覆面作家の夢の家・北村薫(角川書店)
自らを北村薫ファンと呼んではばからないあたくしであります。彼の作品の何が好きって、優しさの中に潜む鋭さと醜さだったりするのだな。「日常の謎」の先駆者のように言われているけれど、彼が何を書くかよりも如何に書くかという点にあたしは注目しているわけで。が。残念なことにこの覆面作家シリーズにはその鋭さがありません。優しさだけなら加納朋子氏とかにお任せしちゃっていいのに、なんだかべったり甘い。今回も同じでしたね。良介と千秋の恋の展開もなんだかなぁ、もう少し遠回しに暗示させるだけの方が好みだったんですけどね。3作品が収録されています。
南伸坊ご本人が、歴史上の有名人の扮装をして当人になりきり、当人ゆかりの地を散策してその心理にせまるという非常に高尚な(笑)試みであります。悪友Tばちゃんのご推薦を受け購入いたしましたの。二宮尊徳から清水次郎長、はては沖縄のコマイヌもどきシーサーにいたるまで、これはもう南氏の仮装大実験だな。文章よりも写真に一読(一見)の価値があります。中でもあたしのお気に入りは樋口一葉と織田信長。単なるオバサンだよーーー>南氏の樋口一葉。樋口一葉に関しては、以前にカメラ好きの友人が旧樋口一葉邸を撮影した写真を送ってくれたことがありまして、それがまた素晴らしい写真で、ああこの路地を彼女は歩いたのね、この井戸べりで彼女は何を考えたのかしらなんてことに思いを馳せておったわけですが、いやぁ、その風景の中に南一葉が出てきたとたんにぶち壊しですわ。わっはっは。
本格・結婚殺人事件・辻真先(朝日ソノラマ)
薩次とキリコがついに結婚であります。仮題・中学殺人事件以来のコンビなんで、うーん、四半世紀以上を経ての結婚だぁ。長い春にも程がある。ってことは、二人は何歳なんだ?少なくとも「ポテト」と「スーパー」というニックネーム自体がすでに死語(というか死呼称というか)だよなぁ。このネーミングだけでも歴史の長さが判ろうと言うものだ。
海神(ネプチューン)の晩餐・若竹七海(講談社)
若竹七海氏の新境地、と言った感じなのかなぁ。これまでの彼女の作品とは作風が全然違う。デビュー作の「僕のミステリな日常」に代表されるような、凝った構成とあやうい精神状態の登場人物を得意技としてきた作者が、まっこうから歴史を取材しまっこうから本格を書いたという感じがします。が。ううむ、これまでの若竹氏の作品の方が、あたし圧倒的に好きだなぁ。いま、小説すばるで連載してる「ココット」とかさぁ、そっち系統の。今回のこの作品は、よーく取材したのは判るんだけど、なんか調べたことや考えたことを全部入れちまおう、みたいな感じがして胸焼けしそう。確かに凝ってるし、設定(タイタニック号沈没の話に端を発し、戦前の氷川丸で起こる不可解な事件)も面白い、時代考証もよく出来てる、だけど、ミステリーとしての魅力がその分減ってしまったような感じがしました。何もこんな無理から本格推理にしなくても、設定が魅力的なんだから普通の時代小説でもよかったような気がする。タイタニック号で死んだ作家が人に託した短編ミステリというのも設定は面白いけれど、そういうのが必要だったのかなぁ。日本と中国の関係が危うくなり、世界各国の日系移民を見る目が変わってくる、そんな大きな時代背景・時代設定がありながら、(そしておそらくはそれが彼女の一番書きたかった部分でありながら)本格にこだわったためにせっかくの主題が霞んでしまった例と言えましょう。残念。
(97.2.10)
特に太平洋戦争から東京裁判、占領政策などについて書かれた本というのは、私見ではあるけれどどうも牽強付会の感が強いという気がしていたのである。つまり、先に筆者の考えや結論(東京裁判は不公平だった、とか、公正であった、とかね)があって、それを裏付けるために証拠や論理を展開してるという思いがあるのだわ。よーく気を付けて読まないと、読み終わった時にはひとつの偏った歴史観に洗脳されていることがないとは言えない、そんな恐さがあるような気がするんだけど、どうでしょ。で、この本を読んでみたわけですが、これは歴史書ではなく「対談集」だということにまず感銘を受けた。テーマ別(終戦、引き上げ、226などの政治的問題から、大相撲、歌舞伎、紅白歌合戦に至るまで)に、それに関係した生き証人二名で当時を語る、という構成になっているため、いつもの歴史評論を読むときのような「騙されないぞ」という気負いがいらない。終戦にしろ、占領政策にしろ、それを体験したひとの、自分の体験とその時の気持ちを語っている。これが事実でなくてなんだろう。歴史的見地から鑑みた後世の判断云々ではなく、ただ「あの時はこんな事があって、たいへんだったねぇ」と一個人の思い出を語る。いくら文献をあたっても、体験にはかなわないのだということを思い知らされる。
