お厚いのがお好き?


KAPPA・柴田哲孝(徳間書店)

 茨城県の牛久沼で、釣り人が何者かに水中に引き込まれ、半身を引きちぎられた死体で見つかった。その様子を目撃した人物は「河童に食われた」と証言。果たしてその正体は何なのか、ルポライター、地元の漁師、そして刑事が、事件の真相を追うネイチャー系ミステリ。「TENGU」で大藪晴彦賞を受賞した著者の、〈幻のデビュー作〉が復刊だぁ。
 いきなり掴まれた。牛久沼でブラックバスを釣っていた格好だけは一人前の初心者が襲われる。大柄な人間並みの体格、ごつごつした背中、白い顔、耳まで割けた口、頭の皿──えええ、ここまで書いちゃったらホントに河童になっちゃうじゃん? 河童なの? ってことはSF伝奇小説なの? けれどこの展開はどうやらリアルな設定らしい。えー、いったいどこに向かうんだろう。あそこまで「河童」の描写を詳しくしちゃってハードル上げちゃって間口狭めちゃって、どんな真相が用意されてるんだろう。そうドキドキしながら読み進む。結果は、満足満足。意外性やサプライズというより、正体に迫る過程と正体が分かった過程でそこに見えて来るドラマに満足だ。
 探偵役となるルポライター・有賀が、キャンピングカーで犬とともに生活しているアウトドア好きというあたり、稲見一良の作品を思い出す。が、キャラクタはぜんぜん違う。この有賀、けっこう小市民で小悪党なのだ。けれど、古希を超えた老漁師や心に瑕を負った少年とのコミュニケーションの様子はなんともユーモラスで暖かで、ちょびっと切ない。それが「人を食う河童」という「ジョーズ」のようなアドベンチャーな要素と混じることにより、物語にいい感じの緩急を与えている。
 暖かい交流、河童と思われる生物を捕らえるアドベンチャー、そして更にもうひとつ、本書には大きな核がある。牛久沼と周辺河川の環境問題と、その環境問題を生み出した「利益主導の人間社会」である。カッパの正体を探る過程で有賀が目の当たりにする、自然や動物に対する人間の手前勝手なが実に有機的に結末へ結びついていく。それがエンターテインメントの中に巧くこなれて入っているため、説教臭くなく、すとんと胸に落ちるのである。巧いなあ。ここらあたり、ちょっと詳しく語りたいのだけれど、ネタバレになりそうなので我慢。ハードボイルドであり、ネイチャー系ミステリにして冒険小説であると同時に、真正面からの社会派でもあるのだ。
 話の展開がストレートなので、さくさく読めてしまうのが逆にもったいない。もっとドキドキさせ続けて欲しかったし、もっと老漁師や少年や刑事とのドラマも読みたかったな。   (07.4.16)
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まんまこと・畠中恵(文藝春秋)

 揉めごとの裁定をする町名主の息子として生まれた麻之助。小さい頃は文武に優れていたのに、長じるにつれどんどんドラ息子になってきた。周囲は気を揉むが、実はドラ息子ぶりには事情が? そんな麻之助が幼なじみと強力して、父に代わって揉め事を解決する。畠中恵の新シリーズ。
 うわあ、いかにも〈明朗時代小説〉だなあ。宮本昌孝の
「藩校早春賦」「夏雲あがれ」のシリーズを思い出しちゃったほど。明るくて真っ直ぐで暖かくて、立ち回りもあって勧善懲悪で。恋もあるぞ。甘酸っぱさも、それから実はけっこうな苦さもある。こうしてみると〈捕物帳風味の明朗時代小説〉としてはもう充分なのだが、うーん、畠中恵だからなあ。これまで(特に時代小説のジャンルでは)一筋縄ではいかない設定を使って独自の世界を作ってきた作家さんにしては、真っ直ぐ過ぎるという想いが拭えない。いや、これ一冊でみれば良いのよ充分なのよ。明朗な中にも底辺を流れる身を切るような切なさがすごくいいのよ。ただ、畠中恵ならば更にもう一歩上を行ける筈だろうと。つまりそれほど、名前が大きくなってハードルが上がっちゃったのね。
 体裁としては連作短編集。嫁入り前に妊娠してしまった娘が頑として父親の名を隠す【まんまこと】、ご隠居の昔話が思わぬ事態になる【柿の実を半分】、麻之助に縁談、けれど相手には他に想い人がいた【万年、青いやつ】、事情のある侍の孫を捜すはめになった【吾が子か、他の子か、誰の子か】、知り合いの見舞いにいく途中で女の子を拾ってしまう【こけ未練】、幼なじみの弟が誘拐される【静心なく】を収録。一話完結ではあるけれど、エピソードが繋がってるので順に読んだ方が良いと思う。
 ミステリ的な趣向(つっても、もともとミステリはでないのだけど)としては【こけ未練】が秀逸で、且つ楽しい。真相がわかったときは「わははは、そうだったのかあ」と笑いながら膝を打った。フェアだし、単体でミステリのアンソロジーに採られても良いくらいよ。<ただまぁ、単体だとラストの麻之助の懊悩が分かりにくくなっちゃうけど。物語としては【静心なく】で見せる麻之助の心のうちが秀逸。手の動きだけですべてが分かる描写には胸が詰まる。が、このままではお寿ずがいい面の皮だよなあ。でも畠中恵だから、きっと八方丸く収めてくれるだろう。続編に期待。      (07.4.18)《詳細情報&注文画面へ》 

