お厚いのがお好き?


長く冷たい眠り・北川歩実(徳間書店)

 冷凍睡眠をモチーフに、異なる7つの短編を収録。同一テーマで一人競作みたいな感じ。何か流れのある連作かと思ったらそうではなくて、すべて独立した物語だった。たったひとつのお題からこれだけの幅を広げられるという技には感服。なるほどねえ。冷凍睡眠というものに対する(現時点では)胡散臭さを巧く展開に利用している。ただ、決してサイエンス一辺倒ではなく、冷凍睡眠はあくまでも小道具に過ぎず、命というものに執着する人間の葛藤が物語の中核にあるのがいい。ミステリとしてはバラツキが大きいが、このドラマはなかなか読ませるぞ。
 一作目、【氷の籠】では冷凍睡眠より、言語を話すようになったインコを実験動物として解剖することが心情的に出来るかどうかという葛藤が物語の眼目。このくだりは実に読ませるぞ。これでもうちょっと長めのものを書いて欲しいくらい。【利口な猿】では大学の研究室が荒らされた事件が、冷凍睡眠を動機に絡めて展開される。
 おっ、と思ったのは三作目【闇の中】。小さい頃に離れたままのダメ親父が、難病の息子のために奔走する。この親父がもう、ホントにダメダメで、医学が進歩して病気が治せるようになるまで息子を冷凍睡眠させればいいなんて信じ込み、そのために更に周囲に迷惑をかける。読んでるこっちは「もぉ〜〜〜〜っ」とイライラさせられるんだけど、最後まで読んで「あっ」と思った。これはとても印象的で秀逸な短編。イチオシです。どうしてもテクニカルで無駄に複雑な作品が多いという印象の著者なんだけど、こんなシンプルな話も良いじゃん!
 【追う女】もいい。ストーカーをモチーフにしてサスペンスフルな展開を見せつつ、テクニカルな仕掛けに唸る。【素顔に戻る朝】はちょっと人物関係が複雑すぎはしまいか。主人公に感情移入して読んでいたのに、状況を理解する方に脳味噌を使ってしまって、物語そのものを楽しむ余裕が持てなかったよ。【凍りついた記憶】は良質の記憶サスペンス。そして表題作【長く冷たい眠り】は初めて冷凍睡眠を中枢に据え、〈年をとらない〉ある人物が冷凍睡眠の結果なのかそれとも別人なのかを探るミステリ。新興宗教をからめてくるあたりが巧い。    (07.7.1)
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夜明けの街で・東野圭吾(角川書店)

 不倫なんてするやつはバカだと思っていた──そんな妻子持ちの主人公が、派遣社員の若い女性と恋に落ちた。ところが彼女の家ではまえに殺人事件が起こっており、それが間もなく時効を迎えるという。なんだか彼女が何か関わっているような、いないような。事件が時効になったとき、この恋の行方は……。
 とにもかくにも東野圭吾なので、読ませることは間違いない。安易に一目惚れさせたり純愛路線に走るのではなく、なんとなく流れで「つい」関係を持ってしまい、それがそのままずるずる続き、葛藤はもちろんあったんだけども気付いたときにはハマっていた、というリアルな描写が見事だ。注目したいのは、主人公自身が不倫にハマっていくにつれ、「不倫なんてするやつはバカだ」という思いが読者の中でどんどん膨れ上がるように計算された筆致である。不倫の恋にハマってしまった主人公は、とことん愚かで、視野狭窄に陥っていて、判断力が鈍っていて、つまるところバカだ。主人公の視点で物語が進むにも関わらず、読者には彼の恋が素晴らしいものには全然思えない。不倫を美化した小説は多いし、それが読者を引きつけるケースも多々あるというのに、本書の場合、主人公が熱くなればなるほど卑小さが目立ち、読者は冷めていくように描かれている。そこが巧い。
 既婚女性の読者にとっては、この主人公はけっこう腹立たしいだろう。でも、腹立たしい以上に「バカだなあ、こいつ」と失笑してしまう。慌てたり、びくびくしたり、びびったりする主人公を見ながら、「たいした覚悟も無しに浮気なんてするから、そういうことになるんだよ、バーカ」と、彼を見下せるような展開を用意してくれているのだ。
 ただ、15年前の殺人事件はちょっと首を傾げる。本書では事件の謎解きは決してメインではないので、その難易度自体に文句をつけるつもりはないのだが、この程度のことがなぜ当時の警察の捜査で明らかにならなかったのかな。なんせ東野圭吾なんだから、事件そのものももうちょっと凝ってくれててもいいのに。
 同時収録のスピンオフ短編も秀逸。まあ、本編を読んでる最中から「こいつ絶対経験者だ」とは誰もが思ってたろうけど、ラスト一行で「どきっ」として、そして「にやり」とした。ケツの穴の小さい悪意を書かせるとホントに巧いなあ。     (07.7.3)
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異界・鳥飼否宇(角川書店)

