最近の中学生ってこんなんじゃねぇよぉ、とか、中学生にこんな思考できるかぁ、とか、そんな文句を言ってはいけないのです。この作品には。そんな小さな傷は問題じゃないのだな。この作品はミステリとしては、今年の上位に入ると思いますね、個人的に。これってどっかで読んだ、と思ったら、あの東野圭吾氏の「放課後」を彷彿とさせることに気付いたのです。
ネメシスの哄笑・小森健太郎(出版芸術社)
歯に衣着せないで書くけれども、これは内輪受けでしょう。いや、構成はとてもよく考え抜かれているというのは、判る。構成は正直面白いと思いましたよ。んだけどもさー、自著の連呼はハナにつく。だって読んでないもん、あたし。小森氏の前作を読んでない読者は、これ読んじゃいけなかったんじゃないかとすら思ってしまいましたね。同人誌的なノリっつーのは、部外者にとっては面白くもなんともないもんだと思うけど。構成がいいだけに残念。この構成を活かして、完全なフィクション(登場人物も設定もすべて架空で)で何かを描ければ、それは随分と面白い叙述ミステリになったような気がするんだけどなぁ。 (96.10.5)
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検察審査会の午後・佐野洋(新潮社文庫)
まず「検察審議会」なるものの存在を初めて知った。不起訴になった事件を、不起訴でいいのかどうかを審議する市民の組織で、まぁ陪審のようなものらしいがその評決に拘束力はないということで、なんか不思議。話としては、連作短編で内容や構成という面ではとても面白く読めました。こういう設定も好きですね、あたくし。ただ、この佐野洋さんつーのは、まぁ推理日記でお馴染みで、法律的な面や推理を展開する論理というのは、そらもう安心して読めるわけだが、なぜか不必要にセクシュアルな要素を入れるんだよなぁ。今回のこの連作でも主人公は55才くらいの高校教師なんだけども、同じ審議会のメンバーの女性に惹かれてて、それはいいんだけど、その表現が妙にいやらしくて印象悪いのよ。本筋に関係ない「やや淫らな」表現が多くてそれが55才の男性の心の中だけで繰り返されるもんだから、なんか一際いやらしく感じる。いっそ行動に出ればいいものを、表面では真面目に審議してるのに、彼女のうなじがどーのこーのとか、彼女と関係を持った夢を見たとか、そういうのがそこかしこに出てくるわけだ。で、そのあたりはぜんぜんストーリーと直接は関係がない、となれば、ううむ、男性読者を捕まえるためかしら。だけど、なんかいやらしくてイヤなんだよなぁ。いや、別にあたしは潔癖症ではなくて、それなりに色っぽいのも好きなんですけどね。これはなんか汚いという印象を持ってしまうのよね。なんでかな。まぁ、そのあたりさえなければ、設定・ストーリーともに満足な一冊でしたのよ。あと、「……」の多用が気になるぞ(笑)>佐野氏 (96.10.6)
幸せな朝食・乃南アサ(新潮社文庫)
「凍える牙」が直木賞を受賞したということで、やっと文庫になった。彼女がこの作品をひっさげて文壇に登場してからずっと気にはなっていたのだが、なんだかやっと読めたという感じがする。これは買い!と決心させるものが今までなかっただけのことなんだけどね。さて、ストーリーとしては、ミステリーというよりもサイコサスペンスである。女はやはり女を描くのがうまい。それは女だからというわけではない、と解説者は述べているが、それでもやはり文壇で名を馳せる女流は一様に女性を
(それもやや常軌を逸した女性を)描くのが巧いという点で共通している。自惚れ、プライド、誰もが持っているものだけに自らの身に照らし合わせて恐くなる。と同時に主人公を美人にしたこと、そしてその美人が美人であるがゆえに道を誤っていく様は、「美人でない」多くの女性読者の溜飲を下げるモノである。こころのどこかで、美人が不幸になるのはいい気味と思わせておいて、でもその内に、美人という点で自分とは別物だと思っていた主人公が、女の見栄とプライドという点で自分と同じだと気付かされる。他人の話として読んでいた小説が、自分に当てはまると知った時の恐怖。これがこの作品最大の「どんでん返し」なのではないだろうか。(96.10.8)
ピタゴラスの時刻表・吉村達也(講談社)
