変身・嶽本野ばら(小学館)
朝起きたら、いきなり美男子になっていた! 不細工な32歳の星沢は、自費出版で出した自作漫画を路上で売っている男。一人のファン以外にはまったく売れず不遇をかこっていたが、なぜか絶世の美男子になった途端、大人気。女の子も寄って来るし、漫画も売れるし、デビューの話までトントン拍子に進んで──。
産みたくない、産まなくていいのかしら、いつかは産まなくちゃとは思うけど踏ん切りがつかない、産みたいのに出来ない、産みたくないわけじゃないけどそれで無くすものが嫌……妊娠出産〈以前〉にまつわる女性の悩みを、「そろそろ年齢的にぎりぎりだよ」という世代の女性たちを主人公に据えて描いた連作短編集。
こちらの事情・森浩美(双葉社)
40〜50代を主人公に据え、家族をテーマにした短編集。
リインカーネイション 恋愛輪廻・樹林伸(光文社)
「金田一少年の事件簿」の原案担当(原作も)として知られる天樹征丸が本名で著した恋愛小説集。この著者は様々な筆名で様々なジャンルの本を書いているのだが、あいにくこれまで読んだことがなくて。だから一方的な脳内イメージは「金田一少年の事件簿」しかなかったのよ。したらばさ、あらびっくり、めっちゃ真正面からの恋愛小説じゃありませんか。それも、一話目はさほど良いとは思わなかったのだが、二話目以降、尻上がりに良くなって行くので再度びっくり。
懲罰人事で警察庁から所轄の大森署署長に左遷された竜崎。ある日、管内で拳銃を持った強盗犯の立てこもり事件が起きた。竜崎は現場で部署ごとの対立を抑えながら指揮をとる。事件は解決したかに見えたが──。「隠蔽捜査」シリーズ第2作。
もしもし、運命の人ですか・穂村弘(メディアファクトリー)
著者真骨頂の情けないオトコ系ヘタレ自虐エッセイ。小さい方に小さい方に思考が流れる「こんなボクってちょっとどうよ・恋愛編」という話満載なのだけれど、そこはさすがに穂村弘、「そうだよなあ、わかるわかる」と共感させつつ、「ええっ、そんなこと気にするのか!」と驚かせつつ、きっちり「読んで楽しい、妙におかしい」エンターテインメントになってる。
ふたつめの月・近藤史恵(文藝春秋)
「賢者はベンチで思索する」に続く、久里子&某老人のシリーズ第2弾。服飾の専門学校を出た久里子は契約社員としてアパレル会社で働いていたが、ついに正社員になれた。ところが喜びもつかの間、久里子はいきなりリストラされてしまう。家族にも言えず、犬の散歩に出た久里子は、ある歩道橋の上で前に知り合ったある老人と再会した──(【たったひとつの後悔】)。
山陰で古くから製鉄業を営む赤朽葉家を舞台にした、祖母・母・私の三代期。戦後間もなく赤朽葉家に嫁入りした祖母は「辺境の人」の血筋をひく千里眼の持ち主。丙午の年に生まれた母は中学時代から暴走族に入りレディースで大あばれした後、人気漫画家に転身。そして私自身には特に語る事は何もないが、祖母がある殺人事件に関与していたのではないかとその真相を探る──。
人柱はミイラと出会う・石持浅海(新潮社)
あはははは。これは楽しいなあ。パラレルワールドを舞台にした連作短編集。ひとつひとつの謎解きは実に他愛も無い(ごめんね)ものばかりなんだけど、その土台となったアイディアがすごく楽しいの。
高校に入学し、陸上部に入った桑山ミラ。そんなミラに憧れて別の女子校から転校して来たサギリ。二人は次第に親しくなり、夏のある日、ミラは招待されてサギリの別荘に行く事になった。ところがそこで恐ろしい事件が待ち受けており──。ティーンズ向け叢書「理論社ミステリーYA!」の1冊。
帯にね、「あの『下妻物語』から3年…沈黙を破って遂に登場! 涙と笑いの(お待たせっ!)スーパーエンターテインメント!!」というコピーがあるのよ。だから、「下妻物語」の路線なんだとばっかり。でも、違う違うよこれは。笑いなんか生まれないよ。そりゃコミカルなセリフはたくさんあるけど、だって、それでも、これってすっごく悲しい話なんだもの!