 明治初期の那智熊野。南方熊楠とその弟子は狐憑きになったという少年の話を聞く。それを調べている最中、病院から赤ん坊が浚われたという知らせが入って──。
 おおお、なんて骨太な! 病院から新生児が浚われたというのに医者が協力的じゃないっていう事件そのものも魅力的だし、何より「サンカ」を巡る差別問題のくだりが実に読ませる。定住地を持たず山に暮す人々がなぜ差別されるようになったか、その歴史的背景や明治政府の方策などが、決して情報としてではなく物語として語られるのよ。全体を貫くテーマであるとともに、それが謎解きにも有機的に関わって来るあたり、うわあ、めっちゃ骨太じゃないか。好きだなあ、こういうの。歴史ミステリでもあり社会派でもあり、そしてもちろん本格でもあり。そしてメッセージ性の強さに気圧されているうちに、謎解きは途方も無い展開を見せる。いやあ、引きが強いこと強いこと。濃密で、雰囲気はバッチリで、いろんな要素がみっちり詰まっていて、でもテンポが良くて読者を掴んで運んで行く。圧倒的な展開。鳥飼否宇が横溝賞から出て来た作家だということを思い出したぜ。
 なのに固くなり過ぎないのは、南方熊楠&弟子のキャラ造形がいいから。まるで京極夏彦描くところの榎木津(よりは常識的)と益田を想起させるようなコンビなのだ。独特の言語センスの毒舌家である熊楠と、おしゃべりで陽気で脳天気な弟子。でも弟子には弟子の事情があったりもして、それがドラマ性を盛り上げるとともにテーマにも謎解きにも繋がっていく。笑いどころ満載、なのにとてつもなく深い。うーむ、親の意見と異界のネタは千に一つの無駄も無い、って感じよ。
 あ、いや、無駄もあるか。本格ミステリファン向けの仕掛けというかくすぐりが二つ。この二つはやや唐突な観がないではないのだけれど、楽しいです。ひとつ(あるトリック)は、まったく予期してなかったので「へ?」と思わず声が出ちゃったし、もうひとつ(ある人物の正体)は思わず笑っちゃったし。まあ、後者はホントに単なるくすぐりなのだけれど、前者はまるで捨てネタのように使われている割にはけっこう読者への目くらましにもなっていたりして、なかなか侮れません。
 ただ、この結末(エピローグではなく事件の結末ね)は……インパクトでかすぎてショック大き過ぎて、しばらくページがめくれなかったよ……。いろんな決着のつけ方があった筈。なのに、複数の選択肢からなぜ著者がこの結末を選んだのか。それを思うと、さらに哀しさが募る。お勧めです。   (07.7.5)
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秘匿 刑事 鳴沢了・堂場瞬一(中公文庫)

