お厚いのがお好き?


警官の血(上下巻)・佐々木譲(新潮社)

 昭和23年。復員してきた安城清二は警察官に採用され、派出所勤務を経て谷中の天王寺駐在所に赴任。職務中に国鉄職員殺しと男娼殺しの関連に気づくが、解決出来ぬまま、近所で火災発生の折り謎の死を遂げる。清二の息子・民雄も、その息子・和也もまた、それぞれの思いを抱いて父や祖父と同じ職業を選ぶのだが──。親子三代の警官人生を描くことにより昭和戦後史を追った大河警察小説。
 いやあ、これはすごい。圧倒的、という表現が最も似つかわしいぞ。親子三代の警官、引き継がれる事件解明──というと、どうしても思い出すのはスチュワート・ウッズの「警察署長」(ハヤカワ文庫・'87年)だ。佐々木譲自ら対談の中でオマージュであることを明かしている。他にも親子三代が絡む警察ものと言えば、ロバート・B・パーカー「過ぎ去りし日々」(早川書房・'95年)などもあり、そういう意味では複数の先達がいるわけだ。けれど内容はもちろん日本ならではのそれになっていて、初代清二は焼け跡、闇市、戦災孤児など戦後すぐの混乱の中での駐在警察官を、二代目民雄は赤軍派を相手とする潜入調査を、三代目和也は暴力団と警察の癒着といった問題を、それぞれ手掛ける。戦後日本で、それぞれの時代に警官が直面せねばならなかった社会の有り様がモチーフとして取り上げられているため、戦後昭和史になっているという次第。
 これがもう、それぞれのエピソードだけで長編小説が書けるではないかと思うほど濃密で、ただひたすら圧倒される。特に二代目・民雄の項がすごい。内偵捜査をするため本当に大学に入学し、学生運動を探るわけだが、いわゆるスパイ物とはまた違った過酷な精神状態に置かれる状況が、とにかく迫力満点なのだ。〈町の駐在さん〉だった父を見て育った民雄にしてみれば、こんな仕事アリかよってなもので、そこから次第に病んでいく過程と行ったら! そんな彼の逃げ場が「駐在勤務」だというのも滲みるし、そこから先がまたドラマチックで。
 同時に、これはひとつの家族の壮絶な物語、父子物語でもある。結果として三代が同じ職業に就いたものの、そこにあるのは素直な〈遺志を継ぐ〉という思いではないのだ。特に過酷な内偵により壊れてしまった民雄と、そんな父を見て育った和也の関係に注目したい。そんな父を嫌い、軽蔑しながらも、和也は父と同じ道を選ぶのである。そして初代清二が取り組んでいた未解決事件を息子が、そして孫が引き継いでいくのである。時代と言う横糸と、三代通しての一つの事件という縦糸。あまりに糸が絡まるもんだから、途中で糸の流れがわからなくなってしまい、引っ張られている筈のメインの事件の印象がときおりボケるという点はあるものの、各世代のディテールがそれを補って余りある迫力。全体でどうこうより、読んでいるその瞬間その瞬間が至福なのよ。
 完全にすべてが解決され大団円、とならないところも、昨今の警察腐敗を俎上に上げた作品を多く書いている著者らしい。これはもう、日本の警察小説史に残る大河小説でしょう。     (07.11.10)
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消えずの行灯 本所七不思議捕物帖・誉田龍一(双葉社)

