過去の新旧感想文を
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今月の古本読書感想文を読む


孤独の歌声・天童荒太(新潮文庫)

 文庫化にあたって大幅改稿したとのことだけど、最初のを読んでないのでどうなったかあたしには分からなかったんですけどね(^^;)。けっこう面白く読めました。こういう異常者モノにはやっぱ東女が一番ね、って、東京女子大に恨みがあるわけではなく。倒叙が一番ね、ということです。「家族狩り」ほどのスリルと迫力はなかったけれど、異常者の不気味さと女性刑事の思い、それに歌手をめざす青年の思いというあたりは非常によく描かれてるんじゃないかしら。特に、最後の青年にあたしは非常に魅力を感じるわけで。これは刑事の目を「常識・世間」ととらえると分かりやすいんだけど、自分の価値観に合わないパターン分類不能な若者は全部「異常」とか「落伍者」だと決めてしまうことの愚かさを謳ってるのよね。いや、実際のストーリー展開には直接カンケーないんですけど。世の中と関わらず自分の世界だけに浸って生きるというのは、やってみると実に気持ちがよかったりする。誰も自分に関わらない寂しさよりも、誰も自分を傷つけない邪魔しない安心感の方が大事になる。でも、そんな自己完結した青年が歌を歌うということ自体、自分を発露したい現れだし、歌でしか外界と関われなかった青年が、最後には思わず命がけで捕り物に参加する。これはミステリ云々よりもあたしは成長物語として読んでしまったのでした。 (97.3.28)  

續・日本殺人事件・山口雅也(角川書店)

 シリーズの2冊目になるわけで。1冊目と比べるとずいぶんメタ・ミステリというか、ああ山口雅也はこういう方向に来てしまったのね、という、ちょっと醒めた寂しさを感じてしまったのでした。それは単に、本格好きのあたしの好みからはずれてきた、という非常に個人的な嗜好に立脚した印象批評でしかないんだけどね。これは、ミステリではあるかもしれないけれど、推理小説ではないな。謎を論理的に解明する小説ではない。と思ったら帯にしっかり「論理を捨てる」と書いてありますね。帯が最大のネタバレかもしれない(笑)。ネタバレついでに言うと、だって、いわゆる推理小説で「夢オチ」はないだろうがよ、と思うのであります。叙述トリックにもならない。しかし、そんなことを氏が分かっていない筈もなく。SFまがいの設定でも立派な本格推理が作れるのは西澤保彦氏が立証してるのに、あえて「論理を捨てた謎解き」というものを介して、山口雅也は何を言おうとしたんだろう。それを理解しないと、この本を読んだとはとても言えないような気がするのよね。彼はいったいどこへ行くのかしら。 (97.3.29)  

兇眼・打海文三(徳間書店)

 「されど修羅ゆく君は」に登場していたウネ子が再登場。しかしでしゃばらないのがいい。過去の罪を隠して密やかに地味に暮らす主人公が巻き込まれた「児童失踪事件」。いなくなった子供達の足どりを追うウチに見えてくる子供達の葛藤。今回も前作に負けず劣らず、非常に人物がいい。主人公を事件に引っぱり込む女性は、例によって(笑)あたしの一番嫌いなタイプだったためにちょっと辟易したけれど、状況判断のできないでしゃばり女にはちゃんと天肘が下るので気持ちがよかった。嫌なヤツだなー>あたしって(笑)。
 難を言えば、最大の問題である失踪した児童たちの、明確な失踪の動機というのが弱かったことかな。親が新興宗教にはまって集団自殺をし、それぞれの縁者に引き取られた子供達だから、その家出の動機は推して知るべしなのかもしれないけれど。でも、家出した子供達が必ずしもスーパーマンではなく、普通の凡庸さを持っていることや、彼らに巻き込まれたオトナたちの変化など、細かい部分が非常に巧い。その細かい部分が集まって大きな奔流を作っている手法も見事だ。エンディングもちょっと甘いけど、でも余韻のある終わり方でナカナカなのでした。  (97.4.4)  