サイン会はいかが? 成風堂書店事件メモ・大崎梢(東京創元社)

 「配達あかずきん」「晩夏に捧ぐ」に続く、〈成風堂書店事件メモ〉シリーズ第3弾。前作は長編だったけど、本作で再び連作短編の形に戻りました。それにしても巻を追うごとにミステリとしての体裁が整っていくのが分かるよ。様式という点ではぐいぐい洗練されて来てます。謎解きのエレガンスと書店内幕情報、その両方に於いてこれまでで一番良い。インパクトのある作品ではないけれど、読んでる間が楽しいのよ。そもそも書店ネタっていうのが、本好きには無条件にヒットするわけだし。それにしても書店の裏側には、まだこんな面白いネタがあるのだなあ。
 4件の同一書籍の問い合わせに連絡を入れると、4人が4人ともそんな注文はした覚えがないと言われてしまう【取り寄せトラップ】、社会科見学の小学生が店にやって来る【君と語る永遠】、失恋話に思わぬ真相が発覚する【バイト金森くんの告白】、人気作家のファンの正体を突き止めようと奔走する【サイン会はいかが?】、そして店内で写真が紛失した【ヤギさんの忘れもの】の5編。
 それぞれの謎解きの難易度にはややバラツキがあるものの、書店のディーテイルにひたすら感心させられる。書店の裏側など知る由もない、単なる一利用者に過ぎない立場の人間が読んでも「ああ、こういうシーン見た事あるぅ!」と思ってしまうような書店らしい風景から、「へええ、裏側ではこんな苦労が!」と居住まいを正してしまうようなエピソードまで。本好き、書店好き、本を巡る世界そのものが好きな読者にはたまらない。取り寄せにまつわる店頭での勘違い、雑誌に挟まれている付録、そういったものひとつひとつが書店にとって如何に煩雑でたいへんか、「へええ」と思わされる。付録付きの雑誌が売れ残ったら、本は出版社に戻すけど付録は書店が処分するなんて知らなかったよ。これから書店で本を注文するときや、平積みになった雑誌に挟まれてる大きな付録などを見る度、「ご苦労様です」と頭を下げてしまいそう。少なくとも、厄介な客には決してなるまいぞ、と誓ってしまうよ。
 でもそれだけなら、昨今増えて来た書店員によるエッセイ集やノンフィクション、エッセイ漫画などで事足りるわけで。やはりこの著者の巧さは、それをミステリに結びつける手腕にあるのよ。まだちょっと無理のある部分もあるけど、今回は今までの中では最もキレイにその二つが結びついてるって次第。物語的には【君と語る永遠】【バイト金森くんの告白】がグゥ。    (07.4.21)《詳細情報&注文画面へ》 

不健全な精神だって健全な肉体に宿りたいのだ3・菅野彰(イーストプレス)

