新・御宿かわせみ・平岩弓枝(文藝春秋)
さあ、御宿かわせみ・明治バージョンのスタートだ世代交替だ!
本書は「小説推理」08年5月号でレビューを書きましたので、ここでは簡単な紹介に留めます。
功一、泰輔、静奈の幼い兄妹が、夜中にこっそり家を抜け出して流星群を見に行った。2時間後、家に戻るとそこには両親の惨殺死体が……。遺留品もあったし、現場から立ち去る男を泰輔が目撃していたものの、結局犯人の特定は出来ず、三兄妹は施設に送られた。それから十有余年。二十歳代に成長した三人は詐欺を生業として暮らしていた。両親の事件は未解決のままだ。ところが次の詐欺のターゲットが、両親を殺した犯人に関係しているという可能性が浮上、三人は仇討ちを決意する──。
ひょんなことから存在を思い出し、物置から取り出したビアンキのロードレーサー。高校生の僕は、翌日それに乗って陸上部の朝練に出た。けれどふと思い立って、そのまま授業をサボり、自転車を漕ぎ始める。宇都宮を経て山形、そして青森へ──。
「笑酔亭梅寿謎解噺」「ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2」に続くシリーズ第3弾。あ、「笑酔亭梅寿謎解噺」は文庫化の際に「ハナシがちがう! 笑酔亭梅寿謎解噺」に改題されてます。トサカ頭の元不良少年にして、今は落語家の笑酔亭梅駆こと星祭竜二。まだまだ駆け出しの彼が出会う落語界内外のあれこれを連作にした落語小説。
あのパンクな刑事コンビ、キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナが帰ってきたぞ。パラレルワールドの英国を舞台に、今回もマザー・グース絡みの事件が目白押しだ。サブタイトルは「パンク・マザーグースの事件簿」。シリーズとしては「13人目の探偵士」の他「キッド・ピストルズの冒涜」「キッド・ピストルズの慢心」「キッド・ピストルズの妄想」に続く5冊目。
うわあ、これは自転車好きにはたまらんっ!
高校2年の夏休み、「別荘でお嬢様の家庭教師」というバイトをすることになった村尾信乃。生徒になる芽理沙は小学生とは思えない大人びた美少女だった。ところが最初の夜、信乃は芽理沙に納屋に連れて行かれる。そこにいたのは、異様な姿の「人くい鬼」モーリス。生き物の死体を消してしまう、大人には見ることのできない怪獣だった。そして起きた、転落事故。警察が来る前に死体が消えてしまう。信乃と芽理沙だけはモーリスの仕業だと分かったが、他の大人たちは死体消失事件だと騒ぎ出し──。理論社のティーンズ向け叢書「ミステリーYA!」の一冊。
へええ、「雨の鎮魂歌」(なまもの書評にリンク)の沢村鐵が、こんな作品を書くとは! かなりビックリ。「雨の鎮魂歌」は技法と言う点ではかなり荒っぽくて洗練されてなくて、でも、えも言われぬ熱と迸る何かがあった。勢いに絡めとられてしまうような迫力があった。この作家はどういう方向に行くんだろう、とワクワクした。それから7年、まさかこういう青春コメディで再会するとは。
うわははははっ、く、く、くだらねえええええ〜〜〜〜(嬉)!