新天狼星ヴァンパイア〜恐怖の章〜・栗本薫(講談社)

 どこまで行くんだ、このシリーズは(笑)。ま、いいんですけど。シリーズ最初の頃と比べると、作を重ねるごとに栗本節に拍車がかかった感が強いですね。このひとはホントに「ややもするとあっちの世界に行ったまま帰ってこないような」「はかなげで、どこかこの世のものではないような」「かぼそい美少年」が好きなんだなぁ。いや、ホントに好きなんだろうなぁ、マジで。だいたい二十歳にもなって、自分のことを自分で「男の子」と呼称するような(作品の中に「ぼくだって男の子なんだから」と自分を鼓舞するシーンが何回があるんだけど)そんな男にロクなヤツはいないぞ!と思ってしまうんだけどね、あたしなんか。竹刀持たせて素振り千回!とかって叫びたくなるような、そんな青年が主人公。もちろん、天狼星シリーズを読んできた読者にはお馴染みの彼です。「蝶の墓」に出てきた男の子ね。それから「仮面舞踏会」に出てきた稔クンも登場するし、もちろん、伊集院大介も森カオルも山科さんも井庭公も健在。ファンには嬉しい1冊かも。
 前作の「蝶の墓」を読んでからこれを読むと、もう、これに出てくる●●さんがきっと××××なんだろうという臭いがプンプンとしてるワケですが、なんかわざとそう思わせてるというレッドへリングのような気がしないでもない。終わりの方では晶クンの意識レベルでのちょっと気になる変化もあるし。なんせタイトルが「新」天狼星だし。とにもかくにも、話が途中なので感想は印象しか書けないのが辛い。これがどうなるかは、まもなく刊行予定の「異形の章」を読んでからってとこですね。
 それにしても、最近栗本氏は
「ウンター・デン・リンデンの薔薇」とか、「大道時一族の滅亡」とか、もうまさに風と木の詩のおにいさまへ……みたいな世界に埋没されてますけど、ううむ、本格推理には戻ってきてくれないのかしら(;_;) 「仮面舞踏会」を最後に「魔女のソナタ」からこっち、どうもこの手のモノばかりでちょっと淋しくもあるのですが。  (97.4.7)  

瞬間移動死体・西澤保彦(講談社ノベルズ)

 今度はテレポーテーションです。わはははっ。なんか笑うしかないという気もする。ヒモの夫が、稼ぎのいい女房に馬鹿にされて殺意を持つ。折原一にありそうな話だなぁ。さすがは「すっとんきょーな設定で本格を書かせたら」このひとの右に出るモノはいないという西澤氏。非常に楽しく読ませて頂きました。ただ、今回は設定やルールが非常に凝っている割には、肝心要の謎の部分はけっこう察しがついてしまうのが残念。この時のバランスウエイトは何だったのかな、なんてのをちょっと片隅で考えながら読むとけっこう分かってしまう人が多いんじゃないかしら。もちろん、それでも倒叙モノとしてとても楽しめるワケだけど。ま、西澤さんてだけに、こっちも「ただでは済まんだろう」みたいな過剰な期待で読んでるせいもあるんでしょうね。しかし、目が悪くてメガネかコンタクトが手放せないあたしでは不可能なことだな>テレポーテーション。主人公も怜奈ちゃんも目がよかったのね(笑)。  (97.4.7)  

封印再度〜Who Inside〜・森博嗣(講談社ノベルズ)