 浦賀に黒船がやって来て何かと慌ただしい江戸で、本所七不思議を倣ったかのような怪奇な事件が起こった。謎に立ち向かうのは武家の息子・潤之助と、その友人にして学究肌の釜次郎、そして噺家の次郎吉、剣の達人の今井。順之助の義姉の婚約者である南奉行所同心から情報を貰い、釜次郎の推理が冴える──。小説推理新人賞受賞作を含む連作推理。
 死体の側にはなぜか季節外れの火鉢や茶釜が残されていた【消えずの行灯】、送り提灯に助けられた少女の話が別の事件を生んだ【送り提灯】、怪奇現象に悩まされている旧友を助けようとする【足洗い屋敷】、岡っ引きの父を殺された娘が父の後を継ごうとする【片葉の芦】、椎の木の葉が散るときが自分の命も尽きるときと信じている病人の【落葉なしの椎】、水死体が発見されたり押し込みが川へ逃げたまま消えてしまったりと、川がらみの事件が続く【置いてけ堀】、事件の容疑者には噺家の会に出ていたアリバイがあった【馬鹿囃子】の七作を収録。
 本所七不思議をミステリに仕立てたという点では宮部みゆき
「本所深川ふしぎ草紙」を、まだ一般的ではない西洋の技術を利用した犯罪や謎解きという点では芦辺拓「殺しはエレキテル」を、そして歴史上の有名人をさりげなく登場させる魅力という点で高橋克彦「完四郎広目手控」シリーズを想起した。つまり、これだけのモチーフを一気に取り込んでいるわけで、これで面白くならない道理がない。ちょっともったいないくらいだ。ただ、新味に欠けるのは仕方ないにしても、これだけのモチーフを使いながらそれらが小道具の地位に留まってるのがちょい残念だなあ。固有名詞や物品ではなく、人のありようやドラマそのもので時代を感じさせてくれるともっと良かったのだが……ただでさえ盛りだくさんだし短編なのだから、そこまで要求するのはワガママか。
 けれど歴史好きのツボをくすぐる趣向はたくさんあって、読んでいて実に楽しい! 個人的には、殺人事件のトリック云々より「わあ、この人はあの人物だったのか!」という点が一番楽しかったよ。メインキャラの釜次郎なんて、名前に特徴があるから歴史好きならすぐに誰のことか分かるけれど、「今井」があの今井だったとは。メインキャラから端役まで「あの人か!」と気づく楽しさ気づかない悔しさと言ったら。毎回、末尾にその人物のその後がさらりと紹介されるのも「定番のエンディング」となっていてグゥ。このレベルの時代ミステリを、どんどん書いてくれると嬉しいぞい。    (07.11.18)《詳細情報&注文画面へ》 


花水木 東京湾臨海署安積班・今野敏(角川春樹事務所)

 二十年に亘って続いている著者の看板シリーズ(だとあたしは思っている)、安積班。考えてみれば二十年間メンツに変化のないサザエさん状態なのに、けれどその時代の風俗がきっちり入ってるってのはすごいなあ。
 何か事件が起きてそれを解決するという観点からの警察小説ではなく、刑事という彼らの日々を描くのが主眼の短編集。刑事である男達が、何を考え、どう行動し、どう生活しているかこそが主眼で、事件解決は彼らの仕事として見せているに過ぎない。決して瞠目するような凝った趣向はないのだが、刑事たちの人間くささと仕事に対する真摯な気持ちが溢れていて、まさに刑事ドラマだ。古き良き刑事ドラマ、と言って良い。円熟というか安定というか、地味だけど味わいがある。手に汗握る警察小説ももちろんいいけど、刑事たちも同じ人間なんだよなぁとしみじみ思わせてくれるこういった短編集も実に貴重だ。
 【花水木】小競り合いのケンカなのに被害届を出すというので渋々対応する強行犯係の安積班。ところが近くで死体が発見され、捜査本部が立つ事に。そちらに人員を割く事にしたが、須田だけはケンカの方が気になって──。このシリーズの読みどころは各刑事の個性にあるが、他人にどう思われるかをすごく気にする神経質な安積が須田を評して「常に人の顔色を気にしているように見える」と考えたときにゃ驚いてひっくり返った。そりゃアンタだよ!
 【入梅】白昼堂々のコンビニ強盗。けれどその強盗はあまりにタイミング良過ぎて──。これはミステリとしては最初から「このあたりが怪しいでしょ」というのがあからさまなのに、なかなか刑事たちが気づかないのが焦れったい。
 【薔薇の色】メンバー4人で一緒に行ったバーで、飾られている花から「推理合戦」が始まった──。ちょっと毛色の変わった趣向で、オフの彼らを描いている。なんか本格ミステリ系の議論型短編によくありそうな形だけど、推理そのものは実にキレイ。
 【月齢】なんだかやけに厄介ごとの多い夜。観覧車に昇った男を取り押さえたかと思ったら「狼男目撃」という通報が。やけに忙しい一夜の物語──。凶悪事件なんか起こらなくても、こういう細々した事件が続発するのが警察の日常なのだろうなあ。とてもリアルで、でも地に足がついていて、人間臭くて、ちょいファンタジックで、この中ではイチオシ。
 【聖夜】お台場で刺され、病院に搬送された被害者の姿が消えた──? これも事件そのものよりクリスマスイブに働く刑事たちの物語。でもちゃんと「メリークリスマス」が用意されていて、読後感はとても暖かい。
   (07.11.19)
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気分はフル回転!・ジャネット・イヴァノヴィッチ(扶桑社ミステリ−)