中身は何も変わっていないのに、見た目が変わったというだけで周囲が変わる。それで幸せになれるのなら、別にそれでいいのよ。ところが、超二枚目になって女が寄ってきても、その女たちは彼の内面(というか言動)に触れた時点で、キモい、と離れて行く。つまり見た目が良くても結局ダメなわけ。コミカルに書いてはいるけど、めちゃくちゃ残酷だよ。
つまるところ星沢は「不細工でモテない男」から「カッコイイから商品価値はあるけどモテない男」に変身したに過ぎない。そこにクローズアップされるのは、不細工時代から彼の作品のファンだった、これまた不細工な女の子・ゲロ子の存在だ。彼女だけは最初から星沢の内面を好きになる。それは多分に思い込みで、ゲロ子自身もたとえ絶世の美女に変身したとしても「キモい」とフラれるタイプで、そしてはっきり言えば星沢とゲロ子は「割れ鍋に綴じ蓋」なのだけれど、読者はいつしかゲロ子を応援する。星沢に向かって「ゲロ子に気付けよ!」と言いたくなる。外見も中身も難有りだけれど、それでもこれはゲロ子のシンデレラストーリーだ。っていうか、恋愛なんて、二人が不細工だろうが性格がキモかろうが、本人同士がいいならそれが最高じゃないか。ねえ? ぴったり合う人を見つけるのが恋愛なんだから。
星沢とゲロ子が度が過ぎるほどピュアに書かれているので、その比較で周囲の人々がものすごく軽薄で意地悪に見える。ブームに踊らされお金や見た目に左右され、自分の中に確固たる価値観を持ち得ない人たち。でも、現実社会ではこっちが大多数。そんな人たちへの痛烈な皮肉にもなっている。
あと、余談ではあるけれど、漫画の編集者が言った「今、活躍する作家の殆どは等身大の日常に即した作品しか描けません」という言葉に、昨今の文芸シーンをちょっと思い浮かべちゃった。
(07.5.16)《詳細情報&注文画面へ》
迷産時代・宇佐美游(双葉社)
いやもうあんた、この共感度の高さと言ったら! 子供を産むか産まないかって、仕事をする女性には絶対についてまわる問題だし、欲しいと思っててもいろんな要因で迷ってしまうことだってすごく多いでしょう。その「いろんな要因」がここにあるのさ。そのひとつひとつがとても具体的で、「そう、そういうことなのよ!」と思わず拳を握ってしまうほど。それも産むか産まないかというだけではなく、家族や職場の問題が同時に綴られるのがいい。産む産まないの結論だけ出すのではなく、個々の主人公がなぜそんな悩みを持つのか、その悩みの可決の糸口はどこにあるのかという、家族や社会のありようがきちんと呈示されている。少なくとも「まだ子供の居ない女性」全般に強くアピールすると思うなあ。
【男友達】で、「所帯染みたくない」と結婚後も独身時代と変わらず遊んでいる男友達に向かい「あれで親をやっていられるのだから、男というのは本当に楽なものだ」と考える主人公。有能な営業ウーマンである彼女はこうも考える。「今の日本では産まない限り平等だ」と。また、子供のいる友人を見て「子供を産むと、自分のために生きられない」と感じる【産まない理由】では、主人公は迷えば迷うほど、考えれば考えるほど、「産まない」方に傾いてしまう。父が倒れたのを見て急に子供が欲しくなる【朝顔の角を曲がれば】。不妊治療に通うほど子供が欲しいのに、仕事も「女であること」も諦めたくない【神様ふくみ笑い】。未婚で子供もいない、そんな自分の老後が急に心配になる【発情期】。どれも、家族の中で、そして社会の中で、迷い悩む女性たちが実にリアルだ。そしてそれらの最後に、水商売の挙げ句不倫して妊娠してしまう【ゆるい女】が配されている、この並びが秀逸。どれもリアルで痛々しいのに、最後まで読むと読後感が素晴らしくいい。