 「不健全な精神だって健全な肉体に宿りたいのだ」「不健全な精神だって健全な肉体に宿りたいのだ2」に続く〈体と心に良いこと突撃体験レポート〉第3弾。てのはタイトルを見ればわかるか。
 今回著者がチャレンジしたのは、吹き矢・梅毒検査・盲目体験・ピラティス・厄払い・川越七福神巡り・DSの脳トレ・ホットヨガ・英会話学校・陶芸・芦ノ湖一周ウオーキング大会・五色沼ウオーキング・屋久島縄文杉登山。すごいラインナップだなー。特に終盤がすごい。歩きまくり。なんと川越、芦ノ湖、五色沼、屋久島で歩いた距離を合計すると55.3kmにもなるんだとか。ひええ。
 ただ今回は。それだけのことにチャレンジしながらも、エッセイの風体が「海馬」シリーズみたいになってきてるのよ。つまり、あったこと見た事感じた事を垂れ流し的に書き綴るってえ手法ね。「海馬」シリーズのような身辺雑記のときは、その手法が実にマッチしててただひたすらに楽しいし、あたしはこの著者のそんな味わいが大好きなのだけれど、ことこういうレポートになると、やっぱもちょっと話のメインストリームがしっかりしてて欲しいなあ。テーマに沿った核が欲しい。核があった上での遊びであって欲しい。過去2巻に比べて、余談が更に増えて来てる気がする。余談ももちろん面白い文章でわははと笑わせてくれるから良いんだけど、でも、体験レポートという側面からはチト物足りない。あ、もちろん全部の章がそうだってんじゃないよ。屋久島や芦ノ湖みたいに体を張った章は、過去の2巻同様、メインがしっかりしててその上で遊びがあって面白いのよ。
 例えば、盲目体験(ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベント)の章。なんかね、著者にとってこの盲目体験ってのは、どうも「合わなかった」らしい。それは伝わる。でもさ、「こういう主旨のもと、こういうやり方で行われる」という説明をされたあとは、「協調性や連帯感を感じられなかった自分っていったい…」という感想に飛んでしまっていて、イベントの内容がどういうものだったかも、なぜ著者がそう感じてしまったかも、いまいち分からないのよ。「具体的にどういうこと?」と思っていたら、いつの間にか話は別の日の打ち上げの会話になっていて、すでにダイアログ・イン・ザ・ダークの話は消えてしまっている。梅毒検査に至っては、これって「海馬」の原稿なんじゃ?と思ってしまったほどの身辺雑記。うーん、一応、ほら、こういう体験エッセイには情報って側面もあるわけだし。……と書いて心配になってきた。もしかしてハナっから無いのかな、情報的側面。だったらこの感想は思い切り的外れなんだが。     (07.4.22)《詳細情報&注文画面へ》 

生還者・保科昌彦(新潮社)

 古い民宿が土砂崩れに遭い、宿泊客が生き埋めになるという事故が起きた。二十人以上の犠牲者が出た中、四日後に助け出された奇跡の生還者たち。ところが事故から半年後、その生還者たちがひとり、またひとりと不審な死を遂げる。生還者の一人、沢井はその事実を訝しく思って調べ始めるが──。
 うわっ、これは巧い。そして怖い。著者はもともと角川のホラー小説大賞から出てきた人なので、ホラーのイメージが強いかもしれないが、これはサスペンスや本格ミステリが好きな人にもお勧めだ。実に巧緻に練られていて、まさかこの手で来るとは思わなかった。素直に驚いた。見抜けなかったのにはワケがある。「ホラーの人だから」という先入観のせいで油断したのもあるが、それだけじゃない。決して仕掛けに溺れず甘えず、その卓越したストーリーテリングとスリリングな展開でじわじわ来るような恐怖をたっぷり堪能させてくれたので、「見抜いている暇がなかった」のだ。最高のミスディレクションである。
 ミステリなので、その仕掛けについては言及を避けるが、読んでいて一番感心したのは、語り手である沢井だ。彼は図書館司書で、〈奇跡の生還者〉のひとり。生還者たちが一人ずつ死んでいくのを知って、不審と怯えに囚われる。どうも生き埋めにされていた四日の間に、生還者たちの間で何かがあったようなのだが、それはなかなか明かされず、ただ、沢井には「殺されるかもしれない」という心当たりがあることだけ仄めかされるのだ。他の生還者たちがとんでもないことになっていくにつれ、沢井はその恐怖から次第に精神の均衡を失い始めるのだが、この描写が巧い。決して派手な狂気は演出しないのだ。
 沢井は、以前より少し猜疑心が強くなり、以前より少し客観性を失い、以前より少し思い込みが強くなる。その「少し」が問題だ。沢井の視点で語られるため、そこに「客観性」はない。沢井自身(つまり語り手自身)は自分の変化に気付いていない。にも関わらず、彼を心配する人々のセリフや巧みな状況描写から、今、沢井がどんなヤバい状況にあるのか手に取るようにわかるのよ。「本当に狂う」まではいかない、自分たちも何かあったらこれくらいのレベルまでは簡単に壊れてしまうだろうという、ごく身近でリアルな壊れ方。沢井は自分の行動が正しいと思っているのだけれど、端から見るとめちゃくちゃヤバいことになっている。このズレが、まじに怖い。そして巧い。人が「おかしくなっていく」過程って、まさにこういうことなんだろうなと思わせる。
 さも思わせぶりに書かれていたエピソードがそのまま放り出されるのがチト気になるが、たいした瑕じゃない。これはいいぞ。続きが気になってやめられない一気読み本だあ。  (07.4.26)
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しずく・西加奈子(光文社)

