リレー短編集 9の扉・北村薫/他(マガジンハウス)
まっすぐ進め・石持浅海(講談社)
新・御宿かわせみ 華族夫人の忘れもの・平岩弓枝(文芸春秋)
ドラゴン・ティアーズ龍涙 池袋ウエストゲートパーク9・石田衣良(文芸春秋)
日曜哲学クラブ・アレグザンダー・マコール・スミス(創元推理文庫)
新・垂里冴子のお見合いと推理・山口雅也(講談社)
流星さがし・柴田よしき(光文社)
本格好きなら反応せずにはいられない豪華面々によるリレー小説。といっても中身は本格ミステリではないものの方が多いし、リレーも「前作者からお題を与えられる」だけで中身はそれぞれ独立した短編になっている。だがしかし。独立した短編ではありながら、実は前の人の設定を利用していたり、意外なところに共通点を作ったりと、想定されている以上に「リレー」になっているところに注目。これまでリレー小説というと、縛りが多すぎてどうも窮屈なつくりになってしまった例が多かったが、これくらい自由度の高いものの方が「妙味」が味わえて面白いな、と思わせてくれた。
以下、ストーリーには敢て触れずに感想のみを一言。
【くしゅん】北村薫:書き手が北村薫なのは重々知りつつも、つい「これ新井素子?」と思ってしまった作品。まさか北村薫作品で新井素子を連想するとは。
【まよい猫】法月綸太郎:お題は「猫」。一見前の作品とは無関係に見えたが、後書きを読んで「そんな意図が!」と感心した。初読で気付けなかったことが悔しい。
【キラキラコウモリ】殊能将之:お題はコウモリ。この、仄めかせるだけの終わり方ってのはいいなあ。これがもっと狭義のリレー小説だったら、後に書く人にとっては良い餌になったろうな。
【ブラックジョーク】鳥飼否宇:お題は「芸人」。いきなり狭まったお題をストレートに且つ実に巧く仕上げている。前の登場人物の名前を使うお遊びも。
【バッド・テイスト】麻耶雄嵩:お題は「スコッチ」。いや、これは驚いた! 緩いリレー小説という設定ならではのサプライズ。
【依存のお茶会】竹本健治:お題は「蜻蛉」。えっと、ただ、これってどうして主人公がこの場に呼ばれたのかが、どうしても分からない……。そこは気にしちゃいけないとこなのかな?
【帳尻】貫井徳郎:お題は「飛び石」。おお、しばらく続いていた、ちょっと浮世離れした感じからいきなり現実! こういう変化も読みどころ。
【母ちゃん、おれだよ、おれおれ】歌野晶午:お題は「一千万円」。あははは、これは最初から分かるので書いてしまうが、そっくりまるごと【帳尻】の後日談だあ。作風も実に「らしい」感じ。
【さくら日和】辻村深月:お題は「サクラ」。うわあ、巧い! お見それしました! この中で唯一、作品を一冊も読んだことのない作家さんだったんだが、己の不明を恥じたね。「読もっ!」と思ってしまったよ。小学生の女の子のかわいい恋心をにこにこしながら読んでいたら、とんでもないところに運ばれてしまった。なんてきれいな円環。実にエレガントにリレー小説を完成させている。ラストがこの書き手だったというのは大正解だ。
買おうかどうか・岸本葉子(双葉社)
本書を読んで無性に欲しくなり、デニムのレギンスを購入。おおおおお、これは楽だわ。もっと早く買えば良かったよう。もう普通のジーパン履けないよう。しかし「ウェストがゴム」っつーのは、何かを捨てたオバさんの象徴のようなものだったのに、レギンスなんつーコジャレた名前がつくだけで流行のファッションに乗ったように思えるから侮れない。ゴムパンのくせに。
