お厚いのがお好き?

絡新婦の理・京極夏彦(講談社ノベルズ)

 これまでの京極氏の作品は「怪奇ミステリー」だの「妖怪小説」だのと銘打たれてきたわけだけれども、ここへきて初めて「推理小説」を読ませて貰った気がする。従来の作品よりもずっと読みやすく、ずっと本格仕立てである。京極堂の憑き物落としは健在だが、今回彼が落とすのは妖怪でも物の怪でもなく、あたしたち人間が陥りやすい弱さであり狡さである。したがってこの作品は、これまでの作品群に比べると京極色は薄れているかもしれないが、小説としての普遍性を持っているように思えるのだ。一言で言えば、受け入れやすくなっている。
 不貞の妻が連れ込み宿で殺される。その部屋は密室で彼女は両の目を何かで突き刺されて絶命している。ミッション系女子校で教師が殺される。女子生徒の中に広がる奇妙な噂。そしてある旧家の主が死ぬ。毒殺の噂が流れる。女性解放運動をしている女性の夫が失踪する。幾重にも準備された異なる事件。最初の数章は、まったく異なる推理小説を読まされているような気になる。そして、それらがアクロバティックなまでの整合性で着地を見せる。正直、犯人は割れやすい。しかし、犯人が誰かという事よりも、個々の事象をこうまで有機的に結びつけることができるのかと、そのことに舌を巻く。サクランボの枝なんて簡単に結べるくらい下を巻くぞこれは。
 なによりこの作者は文章が巧い。実に巧い。これまではおどろおどろしい内容に目がくらんで気付かなかったが(笑)、内容にオカルティックな部分がなくなったぶん、その文章の巧緻に目がいく。これだけの登場人物をそのセリフひとつで誰だか判るように書くというのも素晴らしいし、情景描写ひとつとっても非常に映像的だ。これだけの常識外れの厚さの物語を、ちゃんと読ませ切るだけの筆力がある。言葉選びが適切なので、情景の理解が早い。見事としか言いようがない。榎木津、京極堂、木場、今川、それぞれのキャラクターも作を追うごとに魅力が増しますね。関口君はあまり好きではないので、今回出演が少なかったのも気に入ってる要因です。おほほ。行動力のない男は嫌いなの、あたし。
 なんか随分褒めまくってるけども、これまでの4作をあたしはどうも好きになれなかったのよ。でも、これはいい。推理小説と哲学書が好きな方にはお勧めです。蛇足ですが、感激屋のあたくしは442〜3頁のあたりでは不覚にも涙してしまいましたことよ(^^;)。それにしても、章毎に丁度頁の最後の行で終わるっつーのは相変わらず凄いなぁ。すごいとは思うけれど、そこまでする理由がわからん(^^;)。あ、事実はワイシャツより生成り、っつーのは非常に受けました、あたくし(笑) (96.11.15)
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二重生活・折原一 新津きよみ(双葉社)

 叙述トリックの話を「叙述トリックだ」と言ってしまうのは最大のネタバレだと思うけれども、折原一に関してはそれがネタバレにならない、というあたりがすでに試練よね、彼には。もう最初から、人称代名詞にはだまされないぞぉぉぉというつもりでこっちも読むし。この「わたし」はこっちの「わたし」とホントに同一なのか?とかね。それでも騙されるんだから、やっぱすごいのですよ、この作者は。
 ひさしぶりに基本的な叙述トリックに戻ってきたな、という感じね。倒錯の死角とか、倒錯のロンドとか、そういう初期のものに近い気がします。誘拐者や異人のナンチャラほど凝ってない分、読者はかなりのセンでさぐりをいれながら読めると思う。でも騙されるのよぉ。ああ悔しい(;_;)。
 残念なのは、せっかくの合作なのに、これでは折原一ひとりで書いても一緒なんじゃないかと思わせた点。確かに女医の描写や看護学生の描写はオンナならではの部分もあるし、新津氏十八番の文章という気はするのだけれど、この小説の全体を通して流れるモノは折原節なのよね。合作の妙が感じられない。折原氏が構想をたて、女性の描写を新津氏が担当したのかな、という程度の想像しかできない。この二人の合作なら、もう構成自体からバリバリに凝ってるだろうと期待したのに。 (96.11.16)
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もつれっぱなし・井上夢人(文芸春秋)

