を上り下り、物理的な攻撃に身を晒し、崖から落ち、地崩れに遭う。このシリーズらしからぬ、なんて派手な展開。でもまあ、それが派手に見えないところは、このシリーズらしいか。とまれ、うーーーー、過保護の手代じゃなくても心配になるわよっ。若旦那、死ぬよこれじゃ。
 姫神さまの成長物語を若旦那に絡めて来るあたりはさすがに巧いし、味わい深く読ませる。ただなあ、個人的には、あたしはこのシリーズには江戸市井の人情ものの味わいを求めてるんだよね。妖たちってのは、その人情ものを紡ぎ出すための小道具に過ぎず、決して妖そのものを描く事が主眼ではないと思ってたわけさ。ところが今回は、姫神様の成長物語や侍たちの利己主義という普遍的なモチーフはあったとは言え、妖の話がメインで市井の物語が介入する余地がない。好みの問題と言ってしまえばそれまでだけど、江戸情緒っつーの? 市井の息吹っつーの? そういうのが欲しいなあ。あ、もちろん、「こういうのの方が好み!」という方も、たくさんいらっしゃるとは思うけれど。
 好みはさておき。どうにも気になったのが、若旦那の身が危険としてなんとか江戸に帰ろうとするけど、帰れないって箇所。江戸・箱根なんて、歩きで2日だよ? 駅伝選手なら5人で6時間弱だよ? 若旦那以外はフリーなんだし、早飛脚を飛ばして江戸に連絡すれば、妖たちの力と長崎屋の人脈・財力でどうにでもなるんじゃないかと思えたんだがなあ。   (06.12.23)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ハンプティ・ダンプティは塀の中・蒼井上鷹(東京創元社)

 犯罪を犯して逮捕されると、取り調べを受けて起訴・不起訴が決まるまで留め置かれるのが、警察署内にある「留置場」だ。その留置場を舞台に、被疑者たちが出会ったり話したりする事件が解かれるという連作短編集。登場人物たちは現場から動けず、話だけで推理するという点では安楽椅子探偵ものと言ってもいいかも。それぞれの短編の趣向もさることながら、留置場のシステムの描写が興味深い。それを上手にストーリー展開に絡めているところに感心。総じて、不可解な事件の謎を解くというタイプではなく、特に事件などないと思われるような日常の様子の裏に実はこんなことが隠されていたんですよと蓋を開けてみせるタイプのミステリ。
 【古書蒐集狂(ブック・コレクター)は罠の中】古書を買うお金が欲しくて盗んでしまった蒐集家。けれどその裏には──。著者らしさという点では物足りないけど、何気ない話の裏に大きな事実が潜んでいたという創元的展開ではこれがイチオシ。
 【コスプレ少女は窓の外】運動場から見える墓地に、メイドのコスプレをした少女が。人気タレントを彷彿とさせるその出で立ちの意味は。謎解き云々より、留置場内での雑誌の閲覧だとか力関係だとか、そっちの方が印象深い。
 【我慢大会は継続中】今回入って来た新入りは、まぁよく喋ること喋ること。会社の仕事が心配で先輩に連絡をとらねばらならないというのだが──。裏に隠された事実の大がかりさではこれが一番。しかしこれを推理するのはチト無理だろ。
 【アダムのママは雲の上】新入りハッサンには日本語が通じないので、皆寄らず触らずで放っておいた。しかし実はハッサンは日本人で──。これも良く出来てるなあ。途中までは「ちょっとそれはご都合主義なんじゃないの?」と眉を顰めながら読んでいたのだが、その不満が大きければ大きいほど最後にはスッキリ。「そんな偶然があるかしら」という気もするのだけれど、同じ留置場に入ってるってことは同じエリアで逮捕されたということだものね。
 【殺人予告日は二日前】マサカさんのところに殺人予告が届いたという。けれどマサカさんは留置中の身、殺せる筈もないが──。ロジックはとても面白いのだけれど、最後までこのマサカさんという人物の人となりが分からない。いや、もちろんそういうことを求めるジャンルではないんですけどね。
   (06.12.25)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

使命と魂のリミット・東野圭吾(新潮社)