というわけで本書は、岸本葉子さんが実生活の中で「欲しいな」と思ったものを調べたり探したり相談したりして自腹で買い、それがアタリだったかハズレだったかをレポートしてるもので、実に物欲を刺戟してくれる。作られた流行ではなく、「この年齢の女だからこそ欲しいもの」メインなので、すっごく共感できるのよ。中にはイマドキらしく、パソコンだのネットだのという項もあるんだけど、このあたりは(こう言っちゃナンだが)似たような体験談はネット上に売るほどあるわけで。むしろ、パソコン云々ではなく、家事や衣食住のための道具を俎上にあげる回が面白い。
レギンスもそうだし(岸本さんは飛行機の中で楽に過ごせる“伸びるモモヒキ”のようなものを探したそうだ。うわははは。)、液が垂れない醤油差しとか、茶漉し一体型のポットとか、小銭が出しやすい財布とか、スープメイカーとか、ホーローのやかんとか。ホームベーカリーもあればアロマポットもある。「暮らしの手帳」的ラインナップを岸本さんの小気味良い文体で面白可笑しく斬っていく。使ってみないとわからない欠点を含め、失敗なら失敗とちゃんと書いてるのもいい。また、実際の使い勝手だけではなくそれを購入する過程も楽しいぞ。アロマショップでべたべたしてるカップルに「周囲が見えるようになるアロマを処方してやれ」と思ったり、ウェストが楽なレギンスを探してたらマタニティショップにあって妊婦に間違われたとか。わはは。
そして何より、こういうのにありがちな商品の写真や紹介はないのよ。代わりにイラストがついてる。これが、あくまでも「商品紹介記事ではなく、一個の読み物である」って感じで良いのよー。商業的な匂いが入ると、一気に読み物ってつまんなくなるけど、そういう風味がまったくないの。世代性別限定になっちゃうかもしれないけど、お勧めです。
しかしホントに楽だなーレギンス。
安楽椅子探偵形式の本格ミステリ連作短編集。飲みながら会話&謎解きというシーンが頻出するあたりは、「Rのつく月には気をつけよう」に近いテイスト。つか、同じシリーズかと思ったよ。登場人物の名前を確認してカブってないことがやった分かったくらいだ。なので「Rのつく……」が好きな人にはお勧め。
書店で見かけた美女が左手にふたつの腕時計をしている理由を推理する「ふたつの時計」、居酒屋でひとり一本ずつワインを注文するカップルの謎を解く「ワイン合戦」(このタイトルは北村薫の「砂糖合戦」を連想した)、ショッピングセンターで出会った少女を保護する「いるべき場所」、十年前に死んだ父が娘の将来の夫に残した傘の謎を推理する「晴れた日の傘」(これが一番いい!)、そして恋人が「ふたつの時計」をしている真の意味が判明する「まっすぐ進め」を収録。
この中で「ワイン合戦」、「いるべき場所」、そして「まっすぐ進め」の三作は、主人公の推理が果たして正解だったのかどうかの証明はない。「こう考えると筋が通る」という蓋然性の高い想像をしているに過ぎない。もちろんそれはそれで安楽椅子探偵のひとつの形なんだけど、この中でいいなあと思ったのは「まっすぐ進め」だ。蓋然性の高い推理は、そのまま恋人への救いになる。ただ賢しげに推論を提示するのではなく、それが人を救う。探偵役を務めるなら「当たっている嫌な真相」より「はずれててもいいから、救いのある真相」を提示できる人の方がいいよなあ。
まあ、「ワイン合戦」は当たろうがはずれようがかまわないような推理ゲームだけど、「いるべき場所」の推理は、これが当たってると辛い。当たってほしくない。当たってほしくないような推理をするくらいなら、もっと幸せな推理をしてくれーーーー!