 2作目の長編「さくら」が本屋大賞候補になった著者の初短編集。言葉遣いや小道具の使い方が巧い人だなあ。ときどき「へえ」と思うような表現があって、センスに感心した。物語の方はどれも女同士を描いたもので、ストーリーや設定は実に「ありがち」で新味に乏しいんだけど、それを小道具や表現で補っているという感じか。暖かくて切なくてほんのりして、とてもステキな作品集ではあるんだが、なんだか物足りなさが残る。きれい過ぎるのかしら?
【ランドセル】偶然再会した小学校時代の友達。思わずノリでロサンゼルス旅行に出かけることに。旅先で彼女が打ち明けたのは──。登場人物が関西弁なのには、なにか理由があるのかな。他の方言と違って、関西弁ってイメージに広がりがありすぎる気がするんだが。
【灰皿】夫を亡くし、一人暮らしには広過ぎる家を貸家にすることにした老婦人。そこを借りたのは若い女性小説家で──。この小説家の作品名と、それを聞いた老婦人の反応のくだりでしばし大笑い。ただ、処女作が当たっただけで家賃30万の貸家をぽんと借り、挙げ句の果てに「次作が書けない」と泣き出す作家ってちょっとどうか。
【木蓮】恋人はバツイチ子持ち。その子供を1日預かることになったが、これがとびきりイヤなガキ! けれど年齢的にも後が無い私は、なんとか恋人に気に入られようと頑張って──。これ、主人公のジレンマとストレスの描写が秀逸。途中、ブチ切れる寸前に、気に入られようと頑張っていた恋人の欠点がいきなり浮かんでくるあたりが巧いよ。
【影】南の島で出会った、島民にこぞって嫌われている一人の少女。嘘つきだと皆が言うのだが──。
【しずく】2匹の飼い猫視線で描いた、家族の物語。これね、ものすごーーーーーく「ありがち」なんだけど、この2匹の猫の会話がなんとも良いのよ。ラストには思わずウルっと来ちゃうくらい。
【シャワーキャップ】おおらかで子供っぽい母親と、神経質で几帳面な娘。母に対する反感は子供の頃から拭い難くて──。ああ、これはもう「定番」と言ってもいいような母娘の物語だなあ。もちろん共感もするし感動的でもあるんだが、ことごとく既視感に襲われるほどの定番。良いのよ、とても良いのよ、でもあと一押し何かが欲しい。     (07.4.27)
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首無の如き祟るもの・三津田信三(原書房)

 奥多摩の旧家・秘守家で戦中と戦後に起こった不可思議な事件。過去の忌まわしい事件を封印したまま迎えた当主の花嫁選びの場で、更なる首無し死体が見つかる。これは地域に伝わる「淡首様」の祟りなのか──。ホラーと本格ミステリを融合させた「の如き・もの」シリーズ(勝手にそんな名前をつけないように>あたし)の三作目。事件を身近で見ていた人が小説仕立てにするという趣向。
 正直言って、最初はイカニモな舞台設定にちょっとシラけながら読み始めたのよ。猟奇伝奇怪奇の揃ったストーリーといい、トリックの分類講義といい、ケレン味たっぷりの文章といい、井戸の中で逆立ちした死体といい、「あなたが考えてるような叙述トリックじゃありませんよ」的宣言といい、どれもこれもが「どうだあッ」と言わんばかりの本格っぷり。お好きな人にはたまらないだろうなと思うものの、あたし自身は同じ本格ミステリでもどっちかってえとリアリズム小説の方が好みなので、「趣味に合いそうもないなー」と思ってたのさ。そしたら。趣味に合わないはずのこの話が、ページを追うごとにどんどんどんどん面白くなるじゃないか。そして謎解きシーンと言ったら! 首無し死体を巡る二重三重の技巧にはただただ唖然、そして驚嘆。〈首無し死体〉のトリックに、まだこんなものが残ってたのかー。いやはや、こいつはすごい。
 あるひとつのことに気付きさえすれば、するするとすべてが分かってしまうという美しさにもうっとりするが、それで終わらない手練手管に何度も唸らされる。唸らされるたびに、どんどんどんどん怖くなる。よくぞここまで凝ってくれたものだ。「の如き・もの」シリーズ一作目の
「厭魅(まじもの)の如き憑くもの」は本格ミステリファンの熱い支持を受けたが、これは更に上を行くんじゃないかしら。とまれ、本格ミステリ好きは本作を読み逃してはならないぞっ。
 ただ、ホラーと本格ミステリの融合という点に於いては、本格要素がぐんと強まっているせいもありこれまでのシリーズ二作に比べると怪奇幻想趣味は薄め。でも、だからこそ、あたしみたいにホラーが苦手な人間でも読めたってえ利点もある。それに、個人的には充分怖かったし。「趣味じゃない」人でも、本格好きなら最初を乗り切ればハマるぞ!    (07.4.29)《詳細情報&注文画面へ》 