 田舎町ボーモントで週刊の新聞社を切り回すジェイミーのもとに、出資者のマックス・ホルトがやって来た。実はマックスは、ボーモントの市長選に立候補したフランキーの義弟で、選挙応援に来たのだった。ところがそんな中、マックスとジェイミーを狙う銃撃事件が起こり──。
 わあ、びっくりしたあ。なんと
「気分はフルハウス」から20年後が舞台になっているよ。前作では天才だけど性格的に問題ありのティーンエイジャーだったマックスが「従兄とその奥さんに引き取られて」更生(?)した後、現在はIT業界の大立物、大富豪、超セレブになっているという次第。もちろんマックスの姉夫婦、ディーディー&フランキーも登場。でもディーディーは更年期に悩まされてるし、フランキーはレスラーを引退して政界に打って出るってんだからもう、驚いたのなんのって。
 ジェイミーとマックスのロマンス(惹かれているのは否定出来ないが、ジェイミーには婚約者がいるし、大金持ちで自信家のマックスには絶対なびきたくないというプライドもある)と、フランキーの立候補をやめさせたい一派とのサスペンスという二つの要素をメインに、超個性的な登場人物が飛び回る。更年期のディーディーは前作とはまた違った爆裂加減だし、彼女の専属美容担当でゲイのビーニーもいい味出してるし、ジェイミーの母親代わりで秘書でもあるヴェラも強烈だが、今回の脇役陣の中で最優秀助演賞は間違いなくコンピュータのマフィン嬢だろう。
 マックスが開発し、マフィンと名付けられたこのコンピュータのキュートなことと言ったら。拗ねるし、嫌みを言うし。ただ「おやっ」と思ったのは、普通こういう女性キャラのコンピュータが出て来ると、他の女がマックスの車に乗って来たら焼き餅を焼くってのが定番だと思うのよ(特に書き手が男性の場合)。けれどマフィンはジェイミーの側につき、二人でマックスを攻めたりする。ディーディーからは〈更年期の女性〉データを取り込んで──というより、感化されてしまって、自身が更年期症状を訴える始末(機械なのに!)。つまりこのマフィン嬢は、女が女友達になれるキャラなのだ。そこがいい。
 感情を持ち、マックスやジェイミーを助けるために自己判断もできる万能コンピュータ。イケメンで大富豪なだけでなくスーパーマンのマックス。ちょっと考えれば、なんとも都合のいい設定ではある。けれどそれにご都合主義をまったく感じさせず、一気呵成に読ませるエンターテインメントに仕上げるのがイヴァノヴィッチの手腕だ。サスペンスも満点、ミステリとしても及第点。愉快痛快爽快。本国ではシリーズがもう6冊出ているらしいので、早く読みたいぞ。    (07.11.26)《詳細情報&注文画面へ》 


殺しはノンカロリー・コリン・ホルト・ソーヤー(創元推理文庫)