ところで推理とは関係のないところで気になったのが、主人公とその彼女の関係だ。腕時計をふたつはめてる理由を見抜かれたことで相手に好意を抱くのはいいんだが、しばらくお試し期間とか様子見とかをせず、初対面に等しい相手にいきなり「支えが必要です」なんて重い言葉を言うって、どうなのかと。出会って2回目で、おつきあい云々ではなく「支える」というレベルにまで行っちゃうのは不自然ではないかと。
そこであたしは考えた。これはきっと、彼女の方も彼に一目惚れしており、向こうがけっこう内面に踏み込むような話をしてきたのをこれ幸いと、男のキャラを見て「頼ってみせた方が喜びそうなタイプ」と判断し、それに乗っかっただけなんじゃないか。実はふたつの腕時計ってのはぜんぜん違う理由だったのではないか、でもってそれが連作の中で明らかになるのでは……なんて想像をしていたのだが、ぜんぜん違った。ああ、年をとるって、汚れていくことなんだなあ……(がっくし)。
前作を読んでからかなり間があいてしまったせいと、前作から主人公が代替わりしてるせいで、読み始めてしばらくは「……誰だっけ?」と戸惑うこと多々あり。読みながら「えっと、源三郎は死んだんだっけ?」「東吾はまだ行方不明なんだっけ? それとも帰ってきたんだっけ?」「宗太郎って誰だっけ?」「るいは元気なんだよな? 七重ってどうなったんだっけ?」「っていうか、家系図どっかに載せてくれ!」といちいち引っかかっちまったよ。いや、自分のせいなんですけどもね。でも欲しいなあ、家系図&相関図。
【華族夫人の忘れもの】かわせみに泊まった華族の夫人は意外と気さく。その正体は……。あっ、これ、覚えてる。覚えてるけどもさ。そんなところから持って来るかと、その突拍子もなさにひっくり返ってしまった。
【士族の娘】四民平等の世、元士族の娘は友人の商売を手伝うが──。これ切ないなあ。こういう話こそ、この時代ならではのもの。ただ、前のシリーズなら、るいや東吾をはじめとした「第一世代」がもうちょっと話に絡んできそうなものだが。第二世代だけだと、まだまだ無力だ。
【牛鍋屋あんじゅ】麻太郎が知り合った少年が熱を出し、重態に。少年の母は牛鍋屋を営んでいたが──。話のつくりとしては、なかなかにミステリ度高し。
【麻太郎の休日】麻太郎の知り合いが「父を撃ってしまった」と駆け込んできた。しかし実際には──。話のテーマは別のところなんだけど、一番印象的だったのは西洋医学と東洋医学のあり方。まだまだ西洋医学を信じない人がいた時代ならでは。
【春風の殺人】とある金持ちが、昔芸者に生ませた自分の子を探して欲しいと源太郎に捜索を頼んできた。候補はすぐに見つかったが──。
【西洋宿館の亡霊】麻太郎が実の兄だと知ってしまった千春は、衝撃でふらふらと横浜へ向かう。ところがそこで思いがけずも東吾の名を聞いて──。いや、ちょっと待ってよ、千春にとっては晴天の霹靂なのに、そっから話が殺人事件にシフトしちゃって、千春の衝撃がどっかいっちゃってるよ! そもそも事実を知るきっかけってのは実に唐突。そんな前ふりも何もなしで本人が知るシーンから話を始めますかそうですか。千春の思いだけで一冊書けそうなくらいなのにー。つか、そこらあたりは次の巻に持ち越しかな?
わー、もう9冊目か。
なんか途中から(5冊目あたり?)、話がどんどんシンプルになっていったこのシリーズ。今回も例に漏れず、捻り無しの超ストレートな勧善懲悪ばかり。事件が起きて人助けをすることになった。作戦を考えた。実行した。成功した。終わり。……オール読物の新人賞をとってデビューした初期のIWGPとはもはやすっかり別物だね。別シリーズと言ってもいいくらいだ。別シリーズなんだから「初期の方が良かったよう」なんて泣き言は言いません。ええ言いませんとも。
では現在の魅力はどこにあるかってえと、これはもうマコトの箴言集として読むのが一番いいんじゃないかと。気の利いたフレーズがそこかしこに溢れてて、やっぱさすがにこういうのは巧いなあ。プロットではなく文章で読ませる物語の最たる物。ごちゃごちゃとややこしい入り組んだプロットの小説なんてとてもじゃないけど受け付けない、そういう人に「物語って面白いよ」と手始めに薦めるには、このシリーズって最適なんじゃないかしら。
あと、旬の時事ネタが織り込まれてるのもいつものこと。つまるところ、旬の社会的テーマを水戸黄門的ワンパターン人情もので解決するのをポップでカッコいいフレーズで表現してるってことか。なるほど、確かに受け入れられやすいかも。
「No.1レディース探偵社」のシリーズは大好きなんだが、今こうして別シリーズの感想を書こうとして初めて気付いた。ファーストネームって、「あれぐざんだー」なのか! 「あれくさんだー」だとばかり思っていたよ。Alexanderなら普通は「あれくさんだー」と発音するケースの方が多いように思うけど、この人の場合は思い切り濁るのね。ナカジマさんとナカシマさんみたいなもの?<かなり違う。
