これはすごい。これはすごいぞ。R-18文学賞を受賞した著者のデビュー作。R-18文学賞って何?と思って調べてみたら、「女による女のための」「女性が読んでもナチュラルに感じられる、エロティックな小説」の賞なんですって。へええ。うん、確かに官能的なシーンはかなり多い。なんせ遊郭が舞台だからね。でも、この圧倒的なまでの物語の前には、エロなんてどうでもいい。ただひたすらに、美しくて哀しくて、そして濃密極まる小説だ。ホントに新人の作品なのか、これ。
アロハ萌え・橋口いくよ(講談社文庫)
あはははは。楽しい楽しい。ハワイ大好きな著者による「ハワイ旅行の楽しみ方」エッセイなんだけど、ガイド本になるだけではなく、文章そのものが楽しいので、ハワイに行く予定も興味もなくても読み物として面白いぞ。竹内玲子のニューヨークシリーズをもっとミーハーに萌え萌えにした感じ。
オール讀物推理小説新人賞を受賞した短編をシリーズ化し、一冊にまとめた著者のデビュー単行本。仕事で戦前の浅草について調べることになった漫画家が、とある老人のもとを訊ねるシーンから物語は始まる。昭和初期、浅草で不良少年団のリーダーをしていた神名火譲二翁が当時の思い出話を語り、聞き手の漫画家がそれをまとめるという、つまりは半七捕物帳形式の連作短編集。
エンド・クレジットに最適な夏・福田栄一(東京創元社)
大学生の春也は、ストーカーに狙われているという女子学生に頼まれ、その相手を特定し撃退する約束をした。ところが、マンションそばに立っていた怪しい男はストーカーではなく、同じマンションに住む妹の行方を探しているという。行きがかり上、その調査も引き受けてしまった春也。のみならず、関係者と出会う度に、更に春也のもとには新たな厄介ごとが集まってしまう始末。芋づる式に増えて行くトラブルの間を東奔西走、春也はすべてに片をつけられるのか?
小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所・大沢在昌、他(集英社)
少年ジャンプ掲載の人気マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載30周年(!)を迎え、また日本推理作家協会が発足60周年を迎えた事を同時に記念して(って、そんなもん同時に記念するか普通?)、推理作家協会名うてのヒットメーカー6人が書いたトリビュート・アンソロジー。簡単に言えば、こち亀ワールドと自作をリンクさせるという試み。
抹殺・東直己(光文社)
タイトルの「抹殺」って、どういう話なんだろう──と思って読み出し、すぐに分かった。これ、抹殺というより「必殺」だよ。つまりは必殺仕事人だよ。っていうか抹殺仕事人だあ。
探偵・畝原シリーズ最新刊。東直己の数あるシリーズの中で、物語の面白さとしてはこの畝原シリーズが頭一つ抜け出ているように思う。今回はマルチ商法にひっかかった社長を助け、浮気調査を請け負い、更に札幌で行われる風俗嬢のミスコン決勝進出者の身辺調査も引き受ける。それが大事件に発展するといういつものパターンだ。「熾火」で他のシリーズとリンクして「道警告発」色が強くなったときにはチト心配したが(著者には大きなお世話だろうけど)、前作「墜落」でモトの路線に戻ってくれたのでほっとした。となれば、このシリーズは面白いの分かってるから、安心して読めるなあ。
蒼の悔恨・堂場瞬一(PHP研究所)
