聞いてないとは言わせない・ジェイムズ・リーズナー(ハヤカワ文庫)
テキサスの片田舎。四十代の女が一人で暮らしている農家に、トビーという二十歳の若者が「雇って欲しい」とやってきた。グレースと名乗った女は試しにしばらく働かせてみることに。広大な農場で二人きりの暮らし、二人は年の差を越えて自然に惹かれ合うが、実は両方にある秘密があった。そしてそんなところへ、銃を持った男が二人乱入、トビーはワケも分からず銃撃戦に巻き込まれる──。
タイから人身売買まがいに来日し、売春婦となったリャン。大学生の石崎文彦はそんなリャンを愛するようになり、なんとか借金を肩代わりして彼女を助けたいと思うようになる。しかし友人には頭を冷やせと言われ、親に借金を頼もうにも理由は言えない。そんな文彦のもとに、リャンを救う手伝いをしたいという男がやって来た。そして文彦がとった行動は──。
妻の香映が自殺してから1年。洋介はいまだに香映の死を受け入れられないでいた。自殺防止のためのボランティアをしていた妻が、なぜ自らその命を絶ったのか。そんなある日、洋介は妻が死んだ日に着ていたと思われるレインコートのポケットから、部屋に飾るために持ち帰ったと思われる木の実を見つけた。死ぬつもりならこんなものをポケットに入れるだろうか? そう思ってみると、何やら妻の周囲には気にかかることも多く、次第に洋介の疑念は膨らんで行く──。
アメリカやオランダのバレーボール・ナショナル監督を歴任し、メダルをとらせた実績を持つ名将・アリー・セリンジャー監督。そんなセリンジャー監督が中内功氏に乞われ、当時のダイエーの実業団チームの監督に就任したの1989年。当初は選手とのバレー観の違いからなかなか結果を出せなかったが、日本に馴染み、根気づよい指導の結果10年間で6度のタイトルを獲得するまでになった。2000年からは東北パイオニアレッドウィングスの監督に就任し、Vリーグ2連覇を果たす。それほどの名将であっても、日本代表監督の声はかからなかった。それは彼の性格に起因する部分が大きい。そして彼のその性格を形作ったのは、幼い頃の体験だった。アリー・セリンジャーは、ナチス・ドイツの収容所に入れられ、ホロコーストの危機に遭いながら奇跡的に生き延びたユダヤ人なのである。
深夜、ビルのところに警察から電話が来た。補導された少年が身元引き受け人としてビルの名前を出したというのだ。駆けつけたビルは、その少年が妹の息子・ゲイリーだと知って驚く。家出してきたらしいのだが、事情を聞く間もあらばこそ、ゲイリーは再び姿を消してしまう。心配になったビルは、ずっと疎遠だった妹夫婦の家を訊ねたが、そこで彼が見たものは、地元高校のアメフト部に対する町中の熱狂と歪んだヒエラルキーだった──。
並木直俊は三人の人物を殺す決意を固めた。急ぐ必要はないので、ゆっくり計画を固めて──と思っていたところに、恋人もどきのつきあいをしている奥村あかねが尋ねてきた。二人の間で起きたある出来事がきっかけとなり、急遽、並木はその夜のうちに予定していた3人を殺さなくてはならなくなる。限られた時間でいかに効率よく、そして疑いをもたれないように連続殺人を成し遂げるか──。
人事課の秋月がリストラを告げた社員が、妻と娘を道連れに一家心中を図った。一人生き残るも重体が続く娘・和美は、秋月の一人娘・宏美の親友。ショックを受けた宏美は「パパが殺した」と泣き、自らもベランダから身を投げた。秋月は耐えられず退職。それから1年。日韓条約の締結という歴史的イベントを目前に控え厳重な警戒態勢が敷かれる東京で、総理大臣の孫娘が誘拐されるという事件が起きる──。
