お厚いのがお好き?


あやつられ文楽鑑賞・三浦しをん(ポプラ社)

 文楽(人形浄瑠璃)にハマった著者が、観劇したりインタビュ−したり楽屋を見学したりした様子を綴る、文楽鑑賞エッセイ。あたし自身は別に文楽そのものに興味や知識があるわけじゃないので、本書を手に取ったのは、ただ三浦しをんのエッセイが好きっていうそれだけだったのね。したらばさ、いやー、驚いた! 
 テーマが限定されているので、万人向けってわけではない。とっつきの悪い章もあるし、トピックによるばらつきも大きい。だから一般的な入門書と言うにはためらいがあるんだけど。でも。文楽、面白そうなのよ! 見てみたくなったのよ! 『仮名手本忠臣蔵』、通しで見たい。 『女殺油地獄』、じっくり見たい。『本朝廿四考』を見たい見たい見たい!
 読者にそう思わせた時点で、これはもう三浦しをんの勝利だ。
 もともと文章が軽快でとっても楽しいので、門外漢でもスンナリ読める。最初はただその文章芸を楽しんでいただけだったのだが、『本朝廿四考』で、許嫁というだけで会った事もない男を慕う姫様を「女子中学生が席替えの度に、隣になった男子を『なんとなくいいな』と思っちゃうようなもん」と表現したくだりで「おっ」と思った。そして『仮名手本忠臣蔵』のおかる・勘平のくだりで、積極的なおかるの「是非に是非に」っていう誘い方を気に入ったという話で、なるほどと膝を打った。この手の伝統芸能を見るときには「なんだか今と価値観が違うー。なんだその考え、ようわからんー」となりがちなんだが、三浦しをんのエッセイは「今の価値観で見ていいんだよ」と教えてくれるのだ。読者のレベルまで降りて来てくれる。だから興味を持てるのだ。
 娘を女衒に売って平気な親に「なんじゃそれは!」とツッこみ、死に際に延々セリフを喋る役に「まだ死なないのか……。つか、周囲はなぜ介抱しない?」とつっこんだり。けれどそれらは決して揚げ足取りではなく、「なぜこうまでツッコミどころが多いのか」を「当時の人は何をどのように考えていたのか」というふうに繋げて行く。それによって、また新たな解釈が見えて来る。その上で、芸能というものの迫力と歴史に圧倒される。笑えるだけじゃない。めちゃくちゃ深い。
 騙されたと思って、第六章「『仮名手本忠臣蔵』を見る」だけでも読んでみて欲しい。この章単独で商品になる。誰もが知ってるあの忠臣蔵が、文楽ではどんな配役とどんな設定とどんなストーリーになっているか。そしてそれに対する三浦しをんの、爆笑モノだけど実に鋭いツッコミを堪能するがいい! 読み終わって思わず、名古屋で文楽が見られる場所をネットで探しちゃったぞ。     (07.7.12)
《詳細情報&注文画面へ》 


2007ザ・ベストミステリーズ・日本推理作家協会(講談社)