神奈川県警捜査一課の真崎薫は手配中の連続殺人犯と格闘になり、一緒にいた女性刑事・赤澤奈津ともども怪我を追わされ、犯人を取り逃がしてしまう。それは警察としては〈不祥事〉になるため、退院してからも捜査には戻されず、無理に休暇を取らされてしまう。納得出来ない真崎は自らの手で犯人を挙げるべく、奈津とともに行動を開始した──。
バカミスじゃない?!・小山正/編(宝島社)
山口雅也の【半熟卵にしてくれと探偵は言った】以外は、「バカミスを書いてくれ」という依頼の元に新たに書き下ろされたものばかりというアンソロジー。執筆者は辻真先・山口雅也・北原尚彦・かくたかひろ・戸梶圭太・船越百恵・鳥飼否宇・鯨統一郎・霞流一。おお、豪華だ。ただ、あたしの持っていた印象としては、そもそもバカミスってのは「真面目に書いたのに何故かバカミスと呼ばれてしまった」というところに面白みがあるような気がするのよ。そこを敢えて「さあ、バカミス書いて!」ってことで編まれたってことで、さて如何に。
不倫相手に別れを持ち出され、自暴自棄になったあたしは「死んでやる!」とばかりに夜の街に飛び出した。けれど次第に頭も冷え、ちょっと気分も持ち直したその瞬間、何かが頭上で割れるようなショックを受け、気を失う。目が覚めたとき、なぜかあたしは平安時代にタイムスリップしていた! どうやら源氏物語を執筆中の紫式部に仕えている女房の体の中に意識が飛び込んだらしい──。
花宵道中・宮木あや子(新潮社)
受賞作にして表題作【花宵道中】は、吉原が火事になって仮宅で商売している遊女・朝霧が、八幡様で偶然出会った若者・半次郎に恋をする物語。最初の出会いでは草履を拾って貰い、二度目の出会いは簪を直してもらう。けれど三回目に二人がであったのはお座敷で、朝霧は半次郎の目の前で他の客の慰みものになってしまう──。
壮絶なまでの半次郎と朝霧の恋。桜の下での二人きりの花魁道中は、文字だけなのに目の前にぱぁっと風景が広がる。むせ返るような桜吹雪と、その下で抱き合う二人の熱が伝わる。読んでいて、息が止まる。いや、時間が止まる。すごい、これはすごいぞ。
短編【花宵道中】だけでも圧倒されたのに、さらに中編【青花牡丹】でひっくり返った。この連作が、あるひとつの廓を舞台にして共通する人物も多く登場することはすでに分かっているので、ああ、今回は【花宵道中】の朝霧の姉女郎だった霧里の話なのね、と普通に読み始めたのよ。ところが! これが【花宵道中】の裏話──というか「真相」だったのでぶっ飛んだ。ええええ、【花宵道中】で起きたある事件は、てっきり単なる嫉妬だと思っていたのに、こんな背景があったのか! 濃密で、残酷で、救いがないからこそそれを渇望する魂の叫び。すごいぞ。このすごさをどう表現すればいいんだろう。
恋は御法度の遊女。商売と割り切り、テクニックを磨き、廓で暮す女たち。初めてお客をとる前に本当の「恋」をしたいと願う子もいれば、恋心をじっと隠して座敷に出る女もいる。恋にすべてを賭けて逃げ出す遊女もいれば、恋に殉死する女郎がいる。朝霧、霧里、茜、八津、三津……それぞれの思いがページから立ち上る。官能小説の賞と知るとちょっと手を出しにくいかもしれないが、これは読むべきだ。傑作だ。
(07.6.1)《詳細情報&注文画面へ》
ハワイ旅行の準備すら楽しんでしまう著者についニコニコ。笑ったのは、9.11以降厳しくなった機内持ち込み禁止・アメリカ持ち込み禁止グッズのくだり。動物の肉やエキスはアメリカには持ち込めないんだが、著者はふと考える。「馬油は?」 基礎化粧品みたいな使い方をする栄養オイル。迷った著者が、なんと米国大使館に電話で問い合わせるくだりは、笑った笑った!