あぽやん、とは旅行会社の空港出張所で働く社員のこと。空港(Airport)を略してAPOというところから来ている。空港で起きるトラブルを処理し、お客様に無事出発して戴くための部署だ。遠藤慶太は大航ツーリストの企画から成田空港支所に移動になった。実は「あぽやん」というのは社内で決して花形ではなく、どちらかと言えば主流からははずれた仕事とされている。でも現場はたいへんなのだ! 若き「あぽやん」慶太の奮闘を描く連作短編集。
とびきり屋は、幕末の京都に店を構える古道具屋。大店の二番番頭が店のお嬢さんと惚れ合いながらも店主に許してもらえず、手に手を取って駆け落ちした先で開いた店だ。まあ、駆け落ちっつっても実家は歩いて行ける距離なんだけど。夫の真之介は地道に一生懸命働くタイプ。そして妻のゆずは、実は夫以上に古道具の目利きが得意。そんな二人が実家の許しを待ちながら、ゆずの機転で古道具店をもり立てて行く物語。
太平洋戦争下、陸軍内に創設されたスパイ要請機関“D機関”。スパイとはいかなる物か、その奥義と常人の想像を越えたテクニックを持つ者たちが、東京に、横浜に、ロンドンに、上海に派遣される。そこで彼らが探るのは、敵国スパイの秘密文書の隠し場所、密室殺人の謎、そして……。スパイという特殊な業界を舞台に描く連作パズラー。
ちょっとだけネタを割ってしまえば(と言ってもかなり早い段階で明らかになるんだが)、グレースってのは仮の名前で本名はダナ。彼女は昔、仲間たちと銀行強盗を働いたんだけど、仲間のひとりが金を持ち逃げしてしまった。で、その人物の策略にはまって他の仲間はダナが金を持ち逃げしたと思い込んでる次第。ってことでダナはその金を取り返し、真犯人をやっつけるためにトビーと一緒に昔の仲間たちを訪ねていくという話だ。
これもある意味ロードノベルと言えるのか、ばっすんばっすん拳銃撃ちながら、ばっすんばっすん人を殺しながら、ばっすんばっすん金を奪ってピックアップで西へ北へ逃げる二人。めっちゃスピーディ。二人の出会いから惹かれ合うまではけっこうゆったりした雰囲気で、広大なテキサスの農場と熱く乾いた空気が眼前に広がり、とても牧歌的だったのよ。これは田舎のハーレクインか、と思わせるほどに。ところが最初の銃撃戦を境に、もうちょっと余韻や深みがあってもいいんじゃないかと思わせるほどスピーディ。厳密に言えば「もうちょっと余韻」云々は読み終わってしばらくしてから考えたことで、読んでる間はそんなこと思う暇がないほどスピーディだ。それほどスピーディでテンポがいい上に全体の分量も最近の長編にしては少ないで、もうサクサク読めるぞ。
これがね、スピーディであるだけでなく、どんどん意外な展開になるから目が離せないのよ。死んだと思ったら生きてたり、騙したと思ってたら騙されてたり、逃げたと思ったら追いつかれたりと、もう息つく暇もない。裏切りに次ぐ裏切り。短めの長編なのによくもまあこれだけてんこ盛りにしたものだと。でもそんなドンパチなストーリーの中で、ダナとトビーの気持ちだけはなんだか本物っぽくて、本物っぽいのにどこか刹那的で、ちょっとばかし暖かくもあり切なくもあり。で、トビーってのは、農場を訪ねた時点ではまさかこんなことになるとは思ってなかったので、大立ち回りにいちいちおっかなびっくりで、可愛らしかったり。あと、犬もいいぞ。そういうホッとさせる描写が描写が怒濤の展開の中で光ってるんだよなー。
どんどん意外な展開になっていくので、最終的にはどうなるのかとドキドキしてたんだが、最後の最後で本当に意外な展開になってしまって心底びっくり。感情移入して読んでた分、この“事実”には裏切られた感も拭えないんだが……でもまあ、どんどん乗せられるタイプの話が好きな人には、これはお勧めだ。
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悲劇もしくは喜劇・深谷忠記(実業之日本社)
