お厚いのがお好き?


沈底魚・曽根圭介(講談社)

 主人公は公安部外事二課に所属する不破。東亜貿易副社長という肩書きを持つ中国人・呉春賢を監視していたとき、十数年ぶりに昔の同級生・真理に会った。しかしどうやら真理が呉春賢に関係していることが分かり、訝しむ不破。そんなとき、現職国会議員が中国に機密情報を漏らしたというスクープが飛び込み、警察庁から理事官として超個性的な女性管理官が着任した──。
 公安を舞台にしたスパイもの。設定や仕事のありようというのがストーリーの中で上手に紹介されていて、専門的な部分も興味を持って読めた。文章が手堅くて、とても新人とは思えないよ! こういう奇を衒わない、地に足の着いた小説はとても好感が持てる。ちょっと動きが止まったかな、と思うところで新たな展開を出して来るし、アクションもなかなか。
 ただ物語そのもののバランスがチト気になる。これはマクベスや沈底魚を中枢にすえた諜報戦の部分と、外事課の内紛と人間模様の部分が巧く融合せず、どっち付かずになってしまった観が強い。片方の話のときにはもう片方を忘れそうになるのよ。公安刑事が個性的なのはいいが、その分、内輪の問題に終始してる観が強く「国家に関わる人間が小せぇことやってるんじゃないっ!」とときどき腹が立った。何より印象に残ったマンボウのシーンなんて、もうね、抜群に切なくてインパクトのあるシーンなんだけど、こういう印象の強いシーンってのが悉く「内部の問題」に収斂されていくの。内部は内部として、あんたら本業のはずの国家安寧はどうなったの、とつっこみたくてしょうがないぞ。あと、主人公と何やら近しい関係にあるらしい中国系の老人がいるんだけど、この人の存在が妙に劇画めいてみえるのよ。つまり、個々の要素はけっこう魅力的で展開もエキサイティングなのに、エピソードのバランスと全体の流れにひっかかるって感じかしら。でも、そういうのってテクニックの問題なので、すぐにでも向上するんだろうなとは思う。
 ところで、こういう警察の内情みたいなものが描かれる小説を読むといつも思うんだが、ホントにこんな人格破綻者みたいな人がいるのかなあ。嫌がらせとかライバル意識とか、子供でもここまで仲間に対して敵意むき出しの対応をとることは少ないと思うんだが。いくら上司が気に入らなくても、公の訓示や会議の場で品のない嫌みを口にするって、そんな大人、いる? いるのかなあ。うーん。マンションの隣人がそんな人だったらすごくイヤ。そんな人がホントにいざってとき社会を守ってくれるのか、妙に不安なんですけど。    (07.8.13)
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桜庭一樹読書日記 少年になり、本を買うのだ・桜庭一樹(東京創元社)