6月19日の花嫁・乃南アサ(新潮文庫)
記憶喪失がテーマ。結婚式を控えた女性が交通事故に巻き込まれ、記憶を失う。彼女は自分探しのために自分の過去を探るが……。前半はおもしろいんだけど、後半は意外性がなく、流れるべき方向に順調に流れていくのでちょっと興を削がれた感がありますね。千尋の過去についてはフェアに手がかりが提示され、順を追って解明されていくので判りやすいし感情移入もしやすいんだけど、出てくる登場人物が皆、「記憶喪失モノにありがちの役どころ」なので、実に意外性がない(笑)。最後にもう少しどんでん返しがあるかなぁと思ったんだけれど、すんなり終わって拍子抜けしました。間にはそこそこのどんでん返しがあるのだけれど、それらも皆、「予想されたどんでん返し」なので(それはどんでん返しとは言わないか)あまり感動がないし。よく、テレビのサスペンスドラマなんか見てると、津川雅彦が出ただけで「あ、犯人だ」なんて思ってしまうけど(笑)、それに近いノリで展開が読めるのは困ったものだと思いますです。まぁ、本格推理じゃないし、サイコサスペンスなわけだから別にストーリーが読めても問題はないのかもしれないけどさぁ、素人でも展開が判るってことは、それだけ手垢のついた手法だという事だと思うのよね。手垢のついた展開であっても、小技でおもしろく読ませて欲しかったんんだけどなぁ。
(97.2.19)
ろくでなし・樋口有介(立風書房)
どれを読んでも誰を見ても柚木草平にしか見えないのが特徴の樋口作品。まぁそれを言ってはオシマイなのですが(笑)。そういう批評のせいなのか何なのか、今回は今までの作品とはちょっとタイプの違う主人公です。タイプが違うと言っても豚と象ほど違うのではなく、イノシシくらいなんですけどね。それでも同じ中年ハードボイルドという設定で柚木とは違う人間性が出てきたことにまず感動。
ああ、もう一目見ただけで装丁が京極夏彦(笑)。
【覆面作家と謎の写真】北村薫氏の従来の作風に最も近い作品。3作の中ではこれが一番好み。
【覆面作家、目白を呼ぶ】正真正銘の殺意ある殺人が登場したのは氏の連作の中では初めてじゃないかしら?その是非はおくとしても、千秋が論理的思考で解決というよりはバックボーンのない単なるスーパースターのようになってきた感じがするんだよなぁ。
【覆面作家の夢の家】古典文学の解説の下りはとても楽しく読めたけれども、50才にもなってこういう手管を弄してくるヤツというのは、なんかそれだけで「おお、アブネーやつ」になってしまいそうな気がしません?(笑)
ただ、北村節は相変わらず健在で、繊細な言い回しや日本文学に対する造詣の深さ、そういったところは前と変わらず楽しめましたわ。そうそう、なんでまた奇妙な二重人格という設定にしたのかなぁとずっと不思議だったんだけど、最後を読んで謎が解けた(と思う)。要は、アレがやりたかったんだな。(97.2.4)
歴史上の本人・南伸坊(日本交通公社)
ただ、笑うだけの本ではございません。その樋口一葉のページに著者が書いていること(お持ちの方は160ページをご覧下さい)は、まさに我が意を得たり、である。小説の舞台になっているところを歩いてみたいというのは本好きなら一度は考える事で、横溝正史を読んで岡山に行ったり、北杜夫を読んで松本に行ったり、東野圭吾を読んで大阪府立大学のアーチェリー部を見に行ったり(ちょっと違う)、そういう思いというのは決してミーハーからではなく、あるひとつの人生をより深く知りたい感じたいという思いから出ていることなのよね。せっかく名古屋に住んでることだし、今度、若宮大通りのからくり時計を見に行ってこようかな、などと思ってしまったのでした。(←誰の何という作品を指してるのか判ります?ほほほっ)(97.2.2)
さて、お馴染みポテトこと牧薩次は今や作家になり、新設の文学賞「ざ・みすてり大賞」の受賞の報がもたらされます。これを機にキリコと婚約。順風満帆の筈だったのだが、その選考委員たちが事件に巻き込まれ……と、まるで「大いなる助走」のような物語ですね。辻氏お得意の作中作も満載。ファンには堪えられないのではないかしら。構成も凝ってて伏線もしっかりしてるし、そこここで膝を打つと思うので膝サポーターをご用意ください。ただまぁ、動機とか犯人とか、そのあたりは良くあるパターンというか、さして意外なものでもなかったので、手慣れた読者ならすぐにネタが割れてしまうかもしれません。トリックも実際にやろうと思うとなんだかちょっと不確実な感じがして、とても「万全を期す」というトリックじゃないのが少し不満かな。でも、大ネタは割れても、小ネタが満載ということでイーブンなのではないでしょうか。個人的には大ネタよりも小ネタで楽しませて頂きました。