黒船が到来し、日本は開国し、どうもきな臭くなってきた──というところで終った「御宿かわせみ」シリーズ。今回の新シリーズでは、幕府瓦解の動乱や戊辰戦争などの血なまぐさいところはサクッと飛ばして、いきなり舞台は明治6年だ。これはひとえに、このシリーズはあくまでも市井の生活を描くというところに眼目があるからに他ならない。でも戊辰戦争の最中に「市井だけ」を描くのはさすがに無理がある。ってわけで、ようやく御一新後の暮らしにも慣れ始めたってな時期までワープしたんだろう。
でも驚くぞ。旧シリーズでは主人公だった東吾がなんと行方不明なのだ。どうやら戊辰戦争のときに榎本艦隊に協力して船を出したはいいが、房総で難破したらしい。加えて、源三郎まで探索中に賊に襲われて死んじゃってるのよ! ギャース! ということで、これまでの東吾と源三郎の位置に、そのまま息子の麻太郎と源太郎がスライドしたような形になっている。
お吉、嘉助、長助、るい、千春、道之進夫妻は健在。八十歳近いという嘉助の後釜には、なんとあの正吉が座りそうだぞ。でも一番驚いたのは、麻生家の七重と小太郎、そしてご隠居が何者かに殺されたということ。だから麻生家は今、宗太郎と娘の花世の二人しかいない。でもって彼らは屋敷を手放し、麻布の元方月館に住んでいる次第。──てなことを書いても旧シリーズを読んでない人には何のことか分からないだろうか、大丈夫、ここから読み始めても何の問題もありません。
時代が明治6年で、イギリス医学留学から帰って来た二十歳過ぎの麻太郎は、居留地のイギリス人医師のもとで勉強を続ける。源太郎は父の遺志を継いだものの、もう奉行所はないので「よろず探索請け負います」ってな仕事をしている。花世は予想通りハイカラさんに育ってるし、千春は思慮深いお嬢さんだ。この第二世代が探偵役となって、新時代ならではの事件にぶつかっていく。
例えば【築地居留地の事件】は居留地のスミス家で起こった盗難事件と殺人事件(被害者も容疑者も外国人)を解く本格ミステリ系。商家で起きた毒殺事件を描いた【蝶丸屋おりん】も本格ミステリ色が強いが、毒の種類が徳川時代と変わってて感心。【花世の縁談】では、花世がなんと若きイギリス人医師と親しくなって源太郎をやきもきさせる。そんな中、【桜十字の紋章】は旧シリーズ時代にもときどき使われた新興宗教モノだし、蓮っ葉に見えた女性の意外な真実が哀しい【江利香という女】も旧シリーズそのままに、人の気持ちの綾を切なく描いている。そして白眉は麻生家惨殺事件の決着をつける【天が泣く】。さあ、新シリーズの始まりだ!
(08.6.4)《詳細情報&注文画面へ》
義弟・永井するみ(双葉社)
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弁護士の貴船彩は、妻のいる男性・島岡と付き合っている。ところが持病のある島岡は、彩と二人でいるときに発作を起こし急死してしまう。困った彩は義弟の克己に助けを求めた。かねてより血のつながらない姉を愛していた克己は、姉のため、その不倫相手の死体を棄てに行く──。
永井するみの作品には不倫の出現率が極めて高い。あたしは基本的に不倫を扱った話は好きじゃないんだけど、不思議なことに永井作品の不倫は嫌悪感を喚起しないんだよなあ。不倫にまつわる自分勝手な印象が薄いのよ。それは、周囲の苦しみや本人の懊悩をきちんと描くこと、不倫には違いないが一種独特な関係を作り出して目先を変える工夫があること、ミステリとの絡め方が巧いことなどの理由があるが、何より、不倫そのものではなく、それが本人や周囲の人をどう変えていくかを描く作家だからだろう。