ただ、これって。お子さんを産み育てているお母さんは、どんな感想を持つのかな。「わかる」って思ってくれるかな、それとも「いい気なもんだなあ」と思われちゃうかな。経産婦の感想を聞いてみたいな。それと、男性の感想も。つか、男性にも是非読んで欲しいよこれは! 「子供欲しい」「育児だってやる」と思ってる男性は多いだろうけど、ある登場人物はこんなこと言ってるよ。男の育児なんて、所詮〈手伝い〉だって。
(07.5.18)《詳細情報&注文画面へ》
ううっ、これはちょっとウルっと来たぞ。ストレートなだけに誰もが共感しそうだよなあ。特に、母を老人ホームに入れる【荷物の順番】と、妻が急死したあと子供たちと家の整理をする【短い通知表】が泣ける。つか、親の老いと配偶者の死って、最初から泣けて当然のモチーフ、ぐっと来るのが当たり前のテーマなんだけどさ。まんまと作者の術にハマった気がしないでもないが、うるうるしちゃうものはしょうがない。
例えば、【荷物の順番】では、夫の実家に行くのが気ぶっせいな妻も一緒だ。エアコンが無いだの義姉と気が合わないだの、挙げ句の果てには娘と自分だけ他に行けば良かったなどと言う。でも、いざ実家についてみれば義姉の話し相手になる。ラストシーンでは夫の母親に実にいい言葉をかける。あたしは自分が女なのでどうしてもこういう場合には妻に感情移入してしまうのだが、決して「出来た嫁」とは描かれていない彼女の、精一杯の気遣いが見える気がするんだよなあ。
【短い通知表】では、妻の死後に夫がある遺品を見つけるシーンがクライマックス。具体的に書くと興を削ぐので言及は控えるが、この遺品が実にいい。夫は気付かなくても妻はこうやって夫を見ながら毎日を過ごしているのだということ、そんな日々の積み重ねが家族を作っていくのだということが、胸と涙腺に滲みる。
ただ、そういう涙腺直接攻撃型は、ある意味、極めて分かりやすいと言える。つまりは反則な気がする。ってことで、個人的には【妻のパジャマ】を推したい。夫に熟年離婚を切り出した妻が、いきなりぎっくり腰になる。入院することになり、慌てて夫は妻のパジャマを探すというそれだけの話なのだが、〈連れ添う〉っていいなあと、なんだかニコニコしちゃうのよ。泣かせの2編はともすると安直な作りなのだが、この【妻のパジャマ】はモチーフが実に良い。万人受けするかどうかは分からないけど、これがイチオシ。
その他、【靴ひもの結び方】【葡萄の木】はしっとり読ませる。【晴天の万国旗】【甘噛み】【福は内】はエピソードがちょっとハードで共感しにくいのと、やや説教臭いのが難か。
(07.5.20)《詳細情報&注文画面へ》
順にいこう。四編が収録されていて、一作目【逢いたかった人は、幸せじゃなかった】はまぁ、ごくごくありがちな一編。お金と地位に惹かれて医者と結婚した眞理は、決して幸せとは言えない結婚生活を送っていた。そんなある日、高校時代の同窓会が開かれ、眞理は当時の恋人に会いたくて出席する──。これはもう、見え見えなのよ。眞理の造形もありきたりだし。「良くあるパターンだなあ」と思って読んでいたわけさ。
ところが二編目【愛していたことは、偽りじゃなかった】で、「おや?」と思った。総額2千万はくだらないというブランド品に身を包んだ女性が、高級ジュエリーショップに現れる。彼女は実は──という話で、ストーリー展開そのものはややご都合主義なところがあるものの、この主人公の環境設定はなかなか面白いのよ。
そして三作目【愛し合ったのは、過ちじゃなかった】で、更に「おや?」と思う。この時点になると、だいぶ楽しくなってきていた。ずっと続けていた芝居をそろそろ諦めようとしていた主人公のもとに、数年前に別れた女が戻って来る。それと機を同じくして運が向き始め──という話。このヒロイン、最初はすごく腹が立つんだけど最後にひっくり返される。でも、ちょっと〈事情説明〉が唐突過ぎる観は否めない。もう少し伏線があっても良かったんじゃないかしら。