というのが第一幕の流れ。そして第二幕が始まった途端に驚かされた。なんとなれば、いきなり裁判が始まっているのである。被告は文彦だ。「え、なんで? 何があったの?」と思ったときにはもう作者の思うツボ、すっかり展開に絡めとられてしまう。第二幕から三幕に移る際にも同様の「え、この間に何があったの?!」というジャンプを見せるんだが、これがもう実に巧い。いや、幕の変わり目だけでなく、裁判シーンの途中でも読者が驚くような事態になって目が離せない。
ここ数年、深谷さんの作品ってのはフェアな本格ミステリと社会派なサスペンスを両立させてるタイプのものが目立ったけど(「審判」「毒」は傑作ですよ)、今回は本格色は薄れ、ツイストの効いたリーガルサスペンスに仕上げている。本格ではないので読者にフェアに手がかりを出す必要がないため、後になればなるほどどんどん意外な新事実がわかるのだ。その出し方が絶妙。何よりの特徴は、探偵役不在ということだ。誰しもが意外な展開に驚き、その度に右往左往する。だから読者はひたすら「どうなるの、どうなってるの」と引っ張られながらページをめくることになる。
文彦の友人である潔が、なんとなく名探偵っぽい役どころにはなってるんだが、快刀乱麻の謎解きを見せるわけじゃない。じゃあ弁護士が謎解きのリードをとるのかしらと思えば、文彦の弁護を担当するそそっかし屋のお母さん弁護士・村地佐和子もまた「繰り出される意外な新事実」に目を回す立場。起訴されている文彦本人ですら、ちゃんと事態を把握出来てるわけじゃない。ではこの物語の主眼はどこにあるか──それは本書が普通の犯人探しミステリではなく、リーガルサスペンスだということを考えればわかる。
法廷に於ける決着とは、必ずしも真相を明らかにするということを指さない。誰しもが納得する結論を導き出すということだ。それが真実であっても「納得」を得られなければ仕方ないし、嘘であっても当事者や関係者を納得させることができればそれでいい。そしてその「納得」は、時として哀しい独りよがりでもある。被告にとっても、家族にとっても、そして弁護士にとっても。事実の持つ意味は人によって違う。何を事実と思いたいかも違う。それこそが本書の眼目だ。
何を隠し、何を打ち明けるか。何を図り、何を為すか。ここで展開された事件は、その発端も展開も確かに悲劇だが、しかし見方を変えれば喜劇である。その見方とは──結末をお読み戴きたい。
(08.9.3)《詳細情報&注文画面へ》
誘う森・吉永南央(東京創元社)
いやあ、雰囲気あるなあ。ちゃんとリアリズムに立脚しつつ妖しい雰囲気を醸し出してる。デビュー作の連作「紅雲町ものがたり」は滋味豊かなおばあちゃん探偵の物語で本書とは毛色が違うが、そう言えばあの滋味を生んでいるのは「老いの切なさ」だった。種類は違えど、哀しみというものを物語の中核の据えて描くのが上手な人なのかもしれない(まだ2冊だから分からないけど)。
しっとりと細やかに哀しみが漂い、且つドラマチックに描かれるので、なんとなく浸って読んでしまうのだが、核となっている出来事や隠された背景はかなり壮絶。禍々しくて、恐ろしくて。本格ミステリの中でも所謂〈旧家の因習〉物を彷彿とさせるような道具立てをばっちり揃えてるんだよね。そんな古式床しいモチーフに現代ならではの要素が加わり、絶妙のバランスを作り上げている。そこに愛憎も絡む。周囲に不穏な動きが続くときのサスペンス、真相が判明したときのサプライズと戦慄はただ者じゃない。