 東京創元社のウェブサイトで連載されていた日記エッセイの単行本化。楽しい楽しい。2006年2月に連載が始まり、この本の最後は2007年1月。「赤朽葉家の伝説」の出版直後までということで、読者は既に知っている。このあと「赤朽葉家の伝説」が推理作家協会賞を受賞し直木賞候補にまでなることを。つまり、これはまさに〈嵐の前の静けさ〉の頃。ただもちろん、リアルタイムで書いている側にそんな意識はなく、淡々と飄々と日々を綴る。それがまた何とも良いのよ。
 内容は主として買った本読んだ本。編集者との会話や身辺雑記もあるけれど、本の話がメイン。でもってこの手の読書日記を読んだ時の感想は、だいたい二つに分けられる。紹介されてる本がむしょうに読みたくなる日記と、本の話題より本人の話が興味深い日記。そして本書は典型的な後者だった。あ、断っておくけれど、どちらが上ってことじゃないからね。日記としてのありようが違うだけのこと。本書は確かに読書日記ではあるのだけれど、あくまでも「読書の日記」ではなく、「桜庭一樹の日記」なのよ。読んだ本の感想もたくさん書かれているけれど、それは「こんな物語ですよ」と読者に喚起するようなものではなく、「こんな物語を読んでいる桜庭一樹」というところに収斂される。つまり、書き手の魅力が前面に出て来てるの。「この本、面白そうだなあ」より「桜庭一樹って面白いなあ」というのが先に立つ。そんな感じ。
 何と言っても、読んでる本の幅広さ! ご本人にはたいへん失礼ながら、これが意外だった(ああ、ごめんなさいごめんなさい)。いやもう、古今東西に広いのなんのって。パット・マガーに始まり伊坂幸太郎に続く。東川篤哉の本の話になったかと思えば、ゲーテやノヴァーリスなんてのが出て来る。大槻ケンヂに感心し、ロバート・ダーントンの評論を紐解く。うわあ。すごいな、この幅広さは。なのにまったく嫌みがなくて。ぜんぜんひけらかすところがなくて。
 加えて、妙に脱力系の語り口とサービス精神がいい。もともと文章センスがある人なのだろうなあ、とつくづく思う。何と言うことのない会話の一コマを、妙に笑えるふうに仕上げるテクニック。この人のエッセイをもっと読みたいな、と思ってしまう。大きなエピソードもなく淡々と日々が綴られるだけなので、さして本好きでもなく出版業界に興味もなく桜庭一樹本人も知らない人には勧めにくいが(まあ、そんな人は最初から本書を読もうとは思わないでしょう)、2冊目にはビッグイベントが控えているしね。うふふ。ただ、後半になるとときどき一人称が「俺」になるのは何故だろう。三浦しをんも「俺」って使うなあ、そう言えば。     (07.8.14)《詳細情報&注文画面へ》 


片耳うさぎ・大崎梢(光文社)

 小学6年生の奈都の父親の実家は、敷地面積千坪の古くて大きな旧家。奈都がここで暮し始めてから1ヶ月が経つが、この古い屋敷が怖くて怖くて仕方ない。なのに父親は仕事でずっと留守。母親もいきなりの親戚の用事で数日帰れないことに。こんな不気味な屋敷に一人は嫌──すると同級生のお姉ちゃん・さゆりが泊りに来てくれることになった。一安心の奈都。ところがさゆりは古い屋敷に興味津々で、探検をしようと言い出した──。
 曰くのある古い屋敷、隠し怪談に屋根裏部屋。家族らしさなどまったく無い、エキセントリックな屋敷の住人。「片耳うさぎに気をつけろ。屋敷に入れるな。入れれば人が殺される」という不気味な言い伝えを教えてくれた老婆。そして奈都の前に届けられた、片耳がちぎれたうさぎの人形──。横溝? これ、横溝? と言いたくなるほどの道具立てなのよ。
 けれど決して横溝にはならない。いや、ベースは横溝的なのに、そこに「生活感」と「子供の冒険譚」を加えるだけで、こんなにも風味が変わってしまうものなのかとビックリ。今年の横溝正史ミステリ大賞を受賞した大村友貴美
「首挽村の殺人」が、ミステリとしての完成度は正直低いものの「横溝的ムラの設定を現代に活かした」というところに魅力を感じた、あれに近いものがある(タイプはぜんぜん違うが)。つまり、平成の世に横溝的世界を真正面から描いても、やはり無理が生じ、作り物っぽさは免れないわけだ。じゃあ現代で横溝的事件を描くにはどうすればいいか。建築物に過ぎない古いだけの建物に「不気味さ」を感じ、同居する親族を「謎めいて怖い人たち」だと感じる、そんな作り物めいた舞台を素直に受け入れるのは「子供」だ。そこにリアルな生活感を与えることで、更に作り物感を排除した。ただその分「おどろおどろしさ」が減じられるのは、そりゃしょうがないわなあ。「片耳うさぎ」の言い伝えを教えてくれたのも「峠で出会った謎の老婆」ではなく、ちょっとボケかかった「近所のおしゃべりなお婆ちゃん」だし。
 ミステリとしての展開は、一部ちょっとモタつく部分もあるけれど、実に凝っていると思う。ゾクっとさせてくれるし、クライマックスなんて「えっ」「おわっ」とサプライズの連続だったもの。そこに更に主人公・奈都の成長物語が加わる。横溝世界で子供の成長物語を描くなんて、こりゃまたすごい。そういえば書店シリーズの2作目「晩夏に捧ぐ」も、地方の古い家でのちょっと血なまぐさい事件に、書店という生活感満載のモチーフを合わせたものだった。なるほど、この方向はいいかも。     (07.8.18)《詳細情報&注文画面へ》 


