狐火の家・貴志祐介(角川書店)
「硝子のハンマー」に登場した弁護士・青砥純子と防犯ショップの店長(にしてその正体は泥棒)・榎本径がコンビを組んで密室に挑む短編集(あれ? もしかして短編集は初めて?)。予想してたよりもライト&コミカルな味わいでビックリ。なんかもっとおどろおどろしい話だと思ってた……のはどうしてかというと、貴志祐介&タイトルに「家」ということで、勝手に「黒い家」のイメージと重ねてたんだな。考えてみたら、キャラクタ自体は「硝子のハンマー」から変わってないわけだし。あ、完全に独立した話なので「硝子のハンマー」が未読でも一向に問題ありません。むしろこっちを先に読むってのも面白いかも。
就職を辞めて美大を受験し直すこと、その費用を出してくれる女性と結婚するつもりであること──まず許してもらえそうにはないこの二つのことを母親に報告するため、サトシは恋人のカレンと一緒に母親と暮らすマンションへ向かっていた。ところが母が帰って来るまえに寝入ってしまったらしいサオシ、目覚めて目にしたのは「しばらく会えないと思います。探さないで下さい」というカレンの書き置き。サトシには何が何だかわからない。しかし実はカレンは、サトシが眠っている間に現れたもうひとりのサトシ──サトシ・プラスの指示に従って動いていたのだった。サトシの中にいるプラスとマイナスの関係とは?
本書は「小説推理」08年7月号でレビューを書きましたので、ここでは簡単な紹介に留めます。
「タルト・タタンの夢」に続くビストロ・パ・マル・シリーズ第2弾。下町にあるカジュアルなフレンチのビストロ〈パ・マル〉。ちょっと変人の三舟シェフが、料理がらみの謎や事件を鮮やかに、そしてクールに解決する。今回は三舟シェフのフランス修業時代のエピソードもあるぞ!
書店シリーズで人気の著者による新シリーズ。今回も書店がらみには違いないが、なんと主人公は出版社の営業マンだ。自社の本を一冊でも多く店頭に並べてもらうため、書店に日参し宣伝に務め注文をとる営業マン。これは書店員以上に一般客には馴染みの無い職業。実際あたしも「え、直接出版社の営業マンに注文するの? 取次ぎじゃなくて?」というあたりがいまだによく分からない。でも本が読者の手に渡るには、なくてはならない職業でもある。小さな出版社、明林書房の新人営業マン井辻くんが書店で出会うハートフルな事件のあれこれが紡がれる。
叔母がママを務める文壇バーでバイトをすることになった大学生の了。その店の常連である作家の辻堂珊瑚朗はちょっとした変わり者。おおらかで明るくて、お喋り好き&酒好きのスケベ親父だが、不可解な謎に出会うと、さりげなく解いてみせるのだ──。
第一回小説宝石新人賞を受賞した表題作と、書き下ろしの中編を併せて単行本化。いやあ、一読してビックリ。これ、いいよいいよ! 特に表題作【草葉の陰で見つけたもの】が持っているなんともいえないファンキーな哀しみにノックダウンだ!