 おおお、ハズレがない! この推理小説年鑑はそれこそ大昔から毎年読んできているが、昨今、すでに単行本収録されているものの割合が多くなってきたり、ミステリというにはジャンル的に拡散し過ぎていたりという傾向があって、どっちかというと「色々ある中から拾い物を探す」という感じで読んでたわけよ。そしたらばさ、今回はアンタ、レベル高いよハズレがないよ!
 既に単行本やアンソロジーに収録されている作品は、あたしの知る限りでは15作品中6作(蒼井上鷹・石持浅海・桜庭一樹・大崎梢・門井慶喜・柳広司)。全体の4割という数字は決して少なくなく、これらを既読の読者にとっては3500円という高値を考えると、コストパフォーマンスがいいとは言えない。つか、はっきりと悪い。でも、でもね。驚いたことに、定本で読んだときとはまた、違った印象を持てたのよ。
 桜庭一樹【脂肪遊戯】だけは初出がアンソロジーだったけど、その他の5冊──大崎梢【標野にて 君が袖振る】
「配達あかずきん」所収)・蒼井上鷹【ラスト・セッション】「二枚舌は極楽へ行く」所収)・石持浅海【未来へ踏み出す足】「顔のない敵」所収)・門井慶喜【早朝ねはん】「天才たちの値段」所収)・柳広司【熊王ジャック】「シートン(探偵)動物記」所収)に関して言えば、どれも定本で読んだときより以上に「良い出来」に思えてしまったことに驚いた。リンク先の過去の書評を読んで戴ければ分かると思うけど、お勧めマークをつけたものも、そうでないものもある。で、つけたものにしたって、複数の収録作の中で、今回ピックアップされた作品が殊更に印象的だったってえワケでもない。むしろイチオシは別の作品だったの。
 ところが今回、単独でそれらの作品を再読してみて。いやあ、こんなに巧い作品だとは当時気付けなかった自分に喝! なるほど、定本で読んだときには単体としての鑑賞はしてないんだな、と初めて気付いた。連作の中の一編という位置づけで、全体の中でこれがどう見えるか、どこに位置するかというところを見ている。だから短編そのものの出来をピュアに見ていなかったということか。うわあ、これを体感できただけでも、本書を読んだ甲斐があるというものだ。
 今回初読の9編も総じてレベルが高い。横山秀夫の倉持校長シリーズ【罪つくり】は文句をつける隙がまったくないし、春口裕子【ホームシックシアター】にはゾクリとさせられた。もう少し伏線があれば本格ミステリとしても仕上げられそうな。不知火京介【あなたに会いたくて】は記憶喪失もの。北森鴻の香菜里屋シリーズ【ラスト・マティーニ】、東野圭吾のガリレオシリーズ【落下る】、米澤穂信の古典部シリーズ【心あたりのある者は】は、それぞれ突出した部分はないにせよ相変わらずの個性で高値安定。薬丸岳【オムライス】に真相にガーンと仰け反り、三上洸【スペインの靴】の倒錯ぶりにドキドキ。初読でのイチオシは菅浩江【エクステ効果】だ! 生活感のあるSFミステリに脱帽。    (07.7.14)《詳細情報&注文画面へ》 


シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン・小路幸也(集英社)

 東京下町に居を構える、明治創業の古本屋「東京バンドワゴン」。親子四代(それも相当に複雑)9人と犬猫6匹が一緒に暮らすこの家は、そりゃもう毎日大騒ぎ。彼らが出会った事件のあれこれを語ってくれるのは、既に亡くなったこの家のお祖母さん・サチの幽霊って趣向。ほんわか・のんびり・ほのぼのホームドラマ。
 おお、ファンタジー度が更に増しているっ! 巻末にある「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ」という著者の一言で分かる通り、(
シリーズ第一作の感想にも書いたが)これは『寺内貫太郎一家』であり『時間ですよ』であり『ムー一族』なのだ。つまりは昭和のホームドラマ。あまりにサクサク展開するのも、積年の恨みや思いを一言であっさり解決させちゃうのも、それぞれの個性が一方向にカリカチュアされてるのも、それは『時間ですよ』の世界だから。そう考えれば人物造形やストーリー展開にツッコむのも野暮な話。つか、今回思ったんだけど、この大家族のファンタジー度合い&個々の内面に踏み込まなさ度合いは、昭和のホームドラマというよりむしろ『たのしいムーミン一家』に近くはないか。リアリティは薄いのに生活感は満点で、「こうありたい」と思わせるあたりもムーミンぽいぞ。
 【冬 百科事典は赤ちゃんと共に】では赤ちゃん置き去り事件が、【春 恋の沙汰も神頼み】では自分が売った本を一冊ずつ買い戻す男性の謎が、【夏 幽霊の正体見たり夏休み】では見知らぬおばあさんから貰った本に挟まれていた写真の謎が、そして【秋 SHE LOVES YOU】では7回忌を迎えるお母さんの生前の話が綴られる。
 ただ、そういった事件だの何だのよりも、注目したいのはこの大家族のあり方の暖かさ! 毎回恒例の朝食時の会話(これ、7人家族で育ったあたしは毎回めちゃくちゃ懐かしいんだよなあ)もいいんだが、今回特に「いいなぁ」と思ったのは、息子二人が家の改装を相談するシーン。誰それにはうちに来てもらおう、誰それは結婚して家を出るだろう、子供が生まれたら──と具体的に部屋数を考える場面で、なぜかジーンとしてしまったのよ。親子四代のうち、三世代目の彼らが中心となって家族のありようを考えて行く。独立して新しい家族を作るもの、新たに増える赤ん坊、久しぶりに再会した肉親。家族なんだから皆で一緒にいるのがあたりまえで、そこに疑問の入る余地はない。なんということはない場面なのに、このシーンがいつまでも心に残った。
 ただ、今回は前作に比べて、女性三人の個性が埋没してない? 藍子と亜美とすずみ、なんか区別つかなくなってきたんだけど。    (07.7.17)《詳細情報&注文画面へ》 