 動脈瘤の手術中に亡くなった父親の、その死の真相を解明するため医者を志す夕紀。研修医として心臓外科に配属された夕紀は、昔、父親の手術を担当した西園教授の指導を受ける。一方その頃、ある企みを持った男が病院に脅迫状を出して──。
 病院脅迫のくだりはいかにも東野圭吾的テクニカルなサスペンスで読み応え充分。爆弾をしかけるというあたりは
「魔球」を彷彿とさせるし、脅迫犯の背景については「天使の耳」に収録されている、とある短編を想起した。いや、そんな使い回しだなんて言ってませんよ! ええ、言ってませんとも。だって使われ方が違うんだからさ。何より、社会問題や専門的なモチーフを混ぜながらも、それに寄りかかることなくサスペンスとして物語を盛り上げる手腕はさすがだ。ページを繰るのがもどかしいくらいハマり込んで読んだ。たまたま身内が入院していて、その付き添い時に深夜の病院で読んだもんだから、その臨場感つったらアンタ! エレベータで看護師さんと乗り合わせたときにゃ、ちょっとびびったりして。ごめんなさい看護師さん。
 ただラストになって、いろんな要素が雪崩を打ったように浪花節へと流れ込んでいくのはちょっと興醒め。えええ、こんな終わり方なの? 浪花節であるだけでなく、なんだか妙にキレイゴトなんですけど。「国民的作家」になってしまった弊害なのかなー。確かに一般受けはするかもしれないし「感動的」でもあるのだろうけれど、往年の東野圭吾「らしさ」とは相反する。こういう結末を用意する作家じゃなかったはずなのに。複数の要素のひとつを浪花節で終わらせるなら、別の要素は別の決着が欲しかった──と思うのは、積年の読者の勝手な思い込みかしら?
 ただ、浪花節の中にも、とても印象的なシーンがひとつ。看護師がひとり事情聴取を受けるのだが、その頃、病院ではある事件が起こってスタッフが大わらわになる。そこで刑事が、その看護師を返すように上司に直訴するのだ。彼女は看護師だ、彼女は今必要とされている、と。そして事情聴取は終わってなかったにも関わらず、上司は彼女を放免するのさ。このシーンは良かったなあ。「使命」という本書のテーマを、最も明確に、そして端的に示したワンシーンだった。    (06.12.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

情報源・赤坂英一(講談社)

 人気プロ野球チーム、東京マンモスの主軸選手が暴力団関係者と会食しているところを写真に撮られ、ヤクザに脅された。それは真実なのか、脅すヤクザの狙いは何なのか。球団は選手を積極的に守ろうとはしないまでも、ある策を考える。そこに夕刊紙やテレビ局などのスポーツマスコミが入り込んで、スクープを狙う駆け引きが始まった──。
 著者はもともと野球選手のノンフィクションを何冊か出しているライターさんで、小説はこれが初めてだとか。なるほど選手とマスコミの距離や取材時の臨場感などはさすがだなあと思わせる。ただ、視点の揺らぎが目立って、主要人物にいまひとつ感情移入しにくいモドカシさがあるんだよなあ。たとえば誰かの裏切りが分かったとき、それにショックを受けるべきなのか、当然と受け止めるべきなのか、読みながらちょっと迷ってしまう。すんなり驚いたり快哉を叫んだりするほど、その人物を掴みきれてないのね。複数視点で多面的に人物が描かれる弊害か。いっそ視点人物を一人にしちゃえばいいのに。或いは、キッスの章と健の章の二本立てで固定するとか。
 けれど後半は俄然面白くなって、こういう話にしては意外なほど読後感が爽やか。後半は実に映像的でサスペンスフルでドラマチックなのよ。中でも、あらまあ、と思ったのは、「誰が情報を漏らしているのか」という部分。スポーツマスコミの駆け引きをメインに読んできたからうっかりしてたけど、これはなかなかに《ミステリ的な》趣向じゃないか。意外だし、なるほどと思わせるし、伏線もあるし、ドラマもある。うわあ、もったいない。タイトルも《情報源》なわけで、この部分は本書のキモのひとつだと思うんだが、ヤクザと球団と記者の駆け引きに目を奪われちゃって、「こいつらを逮捕出来るのか」「どうやって取材するのか」という業界小説の部分に気持ちが行っちゃって、実はけっこう重要なはずの《情報源探し》の印象が薄くなっちゃってるよ! せっかくの題材なのに、バランスがうまくとれてないって感じかしら。もったいないもったいない。これって、構成次第文章次第では、横山秀夫みたいな作品になるぞ。小説は新人さんなので、次が楽しみ。
 表記で気になった点。「1年交代」とか「100人中1人もいない」とか「3連戦」など、小説なら普通は漢数字で表される箇所が軒並み算用数字になってるのはどうしてだろう。読んでてすごく目がひっかかる。100人なんていう表記があったかと思えば「一対一」は漢数字だし。何か拘りがあるのかしら。   (06.12.27)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

欲しい・永井するみ(集英社)