 アメリカから帰国した鳴沢が配属されたのは西八王子署。ところがこの署は、てんでやる気がない。地元出身の代議士が橋から落ちて死亡したというのに、早々と事故と断定し調査する様子もない。引っかかるものを感じた鳴沢は単独で聞き込みを始めるが──。シリーズ第8弾。
 捜査をしたがらない警察署、鳴沢が捜査を始めると圧力をかけてくる上司、そして邪魔をして来る地元の有力者。敵なのか味方なのかわからないクセの強い検事も出てきて、孤軍奮闘の鳴沢を思わず応援! 周囲との軋轢を意に介さず、自分の信じる道を驀進する鳴沢。その過程は警察小説として読み応え充分で、めっちゃカッコイイぞ。手に汗握る展開は、新味にはやや欠けるものの一気読みさせるパワーがある。ただ、善玉と悪玉をはっきり分けすぎるのと、偶然の多い真相が気になるが。広げた風呂敷の割には小さなところに落としたって感じ。あと、あまりに所轄をダメダメに書き過ぎていて、なんか逆に彼らに同情しちゃったよ。彼らに恥をかかせることなく、体質を変えることはできなかったのかしらん?<それを言い出すと話が変わっちゃうのだが。
 それにしても鳴沢はカッコイイ。彼の〈原理原則主義〉ってえのは、例えば今野敏の
「隠蔽捜査」「果断」の竜崎だとか、太田忠司描く「刑事失格」「天国の破片」の阿南だとかみたいに、前例が無いわけじゃない。それらと鳴沢が違うのは、鳴沢自身が典型的なハードボイルドのキャラクタ造形を与えられてるってこと。ロードワークとトレーニングは欠かさないし、食生活と靴磨きに拘りを持ち、バイクを愛す。ね、ハードボイルドでしょ? 原理原則主義という当然のスタンスが孤高のハードボイルドとして描かれるという状況自体、ドラマチックであり問題提起でもあるわけだ。
 前作「血烙」がアメリカを舞台にNY、アトランタ、フロリダを股にかけ、アクションあり家族愛ありマフィアありのスケールのでかい話だったのから一転、今度は一気に日本の地方都市に巣くう閉鎖性がテーマの地味な展開。でも、もともとこのシリーズはこの路線なのよね。「血烙」がアクションに流れちゃった(それがまた面白かったんだけど)分、舞台が日本に戻ってシリーズ本来の魅力がいや増した観あり。おまけに第一作から比べると、鳴沢の人間としての変化も歴然としているわけで、そこいらがまたシリーズ読者にはタマラナイのよねえ。     (07.7.6)《詳細情報&注文画面へ》 

首挽村の殺人・大村友貴美(角川書店)

 東北の寒村に赴任して来た医師の滝本。彼の前任者は山中で転落死を遂げたのだが、それは熊に襲われたためだという。そして滝本が赴任して後、殺人事件が相次いで──。
 忌まわしい歴史を持つ東北の山村で起きる猟奇的な殺人事件という横溝正史ちっくなモチーフを、敢えて作り物めいた舞台にはせず、ちゃんと〈現代〉で描いているところに好感を持った。僻地医療の現実や地方の財政問題、過疎、合併といった現代の田舎が持つ問題と、その村が持つ伝説や因習、見立てといった横溝的ガジェットの両立とでも言うか。むしろ、ムラの持つ「忌まわしい歴史」が、現代だからこそ生きて来るという効果もある。横溝世界を用いた作品を読んでると「イマドキこんなムラ、無いだろ」とツッコミたくなることが多々あったので、こういうふうに現実に立脚した上でちゃんと横溝テイストを生かそうとしてくれるのはいいなあ。その姿勢に二重マルだ!
 ただ、ハウダニット・ホワイダニットの両面でやや説得力に欠け、それなのに犯人はなんとなく見当がついてしまうというミステリ面での弱さはやっぱ気になるなあ。もうちょっと本格ミステリとしての面白さ──整合性の上に立つ意外性ってのがアップすれば。だってさ、事件にしろ展開にしろ伏線にしろ、従来のパターンの中にすっぽり入っちゃってるでしょ。驚かしてくれるところが無いってのは、本格ミステリとしてはやはり弱さを感じちゃうのだよ。
 あとはやっぱり人物かな……。どうも通り一遍で、個性とか書き分け以前に、物語を動かすだけの力が人物に感じられない。感情を移入する先がないというか。それは探偵役にも、そして犯人にも言えることで、こんな猟奇連続殺人の動機がそれかよ!みたいな。あ、いや、動機自体はなんでも良いんだけどさ、動機と行動を結びつける説得力が欲しいのよ。背景も動機も、要素だけとりあげてみればかなりドラマチックなのに、仕込みが薄いので浮いて見えちゃうのね。それがアンフェア感を生んで、ミステリとしては弱いんじゃないの、という印象になってしまう。すべてに伏線を張れとは言わないけど(言いたいけど)、読者に推理させるための仕込みってのは、本格ミステリとしての構造のみならずドラマの構造としても不可欠だと思うのだけれど。     (07.7.8)
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ロスト・チャイルド・桂美人(角川書店)