もろこし銀侠伝・秋梨惟喬(東京創元社)

 「ミステリーズ!」新人賞受賞作【殺三狼】を含む、宋時代(だよな?)の中国を舞台にした連作短編集。
 正直なところ【殺三狼】を読んだときには「え?」と思った。ある人物が毒殺され、薬を調合した薬屋の主人が犯人だとされてしまう。薬屋の娘が謎の老人に助けを求め、真犯人をあぶり出すという話なんだけど──この謎の老人がね、手がかりから何かを推理するのではなく、最初からもうある程度の見当をつけていて、それに見合う情報を得られる(つまり自分のひらめきの裏付けを取れる)場所をあちこち回るだけって寸法なのね。彼がなぜここへ聞き込みにいったのか、なぜ彼はそういう仮説を持っているのか、そこいらがぜんぜん明らかにされない。つまるところ、ちょっと超常的な人物に設定されているわけで。だから読者はそれを受け止めるしかない。娘と一緒に「どういうこと? どういうこと?」と悩むしかできない。その「どういうこと?」に対する論理的解説があるわけでもない。参加する楽しみもなければサプライズもない。うーん、中華奇譚としては別に良いのだけれど、「ミステリーズ!」の新人賞として考えるとなんか物足りないわよ、と思った次第。
 ところが、2作目から次第に面白くなっていったから侮れない。【北斗南斗】は、外からの出入りが不可能な宿で、目を覚ますと見知らぬ女の死体があったという密室&足跡モノ。この真相の力技&脱力には笑ってしまったが、その後が読みどころ。三作目【雷公撃】も、密室の中で銃殺された男の謎が語られるが、ここいらで既に連作を通した人物関係などが浮かび上がって興味を惹かれる。ミステリ的真相は「ええっ」と仰け反りながらも笑ってしまうというタイプだけど、それとは別に物語全体が見通せる楽しみが出て来るのね。
 そして掉尾を飾る中編【悪銭滅身】だ。登場人物の名前を見た時点で
「水滸伝」を読んでいる人なら「えっ」と声をあげるだろう。この人物は知っている。多分知っている。そして読み進めるうちに、その思いは更に強くなる。と同時にワクワクする。なんとなれば、「水滸伝」を知っている読者ならこの人物のその後が分かっているから。そういう観点から見ると、本編は実によく練られているし、面白いのよ。何より感心したのは、「水滸伝」では役人の腐敗が散々糾弾されていたけれども、当時の役人は賄賂をもらわないことには生活できなかったという説明がなされているくだり。ここだけでも、本書を読んだ甲斐があったと思ったね。
 あ、ということは、前三作にもその手の「元ネタ」があるのかも。それを知って読めば、より面白さが増すのかもしれないな。     (07.8.19)《詳細情報&注文画面へ》 


記憶をなくして汽車の旅・コニス・リトル(創元推理文庫)

