とてつもない吸引力と巻を置く能わずという展開に、おすすめマークをつけるのに迷いはなかった。なかったけども。いや奥さん、これって辛い話なのよー。恐怖政治の下で人間のイヤな面を否応無くつきつけられるというか。
いやあ、思わずジャケ買いしちゃったよ。この著者の名前はぜんぜん知らなかったが(チェコの作家さんですって)、このシンプルにしてキュートな表紙に釘付け。内容構わずジャケ買いしちゃったのは昨年の「ひつじ探偵団」以来だが、そういうジャケ買いするものに限って、ドイツミステリだのチェコミステリだのという一風毛色の変わったヨーロッパミステリなのは偶然か? そして読んでびっくり、表題作の【赤ちゃん盗難事件】は3ヶ月の赤ちゃんが拐かされる話で、この表紙イラストとは無関係だったよ! つか、この表紙イラストに対応するような話は入ってなかったよ! なんなんだよ無駄に可愛いこの表紙の子供はよー。
舞台はイギリスの田舎町。大学講師のモーリスは幼なじみで作家のジョフリーの館を訪れる。ジョフリーの妻ジュリアから「ジョフリーの様子がおかしい」と乞われたからで、日記の出版計画が進行中のジョフリーは実の兄から脅迫を受けているらしいのだ。ところがモーリスの滞在中にジョフリーは兄ライオネルともども忽然と姿を消してしまう。そしてライオネルの住んでいた小屋には暴力の痕跡が──。
「落下する緑」に続くテナーサックスプレイヤー永見緋太郎を探偵役にした本格ミステリの短編集。各章ごとに著者自らがチョイスした、ジャズCD、レコード紹介のおまけがついてるのも前作に同じ。
京堂夫妻リターンズ! 「ミステリなふたり」以来7年ぶりだ。愛知県警の鉄の女とも氷の女とも呼ばれ、彼女の一言が原因で出署拒否に陥った署長がいるだの、その鉄拳で暴力団員を二目と見られぬ顔にしただの、彼女の邪魔をした国会議員が破滅に追いやられただの、実は殺しのライセンスを持っているだのと噂されるほどに恐れられている京堂景子警部補。しかしひとたび家に帰れば、夫・新太郎に対してデレデレのメロメロのほにゃほにゃのごろにゃ〜んな妻という、究極のツンデレ(あれ? なんか意味がちょっと違うぞ)女なのだ。そしてまた、実は景子が解決した事件の大半は、この新太郎の推理によるものなのだった。
やっぱフロスト警部サイコーだあ!
舞台は1976年のラオス。72歳の医師・シリ先生はそろそろ隠居したいと考えていたが「元気なうちは国家に奉仕」が当たり前の共産主義政権のもと、国でただひとりの検死官に任命されてしまう。助手はちゃっかり屋の看護師デツイと、ダウン症の青年グンの二人。ある日、カム同志の妻が急死してシリ先生のもとに運び込まれていた。しかしその夜、カム同志は早々に妻の遺体を引き取りに現れ、検死も必要ないと言う。けれどその遺体には薬物中毒の徴候が見られており──。
「腕貫探偵 市民サーヴィス課出張事件簿」に続くシリーズ第2弾。櫃洗市役所一般苦情係の、通称〈腕貫さん〉が穏やかに冷静に、だけど鋭く謎を解く。前巻の感想であたしは〈これが「市民サーヴィス課出張所」である意味はどこにあるのかな〉〈お役所らしいのは、意味のない順番待ちをさせるところと愛想がないところくらいで、話そのものにはあんまり関係ないような〉〈お役所「ならでは」の推理みたいなものを期待したんだけどな〉と書いたが、その感想は本書も同じ。特に今回はタイトルにも残業中とある通り、どれも勤務時間外に遭遇した事件であり謎解きなのよ。お役所ならさー、5時過ぎたらサクっと閉めちゃう方がそれらしくない? あと、意味の無い書類記入とたらい回しもデフォルトでつけて欲しいぞ。<もはやミステリ云々の問題ではないような気もするが。
四十代で早期退職制度を利用し、無職になった羽村祐太。しかしもともと金を使わない生活をしており、貯金は充分。焦ることなく、質素で平凡な日々を心豊かに送る。そんな羽村が出逢ったご町内の事件簿。