 謎もトリックも面白い。トリックは多少牽強付会の部分なきにしもあらずだが、それを差し引いても、へぇ〜〜っと唸らせてくれた。「すべてがFになる」以来、チト、トーンダウンしたかのような気がしてたのだが、シリーズ最終作に来て巻き返しなったという感じですな。うん、トリックも舞台も秀逸。
 だが。だがだがだがっっ。秀逸なのは謎とトリックであって、今回はそれ以外にどうしても腹に据えかねることがあるのだっ。ここはひとつ、ファンのひともいらっしゃるかとは思うが、それでもあたしは声を大にして叫びたいぞっ。
 萌絵ってば、萌絵ってば、この大馬鹿女めぇぇっっっ!!!……ぜぇぜぇ。
 そりゃ、このシリーズは推理小説であると同時に萌絵と犀川の恋愛小説でもあるというのは分かる。それはいい。「すべてがFになる」では非常に好感の持てた萌絵が回を重ねるごとに、どんどん馬鹿女に成り下がっていくのは嫌だったけど、でも、犀川を事件に巻き込むという役どころを考えるとこれも仕方のない事なんだろうとは思う。しかし。しかしだっっ!どんっ!(←机を叩いた音)人間、どんなに相手の事が好きだろうと、やっちゃいけないことってのがあるんだよっ!人殺しの小説を読んで、殺人や死体遺棄とかに対してよりもヒロインの色恋沙汰に怒りを覚えるのもヘンな話だとは思うけれど、どうしても萌絵のとった行動は人道にはずれている。そこまではまだ「若気の至り」と言えなくもないが、何の反省も後悔もないのが許せないのよぉぉぉぉ。あたしゃ自分の恋人にこんな行動とられたら、百年の恋も醒めるね。萌絵の生い立ちを考えると、どんなに萌絵が馬鹿でもこういう事は決してしないだろうと思えるような真似を、なんで何の考えもなくできるのか。なんかもう、架空の人物にこんなに本気で腹をたててる自分が情けない気もするけど、あたしゃ途中で萌絵を信じてしまった分、反動で怒髪天を突いているのだっ。
 あたしの書評をずっと読んでくれてた人ならご存知だとは思うけど、あたしは総じて「自分の興味(恋愛にしろ探偵趣味にしろ)が第一で、そのために周囲を振り回すタイプ」の登場人物には厳しい。話の展開上必要だってのは分かってても、こういうヤツが自分の部下だったら即、女子トイレに呼び出して根性焼きのひとつでも入れたくなるわけだ。が、総じてこの手の女性がヒロイン或いは主役の探偵に惚れてる(そして彼も憎からず思っている)という役どころで登場するのは、男性作家の作品に多いのよね。これって、つまりは、そういう女性の方が男性に好まれてるってことなんでしょうかね。嗚呼、恋愛にうつつを抜かすだけが女の魅力じゃないと思うんだけどなぁ……(;_;)(;_;)  (97.4.8)  

原罪の庭〜建築探偵桜井京介の事件簿〜・篠田真由美(講談社ノベルズ)

 このシリーズは回を追うごとによくなってくるなぁ。最初の頃はなんか奇をてらった流行の新本格パズルゲームって感じだったけど前作はすごくよかったし、今回のこの作品も非常にテーマ性の強い、それでいて本格推理の随は守った佳作だと思う。昔起こったある家庭での惨殺事件。その容疑者にあがったのは当時7才の少年だった。そのショックからか、あるいは家族を一度にショックからか、その少年は言葉を失う。そしてその少年を片時も離さない叔母。その事件と少年の関係を解きあかそうとするルポライター。ここに桜井が絡んでいくわけだけれども、トラウマが子供の成長にどう影響するのか、見たくない現実から目を逸らそうとするとき、子供はどうするのか。そのあたりの精神的葛藤の描写が非常に興味深い。桜井は今回も神憑り的な推理を披露するわけだけど、最初は神憑りとしか思えなかった彼の言動が最後にはちゃんと理に落ちるのも本格ファンには嬉しいところ。正統派の本格推理小説だし、なかなか融合しにくい本格と社会派というふたつのカテゴリーがうまく調和した作品だと言えるのではないかしら。「建築探偵」というあたりはチト薄れてきてるけどね。
 尚、この作品はぜひ、これまでのシリーズを読んでから読んで欲しいのよね。別にストーリーには直接関係ないんだけど、でも、シリーズの登場人物達の相関図が頭に入ってるのとないのとじゃぁ、この作品を読んだときのインパクトがぜんぜん違うと思うので。  (97.4.9)  