 ダイエット&シェイプアップ目的の人気美容スパでスタッフが殺された。女性専用スパなのに男の刑事がうろうろして、このままではスパ存亡の危機だと考えた経営者のドロシーは、高級老人ホーム〈海の上のカムデン〉に住む友人・アンジェラに助けを求めた。スパも体験できると聞いたアンジェラはやる気満々、乗り気薄の相棒キャレドニアを無理矢理誘ってスパへと乗り込んで来たのだが──。〈海の上のカムデン〉シリーズ第5弾。
 今回はアンジェラ&キャレドニアの二人がカムデンを飛び出して外での探偵活動なので、お馴染みの面々が出て来なくてちょっと残念。前作
「ピーナッツバター殺人事件」で人工関節手術に踏み切った上にコンピュータに挑戦することまで決めたブライトン翁がどうなったか、それが楽しみだったのになあ。
 けれどこういう舞台もたまにはいい。何と言っても、運動する二人なんてカムデンでは絶対見られないもの! あのキャレドニアがトランポリンではずむシーンなんて、もう読んでて笑いが……。読み終わって、それまであまり注視してなかった表紙イラストをきちんと見たときにはアンタ、吹き出しちゃったわよ。
 謎解きの方はまあ、伏線がない訳じゃないけど、ちょい物足りない。けれどスパで知り合った面々は楽しいぞ! 特に英語が苦手で言い間違いばっかりしてるチェコ人のご婦人。これ、原文で読んでみたい……翻訳家さんの苦労が偲ばれる(滂沱)。場所は変わっても料理はおいしそうだし(キャレドニアのオートミール攻めには笑ったけどな)、シェイプアップの各コースもそれぞれ楽しそう(というかハードそう)だし。考えてみればカムデンが舞台のうちは、どうしても接する相手というのが限られてしまうのよね。〈年をとるということ〉に無縁な事件にはなかなか出張るチャンスはないもの。そう考えれば、なかなか新味に溢れている。新味に溢れているのに楽しさは相変わらずってのがいい。
 このシリーズにはときどき「どきっ」とするような、思わず居住まいを正すような含蓄のあるセリフが登場するんだけど、今回はスパの経営者が言ったこの一言。「女の人は毎日の家事でしてることを過小評価する気味があるの。日常の仕事で身に付けた技術が、実はとても貴重な才能だということを、思いつきすらしないみたいなのよ」──看護師や家政婦といった女性に向いているとされる仕事が、実はどれほど高度な技術を要する専門職であることか。それに気づかず安い値段で自分の技術を売っているということに、女性は気づけ、と。     (07.11.30)《詳細情報&注文画面へ》 


探偵、暁に走る・東直己(早川書房)

 地下鉄の中で若者とトラブルを起こしそうになっていたのを助けたのが縁で、〈俺〉は道内ではちょっとした有名人のイラストレーター近藤と知り合いになった。二人で飲み直そうとホームで地下鉄を待っていると、認知症を患っているらしい老女が突然ホームに飛び降りたではないか。慌てて近藤が助けに降り、事なきを得たが、次はその近藤が災禍に遭い──。ススキノ探偵〈俺〉シリーズ第7長編。<短編集を入れれば8冊目。
 「神はディーテイルに宿る」を地でいくような文章の魅力は相変わらず。風景や酒や料理や音楽や会話、そういったものが克明に、けれど煩わしくなく散りばめられ、まったく知らない札幌の町や郊外、バーの中、ヤクザの病室、マンションの一室などがまざまざと目の前に浮かび上がる。絵にする力、とでも言おうか。目の前に浮かぶ風景は極めて具体的で奥行きがあって、町の雑音や登場人物の声やその場所の匂いまで漂ってくるかのよう。これひとつとってみても、この人の作品を読むのは本当に楽しい。
 今回は過去のシリーズ作品に出て来た人物が続々と登場し、いつの間にこんなにレギュラーが増えてしまったのかと驚いた(本書を最初に読むとワケわからんのではないか? 特に終盤の最大の危機のくだりなんて「誰?」と思うに違いない)が、今回最も強烈だったのはイラストレーターの近藤だ。これまで何度も著者は作中で登場人物に「頭の悪い若者への苦言」「腐敗する道政への苦言」を語らせてきたけれど、今回はその半分以上をこの近藤が担っている。著者の主張を登場人物にそのまま語らせるってのは、ともすればシラけるか鼻につくかなんだけども、舞台設定やキャラ設定が巧みなので「言ってることは実に正しいんだけど、なんとも過激なおっさんだなあ」と読者が苦笑するように仕上がってるのさ。それでいて、主張はちゃんと読者に残る。このあたりがテクニックだ。
 ただまあ、事件そのものは、自ら承知で危ない目に遭い、その結果誰かに助けて貰ったり教えて貰ったりの繰り返しで、「こらこら探偵、あんた自身がもっと能動的に解決せんかいっ!」と思うことしばしば。主人公が助けられてばっかり&相手は勝手に自滅ってどうなのよ。
 まあ、もともと、ちょっとヘタレ風味なのが魅力の探偵だから、良いのか。そもそもピンチでウンコ漏らすハードボイルドなんざあ、なかなかいないよな。「マナーが悪いのは頭が悪いということ」「公共の場のマナーを知らないのは田舎者」といういつもの〈語録〉にニヤリとしつつ、ヘタレ探偵にツッコミつつ、それでも手に汗握るドキドキとカタルシスはちゃんと用意されてるんだから。     (07.12.5)
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BOSS・堂場瞬一(PHP研究所)