毒草師・高田崇史(幻冬舎)

 内側から鍵をかけて閉じこもった筈の離れで、〈一つ目の鬼〉を見た人が消える──。鬼田山家では二世代に渡って同じ事件が起きていた。その事件を追っている業界紙の編集者・西田は、隣に住んでいる謎めいた男・御名形史紋に事件の話をする。すると御名形はなぜか唐突に「伊勢物語」の話を持ち出して……。
 著者の人気シリーズ「QED」(神器封殺/河童伝説)に登場する毒草師・御名形史紋を探偵役に据えたスピンオフだが、「QED」を未読でも一向に問題無し。むしろ、高田崇史初体験なら、ミステリとしての構成がきれいで親切な分、こっちの方がとっつきがいいかもしれない。
 現実の事件と歴史の謎という二本立てで話を進める場合、どちらかに重きを置き過ぎてバランスを欠いたり、ただ歴史の話をしたいだけで現実の事件とのリンクが無理矢理だったりということが少なくないんだが、本書はそこいらのバランスがいい。現実の事件と歴史解釈の両方に◎をあげられるぞ。どちらも充分読ませるし、現代の謎と歴史の謎が謎解きの過程で有機的に結びつくのにも満足満足。「関係ないと思っていた話が繋がる」という快感を充分に堪能出来るぞ。特に、密室の謎を解くクライマックスの緊迫感はなかなかのもの。ある人物の正体については、やや唐突過ぎる観は否めないが。
 歴史蘊蓄で印象的だったのは、今では差別用語として使われなくなった「めっかち」「びっこ」の語源の話(これらの話は、QEDシリーズでも何度か言及されているらしい)。それから、伊勢物語や他の和歌集にも見られる、当時の貴族の思想の話。謎解きに関連してくるのであまり詳しくは書けないが、和歌集などに見られる「詠み人知らず」は、決して著者が分からないという意味ではない、という話に「へええええ」と唸った。説明されて「なるほど、それはあり得る!」と膝を打つ。
 こういう歴史解釈や歴史蘊蓄ってのは、自分があまり興味のない時代やジャンルだと、それが定説となってる学説なのかそれともトンデモなのか、笑えばいいのか感心すれば良いのか、つまるところ信じて良いのかどうか分からないって話もまま聞くけれど、本書はその〈信憑性〉と〈エンターテインメント〉のバランスも良いぞ。何より、歴史ミステリを読む面白さは、史実がどうかというよりもこれまで歴史を見ていたのとは違う見方を教わるところにあるんだから。    (07.5.2)
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風信子の家 神代教授の日常と謎・篠田真由美(東京創元社)