そういうのが一気に吹き出すのは終盤になってからなので、そのため読者が推理に参加するのはちょっと難しい。けれどそれは決して瑕疵じゃない。なんとなれば、この物語を動かしているのは謎解きへの興味というよりも洋介の静かな怒りだから。洋介が妻の自殺に疑問を持つのは、上に書いた木の実の他に、隣に住む認知症の老人の言葉だとか、義妹の不審な行動だとかがあるんだが、それより何より「あれほど分かり合えていたはずの妻が、自分を遺して一人で行く筈がない。そんなこと信じたくない」という思いが根底にある。感情的な思い込みってのは、こと論理を重視する本格ミステリでは邪魔者扱いされがちなのに対し、本書はそれを前面に出してるのだ。だから本格ミステリという様式に当てはめて本書を読もうとすると、なんだか展開が漠然としていて全体の絵が見えにくいと感じるかもしれない。でもこれが夫婦の物語であり、夫の慟哭と足掻きの物語であることに気づけば、話の結構は実にくっきりとして来る。
香映の死──「それは自殺だったのか他殺だったのか」ではなく「なぜ香映は洋介を遺して死んだのか」が本書で解かれるべき最大の謎だ。そのとき香映の心中を占めていたものは何だったのか。死ぬ直前の香映の言動がその答となる。こうなる前に、夫婦として、夫として、為すべきだったこと。なのに為せなかったこと。本書が哀しいのは、その悔いが全篇に込められているからだ。
(07.9.5)《詳細情報&注文画面へ》
サバイバー 名将アリー・セリンジャーと日本バレーボールの悲劇・吉井妙子(講談社)
いやあ、知らなかった。実を言うとセリンジャー監督の国籍や出自なんて、まったく気にしたことなかったのよ。セリンジャー監督は幼い頃にナチス・ドイツの迫害に遭い、収容所に入れられたという。ガス室寸前まで行ったと言う。そしてあろうことか、アンネ・フランクと収容所で会っているのだ。アンネ・フランクを「あのお姉ちゃんは……」と語るセリンジャー監督。戦慄した。セリンジャー本人はアンネ・フランクの戦後の評価にはちょっとシニカルなんだが、でもね、日本人にとってこれほど分かりやすい驚きはないでしょ。アンネ・フランクと一緒の収容所にいて、会ったこともあるなんて!
ホロコーストを生き延びたという生い立ちを話すのは初めてだそうだ。話すことは思い出すことに通じるからだ。忘れなければ生きて行けない、思い出したら自分が壊れてしまう、それほどの体験。それをセリンジャー監督は、妻が先に逝き、自分も年をとったと感じて、今、話しておかねばならない、と思ったという。その様子は実に具体的で、読んでいて手足の先が冷たくなるような思いだった。これはもう、あたしがここで何か言うより、本書を直接読んで貰った方がいい。
本書は、「甦る全日本女子バレー」「100%の闘争心」といった極めて良質の日本バレーボールのノンフィクションを手掛けている吉井妙子さんの手によるものだ。そのため本書はセリンジャー監督の生い立ちにとどまらず、そんな状況で培われた彼の性格や物の考え方と、日本バレー関係者の考え方に大きな乖離があること、そのため彼の指導法が効果的なことは既に実証されているというのに彼をナショナル監督に据えないことなどにまで踏み込む。彼の生い立ちと日本バレー界での立場は決して無関係ではないからこその構成であることは重々分かるのだけれど、日本バレー界の問題を抉った第七章以降が、それ以前のホロコーストの描写から急にテーマが変わってしまったように見えてしまってもったいない。どちらも極めて大事な問題だからこそ、この七章は別に一冊のルポにして、本書と姉妹本にできれば良かったのにという思いが拭えない。
(07.9.6)《詳細情報&注文画面へ》
冬そして夜・S・J・ローザン(創元推理文庫)
うわあ、文句無しにシリーズベストだーーー。つか、個人的な趣味だけで言えば本年度翻訳ミステリのベストだ。本国ではこれを最後にシリーズ新作が出てないようだが、もしかしたら「描き切った」ということなんじゃないかと思ってしまうくらい。
