過ぎたるは、およびでない

大矢博子の自分勝手な書評たち〜1月に読んだ本〜


落ちたイカロス〜モダン東京4・藤田宜永(毎日新聞社)

 昨年の10月発売なので迷ったけど新刊のコーナーに入れました。今月は古本書評の数が多いからというシンプルな理由もあるんだけどさ(笑)
 さて、昭和9年頃を舞台にした【モダン東京シリーズ】の4作目。探偵的矢が遭遇した一人乗り飛行機の不時着。そのパイロットとの出会いから巻き込まれる殺人事件……というわけです。確かに物価の話とか細かい小道具は昭和初期のモノを使ってるんだけどさぁ、うーん、このシリーズ前作に言えることなんだけどね、読んでて全然昭和初期の臭いがしない。モダン東京って雰囲気がない。そりゃ確かに新宿中村屋のライスカレーは当時オシャレだったんでしょう。車で煙草を吸うのは禁じられてたかもしれない。パーマネントも流行し始めたかもしれない。でも、そういう舞台背景と物語がぜんぜん融合していない。中村屋のライスカレーをどっかのイタメシ屋にしても、シトロエンをカーナビ付きのパジェロにしても、パーマネントをシャギーの入った茶髪にしても全然問題ないわけだ。飛行機乗りと飛行機作りの話だって、やってることは確かに昭和初期の工学なのに雰囲気はまるっきり現代。動機だって舞台の飛行機工場を航空自衛隊(?)かなにかに置き換えればそのまま使える。これは困る。曲がりなりにもシリーズタイトルがモダン東京なんだからそれなりの雰囲気を出して貰わねば。別に旧仮名遣いにしろとは言わないけどさぁ、登場人物の会話や語彙があまりにも現代なのよね。芦辺拓氏のモダンシティシリーズや栗本薫の六道ヶ辻シリーズとかの方が、ずっと雰囲気出てると思うんだけどなぁ。

枯れ蔵・永井するみ(新潮社)

 装丁がなぁ……あたしさいしょ時代物かと思ってしまってちょっと手が出なかったんですけどね。装丁とタイトルで、なんか江戸時代の飢饉の時に農民を救った村の英雄みたいな、そんな話かなぁとかって思って(笑)。なんか頭の中には遥か昔に社会で習った足尾銅山の田中正造さんだか良三さんだかのイメージが浮かんだりしてね。ところが読んでみると、なかなかにスリリングで面白かったんだな、これが。農業ミステリ(なんじゃそりゃ)と銘打たれがちみたいだけど、作る側、買い付ける側、売る側の思惑が入り交じる立派な正統派社会派推理であります。食品会社の女性社員が自分の担当するレンジピラフに無農薬の米を使って成功する。しかし、その米を作っている富山の田圃で例年にない害虫の発生、そしてまったく関係のない所で起きる一人の自殺。ちゃんとリンクして、社会的問題提起をしつつミステリとしても着地に成功した佳作だと思うですね、これは。登場人物もひとりひとり個性的で、顔が浮かんでくるくらい生き生き書けてるし、それもイヤなヤツはちゃんとイヤ〜に書いてて、いい人はマジにいい人っぽく書いてるので判りやすい(笑)。選考委員の評を見ると、動機が弱いとあるけれど(書き直した後だからか)あたしは充分な動機だと思うな。充分すぎるくらい、納得できる。お勧め作です。死ぬのはひとり、流血もドンパチもない、こういうの好きだなぁあたし。
 あと、蛇足ですが、この動機について(か、書き直す前の動機について)選考委員のひとりが「作者が女性という事を考えるとこの謎解きは如何なものか」と記してあったが、それがちょっとひっかかった。それがどのような類のものであろうと、いい作品であれば性別はかんけーないんじゃないでしょうかね。 (97.2.25)   

動機は問わない・藤田宜永(徳間書店)