あれ? なんか全体に似たようなテイストのものを集めた? シリーズキャラが多いせいもあるのかな。リアリズム寄りの作品がやけに薄くて、本格というフィールドの中の更に区切られた一角からだけ選別したような印象。これまでは横山秀夫とか岩井三四二とか高橋克彦とかみたいな、本来は畑違いの人が書いた本格ジャンルのものを紹介することもあったのに、その手のもないし。新しい作家や作品に出会うというアンソロジーの醍醐味にちょっと欠けるのは残念。
お馴染み推理小説年鑑。おお、今回は粒ぞろいだレベルが高いぞ! おまけに既読率も低いよ。既読だったのは【薔薇の色】(今野敏・「花水木 東京湾臨海署安積班」所収)と、【ギリシャ羊の秘密】(法月綸太郎・「犯罪ホロスコープ1」所収)・【はだしの親父】(黒田研二・「本格ミステリ08」所収)だけだ。
おお、これも綾鹿市シリーズか! お馴染みの刑事さんたちが出てくるよ。探偵・星野万太郎も出てくるよ。あ、でもあの変態教授とか、ドラゴンズ選手の苗字の人物とかは出て来ませんので、別にシリーズの他の作品を知らなくても大丈夫。独立した作品として楽しめます。
【狐火の家】のどかな村で起きた殺人事件。父親が家に帰るとそこには娘の死体が……。唯一鍵のかかっていなかった窓の外には足跡がなく、玄関は近くで農作業中のおばさんの視界にあった。いったい犯人はどこから消えたのか? それってなんぼなんでも必然性が……と思っていたらちゃんと返してくれるのが快感。
【黒い牙】弁護士・青砥純子のところに「死んだ友人のペットを譲り受けたい」という相談をしてきた男性。「牙と爪を持ち毛が生えているけれど、猫でも犬でもないペット」の正体は……。ちょっと凝り過ぎじゃないか、もっと簡単な方法があるんじゃないかと首を傾げつつ読んでたんだが、読み進むにつれて「いやーーっ、きしょいーーーっ」という感情が先に立ち、ディテイルはどうでも良くなった。こればかりは妻に共感するぞ。
【盤端の迷宮】ビジネスホテルで刺殺されていた棋士。発見されたとき、部屋のドアには鍵のみならずチェーンまでかかっていた。窓からの出入りは不可能。他殺に間違いはないのに、犯人はいったいどうやったのか? おお、これは気持ちよくロジカル! 本書の中で最も真正面からの本格。
【犬のみぞ知る Dog knows】殺された劇団の座長、そして容疑者は劇団員。しかし現場に入るにはよく吼える犬の前を通らねばならず──。書き下ろしのボーナストラックという位置づけか。ミステリのネタ自体は軽めのシンプルなもので、会話の楽しさで引っ張るタイプ。それにしても、決定的な一言を読んで「ああ、なるほど、そこだったのか」と膝を打ちながらページをめくったら話が終ってたのでビックリした。いや、もちろん話はこれで落ちてるんだけど、ちょうどページの最終行まで文があったから、まさか終わりだと思わなかったのおよ。落丁かと思ったぞい。……あ、今気づいた。DogってGodの逆読みなのか(遅!)
(08.7.1)《詳細情報&注文画面へ》
サトシ・マイナス・早瀬乱(東京創元社)
最初は「ん? どこへ向かうんだこれは?」と思いながら手探り状態で読んでいたのだが、尻上がりに面白くなっていくよ! 特に方向が定まってからは一気呵成。相当にエキサイティング! そこまでを楽しめるかどうかが、本書の評価の別れ目になっちゃうかもしれんなあ。序盤は思わせぶりたっぷりで、独立した個々のエピソードもそれぞれ興味深くて吸引力はあるんだが、「何を楽しめばいいのか?」という足場が固まるまでがちょっとかかりすぎるかも。思わせぶりそのものに萌えちゃうタイプの人には、とても面白いと思うよ、これ。
一種の多重人格モノであることがはっきりし、人格を統合させるために過去を探るくだりから物語は加速する。多重人格モノの小説は多いが、これが新鮮だったのは、サトシが自ら多重人格になったという経緯。実際に人格分裂が起きる例ってのを(ものの本で読んだだけだが)考えれば、確かに理にかなった(?)方法だよなー。で、注目すべきは、それをサトシ本人の成長と重ねているところ。成長する上で獲得するものや必要なものを、サトシは片方の人格に割り振っている。その結果、本来のサトシの個性が薄い、歪な成長のしかたをしてしまってるわけだ。一見、常識的な青年に見えて問題なさげなんだけど、サトシという幹がいろんなものを吸収して育ったわけではなく、実は別個に接ぎ木しただけ、みたいな。本来、成長過程でいろんなものが混じり合って育つのが人間で(それを本書では「もじゃもじゃ」と表している)、辛いことも嫌なことも嬉しいことも楽しいことも同じ場所で昇華してこそ人は変わって行けるのだと、本書を読みながらそんなことを考えた。