スリープ・ウォーカー・杉元怜一(講談社ノベルズ)

 映画になった「就職戦線異状無し」の作者が送る推理小説。でもこれは推理小説というよりはハーフボイルドだね。講談社ノベルズだからと言って本格を期待してはいけません。若干推理小説っぽい部分はあるけど。桁ハズレに貧乏な探偵が、ある日頭を殴られて入院。起きてみたら自分がどうして誰に殴られたのか覚えてない!逆行性健忘症だそうで、「自分は何をしてたのか」を探るお話。人物はやや類型的なキライがなきにしもあらずだけれど、でも、主人公のホストあがりで貧乏な探偵と、ちょっと頭の弱いウェイトレス理奈ちゃん、詐欺師の梅田慎之介、居酒屋のオヤジといったひとたちが非常にいい。個性的で、でも暖かくて、なんか読みながらいつの間にか顔が微笑んでしまうような感じ。ま、ハードボイルドで微笑ましいっつーのもどうかとは思うけど(笑)。人情ハードボイルドとでも言うか。文章も軽快で小気味いいし(ま、2冊続けて読むとやや食傷しそうな洒落ててポップなハードボイルドな文章ですが1冊なら充分楽しめる。)けっこう気軽に読めるペーパーバック的な本ですね。ちょっと甘ったるい部分もあるけど、ハズレの少ない本だと思います。はい。  (97.4.10)  

オンリー・ミー〜私だけを〜・三谷幸喜(幻冬舎文庫)

 自分のことを書く、というのは思いの外難しい。結局、人間は他人よりも自分に興味があるのだから当たり前である。他様のお宅へ伺って、披露宴のビデオだの子供の写真だの見せられるのは辟易するし、飲み会の話題で何を喋っていても「でもあたしなんかさぁ」と片っ端から自分の話題にもっていくヤツは締め上げたくなるし。そういう中で、自分の事を書いたエッセイで他人を喜ばせる、というのは、これはもう凄いことなんではないかと思うのだ。自分が三谷幸喜のファンだから面白いんだろうかとも思ったが、三谷氏も、三谷氏の作品もよく知らないダンナに読ませてたところ爆笑していたので、おそらくこの本は普遍的な面白さをもっていると言ってもいいと思う。
 自分の話、内輪の話で他人を爆笑させるだけの面白さというのはどこから出るのか。それは結局のところサービス精神の有無に他ならない。文筆業に限らず、映像にしろ舞台にしろ、或いはホームページにしろ、何かを作り出し送り出す側の人間というのは受け手を喜ばせたい笑わせたい泣かせたい元気づけたいなどの、受け手に対するサービス精神がどこまであるか、なのだ。披露宴のビデオが他人にとってつまらないのは、ビデオを見せる夫婦が客にサービスしようと思っているからではなく、「幸せな自分たちを他人に見せたい」という思い、換言すれば、自己へのサービス精神からの行為であるからに他ならない。
 喜劇作家の三谷氏は、さすがに笑いのツボを押さえているとしか言いようがない。読者に笑って貰うためには、どのようにサービスすればいいのかを熟知している。舞台やテレビであれだけ笑わせる作家の書いた本である。面白くないわけがないのだ。読み終わったあとには、氏が手がけた芝居を捜してビデオ屋に走ること間違いナシである。 (97.4.11)  

勝負の極意・浅田次郎(幻冬舎文庫)