 男女の会話のみで構成される短編集。とっぴょうしもないことを言い張る人物と、それに戸惑い説得したり翻弄されたりする人物の組み合わせで、これだけのバリエーションが出てくるんだなぁ。荒唐無稽な設定が楽しめる。あまり読者に考えさせるものではなく、全くの娯楽として読める気楽な短編集である。一時間弱で読めるぞ。わはは。でも内容に関しては、あたしみたいな短気な人間には「ああもうじれったくてしょうがないっ」となるので要注意です。そんなスットンキョーな話、まともに聞いてやるという事自体があたしにはじれったいっすね。あたしなら、アホかと言い捨てて帰りそうな気がするぞ。では一つずつ、簡単な感想を。
【宇宙人の証明】塩をかけろ、塩を。
【四十四年後の証明】電話を切れよ。
【呪いの証明】本人がやったって言ってんだから、いいじゃん。
【狼男の証明】それはそれで金儲けができそうだが。
【幽霊の証明】事故現場か病院か、実家に行けばすぐに判るだろうがよ。
【噂の証明】これは好き。唯一ミステリちっく。でもオチはちょっとね。 
(96.11.17)
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裏街・津村秀介(講談社文庫)

 文庫本の帯や裏表紙の惹句は【文芸ミステリー】であり【究極のアリバイ崩し】となっている。これで期待しなけりゃ嘘だ。文芸ミステリーと言うからには昨今流行のパズルオンリーテーマなしの作品ではなく、何かしら訴える主題を持った小説であると思えるし、それで究極のアリバイ崩しと来たらば、「テーマのしっかりした本格推理小説」という事になってしまうではないか。これはすごい。読まねば損だ。  ……そう思って買おうとしている人が、あたし以外にもいるかもしれない。しれないので、言っておきますが、その判断は間違いです。不可解な謎は起きる。極めて幻想的で魅力的な謎が起きる。主人公も、それをとりまく人々も、戦後20年という時代、戦争をひっぱってオトナになった世代を極めて巧緻なタッチで描くことに成功しているように見える。  だが。だがしかし。あたくしはここに断言いたします。これは推理小説ではありません。広義のミステリーなのかもしれないけれども【文芸ミステリー】の【ミステリー】は要らん。論理的な解釈が最後に解きあかされる、その一瞬を楽しみにページをめくってはいけません。(;_;)(;_;)(;_;) 願わくば、帯や裏表紙の惹句には、もう少し気を付けて欲しいなぁ。ここまで本格推理が流行してるんだからさぁ。 (96.11.21) back

不夜城・馳星周(角川書店)

 1996年はこの作品がリードする、のだそうです。帯によると。絶賛!とかって書かれてたりして。で、ですね。うーん、確かに話は面白いんだけど、どうも登場人物に感情移入できなかったのよね。伏線も、意外な真相もあって、ミステリとしても面白いし、話のテンポもサスペンスフル。登場人物の人間を表すエピソードもしっかりしてて、面白いんだけど、だけどさぁ、のめり込めないのよねぇ。新宿に渦巻く中国マフィア。上海と北京、台湾、香港の対立。確かにあるんでしょう、そういうことは。主人公がその生い立ちから、そのマフィアに関わりを持って生きることになった主人公の境遇も、まぁ頭では判る。でもね、ここまでカッコつけて、命張って、危ない橋を渡る必要がどこにあるんだろう。読んで行くとこの主人公は頭も切れるし、こういっちゃ何だけどやや臆病だ。そんな人がなんで、こういう暮らしを続ける必要があるのか。それが全然判らないのよね。オンナに惚れたのなら、外国にでも高飛びしちゃえばいいのに、なんで新宿に固執すんの?
 確かに、そういう世界にはなんか素人には判らないしがらみとか価値観があるんだろうとは思う。だけど、大抵の読者は素人なんだから、その素人にも判るように書いて欲しいと思うのよね。どうもマフィアやヤクザからみのハードボイルドっていうのは、「ねぇ、どうしてそんなことしなくちゃいけないの?」という気持ちが先にたって、つまるところ、のめり込めない。人間なんだから、もっと底には人間くさい気持ちがあるんじゃないかと思うのに、それを押し殺し、カッコ付けて、ううううんん、何になるのかあたしには判らん。浅田次郎の描くような任侠道はエンターテイメントになっても、心を表現しないマフィア・ハードボイルドは、なんだか雑誌に載ったインテリアのグラビアのようなどっか嘘っぽいモノがあって。その嘘っぽさを楽しむのも小説の楽しみ方なんだけど、楽しめるような嘘じゃなかったということでしょうか。
 言っとくけど、あたしの評価がからいのは、決して主人公が早漏だからではないぞ(笑) (96.11.26)
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