ところで。詳しくは書けないが、最後に現れるアレを見てみたい! これって漫画とか映像とかにならないかなー。ストーリー上可能かどうかはさておき、あれを絵で見たいよ。あ、挿絵付ければいいんじゃん! 文庫化の折りには是非挿絵を……って、モチーフがモチーフだけに、それはそれで付けにくいか。うーむ。
(08.7.3)《詳細情報&注文画面へ》
ギフト・日明恩(双葉社)
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日明恩と言えば、警察や消防を舞台にキャラの立った人物描写と硬派なテーマで人気だが、『ギフト』ではその趣をがらりと変えてきたぞ。なんと幽霊譚だ。うわあ、びっくり。著者名を伏せられて読んだら「日明恩だよ」と言われても絶対に信じなかったであろうよ。
ある事情から仕事を辞め、今はレンタルビデオ店で働きながらひっそりと暮らしている須賀原が、中学生の明生と出会うところから物語が始まる。明生には幽霊が見えるという能力があり、彼に触れることで須賀原も幽霊とコミュニケーションがとれるようになる。そうして出会った死者たちの思いを汲み上げ、魂を救おうとする連作だ。
まず、個々の短編に描かれる幽霊たちの物語がバラエティに富んでいる。交通事故で死んだ老婦人の話で始まったかと思えば、第二話で登場する幽霊は犬だ。第三話では、七才で死んだ少女が、既に自分の年を追い越した弟を必死で守ろうとする姿に、なんと切ない、なんと悲しい物語かと泣きそうになった。ところが第四話では一転、ごく身近にいそうな“困った女”がリアリティたっぷり皮肉たっぷりに描かれる。ミステリテイストあり、ハートウォーミングありで、どれも違ったタイプながら実に読ませる。
本書の魅力はそれだけではない。死者が見えるという能力故に悩み、友達もできず、家族ともうまくいっていない明生。まだ中学生の明生が、持って生まれた厄介な能力とどう折り合いをつけていくかというのがもうひとつの読みどころ。明生は須賀原との出会いにより、疎んじていた能力の使い道を獲得していく。自分自身から目を背けず、自己を肯定することを覚える。本書は明生の成長物語なのだ。
幽霊や化物より一番怖いのは人間という使い古された文言に対し、須賀原がこう考える場面が印象深い。「だが、一番優しいのも人間だ」──本書の魅力はこれに尽きる。
(07.7.5)《詳細情報&注文画面へ》
ヴァン・ショーをあなたに・近藤史恵(東京創元社)
美味しい楽しい嬉しいが身上のほんわか料理ミステリにあって、実は扱われる謎の背後にあるものはけっこうシビア。温かな解決があったかと思えば、人間の哀しさや汚さが浮き彫りになるものもある。それは料理が甘いだけじゃなく、苦みも渋みも辛みもあって、それでひとつの美味しさを作り上げるというのに似ていはいないか?
たとえば、流行に流されてにわかベジタリアンになった若い女性の話からシェフがあることに気づく【憂さばらしのピストゥ】や、いつもブイヤベースを注文する若い女性の話【マドモワゼル・ブイヤベースにご用心】などは、人の狡さや狭さが浮かび上がり、けっこうイヤな話で、決して読後感がいいとは言えない。ちゃんと手入れしてれば錆びないはずのスキレット(鋳鉄のフライパン)が、なぜか錆びてしまうという、猫好き一家に起こった事件を描いた【錆びないスキレット】や、新しく出店するパン屋と古くからのパン屋の話を書いた【ブーランジュリーのメロンパン】は「温かな話」とも言えるが、真相が分かったときに見えて来るものが、とても切ない。リスカ癖のある恋人が、ある日突然自分のもとを去った【氷姫】は、真相云々よりも話そのものが重いし、三舟シェフがフランス修業時代に出会った女性の話からある事実を見抜く【天空の泉】は、ロマンチックなようでいてけっこうこの女性の小狡さが見えたりもする。出て来る料理が実に美味しそうで食欲が刺戟されまくりだから緩和されてるが、話自体はどれもこれも「美味しい」ものではないのよ。