 大学助教授の医師・神カオルは監察医務院での死体解剖を依頼される。対象は身許不明の女性。ところがいざ執刀しようとしたとき、解剖室に銃を持った三人組が押し入って来た──。
 冒頭の事件がとにかくスリリングで、一気に引き込まれてしまった。緊迫感を削ぐことなく、主要登場人物の個性や謎めいた特質が効果的に且つドラマチックに紹介される。ツカミはサイコーだ。ヒカルの特殊能力なんて、普通はその紹介だけで一章使っても良いくらいだし、出し方を間違えれば一気にマンガ的になってしまいかねないところなんだけど、それをこの緊迫感溢れる描写の中で、事件の展開のリズムを削ぐことなく、実に巧く紹介している。嘘っぽい特殊能力がドラマの緊迫感に飲まれてすんなり納得出来ちゃったくらい。この一章だけで「この調子で話が進んだら、どこまで面白くなるかわからんぞ」とワクワクさせられたよ。
 読み進んでみれば、構成は荒っぽいし、専門用語がビシバシ出て来るし、スケール広げ過ぎて散漫になっちゃってるし、人物相関図が相当に複雑で掴みにくいし(いやもうアンタ、これがホントに掴みにくい!)という欠点も多々ある。っつーか、ホントにたくさんある。でも、そんなことは気にならず一気読みしてしまうだけの疾走感がある。いや、気にならずというよりは、気にしてたら先に進めないという気分にさせてくれると言うべきかな。だから分からないまま読んだ箇所はだいぶ多いぞ。<いいのか、それは。読者が物語の世界に入り込むというより、物語が読者の前にどんどん迫ってくるタイプのサスペンス。力がある。国際的且つ科学的な謀略事件が家族の問題に収斂していくのも、普通のテーマならスケールダウンととられるところが、ことが遺伝学だけに納得できる。
 ただ、読んでいる間、ずっと脳裏に吉田秋生のコミック「YASHA」が思い浮かんでいた。あ、いや、別にネタがかぶってるとかじゃないのよ。設定と雰囲気の問題。長身で銀髪で美形で男言葉を話しオートバイを乗り回すカッコいい女医という造形も、実際の人間を想像するよりコミックの絵柄を想像する方がイメージに近い。それで言えば、男性陣も揃ってカッコ良くて腕が立つ。双子はガンダムのニュータイプだし。多分に好みの問題だとは思うが、登場人物のひとりひとりに、もうちょっと生活感を持たせてくれてもいいんじゃないかなあ。   (07.7.9)
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それってどうなの主義・斎藤美奈子(白水社)

 ここ10年ほどの間に著者が雑誌や地方紙に書いたコラムをテーマごとに分類し、一冊にまとめたもの。もともとの媒体が異なるコラムをこうしてまとめると、まとまりがつかずに散漫な印象を受けることが多いものだが、いやあ、そこはさすがに斎藤美奈子。どんなジャンルの話題であれ、よって立つところがしっかりしているので、ちゃんと一冊のエッセイ集になっている。これは書き手のレベルの賜物だ。すごいなあ。
 テーマは大きく分けて政治、マスコミ、生活、教育、ジェンダー、そして新潟。ときどき「えっ、そんな強い言い方して大丈夫? どっからか叱られたり恨まれたりしない?」とドキドキするような舌鋒鋭い論説があるのも著者らしい。でも、著者の舌鋒の矛先は常に「権威」であり「旧弊な価値観」だから、その鋭さが実はかなり心地よいんだよね。「そんな言い方して大丈夫?」と心配になると同時に「そうなのよ、よく言ってくれました!」と喝采もしてしまう。
 しかし本書の最大の魅力は、いろんな人が何度もエッセイのネタに取り上げたような話を再度取り上げ、それをまったく違う視点から解説してくれるところにある。
 例えば、ファミレス用語について。「こちら〜になります」とかってアレね。その話題が出たので、とうぜん苦言を呈するんだろうと思っていたら。違うのだ。なんと著者は、そういうファミレス言葉をアゲツラっている本に対し「言葉遣いにうるさい人は、どうしてよそで文句を言うんだろう。嫌ならその場で処理すればいいわけで、そうしないのは自らコミュニケーションを拒絶しているに等しいんじゃないか」と言う。これには虚をつかれた。確かにそうだ。それに、そういうバイト君は低賃金不安定雇用の現場労働者であり、パーフェクトな接客を求めるのならそれ相応の待遇改善もしなくては、と続けるのだ。もう、目から鱗よ。「〜になります」っていうヘンな日本語を笑ってネタにするだけで、そんなこと考えたこともなかった。猛省。
 また「子育て自慢」をする男性の気味悪さを斬る項も痛快だった。子育て自慢をする男は、ふたむかしほど前に流行った「キャリアウーマン」「翔んでる女」に似ているという話(どこが似ているのかは本編で。これも膝を打った)。また、川端康成「雪国」のヒロインはなぜ東京の山の手言葉なのかという考察をしたり、芸能人の結婚会見のインタビューに怒ったり、「男はつらいよ」と「水戸黄門」を比較したり。とにかく、どこから読んでも「ああ、こういう見方があるのか!」と実に刺戟的だ。一編がとても短いコラムばかりなので、ちょこちょこ読めます。お勧め。    (07.7.10)
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口は災い・リース・ボウエン(講談社文庫)