 著者の看板シリーズである、建築探偵シリーズ(講談社ノベルス)のスピンオフ。人気の神代教授が主役を務める短編集で、もちろん桜井京介も深春も蒼も登場する。が、彼らはあくまで脇役。その仔細は説明されないので、建築探偵シリーズを知らない人が読むと、「蒼ってなんか事情がありそうな子だなあ」くらいのことしか分からなくてもやもやしそう。もちろん、この本に関しては物語として独立しているので、そこらの仔細は知らなくても一向に構わない。ま、どうしても気になるって人は「原罪の庭」を読めばOK。
 特筆したいのは、謎解きの様式をきちんと踏まえながらも決して単なるパズルではなく、人の思いというものが謎解きの中枢にある、というところ。心理を汲み上げて初めて謎が解ける、というスタンスが良いのよ。だから物語の雰囲気や色合いといったものも深まるし、読み終わったときに残るのはトリックでもギミックでもなく「想い」。良いなあ。
 あと、これはまったく本編とは関係ない好みの問題なんだけど、扉絵が妙に好き。建築探偵っぽくて、なおかつ「家」とはそこでの暮らしがあってこその「家」なんだってのが伝わってきて。イラストレーターさん、グッジョブ!
【風信子の家】神城教授のもとに送りつけられた、家の模型。その模型の中には死体を模した人形が──。
【悪魔の目覚める夜】夫を殺したのは自分の父親だ──その疑いを拭いきれない女性の物語。
【干からびた血、凍った涙】自分に対する陰口を聞いてしまった蒼は、仔細ありげな女性に連れ出されてしまう。彼女が向かった先とは──。これイチオシ。蒼君の可愛らしい名探偵ぶりもいいぞ。
【クリスマスは嫌い】ボーナストラック的掌編。クリスマス時期に気持ちが沈む蒼に、神代教授があげたものとは?
【思いは雪のように降りつもる】過去に起こった、とある女子学生の死亡事件。自殺とされたが、真実はどうだったのか。当時の〈仲間〉たちが集められ、検証が始まる──。中原中也の有名な詩がなんとも効果的なモチーフとして使われている。【風信子の家】では『虚無への供物』と詩人・立原道造が重要な鍵として登場するが、こういった小道具の使い方が実に巧い。哀しい心理サスペンスとしても秀逸。
   (07.5.5)《詳細情報&注文画面へ》 

6時間後に君は死ぬ・高野和明(講談社)

 未来と運命をモチーフにした連作短編集。全編に共通する登場人物は出て来るものの、表題作と5作目が繋がっている以外は、独立した短編として楽しめる。
 いきなり街で「未来が見える」という男性に呼び止められ「6時間後に君は死ぬ」と宣言される表題作、夢と貧乏の狭間で喘ぐ女性が不思議な体験をする【時の魔法使い】、「この日に恋をしてはいけない」と予言された、まさにその日に恋に堕ちた女性を描く【恋をしてはいけない日】(この〈真相〉には、あっと声が出た)、ダンサーという夢に向かって努力する女性が不思議なデジャヴに囚われる【ドールハウスのダンサー】、そして表題作の主役二人が数年ぶりに再会し、そこで思いも寄らぬ事件に巻き込まれる【3時間後に僕は死ぬ】の5編と、短いエピローグからなる。
 表題作と【3時間後に僕は死ぬ】は著者お得意のタイムリミットもので、ゼロアワーに向けて高まる緊迫感はさすがだ。特に秀逸なのは【3時間後〜】の方。多くの人が死ぬという未来を見てしまった〈予言者〉と主人公の女性が協力してなんとかその未来を変えようとする。けれど、その惨事がなぜ起きるのかまでは分からず、あれこれ奔走する二人。惨事の原因が分かる瞬間から数分間の展開はもう、心臓バクバクだ。と同時に「そうだったのかあ!」というサプライズも充分。そしてその後に続く、静かな、けれど強い〈意志〉の表明がいい。サスペンス満点なクライマックスと、その後のしっとりした余韻、このメリハリが産む効果の大きなことと言ったら。
 他の3編も、【恋をしてはいけない日】はトリッキーな捻りと物語の切なさのバランスが素晴らしいし、【時の魔法使い】は主人公がある少女にかける後催眠の内容は「巧い」と唸るとともにじーんとするし、【ドールハウスのダンサー】は、ただひたすらに暖かい。そしてどれも趣向と物語のバランスが実にいいんだなあ。ドキドキハラハラしビックリしつつも、主人公を応援し「決して望んだ未来ではないかもしれないけど、でも頑張れるよ、自分の力で切り開いていけるよ」という思いを強くする。
 エピローグを除けば、3つの「切ない系不思議ミステリ」を2つの「カウントダウン・サスペンス」が挟んでいるという趣向。と書くと統一感がないように思われるかもしれないが、毛色は違っても「運命は自分で変えられるか」という設定と根底にあるメッセージが同じなので違和感なくひとつの世界を作り上げている。このあたり、実に巧い。そのメッセージとは何か。本文にも登場するこの言葉だ。
 「明日は、きっといい日だよ」    (07.5.9)
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