フリークライマーの岩本は、一年前に親友の江藤がアメリカのヨセミテでクライミング中に滑落死して以降、恐怖で山に登れなくなってしまっていた。そんなとき、江藤の妻が岩本を訪ねて来る。江藤が死んだヨセミテの“ザ・ウォール”という一枚岩は、とてもフリークライミングで登れるような代物ではなく、本人が残した手記にも「“ザ・ウォール”に登るのは自殺するようなもの、登攀は無理」と書かれてあった。なのになぜ、江藤は“ザ・ウォール”に挑んだのか? 江藤の妻に頼まれ、岩本は当時の江藤を知っている者を訊ね歩くが、江藤とペアを組んで“ザ・ウォール”に挑んだ長尾は口が重く──。
チャイルド44(上下巻)・トム・ロブ・スミス(新潮文庫)
舞台はスターリン政権下のソビエト。主人公である国家保安省の捜査官レオ・デミドフはスパイ被疑者の拘束に成功するが、彼を嫌う副官の奸計により妻ともども田舎の警察へと左遷されてしまう。その田舎で彼が手掛けた殺人事件は、彼がモスクワ時代に体験したある事件と似ていて──。というふうに紹介すると普通の警察小説のように見えるし、あっと驚く趣向や意外な展開もあるのだが、とにかく社会主義政権下での恐怖政治のありようってのが本書のキモ。
たとえばレオは「子供が殺された」と訴える親と会い、実際にその死には不審な点があったにも関わらず「理想国家ソ連に犯罪などない」という大前提があるために、その事件を事故として処理してしまう。息子は殺されたんだと訴える親に対し、レオは有無を言わさず脅しまで交えて訴えを取り下げさせるのよ。あるいは、スパイ疑惑。疑惑を持たれた時点で、もうスパイとイコールになってしまう。たとえ無実だったとしても国家警察に“ミスがあるわけない”ので、彼がスパイであることは確定してしまう次第。
こういう圧政の中ではびこる密告、裏切り、奸計。本書の主人公レオは最初は取り締まる側の人間だったのに、レオの妻にスパイ疑惑がかかるだけで、一夜を境に取り締まられる側に落ちちゃうわけよ。そういうことが簡単に出来る社会。そしてレオが疑われ身分を剥奪されるということは、彼の年老いた両親までもそれまでの生活を奪われ監禁に等しい住まいと強制労働が待っている。だからレオは悩むのね。スパイとして妻を突き出してしまえば、自分も両親も安泰だから。
なんという社会か。上巻はもう、物語がどうこうじゃなくてただこの社会のありようが辛くてしょうがない。けれどこういう社会は実在した。たとえば戦時中の日本。たとえばナチスドイツ。たとえば中国の文化大革命。「アンネの日記」もそうだったし、「ワイルド・スワン」だって同じだった。けれどアンネには、隠れ家生活の中でも思春期の恋と羽ばたく想像力があった。「ワイルド・スワン」には家族の団らんや学問があった。圧政の犠牲になりながらも、日々の中になんらかの支えや安らぎがあった。でも、本書にはそれが無いのよ。だから読んでて辛くて辛くて。何より一番イヤなのは、自分がこの時代この社会に生きていたら、迷わず保身に走り妻を売るだろうと思えてしまうこと。自分の醜さが浮き彫りになる読書体験。うう、いやだよー。
本書の主眼は、田舎警官となったレオがある殺人事件を追う過程で、それまで自分が見下してきた“人々”に助けられ、人として再生するという部分にあるのだけれど、そういう「いい話」は下巻の終盤でやっと登場してくるの。だから全体の7割はひたすら辛いぞ。でも読み終わった直後は「よかった」という気分になれるのがせめてもの救い。 (08.9.14)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》 back
赤ちゃん盗難事件 カレル・チャペック短編集(2)・カレル・チャペック(青土社)