 舞台は20世紀初頭。アイルランド人のモリー・マーフィは地主の息子に襲われ、抵抗が過ぎて殺害してしまう。慌てて逃げ出したモリーはロンドンに潜伏、ひょんなことで知り合ったキャスリーンに頼まれ、彼女の子供たちと一緒にキャスリーンの振りをしてニューヨークに渡ることになった。ところは船の中で彼女の正体に気付く人物が現れ、アメリカに到着すると同時に殺人事件まで──。アガサ賞最優秀長編賞受賞作。
 うわあ、この時代と舞台はなんとも魅力的だなあ。正直、殺人がどうこうというよりも、20世紀初頭に〈新しい何か〉を求めて新大陸に移民した人々と、彼らを取り巻く環境というものの方が話のメインだ。階級によって船室も待遇も分けられる船旅、到着した移民たちに課せられる煩雑な手続き、新天地に来たからといってその日から幸せになれるわけではなく、ゼロから始めねばならないという現実。そして何より、いろんな国から集まって来た移民の筈なのに、やはり民族ごとに縄張りが出来てしまうという状況。移民たちがまず到着するエリス島の描写なんて、このまま壮大な歴史小説の一シーンになりそうなほど臨場感があって、生き生きしてるよ。希望に満ちた到着が数時間で不安に凌駕される、その様子が秀逸だ。
 いくらでもハードになり得るこの舞台を、元気で前向きなモリーを主人公に据えることにより、コージーテイストを取り入れたのは大成功だ。モリーの明るさと、摩天楼や自動車など「若く伸びゆく都市」の描写が相俟って、ハードな舞台の中にもちゃんと希望が見えるようになっている。コミカルな風味とシビアな事件が、いいバランスでメリハリを持って配置されてるのね。これは巧いぞ。
 その分、ミステリとして弱いのは、しょうがないというべきかもったいないというべきか。終盤なんて随分バタバタして終わった観あり。え、これで終わりなの?と、ちょっと呆然としちゃったぞ。いろんなこと放り出し過ぎじゃないのか。まあ、本国ではもうシリーズになっているというので、放り出された諸問題はきっと続編で描かれるんでしょう。それを楽しみに待ってよう。     (07.7.11)
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偽りの学舎・青木知己(小学館)