 主人公は人材派遣業を経営する起業家の由希子。42歳の独身だが、妻子持ちの恋人がいて、時には派遣ホストを呼んだりもしている。ある日、派遣スタッフのひとり、槙ありさが、別れた夫が派遣先に金をせびりに来るので辞めたいと言い出した。由希子は、子供を抱えたありさのために何とか事態をおさめようとするが、ありさの意志は固い。ところがそれが思わぬ事件に発展して──。
 事件の発端となる、とある事情が読者には先に明かされるのがミソ。もしもこの事情を「意外な真相」みたいな感じで終盤まで明かさずにいたら、判明した時点で「そんなご都合主義な!」と言われるようなことなのよ。けれど先に明かしてしまうことで、まず前提条件としてその状況が読者に刷り込まれる。その前提のもとでドラマが進むので、そこに批評の介在する隙間はない。なんてテクニカルな。ただそれは諸刃の剣で、謎解きを期待して読むタイプのミステリファンにとっては「そこをこそ、巧く隠して欲しかったのに」と思うかもしれない。好みの別れるところでしょう。
 あたし個人としては、テーマを考えればこれで正解だと思う。「欲しい」という感情。その感情は、それが欠けているからこそ生まれるもの。事件の発端となる、その「とある事情」を早い段階で明かすのも、それに関わっている人物に欠けていて、「欲しい」と思うものがあるからこその行為なのだ。犯人(と言っていいかどうか分からないが)も被害者も、家族も関係者も皆、何かを「欲しい」と思い、その欲するものが異なるが故にすれ違う。例えば由希子が欲するのは、恋人がずっと一緒にいてくれることだ。けれど彼には家庭があるので、それはできない。その「欲しい」を埋めるため、由希子は彼の代わりに出張ホストを呼ぶ。不倫の恋人である男性は家族の悲劇をきっかけに、「欲しい」という思いを別のところへ向けようとする。ホストのテルも、自分の「欲しい」を埋めるためにある行為をするのだ。ここに描かれる事件や悲劇は、すべて「欲しい」が生んだもの。それを描くためには、最初から真相を割ることが必要だった。
 けれど、そことは別に。終盤になってあかされた「別の真相」には驚くぞ。「真相、わかってんじゃん」と思いながら読んでいたのに、いきなり違うところから驚かされるんだから。そのズレをお楽しみ戴きたい。    (06.12.29)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

天使の眠り・岸田るり子(徳間書店)

 京都の大学に研究者として勤務している秋沢は、助手の披露宴に招かれたとき、名簿の中に13年前に別れた恋人の名前を見つける。しかしそこにいた女性は、秋沢の知っている彼女とは似ても似つかぬ容貌だった。慌てて声をかけたが、相手は何のてらいもなく、二人の間で使われていた呼称で秋沢を読んだ。彼女は別人なのか、それとも本人なのか。
 おわっ、これはまたなんとも気を惹く謎であることよ。読者に対しては(主人公に対しても)、別人であるという可能性と、整形しているという可能性、その両方を残したまま物語が進む。その13年の間に、彼女は2度結婚し、2度とも夫が死亡している。それも片方は莫大な遺産を、もう片方は保険金を残して。怪しい。めちゃくちゃ怪しい。そんなことを知った主人公は居ても立ってもいられず、彼女を追うわけさ。
 真相がわかったときには「ああ!」と声を出した。なるほど、これは巧い。この女性が別人だとしたら、あれとあれが矛盾するし、かといって本人だとすればこっちの問題が矛盾するしとアレコレ考えていたことが、すべてキレイに腑に落ちるよ。巧い。これは巧い。
 惜しむらくは、動機となるある要素が提示されるのが遅いこと。まあ、これを早めに出してしまうとネタが割れかねない危険はあるのだけれど、それでももうちょっと「ほのめかし」があっても良かったんじゃないかと。いや、「ほのめかし」はあるのだけれど、あまりにほのかで、ただ単にこの女性のエキセントリックな性格描写にか見えないのさ。あ、それがミスディレクションだったのか。そうか。
 もうひとつ残念なのは、充分に驚かせてくれた「真相」が、よくもまあここまでと思うくらいの「説明文体」になってしまったこと。せっかくドラマチックに盛り上がってたのになー。もちろん、13年に亘る長い長い「真相」なので、ある程度は説明になってしまうのはしょうがないんだけど、それにしたってもうちょっと文章あるいは構成を考えられなかったものか。事件の真相はおかげでとてもよく分かり、いちいち膝を打ったのだけれど、それまでがーーーっと盛り上がっていたドラマ性がすぱっと切られてしまったようなもったいなさがある。
 けれど、いずれも技術的な問題に過ぎないので、修正はいかようにでも出来るよね。何より中核となるアイディアが素晴らしい。これはいいぞ。   (06.12.30)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  


書評リストに戻る