笑ったと言えば、著者の英語描写にも笑ったぞ。自分がハワイのお店で懸命に使った英語を「たぶん日本語にすると、こんな感じ」ってふうに書いてくれてるのだが、そのモトになったであろう彼女の英語が透けて見えて、腹がよじれるかってくらい笑ったね。ええい、そこだけ引用しちゃおう。
「すみません、ソースについて教えていただきたいのです。これについて説明しなさい。それはどんな味? 私、辛い好き。パクチー大好き。酸っぱい好き。いっぱい甘い、怖い。間違えた。甘くなりたくない。でも、フルーティーは好き。ハワイ味はある? できたらでいいのですが、色々ためさせろ。今後ともよろしくお願いします。おまえ、親切。助かります」
うわはははは、ね、分かるでしょう? 頑張って英語使うと、こうなるよね! 「できたらでいいのですが、色々ためさせろ」って。「おまえ、親切」って! でも通じるのよこれ。ポジティブに話しかければ、たいてい通じるのよ。そのポジティブさがエッセイの全編に溢れているので、読んでてとても気持ちよいの。
泊まった場所がシャワーだけでバスタブがなかったので、マーケットで巨大なあるモノ(さて何でしょう)を買ってバスタブ代わりにしたり、「豆板醤」と書かれたTシャツを着ていたら外国人に意味を問われ苦悶したり。ハワイに行きたいのに行けない、そんなときには日本の自分の部屋でアロハ気分を出す為にいろいろ演出し、「ここはハワイ」と思い込んだり。文章が面白い上に、その脳内アロハ萌えの爆走ぶりがもう可愛くて。あたし自身はハワイのような南の島リゾートには萌えないクチなので、ハワイ情報そのものはさして役立たなかったが、「自分の好きなものを存分に楽しむ」という姿勢に心打たれたよ。こうすれば人生って楽しくなるだろうなあ、と思わせてくれる希有なエッセイ集だ。
(07.6.3)《詳細情報&注文画面へ》
浅草色つき不良少年団・祐光正(文藝春秋)
本書に登場する不良少年団は、見目麗しき〈冬瓜の百合子〉が率いる紅色団、やばいことまで手を出す〈うつろの哲〉が頭目の黒色団、そしてそれらより規模は劣るがチームワーク抜群の黄色団の三つ。神名火譲二翁はこの黄色団のリーダーで〈似顔絵ジョージ〉という通り名を持っていた。この老人の話がいいのよ! 語り口調は軽妙にして洒脱だが、ポイントになるのは、彼は関東大震災と空襲で「街がそのまんま影も形もなくなった」のを二度経験しているってこと。ただでさえ少年時代ってのは甘酸っぱく懐かしいってのに、加えて浅草という「今はもうない」街への愛情が加わって、なんていうかもう、全編「哀しい愛情」に満ち満ちている。直接そういう思いを語るのではなく、言葉の端々にちらっと浮かぶのがまた粋だ。
しかし話の中身はとんでもないぞ。【幻景淺草色付不良少年團】では密室でいつの間にか死体が増えたという不可能事件が起きるし、【墨東鬼啖事件】ではドッペルベンガーが出るし、【瓶詰少女】では瓶の中に美少女が入ってたり家が消えたりするし、【イーストサイド物語】では死体が消えるし。本格ミステリの定番ガジェットがみっちりだ。
今はもうない街への静かな懐旧と本格ミステリ。この二つが互いを邪魔していない。むしろ離れ難く融合して世界を作っている。昭和初期、大衆演劇が盛んだった頃の浅草の賑わいや匂い、そこを駆け回る悪ガキたち、猥雑さを含みながらもカラっとした陽気が伝わって来る。街も人も生き生きしている。名探偵の造形にも花がある。謎解きには一度ならず唸らされた。収録作にややバラつきはあるものの、こいつぁとても新人とは思えない手練ぶりだ。
白眉は、関東大震災での事件を描く最終話【二つの墓】。少年団結成秘話がここで初めて語られる。哀しくて、でも最後にとてもステキな救いがある。震災で、戦災で、大事な人がたくさん死んだ。なのにどうして俺は生きているのか。その答が最後に告げられるのだ。心がじんわり暖かくなる。
ところで、浅草紅色団と書けば川端康成の「浅草紅団」を思い出す人もいるでしょ。実はちょい役ながら川端康成も登場してるのだ。他にもお馴染みの文士〈平井さん〉も出て来るぞ。うう、この世界をもっと読みたい。続編熱烈希望!