 目が覚めたとき、わたしはオーストラリア横断鉄道に乗っていた。でも、自分が誰で何のためにここにいるのか、まったく分からない。どうやら車内で頭を打ち、記憶を失ったらしいのだ。荷物を調べたり同乗者に聞いたりして親戚一家に会いに向かっている途中だとわかったのだが、その目的が思い出せない。婚約者を名乗る青年が登場してきても、それがホントかどうか私にはわからない。おまけに殺人事件まで──。
 1944年に発表された、オーストラリアを舞台にした鉄道ミステリ。いやあ、これほど昔の作品でも、翻訳が新しければまったく古さを感じずに読めるものなのだなあ。もちろん、小道具や価値観などは60年以上前のそれなんだけども、文章が現代のものなので何の抵抗もなくするする読める。先日たまたま60年代に翻訳されたミステリを読む機会があったんだけど、若い巡査が「そいつぁ××でさ」と言ってるのを読んで「うわあ」と思ったところだったのよ(あ、「でさ」ってのは「それでサ、ぼくはサ」という接尾語ではなく「です」の音便の方ね)。そういう古い文体がないってだけで、昔の小説も実に読みやすくなるものだ。もちろん、その代償として「時代性」や「味わい」が薄れるという見方もできるんだけど。
 さて内容。なにより「私は誰? ××だと言われたけど、ホントにそうなの? なんか違和感あるんだけど」というところに端を発する真相探しがエキサイティング! 特に、鞄の中に収められた服を見て、「これ、あたしの好みと違うような気がする」という違和感を持つくだりに「へえ」と思った。「これ好き、これ嫌い」という本能的な嗜好は、記憶の範疇にはないとする考え方だよね。そういうサスペンスあり、ラブロマンスあり、謎解きありで、読後感もいい。
 ただ、全体にコメディタッチで軽めに書かれているため、記憶喪失サスペンスにつきものの緊迫感というか切実感が薄いのが残念。そもそも、親戚一家とあったとき「これこれこういう事情で記憶がありません。なにはさておき病院に連れて行ってもらえませんか」と告げるべきじゃないか。それを隠して、あれこれ芝居を続けなくちゃならないだけの強い理由があるようには思えないんだがなあ。
 ところでオーストラリアの鉄道事情も面白かったなあ。鉄道ミステリといっても、舞台が鉄道の中というだけなんだけど、情報の面白さはなかなかのものだ。中でも、州で軌道が違うという事実にビックリ! だから乗り入れができず、州が変わると汽車を乗り換えなくちゃならないのね。なんて不便な。もちろん今はそんなことはないんだろうけど、その理由が語られるくだりはオーストラリアの歴史が垣間見えて面白い。     (07.8.22)
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やってられない月曜日・柴田よしき(新潮社)

 主人公の高遠寧々は28歳。コネ入社で大手出版社に入り、経理部勤務。彼氏無し。見た目も冴えない。それなりに仕事はちゃんとしてるつもりだけど、コネ入社ってことで風当たりは強いし、腹の立つ事は多いし──。そんなワーキング・レディの物語。
 いやあ、これはいい! コネ入社のOL奮闘記。
「ワーキングガール・ウォーズ」は責任ある仕事を任されてる女性の話だったけど、今回はそれより更に一般度の高い「普通のOL」物語といった位置づけになる。ミステリ色は薄め(というか、殆どない)だけど、生活感と身近なリアリティに溢れてて、読むと元気が出るのよ。「よし、明日からまた元気にいこう!」と思える、働く女性への応援歌。でも「冴えないOLが頑張って成功する」という立身出世の話ではなく、「冴えないOLが王子様と結ばれる」というラブロマンスでもないのよ。ただただ普通に、会社に行って仕事をして電車で帰って自炊してちょっと趣味の時間を持って、お風呂入って寝る。その繰り返し。それでも気持ちの持ち用で人生楽しくなるよと伝えてくれる、そんな話なのだ。
 あたしがOLだったのはもう十数年まえだけど、それでも「ああ、そうよそうなのよ」を身を捩らせながら共感するシーンのてんこ盛り。【やってられない月曜日】では、舐められてはいけないと厳しい態度で仕事に臨むあまり煙たがられる主人公にエールを贈りたくなる。【誰にもないしょの火曜日】には、おそらく男には理解できないであろう「女心の元気の素」に思わずニッコリ。【とびきりさみしい水曜日】では自殺した社員との不倫を疑われるという大事件が起きるのに、ときどき挟まれるコミカルな描写にちょっと笑ったり(父の不倫相手は美人のはずだから、あなたじゃないってなくだりはイイなあ)。【甘くてしょっぱい木曜日】では社内イジメの現実を目の当たりにするが、更にその背後にある事実に慄然とする。
 そこにあるのは、哀しい事件。切ない出来事。コーモラスでコミカルでコージーだけど、描かれる人の思いはどれもドキっとするほど胸を刺す。そこに生活感溢れるリアルで元気な女性を配することで、「辛くても寂しくても、元気出して前向いていこうよ」というテイストに仕上げている。何よりいいのは「頑張ろう」と肩肘張るのではなく、仕事だけに汲々とせずゆとりを持とうという気分にもなるところなのよね。それは、主人公・寧々が趣味を持っていること。他人からみればオタクな趣味だけど、「好きな物がある」ということがどれだけ人間を強くするか。これは、いい。これはいいぞ。仕事に疲れてるOLさん必読だ。いや、OLさんだけでなく、世の女性には広く共感を呼ぶんじゃないかなあ。
 あ、と思ったのは寧々のイトコの翔子さん。わあ、「ワーキングガール・ウォーズ」の翔子さんじゃないかあ。こんなところで繋がってたとは。     (07.8.24)《詳細情報&注文画面へ》 