今回の不倫も個性的だ。特筆すべきは、体の事情から彩と島岡には肉体関係がないということ。これが物語の展開に大きく関わってくるのだが、とにかく、不倫相手である島岡は物語の早い段階で舞台から姿を消してしまう。そして登場人物たちの懊悩は、不倫の張本人がいなくなってから始まるのである。
克己の工作に綻びが出て、島岡の妻の疑いが次第に核心を突き始め、それぞれが抱え込んでいたものが臨界点を越えたとき、物語は一気に大きく動く。恋愛ミステリの様相を呈していた部分が家族小説へと姿を変え、家族の物語だった部分が恋愛小説へと昇華されるのである。この終り方は、ミステリ読みにとっては中途半端に思えるかもしれない。けれど著者が敢えて事件の途中で物語に幕を引いたのは、事件でも不倫でもなく、彩と克己の解放こそが本書のテーマだという証左なのだ。
(08.6.8)《詳細情報&注文画面へ》
流星の絆・東野圭吾(講談社)
うーん、もちろん読んでる間はぐわっとのめり込んでしまって、とても楽しんだんだけど(だからこそお勧めマークもついてるわけだが)、この帯はちょっと違わないか。「張り巡らされた伏線、驚きの真相」なんて書いてあるので、なんとなく本格かそれに類するもの(って何だ)を連想しちゃうかもしれないが、フェアネスという点では期待しちゃいけない。三兄妹がどんな手法で犯人を追いつめようとするか、そのコンゲーム的な妙味を楽しむが吉。帯の「涙がとまらないラスト」というのもちょっと違って、むしろ(物語の始まりが凄惨だったことを思えば)読後感としてはかなり爽やかなんだよね。本書を一言で表すなら、“軽やかな「白夜行」”てのがなんか一番合ってる気がするなあ。
つまるところ、話の出発点は悲惨なのにそこから先は頭脳ゲームの趣が強いのね。頭が良くて冷静な長男、演技力に長けた次男、そして男を虜にせずにはいられない美貌を持つ妹。この最強チームがどんな手で相手を騙すのか、小出しにされる作戦が何を狙ったものなのか、そういうあたりが実にワクワクさせてくれる。あ、それをそういうふうに使うのか、ああ、あれがここで効いて来るのか、とニヤニヤしたり驚いたり。緻密な構成が好きな人にはタマランぞ。
しかしこの設定で、この流れで、こういう爽やかな結末にしちゃうってのは……もちろんそれもアリなんだけど、あまりに爽やか過ぎはしないか。過去の東野作品を思えば、なんつーか、どっかに「後を引く暗さ」みたいなものがあっても良さげだが。いや、もちろんこれ単体で見れば別に良いんだけどもね、東野圭吾が書いたってのを考えるとね、「え?」と思っちゃうのは否めない。
あれ? なんかお勧めマークをつけた作品の感想とは思えなくなってきたぞ?
(07.6.10)《詳細情報&注文画面へ》
走ル・羽田圭介(河出書房新社)
自転車好きとしてはね、なかなかにそそられる話なわけよ。それにサイクリストのサガみたいなものが十全に伝わって来るしね。とりあえず、進もう、という。139回芥川賞メッタ斬りで豊崎由美さんが「もういいから、早く家に帰ってくれないかなと思いながら読んでました」と、大森望さんが「帰りは疲れたので電車にしました(という粗筋)」とおっしゃっていたが、いや、違う、違うのよ! サイクリストはひたすら進みたくなるものなのよ。同じ道を帰るって、つまんないのよ。作中で主人公が「帰りはもっと早く走れる」と感じるシーンがあるが、まさにその通りで、知ってる道を走るのはとても短く感じるものなのさ。だからつまんないの。別ルートを設定できるならまだしも、目的地に着いたら、帰りは電車で輪行でいいの。そういうもんなの。輪行袋を用意してなかった主人公が、ゴミ袋を利用したというのも実に正しい。あ、乗ってる人だ、と思った。
