たゆたいサニーデイズ・村崎友(角川書店)
葉音梢はこの春から高校2年生。合唱部に所属しているが、部員は先輩の宮本と梢の二人だけ。なんとか新入部員に入って欲しくて、準備のため春休みに登校すると、見学に来た新入生用の記名帳に見慣れぬ名前があった。新入部員? けれど宮本はその名前を一瞥しただけであることを見抜いた──。高校を舞台にした青春連作ミステリ。
「ミミズクとオリーブ」「嫁洗い池」に続く、安楽椅子探偵ならぬ割烹着探偵シリーズ第3弾。ぐーたら作家の主人公には、「なぜこんな男にこのような素晴らしい女性が!」と驚いてしまうくらい完璧な妻がいる。家事、中でも料理の腕は完璧で、いつも優しくて、かいがいしく夫の世話をする。そんな妻の一番の能力は、なんと推理力。主人公と同郷の友人である河田刑事は、担当する事件に息詰まると(夕食時を狙って)この家を訪れ、奥さんに相談するのだった──。
ガリレオの小部屋・香納諒一(河出書房新社)
過去7年間の間に書かれた短編をまとめたもの。昨年(2006年)、ハードボイルドやクライムノベルのドキドキハラハラな佳作を続けざまに発表した直後だけに、しっとりした余韻を残す本書は新しい読者を驚かすんじゃないかしら。ただ、発表年代に開きがあるせいか、物語の種類がいろいろなのよ。それをアソートの面白さととるか、統一感がないととるかは読者次第かな。
キララ、探偵す。・竹本健治(文藝春秋)
アイドル研究会所属のオクテの大学生・侑平のもとに、科学者であるイトコからモニターの依頼が来た。届いた大きな荷物をあけてビックリ、そこにはメイド姿の超カワイイ女の子が! キララと名乗ったその子は、なんとメイド型アンドロイドだという。キララとの同居を始めた侑平だったが、周囲で妙な事件が相次ぐ。その謎を解いたのは、なんとキララだった──。
「源さんの事件簿」シリーズ第2弾。前作「新撰組捕物帖 源さんの事件簿」の最後で源さんの死後の話まで書いていたので、こりゃシリーズ続編は無理だと思っていたら、なんと時代を前倒しにしての登場だ。そうかこの手があったか。今回は新撰組がまだ壬生の狼と言われていた時代、芹沢一派粛正までが舞台。前作で言えば第一話の前後となる。前作はそのまんま捕物帳で人情話話主体だったが、今回は「諜報新撰組」ということでエピソードも史実を主体に、隊内での間者を巡っての丁々発止。けれど、可愛い中村久馬に四角四面の尾形俊太郎、そして源さんというトリオでの活躍の形は前作通り。またあの「クソ真面目だから面白い」尾形に会えるよ!
白疾風・北重人(文藝春秋)
伊賀の忍びだった三郎は織田信長の伊賀攻めに遭い、関東へと落ち延びた。それから二十年。天下は徳川のものとなり戦は終わった。武蔵野の谷を切り開き村を作り、妻とともに田畑を耕し作物を売って暮すという平和な日々を送っていた三郎。ところが村を不穏な噂が襲う。村近くの山に金が隠されているというのだ。そして村でも事件が起こる──。「蒼火」で大藪春彦賞を受賞した著者の受賞第一作。書名は「しろはやて」ではなく「しろはやち」と読ませている。
膠着・今野敏(中央公論新社)
糊メーカーであるスナマチに入社した新人営業マン、啓太。注文の桁数を間違えるという大失敗をしながら、なんとか仕事に慣れようと必死の毎日。そんなとき、スナマチにTOBが仕掛けられているという噂を聞く。社内にスパイがいるという噂に疑心暗鬼になる啓太。おまけに、先輩営業マンの見習いで参加した特別会議で、新商品開発に失敗したという知らせが。このピンチを乗り切るには、その失敗作を売るしかない──? 新人営業マンの奮闘を描く明るく元気なライト企業小説。
なるほど、五條瑛が「魔王」を書くとこうなるのか。
所轄刑事・麻生龍太郎・柴田よしき(新潮社)