(07.6.4)《詳細情報&注文画面へ》
ライトな語り口調に加え、物語がテンポよく進むので、まったく飽きさせずに読者をぐいぐい引っ張っていく。複数の事件が同時進行になってけっこう状況は複雑なのに、読者を混乱させることなくさらりと話を進める筆力には感心。いろんな要素が緻密に張り巡らされていて、けれど読者には「技術」ではなく「エンターテインメント」が届くようになっているというあたり、巧い。ただ、あまりにテンポ良くぐいぐい進むので、逆にもちょっと緩急が欲しいなという思いは拭えない。「読ませどころは、ここ!」というのが無いのね。むろん、全編アップビートで駈けぬけるっていうのもひとつの手法ではあるのだけれど。
ところで本書の最大の面白さは「芋づる式」ってところにあると思うのだけど、芋づる式にトラブルが増えるだけならまだしも、調査の過程でも偶然「知り合い」だったりツテがあったりという芋づる式ケースが目立つのがちょっと気になる。真相に文句はないのだが、そこに至る過程が「こりゃまた随分とするする進むなあ」と思えてしまうのだ。そういうリンクが伏線として巧く効いてるのももちろんあるのよ。でも一方で、あまりに都合良く繋がるケースが複数回出て来ると、それを「恣意的」「ご都合主義」と捉えるか、それとも「もともとひとつの事件を追う途中で出会った案件ばかりなんだから、繋がりがあるのは当然」「事件だけでなく解決も芋づる式なのが面白い」と捉えるか、けっこうボーダーライン上なのよ。
個人的には、「関係者がたまたま知り合いだった」はセーフだけど、「たまたま声をかけた人物が、実は偶然、事件の深いところに関わっていた」となるとアウトって感じかしら。具体的には、ひとりだけなんだけどさ。そのひとりと出会うシーンだけ、偶然を排除する工夫があれば良かったんだけど。
(07.6.6)《詳細情報&注文画面へ》
ただ、あたしがこれを楽しむには少々問題があって。なんとなれば、本家の漫画「こち亀」を、読んだことがないのよ。だもんだから、ここで展開される両津勘吉のキャラだとか何だとかが、どこまでオリジナルに沿っているのかもわからないし、おそらく知っている人が読めばニヤリとするであろう部分もまったくわからないわけさ。ってことで、この企画の趣旨からは思い切りはずれるんだけど、トリビュートの醍醐味はサクっと無視して(そこらは巻末の解説に詳しい)、各短編そのものの感想しか書けないのよ。
【幼な馴染み】大沢在昌:鮫島と晶が同僚の監察係と浅草をぶぶらついていたとき、男がスリのグループを止めている場面を目撃し……。新宿鮫とこち亀の競演。人情ものみたいな仕上がりになってる。鮫より「らんぼう」の方が合ってたんじゃ?