そんなこんなで偶然出会ってしまったチェコ作家のカレル・チャペック。物語自体はいずれも1910年代に書かれた──つまり今から90年も前に書かれたごくごく短い掌編ばかり14編収録されていて、なのにシャレてるのよ! 帯に〈愛と不条理のミステリー劇場〉と書かれてるんだが、そこに更に〈おかしみと皮肉〉という紹介フレーズを加えたい。一作目の【死の晩餐】こそ、まだつかみ所がわからず戸惑いが先に立ったが、スパイの親玉でギャンブルで敵が多く愛人もたくさんという男爵が死体で発見されたにも関わらず、「殺人事件は身内の犯行」と信じて疑わない警官を描いた【ガンダラ男爵の死】あたりから次第に皮肉が滲み出し、俄然面白くなってきた。
表題作【赤ちゃん盗難事件】は3ヶ月の赤ん坊を浚われて悲嘆に暮れるお母さんと、赤ん坊の見分けがつかなくて右往左往する警官の様子をコミカルに描いたものだが、ドタバタのおかしさだけでなく“親バカ”に対する痛烈な皮肉が込められている。【金庫破りと放火犯】は本格ミステリ的醍醐味。隻脚になったと嘘をついて障害者年金をだまし取っていた男の足が本当に動かなくなる【なくなった足の物語】は、この時代の役所(権力)の力と庶民がそれをどう捉えていたのかというのを感じさせる。1910年代のチェコって、第一次大戦を挟んでオーストリア・ハンガリー帝国とチェコスロバキア共和国の間に揺れ動いた時代だものなあ。
個人的にとても印象深かったのは【棒占い】というごく短い物語。ダウジングが出来る人できない人の違いを論じているだけなんだが、ラストは示唆に富んでいてゾクリとさせられる。他の作品に比べてテーマが直接書かれていて分かりやすすぎるきらいはあるが、きな臭さが増す時代のチェコにあって、それだけはっきりと言葉にしておきたかったんだろう。
(08.9.15)《詳細情報&注文画面へ》 back
ウォリス家の殺人・D・M・ディヴァイン(早川書房)
ああ、まさに古き良き本格! 出版は1981年だそうだそうだが、物語の設定は……ジョフリーの日記の直近が1962年になってる(p.88)ので、そこらあたりの時代なのだな。最後の最後まで犯人を絞りきれずに引っ張る手腕は見事。まあ、論理展開というよりはチト勢いでいっちゃう観がなきにしもあらずなんだが、それもまたドラマチックだ。いやホントに犯人わかんなかったよ。一人称なのにモーリスまで疑ってしまったぞい。犯人は誰だと考える間もあらばこそ、事態はどんどん動くし、モーリスは手がかり探しに海外まで出かけていくし、館の住人に加えて近所の人まで軒並み怪しいしで、くいくい読まされる。ちょっとしたセリフが伏線になっていたりという細やかさも、思わず背後を振り返りたくなるようなサスペンスもグゥだ。そして真相には(もうちょっと伏線が欲しい部分もあったが)ビックリだし満足満足。
何より好みなのは、奇を衒わず、派手さもケレンもなく、コミュニティの描写や家族の日常生活の描写に筆が割かれてること。暗めだけどね。たとえば、ジュリアがモーリスを呼んだ目的は実はもうひとつある。ジョフリー&ジュリア夫妻の長女アンと、モーリスの息子クリスが恋仲になっていて、ジュリアはそれが気に入らないので、文句を言いたかったのね。かと思えば、決してその家族も一枚岩ではなくて、妹は拗ねてるし、母親はどうもなんか浮気してるくさいし、書生は変わり者だし、一癖も二癖もあるメンバーで構成される家族小説の一面があるのよ。それが実に巧く事件に絡んでくる。