そして四作目【巡り会ったことは、偶然じゃなかった】、これがイチオシ! 主人公は妻子持ちと不倫している女性。夏に炎に巻かれるという夢を何度も見るので、不安になってカウンセラーにかかる。退行催眠により、それは彼女の前世の記憶じゃないかということになったのだが──。これについては多くを言うまい。もともとアニメなどになる作品を多く書かれているだけあって、ストーリー展開が極めて映像的なのよ。見た事のない場所の風景が、ぱぁっと目の前に広がって来る。エピソードもドラマチックで、でも現実からの乖離はなくて。安易な結末に落ち着けなかったのもいい。うん、この短編は巧いっ。
(07.5.21)《詳細情報&注文画面へ》
果断 隠蔽捜査2・今野敏(新潮社)
おおお、いいぞっ。「隠蔽捜査」を読んでなくても大丈夫。なぜなら最初の4ページの朝食シーンだけで、竜崎という男の人となりがはっきり分かるからだ。巧いなあ、と唸ってしまった。建前と本音を使い分けるということをしない、ポリシーというより最初から建前と本音の別がない、合理性と理想を重視するキャリア署長。その分、人間関係や心の機微ってやつにチト疎い。朝食の席で妻が具合が悪いのを知ったときの親子の会話なんか、いかにもそれらしくて、でもそこだけでこの家族のキャラと様子が分かる。
さてメインの事件は立てこもり。人質をとってるし銃は持ってるしで、現場にも緊張感が走る。SATに突入を許すか、それとも説得を続けるか──。縦割りの警察組織で、それぞれのメンツがぶつかりあう。本庁と所轄、SITとSAT。それを「メンツ」なんて発想を一切持たない(というか理解できない)竜崎は、現場で最も効率が良いと思われる方法をどんどん指示していく。もう、これが爽快痛快。そしてめちゃくちゃカッコイイ。特殊班の下につくのはメンツが許さない所轄の刑事に向かい、君より彼らの方がこういうケースに関しては訓練されてるんだから、プロに従うのは当たり前だろう?と、ホントになんのてらいもなく口にする。ザ・正論。警察は税金で働いてる、納税者のために働くのが当然と噛み付く住民に、警察は税収と国債から割り当てられた予算を使っている、直接あなたがたからお金を貰っているわけではない、納税者のために働けというなら高額納税者により多くのサービスをしなければならないと言い返す。ザ・正論。けれどその正論のなんと小気味いいことか。
不祥事の責任をとらされ、警察の中でも監査の対象となり、家族にもトラブルがあって、今回も竜崎は多事多難。けれどミスター正論の竜崎は、強い強い。保身に走る者や策を弄する者よりずっと強い。見ている人はちゃんと見ているのだ。信念を持つこと。他人の価値観に惑わされないこと。ひとつの理想がここにある。物語ももちろんエキサイティングでページをめくる手が止まらないぞ。いいなあ、このシリーズ。もっと読みたいなあ。
ところでこの本が出たのは4月末なんだけど、そのわずか半月後に、愛知県長久手町で銃を持った元暴力団の男が元妻を人質に立てこもるって事件があり、その際、SAT隊員が一人殉職して大騒ぎになった。恐ろしいまでのタイミング。本書ではSAT隊員ではなく別の人物が死ぬんだけど、中で警察上層部が「死んだのがSATの方なら(こんなにマスコミに叩かれることもなかったのに)」と呟くシーンがあってビックリした。実際には、SAT隊員の殉職も「作戦に誤りはなかったか」ってかなり責められてたよね愛知警察。このあたりの偶然は、著者もびっくりしたろうなあ。
(07.5.23)《詳細情報&注文画面へ》
このエッセイ集の面白さを一言で言うなら、それはとめどない妄想の面白さだ。日常の中でふと「えっ」と思う。「おや?」と思う。普通の人ならそのまま通り過ぎたり、世間の常識に照らし合わせて納得したりすることなのだが、著者は納得しないのだ。「だって、こうじゃないのかなぁ……」と疑問を持ち続け、それがどんどん妄想モードに入って行く。ものすごく面白い独り相撲。爆笑というより、にやにやしちゃうようなおかしさ。けれどその独り相撲の中に、ときどきどきっとするような真理が混じっている。