ただねー、なんつーか、「いや、そんなすいすいとはいかんだろ」と思う箇所がけっこうあるのが気になる。まず、マシン。何年も物置に放置してたマシンを、頑張ってオーバーホールしたってのは分かる。でもさ、ゴムはさすがにダメになってるってもんでしょ。チューブラは張り替えようよ。w/oならせめてチューブは替えようよ。あたし絶対スローパンクすると予想してたぞ。どっかで一回ショップに寄れ、予備のチューブラを買え、と祈る気持ちで読んでたわい。
あと、股に来るのが遅過ぎ! 自転車用のパットがついたレーパンじゃなくて、陸上のトレパンで走りだしたわけで、そんなの初日の200kmで股ぐらに来るってもんだ。なんせ彼はロードレーサーでのロングライドは生まれて初めてなんだから、股擦れというところまではいかなくても、あっという間に股間が痛くて走れなくなるよ。自分に合わせてチューンナップしたマシンじゃないんだから。あたしなんか自分に合うサドル見つけるのに何年かかったか……。
でもそういうことを著者が知らないわけないんだよね。おそらく自転車にかなり乗る人なんだろうし。だから逆に、そういう瑣末は斬り捨てたんだろうな。初日から「股間が痛い」じゃ青春ロードノベルにはならないし。同級生たちとケータイで繋がりながらも、自分だけ遙か遠くにいるというロマン。何より、走るだけで、旅先での人との出会いとか触れ合いとかの「いい話」にしないところが、いい。サイクリストは走ればいいのだ。ただ、次回からはパットのついたレーパン穿こうね。
(07.6.12)《詳細情報&注文画面へ》
ハナシがはずむ! 笑酔亭梅寿謎解噺3・田中啓文(集英社)
前作までは落語ミステリと書いてたんだけど、さすがに今回はミステリとは書けない。だってミステリ風味、ほとんどないんだもん。二作目で既にミステリはぐっと薄まってたんだけど、今回は薄いどころか、ホントに、無い。ミステリっぽいのは人間消失を扱った【あくびの稽古】くらいで、あとはどれも落語界の人情噺&竜二の成長物語。すでに「笑酔亭梅寿謎解噺」じゃなくなってると思うが。
今回の大きなトピックとしては、竜二がお芝居の体験をして俳優仕事に心が揺れてしまう【あくびの稽古】【蛸芝居】【浮かれの屑選り】、今は亡き大落語家を襲名しろといきなり言われ、東京の候補と対決するはめになる【佐々木裁き】【はてなの茶碗】、そして梅寿が倒れる【くやみ】。その他単独モノとしては、竜二が小学校で独演会をやる【動物園】(小学校の名前にひとしきり笑った)、二人の落語家の仲違いの原因を探る【日和ちがい】というラインナップ。物語はどれもシンプルだけれど、落語界ならではの要素をわかりやすく絡めたドラマになっていて、すっと入っていけるのは相変わらず。シリーズ物としては高値安定の域に入ってきた観もある。
ただ。実は今回、けっこう焦れったかったのだ。どうやら竜二は梅寿に言わせれば落語の才能が「めちゃくちゃある」らしい。でもって東京でカリスマ的地位にある乱視師匠も、竜二の高座(しかも自分では何を喋ったか覚えてないというレベル)を一度見ただけでその才能を見抜いてるフシがある。でもその一方で同門の弟子たちはそうは思ってないみたい。いったい竜二の高座はどんなものなのか。それをこそ知りたい。読みたい。間合いが違うの? それとも解釈? 演技力? それとも何か独特の個性があるのか? それを知りたい。聞いて(読んで)みたい。なのに、彼が落語をやるシーンはすぱっと省かれるんだものーーー。竜二だけじゃない。竜二の対戦相手となる近視師匠の「鰍沢」を竜二が聞いて「うまい」と感心するんだけど、それもどう巧いのか、竜二の落語と何が違うのかわかんないよー。【浮かれの屑選り】では竜二が出演者が練習してる浪曲を聴いて浪曲の面白さに気づくシーンがあるが、これも竜二がどう感じたかだけで、実際に作中でその浪曲がどのように吟じられてるかは描かれてないの。ここらあたりがもう、焦れったくて焦れったくて! それほどまでに素晴らしい芸ならば、それをこそ読みたいぞ!