また、クリスとモーリスの親子関係も読みどころのひとつ。モーリスってのはクリスがまだ幼い頃に妻と離婚していて、クリスは妻の方に育てられた息子なわけだ。で、元妻はモーリスに恨みがあるので、とにかく「あんたの父親はひどい男だ」とクリスに吹き込んでるのね。そんなふうに育てられた息子が、父親から何か意見されたって聞くわけない! それが殺人事件に巻き込まれることで、どう変わっていくのか──正直、ミステリ部分だけ取り出してみると、この話は割合地味だと思う(だからこそ良いんだが)。けれどこういう家族のドラマが加わることによって、謎解きそのものにも膨らみが出て来る。事件が起こり探偵が出て来て事情聴取して「犯人はおまえだ!」で終るだけじゃあ、やっぱり物足りない。その事件が関係者にどう影響し、どう変えたかってところまで踏まえてこそのドラマじゃないか、なあ? (07.9.18)《詳細情報&注文画面へ》 back
辛い飴 永見緋太郎の事件簿・田中啓文(東京創元社)
ダジャレも無い、グロもない、ギャグもないという、「田中啓文らしさ」を四方八方から封じたこのシリーズ、まあ今回は「それはダジャレぎりぎりなのでは」というネタもあったりしたし、【甘い土】で見せたような伝奇テイストのものもあったりして、「らしさ」が滲み出しつつはあるけれど。あ、この【甘い土】は良かった! 九州のある山村に伝わる祭りの舞踏をテレビの企画でレポートすることになった唐島と永見。ところが村を訪れてみるとなんだか様子がおかしくて……という話なんだが、トンデモ系にして「もしや」と思わせるような伝奇ネタが楽しいぞ。手がかりが思わぬ方向に展開していく面白さに加え、クライマックスでの地元の踊りと永見のサックスのコラボの描写は読んでるだけでワクワクしてくるほどで、本書の中ではイチオシ。ただ、どう贔屓目に見ても九州の方言とは思えんぞこれは。
その他のものはジャズそのものがモチーフ。かつては一世を風靡したものの今は身を持ち崩したトロンボーン奏者が、ひょんなことからビッグバンドに参加することになる【苦い水】は、このオープニングからまさかこんな“いい話”になるとは予想もしておらずビックリ。逆に展開は予想がつくものの、物語としてきれいなのは【酸っぱい酒】。昔名古屋のライブハウスで一度だけ見た伝説のブルースシンガーにもう一度会いたいと、女性シンガーがツアー同行を頼む込むという話。しかし名古屋の店の名前がマウンテンって……よりによって何故マウンテン……。そこはマトモな食い物を出してるのか?<名古屋市民だけ分かって下さい。
【辛い飴】は「2008ザ・ベストミステリーズ」にも所収。往年の名バンドが巧くなったり下手になったりする理由とは? 【渋い夢】は密室から忽然と姿を消したグランドピアノの謎。この2作は本格ミステリとして実にエレガント。真相そのものだけでなく、その真相に至る過程が美しい。その他、霊の声が入ってると話題になった古いレコードを巡る【淡白な毒】を収録。
ただ、【塩っぱい球】だけはちょっと首を傾げた。プロ野球チームの応援団に頼まれて、ある選手の打席にトランペットを吹くことになった唐島。この話では二つの謎解きがあって、ひとつはあるバッターの行動について、もうひとつは耳障りなトランペットの音についてなんだが、後者がね、「いや、それは無理だろう」と思えてならないんだよなあ。その人物がここで指摘されたような“あること”をするためには、一観客の立場では不可能で、チームの内情にかなり深く通じてなくてはならない。でもそんな記述は無い。じゃあ意味はわからず彼の位置から“見えたもの”を伝えてるだけだとするなら、それは他の人にも見えるわけで。何より、あのタイミングで“あること”をしても、そこから先を考えるならもう対応のしようがないだろう──読んでない人には何のことか分からない記述で申し訳ないが、どうもそこが気になった。
(07.9.20)《詳細情報&注文画面へ》 back
誰が疑問符を付けたか?・太田忠司(幻冬舎)