 とある事情で警察を退官し、妻と二人でペンション経営をしている主人公のもとに、進学塾に脅迫状が送られてきた事件の調査依頼が来た。ペンションの経営が思わしくないこともあって依頼を引き受けた主人公は、数学の新任教師としてその塾に潜入した──。
 著者は光文社文庫の公募入選作アンソロジー『本格推理』の常連さん。長編の単行本化はこれが最初なんだけど、読み始めてすぐに「おお、なんか懐かしいタイプのミステリ!」と好感を持った。調査する対象がはっきりしていること、奇を衒った仕掛けの匂いがあまりしないこと、進学塾で知り合う教師や生徒がイカニモなキャラ(本格ミステリとしてイカニモなのではなく、学園ものとしてイカニモって感じ)だったこと、事件の展開が定期的にメリハリを持って進むことなどから、「このまま真っ直ぐ読んでいけばいいのね」と安心して読み進められる手堅さがあるのよ。
 ただ、その手堅さは諸刃の剣。手堅いが故に、展開も真相も想像の枠を超えない。あ、もちろん、真相が割れやすいとかということではなくて、そこにはちゃんと意外性があるのだけれど、その意外性すら「想像の枠内の意外性」なのね。だからミステリの構成としては特に瑕疵がある訳ではないのに、妙に印象が薄くなってしまう。
 その要因のひとつは、やはり人物だろうなあ。主人公が警察を辞めた理由なんて、この主人公の造形としては極めて特徴的なエピソードなんだけど、そういうキャラづけが他のシーンには生かされてないの。普段は書き割りか人形が動いてるみたいで、この人がどういう人なのか浮かび上がって来ない。他の登場人物も、生徒にしろ同僚にしろ依頼人にしろ、どれも〈よくある人物配置〉以上の魅力が無いのさ。うーん、残念。
 ジャンルを考えれば、「人間を描け」なんてことは言わないけども。でも、読者が登場人物に共感したり腹を立てたり応援したりすればするほど、物語の展開は気になるし〈意外な真相〉にはショックを受ける。つまりは〈意外な真相〉で驚かすための下地として、ある程度の人物の描き込みは必要だと思うのよ。そしてその描き込みとは、ときどきそれっぽいエピソードを挿入すれば足りるというものではなくて、普通の何気ないシーンの描写でこそなされるものなんじゃないのかな。それが加わるだけで、俄然面白くなると思う。なんせ構成はとってもしっかりしてるんだから。     (07.7.12)
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収穫祭・西澤保彦(幻冬舎)

 過疎の村で住民の殆どが殺されるという事件が起きた。生き残ったのは教師ひとりと生徒3人。それから数年後、〈生き残り〉の一人であるマユのもとに、当時の事件を調べ直しているという人物が現れて──。
 ノンシリーズ長編。ここまで真正面からのミステリって、書き下ろしでは久しぶりじゃないかな? この吸引力はすごいぞ! 上下二段組み600ページを一気読みだよ一気読みだ。いやあ、これは面白いわ。村人大量殺人事件が描かれる第一部はもう、「13日の金曜日」のジェイソンと追いかけっこしてるみたいなスリルに満ち満ちてて。すぐに殺されちゃう&すでに殺された人々の造形がこれでもかってくらい描き込まれ、だからこそ濃密にその村の情景や人々の様子が浮かび上がる。この村の絵を描けと言われたら描けちゃうくらい、具体的に眼前に浮かぶ。この臨場感! この緊迫感!
 逆に、成長したマユを描いた第二部ではいきなり「ええっ?」と思わせるテクニカルな展開があって。「どういうこと? どういうこと?」と読者を戸惑わせ引きつける。事件当日の様子は第一部でめっちゃ細かく描写されているから読者もちゃんと知っている。なのに、第二部でいきなりそこに「謎」が生まれるのだ。なんて巧い。息つく暇も無いとはこのことだ。
 そしてこの真相。動機にはちょっと首を傾げる部分がないではないのだが、第一部で極めて印象的だったシーンが、最後になって次々と検証されて行くその驚きは、久々に「うわあっ」と圧倒されるほどのサプライズとカタルシスを与えてくれた。これはすごい。瑕疵がないとは言わないけど、そんなもん、怒濤の勢いに飲まれてぜんぜん気にならない。これだけの人数を皆肉厚に描き、荒唐無稽な展開に力技で説得力を持たせる。読者はあっという間に物語の〈熱〉に取り込まれる。読んでいる間は、ひたすらドキドキハラハラだ。心臓バクバクの600ページ。これぞ読書の楽しみだ。
 ただ、セクシュアルな描写(それも多種多様の)がかなりあるので、そういうのが苦手な読者(あたしです)は要注意。それも、揃いも揃って性的趣味が特殊というか何というか。いや、そういう趣味嗜好は個人の自由だからいいんだけど、ただ他人のそんな趣味嗜好を詳しく知りたいとは思わないのよ(泣)。そういうのはその人だけで誰にも言わず楽しめばいいじゃないか(泣)。あたしも四十代なのでカマトトぶるつもりは毛頭ないし、畳み掛けるような変態描写(あ、言っちゃった)が物語に独特の迫力と酩酊感を生んでるもは間違いないんだけど、それにしたって多すぎ&歪み過ぎじゃないかしらこれって(泣)。     (07.7.13)
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