シリーズが始まった当初は、物語は主人公を基点に「外」を向いていた。リディアとビルは当初からそれぞれ内面にいろんな葛藤や問題を抱えててはいたが、始めは自分の外にある他者の問題に関わってきた。しかしシリーズが進むにつれ、彼らは他者の問題を請け負いながらもそこに自分を重ねるようになる。中国系アメリカ人としてのリディアのアイデンティティの問題、そしてビルの家族の問題。リディアが語り手となった前作「天を映す早瀬」で自らのルーツに向かい合ったように、今回ビルはこれまでほのめかすだけだった自らの家族の問題に向き合うことになる。それがこれまでとは決定的に異なる部分だ。
まあ、そういうシリーズ内での位置づけはさておき。今回の読みどころは何と言っても高校アメフト部に熱狂するコミュニティの描写だろう。日本人の目から見たら異常としか思えないが、こういう「町をあげて高校アメフト部を応援する」というのは決して珍しくないことなのだそうだ。なんともマッチョな……アメリカが理想とするマチズムの具現化なんだろうか。そんな町で、勉強が好きだったり本を読んだり文科系の活動に熱中したりする生徒は「変わり者」と呼ばれ、一段低く見られる。そんな歪んだヒエラルキーが生み出した悲劇が全篇に渡って綴られる。それが本シリーズの持ち味である飄々としたテイストで、あるときは軽妙に、あるときはドラマチックに展開し、もう読み出したら止まらない。ミステリ的醍醐味とハードボイルドとしてのサスペンスはシリーズの中でも屈指。そしてこの真相と言ったら! 真相のサプライズと、その真相が生み出すドラマにはただ圧倒される。
そして今回の白眉は、なぜビルは妹と疎遠だったのか、なぜ義弟と折り合いが悪かったのかというあたりの物語だ。特に義弟と折り合いの悪い原因がそのまま事件のテーマに直結してるあたりは見事。ハードボイルドの手法をとりながらも、終盤にはセンチメンタルな味わいがいや増し、ローザンの持ち味全開だ。つかず離れずのリディアとの静かな関係なんてもう、ふたりがただ一緒にいるだけで読者が安心するという次元に達しちゃったよ。しかしこれでビルの心の澱はある程度整理できちゃったんだよな。ってことは、やはりシリーズは完結なんだろうか?
(07.9.7)《詳細情報&注文画面へ》
耳をふさいで夜を走る・石持浅海(徳間書店)
殺人者の側から描いた倒叙モノ、と言ってしまえばそれまでなんだが、これはかなり独特だ。もちろん並木が連続殺人を決意した理由というのは中で述べられるのだけれど、傍から見ればあまり説得力があるとは思われない。何も殺さなくてもってな理由なのだ。いや、それどころか、この思考自体、かなりコイツ壊れたヤツなんじゃないかと思わせる。でも、そんなことはどうでもいいのである。動機だの人間関係云々だのではなく、これは「限られた時間の中で、臨機応変に、万全に複数の殺人を成功させるというミッションを如何にこなしていくか」という話なのだから。
殺人は初めての体験なので、最初は並木も度を失うしパニックにも陥る。しかし、その一方で脳味噌はフル回転。「これをしては危険だ」「この方法とあの方法とどっちが確実か」などを考え、対象の家の近くまで行った時点で「家に他の人物がいた場合」と「いない場合」のシミュレーションまで行う。ミステリにはよく、かなり凝った計画殺人が描かれるが、実際には不確定要素が多くて計画通りに行くことはないんだよな、てのが良く分かる。計画にない事態になったとき、頭のいい殺人者がどう対応するか。ものすごくイヤな話なんだけど、「ああ、なるほど、それを利用するのね」「うわ、ダメだよそこで慌てちゃ」という具合に、予定外の出来事を臨機応変に対応していく並木に対して、なんていうか、危機管理のマニュアルでも読んでいるかのような気分で、並木の連続殺人を読んでしまうのだ。こんなの初めてだ。