(07.6.17)《詳細情報&注文画面へ》
キッドピストルズの最低の帰還・山口雅也(光文社)
このシリーズ、何よりこのパラレルワールドの設定が魅力的なんだよねえ。探偵士とか警察のあり方とかっていう作品上重要な設定だけじゃなくて、ハムレットが喜劇だったりジョン・レノンが殺されてなかったりとかっていう、本編とは何の関係もないお遊びの部分がやけに楽しい。今回は前口上のところでしかその手の遊びは出てこないけど(あ、もちろん少しはあるけど)、そういうのがもっと個々の作品に入って来ると楽しいのに。まあ、あんまりやりすぎると推理の為の前提条件に影響しそうだから難しいのかもしれないけど。
【誰が駒鳥を殺そうが―キッド・ピストルズの最低の帰還】二つの塔が並ぶ屋敷。皆がその一方にいるとき、もう一方の塔では密室の中で矢に射抜かれた死体が──。イギリス人が和弓の禅の精神の理解に苦しむあたりがツボ。もうおかしゅうておかしゅうて。
【アリバイの泡】目撃されていた殺人事件。しかし容疑者は三つ子のウチの一人で、まるで同じ顔。話して犯人は? 本格ミステリの謎としてはこれが一番魅力的! ただこの謎解きは別に三つ子じゃなくても通用するんだよなあ。謎解きにも三つ子という設定が絡むような(逆手にとるような)趣向があると楽しかったのに。
【教祖と七人の女房と七袋の中の猫】脇に逸れようのない一本道でこつ然と姿を消した人々。いったいどこに消えた? ──消えた方向性としてはこれしかないだろうとは思ったものの、小道具の使い方に感心。
【鼠が耳をすます時】盲目三人組のバンドの演奏中に、客の一人が急死した。果たして凶器は? 普通に考えると「そんなことあるのか?」と思うけど、ちゃんと伏線があるんだよなあ。
【超子供たちの安息日】さまざまな超能力を持つ子供たちが集められた施設で、一人の少年が死んだ。キッドは他の子供たちに事情を聞くものの、それぞれの“超能力”に翻弄されるばかりで──。
(07.6.19)《詳細情報&注文画面へ》
丘の上の小さな街で・白鳥和也(エイ文庫)
著者はもともと「自転車依存症」【なま楽】とか「素晴らしき自転車の旅」【なま楽】などの自転車エッセイ本を書いてる方なのね。で、本書は(たぶん)初の自転車小説集なわけだが、これがいいっ。自転車パーツの名称など、自転車に興味の無い人にとってはいったい何の話をしてるのかって段階から分からないだろうけど(だからお勧めマークはつけにくいわけだが)、知ってる人にしてみればツボ突きまくり。かと言って自転車そのものがテーマなわけではなく、いずれも物語としての核は別にある。自転車は、いわばモチーフであり効果的な小道具なのだ。
例えば【CRANE】を読まれたい。単身赴任でアメリカ在住中の主人公がフリーマーケットで古い自転車を買う。ぼろぼろの自転車の、なぜか変速機だけが日本製──シマノのCRANEだった。あのね、ママチャリしか知らない人だとまず自転車の「変速機」ってのがわかんないよね。著者だってそのレベルからの説明はしてないし。で、乗る人であっても、CRANEなんて大昔のディレーラー、あんまり知らないと思うのよ。でもそういうモノマニア的な要素がディテイルに具体性を与え、主人公の人となりを浮かび上がらせる。いきなり作中にシマノだのDURA-ACEだのという言葉がばんばん出て来るのも、読者を切り捨ててるようでいて、実は違う。わかんなくてもいいのよディレーラーなんて。ただ、そういう思い入れのあるものがそばにある、それが子供時代を思い出させるということが通じれば良い。それに似た何かはきっと誰しも持っているはずで、自分にとってのCRANEを読者が想起出来れば充分なんだな。ただ、このCRANEというネーミングの使い方は効果的。