満ち潮の夜、彼女は・早見裕司(理論社)

 舞台は女子校の寄宿舎。夏休みに入り、学校に残っているのは教師がふたりと、問題のある生徒5人、そしてそこへやって来た転校生。ところがその転校生が来た途端、校内では不可解な事件が起こり始め──。
 うっわー、なんてぞくぞくするファンタジック・ホラーなんだろう! 女子校の寄宿舎で個性的な生徒たちというイカニモな舞台で、一人ずつ殺されていくという趣向。その過程がもう、けっこうグチャグチャで。なんとも言えない淫靡と耽美に満ち満ちてるのよ。それも予想を裏切るような組み合わせで、なんとも濃密な人間関係が展開される。雰囲気満点で、うん、悪くないぞ。これはお好きな方はハマるだろうなあ。YAとしてのその淫靡度合い・耽美度合いってのも、心の中の円グラフが「これくらいならOKでしょ」が8割・「ええええ、いや、ちょっと……」が2割という、実に巧いライン上にある。
 それに、登場人物が少ないせいもあるんだろうけど、ひとりひとりの描写がしっかりしていて、個性が厚みを持って立ち上がって来る。ややデフォルメが強い観はあるものの、思春期の少女が持つコンプレックスや、裏打ちのないプライドや、とんがりまくった自意識。ひとつひとつに、なんだか恥ずかしさと懐かしさと共感が渦巻くよ。巧いなあ。
 ただ、「ああ、あたしってやっぱジャンル読書のクセがついてるなぁ」とつくづく思ったのだけれど、読みながら「犯人探しも確かに面白いんだが、これは理に落ちる話なの? それとも超常現象やオカルトOKの世界なの? それを先に言っておいてくれないと推理できないぞ?」と思ってしまうのね。まあ、殺され方を見ただけで「そっち方向か」と見当はつくものの、ミスリードだって事もあり得るし、理に落ちる可能性は捨て難い、と。だから実際に×××が出てきたときには「それってアンフェアじゃん」とつい感じてしまったのよ。我ながらダメだなー。あれほどドキドキぞくぞくさせて貰ったのに、そんなところで自分でエリアを狭めちゃいかん。もっとピュアに物語を楽しめよあたし!
 でもね、そんな本格好きにも楽しめる仕掛けもちゃんとあるぞ。ややヒント出し過ぎな気もするが、著者からのヒントを読む前にそれに気付けると、けっこう嬉しいぞ。     (07.7.18)
《詳細情報&注文画面へ》 


死体にもカバーを・エレイン・ヴィエッツ(創元推理文庫)