いつか陽のあたる場所で・乃南アサ(新潮社)

 東京の下町・谷中で一人暮らしをする芭子。実は彼女には重大な秘密があり、それがご近所さんにばれてはたいへんとビクビクしながら暮していた。心を許せるのは、彼女と同じ秘密を持っている年上の友人・綾香だけ。けれど下町は人間関係が密で、孤高を保ってもいられない──。
 彼女たちの持つ秘密とは何なのか、第一話で明かされるので書いても良いようなものなんだけど、やはり書かないでおこう。目立つわけにはいかないから、ことさら近所付き合いを拒むこともできない。でも近所に深入りすると穿鑿されそうで怖い。仕事をしなくちゃ生きて行けないけど、「秘密」のせいで就ける仕事も限られる。息を詰めて暮す芭子。
 読めばわかるけど、彼女がこんな暮らしを強いられてるのは、ある意味「自業自得」なのよ。芭子の思いが前面に出ているのでつい応援したくなるけれど、冷静に考えてみれば、彼女がこうして辛い思いを抱えて生きて行かねばならないのは当然のこと。うーん、でもやっぱり応援しちゃうんだよなあ。でもいろんな関係者の思いを忖度すれば、一方的に応援しちゃうのもどうなのかなあ、とか、まずは読み手である自分のスタンスについて考えさせられてしまった。
 と、同時に。ただ淡々とその日を穏やかに暮すことの、なんと難しく大切なことかと思わずには居られない。芭子や綾香のように「過ち」をおかしてしまった人は、一生それを抱えていかねばならない、起こってしまったことは変えられないという厳然たる事実に、改めて愕然とする。その上で「幸せ」になることは果たしてできるのか。幸せになるためにはどうすればいいのか。彼女たちが求めているのは「罰」なのか「許し」なのか、それとも「解放」なのか。そんな重いテーマを、とりたてて大きな事件が起きる訳でもない日常の中で描いていく。巧いなあ。ホントに巧い。舞台が下町ってのが絶妙だ。どんな秘密があっても、人間関係を保たずには暮せない場所。人がいるから秘密が産まれる、でもその重さを取り除いてくれるのも人なのだ。
 最終話は泣けた。つか、泣いた。涙ポロポロ出たもの。本を読んでじーんとしたり目頭が熱くなったりすることはあっても、ホントに涙が流れるってケースは稀。これはキタなあ。それも、急に。「泣かせ」が入ってるような話でも語り口調でもなかったから、不意をつかれて、その分なんだかジンワリ来た。詳細は書かないので、あとは是非読んで下さいな。
 あ、それと。嬉しい再会もあったぞ。どうも芭子に気があるっぽい交番のお巡りさん。高木聖大って──あははは、
「ボクの町」の高木君じゃないか! この片思いが成就するとはとても思えないけど、芭子にはひょっとしたら高木君くらい脳天気な方が良いかもしれないぞ。ああ、続きが読みたい!     (07.8.26)《詳細情報&注文画面へ》 