出色なのは表題作だ。あることが理由で仕事に倦んだ男が、自転車でロングライドに出かける。そこで謎めいたフレームビルダーに出会うのよ。これがね、小道具としての自転車の使い方もいいんだが、物語そのものに上質のミステリを読んでいるかのようなサプライズとカタルシスがあるのさ。
その他、モーターハウス(キャンピングカーだね)で旅をしながら暮らしている夫婦が猫を拾う【ウェザー】と、掌編【雑木林の丘】を収録。全体にどこか懐かしい風合いのポエティックな話運びで、小説技法の上では派手さも新味もないんだけど、その分、テクニカルタームが分かりにくくても筋には乗れるようになってます。でもまあ、やはり自転車好きに勧めたいね。
(08.6.18)《詳細情報&注文画面へ》
人くい鬼モーリス・松尾由美(理論社)
おおっ、面白いっ! ミステリとしても物語としても秀逸なのだが、まずミステリ的側面として「信乃&芽理沙」と「その他の人々」では見えている事象が異なるという点が実に巧いぞ。最初の事件なんて、普通なら転落事故で済むものを死体が消えちゃったもんだから大騒ぎになる。二人だけはその真相を知ってるんだが、それを伝えるわけにもいかず、伝えたって信じてもらえるわけもなく、想定外の大事件になっていくのを見てるしかないわけね。で、更に事件が続くにつれて──という次第で、モーリスを知らない大人たちがどう事件を決着させるのか、モーリスを知ってる二人がどうするのか、その吸引力たるや凄まじい。でもってこんな自縄自縛の設定のくせに、ちゃんとキレイに落とすんだもんなあ。うわあ、そう来たか、と。
そしてもうひとつ、物語としての面白さ。少女が大人になっていく過程を、具体的にきっぱりと、けれど切なく見せてくれる。信乃が大人になった瞬間、それはどういう瞬間だったのかをゆっくり噛み締めて欲しい。エピローグがまた良いのよーーー。少女の時代はそこで完結するものではなく、変化しながら現在へと続くものなのだ。そうそう、松尾作品の魅力の一つでもある、ほんわかムードの中にときおり忍び込む、切れ味の鋭い刃物のような人間観察もいい。「伝説の人食い鬼」に舞い上がってる管理人を称して子供たちが交わす会話を読まれたい。あたしもお調子者なので、けっこうどきっとしたぞ。
あと、これを読むと間違いなくモーリス・センダックの「かいじゅうたちのいるところ」【なま楽】が読みたくなります。ただ、あたしの中では、モーリスの見た目は(最初に本文を読んだときには)「たのしいムーミン一家」で魔法の帽子に変身させられたムーミンのイラスト(またマニアックな例だな)だったんだけどね。あれも不気味でコミカルで、ぴったりだと思わん?
(07.6.24)《詳細情報&注文画面へ》
運命の女に気をつけろ 劇団北多摩モリブデッツ、怒濤の36日間・日沢村鐵(ジャイヴ)
大学生がやっている小さな劇団、北多摩モリブデッツ。むさ苦しい男ばっかりの中、紅一点の由美さんはしっかり者で役者からマネジメントまでてきぱきこなしてくれる。そんな中、新作の客演女優として、なんと有名な美人女優・安堂夏姫が参加することになった。その演技力と存在感に圧倒される北多摩モリブデッツの面々。しかし安堂夏姫にはある困った癖があった──すぐに恋してしまうのだ。それが北多摩モリブデッツを大混乱に陥れた!