 「死ぬまでお買物」に続く転職ヒロインシリーズ第2弾。ワケアリで低賃金の仕事を転々とするヘレン。今回就職した先は書店で、オーナーはイヤなヤツだけど同僚には恵まれ、なんとかやっていた。そんなとき、住んでいるアパートで起こったシロアリ騒動。駆除のため住民全員は一時避難したが、作業が終わってみると死体が──。
 面白い面白い。最近注目しているコージーのシリーズだけど、ミステリとしても「死ぬまでお買物」よりこなれているぞ。コージーに必要な生活感とコミュニティの魅力がたっぷりだ。アパートの面々の個性もぐんと際立ってきたし、突拍子も無い新入りもいるし、住人のひとりの意外な過去も明らかになるし、ヘレンの男運の無さにも磨きがかかってきたし。<いいのか、それは。
 舞台が書店というところにも注目。前作でヘレンが就職活動をしていたお店のひとつですね。アメリカの書店の形態ってのが垣間見えて興味深いぞ。カフェが併設されて(これは最近日本でも増えてきた)るってあたりはオシャレなんだが、いやあ、アメリカの書店はたいへん! 売れ残った本の表紙を店員が剥ぎ取るのよ? どうしてか分かる? その理由を知りたい人は本書を読むべし。他にも日本とのシステムの違いのせいで、びっくりするような客がくるのさ。
 かと思えば、日本と同じ苦労もあるのね。トイレは汚されるし、子供は騒ぐし、変質者は出るし(変質者撃退のくだりは笑った笑った。売り物を武器にしちゃいかんわなあ)、作家のご機嫌はとらなくちゃなんないし。それに、倒産間近の書店に「これ以降、新刊は入らない」というあたりは、なんかすっごく哀しいよ……。ぐすん。
 コージーなので、明るく楽しく元気よく物語は進む。とにかくテンポが良くて飽きさせない。「こういうひと、いるよ」とニヤリとするようなキャラクタを、物語のカラーを損なうことなく、ややデフォルメして描くというコージーらしい手法も効いてるぞ。詳細は語れないが、〈自白〉を終えた直後の犯人の様子がとっても印象的!
 さあ、これでこのシリーズの最大のポイントが見えてきたぞ。つまり、一作ごとにヒロインの職業が変わるのね。そしてその世界での事件と、アパートの住人たちと、ヘレン自身の過去の三本立てで物語が進むわけだ。すでに次の転職先も仄めかされてるし(これがまた絶対事件が置きそうな業界!)次がますます楽しみだあ。    (07.7.19)《詳細情報&注文画面へ》 


ダンサー・柴田哲孝(文藝春秋)