たとえば、「おっ」と居住まいを正したのは、【男子力 女子力】の章。魅力的な男性・女性として認知される能力のことで、高校生までなら勉強やスポーツなどがそれにあたる。ところが大人になると「種目」が増える。マニアックなことでもいいので、なんらかの種目でポイントを挙げられれば、同じ趣味(価値観)を持つ女性にアピールできる。例えば、将棋がめちゃくちゃ強い男性は、それだけで将棋好きの女の子に関心を持ってもらえる、と著者は言う。感心したのは、この続きだ。それは男子力にだけ通用する論理であり、じゃあ将棋の強い女子が男子に好かれるかってえと、そんなことはない、と続くのである。むしろ、何らかの「種目」で才能を発揮し始めた奥さんや彼女に、ダンナや恋人は冷たくなってしまう、と。うーむ、なんとも「認めたくはないが、そうだよなあ」と考え込んでしまった。つまり、男性としての魅力はいたるところに見いだせるが、女性としての魅力はいまだに随分間口が狭いということなのだなあ。
著者は、自分と他人との違いに気付いたとき、普通なら「へえ、違うんだ。面白いなあ」か「この人、変わってるなあ」で済むところが、「えええっ、そうなの? どうしてそんなふうにできるの?」ととてつもなく驚く。そして「自分とは異なるもの」にあくなき探究心を向ける。その手法が「ヘタレなボク」という設定の上に展開されるので、嫌みがない。というか、そのヘタレぶりがただ素直にめちゃくちゃ面白い。「世界音痴」の感想にも書いたが、「こんなこと書いてるけど、ホントは相当の切れ者に違いない」と思わせ、と同時に10%くらいは「いや、ホントにこのまんまの人なのかもしれない」と思わせる、その絶妙な魅力がタマランのよ。
(07.5.24)《詳細情報&注文画面へ》
えっとね、さっきから「某老人」だの「ある老人」だのって書いてるのは、そこではっきり名前を出しちゃうと、「賢者はベンチで思索する」を未読の人に対して興を削ぐことになりかねないからなのよ。でも、そのあたりの事情は本書ではけっこうあからさまで、ってことは、「賢者はベンチで思索する」のネタバレになっちゃってる部分がなきにしもあらず。前作を未読の人はご注意を。加えて、こっちを先に読むと、人物相関でちょっと混乱する部分があるかもしれません。
さて今回も、思いをすくいあげるタイプのミステリが3編。クビになった筈なのに、なぜか自主退職扱いにされていた【たったひとつの後悔】、恋人未満の弓田君の隣人、明日香に「私、人を殺しちゃうかも」と打ち明けられた【パレードがやってくる】、そして久里子と馴染みの老人が、久里子の目の前で轢き逃げに遭う【ふたつめの月】。ミステリとは言っても、あの人はなぜ嘘をついたのか、この子がこんな行動をとる理由は何なのか、あの人ってばあたしのことどう思ってるのかしら、って具合の人々の思いこそが物語の軸で、読者が推理するようなタイプのものではありません。ゆっくりしっとり、久里子の日常を味わうが吉。
むしろこれはミステリというより、久里子の「仕事」の話なのよね。アパレル関係で働きたいと服飾専門学校を出た久里子だったけど、希望する職種にはつけず、前作ではファミレスでバイトしてた。で、今回の第一話でようやく希望の職種につけたと思ったのに、辞めさせられてしまう。第2話では久里子は求職中。ただ、彼氏から紹介された「隣の女の子」が服飾関係希望で、その子から「専門学校出てもデザイナーになれるわけじゃないんだ」と辛辣なことを言われてしまう。そして第3話で、久里子はまったく別種の職業に就くのだけれど、その職業とは関係ないあることで服飾の楽しみを見いだす。と同時に、自分がアパレルの仕事につけなかった理由に気付く。この間、彼氏の方は自分の夢に向かってイタリアに修行に行くなんていう対比もあって。