 私立探偵・相良治郎シリーズ。この相良さんは同じ作者の書くシリーズモノの探偵・竹花と似てて(書き分けができてないなんて言ってませんからね!(笑))けっこう好きなキャラです。んでも、ちょっと淡々としすぎてるかな、今回は。前作の短編集「理由はいらない」の方がよかったかも。ま、好みしだいですけど。で、内容は同じく短編集。6作入ってます。タイトルで動機は問わないと言ってる通り、全般にちっとばかり動機が弱い(笑)ような気がするんだけど。弱い、というよりも、安易、かな。確かに人を殺すという一大事を成すだけの動機ばかりなんだけれども、その動機に意外性がないので「淡々と」読めてしまうわけです。テレビドラマによく出てきそうな動機というか。ただ、この短編集で好きなのは、相良が真実を見抜くきっかけとなる小道具。ヤドカリであったりマカロニであったりサムソナイトであったりトランクスであったり。全部カタカナ。そうでなくて。こういった小道具が、それぞれの犯人の悲しみを上手に表してる。あ、ここまで書いて気がついた。この短編集に現れる動機は怒りや嫉妬や欲ではなくて、つまりは「悲しみ」なんだな。  (97.1.18)   

詩的私的ジャック・森博嗣(講談社ノベルズ)

 シリーズも4作目に入りまして。最初の「すべてがFになる」で受けた面白味というのはどんどん減っていってるような気がするなぁ。前作の「笑わない数学者」よりは面白いけど。S女子大の学生がT大学で、T大の学生がS女子大で殺される。ともに密室。これにお馴染み犀川助教授と西之園萌絵が挑んでいくわけです。でも不満が多々ある。まず犯人の動機が納得いかん。犀川の解説道理の犯人なら自分の手を汚したりしないで関係を断ち切ればいいだけの事じゃないか?それから犯人が服を持ち去った理由。確かに一カ所それらしい伏線はあるんだけど、んでも実際にそういう事をしてる情景を想像すると、かなりグロいしキてる。それと最大の不満。西之園萌絵がすっかり普通のジョシダイセーになってしまった。計算が早くて論理的に思考できるというのが特徴の、普通のジョシダイセー。理系が論理的で文系が情緒的という分類が許されるなら、彼女は赤川次郎の話に出てきそうな典型的且つ平凡な情緒型になってしまった。でも犀川の論理性や個性を強く押し出すためには西之園萌絵を平々凡々な相方にするのが一番てっとり早いんだろうな。
とまぁ、文句ばかり言ってますが、氏の作品を読むとそこここに出てくるちょっとしたフレーズが非常に印象深く時には啓発的で、とても好き。今回の例で言えば、【女の子に人形を買い与えると服や家を欲しがり、一個のまとまりを構築しようとする。男の子にミニカーを与えると同じ様なミニカーを幾つも欲しがる】という下りや【人間は宗教がなかったら大きな建造物は造らなかった】という所。なるほどねぇ。
蛇足:舞台は当然名古屋をモデルにしてるわけで、いろんな地名やその描写はモロ名古屋に実在します。S女子大も記述道理の場所にあります。が。植田にT大はない。ちょっと離れたらA大やC大はあるけど。動物園からデパートから実際に沿った記載をしてるのに、なんでT大だけ架空なんだ?こんなどうでもいい所が気になって気になってもう……(笑)  (97.1.10)   

死者は黄泉が得る・西澤保彦(講談社ノベルズ)

 わはは、もう何でもありだなこの人は(笑)。匠シリーズで普通の本格に戻ったかと思ってたらまたやってくれました。死者がよみがえるというだけでなく、それにまつわるいろんなルール。これが許されるなら涸渇されたと言われるトリックも、まだまだ焼き治しがききそうだ。でも、これは面白かったのです。当然、山口雅也氏の【生きる屍の死】と比較されるであろう事は本人も承知の上だろうけれど、こっちの方がずっと面白い。【人格転移の殺人】ほど読みにくくないし、交互に紹介される生前と死後の項目のバランスがよくて、読者もあれやこれやと想像が楽しめる。なかなかにスッキリしてるのではないかしら。提示された謎も伏線もちゃんと一つ所に着地して、お馴染みのドンデン返しもあって。設定はスットンキョーなSFだけれど、中身はしっかり本格してるあたりが西澤氏の真骨頂だ。【七回死んだ男】以来、ちょっと失速気味だったとご不満の西澤ファンにはお勧めですね。ただ、あたしはカタカナの名前がどうもだめでそのせいで翻訳モノは一切読まないんだけれど、これもやっぱ、最初は名前に戸惑ってしまった(笑)。まぁこれはあたしがアホだからに過ぎないんですが。アメフト部のジェイクとチアガールのクリスティン、でなくちゃダメなのかな。柔道部の正輝と茶道部の聖子じゃぁ、やっぱこういう話は書けないのかしら。 (97.1.10)   