 とある大学の農獣医学部で研究者二人が殺され、〈犯人〉は逃走。逃げた〈犯人〉は人間を襲い続けながら、ある場所を目指した。一方その頃、フラメンコダンサーの志摩子は正体不明の男につきまとわれ、不安を感じていた。〈犯人〉の正体とは何か。そして志摩子につきまとう男の目的は何か。ルポライターの有賀は自分の家族がこの事件に直接関わっていることを知り、自分なりに事件を調べ始める──。
 おおお、いいぞいいぞエキサイティングだぞ。こういうジャンル、何て言うんだろう。ほら、フランケンシュタインみたいな。神の領域に踏み込んだ人間が怪物を生み出してしまい、その怪物が人間を襲う。その恐怖、その迫力。けれど読み勧めるうちに、その怪物がどこかうら悲しく見えてくるのよ。そのモンスターの哀しさが最大の魅力であり読みどころ。特に、完全なるSFというわけではなく、トランスジェニック・アニマルやキメラやクローンを科学の力で生み出せるようになった現代だからこそ、なんともいえないリアリティがある。
 モンスターものとしては話の流れは定番で特に奇を衒ったようなところはなく、行き先も想像はつくんだけど、最近はこういうのを書く人も少ないから、逆に新鮮。というか、懐かしい感じ。特にその怪物が小さな女の子と出会うシーンなんて、「あーもう、ベタだなあ、ありがちだなあ」と思いながらも、ちょっとほんわかして、そしてちょっとしんみりして。設定や流れが定番なだけに安心して読めるが、何かそこにひとつ、新味があるともっと良かったのに。あ、ディーテイルにはイマドキの科学がふんだんに取り入れられてて、それを〈新味〉と言えないことはないんだけど、展開の上で新味が欲しかったという意味ですよ。ただ最近は枠組みがしっかりした分かりやすいものの方が受ける傾向にあるので、これくらいの方が勧めやすいかも。何よりサスペンス満点のモンスターものにして、読後感はむしろ哀しみの方が大きく残るのは良いなあ。
 探偵役は
「KAPPA」にも登場した、愛犬と一緒にキャンピングカーで暮すルポライター、有賀。シリーズキャラだったのね。前作でもちょっと話に出た彼の家庭の事情が今回の事件に大きく関わって来る。が、あれだけ父親を拒否していた息子と、殴り合って和解というのはちょっと……。七十年代の少年マンガじゃないんだからさあ。どうせならちゃんと理を以て息子の誤解を解いて欲しかった。それとも、そういう〈殴り合ってスッキリ〉ってのは女には分かんない男心なのかしら。     (07.7.24)《詳細情報&注文画面へ》 


・深谷忠記(徳間書店)

 大学の担当教授にセクハラされて困っていたベトナムからの留学生・ヤン。大学のフェミニズム研究会ではずっと彼女の相談にのって来たが、ついにホテルで強姦未遂があったとし、教授を警察に訴えた。一方、ある片田舎で放火殺人事件が起きる。焼死体の身許がわかったとき、事件は──。二つの事件を同時進行で描いた、トリッキーなミステリ。
 だってミステリだから、このふたつが無関係だなんて誰も考えやしない。どう繋がるんだろうと興味を持って読み続けるわけよ。うーん、巧いなー。複数の事件が交錯し、ひとつの事件が更に次の事件を呼んで、合間合間には関係なさげなエピソードも挿入されるんだけど関係ないなんてことはもちろんなくて、読者はもう鵜の目鷹の目でとっかかりを探さずにはいられない。「こうかな」と思わせておいてひっくり返す、その連続技。一筋縄ではいかない、とはこのことだ。最終章、ついにすべてが明かされるシーンなんてドキドキよ。
 だけどどうしてもスッキリしないことがある。なぜこんな文体にしたんだろう、ってこと。人物の内面に入り込むことをせず、全体を俯瞰して客観的に進行する文体なのよ。例えば、佳美という女性弁護士がいる。彼女は過去の未熟だった自分をひどく悔いているのだが、それも読者が彼女の過去を追体験して悲しんだり怒ったりするような書き方ではなく、「とまぁ、彼女はそういう人物なのですよ」と著者が説明してくれているような書き方なのだ。登場人物自身の感情をダイレクトに伝えるってことをしないのよ。この手法は他の登場人物についても同じ。「佳美は大きなショックを受けたのである」とか「白井は、目の前の男をぶん殴ってやりたい衝動を抑えた」とか、その本人が感じたように描写するのではなく別人が説明してるみたいな書き方なの。一応各章に視点人物はいるのだけれど、それを超えて〈神の目〉が状況を解説しているとでも言うか。
 
「審判」「毒」ではいずれも登場人物にどっぷり感情移入し、彼らと一緒に眼前が赤くなるほど怒ったり胃が痛くなるほど悩んだりしたものだが、今回はそういうテクニックをまったく使っていないのよ。使えない、のではないことは過去の作品から分かっている。ということは、この文体は故意だ。なぜ? 読者にも〈俯瞰〉させようってことなのかな。その分、従来の作品の特徴でもあったテーマへの訴求力は薄れているが、パズラー要素とその趣向は際立っている。どちらがいいかは、読者の好み次第か。     (07.7.25)《詳細情報&注文画面へ》 