セクシュアルな描写やシーンが頻出するのも、イヤさ加減に拍車をかける。並木は女性を殺す度に肉体が“欲情”するし、殺しの対象となる三人の女性は誰も彼も貞操と言う言葉には程遠い。つか、男と女がいたらとりあえずヤってみましょう、というレベル。しかしそれらも、耽溺するとか雰囲気を出すとかというものではなく、彼らの壊れっぷりを補完するためのものになっているのがイヤ度倍増。マトモな人間ひとりも居ないというこの状況、だからこそ「ミッションコンプリートなるか?」というゲーム的側面がぐっと前面に出てくる。同じイヤ系ミステリでも西澤保彦「収穫祭」はとにかくネットリしていて、払っても払ってもまとわりついてくるようなベタベタしたイヤ感だったんだが、こちらはドライでクールで壊れたイヤ感。まあ、どっちもイヤなんだけど。
洗練された作風のイメージがあっただけに、このイヤ感は意外にして衝撃的だった。基本的にイヤな話が苦手なあたしが引き込まれて最後まで一気読みしちゃったのは、やはり「予定外の事態に対応しつつ連続殺人を成し遂げる」というゲーム的部分の面白さ故だろう。
(07.9.8)《詳細情報&注文画面へ》
誘拐・五十嵐貴久(双葉社)
ストレート且つエキサイティングな誘拐物。秋月の同僚の一家心中と娘の自殺、それを屁とも思わない会社の上司ってな展開に最初は「いやだよー、読むの辛いよー」と半泣きになってたんだが、誘拐の章に移ってからは雰囲気がガラリと変わる。
仕掛けそのものはね、例えばこの“お金の入手方法”ってのはけっこう前例もあって決して目新しくはないし、最後に分かる“驚愕の真相”というのも本格ミステリ読者的な目で読んでいくと大凡の見当は早い段階でつくのよ。誘拐ミステリのパターンのひとつだし。でもね、そういうのが瑕疵にならないのが五十嵐貴久の最大の魅力だと思う。「こういうふうになるんだろうな」という予想はあったにしろ、そこに行き着く間での道のりをエンターテインメントとしてシッカリガッツリ読ませてくれる作家さんだから。
犯人側の内面描写を(犯行の最中は)あまりしないので、彼らの出した指示のひとつひとつに対して「何が狙いだ?」「どう繋がるんだ?」とこちらも頭脳戦に参加出来るような快感。ちゃんとヒントも出してくれてるし。できるだけ自分の手がかりを残さないように最新の注意を払い、どうやって被害者の自宅に連絡を入れるかという方法も新鮮だ。正直、金の入手方法だの誘拐の背景だのより、ハイテクが進んだ現代社会でこの連絡方法の方が新鮮だったぞ。報道規制を考えれば予め市民に協力を求めるわけにもいかないし。そして何より、(中で刑事も指摘するが)犯人の行動はすべて他人への信頼の上に成り立ってるというのが最も新鮮だった。
基本的にエンターテインメントに徹する作品の多い作家さんなので、あまり重く深く堅くならないようにセーブされてるんだろうとは思う。だからどんどん読めるし、臨場感満載でサスペンスフルなのは言うまでもない。ただ、この「他人を信じる犯人」という部分はもっと掘り下げて欲しかったという欲求不満は残る。もっと面白くなる要素が枝葉にたくさんぶらさがってるのに、気前よく切って行くのが潔いというかもったいないというか。あとね、おばあちゃんが可哀想でね……。犯人にも理はあるけど、その結果、関係ない人にもけっこう辛い思いさせてるってのがちょっとな。
それにしても「できるだけ自分の手がかりを残さないように最新の注意を払」ってたはずなのに、意外なところでしょーもないチョンボをしたもんだなあ秋月。あれがなきゃ、完全犯罪になっていたのでは? しかし考えようによっては、あれがひとつの意思表明であり、覚悟であったのかもしれない。 (08.9.9)《詳細情報&注文画面へ》
あぽやん・新野剛志(文藝春秋)