田舎の刑事の趣味とお仕事・滝田務雄(東京創元社)

 田舎の警察署に勤務する巡査部長・黒川鈴木。起る事件はわさび泥棒にコンビニ立てこもり、カラス騒動などなど。無能な白石と真面目な赤木という二人の部下を連れて、黒川鈴木は今日も奔走。「ミステリーズ!」新人賞受賞作を含む、なんとも脱力系の警察ギャグ物語。
 うわははは、なんだこれ。たとえば、【田舎の刑事の趣味とお仕事】で明かされる黒川の趣味はネットゲーム。ところが同じパーティに部下の白石が参加しており、部下の奔放な言動にのたうちまわるシーンなんて、完全にギャグ漫画なのよ。でもその黒川は、ゲーム内では女子高生のふりをしてるっていう……この設定にしてこのキャラ付けはもう、なんというか和み系っつーかふざけてるっつーかギャグっつーか。
 特に黒川の妻が! いやもう、この妻サイコー! 飄々として大人しい良妻のように見せかけつつ、めっちゃ毒がある。その邪悪さ加減が、ちょっとずつわかっていくくだりが特におかしい。最初は普通の妻だったのに、徐々に本性が現れて行くのよ。こっそりと犯罪すれすれな副業を始めていたり、夫だけに妙な物を食べさせていたり。そして最終話【田舎の刑事のウサギと猛毒】では邪悪さフルスロットル。幼稚園の子供たちに防犯のお話をするってんでウサギの人形を使った腹話術を奥さんが担当するんだけど、奥さんの毒をウサギが喋るのだ(もちろん喋ってるのは奥さん本人)。ここがもう笑えて笑えて……。正直、途中からミステリ云々より奥さんの話が楽しみになったくらいよ。黒川鈴木、不憫すぎる。もちろん奥さんだけでなく、話が進むにつれて全キャラがどんどんエスカレートするというか、タガがはずれるというか、暴走するというか。あまりのくだらなさに全身脱力。
 ところがパズラーとしてはけっこうな正統派だから驚く。物語と文体とキャラがライトなだけに舐めてかかっていたが、いやこれはまた、どうしてなかなか。たとえば【田舎の刑事の危機とリベンジ】で語られる、衆人環視のコンビニから強盗はどうして逃げたのかという謎。【田舎の刑事の魚と拳銃】での物理トリック。まあ、【田舎の刑事のウサギと猛毒】はちょっと易し過ぎる気もしたが、その分、黒川妻の邪悪さが堪能できたからいいや。
 それほどまでに正統派パズラーなのに、キャラがキャラだけに、テイストがテイストだけに、サプライズとか意外性とかカタルシスとかといったパズラーそのものの効果やドラマ性は半減しちゃった観がある。ま、それはしょうがないか。   (07.8.27)
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1950年のバックトス・北村薫(新潮社)

 掌編小説集。今更だけど、情景の描写がホントに巧いねえ。さらさらしていて、読んでいてとても気持ちがいい。なのにひっかかるべきところでちゃんと立ち止まらせてくれる。文章に色がある。やや品が良過ぎるきらいはあるが、それも個性だものね。
 印象に残ったのはやはり表題作。翔太が少年野球を始め、楽しげに練習や試合をこなしていたある日、遠方からおばあちゃんがやってきた。そのおばあちゃんが意外にも野球に詳しくて──という話なんだけど、ふふふ、あたしはきっとこんなおばあちゃんになるに違いない、とニヤニヤしてしまった(子供がいないのにおばあちゃんには物理的になれないんだが、それはそれ)。ただまあ、これはあたしが野球好きだから本編が気に入ったというだけかもしれません。
 あとはさすがにバラエティ豊か。【百物語】【万華鏡】など怪奇幻想ものの割合が多かったのは意外だったけど、こういうホラーめいた話でも北村薫が書くとどこか湿っぽかったり艶っぽかったりという「恐怖」以外の味があるのね。むしろ、様々な味わいの中で「恐怖」が一番少ないかもしれない(それはホラーとしてどうなのか)。他にも【昔町】のようなノスタルジックなものあり、【ほたてステーキと鰻】のような別の作品の後日談あり、【百合子姫・怪奇毒吐き女】のようなユーモラスなものもあり。そしてもちろん落語風ありほのぼの感動路線あり、なぜか親父ギャグあり。なんていうのかな、個々がどうこうというより、著者である北村薫の技が光る一冊といった感じ。まあ、冒頭に書いた通り、品が良過ぎるのをちょっと物足りなく感じる部分もあるんだが。ひとつの枠から出ないもどかしさというか。でも、その枠自体はたくさん持ってるのよね。
 個人的に一番好きなのは【凱旋】。この短編集の中にあってはチト異彩を放っているけれど、北村薫ならではの文学趣味と日常の謎が結びついた、知的興奮を与えてくれる佳作だ。初めて読んだのは
「本格ミステリ03」だが、何度読んでもずば抜けている。巧い、としか言いようが無い。     (07.8.29)《詳細情報&注文画面へ》 