【池袋⇔亀有エクスプレス】石田衣良:マコトの前に現れた怪しい男は、葛飾署の両津だと名乗った。トラブルシューターであるマコトに相談があるというが……。IWGPとのコラボだけど、話自体は何の捻りもなく極めてシンプル。
【キング・タイガー】今野敏:定年で警察を退官した主人公趣味の模型店を訪れた。そこに飾ってあった模型に感心したところ、なんと制作者は現役の警官だという……。何気ない話なんだけど、なんかしみじみとおかしくて読後感がいいぞ。
【一杯の賭け蕎麦 花咲慎一郎、両津勘吉に遭遇す】柴田よしき:無認可保育園を経営している私のもとに、婦警が訊ねてきた。預かっている子供の祖父が無銭飲食をしたという──。事情聴取のくだりがドラマチックで臨場感があって読み応え抜群。こういう企画ものでも、きちんと構築するあたり、巧いなあ。
【ぬらりひょんの褌】京極夏彦:両さんの上司、大原部長が若い頃に出会ったミステリアスな体験の顛末。うわはは、これ、いい! これ楽しい! オリジナルの「こち亀」を知らなくても、いつの間にか相関図が頭に入るように作られてて(親切だなぁ)、すっごく楽しめるよ。「こち亀」ファンと京極ファンの両方にアピールする作りになってて。イチオシ。
【決闘、二対三!の巻】逢坂剛:御茶ノ水署に研修でやってきた両津は、梢田にある賭けを持ちかけた──。あはは、御茶ノ水署シリーズって「こち亀」と合ってるかも。
【目指せ乱歩賞!】東野圭吾:賞金と印税の額を聞いた両津は江戸川乱歩賞に応募することを思いたち──。これはもう、両さんは名前とキャラだけで、あとはひたすら「超・殺人事件〜推理作家の苦悩」路線。いかにもひがぴょんらしいコメディ。
(07.6.7)《詳細情報&注文画面へ》
これは第一話で明らかになるから書いちゃって良いと思うんだが、抹殺を請け負うのは車椅子の画家・宮崎。全身の筋肉が徐々に衰えるシュタインブルク=ブレ症候群という難病(調べてみたけど、この病気は実在しないっぽい)にかかり、今は車椅子で生活しているが10年後には寝たきりになるだろうという状態。宮崎は一ヶ月150万円でヘルパー兼愛人を雇って、日々の生活の手助けを受けている。で、画家である宮崎の副業(というか本業)が、馴染みの僧侶が仲介をやっている「抹殺仕事人」なわけだ。
で、本書には短編が8編収められてるんだが──これがね、ホントに「どうやって殺すか」だけの話だったのでビックリ。ターゲット側の事情というのはそれなりにサスペンスフルに語られるし、殺し方もけっこう凝ってるので、読んでいて退屈するということはない(むしろけっこうドキドキする)んだが、どれも「殺して終わり」なのよ。そのシンプルさが魅力でもあるんだが、ときおり物足りなさも感じるんだよなあ。
でも、敢えてテーマだのドラマ性だのっては排してるんだろうな、という感じ。あくまでもシビアにクールにハードボイルドに。そんな中だからこそ時折見せる心の揺れが印象的。難病で車椅子に座ってる宮崎に向かって「どんな病気でも治るよ」とセールスするインチキ詐欺師に対し、それまで感情描写が殆どなかった宮崎が内心「はらわたが煮えくり返る」というところは深く刺さった。
ただ、「いや、それって別に殺さなくても」という案件があるのが個人的には抵抗があるなあ。ドラマの必殺仕事人はいわゆる義憤で動くところが多かったのに対し、本書は「いてもらっては不都合だから」みたいな理由で命令が来るケースもあるし。殺す殺さないがポリシーではなく完全にビジネスなのね。まあ、大抵殺されるのは「敵の刺客」だったりして、抹殺は誰かを守るためってケースも多いんだが、それにしたって「殺さなくても!」と思う事多し。あ、抵抗があると言えば、一番抵抗があるのは、美人ヘルパーにして愛人の篤子が、室内では全裸でいるってところよ! 全裸で昼食の支度……あんま考えたくない……。