 結論。浅田次郎はエッセイよりも小説の方が面白い。以上。
 ……で、終わってしまっては書評にならんのだな(笑)。えーっと、内容はふたつ。前半は浅田次郎が小説家を志してから今日までずーっと二足の草鞋を履いていたという話。ま、デビューして売れっ子になるまでの裏話です。裏話といっても、森M裕氏の「S理小説常習犯」のような裏話ではなくて(浅田氏があの類の事を書くと洒落にならんかも(笑))、正統派の裏話ですね。まぁ、講演で喋ったのを文章に落としたということなので、無難なのは当たり前か。後半は競馬の話。これは競馬に興味のあるひとには面白いかもしれません。
 ま、結局は作家は作品で勝負できれば、その実、どういうひとだろうが読者にはあまり関係ないワケで。と言いながらも、来月、名古屋のH書店で予定されているという浅田氏のサイン会には絶対行こうと思ってたりするあたりが、ファンてのは不思議だ(笑)。三谷氏、浅田氏と、好きな作家のエッセイを2冊続けて読んだワケだけど、けっこう受け取り方が違ってた自分が一番面白かったな。わはは。 (97.4.12)  

3LDK要塞 山崎家・太田忠司(幻冬舎ノベルズ)

 太田氏の作品は、いわゆる本格推理しか読んだことがなかったので、今回の作品は「わぁーー、こーゆー種類の話だったのかぁ」と、本を取り落としそうになりました(笑)。ジャンルとしては、うーん、何なんだろう。「ドタバタSFアクション」っていう感じかな。あたしがこれまで読んだ中では、栗本薫氏の「エーリアン殺人事件」に近い作風のモノ。って、引き合いに出すにはずいぶんマニアックだな。わはは。
 どこにでもある三人家族。でも、そのお父さんは、実は……という設定で、少年は父の戦う姿を見るワケです。「ドタバタSFアクション」なので、かなりな設定になってて、一歩引いて冷静に読んでいくと、「おいおい何だそりゃ」とツッコミを入れたくなるストーリーなのよ。まさかこの類の話だとは思わなかったんで、読む前の心構えを間違ったというか何というか(苦笑)。モビルスーツとか波動砲(実は違う)って単語が出てくるんだけど、学生時代からあまりアニメには興味がなかったもんで、なんかそれだけで「ううっ、オタクの世界かっ?」とひいてしまいそうになったり。あたしもぎりぎりサンダーバード世代ではあるんだけど(笑)。
 ただ、その醒めたあたしの視点というのが主人公の少年の視点と同じなのよね。「そんなのあるワケねーだろ」「やめてくれよ、恥ずかしい…」というような、読者の思いを代弁してくれてる。「SFマニア、同人誌漫画家、アニメフリーク、声優ファンetcの溜まり場」という言葉に対して少年は「なんか暗そう……」と答えるわけ。まさに、その世界にはあまり興味のない読者が思うそのままを少年が口に出してくれるので読み続けることができるのよね。このあたり、ドタバタものやアニメものがあまり好きじゃないあたしでも、この少年の存在が媒介になって物語世界を楽しめた感じが致します。そこまで計算してるんだろうなぁ>作者。ううむ。あたしはオタクじゃないぞ、と思いながらも、なんか太田氏の術中にはまってしまったような気がするのでありました。太田氏の作品という観点からもあまり意外性は感じなかったのよね。なんでかしら。 (97.4.12)  

新天狼星ヴァンパイア〜異形の章〜・栗本薫(講談社)

 「恐怖の章」の続き。後編と言っていいかな。あいも変わらずアキラは「僕だって男の子だし」と自分を鼓舞する20才のオトコ。20才にもなって自分のことを「男の子」なんて言うなぁぁぁぁぁ!!!!ぜぇぜぇ。そんだけで、も、こいつ殺されちゃっても惜しくも何ともないや、という気にさせますね。
 シリウスを巡って妖しく展開した「恐怖の章」に比べ、この後編はなかなか理に落ちた解決をみせてくれて、さすがは伊集院大介。稔君もいいオトコになったねぇ。ひっかきまわすだけの伊庭公が出てこなかったのも、話がスムーズに進んで気持ちいい。んでも、この動機はどうかなーー。たしかに通り一編の動機では話がつまんなかったと思うし、動機自体の意外性も論理性もあるんだけど、やっぱなんだかちょっとばかりアンフェアの感がぬぐいされないのですわ。もちっと、前編の方に伏線ぽいものがあってもよかったんじゃないかしら。意外は意外だけど、「膝を打つ」部分がなかったのよね。
 それにしても、このエピローグは……(笑)。これでは終わらん、と言ったとこかな。 (97.4.15)  