東京下町の所轄に勤務する刑事・麻生龍太郎の日々と事件を綴った短編集。麻生&及川の、「聖なる黒夜」以前の出来事ですね。ここでの麻生君はまだ新米。また、麻生君は緑子シリーズにも登場してます。つか、そっちが最初か。
グルメ探偵と幻のスパイス・ピーター・キング(ハヤカワ文庫)
何百年も前に絶滅したと思われていた幻のスパイスが見つかった?! 鑑定を頼まれたグルメ探偵の僕は、喜び勇んでニューヨークに飛んだ。空港で荷が着くなり鑑定を始めたが、これは本物だ! 無事に仕事を終えて緊張感から解き放たれた僕だったが、そのスパイスが忽然と消えたとわかりビックリ仰天。おまけに殺人まで起こって──。おっちょこちょいなグルメ探偵シリーズ第2弾。
お、これは悪くない悪くないぞ。横溝正史ミステリ大賞をとったデビュー作「風の歌、星の口笛」はSF設定のトンデモなミステリだったが、本書はそんなデビュー作の片鱗をまったく見せず、地味で小粒ながらしっとりした日常を描いている。こっちの方がずっといい。高校2年生の1年間を春夏秋冬に分け、それぞれで起こるちょっとした事件を宮本が解くという趣向。春は正体不明の新入生、夏は部室荒らし、秋は文化祭での盗難、そして冬は火災。合唱部の少女、野球部の少年、映研の少年たち、吹奏楽部の少女、サッカー部の少年──普通の高校生たちが出会った、ほろ苦い青春物語だ。
最初はなんだか随分あっさりしてるな、という印象で読んでいた。一編目の【春のしずく】での「正体不明の名前」が謎解きとしては極めてシンプルで、知識で解くようなタイプの話なのさ。へえ、とは思うんだけど謎解きの面白さはちょっと薄いかな、と。けれど読み続けていくと、決してそんな単純な真相ではなかったことが分かる。この「真相」はなかなかに見事。ただ意外性を追求するだけではなくて、それまでのんびりした青春ものだった物語が一転、切なく苦いものになる。目に見える事実を反転させるだけでなく、物語の味わい自体も反転させてしまう。これは巧い。
ただ、そのほろ苦さを充分満喫するには、そこまでに登場人物(特に主人公)に感情移入しておくことが必要不可欠。この梢ちゃんはなかなかに可愛らしいんだけれど、可愛らしいどまりで個を際立たせるような内面描写に乏しいため感情移入できるかどうかチト微妙。あまりに普通で、共感はしても印象が薄いのね。全般に、登場人物の描写(エピソードとか性格とか)にもうちょっと工夫があっても良いんじゃないかしら。ストーリーがいいだけに、そこが残念。
ところで、作中で梢が言う「雲の写真を撮っている名探偵が出て来るミステリ」ってのは、亜愛一郎のことだと思うんだけど、彼女はそれを「インターネットで知った」って言ってるのよ。亜愛一郎を先ず知るのがネットだってあたり、些末な箇所ではあるけれど、世代の表し方が巧いなぁとちょっと感心してしまった。
(07.1.19)《詳細情報&注文画面へ》
わが身世にふる、じじわかし・芦原すなお(創元推理文庫)
こう言っちゃナンだが、ミステリはまぁ、どうでもいいのよ。たいていが奥さんのカンだし。ミステリ的に見て「おお」と思うのは、暗号を解くのが楽しい表題作【わが身世にふる、じじわかし】と試合中に格闘家が急死した【薄明の王子】くらいかな。
けれど本書の魅力はそこじゃない。毎回出て来る郷土料理のおいしそうな描写と、あんたらトリオ漫才かとつっこみたくなるような3人の会話の楽しさなのよね。特に今回は河田刑事がアメリカ帰りってことで妙にかぶれちゃってるのがおかしいったら。「ぼく」の、情けなさを通り越しておかしくなっちゃうくらいのダメ亭主ぶりも可愛いぞ。読みながら何度くすくす笑ったことか。3人の会話は時間の流れがゆっくりで、のどかで、暖かくて、トボけてて、とにかく和むのさ。