でもってこのシリーズの舞台はボツワナではなく、イギリスの古都エディンバラ。主人公はミス・ラモツエとはある意味対極にいるような(でもやはりどこか似ているような)女性哲学者イザベラ。四十代前半、独身の一人暮らし。彼女が訪れたコンサートで、桟敷席からひとりの男性が墜落死を遂げる。彼がまさに落ちて行く様を目撃してしまったイザベルは、その背後にあるものを探ろうとする──。
と書くとごく普通のミステリのように思えるけど、実際には謎解きものではありません。だって墜落死した男性は事故なのか他殺なのか、他殺だとしたら犯人は誰なのかってことは、いきなり降って湧いたように判明しちゃうんだもん。事件に首を突っ込んで危険な目にあったら「両手を上げて降参」なんて言うしさ。そんな探偵いないだろ。あはは。つまりこれは、推理するってタイプの話ではなく、むしろ(まえがきにもあるけれど)何か難しい問題に直面したときどんな行動をとるのがベストなのか、ということを考える物語なの。
イザベラは墜落死事件だけじゃなく、姪のキャットが素行の良くない男性と付き合ってる事も同じように(いや、身近な分こちらの方がより多く)気になっていて、自分と姪との関係を崩すことなく彼と別れさせるにはどうしたらいいかと考えている。大昔の恋人のことをいまだに忘れられないでいる。はたまた、姪の元カレ・ジェイミーに対する微妙な思いも抱えてる。手間のかかる仕事もあるし、クロスワードパズルも解きたいしと、いろんな難問が同時進行。そんなとき、誰に頼って、何に目を瞑って、何を譲って何を譲らなくて──ということを考える、その思考の道筋をこそ楽しむって感じかな。
一本の筋に沿って物語が展開するタイプのミステリに慣れてしまうと、こういう話は「結局何がしたいの? これが事件とどう結びつくの?」と思ってしまいがちだけど、そういうジャンルの話じゃないってことはあらかじめ知っておいた方が良いかも。本書は「哲学者イザベラの生活と交遊」という副題があってもいいくらい、イザベラの生活そのもののお話です。
でもってそれがけっこう素敵。ギャラリーで絵を見て、コーヒーを飲みながらクロスワードパズルを解いて、ジェイミーが遊びに来たらオムレツを作ってあげて、庭の四阿で仕事して。超現実的な家政婦グレースに、デリカテッセンを経営してる姪、音楽家の友人に囲まれた日々。優雅だなあ。ミス・ラモツエ同様、中年女性としてのひとつのロールモデルとして観るべきなのかも。
レッド・マスカラの秋・永井するみ(理論社)
「カカオ80%の夏」に続く、女子高生の三浦凪が探偵役を務めるガーリッシュ・ハードボイルド第2弾。いいなあ、このシリーズ。
主人公の三浦凪がティーンズ向けファッションショーである東京ガールズフェスティバルに出かけたところから物語は始まる。友人のミリがモデルとして出演しており、その赤いアイメイクに興味を持った凪は楽屋でミリにその話をふる。ところがミリの様子がおかしい。実はミリのライバルとされていたモデルが、ミリから勧められた赤いマスカラを使って目を腫らし、ショーに出られなくなったのだという。ミリによる嫌がらせではないかという無責任な噂に黙っていられず、凪は真相を突き止めようとする。
キャラ付けや伏線がシンプルなのはヤングアダルト向けという媒体への意識かもしれない。けど、永井するみはヤングアダルト向けでもやっぱり永井するみだ。働く女性、何かに懸命になる女性、懸命になってしまったが故に視野狭窄に陥る女性……そういったものを描かせると本当に巧い。今回はコスメ業界が舞台。高校生の凪を通す(つまり高校生の発想と行動範囲で賄えるストーリーでなくてはならない)からシンプルに見えるだけで、ここに展開されているのはジュニアブランドのアパレルメーカーを舞台にした「さくら草」やファッション雑誌業界を描いた「マロノブラニクには早過ぎる」で描かれる世界となんら変わらないのだ。すみれ社長や野沢研究員の視点での話を読んでみたいなあ。きっともっと深くてどろどろして頭を絞るようなエピソードがたくさんあるだろうなあ。
そしてやっぱり凪ちゃんはカッコいいぞ! 学校では孤高を保ってるけど、それはべつにスカしてるわけじゃなくて、ただ派閥に入るってのがしょうに合わないだけ。それだけならよくあるが、それをクラスのメンバーも認めてつかず離れずのいい関係にしてるってのがいい。自立してる女の子を描こうとするとどうしても、ツルむ女の子たちを敵視し見下し、向こうからも嫌われるみたいに描かれるケースが多い中、こういうふうにちゃんと人付き合いも出来、なおかつ自分をしっかり持ってるって方がうんとカッコいいと思うよ。だいたいハードボイルドってえ世界の主人公は意味も無く敵を作りたがるのが不思議でしょうがない。それってイイこと何もないよなあ?