てなわけで、本格好きの方には
です。 (97.2.5)
歴史探偵団が行く 昭和史が面白い・半藤一利(編)(文藝春秋)
特に興味深く読んだのは、226事件の際、実際に岡田首相邸に押し入った池田俊彦氏の話。唯一の生存者であるという。それから、藤原ていさんの引き上げの話。もう、こんな経験をしたひとには何を言ってもかなわない、という思いが膨れ上がる。それの是非ではなく、その責任を追及するのではなく、誰かを責めるのではなく、ただただ、こんなことが二度とあってはならないと、その思いが膨れ上がる。逆に面白かったのは美智子皇后誕生秘話。今の皇太子が雅子妃殿下を迎えられる時に「一生、全力でお守りします」とおっしゃったのが世間の話題になったが、今上天皇は美智子妃に「立場というものがあるから、必ずしも普通の結婚の幸せをお約束できない」とおっしゃったのだそうだ。不謹慎だが苦笑してしまった。その他、生前の三島由紀夫の話、東京オリンピックのマラソンに出た円谷選手以外の二人の選手の対談。このあたりが非常に面白い。歴史歴史と肩肘はらずに読んで頂きたい一冊である。
(97.2.15)
しかし、感動はそれだけでしたね。なんか無理してハードボイルドしてるぅって感じがするのよ。世の中をハスに見て、ちょっと気の利いた会話をすればハードボイルドになると勘違いしてる素人作家の書くようなハードボイルドだなぁという感がぬぐえないのであります。凝りすぎなのですわ、文章の細かいところに。ハードボイルドに拘ったのか、或いは主人公である田沢の個性を強調しようとしたのか、はたまたいかに主人公が「ろくでなし」であるかの修飾なのか。いずれにしても、とってつけたような「はあどぼいるど」チックな修辞はかっこよさとは無縁でありました。
過去の樋口作品に通じる、甘さ切なさのネオ・ハードボイルドが好きなだけに、残念の一言。文章だけでなく、話の展開もなんだかハードボイルドというよりもドタバタSFに近い感じで、「んなアホな」なんだよなぁ、やっぱ……(笑)いったい、どうしちゃったんでしょうか>樋口氏。
(97.2.20)
メドゥサ、鏡をごらん・井上夢人(双葉社)
それはさておき、これは久しぶりに「岡嶋二人」時代の脳味噌モノを彷彿とさせる作品ですね。「クラインの壺」に作風が似てると言えましょう。ひとりの作家が自殺を遂げる。主人公はその作家の遺作を追って……ううむ、たいていネタバレぎりぎりの線で書評を書いてるあたくしなのですが、この作品はどっから切ってもネタバレになりそうで恐いな。それほど凝った作りになっているのです。読み始めから何か違和感があったのだけれど、途中でその違和感の正体が判った時には感動すら覚えましたね、あたしゃ。
この作品の最大の特徴はその「読後感の悪さ」にあると言えましょう。いやもう実に後味が悪い。救いがない。思わずどよ〜んとしてしまう読後感なのですが、この読後感の悪さがこの作品の真骨頂のような気がしますですね。この読後感こそがこの作品のエッセンスなのだと。下手にハッピーエンドに持っていっては台無しになります。主人公が巻き込まれる状況というのは謎とスリルに満ち満ちてページをめくる手が止まりません。ま、注文をつけるとするなら、推理小説じゃないから仕方ないんだけれども、主人公の巻き込まれた理不尽な謎の数々が「●●のせい」でひとくくりにされて、個々の説明がなされないことかな。「え、どうして?この現象の原因は何なのかしら、わくわく。」と思って読んでたから少々欲求不満がたまりましたわ。でも、総体的に見ると、そんなことは些末であります。第一、その「●●のせい」ってのが非常にインパクトがありましたもんで。脳味噌がよじれるストーリーの中で、その「●●のせい」という部分がなんか胸に迫るものを醸し出してくれるのです。「クラインの壺」「ダレカガナカニイル……」を好きなひとには合うのではないかと思いますのでお試し下さい。
ただねぇ……岡嶋ワールドを知らずにいきなりこれを読む読者にとっては「単なるオカルトじゃん」で終わって仕舞いそうな心配もあるには、あるのであった(笑)。ファン向けの一冊、かな。
(97.2.25)
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