なんか職場での景子のパワーと噂が、「ミステリなふたり」より数段アップしているような。極めて漫画的キャラではあるんだけど、人物配置が定番にして王道なために安心して読めるし、何より楽しい楽しい。手がかりが出るのが遅いとか、真相の予想がついちゃうとか、まあそういうことはあるにしても、小粒ながらニヤニヤしちゃうようなネタに溢れているし。特に今回は各話のタイトルがミステリの名作をパロってるのが楽しいぞ。何より、パロディタイトルがちゃんと内容のキモを抑えているところが美しい。こういう趣向で“無理が無い”ってのはスゴいことだよ。
風呂場に吊るされた死体とヌイグルミの謎を解く【ヌイグルミはなぜ吊るされる】、死体の身体の上にハマチの刺身が盛られていた【捌くのは誰か?】、チカンを川に突き落としたという供述を受けて川を捜索したらなんと死体が二つ出てきた【彼女は誰を殺したか?】などは、事件そのものの面白さもさることながら、そこに至る思考(主として消去法)の面白さを堪能。ゴミ屋敷の掃除に行った作業員が殺される【汚い部屋はいかに清掃されたか?】は犯人の動機に膝を打ったし(ただ予想がつくのが惜しい)、【熊犬は何を見たか?】では犯人が思わぬ理由で窮地に陥るのが楽しいぞ。
メインの事件のみならず、周辺の味付けにも注目。半地下で貿易会社社長が射殺された【なぜ庭師に頼まなかったか?】では冒頭いきなり他の事件の謎解きシーンから始まり、その謎解きが妙におかしいし、お堅い経理マンが女装姿の死体で見つかった【出勤当時の服装は?】では死体発見者となった男性の身の上に引きつけられたし(最初はイイ気味!と思ってたが最後にちゃんとフォローがあった。このあたり著者の優しさか?)。
そして【京堂警部補に知らせますか?】はシリーズ初の新太郎メインの話。新太郎が通っているスポーツクラブで起こった盗難事件と近所の殺人事件を、新太郎自らが前面に出て行って解決するという今までにないパターンだ。番外編的な位置づけではあるけれど、景子の知らないところで新太郎がちゃっかり活躍してるってのは、読んでてニコニコしちゃう。
いずれも瞠目するような“名短編”というワケではないが、お話の楽しさ・ミステリの面白さといった忰が詰まっているのは間違いない。相手を選ばず安心して薦められるシリーズ。
(07.9.22)《詳細情報&注文画面へ》 back
フロスト気質(上下巻)・R.D.ウィングフィールド(創元推理文庫)
デントン市警察署のフロスト警部は下品でガサツで下ネタ連発の困った親父。その上仕事中毒で部下はタイヘン。自分勝手な行動が多いので署長はフロストを目の敵にしているが、そんなのフロストにとってはどこ吹く風。ある夜、デントン市のゴミ捨て場で子供の死体が見つかる。待機中の警部が捕まらないためお鉢が回って来たフロスト警部、でももちろん事件はそれだけじゃない。誘拐騒ぎは起きるし腐乱死体は見つかるし、おまけに新任の女性部長刑事がいたり仇敵が警部代行として乗り込んできたりで、今回もフロストは大忙しなのだった──。フロスト警部シリーズ長編第4作。
市内で同時多発的に事件が起き、それらに並行して対応するモジュラー型警察小説。魅力は大きく分けて二つ。ひとつは複雑に絡み合った事件をフロストがどう捌きどう解決するか。そしてもうひとつは、警察署内での人事抗争──というか一方的にフロストを敵視している署長や新任警部代行をフロストがどう躱していくか、だ。事件の方は大がかりな誘拐事件からボケちゃったおばあちゃんの保護にいたるまでひとつひとつに違った面白さがあって、そのどれもが等しくエキサイティング。けれど何よりエキサイティングなのは、保身と手柄が何より大事な署長や警部代行の文句をフロストはどこ吹く風でいなしていくそのカッコヨサにある。