ドロップス・永井するみ(講談社)

 四人の女性を連作形式で描く、恋愛小説にして華族小説。夫と娘の三人家族だが、夫にとってすっかり〈母親化〉してしまった生活に不満を抱く夏香。自己チューな夫と離婚し息子の親権をとったものの、中学の同窓会で久しぶりに会った男友達から誘われて悩む遼子。二十年前、不倫の末の〈略奪愛〉で今の夫と結ばれ、穏やかに還暦を迎えた科子。そして奔放なシングルマザーのオペラ歌手・リリア。
 例えば前作
「年に一度、の二人」もそうなのだが、視点の移動が永井作品のミソ。知り合い同士の4人の女性は、ある編では主役になり、ある編では脇役になる。だからひとりの人物を外から見た印象と本人の実態と両方が見えるわけ。これが巧い。夫と娘に恵まれ、やりがいのある仕事をしている夏香は端からみればとても幸せな主婦だし、落ち着いた日々を送っている科子はとても過去に激しい略奪をしたようには見えない。けれど皆が皆、自分の身の丈の中で悩みや不満を抱えている。それらを解決するのではなく、日々の中で折り合いを付けようとしている。
 特に巧いなあ、と思うのは、彼女たちが皆、決して自分の悩みで手一杯になっていないということ。自分の悩みももちろん大きいのだけれど、同時に友人のことを心配して世話を焼いたり、仕事はきちんとしたりと、ちゃんと家族や社会の中で生活している様子が描かれている。「自分が自分が」と肥大した描き方をしないところに、リアリティと好感を感じるのよ。だからこそ、感情が臨界点を超える一瞬にはドキドキしてしまうのだ。
 物語はどれも、完全無欠の大団円を迎えるわけではない。一気に問題がすべて解決するわけでもない。けれど、女性4人それぞれに、「もうちょっと頑張れそう」とか「これも案外幸せかも」といった、前向きな未来を仄めかして幕を閉じる。彼女らの生活は本を閉じれば終わるのではなく、今日も明日も来年も続くのだ。その中で、またいろんな問題と直面するだろうけど、でも自分をしっかり持って、一番大事なものが何か忘れずにいればなんとかなるよ、と思わせてくれる。ときには今回みたいに独り相撲をとることもあるだろうけど、彼女たちの努力はきっと報われると思わせてくれる。
 静かだけど、地味だけど、しみじみと共感を呼ぶおばさん小説だ。こういうのを、世のダンナ族に読んで欲しいんだけどもねえ。     (07.7.26)《詳細情報&注文画面へ》 


木洩れ日に泳ぐ魚・恩田陸(中央公論新社)

 引っ越しの準備も終わり、今日は二人がこの部屋で過ごす最後の夜。朝になれば、二人は別々の生活を始める。そんな最後の夜に、二人は探り合いをする。二人とも同じ危惧を抱いていたのだ。あの男を殺したのは、今目の前にいるこの人に違いないと──。
 一夜の会話だけで、過去の事件の真相が掘り出されて行くタイプのミステリ。様式としては
「木曜組曲」に近いかな。ふとしたきっかけである事実を思い出し、その記憶によってそれまで「こうだ」と思っていた事象がぜんぜん違っていたことがわかるというような形で、読者が推理に参加出来るような手合いのものではなく、次々と明らかにされて行く二人の事情や意外な事実に驚き翻弄される快感を楽しむタイプ。ま、「そういうことはもっと早く気付け!」と言いたくなるシーンは随所にあるがな。これまでだっていくらでも気付く機会はあったろうに、なんで全部一気にこの一晩なんだよー。
 全体のイメージとしては、登場人物二人の舞台劇を見ているかのような印象。二人の言葉の中には過去の外界の様子も出て来るけど、舞台そのものは二人の部屋だけなのよね。そして一晩だけの物語ってことで、時間限定場所限定。だから隠されていた真相が次第に明らかになるその過程にはわくわくするものの、ふたりの閉じた世界の中だけの話になってしまっているのは否めない。あ、それが悪いわけじゃないのよ。むしろ意図的にそういう演出をしてる作品だし、それが売りでもある。ただ、まあ、登場人物たちが完全に自分らの内側しか見ていないもんだから、つけいる隙がないっつーか、妙なもどかしさがあるのだよなあ。こいつら、自分以外の物事に興味ないだろ、みたいな。
 個人的に一番の読みどころだと思ったのは、ラスト間際での主人公(の片割れ)の気持ちの変化だ。ストーリーの根幹に関わることなので具体的には書けないが、ある事実が判明したことによって普通なら喜ぶはずなのに、それとは正反対の反応をするのである。この心理描写が、読者の想像の逆をつく。そして逆だからこそ、「ああ、そうかもしれない……」という絶妙なリアリティを生んでいる。真相が何だったとかより、こちらの方が強く印象に残った。     (07.7.29)《詳細情報&注文画面へ》 