ただ、いつも思うんだけど、この奥さんはちょっと完璧過ぎやしないか。料理が巧いってのはいいんだけど、大抵はいきなり来る河田刑事の分の食事までちゃんと出せるってのはどういうことだ。料理のリクエストもすぐ応えるってのはどういうことだ。うちも夫婦二人暮らしだけどさ、夕食の支度を途中までしたときに不意の来客があって御飯食べて行くなんてことになったら、かなり焦ると思うんだが。場合によっちゃあ財布持ってスーパーに走るぞ。なのにこの奥さんは、いつもちゃんと対応する。文句も言わない。それで御飯が足りなくなるということがない。いったいどんな調理をしてるんだろう。その上、ダンナがどれだけダメダメで甲斐性なしでも決して怒らず急かさず。およそ主張ってもんをしない。卓越した推理力を発揮する一方で、血なまぐさい話を聞いたら気分が悪くなるなんていうたおやかな部分もあったりして。病気のときには何から何まで看病して、時には指図して──ねえ、これって、妻じゃなくて母親像なんじゃないのか? 「ぼく」にとって奥さんは既に妻ではなく、母親の位置にいないか? 実は母親像なのに、それを「良き妻」像にすり替えてないか? おまけにこの奥さん、外の世界に興味がなく、ひたすら家にいる。この夫婦はステキだなあと確かに憧れるんだけど、と同時に母性と独占ってあたりに男のドリームが入ってる気がして、ダメ主婦としては抵抗を感じてしまうんだけどなあ。僻みかな、やっぱり。
(07.1.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【無人の市】は、文芸誌の新人賞に男女合作の作品が送られて来るところから物語が始まる。新人離れしたその巧さに編集者は興味を抱き、本人に会おうとするのだが、人前に出て来るのは男性の方だけ。なんとかして女性の方と会ってはみたが──という話で、謎めいた展開がサスペンスフルだ。なぜ男の側しか姿を見せないのか、読者はあれこれ想像する。そのうち真相は明らかになるのだが、「誰が何の為にこうした」と言う部分より、それを受けて、他の者たちがどうするのかの方が見事。女の側の「事情」は、ややドラマチックに過ぎるきらいはあるけれど、映像的な小道具の使い方が巧くて引きつけられる。
【流星】は、昔なじみの男二人と女一人の物語。高校野球でヒーローとなりプロに進んだものの、そこで芽が出なかった男。野球は高校ですっぱりと辞め、今は蕎麦屋の見習いをしている男。そしてはからずも詐欺事件の加害者となってしまい自殺した女。その女の遺品を蕎麦屋見習いの主人公が整理しているときに見つけたメモが、彼を突き動かす。プロ野球で失敗した男が、高校野球の決勝で負けたときのことを話し「あれからずっと、俺は負けてばかりだった。いいところまで行くのに、いつも勝てはしなかった」と言うのに対し、主人公が「俺たちはまだ、勝っても負けてもいない」と返すところが印象的。
【雪の降る町】は一転、朱川湊人っぽい(なんて書くとネタバレになるかしら?)ちょっと変わった趣向の短編。都会で傷つき、故郷へ帰ってきた女性が昔なじみの男性に会う。そこで──という話なのだが、意外な展開に「えっ」と声が出た。話としてはこれが一番好きなのだけれど、もうちょっと伏線があっても良かったのではと思ってしまうのは、ミステリ読みの悪いクセかしら。
その他、ラストでそれまでの絵をひっくり返してゾクリとさせる【冬の雨にまぎれて】も良かったなあ。【指先からめて】はちょっと女性には辛い話。【ガリレオの小部屋】はテクニカルな短編で、【海鳴りの秋】は父子小説。こうしてみると、ホントに多岐に亘っていることよなあ。
(07.1.24)《詳細情報&注文画面へ》