久里子の「仕事って何? やりたいことと職業は別? ってゆ〜か、あたし夢見るばっかりで何も頑張ってこなかったんじゃ?」という煩悶と自覚こそが、本書の読みどころなのではないかしらん。
(07.5.25)《詳細情報&注文画面へ》
赤朽葉家の伝説・桜庭一樹(東京創元社)
うおおお、こりゃすごい吸引力だ。今までのライトノベル的キャラクタ造形のイメージで読み始めたのだが、すぐに居住まいを正した。女三代記ってのはそのまま時代を描くことでもあるから、そういう意味では若い作家さんにはたいへんだろうと思うのだが、いやいやなかなかどうして。社会事象が年表みたいに羅列されるくだりは「そこ、もっと中身と絡めて!」と注文をつけたくなる部分もあったが、時代と女性の関わりの描写が山陰という閉鎖性も合わさって、実に見事だ。特に第二次産業が飛躍する時代からオイルショックを経て、次第にハードからソフトへと社会が変わるあたりを、祖母・万葉と母・毛毬の対比で見せるあたりに感心。
千里眼の万葉が、長男を出産するとき、その長男の一生を見てしまうというくだりに圧倒され、毛毬にとっては腹違いの妹が「見えない」ということに戦慄し、そして何より、現代を生きる「私」には、祖母や母のように語ることが何もないという事実に愕然とする。これはまさに、時代そのものではないか。第3部で急にトーンダウンし、物語の色彩が変わったように感じられるのは、これはわざとだ。だってそういう世代だから。
特に、あたし自身は毛毬とわずか3歳違いなので、青春時代がカブりまくりで大笑いしながら読んだ。笑うところじゃないけどさ、いやもうアンタ、あの時代の田舎のレディースをこんなにカリカチュアされちゃうとこりゃもう笑うしかないって。ただ、「突進」しちゃうってのは、60年代生まれの特徴だよなあ。そういう意味では、万葉の忍耐・諦念・許容というのも戦中世代の特徴だろう。そしてもちろん、平成の「私」がとことん虚無なのも。そう考えていくと、これはホントにすごい三代記なのよ。
ただ、不満がないというわけじゃない。第3部で「私」が追う事件は、本格ミステリの様式でいえば簡単過ぎる。「あ、これ変だ、伏線だ」ってあたりがけっこうあからさまなのね。それに全体的な描写も、やはり「もうちょっと踏み込んで」と思わせる部分が多い。女三代記といえば船山馨の「石狩平野」やマイケル・ドリスの「青い湖水に黄色い筏」などが思い浮かぶ。それら名作と比べると(いや、比べちゃいかんとは思うが、比べたくなるくらい本書も高レベルだったってことなのよ)どうしても物語の展開より「キャラクタ」に頼った見せ方になっちゃってる観は否めない。まあ、デフォルメされたキャラはライトノベル出身作家の得意技みたいなものだから当然なのかもしれないが、「普通の人」を配してこれが書けるようになるとすごいぞ、とワクワクしちゃうよ。
(07.5.26)《詳細情報&注文画面へ》
この作品の中の日本は、日本古来の文化ってものが色濃く残ってる。でも残り方がちゃんと今風にアレンジされてるのさ。例えば、【人柱はミイラと出会う】に登場するのは人柱。普通、人柱と言えば土木作業の安全を祈念して、生け贄として生き埋めにされる人のことを言うんだけど、この世界ではそれがひとつの職業になってるわけ。もちろん死ぬんじゃなくて、人柱用の個室ってのが地下にあって、工事中はそこに籠る。で、工事が済んだら出て来るって次第。。同様に、【厄年は怪我に注意】では厄年の人には厄年休暇や厄年保険があったり、【鷹は大空を舞う】では警察犬ならぬ警察鷹が鷹匠の指示で犯人逮捕に尽力したり、【参勤交代は知事の務め】では道府県知事が一ヶ月ごとに任地と東京を往復しなくちゃならない決まりがあったり──あ、いや、そういう文化がどうアレンジされてるかが読みどころなんだから、全部書いちゃまずいか。ま、全部そんな感じで、今では歌舞伎や人形浄瑠璃でしか見られない黒衣だとか、物忘れするミョウガだとか、既婚女性のお歯黒だとかが、今風に生き残ってる世界なのさ。で、その文化背景に乗っ取って事件が起きるわけだ。