署長と警部代行がとにかく自分のミスになるような事態は避け、手柄になるようなことは見逃さないのに対し、フロストはただそこに事件があるから動くだけ。手柄なんて欲しいヤツにくれてやるし、そんなものハナから欲しいと思わない。それがもう、実にカッコいいのよ。いや、カッコ良く描かれているわけじゃない。彼らの説教からフロストは逃げてばかりだし、捕まっちゃえば話は右から左。正直署長たちの方が正しいことだってあるし、フロストのミスだって少なくない。正直やってることはカッコ悪い。でもフロストは事件解決が第一だから、それ以外のことなんか気にしない。その「気にしなさ」がカッコいいのよ。
フロスト警部を読んでいると、細かい他人の評価だとか、自分がどう見られているかだとか、そういうことに汲々としてるのがバカバカしくなってくる。彼の最大の魅力はその「拘らなさ」だ。もしもあたしが言われたらブチ切れちゃいそうな署長の嫌味を、フロストはサラリとかわし、次の瞬間には忘れているか、もしくは子供みたいな仕返しをして笑ってるかだ。七歳の子供を救うために土砂降りの雨の中を駆け回る。それで美味しいところだけ他人に持っていかれても、解決したのならイッツ・オーライ、いつものように下ネタとセクハラの連発で周囲を笑わせる。この余裕が羨ましくも憧れる。そりゃ部下も慕うってもんだ。しかし今回はまた(特にもと同僚の娘の事件のくだりなど)ちょっとカッコよすぎるんじゃないか?
まあ、とにかくこのシリーズはどこから読んでもハズレ無し。読んでる間じゅう楽しくて仕方ない。分厚い上下巻組がぜんぜん長くない。もっともっとフロストの日々を読んでいたい。そう思わせてくれる、至高の読書タイムを約束してくれるシリーズなのだ。このシリーズを知らずにいるのは一生の損だぞ! (07.9.24)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》 back
老検死官シリ先生がゆく・コリン・コッタリル(ヴィレッジブックス)
へええ、ラオス! こりゃまた珍しい。ヴィレッジブックスはボツワナを舞台にした女性私立探偵のシリーズ「No.1レディース探偵社」シリーズを3冊出しているが、それに続く路線と言っていい。まあ、ラオスとボツワナではかなり違うんだけど、欧米ではないという意味だけでも、極めて珍しいよな。
となるともちろん、舞台の新鮮さにまず驚く。1976年のラオスとういのは、ベトナム戦争が終結して共産主義政権が樹立した翌年。資本主義のタイのラジオやテレビ放送を視聴しているのが見つかると密告され“指導”を受けたり、定期的に工事や清掃などの奉仕に参加が義務づけられていたり、互いに“同志”と呼び合っていたりと、なんかもう、現代日本人の目から見ると何の昔話かと思うような(まあ実際に30年前の話なんだが)いかにも共産主義国家的にカリカチュアされたようなエピソードが並ぶが、これって今も同じなのかな。今は観光国としてもアピールしてるしソヴィエトもなくなったので当然ある程度変化はしてるはずだが、一党独裁による共産主義国家ってのは変わってないものなあ。
そんな中にあって72際のシリ先生は、若き日の恋の相手であり後の妻となった女性が熱心な共産党員であったため、自らも運動に身を投じる。が、基本的なところでノンポリらしく、国家の方針はさておいて「この死体ヘンだなあ」と思ったら調べずにはいられない。知的だけどコミカルで、落ち着いてるかと思えばアタフタしたり、電話を怖がったり(かけたことがないって!)と、自分の半分くらいの年の女性(と言っても四十近いわけだが)にポッとなったりと、妙に可愛いのよ。ラオスと言う舞台&この先生のキャラクタだけで、本書の魅力の6割を占めている。
ミステリ的には、幽霊が教えてくれるとか呪術とか前世とか、そういった代物が普通に「ある物」として登場するのでチト戸惑うが、謎解きそのものはエキサイティングにしてけっこうカタルシスもあるぞ(ちょっとアンフェアだけどね)。社会背景とか呪術とかが相俟って展開が分かりにくい部分はあるものの、総体的にみればこれはけっこうな収穫と言えましょう。次巻にも期待だ!