でも。いろんな味を味わって、けれどラストの【ヴァン・ショーをあなたに】が、苦みや渋みを洗い流して読後感をほこほこしたものにしてくれる。三舟シェフ、フランス修業時代の話第2弾。風邪を引いた娘婿にふるまった自慢のヴァンショー(ホットワイン)。彼は喜んでくれたはずなのに、実は窓の外に捨てていたことが分かって──。これはイチオシ! すれ違いの遠因となったある事実はあたしも知らなかったので、ただひたすらビックリ。ただお婿さんもさあ、もうちょっとやりようがあっただろうと思わずにはいられない。つか、娘はそれを知ってるはずだろうがよ、娘が説明してやれよ。
(07.7.10)《詳細情報&注文画面へ》
平台がおまちかね・大崎梢(東京創元社)
まえに、書店員を主人公にしたシリーズ「配達あかずきん」の感想で、「全体的に差し障りの無いことばかりで、出版界の周辺にいると耳にするような経営面や業界そのものが孕んだ問題など、もっとシビアな内幕が出て来るかと思った(のに出なかった)」てなことを書いた。したらばさ、こっちに出て来たよ。【絵本の神さま】では、地方の書店がいかに中央と切り離されているかや、個人商店が次々と店を畳まざるを得ない現実が描かれている。表題作【平台がおまちかね】では、営業マンの回って来ない書店でのエピソードが語られる。なるほど、駅ビルで大きな売り場を持ってる大手書店の店員視点より、いろんな書店を回る営業マンの方が、こういうトピックには相応しいかもしれないな。また、自社が主催する新人賞の受賞者を巡るあれこれと、賞をとったからと言って安泰ではないというシビアな現実を描く【贈呈式で会いましょう】も、出版社員という視点ならではだ。
もちろん基本は「ハートフル」なので、そういうトピックに触れたと言っても社会派ばりに深く掘り下げてるわけではない。むしろ、そこから「いい話」に持って行くので、現実がシビアな割にはなんだかすごく前向きな読後感になっちゃうんだが、それこそが持ち味なんだろう。問題はあるけど、現場は頑張ってるぞ現場には愛があるぞ、と。
ミステリという点では、作を追うごとにどんどんこなれてきた観がある。あ、巧い、そうだったのか、と膝を打つことしきり。楽しいのは、各社の営業マンがPOPで競う【ときめきのポップスター】。これは遊んでるなあ。暗号ものとしてもなかなか秀逸。店員さんの話に登場する友達の女子大生のくだりは、シリーズ読者へのサービスか。ちょっと昔の文庫がなぜかひとつの店舗でだけ売れている表題作【平台がおまちかね】は、“動機”と“手段”の関係がとってもステキで、しばし感動。
あと、本書で楽しいのは実在の作品がばんばん出て来るところだな(架空の作品も出てくるけど)。これがきっかけで別の本に興味を持ったりする読者もいるのでは。とにもかくにも全篇これ本への愛に満ちていて、本好きにはそれがたまらなく嬉しく、また心強いのだ。
(07.7.13)《詳細情報&注文画面へ》
シチュエーションパズルの攻防 珊瑚朗先生無頼控・竹内真(東京創元社)
安楽椅子探偵モノの難しさって、与えられる手がかりが限定されてるところにある。手がかりが緩ければ成立し得る回答が複数あるかもしれないし、何か知らされてない別の要素がひとつあれば推理がなりたたなくなる怖れもあるわけだ。そんな状態で最もキレイ且つ意外な回答を出さなくちゃならないわけで、つまるところ、かなり難しい方式なのよ。それを「初・本格ミステリ」の竹内真がどうするか、と思って読み出した。したらばさ。
一作目【クロロホルムの厩火事】──お使いに出たホステスのミリちゃんが女性の拉致現場を目撃してしまう──を途中まで読んだ時点で「あれ? これってけっこう緩くね? 珊瑚朗先生の推理を唯一無二の答とするには傍証が弱くね?」と思ったわけだ。でもね、そこからの展開がいい! 詳細は書けないが、珊瑚朗の推理について感想を述べた了に対し、叔母はこう言う。