ストーリーとしてはとってもシンプルなのよ。劇団の男性メンバーが順番に(←ここが面白い)夏姫と恋に落ちる。「これが運命の出会いだ!」と全員が言う。そんな状況をにがにがしく思っていた「ぼく」も夏姫の魅力には抗い難く……てなわけで、繰り返しの面白さと、繰り返しではあるものの絶妙に目先を変えて来る意外性が相俟って、くいくい読んじゃうのだ。で、こういうパターンものだと結末をどうするんだろうと思ったら──ありがちな方向と言えば言えるかもしれんが、その中に「えっ」と思わせるエピソードが一つ入っているので、ありがち度が減っている。つか、むしろ新鮮。
このラストには別の効果もある。実はとても楽しく読んだんだけど、女性視点で見るとずっと由美さんの立場が引っかかってたわけよ。それまで紅一点で、だらしない男連中のケツを叩きながら、事務仕事も裏方も一気に引き受けてくれてた由美さん。でも夏姫という絶世の美女が一人入ると、男たちは由美さんへの感謝も敬意もすっかり忘れてしまう。でも由美さんは文句も言わず、いつも通り明るく働く。これが腹立って腹立って。「ぼく」だけは由美さんの気持ちを気にするんだが、それも中途半端で。「きさまら、由美さんのことを考えろ!」と怒鳴りたくなったほど。でもそれが、このラストで霧散するのよ。巧いなあ。
ただ、ジャイヴということでやや若い層向けにエンタメに特化して書いてるのかもしれないけど、個人的には彼らが演じた芝居をもうちょっと具体的に読みたかったな。だってこのお芝居、面白そうなんだもん。劇中劇ならむ作中劇みたいにできると良かったのに。
(08.6.28)《詳細情報&注文画面へ》
警視庁特捜班ドットジェイピー・我孫子武丸(光文社)
警察のイメージアップを図るために考案された警視庁の新プロジェクト。それは巷で人気の戦体ヒーローものにヒントを得た、警視庁戦隊だった! ルックスは抜群だが仕事面では所轄や各課のお荷物になっている5人──男性に対して潔癖性が過ぎ、痴漢は得意の格闘技で半殺しの目に遭わせてしまうバージンホワイト(あ、これ、コードネームね)、男を惑わすことにかけては天下一品にしてヒミツの趣味を持っているビューティパープル、銃マニアのワイルド系二枚目ソルジャーブルー、フランスとのハーフで女ったらしのキューティイエロー、そしてコンピュータにかけては天才的なクールな眼鏡男子デジタルブラック。5人併せて警視庁特捜班ドットジェイピー! ちなみに彼らを束ねるボスは、会計課のお荷物にして「太陽にほえろ!」マニアの、ロマンスグレーのおじさんだ。
個性的にしてけっこうおマヌケなこいつらが、警視庁のイメージアップの為に広報に携わるわけだが、まえにバージンホワイトこと早峰綾巡査から殺されたかけた経験のある痴漢野郎が逆恨みして、彼らを陥れようとする。果たして警視庁特捜班ドットジェイピーは、痴漢野郎を捕まえることができるのか?<って、その時点で既にチームの目的がずれてしまってるんだが気にするな。
この手のコメディって、神は細部に宿るという言葉が思い出されてしょうがない。ギャグ漫画みたいなノリだからこそ、ディーテイルがしっかりしてないと面白くないのよね。その点、これは完璧です! ひとりひとりのキャラ立ちは言うまでもなく、それぞれの得意技(と、不得意技)がストーリーにどう関わって来るかってあたりが見事よ。もちろん戦隊モノってのは得意技と物語の展開がリンクするのは当然なんだが、それを笑わせながらやるってあたりが凄い。でもって、笑ってるといつの間にか「ああ、そう来るのか!」と目から鱗のような意外な展開があったり、巧いミスディレクションがあったりで、そこらはさすが我孫子武丸。要所要所はしっかり締めて、けれど勢いと笑いは最後まで持続する。
そして今回痛感したのは、挿画のパワーだ。喜国雅彦さんが表紙イラストや作中の挿画を担当されてるんだが、これが作品のテイストにピッタリ! キャラに合ってるというより作品のノリに合ってるの。だからいざ戦隊が稼働し出すと、脳内映像は完全に喜国さんの絵になってしまう。でもってそれがさらに物語の面白さを後押しするのね。小説を読みながら脳内ではコミックのページがめくられている感じなの。ラノベはイラストが大事というのを聞いたことがあるけど、なるほどこういう効果があるのかと認識を新たにしたよ。
(07.6.29)《詳細情報&注文画面へ》
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