(07.6.8)《詳細情報&注文画面へ》
挑発者・東直己(角川春樹事務所)
まず、人物がいい。タフガイな私立探偵の畝原は、家族との時間も大事にするし娘たちとのコミニュケーションも欠かさない。こまめにメールを送り、仕事を手伝ってもらったときには「ありがとう」と伝える。<これ大事だよなあ。連れ子同士の再婚で三女は養女というワケアリ家族だし、これまで家族ぐるみで何度も危険な目に遭っているのだが(それもなまじの危険じゃない)、それでも信頼し合っているその姿は「家族っていいなぁ」と思わされるのだ。家に帰ったら娘が泣いていて、すわ事件かと思ったら〈トム&ジェリーの最終回〉の都市伝説で泣いていたくだりなんて、おかしくって(でもあの粗筋は泣けた)。家族だけではなく、仕事仲間も、調査対象も、依頼者も、ひとりひとりがちゃんと背景と肉付きを持って描かれる。ちょっとしか出て来ない人物でもまるで自分が良く知っている人物のように思えて来るほどだ。
もうひとつ、このシリーズは会話にも注目して欲しい。普通、人間の喋る言葉ってのはけっこうとっちらかってて、決して文章で書いたようには喋らない。だから小説では、そのリアリティを出来るだけ保ちながらも、実は分かりやすい会話文に加工して提供している。ところが東直己の登場人物たちの会話ってのは、実に「そうだよ、実際の喋りってこんなだよなあ」と笑っちゃうほどリアルなのだ。神は細部に宿ると言うが、東直己の小説の神は会話に宿ると言ってもいい。つっかえたり、繰り返したり、主語と述語が合ってなかったり、語尾上げだったり、方言が出たり、何度も同じところに話が戻ったり。そんなリアルな会話にそれぞれの人物が巧みに浮かび上がる。上で書いた、「ちょっとしか出て来ない人物でもまるで自分が良く知っている人物のように思えて来る」というのは、そういう会話の功績によるところが大きい。
ちょっぴりウェットで、けっこうコミカルで、なかなかにハートウォーミングで、でも芯はしっかりハードボイルド。なんて贅沢なの。このシリーズはお勧めだ。
(07.6.9)《詳細情報&注文画面へ》
字、でかっ! 本を開いてまずフォントの大きさに驚いた。これ、どれくらいだろう……。しばらくすれば慣れて違和感はなくなるんだけど、この大きさって、もしかして想定読者層は老眼の出る中高年?
さて内容は──あれれ? 警察小説とスポーツ小説が著者のお家芸で、これは警察小説の方に入るんだけど、これまでの作品に比べてなんだか随分人物造形が類型的だぞ? 主人公は一匹狼(になることを余儀なくされた)の刑事で、独身で、昔の事件が心に影を落としていて、特技は料理。ヒロインは金持ちの娘で、美人で気が強い。人物が皆〈記号〉になっちゃってて、プラスαの〈個〉が立ち上ってこないよ……。犯人なんてアンタ、思わせぶりにフォントを変えてまでの独白ページを挿入している割には、その背景も心理も表現されないまま終わるので、梯子をはずされた気分。
ストーリーもあまり凝ってないし……なんだか妙に活劇っぽいのよ。アクションありラブありで、それはいいんだが、それらがイチイチB級っぽい。特にラブの方なんて、展開がめちゃくちゃ安易。こんな話を書く人だった? シリアルキラーの事件は犯人の事情が分からないまま放り出されるし、真崎の過去の方は「何となく予想がつく気はするけど、ホントにそうだったら都合が良過ぎるよなあ」と思ってたらその通りの、所謂〈ベタ〉な展開だったし。よくよく考えれば真崎って、全部背負い込んで苦悩してるように見えつつ、自分では料理以外何もしてないんじゃ?