「本当はどうだったかなんて、どうでもいいことでしょう。あの場で大事なのは、怖い思いをして固くなってたミリちゃんの気を鎮めてあげることだったし、一番大事なのはみんなで楽しく飲むってことなの」「(推理が当たったか外れたかなんて)そんなのどうだっていいじゃないの、どうせ誰にもわかりっこないんだから」
もうね、ここの会話を読んだだけで、あたしはこの作品に惚れたね! 「どうだっていい」と来たよ。これって恣意的な解釈によりかからざるを得ないという安楽椅子探偵モノの弱点に真正面から背負い投げを食らわせてるぞ。そして「謎を解く」という行為は「正解を出す」ためのものではなく、問題を解決するための行為だと断じている。何の為に謎を解くのかというベーシックな問題がここにある。いいなあ、この考え方。あ、もちろん話は更に展開するので、「推理はずれたのか?」とは思わないようにね。
謎めいたFAXの意味を皆で論争する【シチュエーションパズルの攻防】も、銀座にいた伝説のホステスを了が探す【ダブルヘッダーの伝説】も、姿勢のベースはそこにある。「ほーら、意外だったでしょ、驚いたでしょ」だけではない物語の面白さ。まあ、その分、論理的な謎解きという点では弱い部分もあるので、伝統的な安楽椅子探偵の様式を期待して読むと、ちょっとスカされるかも。けれどここにはそれを凌ぐ物語がある。何より著者がどういう思いでこれを書いたか──それはボーナストラックの【アームチェアの極意】でどうぞ。
(07.7.15)《詳細情報&注文画面へ》
草葉の陰で見つけたもの・大田十折(光文社)
【草葉の陰で見つけたもの】の舞台は、昔の日本。「魔王」と呼ばれてホトトギスを殺しちゃう「オダ」が出て来るので、まあ戦国時代あたりでしょう。
主人公の俺は強盗で糊口をしのいでおり、ある日、オダっていう偉い人の屋敷に金目当てで忍び込む。ところがあっさり捕まってしまい、問答無用で首をはねられてしまった。俺の頭部は板の上でさらし首にされてたんだけど、なぜか死んでなくて、その状態で意識もあるし目も見えるし耳も聞こえるし、目や口や舌などのパーツも動かせる。ただ、声は出ないし首から下がないので動けない。この生きてるんだか死んでるんだか分からないさらし首の俺のところに、毎日通ってくる若い娘がいた──。
これはね、時代小説が苦手ってな人でもぜんぜん問題無しだ。主人公の造形はめっちゃ今風で、生首の一人称で語られる地の文がいかにも今風の若い子のノリ。当時無かったはずの熟語(彼女、とか)も出て来るし。あ、別に現代人がタイムスリップしたとかじゃないのよ、当時を舞台に当時の人々が出るんだけど、その造形が、文体が、テイストが、つまるところ「ノリ」が現代的なの。でもそれが物語全体に妙にファンキーな味わいを生んでる。で、ファンキーであるがゆえに、なんだかその向こうに透ける哀しみのようなものが、ひたひたと押し寄せてくるのよ。ジャンル分けするならファンタジーってことになるのかな。それともホラーなのかな。でもそういうファンタジー云々よりも、この独特な世界にすごく惹かれる。
同時収録の【電子、呼ぶ声】の舞台は一転、おそらくは未来と思われる。人間型ロボットがその機能ごとに雇い主のケアをする世界。主人公のロボットは、幼い姉妹の護衛と家事という簡単な仕事を請け負うことになった。ところが姉の方はなかなか心を開いてくれないというお話。モチーフだけみれば、けっこうありがち。そういう意味では、初手からファンキーな魅力に溢れてた【草葉の陰で見つけたもの】に比べて「あれ?」と思った。が。逆によくある話だからこそ、下手にかくとアラが見えるもの。本編にはそのアラがない。完成度高いよ。展開はややベタではあるけれど、小道具の使い方とか、登場人物の思いがけない行動とか、小さなエピソードを束ねて辿り着く感動はとっても映像的。
まったく異なるタイプの中編が2編なのにも関わらず、読み終わったときにはとてもよく似た読後感が残っている。寂しさと、愛しさ。それこそ、この新人さんの魅力なのかもしれない。
(08.7.18)《詳細情報&注文画面へ》
本格ミステリ08・本格ミステリ作家クラブ(講談社ノベルス)
【はだしの親父】黒田研二:いつも身だしなみに気を遣っていた親父が、入院中の病棟を抜け出し、スーツに裸足という格好で病院の庭で死んでいた。病死に間違いはないものの、なぜ最後にそんな格好をしたのか?