サクリファイス・近藤史恵(新潮社)

 早々と断言してしまおう。今年のベストだ!
 意外と知られていないが、ツール・ド・フランスなどのサイクルロードレースはチーム戦だ。各チームにはエースと呼ばれる花形選手がいる。エースを勝たせるために、他のメンバーはアシストと呼ばれる補佐役に徹するのである。体力の消耗を承知でエースの風よけになったり、他のチームを撹乱したり。自分の勝利を捨ててエースとチームに尽くすという、なんともサムライな役目。それがアシストだ。
 主人公の白石誓は、もと陸上選手。オリンピック代表を期待されるほどのランナーだったが、勝つための走りに疲れ、引退。たまたま知ったサイクルロードレースの「自分が勝つために走るのではない」アシストというシステムに惹かれ、自転車競技に転向する。ところが、彼と同じチームのベテランエース・石尾には、過去に自分の地位を脅かす若手を事故にみせかけてケガをさせ、再起不能にしたという黒い噂があった。それを承知で次期エースの座を虎視眈々と狙う新人レーサーの伊庭。アシストの役割に満足しているのに、その実力からエース候補だと思われてしまう白石。そしてついに、再び「事故」が起きて──。
 物語がミステリ的展開を見せるのは後半に入ってからなんだが、それよりまずサイクルロードレースというスポーツが持つ魅力がふんだんに詰まっていることに驚いた。アシストに課せられた駆け引きの面白さ。突発事態への対応。状況によってはアシストが「優勝してもいい」日もある。もちろんそれも作戦。そして何より、自分が捨て駒であることにプライドを持つ、アシストという仕事のかっこよさ。ロードレースを扱った小説は過去にも何冊かあったが、ここまでアシストを描いているのは始めてだ。
 競技の面白さに充分酔ったところで、物語はショッキングな展開を見せる。内容は書けないけど、レースの熱と事件の冷たさ、その落差がとてつもない緊張感を生み出し、あとはもう一気呵成。過去の事故は、本当に石尾がライバルを潰すために仕掛けたものなのか。そして新たに起こった事故の真相は、どこにあるのか。アスリートとしてのプライド、チーム内の軋轢、嫉妬と挫折、そして切ないロマンス。事件の真相とともに、そんな人間ドラマが読者に届けられる。スポーツとミステリとテーマの不可分な融合がここにある。これはいい。これはいいぞ!
 自転車競技の知識などまったくなくても大丈夫。知らない人が読めば競技の魅力に驚き、知ってる人が読めば「そうそう、そうなんだよ」と深く共感できる、そして事件以降は素人も玄人も一緒に息を飲む。そんな物語。よく出来たスポーツ小説には、その競技を見たい・やりたいと思わせる力がある。本書はまさにそれだ。読み終わったその瞬間、ロードレースを見たくなること間違い無し。そうそう、今年(2007年)のツール・ド・フランスを見た人は、本書を読むとそのシンクロニシティにきっと驚くぞ。もちろん、本書が書かれたのはツールよりも前ですよ。    (07.8.31)
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