やっぱり今回って何か特定の読者層を狙ってるのかしら。そう思えてしまうほど、なんかイメージが違うのよ。書き下ろしのはずなんだけど「これってもしかして、サラリーマン向けタブロイド夕刊紙か何かに連載してました?」というような印象を受ける。まあ、この不満も〈力も実績もある作家に対する期待〉が大きかったが故なんだけどさ。 (07.6.10)《詳細情報&注文画面へ》
でも……うーん、困ったなあ。バカミスに定義はない(と、編者の小山さんが書かれている)ので、たまたま本書にはあたしの好きなタイプのバカミスが少なかった、ということなのかしら。どういうのが好きかというと、ミステリとしての様式──できれば、本格ミステリとしての様式はちゃんと踏まえてて欲しいのよ。その上で、「うわあ、こんなバカバカしいネタにここまで力入れてんのかよ!」と驚かせて欲しいわけだ。「こんなしょーもないことがやりたかったがために、ここまでの労力を払ったのか!」というような。つまり、真相によってバカミスであることが分かるような作品。言い換えれば、そこまでは「普通のミステリ」の皮をかぶっていて欲しい。
翻って本書の収録作は、ミステリというよりも「ナンセンス」に近いものが多くて。最初からハジけちゃってるというか、スラップスティックというか、ハメをはずしちゃってるの。それが個人的に入り込めなかった原因。もちろん、これはあくまでも個人的な好みの問題ですよ。が、まぁ、読者を選ぶのは間違いないだろうなあ、これは。
そんな中でも「こんなしょーもないことがやりたかったがために、ここまでの労力を払ったのか!」というあたし好みのバカミスだったのは、鳥飼否宇【失敗作】だな。「どのミステリがすげえ?!」というムックに、烏餌杏字なる作家の作品を紹介するコラムを寄せたライターが殺される。さてその犯人は?という話なのだが、最後まで読んで、でもってある部分をもう一回読んで、「こんなしょーもないことがやりたかったがために、ここまでの労力を払ったのか!」と、脱力しながらつくづく感心。
その他、ものすごく真面目に物語が進んでいく山口雅也の【半熟卵にしてくれと探偵は言った】と北原尚彦【三人の剥製】(ホームズのパスティーシュ)も楽しめた。この二つは、上に書いた「普通のミステリ」の皮をかぶった作品と言えましょう。辻真先【長編 異界活人事件】にユーカリおばさんの幽霊が出てきたのが個人的に嬉しいぞ。
(07.6.11)《詳細情報&注文画面へ》
小袖日記・柴田よしき(文藝春秋)
おお、この視点は面白い! 源氏物語のためのネタ探しを命じられたあたし=小袖があちこちの恋愛事件を聞き込んでは紫式部=香子に報告するという体裁で、その事実を香子が固有名詞を変え脚色して源氏物語にアレンジするという趣向。つまり、本書では源氏物語の各章の「ネタ元になった事件」が綴られるわけだ。源氏物語そのものに潜む謎解きをミステリ仕立てにした作品は幾つかあるが、こういうアプローチは初めてじゃないかな。
例えば、【末摘花】で姫君の鼻の頭が赤いのは何故か、生霊に殺されたことになっている【夕顔】や【葵】の死の真相は何だったのか、【明石】はなぜ子供と引き離されての入内をOKしたのか──。当時の常識や知識で「祟り」「呪い」で判断されていたことが、小袖の「現代知識・医学常識」で見てみるとまったく別の真相が見えてくる。そのアイディアが秀逸。「あっ、なるほどそうか! これ、あり得る!」と膝を打つ。でも、ぜんぜん難しくなくて、むしろ明るく元気にユーモラスに物語が進むのがいい。
白眉は、【葵】だ。源氏物語では、プライドの高い六条御息所が嫉妬に狂い、彼女の生霊が光源氏の正室である葵を憑き殺したことになっている。が、実際には生霊が人を殺すなんてあり得ない。じゃあ何が起こったのか──という真相が分かった瞬間の驚き。そして、六条御息所のモデルになった人物が下した、ある判断に瞠目するとともに感動した。巧い、なんて巧いんだ!
謎解きだけではなく、恋愛のあり方が物語の中枢にあるため、小説としてのテーマが何層にもなって深みを出している。日本の男はどーしてこうロリコンなんだ、男って千年前からこんな勝手なことばかりしてたのか、女はどう闘えばいいんだ──そんな小袖=あたしの思いに、紫式部=香子は言う。「わたしの書く物語の中では、男のひとたちにも苦しみを感じていただきます。そして、愛に対する責任も最後まで果たしていただくつもりです。小袖、それでわたしをゆるしてくれる?」と。
源氏物語をこういうふうに読み解くなんて。こういうふうに「不朽の男女の問題」に絡めるなんて。源氏を知らなくても大丈夫。むしろ源氏を読みたくなる。本家に手を伸ばさせるなんて、愛あるパスティーシュの証拠だ。
(07.6.13)《詳細情報&注文画面へ》
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