なお、前作でディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズにハマっていた凪の今回の読書はジョン・ダニング! 古書店探偵のシリーズだ。こういうお遊びも楽しい。次は何かな。S・J・ローザンなんていかがでしょ。リディアには凪ちゃんが共感するところも少なくないと思うが?
前作「続・垂里冴子のお見合いと推理」からもう9年も経ったのかあ。山口雅也の作品の中でも一風変わったシリーズ……と言っても、世間一般にはごくごく真っ当な普通のパズラー。山口雅也の場合は他が風変わりにもホドがあるってくらい変わってて、最早風変わりなのがデフォルトになってるもんだから、こういうストレートで真っ当なパズラーを書かれると逆に「あれ?」と思っちゃうんだよな。
とか何とか言っても、実はけっこう……いや、かなり好きなシリーズ。奇を衒うような作りじゃない上にキャラで読ませる類のものでもないので、ホントにアイディアの勝負になる。その結果、パズラーとしてのレベルがはっきりくっきり出てしまうので、逆に著者としてはやりづらいかもしれないな、なんて考えたりもするけれど、そこはやはり地力がある。
お見合いの度に何かの事件に巻き込まれ、その事件を解決してしまう垂里冴子とミステリマニア(1名を除く)が集う垂里家の物語。今回は中編二本。
「見合い相手は水も滴る○×△!?」冴子の今回の見合い相手は水族館の飼育員。相手の勤務先の水族館でお見合いがセッティングされたが当日にイベントが行われ、そこで大切なネックレスが奪われるという事件が起きる──。伏線が露骨というかあからさまというか。なので「これは絶対ミスディレクションだ!」と思いながら読んだ。そしてそれは確かにミスディレクションで真相は別にあったのだけれど……なるほど、とは思うんだが吃驚するという感じはない。「あ、王道」という感じ。<王道を見抜けなかったというのはチト反省。
「神は寝ている猿」おおお、冴子とトーキョー・サムのコラボだよ! トーキョー・サムを知らない人は「日本殺人事件」、「續・日本殺人事件」を参照の事。今回の冴子の見合い相手がトーキョー・サムなのだ。二人の推理トークが楽しい楽しい。こちらも「王道」な仕掛けが散見される(メールが偽だと見抜く理由とかね)が、そんな王道パターンもこの二人に説明されると有り難みがあるなあ。もうこの二人のコラボだけで充分楽しく読みごたえがあるんだから、ダイイング・メッセージに無理矢理観があるなんて言うな。言うなってば。
ダブル・ジョーカー・柳広司(角川書店)
待った待ちわびたよ「ジョーカー・ゲーム」に続くD機関シリーズ第2弾の登場だ。かっけーーーー! めちゃくちゃかっけーーーー!