 アメリカに住んで20年。これまでカブスやレンジャースなどで編成の仕事をしていた日本人の高岡は、NYメッツのゼネラル・マネージャーに就任した。すぐに彼は大鉈を振るう。データを重視し、花のある大砲を放出して、代わりに地味だが出塁率が良く足のある選手で固めたのだ。目指したのはスモール・ベースボールだった。一方、70歳のアーノルド・ウィーバーも、アトランタ・ブレーブスで人生何度目かのゼネラル・マネージャーに就任。彼が目指したのは、高岡とは逆に、花のある、ファンを喜ばせる野球だった。そしていよいよシーズンが開幕して──。
 海老沢泰久に『監督』という野球小説史上に残る傑作がある。本書はそれのゼネラル・マネージャー版と言っていい。年齢もキャリアも、そして哲学も異なる二人のGMを主人公に、彼らがどうやってチームを作り、どう戦うのかを1シーズンに渡って描いている。GMという役職は、日本でも取り入れているチームもあるけれど、なかなか馴染みが無い。でも、これを読んでビックリしたよ。こんなにたいへんな仕事なのか!
 どういうチームにしたいのかビジョンを出し、それに合う選手を探し、合わない選手は放出し、スタッフを取りまとめ、監督とコミュニケーションを取り、いい話のみならず辛い宣告も選手に告げ、そしてファンのブーイングの矢面に立つ。職業小説としてそれだけで興味深いしエキサイティングなのだが、まったく異なる手法でチームを作る二人を、一章ごとに比較してみせるのだ。どんどん差が際立って行く。それが巧い。同時に本書は、旧来の価値観に若者が新しいアイディアで挑戦する物語でもある。やる気にあふれた若者を、ベテランが頼もしく見守りながらも正面から受けて立つ、その構図がなんとも幸せな気分にしてくれる。
 読んでいて、(あたし自身が野球ファンというのも大きいんだけど)登場人物と共通点のある具体的な日本のチームが浮かんできて、「落合野球は高岡式だな。でもかなり気配りはしてそうだ」とか「ボビーはまさにウィーバー方式だよなあ」とか、実際の野球を見ているような気分になった。つまりそれほどのリアリティと臨場感があるのよ。タイプの違う二人のGMにそれぞれぐいぐい感情移入してしまって、終盤にはもう、メッツとブレーブス、どっちを応援していいのか迷うほど。
 人間性無視の理論重視と、老獪なんだけど気配りの人。その対比や展開そのものは決して目新しい素材ではない。企業小説なんかだと、ホントにありがちな話。けれどそれをメジャーリーグという野球界を舞台にして描いたところに価値がある。普遍的なテーマだけに、野球に興味のない人でも感情移入出来るしワクワクすると思う。でもって、これを入り口に野球小説の魅力に触れてくれたらサイコーなんだけどな。   (07.12.6)
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タルト・タタンの夢・近藤史恵(東京創元社)