台所を片付けをしようとして鍋をひっくり返し、「いっけなーい、キララのあわてんぼさん!」……うわあ。実は、こういうキャラクタって大嫌いなはずなんだけど、それがするっと許せてしまった自分にビックリ。以前、似たようなキャラに出会ったときには「こいつ女子トイレに呼び出して根性焼きやってやる」とまで思ったのに、なぜキララには抵抗がなかったのか? それは即ち、キララとはそういう言動をとるようにプログラムされているアンドロイドだから、という設定のおかげだ。これが人間なら「バカかこいつは」としか思わないが、キララの場合、そういうふうに作られてるんだからしょうがない。「そういうもの」としてこのキャラを受け入れてしまえるのだ。加えて、とある登場人物がキララの口調について「頭の悪い喋り方」と言いながらも「最近の女の子全般に広がっている、もっとがさつでだらしない喋り方よりはマシ」と指摘するの共感しちゃったし。あ、そうか、これは物語そのものの指向性がメイド萌えというわけではないんだな。一般常識の枠の中に、ただキャラクタとそして萌え要素のある人工物がいるだけで。なるほど。だから違和感がないのか。
そこから先のキララの特殊機能──まあ、男性向きの機能があったりするわけだが、そこらのくだりは女性読者(それもおばさん)にとってはどうでもよくて。むしろ邪魔なくらいなのだが、まあ、やたら微に入り細を穿ってそういうことが描写されるのは1回だけなので、そういうのが苦手な女性読者はその1回だけ我慢しよう。そうすれば、全体に特に抵抗はないはずです。
さて、本編はキララが探偵役となって事件の謎を解く連作短編。謎と謎解きも、この手のキャラものしては驚くほど本格スピリット満載で、おまけにキララの設定自体が展開に大きく絡んで来るあたりも見事。難を言えば(SF設定の話にはつきものなんだが)こんな技術が既に開発されているのなら、事件にだってどんな最新技術が使われてるかわからない筈なのに、謎解きにはその可能性が何故か加味されないってとこくらいかな。ま、それはお約束だからいいか。その気になれば本格ミステリ技術論的なテーマを拾い上げることもできるが、でもただ単純に楽しいってのも事実で、うん、けっこう堪能してしまったぞい。エロ描写さえもっとサラっと流してくれればお勧めマークをつけても良いくらいよ。
(07.1.25)《詳細情報&注文画面へ》
諜報新撰組 風の宿り 源さんの事件簿・秋山香乃(河出書房新社)
三部構成になっていて、それぞれで「捕物」は完結するんだけれど、メインとなる新撰組内部の間諜問題はずっと引き継がれるので今回は長編と言っていいでしょう。まだ確固たる主のなかった新撰組そのものの方向性が、長州出身の隊士・佐伯又三郎を巡る事件や疑い、芹沢一派対近藤一派の対立などと絡めて描かれる。間者は誰なのか、斉藤一の正体は何なのか、壬生浪士組主催の相撲興行は何のためなのか。新撰組黎明期のあれこれを「間諜」をキーワードに綴る手腕たるや、お見事。
間諜ということは即ち裏切りだとか疑いだとかそういう単語とセットなわけで。今回のキーパーソンのひとりである佐伯又三郎が哀しい。これまでの新撰組物では長州の間者として書かれることが多かったが、今回は故郷・長州を濡れ衣の罪で追われ新撰組で身を立てようとした男として登場する。その辛い過去から、源さんの好意に触れても「わしゃァ、他人の好意に慣れちょらんのじゃ」と言うが、そんな彼に源さんはこう言うのよ。「今から慣れればいいじゃねえか」──くーっ、いいなあ。こう答えられるキャラって、近藤勇でも土方歳三でもダメなんだよね。沖田なら言いそうだけど、でも彼の場合は深い意味はなく脊髄反射だけで言いそうだし。やっぱ源さんよ。源さんを配した意味がここにある。
いくらでも凄絶になり得る、この時期の新撰組の内部抗争。その頭脳戦の部分をドラマチックに描きながらも、癒し系の人情派・井上源三郎を主人公に配することで、単なる人斬り軍団ではないチームとしての暖かみを出している。フーダニットのミステリ仕立てにして、源さん・尾形・久馬という緊迫感のないトリオ(褒めてます)を探偵役にすることで、エンターテインメントの面白さも出している。巧いなあ。