【ギリシャ羊の秘密】法月綸太郎:「犯罪ホロスコープ1」所収。
【殺人現場では靴をお脱ぎください】東川篤哉:ワンルームの部屋でブーツを履いたまま殺されていた女性。しかし室内に土足で上がった形跡はなくて──。これはシリーズキャラなのかな? 主人公と探偵役の関係に、西之園萌絵&諏訪野を思い出した。でも伏線の仕込みがとっても巧くて「おお、そうだったそうだった!」と膝を打ったぞい。
【ウォール・ウィスパー】柄刀一:天才・龍之介シリーズ。学習プレイランドに改築することになった旧銭湯の取り壊し当日。現場にいた主婦が、銭湯の壁を見て、幼い頃の事件の記憶が甦った──。お勉強的謎解きが楽しい。「紳士ならざる者の心理学」所収。
【霧の巨塔】霞流一:「死写室」所収。この連作短編集からひとつ採るなら、【モンタージュ】の方が好きなんだが……。しかしこれも別の面でテクニカルではある。大技というか何というか。
【奇偶論】北森鴻:蓮丈那智シリーズ。民俗学の市民講座を持つことになった三国だったが、フィールドワークの最中に参加者がある事件の犯人を告発して──。これって薮蛇なんじゃ……。無理に蒸し返す必要があるとは思えないんだが。
【身内に不幸がありまして】米澤穂信:お嬢様とそれにかしづく年の近いお付きの少女。旧家で起こった事件を描く幻想的な一編。そこまでの禍々しいまでのテイストと、最後にわかる動機のあまりの落差に茫然。
【四枚のカード】乾くるみ:林真紅郎シリーズ……ではなく、真紅郎の弟・茶父シリーズ。登場人物の名前を見たあとであの小道具が出て来たときには、それだけでニヤリとしちゃう。ただ、情報を追いかけるのに忙しいので、「おお!」と腑に落ちる瞬間の快感を味わうというわけにはいかない。え、あたしの理解力の問題?
【見えないダイイングメッセージ】北山猛邦:死に際に金庫の暗証番号を遺そうとした男。筆記具のない部屋で彼が選んだ方法とは。これもシリーズキャラなんだろうなあ。
その他、評論【自生する知と自壊する謎―森博嗣論】及び、本格ミステリ作家クラブ年次活動報告を所収。
(07.7.22)《詳細情報&注文画面へ》
ザ・ベストミステリーズ2008・日本推理作家協会(講談社)
嬉しかったのは、次作を待っているのになかなか本が出ず、「どうしたのかなあ」と思っていた作家さんの作品が幾つか収録されてたこと。長岡弘樹【傍聞き】は推理作家協会賞をとったので、デビュー短編集「陽だまりの偽り」以来の作品集が出るだろうと今からわくわく。初野晴もちょっとご無沙汰だが、【退出ゲーム】には引き込まれた。作品と途中でがらりとテイストが変わったときはいったいどうするんだと思ったが、実に巧くて感服。西村健【点と円】は博多を舞台にしたシリーズものっぽい。B級アクションのイメージが強かったが、これはコミカルにしてミステリ度の強い私立探偵モノっぽいぞ。これも早く一冊にまとまるといいな。
うわあ、テクニカルだなあと感心したのは蒼井上鷹【堂場警部補とこぼれたミルク】。事件云々ではなく、本当に「騙すための騙し」みたいな論理のこねくり回しなんだけど、こういうの嫌いじゃないぞ好きだぞ。つか、ある意味極めてベーシックな趣向かも。