こと日本の小説で戦争を扱うと、特に太平洋戦争に至る道筋あたりを描こうとすると、なんつーか、反戦色の強い社会派か、でなければ悲しみで胸が詰まる物語になってしまいがちで、それはテーマを考えればもちろんそうならざるを得ないっつーか、純然たるエンタメにしてしまうのはどこか不謹慎に見えてしまうからだろう。それは、分かる。確かにふざけていいモチーフでは、ない。
でも、でもさ、料理次第でこんなにステキでこんなにスタイリッシュな本格ミステリになるんだよ。諜報というものを美化するでもなく、糾弾するでもなく、ただ純粋な知的ゲームとして演出する。背後にはきな臭さや血生臭さがあるはずなんだけど、それらを極力そぎ落として、けれど決して正当化はせず、知的競争の部分にのみ特化する。したらばさ、こんなに胸躍るパズラーに仕上がったってえ次第だ。
だから本書のかっこよさは、キャラクター自身と彼らの持つ頭脳及び信念のかっこよさであって、決して諜報それ自体がかっこいいという印象は与えない。スタイリッシュなのは頭脳戦の妙味であって、スパイという行為がスタイリッシュなのではない。そこを断じて勘違いさせない技術が、ここにはある。
表題作「ダブル・ジョーカー」の駆け引きの面白さ、「蠅の王」の意外な真相、「仏印作戦」のねっとりとした空気、「柩」のおそるべきクライマックス、そして「ブラックバード」の空虚な悲しみ。ミステリとしてこれ以上望むもの無し。
この手に汗握る頭脳ゲームは短編だからこその切れ味だと思うんだが、長編だとどうなるのかな。なんか余計なものがくっついてきそうな懸念と、長編でもスタイリッシュな本格ミステリが成立するのではという期待が等分にある。読んでみたい。
京都出身新米弁護士の東京奮闘記。
依頼人が弁護士事務所に持ち込む事件に新米弁護士があたるという、連作短編の形で展開される青春ミステリ。ミステリとしてもなかなかに魅力的な謎が提示されるんだけど、あたしの印象に残ったのは成瀬君の葛藤と成長だ。これがなんとも痛痒く、そして妙なカタルシスがある。
分かりやすいのが第一話。成瀬は京都出身なので東京で働いていても京都弁がデフォルト。それはいい。でも、その京都弁(というか関西弁)を心情的に受け入れられない人がいる。それを「俺、関西弁、恥ずかしいと思わんし。直さなあかん言葉やと思わんし」と公言する成瀬。
わああ、いる、いるよこういう人! 関西弁というのは最も分かりやすいアイテムだけど、たとえば私は過去に「絶対にお化粧はしない」とか「スカートははかない主義」なんていう女性に、会ったことがある。もちろんそういう主義を持つのは自由だけど、「私はそういう主義なんだから周囲の人も認めて、そんな私を受け入れるべきだ」という発想になっちゃうと、ちょっと困るわけで。
でもそういう「自分の価値観を他人に浸食されるいわれはない」っていう思い込みって、多かれ少なかれ、若い頃には誰しも持ってるんだよね。でもって社会に出て「あれ?」と思う。関西弁を使おうが、スカートをはかなかろうが、それは個人の問題であって他人様に迷惑をかけるようなものではない筈なのに、なぜかその論理が通用しないケースに出くわす。そこで蒙を啓かれる成瀬にカタルシスを感じると同時に、そんな経験が自分にもあるからこそ痛痒さを感じちゃうんだよなあ。
そこで人は「折り合いをつける」ということを学ぶのだと思う。自分の自由と他人の自由の折り合う場所を見つける、それが社会で生きていくってことだと。特にそれが客商売ならなおさら。自分の価値観が……つまるところ自分のプライドがいかほどのものかを学ぶと言ってもいい。
てなことを、第一話を読みながら考えたわけだが、第二話以降も、事件&謎解きに絡んで、そうやって新米の成瀬君がいろんなことを学び、ちょっとずつ成長していく姿が描かれる。一皮むけた成瀬君は、なかなかに良い男になりそうよ。
そうそう、蛇足ながら、成瀬君の彼女の仕事がバリアフリーデザイン、ユニバーサルデザインなのね。身内に障碍者がいる身としては、本文に出て来る彼女の言葉に深く首肯した次第。彼女を主人公にしたものも書いてほしいなあ。
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