あんまり好きな作品はこれまでなかったんだけどね(^^;)>吉村達也。これはまぁサクサクっと読めてしまった。途中に時刻表トリックへの皮肉がたっぷりまぶしてあってそこはまぁ面白かったかな。でも、そんだけかなぁ。トリックは滅茶苦茶無理があると思うし、登場人物はかなり個性的に書き込まれてはいるものの、それだけ書き込まれた個性が物語に反映してこないし。シリーズものらしいんだけどね、シリーズものにありがちな「このシリーズを最初から読んでないと判らない」というノリが随所にあるのがなんか鼻に付く。まぁそれでも、読みやすいし(つまり軽いということか
)本格パズルに必要な小道具は揃ってるし、気合い入れずにトイレや電車で読むには、まぁ、いいんじゃなかろか、と思いました、です(笑)。(96.10.9)
鬼子母神・和田せつ子(講談社)
なんか「常軌を逸した心理サスペンス」は続けて読むもんではない、という気がしたです。口直しに西原理恵子か内田春菊でも読んで現実世界に戻ろうかと思ったですね(笑)。まぁ自分が女だからかもしれんけど、女のプライドとか狭さとか見栄とか独りよがりなところとか思いこみの強さとか選民意識とか、まぁそういったものを赤裸々に描いた作品というのは、どっかひと事でないというのもあって、けっこう好きなタイプではあるわけで、特にこの話は「嬰児殺し」というテーマを日本人の歴史的価値観から扱ってると聞いたので楽しみにしてたんだけど、楽しみにするほどではありませんでした。(笑)乃南アサのあとに読んだから比べちゃったというのもあるんだけど、それにしてもチトお粗末。テーマはいいし、取材もきっちりしてるんだろうけど、なんかキャラクターが一人歩きしちゃって、これって前にフジテレビ系列でやってた「沙粧妙子」といったい何が違うんでしょう、って感じなのよね。流行だっつーのはわかるんだけどさぁ>犯罪プロファイリング。思いきりテーマがぼけてましたね。推理部分も登場人物のカンと思いこみで進むから判りにくいし。深いテーマだけに「何がいいたいのかがぼけてる」というのは残念。(96.10.10)
蒲生邸事件・宮部みゆき(毎日新聞社)
「時間旅行者が2・26事件下の東京へ行き、殺人事件に巻き込まれる」と帯に書いてあって、非常に興味を持った。あのあたりの歴史けっこう興味有るし、その時代背景の文学けっこう好きだし。で、読んだのだけれど、なんか宮部氏にしてはちょっとテーマのぼけた作品のような気がする。舞台設定も魅力的だし、主人公やその周囲の人たちも魅力的なんだけれども、せっかくの舞台(2・26事件真っ直中の帝都)というのを生かし切れていないような気がしたのだ。あの時代を選んだ意味はあるとは思うのだけれど、「あのあたり」の時代なら別にいつでもよかったんじゃないか、単に2・26事件は「主人公達が行動しにくかった」というだけのような気がして、
ああもったいない。そりゃ一般市民は政府がどうだろうが日々の事が大事で恋もするし喧嘩もする、っていうのは判るんだけど、だったらなおのこと226に拘ることもないような気がするんだけどなぁ。んでも、登場人物がいきいきとしてるのは、さすが宮部氏の真骨頂だ。ストーリーの破綻もなく安心して読める。「龍は眠る」ニューバージョンだと思えば間違いないかも。時代背景に必要以上にこだわらなければ面白く読めのではなかろうか。ふきの正体はもしかして…と思ったのだが、さすがにそんなご都合主義の結末ではなかった。(96.10.12)
これは東野圭吾という作家の「本格推理決別宣言」であると同時に「本格推理へのあくなきオマージュ」である。最近の所謂「本格推理小説」を読みながら私が感じていた疑問や不満……【これは小説ではなくパズルだ。謎やトリックは、その先にあるテーマを表現するための手段の筈。謎やトリックそれ自体が主役であるのなら、それを小説の形にする必要はない。だが、それでも自分はやはり本格推理は好きで、その分野を捨ててしまうなんて事はできない】……という思いに、この作品は見事に答えてくれたような気がする。非現実的な舞台設定、社会性のないストーリー、訴えるテーマのない小説、道具に過ぎない登場人物。これまで散々本格推理が受けてきた非難である。それを潔しとして本格推理を書き続ける作家や、別の分野に羽ばたく作家、色々いる中で、東野氏は自分の葛藤を赤裸々なまでにこの本に託し、読者に見せてくれたのである。本格推理が好きで「放課後」を手に取り、そのデビューから東野作品を追っかけ、その作風の変化を目の当たりにし、折しも私自身の嗜好がはからずも本格推理から離れつつある今、その私が、これを読んで泣けるのは当然だ。
光る地獄蝶・愛川晶(カッパノベルズ)