まだようやく「新撰組」が発足したところなんだから、この3人組の物語はまだこれからも続くと考えて良いのだろう。うわあ、楽しみ! この「源さんの事件簿」シリーズが完結したら、新たな新撰組エンターテインメントになること間違い無しだよ。
(07.1.27)《詳細情報&注文画面へ》
一旦は忍びの世界を離れ、普通の農民として暮し、既に五十歳を超えた主人公が村を救う為に立ち上がる物語である。はじめは人間関係がよく分からずに戸惑ったが、村に様々な凶手が忍び寄るくだりから俄然面白くなってきた。なんつったって忍びですから。真正面から刀を振り上げて「やぁやぁ我こそは」なんて名乗っちゃくれない。村に起こった事件の、どこにどのように誰が関わっているのか、見極めるところから始まる。このあたりはなかなかの頭脳戦でエキサイティング。
ただ、このクライマックスはどうかなー。三郎と篠以外はさしたる手練もいない小さな村だ。そんなもの、敵方のスケールを考えればいかようにもできそうな気がするなあ。だって皆殺しにしてからゆっくり目的を遂げればいいんだもの。あれだけの術を使うんだから、それこそ薬でも何でも炊いて素人衆なんて一度に眠らせちゃえばいいじゃん、などと乱暴なことを考える。でもまあ、そんなことしちゃ話が成立しないので、いろいろと人物配置や展開を工夫してあるのだろう。
なにより、本書はハードボイルドなのだ。三郎は孤高のヒーローなのだ。<女に屈しないストイックなあたりだけとってみても、まさにハードボイルド・ヒーローのそれでしょう。加えて、彼の村に対する思いは、他の村人とは違うところにある。戦乱の世を生き抜き、忍びという特異な場所で人の生き死にを目の当たりにしてきたのだ。「天下を徳川ひとりのものにするために、日本じゅうの武士が殺し合い、領地を奪い合った」という空しさを知っていたからこそ、彼は立ち上がった。つまりは、この戦いは三郎にとっては自らの過去との戦いなのだ。そこをこそ汲まねばならない。
(07.1.28)《詳細情報&注文画面へ》
あはははは。巧いタイトルだなー。中身はとてもシンプルなストーリー。でもシンプルだけに素直に楽しめるぞ。自分の直属の上司がスパイなのか、それとも美人の庶務がスパイなのか。開発に失敗した「くっつかない接着剤」をどうやって売ればいいのか。このあたりはもう、予定調和というか、「こうなるしかないでしょう」という定番の流れで安心して楽しめる。ありきたりの筋でも、ストーリーテリングが上手だしサラリーマンたちのディーテイルが描き込まれてるので、コメディドラマを見ているかのようなノリで気楽に物語世界に入って行けるのよ。
まあ、もちろんTOBだの産業スパイだのを扱ってる割にはあっけらかんとし過ぎて、現実にはこんなに簡単にはいかないよなあ、という不満はないわけじゃない。あまりにも簡単に物事が進みすぎる物足りなさってのはあるんだけど、それは最初から書く方も承知の上でしょう。そもそも、大学出たばかりの新人の視点なんだから、深いところまで分かる方が変。第一、本書の最大のテーマは「日本式の企業形態って時代遅れみたいに言われてるけど、いい面もたくさんあるんだよ、何でもかんでも欧米式に倣えばいいってもんじゃないのよ」ってことだもの。それを伝えるためには、ダークでハードにはできませんわな。