で、こういうアンソロジーの最大の意味というか付加価値は、「これで出会う新しい作家・新しい作品」というところにある。存在は知ってたけど、あまり積極的には読んでこなかった人の作品を読んで「おっ」と思う、そこから読書の幅が広がるのがアンソロジーの醍醐味だ。それを今回味わせてくれたのが、新野剛志【ねずみと探偵―あぽやん】と、沢村凛【人事マン】の2作。前者は空港内の旅行会社カウンター、後者はメーカーの人事部という、所謂業界ものなんだが、いずれもその業界ならではの要素とミステリが有機的に結びついていて、読んでてとても新鮮且つ面白かった。特に新野作品は直木賞候補にもなってたのに、こういう話だとはぜんぜん知らなかったよ。さっそく読まなくちゃ。沢野凛も、ファンタジーの人だとばかり思ってた。今回の【人事マン】は単行本未収録らしいけど、ミステリ短編集は出ているというので、それを読んでみるつもり。こういう出会いと広がりは本当に嬉しい。
その他、ベテラン勢も健在。つか、むしろ元気。逢坂剛【悪い手】はエロティックにしてゾクリとさせるし、佐野洋【選挙トトカルチョ】の皆まで言わぬ寸止めぶりが手練。その他、柴田哲孝【初鰹】、田中啓文【辛い飴】(これは同時期に単行本も出たので感想はそちらで)、薬丸岳【黒い履歴】を収録。
(08.7.27)《詳細情報&注文画面へ》
爆発的 七つの箱の死・鳥飼否宇(双葉社)
舞台は、綾鹿市の半島に建てられた奇妙な館。富豪の日暮氏が私財を投じて建てたもので、日暮氏はそこに6人の芸術家を呼び集め、個別にアトリエを与えている。ところがその館で次々と怪事件が起こり──というタイプの連作集。もうね、普通はね、けったいな館が登場すると「消防法は? 建築基準法は? 自治体の認可は?」てなあたりが気になる(ええ、自分でも興醒めな読み方だと思います)んだけど、なんか「芸術家」ってだけですべてが「それならありかも」と思えるのはどうしてだろう。どんな奇矯な行動をとっても「だって芸術家だから」と言われたら納得しちゃうぞ。あたしはミステリを読むときに動機が気になるクチなんだけど、「芸術家だから」の一言でどんな動機でもOKになってしまった。それでいいのか、あたし。
面白いなあと思ったのは、この6人の芸術家たちの専門がすべて違うところ。画家、舞台作家兼俳優、彫刻家、音響芸術家、パフォーマンス芸術家、そして映像芸術家。それぞれのジャンルに特化した事件とトリックが用意されてるのよ。中でも映像芸術家の事件を扱った【紫の煙 または、マシン・ヘッズ】には「おおっ!」と仰け反った。謎が解かれた瞬間……というか、じわじわ真相らしきものが見えて来るにつれて、「ええ、まさか、まさか」とドキドキ感が増していくのさ。この1作は単体としてもレベル高いぞ。
その他の5つの事件は、密室系のやつにちょっとアンフェアな観もあったり、完全には解明されてなかったりで、ぜんぶがぜんぶキレイというわけでは、ない。でも警察が謎解き役だったところに途中から探偵を出した時点で、目先を変えると同時に、全体の流れってものがあるんだな、というのが分かるのよ。解明されてない部分があるってことと、なんとなーーーーく仄めかされる「これだけじゃ終らないよ」というフリが、最終章への期待を後押しする。そしてその通り、最終章【紅王の宮殿 またの名を、デス・イン・セブン・ボクシーズ】でスッキリ! 最初の方からずっと気になってたことが実にテクニカルに結びついて、満足満足。
ただ、「官能的 四つの狂気」のときにも思ったんだけど。この手の連作で、一話目の冒頭にいきなりセクシュアルなシーンを持って来るっていうのは、どういう意図なんだろう……。いや、別にラブシーンには抵抗はないんだけど、「官能的 四つの狂気」もこれも、決して「ラブ」シーンじゃなくて、なんつーか、その、ちょっとマニアック? みたいな? うーん、男性読者を主眼に置いてるのかなあ。
(07.7.30)《詳細情報&注文画面へ》
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