素人が事件に巻き込まれた時にどうするかというと、普通は警察にすべてを任せるもんだと思うのよね。それを自ら危険を省みずに「素人探偵」に乗り出すからには、普通じゃないことを敢えてするという理由が必要になる。そこに失敗すると不自然な設定になってしまうわけだ。で、この主人公の夏樹ちゃんもその素人探偵なわけだけど、「探偵させる」理由付けがまぁずいぶんと力技で笑ってしまった。こりゃぁ確かに多少危険でも虎穴に入らずんば、という気になるかもしんないなぁ(ホンマか?)。そういう点では、巧い展開の仕方だと思いましたです。はい。
この飛鳥井探偵が主役の長編「三匹の猿」(ベネッセ)が、笠井氏の最高傑作だとあたしは信じているので、もうこれは待ちに待った作品なわけです。だって年1回しかこのシリーズ掲載されないんですもの(;_;)>小説すばる。矢吹駆よりも、こっちの方があたし好きなのよね。原りょう氏の沢崎とどこが違うの、などとは絶対に訊いてはいけないのです。ええ、どこに伏線があったんだ、と思っても、ハードボイルドとはそんなものなのです。(笑)
蛹たちは校庭で〜名門石清水中学将棋部殺人事件・釣巻礼公(出版芸術社)
この作品をあたしが評価するのは、一重に「ミステリの基本」と「前向きなテーマ」に尽きます。不可思議な殺人事件、なんだか判らないけど意味がありそうな手がかり。で、困ったことにミステリファンは論理的な推理と別に「このひとが犯人だったら意外だし面白いからきっと犯人だ」という人物を想定しがちだと思うのだけど、この作品は、そうした最近の傾向を逆手にとってると言ってもいいと思う。手際がいいですね。ぱちぱち。その上、読後感がいい。殺人事件はあったけど、いやなこともたくさんあったけど、でも、あしたからはまた普通に楽しくやっていけるよね、いやなことを越えたからこそ、また、楽しくやっていけるよね、という賛歌のような気がしました。トリックのための小説ではなく、テーマのある小説。だけどトリックもしっかりしてる、というのは最近珍しいよ。ホントに。あ、将棋部が舞台ですが、将棋知らなくても充分楽しめます。はい。(96.10.2)
名探偵の呪縛・東野圭吾(講談社文庫)
これは東野圭吾という作家の自伝なのだ。本格推理を読み続けてきて、自分が不満を持ち始めたところだっただけに、この本に出会えてよかったと思わせてくれた。そして、東野圭吾という作家をずっと読み続けてきて、本当によかったと。ひとことで言えば、「タイムリー」な作品だった。こればかりは、一見さんではなく「東野圭吾のファン」に読んで貰いたいと思うのである。(96.10.15)
さて、内容の方なんだけど、シリーズ(といっても2作目だけど)キャラの夏樹ちゃんや、そのカレ(?)やお母さんというあたりは、書き込みもしっかりしててナカナカに魅力的な人物描写であります。が、単発出演の方々が残念ながら今一でした。なんかね、シリーズキャラの方は本人の個性や魅力が出てるのに対して、単発キャラは、その役割を演じてるにすぎないっつーか。なんか思い入れしにくいのよね、あずさちゃんにも。あずさちゃんつーのは、可哀想なおひいさまなんだけども、「可哀想なおひいさま」ですべてを表現できてしまう浅さがあるのだな。こういうひとってドラマや小説によく出てくるわよねー、みたいな。いや、小説なんだけどもさ。夏樹ちゃんやらお母さんやらが魅力的なだけに目立ちましたね。(96.10.28)
道(ジェルソミーナ)・笠井潔(集英社)
さて、本作は短編集でありまして、飛鳥井は狂言回し的役割でそれぞれの家庭を描写するあたり、筒井康隆の家族八景的でもあります。まぁあそこまでブラックではないし、あくまでも社会的不条理と人間の心因的不条理を推理(?)で解くハードボイルド探偵なわけだけどね。登場人物がちょい役にいたるまで、どんな人物なのかとても想像しやすいように書き込んであるのも、感情移入しやすくてのめり込むポイントかもしれい。それぞれの家族や依頼者が持っている悩みっつーのが、ホントに特殊なもんでもなんでもなくて、かなりの普遍性があるような気がするのよね。そりゃ殺人にはあまり普遍性はないんだけどもさ、そこに至る、ありていに言えば動機ですか、それが極めてあたしの隣にあるのよぉ、みたいな。それを鮮やかに斬るあたり、飛鳥井は、笠井氏は、やはり只者ではないのです。(96.10.30)
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