しかし一番戸惑ったのは、日本はもとより欧米の小説にもあまり見慣れない独特の比喩だ。「長毛ヤギのケツに似た髪型」ってどんなんだろう……。
(08.9.27)《詳細情報&注文画面へ》 back
腕貫探偵、残業中・西澤保彦(実業之日本社)
そういうキャラクタや設定へのプチ不満はありつつも、もちろんそこは西澤保彦なので、個々の短編はなかなかにスットンキョーにしてしっかりロジカル。またはドラマチック。章をまたいで登場する個性的なキャラクタもいて、今後レギュラーになりそうな楽しみもある。腕貫さんが地味な分、こういう補助がつくのはメリハリが効いてグゥよ。
【体験の後】レストランで起きた立て篭り事件。事件が終わり警察が到着したとき、腕貫さんはとんでもない推理を披露した──。これね、読みながら「なんかおかしいな、なんか不自然だな」とは思ってたんだけど、それでも腕貫さんの最初の一言には度肝を抜かれたよ! ただ、この真相は……こんなおおがかりなことをせずとも、いくらでも他に方法がありそうなものだが。むしろこの状況であの推理をしちゃうというのは、多分に強引ではある。当たったからいいようなものの。
【雪のなかの、ひとりとふたり】大雪が降った朝、ユリエが何気なく撮った写真にある筈のないものが映っていた。ユリエは先日のレストラン立て篭り事件で一緒に人質となった腕貫さんに相談に行く──。なんかもう、腕貫さんのキャラがお役所ではなくグルマンになってきてないか。
【夢の通い路】親の遺品を整理しているときに見つけた、自分の中学生時代の写真。でも自分にはそんな写真を撮った記憶がなくて……。イチオシ。記憶の失い方がやや恣意的にも思えるけれど、それを補ってあまりあるカタルシスとドラマ性。
【青い空が落ちる】急病で亡くなった元教師は、死ぬ前に5千万もの貯金をおろしていたが、その金がどこにもなくて──。プロローグとエピローグの使い方が秀逸。
【流血ロミオ】向かい合った窓を挟んで会話する習慣を持つ、幼なじみの直紀と真美子。ところがある日、急に真美子が「こちらに来ない?」と言い出して直紀はドギマギ。果たしてその真意は?
【人生、いろいろ。】万全なアリバイ工作まで考えて立てた殺人計画。ところが事態は思わぬ方向に──。この結末は痛快!
(07.9.28)《詳細情報&注文画面へ》 back
夢は枯れ野をかけめぐる・西澤保彦(中央公論新社)
いやあ、これ、いいよ! 少し浮世離れした、でも基本的に常識人の主人公が出逢う事件てのは、いずれも社会問題。しかも、誰にも降り掛かって来るような身近な問題ばかり。ぞっとして、身につまされ、切なくなり、哀しくなり、けれどそれでも平凡な日々を平凡に送ることの素晴らしさが底辺に流れている。シニカルだけど暖かい。残酷な現実と、滋味豊かな暮らしが、隣り合わせになっている。どの家庭にもたいへんな事情はあるけれど、みんなそれと折り合いをつけながら生活してるんだなあとしみじみ。この著者には極めて珍しい色合い。続編ができるような話じゃないけれど、この路線のものはこれからも書いていってほしい。
【迷いゴミ】元同級生から頼まれたバイト。それはゴミの分別だった……。最初は「どんな事情でもこういうこと他人に頼むかあ?」と思ったけど、背景が明らかになるにつれて言葉が出なくなった。それに、猖獗極めるゴミを分別して処分するって、想像しただけでスッキリする。辛い話だけど、役に立ってるのが形で分かるってのはいいなあ。
【戻る黄昏】近所に住む弓削老人の息子が、マンションの改装中だけ車を置かせて欲しいと言ってきた。しかしどうもそれは嘘らしく──。何才になっても、親に対して子供は身勝手なものだというのを痛感。そして自省。
【その日、最後に見た顔は】亭主関白な夫と難しい年頃の娘を巧く操縦しながら家事をこなす陶子。彼女には幼い頃の忘れ得ぬ事件があった。謎解きより、主婦としての陶子の“巧さ”に拍手。
【幸福の外側】弓削老人の通夜の場、五十代の長女・佐智子が羽村に愛の告白。一方次男の博雄は妻の態度が気になって──。これはもう、ミステリ云々というより家族小説であり夫婦小説だ。何より印象的なのは、スーパーで出来合いの総菜ばかり買っていた父親を、マクロビオテック信者の娘が非難した際に、それを嗜めた羽村。真実であっても、良かれと思った上でのことであっても、相手の事情を無視した押しつけは暴力に等しいということ。手助けするのではなく、高所からものを言うだけなら尚更。そしてそれを踏まえた上での、博推夫婦の生き方が胸を打つ。これはイチオシ。
【卒業】羽村にゴミ分別のお願いをしている理都子と、その娘・詩織の話。詩織の友人が結婚に迷い、羽村に相談する──んだが、そんなことより理都子の家庭の行く末はどうなるんだあ! そこが一番知りたいぞ。この夫にぎゃふんと言わせてやりたいっ!