バラ迷宮・二階堂黎人(集英社)

 短編集なんですが。まぁこれに限らず、本格モノに関してよく言われるのが良くも悪くもパズルだけで小説になっていない、という事ですね。本格モノの主役は人物ではなく謎でありトリックである、その謎を看破することこそが本格を読む醍醐味であるという考え方ももちろんあるわけで、それに対して反対するつもりはない。でも、あたしは、本格であろうとやはり小説であってほしいのよ。長編ならまだしも短編で謎やトリックとストーリー性、テーマ性を両立させるのが難しいと思われるかもしれないけれど、そのあたり、例えば太田忠司さんの狩野俊介シリーズや北村薫さんの円紫シリーズはちゃんと両立させている。(だから好きなの。)あるいはストーリーやテーマという問題ではなく、パズルでもそれが上質のエンターテイメントとして確立されているなら大歓迎だし。二階堂黎人氏に関して言えば「私が捜した少年」「奇跡島の不思議」と言った最近の作品がとてもよかったので期待していたのだけれど、結局、今回は「パズル」に終始していたのが残念。問題を解いて終わり、っていうのはクイズ本や学校の問題集だけで充分だと思うがなぁ。 (97.1.10)  

女友達・新津きよみ(角川ホラー文庫)

 いやもう、女が書く女ってのは的を射てる分だけ嫌悪感でいっぱいになるなぁ。これに登場する二人の女性は、ともに、所謂「女」にありがちな嫌な部分というのを思いきりデフォルメされているので、女性読者はイヤでも自分に投影してしまうのではないかしら。ああ、恐い恐い。自分より劣っている女性を友人に持ち優越感を持つ女性、へりくだってるふりをしながら嘘で自分を塗り固め、自分の愛が受け入れられないとなるとその愛が一気に憎悪に代わる女性。いるいる。そして多分、あたしの中にも、いる。いやだけど。この話は、そんな二人の女性のお話です。女性に対して幻想を持っている男性に是非読んで欲しいですね(笑)。その際に、「自分の彼女だけは違う」と思うようなら、キミはまだ甘い。かもしれない。 (97.1.2) 

全国アホバカ分布考〜はるかなる言葉の旅路・松本修<(新潮文庫)

 在阪テレビ局の朝日放送に「探偵!ナイトスクープ」という番組があります。関東や東海でも放送されてるし、けっこう人気番組なので知っている人が多いと思うけれど、それで放送された「関東ではバカ、関西ではアホと言うが、その境目はどこか」という問題を研究するレポートです。朝日放送は独身時代に仕事でお世話になっていたし、この番組の現場もちっとばかり覗いた事もあり、そういう親近感からこの本を手にとったのだけど(さすがに既に中身を知ってるとハードカバーで買おうという気にはならなかった)これはテレビ放送された内容の500倍の情報が載っている!これは、買い、です。あたしは名古屋に嫁に来たけど、名古屋ではバカのことを「たわけ」というんだな。これがしかし、あたしの生まれ育った大分県北部の半島でも「たわけ」と言うのであります。なんで、こんな離れた地方で同じ言葉が使われているのかという疑問に答えてくれるのであります。まぁ、そこまではテレビでもやった。テレビでやってないのはアホ・バカの語源。これは思わず膝を打ちましたね。それから「俺をバカにするな」とは言っても「俺をアホにするな」とは言わない。では、関西弁で「俺をバカにするな」とは何というのか?この問いに対しての、驚くべき解答が中に示されます。テレビの裏舞台を書いた本でも、テレビ番組のノベライズでもありません。日本語史の素晴らしいテキストなんだな。これは日本全国の、特に、田舎モノに読んで欲しい本であります。地方から東京に出て、無理に方言を押し殺そうとしてるあなた、生まれ育った地域の言葉って、素晴らしいのよぉぉ、と思わせてくれる本なのです。じゃあきこん本見てか読まな損ちゃ。と、大分弁で〆るのであった。 (96.1.4)  


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