このアレンジがもう、見事見事。面白いこと考えるなあ。真に感心したのは、パラレルワールドってことになってるけど、別にこの通りになってても全然おかしくないってとこなんだよね。すべて存在した文化なんだもん。例えばあたしも数えの33歳のときには厄払いに行ったもの。そういった文化がよりはっきり残ってシステム化されてるってだけなのよ。人柱だって、竣工プレートの奥の箱っていう形が今でも残ってるんだから。たまたま古来の文化の取捨選択が今と違うってだけなのよね。つまり、これは充分あり得たはずの日本。なんて目のつけどころがいいんだろう。そしてそれはつまり、自分の国に息づいていた古式床しい文化を我々はずいぶんないがしろにして来ませんでしたか、という警告でもある。
ミステリとしては食い足りないんだけど、本書の主眼はそんなところには無いから良いのよ。特に、エンディングの見事なことと言ったら! 「うわ、そう来たか! いや、でも、そうだよな、うん、そうだよな、うわはははは」と笑いながらも納得しちゃう、素晴らしいエンディングです。ご堪能あれ。ただ、何度も言うけどミステリとしては(設定の使い方はさすがだとは言え)ライトだからね。そこだけは予めご承知のほどを。
(07.5.27)《詳細情報&注文画面へ》
カワセミの森で・芦原すなお(理論社)
うわははははっっっ! いやあ、芦原節だあ。「理論社ミステリーYA!」の予告ラインナップの中で永井するみと並んで最も楽しみにしていた芦原すなお作品は、「あのじんわりオカシイとぼけた芦原節が読みたい」という期待に違わぬ面白さ。
「山桃寺まえみち」で居酒屋の女子大生ママだったミラの高校時代の話。実際に事件が起きるのは話が半分以上進んでからなんだけど、いやもうアンタ、事件がどうとかミステリがどうとかじゃなくてね、ただもうこの文章芸を読んでるだけで楽しいよ。時代劇がかった口調でしゃべり、女子高生にして植木屋カットのミラちゃん。セリフのひとつひとつが、受け答えのひとつひとつが、微妙なツボをついてきて噴き出すこと数えきれず。読者を選ぶかもしれないけど、好きな人にはタマラナイと思うよ。「月夜の晩に火事がいて」の風合いが好きな人はハマると思う。ミラちゃんのみならず、お母さんも先生も──特に糸縒先生サイコー! 話す時に語順がバラバラになる癖のある糸縒先生、なんか既視感を感じていたんだけど、いしいひさいち画伯描くところのヒロサワだよこれ! うわははは。それに気付いたらもう、糸縒先生が出て来る度にあのヒロサワの顔が脳裏に。
いきなり現れる序章代わりの〈予告編〉と言い、ミラちゃんの前口上と言い、すごく遊んでるように見えて「これはこういう文章芸で楽しむお話なんですよ」という入り口を示してくれる。お約束のエピソードもスットンキョーな登場人物を配することによって、ぐっと新鮮になる。そうしてわははと笑っている中に、実はそれが伏線になっていたりする部分もあるから侮れない。
そうしてこれがミステリだってことも忘れて笑っているうちに、事態は急展開。蓋を開けてみれば、ばりばりの本格だってことが分かって二度びっくり。ミステリとしてのフェアネスだとかエレガンスだとかはさておき(さておくのか!)、ミステリというジャンルの遊び心が満載だ。ミステリってジャンルはこんなに面白いよ、というのがストレートに伝わってくる。成長過程の苦みもあって、ああ、これで「山桃寺まえみち」のミラちゃんに繋がっていくのだなぁ(でもお母さんは変わらないけど)としみじみ。うん、これはいいぞ。
(07.5.29)《詳細情報&注文画面へ》
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