烏金・西條奈加(光文社)

 金貸し婆のお吟は因業で気が強く、侍相手だって一歩も引かずに取り立てる。あこぎな商売に泣くもの多数。そんなとき、お吟のもとに浅吉と名乗る若者がやってきた。金貸しの仕事を手伝わせて欲しいというのだ。試しに、三件の焦げ付きそうな取り立てを任された浅吉は、見事な手腕で借り手の窮状を救い、その結果借金も返済させることに成功。しかし浅吉には実は他に目的があって──。
 どわっ、面白い! 大江戸金融エンターテインメントだあ。金貸しにも札止しから烏金と呼ばれる一日貸しまでいろいろあるとか、システムによって利率が違うとか、それを身分職業によってうまいこと使ってたんだなあとか、そういう情報の面白さがまずひとつ。例えば棒手振り(天秤担いで商品を売り歩く人たち)が早朝に金を借りて商品を仕入れ、商売が終わったあとで売上の中から元金と利息を払う、みたいな。自転車操業ではあるけど仕組みとしてはよく出来てるよなあ。
 もうひとつの面白さは、借金に困った貧乏人たちに、返す方法を浅吉が指南するくだりだ。時には発想を転換させ、時には現実をきちんと見据えさせ、そして時には新しい商売を始めさせて借金を返させる。「振る袖がねえなら、拵えてやったほうが早えだろ」って浅吉の名言がすべてを語っている。金を貸しても返してもらえなきゃ意味はないわけで、だったら貸した相手が儲けるように手伝ってやった方がいいってわけだ。帯に「お江戸の企業アドバイザー」とあるけど、なるほどそんな感じ。その方法に「おお、なるほど!」と手を打ちたくなるし、何より読んでいてとても気持ちがいい。奇抜な方法で金儲けさせるのではなく、身の丈にあった方法を誂えるところがグゥ。
 物語が転換を迎えるのは、浅吉がちびっこギャングに出会ってからだ。身寄りの無い子供たちが窃盗団を作り、ものを盗んで糊口をしのいでいる。彼らに対する浅吉の行動は、はじめは「なんか物語の向かう方向がふらふらしてないか?」と首を傾げたんだが、読み進んでいくと「なるほど、こう来るのか!」と快哉を叫んだね。いやあ、巧いもんだなあ。すかっとしたよ。
 そういった個々のエピソードが魅力だった分、肝心の浅吉の秘密の方が見劣りしちゃった観がないでもない。確かに意外だしドラマチックではあるけど、読み終わったあとで残るのは借金返済大作戦のくだりなのよね。でもそれは単にバランスの問題であって、大きな瑕疵ではありません。面白いのは間違いないぞ!     (07.7.31)
《詳細情報&注文画面へ》 


書評リストに戻る