 小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マル。気取らないけれど本格的な料理は、常連も多い。そんな常連が巻き込まれた厄介ごとや悩みを、シェフの三舟が鮮やかに解いていく短編集。
 謎解きそのものはね、ユルかったりちょっと強引だったり単なる想像だったりってのが多くて、当たったからいいようなもののハズれてたら失礼極まりないぞと思わないでもないのだが、本書の主眼はそこにはない。なんつっても「う、うまそ〜〜〜」という家庭的フレンチの料理の数々だ。決して蘊蓄過多にならず、ただ自然に、あるときは謎解きの小道具として、あるときは登場人物の心と体を癒す逸品として出される料理。なんかもう、行間から香りが立ち上るような……(うっとり)。
 ただあくまでも料理は舞台効果と小道具であって、メインとなるはずの謎&謎解き、そしてドラマという部分がもっとメインらしく前面に出て来てくれると良かったんだがな。小道具の印象があまりに強過ぎてメインが霞んだ観有り。事件の謎よりレシピに注目して「クローブって何だ? あ、丁字のことか」と途中で調べたりしちゃったし。読み終わった最初の感想が「今度風邪ひいたときにはデュラレックスのグラスでヴァン・ショー(ホットワイン)を飲もう! でもあたしシナモン苦手だからなあ。シナモン抜きでも大丈夫かな?」だったってのは、どうなのか。いいのか。……いいような気もするな、うん。
 婚約者の作った料理を食べて体調を崩した【タルト・タタンの夢】、偏食の客とやりあう【ロニョン・ド・ヴォーの決意】、志村シェフと彼の妻の馴れ初めが分かる【ガレット・デ・ロワの秘密】、妻に出て行かれた理由がわからないと嘆く男の【オッソ・イラティをめぐる不和】、高校野球部の不祥事の理由を探る【理不尽な酔っぱらい】、フランス人の恋人が失敗作のカスレを作った【ぬけがらのカスレ】そしてデザートのチョコレートの味にクレームがつけられる【割り切れないチョコレート】を収録。
 中でもイチオシは【割り切れないチョコレート】。チョコレートが割り切れない理由というのは単なる想像に過ぎないのだけれど、その想像に優しさがたくさん詰まってて、暖かくて切なくて。また、【オッソ・イラティをめぐる不和】なんてのは目のつけどころにニヤリとしてしまう。
 まあ、【オッソ・イラティをめぐる不和】【ぬけがらのカスレ】も、そして【ガレット・デ・ロワの秘密】も──つまり恋愛がらみものは「なんてまどろっこしい! 口で言えば済む話ではないか!」ってなもんなんだけど、まぁ、料理そのものがまどろっこしい手順を踏んで仕上げるモンだからね。そういう意味では、まどろっこしくて当然か。    (07.12.10)
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香菜里屋を知っていますか・北森鴻(講談社)