おお、これは新鮮なお仕事小説だ。彼らが扱うトラブルってのは、例えば、予約したはずの客の予約が手違いで入ってなかったなんてえ場合、この空港スタッフたちが本社と連絡をとって、飛行機から現地のホテルまで予約をしなくちゃいけないわけよ。空港を利用したことはあってもあたしはあまり旅行会社を使ったことがなかったので、こういう仕事をしてる人がいるとは知らなかった。実際に「あぽやん」が旅行業界で侮蔑的な意味で使われているのかどうかは分からないけれど、少なくとも慶太の会社ではそういう位置づけなのね。だから慶太も「絶対あぽやんにはならないぞ、本社に帰り咲くんだ!」と考えている。ところが現場でしかわからない苦労や喜びを知るうちに、この「あぽやん」の仕事の意義に気づき、一人前の「あぽやん」へ近づいて行くという成長物語。
旅行業界の話ではあるけれど、働いてる人は職種に限らずけっこう「そうそう、そうなのよね」と共感する箇所が多いと思うぞ。手続きに不備があって、出国はできるは再入国はできない──つまり日本に帰ってこれない少女の問題を扱う【笑って、笑って】や、本社から忘れられてしまってるんじゃないかと不安になりキャパ以上の仕事を受けようとする【ファミリー・ビジネス】では、まだ彼は空港勤務という仕事の本当の意味がわかってない。けれど、いつも搭乗手続きには来るのに一度も飛行機に乗ったことがない女性を描いた【オン・タイム】で、お客様のために働くということはどういうことか、少しずつ学んで行く。契約社員をリストラしなくちゃならなくなった【ねずみと探偵】で一緒に働くチームというものの意義を学び、定年間際の所長が倒れる【金の豚】ではこの部署のために本社の他の部署と真っ向からやり合うようになる。この時点で彼は立派に「あぽやん」になっているのだ。そして辞めて行った社員の嫌がらせをてきぱきと処理する慶太が【不完全旅行】で見られることになる。
それぞれの物語に、ちょっとした謎と謎解きがあったり、ちょっとしたラブコメ要素があったりと、笑いどころもふんだんにあって、決してお堅い業界ものではない。業界は特殊でも旅行ってのは誰しも経験があるから、臨場感も伝わってくる。素直に慶太を応援し、読み終わったときには気分爽快。一話完結のテレビドラマに向いてそうだ。
(07.9.11)《詳細情報&注文画面へ》
千両花嫁 とびきり屋見立て帖・山本兼一(文藝春秋)
これまで大工とか鷹匠とか鍛冶とかのテクノクラート時代小説の佳作を続けざまに出していた山本兼一なので、古道具屋と聞いて今度は商人小説かと思ったんだが……おやあ? これまでの業界小説のイメージじゃなくて、これはホームドラマだぞ? もちろん古道具や見立ての話も出て来るんだが、それも気持ちばかりで夫婦や店の演出としてだし。こんな毛色のもんだとは思わなかったよ。まあ、全般に「いい話」であるのは間違いない。新選組、高杉晋作、坂本龍馬らが次々に現れ、幕末オールスターキャストで花を添えてるんだけど、政治の話になるでなし、やっぱり根本は気楽に読める「夫婦のちょっといい話」。新選組や龍馬の使い方がなあ、なんか中途半端なんだよなあ。殆ど描き込まれてない割に出番が多い気がするんだが。
【千両花嫁】真之介が結納金としてゆずの実家に置いて来た千両箱が押し込み強盗に奪われた。奪ったのは、壬生にいる浪士組の芹沢という男だという。ゆずは単身、芹沢のいる茶屋へ乗り込んだ──。ゆずの度胸と機転を見せる一作。芹沢はゆずの引き立て役ですね。
【金蒔絵の蝶】芸者が身請けされ、大店の嫁になった。けれどそれが気に入らない姑は、「嫁入り道具が家風に合わない、とりかえろ」と無理難題を言う。その元芸者は、実は高杉晋作が惚れた女性で──。
【皿ねぶり】手代の鶴亀が三十両で仕入れてきたのは、到底売れないような古い甲冑。ところがその箱に大判が隠されていた。真之介はそれを持って、甲冑を売った坂本龍馬という人物を訪ねる。
【平蜘蛛の釜】高杉晋作から坂本龍馬に渡して欲しいと預かった物を、そうとは知らず真之介が売ってしまう。売った先は、駆け落ち前のゆずが嫁ぐはずだった茶の宗匠の家だった。