でも一番面白かったのは、発注を一桁間違えて受注してしまったという失敗を、やり手の営業マンが口八丁で顧客を丸め込んで全部納入させちゃうという冒頭のエピソードや、ホームセンターでの商品の配置によって売れ行きが変わるといった具体的な話。それから接着剤の仕組みは実は立証されてないという蘊蓄のくだり。物語の本筋が予定調和の「よくある話」だけに、こういうはみ出た部分がヤケに冴えてるように見えたよ。そのあたりをもっと描き込んでくれれば、「学生時代は同年代とつきあってれば良かったが、社会に出るといろんな年代と付き合わねばならない」ということに苦労してる新人営業マン啓太君に、もっと感情移入できたろうにな。
(07.1.29)《詳細情報&注文画面へ》
赤い羊は肉を喰う・五條瑛(幻冬舎)
下町・八丁堀の計数屋に勤める内田偲は、とぼけた雇い主とケバい事務員にうんざりしつつも、それなりに楽しい毎日を送っていた。ところが町に新々のアパレルメーカーが進出してきた頃から、妙な事件が起こり出す。喧嘩、チカン、果ては強盗……。この昔ながらの町でいったい何が起こっているのか? そしてついには、知り合いの女子大生が死体で発見され──。
うわあ、怖い。近所付き合いがまだ残っている下町に、少しずつ少しずつ、変化が訪れる。最初は、アパレルメーカーの変なディスプレイ。次に、街灯が壊される。すると痴漢が現れたり、ひったくりがおきたり。早い段階で明かされる(帯にも書いてる)ので、これは書いても良いと思うが、ここには、かつてナチス・ドイツも実験していたという理論を使って大衆の意識をコントロールしようとする「犯人」がいるわけだ。彼らのやり方で本当に大衆が動くものなのかどうかは分からないが、そのくだりが本書ではとても説得力を持って描かれる。「ペンギンは最初の一羽の行動に群れのすべてが倣う」というペンギン・ドミノ理論や、店内に特異なディスプレイを配置した結果、何が起こったかというくだりには、どきっとした。
本書の「大衆操作」が怖いのは、人間の悪意をベースにしているところだ。たとえばマーケティングの世界では「物を売る」のが目的なので、コマーシャルだの何だのと消費者にあの手この手で買わせるように仕向けるわけで、これも人間の物欲や見栄に働きかけた一種の「大衆操作」と言える。しかし本書の「犯人」たちは、大衆の「悪意」に働きかける。それは「善意は意識だけど、悪意は無意識」だから。だから操りによってコントロールされるのは、善意ではなく悪意の方。なんて恐ろしい。
そんな力に立ち向かおうとする偲は、本書の登場人物の言葉を借りれば「現実と折り合いをつけて生きていける」「安易に夢や理想に逃げ込まない。自分が置かれた環境を拗ねることなく、自然体で楽しむことができる」人間として描かれている。偲は「犯人」の思想に惹かれるものを持ちながらも、自分の立ち位置を決して見失わない。これこそが、悪意を操作しようとする魔の手から逃れる手段なのだと教えてくれるよ。人情溢れる下町の人々も、そういう大きな企みには気付かないまでも、自分たちの町を守ろうと青年団で夜回りを始める。友人を殺された少年は、自分に出来る方法で敵の中に飛び込んで行く。我々は弱いペンギンだから、操られてしまうかもしれない。けれどそれぞれの形で戦うことができるのだ、と語りかけてくる。悪意に流されるのが「最初の一羽」なら、悪意に反旗を翻す「最初の一羽」にだってなれるはずだから。
尚、本書は独立した長編ではあるけれど、鉱物シリーズ(「プラチナ・ビーズ」「スリー・アゲーツ」)のキャラクタが出て来て懐かしかったよ。あっちの続きも読みたいんだけどなあ。
(07.1.31)《詳細情報&注文画面へ》