ミステリー傑作選32 殺人前線北上中・日本推理作家協会編(講談社文庫)

 この手のアンソロジーものは最初から買ってると途中で止めるってことがなかなかできないのよね。おまけに大抵の作品は既読ときたもんだ(涙)。
 宮部みゆき「のっぽのドロレス」、若竹七海「サンタクロースのせいにしよう」村瀬継弥「藤田先生と人間消失」は日常の謎シリーズですね。最近やや食傷気味ではあるんだけど。「のっぽの…」はちゃんと最後は理に落ちるんだけど、妹の死や、死ぬ直前の様子に関して結局理由が書かれてないのが妙に後味が悪い。宮部氏なら、なんか爽やかに落とせそうなのに。「サンタクロース…」はけっこう好きかも。こういうオバさんは痛い目に遭わせても後味が悪くないのがいいやね。後味という点で行けば鈴木輝一郎「めんどうみてあげるね」が最高かな。決していい後味ではないんだけど、インパクトという点では一番。今邑彩「盗まれて」は、ま、面白いんだけれども聞いてるオトコのキャラがチト類型的かな。このひとなくてもよかったんじゃないのかしら。あ、そうするとタイトルの意味が半減するのか。その他、山口雅也氏・佐野洋氏・大沢在昌氏など。 (97.4.16)  

東京「失楽園」の謎・太田忠司(NONノベル)

 殺人事件に遭遇した千鶴が気を失う寸前に見た天使。志郎が発見した死体の首にかかっていた天使のペンダント。これまでオルゴールとか人形とかの「モノ」が素材になっていたシリーズだけに、この「天使」といういわば概念が俎上に載せられたのにちょっと戸惑ったが、いつもの太田節で物語に引き込まれた。
 ただ、、ちょっと動機がひっかかるんだよなぁ(^^;)。犯人像は非常に腑に落ちるんだけども、ああいう動機ってのはあるのかな。何というか、まぁ、そういう人も居るだろうけれど、この人がそういう人だったっていうのがスンナリ入ってこないのよね。最近ドラマを見てて、二十歳の女性が「大人は汚い」って叫ぶシーンがあったんだけど、その時あたしが思ったのは「そりゃ中学生くらいの云うセリフだろう。二十歳でそりゃないだろう、おい」ってものだったんだけど、それと同じ様な違和感を、この動機には感じてしまったのでした。精神的な価値観ってのは人それぞれだから、モノによっては同意しにくいのよね。金とか恋愛とか、そういう卑近なものなら判りやすいんだけど。うわーーー、俗物だな、あたしって(笑)
 ただ、この霞田志郎という探偵役は、他の一連の推理小説に出てくる探偵の中であたしが最も好きな部類に入る。というのも、彼は真実を暴くことの痛みを知っている探偵だから。決して自分の興味本位で首を突っ込んだりしない。興味で動き回る周囲の人間を諌めることのできる探偵だから。けっこう少ないのだ>こういう探偵役。他の探偵が謎を解くことを目的にしている中で、志郎のスタンスというのはつまるところ「癒し」ではないか、というのがあたしの持論なのだ。志郎は謎を解明することにより、自分を傷つけることによって、人々を癒していく。犯罪を起こすに至った人の思い、人の心。犯罪の影には、その数だけ人の思いがある。その思いを癒すこと。それが探偵の本分ではないのか。時には、その癒しの心が、自分や身内にも向けられる。霞田志郎という探偵像は、あたしにそんな感想を抱かせるのだ。シリーズの第二期の展開を期待してます。
(97.4.23)  


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