【今宵の虎徹】桝屋から買い取った十三振りの“虎徹”。本物は一振りだけだ。その真贋が思わぬ事件を呼ぶ──。いや、桝屋って! 桝屋出しておいて近藤土方出しておいて放り出すんかい、と思ったけど、まだその時期じゃないのであった。
【猿ケ辻の鬼】武市から「公家が日本を愛しく思うような贈り物」を頼まれた真之介。ところがゆずは坂本龍馬から「公家が軍艦に乗りたがるような贈り物」の相談を受けていた。それが夫婦喧嘩の発端になる。
【目利き一万両】ゆずの実兄が新選組に捕らえられた。なんとか救おうと真之介は屯所に乗り込み、芹沢にある賭けを挑む。
(08.9.12)《詳細情報&注文画面へ》
ジョーカー・ゲーム・柳広司(角川書店)
かっけーーー! 読後の感想はこれに尽きる。スパイだのD機関だのという言葉から、どうしてもエスピオナージュかと思ってしまいがちだが、ここに登場するスパイたちは一般人がエンターテインメントの中で想像するような極めてカリカチュアされた劇画的なスパイだ。クールで合理的で、知恵と機転で勝負。過酷な任務を遂行するにあたって彼らを動かすモチベーションは、「お国のため」でも「名誉」でもない。「これくらいのこと、自分にならできるはず」という強烈な自負のみ。
こういう劇画的なスパイを描いているということは、本書はエスピオナージュでもなければ戦争小説でもない。これはまごうかたなき知的ゲーム。だから一般的なスパイ小説が苦手な人や戦争小説に馴染みのない人でもぜんぜんオッケー。っていうかむしろウェルカム。だいだいホントにスパイってのが彼らが言うような「目立たず、見えない存在になる」ものならば、こんな颯爽とクールにしてちゃイカンでしょ。低俗にだってなれなきゃいかんでしょ。でも彼らは常にスマートなのよ。そこひとつとってみても、本書がリアルなスパイ小説・戦争小説ではなく「知的ゲーム」である証左だ。だからこそこちらも何の遠慮もなく「かっけーー!」と言える。
たとえば表題作の【ジョーカー・ゲーム】を読まれたい。これはある在日外国人がスパイだという嫌疑をかけられ、その証拠を探す話だ。主人公はある命令を携えて陸軍からD機関に派遣された男。陸軍の価値観べったりのこの男がその価値観を捨てさせられる様が、本書に於けるスパイの奥義を紹介する目的があるとともに、鮮やかな伏線になっていることに驚かされる。相手に気づかれぬようにスパイ行為を行う【幽霊】と、上海租界での爆弾テロ事件を追う【魔都】は、それぞれ探る側と探られる側の視点が描かれて刺戟的。中でも感心したのは、ロンドンでスパイが敵方に捕らえられる【ロビンソン】だ。はからずも敵の手に落ちたスパイが、何をどう利用して窮地から脱しようとするのか。この物語に仕込まれたあらゆる要素が鮮やかで、意外で、そしてただひたすら感嘆。
そして。劇画だのカリカチュアだの「かっけーー!」だのと言いつつも、このご時世に「お国のため」ではなくミッション遂行そのものを目的とした彼らを描くことにより、なにかに囚われてものを見ることが如何に危ういかというメッセージを受け取ることは容易だ。表題作でイカニモ帝国軍人的発想を絶対のものとして語る主人公に、「貴様が何を信じてようがかまわん(中略)。もし本当に自分の頭で考え抜いたすえに、それを信じているのならな」「例えば日本が戦争に負けた場合、たちまちまったく正反対のことを、容易かつ同程度に信じるようになるでしょう」と周囲のメンバーが指摘するシーンがある。これは世評やメディアに踊らされる読者への痛烈な皮肉とも受け取れるんじゃないか?
(07.9.15)《詳細情報&注文画面へ》
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