【夢は枯れ野をかけめぐる】佐智子が交通事故に遭い、見舞いに訪れた羽村。読みながら「あれ?」と思うことは多く、趣向には早い段階で気がつくんだけど、予想はしていてもやはり“それ”がはっきりと明かされたときには、なんともいえない哀しみが沸き起こる。
(07.9.30)《詳細情報&注文画面へ》 back
天空の祝宴・堂場瞬一(PHP研究所)
これまで野球やマラソンなどのスポーツをモチーフにした佳作をたくさん著してきた作者が、今度はフリークライミングを題材に選んだ。いやあ、これまでもね、ストーリーの展開とか人物造形とかそういうのとは別のところで、競技そのものの描写で読ませるのが巧い人だよなあというのはつくづく感じていたわけですよ。野球ならただ投げて打って走って取ってという試合の描写。マラソンならただ走って走って走ってというランの描写。ストーリーとしてはそこで一時停止になるのが常なのに、そのスポーツのプレイの描写だけで読ませることのできる希有な作家。それが堂場瞬一なわけだ。
したらばさ、今回のフリークライミングの描写も読ませるのなんのって! 江藤の思いを辿るため、岩本も“ザ・ウォール”に挑むんだけど、211ページから309ページまでのほぼ100ページはまるまる登攀の描写なのだ。江藤はなぜ“ザ・ウォール”にトライしたのかとか、長尾は何を隠しているのかとか、そういうことはしばし意識の外に追いやられる。読者はただひたすら、岩本と共に、小さなでっぱりに指をかけ、背筋と腕力を使って身体を押し上げ、足場を探す。壁の崩落、落ちて来る小石、ビバークできるテラスで飲むコーヒー。そういったものひとつひとつに読者の指は強ばり、心臓は脈打ち、そして時にはほっと一息つく。読んでるだけで指先の数センチに力がこもる。ひりひりしてくる。プレイの描写の臨場感とパワーはさすがだ。
逆に言えば、そこまでがチトまどろっこしい観は否めない。この岩本ってのがさあ、思い込みは激しいし、話を聞かせて欲しいとお願いするはずの相手に何故か初手からケンカ腰だし、お世辞にも思慮深いとは言えないしで、読んでてどうにも危なっかしいやらイライラさせられるやら。アメリカに渡ってから彼のサポートをしてくれる現地の友人が理性担当で、彼のブレーキになってくれるのでまだどうにかなってるという感じ。なんかね、結局岩本は何も考えず、半分ヤケになって“ザ・ウォール”に登った結果、周囲が折れてくれましたみたいな展開になっちゃったのはちょっと不満なのよね。
真相については、背後にある動機を思うとなかなかに切なく「ああ、なるほど」としみじみするが、やや唐突な観も。伏線を求めるのはミステリ読みの悪いクセかしら?
(08.930)《詳細情報&注文画面へ》 back
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