 三軒茶屋にあるビアバー香菜里屋は、4種のビールと絶品の料理が大人気。でもそれより人気なのは店主・工藤の推理力。今日も香菜里屋には客が謎を持ってやってくる──香菜里屋シリーズ最新作にして、完結編。……ええっ、完結編?!
 えーっ、これでシリーズ終わりなのぉ? 終っちゃうのぉ? やだよ、何だよこの「放り出された感」は! まあ表題作の【香菜里屋を知っていますか】を読めば「放り出された」のはあたしだけじゃなくて、あの人もあの人もあの人もみんなそんなふうに感じてるってことが分かってほっとしたけどもさ。でもイヤだ、こんな終り方はイヤだ。だって何がどうなって今どうしてるのか、ぜんぜん分からないじゃないかーっ!
 いや、読み進めるうちにちょっとイヤな予感はしたのよね。伝説のバーマンがカクテル作りに失敗した謎を探る【ラストマティーニ】にも、祖母の介護から解放された友人の様子がおかしい【プレジール】でも、「おお、前に登場したあの人が」という懐かしい再会があった。子供の頃の悪戯が後の偶然を呼ぶ【背表紙の友】にも、ついに工藤が店じまいを決意する【終幕の風景】にも、久しぶりの人物が登場していた。個々の短編はミステリとしてとてもロマンチックだったりテクニカルだったりと、それなりの感想はもちろん持ったけれど、それよりどうしてこんな総ざらいみたいな趣向なんだろうと訝るのが先に立った。そして次第に悟った。最後だからなんだ……。
 香菜里屋は、多くの人との繋がりを持った。香菜里屋は、そんな多くの人たちが巣立って行った場所であり、いつでも帰って来られる場所だった。本書に登場する懐かしの人物たちがそれを物語っている。読者もまた、そんな常連客の一人だったのだなあと、行きつけのお店が閉店したような寂しさでいっぱいだよ(滂沱)。
 けれど最終話【香菜里屋を知っていますか】(ミステリとしてはこれはイチオシ)の語り手を務める3人は、北森鴻の読者ならもちろん知っているあの3人だ。著者の別シリーズの主役が3人も登場するのを見ると、北森ワールドそのものがこの香菜里屋を通してクロスしていたことが分かる(もちろん直接のリンクもあったけどさ)。ってことは今後、この3人のそれぞれのシリーズのどこかでもしかしたら工藤のその後が分かるかもしれない、ってことだ! うわあ、工藤のその後が知りたければ、他のシリーズを追っかけろってことかあ。いや、そんな餌がなくても追いかけますけどもね。いつか、意外なところで工藤に会えるのを楽しみにしていよう。   (07.12.12)
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ダイイング・アイ・東野圭吾(光文社)

 バーテンの雨村は、ある日仕事を終えて店を出たところで何者かに頭部を殴られ気を失う。命は助かったものの、記憶に欠落があることに気づいた雨村。彼がどうしても思い出せなかったのは、自分が起こした筈の交通事故の一部始終だった。そんなとき、雨村のバーに謎めいた女性がやって来て──。98年から99年にかけて雑誌連載された長編が、ようやく上梓。
 プロローグの交通事故のシーンがもう、痛々しいやら生々しいやらで、半目で読んだ<情報量が半分になる訳じゃないが、そうでもしないといられなかったのよ。そのあと、場面転換されて始まる雨村の物語も、初手から謎めいた展開が用意され、けれどすかさず読者には「あ、あれと関係ある?」という「見当をつける楽しみ」を与え、導入部から一気に引き込まれるようになっている。このあたりの展開、さすがだよなあ。うまいなあ。
 ただ、そこから先が。徐々に明らかになる事実、そこに被さる更に謎めいた展開、待ち受ける意外な展開など、ストーリーの流れ自体は実に緻密に構成されているにも関わらず、なんだか物足りない気持ちになるのはなぜだろう? もちろん、これまでひっくり返るような傑作を多く読ませて貰っているので、こっちが贅沢になっているということは否めない。あのレベルを簡単に越えろという方が無理なのは分かってる。
 でもそれだけじゃなくてね、「死にゆく者の最後の怨念」を真正面から受け止めてしまった側の「転落」を描きたかったのか、記憶が戻ることにより明らかになる真相の「サプライズ」を演出したかったのか、そのバランスがどっちつかずのように思えたのよ。「加害者が背負うもの」を描くのならもっとある人物に踏み込んで欲しかったし、「サプライズ」を重視するならもうちょっと仕込みが必要だったはず。両方がそこそこ堪能出来た故に、だからこそどっちつかずがもったいない。
 どうにも分からないことがひとつ。濡れ場は、要るの? 好悪の問題じゃなくてね、この女の背景がああいうことだったとした場合、濡れ場を演じる意味はどこにあるのかな、と。「あなたの子供が欲しいの」と言ってはいるけれど、だって、「そんな人」じゃなかったはずでしょう? 第一、雨村の子供作ってどうするんだ。うーん、何か読み落としてるのかな、あたし。 (07.12.14)
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