今回は短編集ということもあり、これまで長編で扱われて来たようなハードな事件と描写が延々続くというパターンではなく、ホントに所轄が扱うような市井の事件が中心。だから小粒っちゃあ小粒なんだけど、それだけに身近。【大根の花】では家の前の路地に鉢植えやプランターを並べている地域(もう、これだけで下町でしょう?)で、夜中に鉢植えが壊されるという事件が起きる。【割れた爪】では、女子高校生がホームレスの女にいきなり飛びかかられ、顔を引っかかれたという事件。これはどっちも、犯人を叱って反省させ被害者に謝らせれば、警察としては一件落着といったような事件。もちろん起訴には至らない。けれど被害者にとっては──大事な鉢植えを割られたり、女の子がいきなり顔をひっかかれたりというのは、これはもう大事件なわけで。所轄の刑事さんっていうのは、こういう「警察にとっては微罪」でも「当人にとっては大事件」というものを、多く担当してるんだろうなあ。そしてそういう事件をちゃんと担当してくれるからこそ、地域住民は安心できるのだよなあ、などと考えてしまった。お巡りさんありがとう、という気分になったよ。
首つり自殺と思われた死体の、ある不自然な箇所に気付く【赤い鉛筆】、窓から落ちそうな子供を間一髪で助けた【雪うさぎ】、飼い犬が人間の手首を加えて帰ってきた【大きな靴】は、いずれも人命が絡んでいるので、先ほどの二話に比べれば大きな事件。けれどそんな事件でも、「謎は解けたけど所轄が違うから出しゃばれない」と困ったり、研修でやって来たキャリアの若者に気を遣ったり。所轄ならではの風味は満載。ただ、これはおそらくわざとなんだろうけど、謎解きの醍醐味ってのは殆ど無いのよ。事件の解決は(ミステリ的には)どれも極めて呆気ない。そこが不満といえば不満なんだろうけど、所轄の仕事ってのは、そんな「全員集めてさてといい」みたいなもんじゃないんだよ、推理小説とは違うんだよ、ということなのかも。
麻生の個人的な事情もちょこちょこ出て来るけど、これは本書で初めて麻生に出会った人は、もしかしたら唐突に思えるかもしれません。そういう方は「聖なる黒夜」をどうぞ。
(07.2.2)《詳細情報&注文画面へ》
第一作はロンドンが舞台だったけど、今回はNY。相変わらず食事のシーンや食べ物の蘊蓄が満載なんだけど、NYには世界中の料理が集まっているだけあって、食事のシーンは相変わらず美味しそう。ウィーンやアフリカや中近東なんていう日本には馴染みの無い国の料理も出て来るので、行き場のない食欲が刺戟されてもう辛抱たまらん。その反面、アメリカそのものの料理にはろくなもんがない、ってのがよく分かるよ。やけに量が多いってのも、わはは、そうそう、そうなのよねえ。NYの習慣や文化に対する皮肉にもニヤリとしちゃうぞ。
事件の方はなかなかに魅力的。ずっと側にあった筈のスパイスがどうやって消えたのかとうハウダニット、とある人物は誰に何故殺されなければならなかったのかというフーダニット&ホワイダニットと、どれも実に美味しそうな謎。最初は疑われるのも美女刑事とチームを組むのもシリーズ第1作に同じだけれど、今回のグルメ探偵は直接狙われることも多くてピンチの連続。けれどときには飄々と、ときにはびびりながら、ユーモラスに容疑者の間を泳いで行くその様が楽しくて良いのよ。
ただ、「スパイスはいかようにして忽然と消えたのか?」というハウダニットに対するこの謎解きはおおいに不満だなあ。こんな解き方、あるかあ? 普通はもうちょっと推理するってもんでしょうが。それを、そういう方法を知ってそうな、とあるプロフェッショナルに聞きに行って、そしたら教えて貰えちゃうんだもの。そりゃないよそりゃないでしょうよ。教えてくれた人の説明によれば、ちゃんとその現場にヒントはあったわけだから、書きようによってはもうちょっと推理の醍醐味を入れることは可能だったろうに。あああ、もったいない。いくら本格ミステリじゃないとはいえ、最も中心となる謎じゃないか。それをこんな方法で……(滂沱)。
(07.2.3)《詳細情報&注文画面へ》
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