お厚いのがお好き?

大矢博子の自分勝手な書評たち〜5月に読んだ本〜


悪夢氏の事件簿・小林恭二(集英社文庫)

 この作者の作品を読んだ事はなくても、フジテレビ「たほいや」で「わだちべにおふめん」現象を起こした人だと言えば判る人は結構居るのではなかろうか。本人にとっては忘れたい過去かもしれないけど(笑)。そういう意味では、なんか氏に対するあたしの印象は「不憫なひと」なのである。あったこともない読者に不憫がられても困るだろうけど>小林氏。しかし、氏はなかなかの俳人でもあるのだぞ。
 さて、タイトルや帯に騙されるかもしれないけれど、これは推理小説ではありません。眠ると決まって悪夢を見るという悪夢氏、そして彼の対局に位置し、この世の悪の全てを担うと言ってもいい敵役のM氏。このM氏のたくらみを何とか防ごうとする悪夢氏と、彼の周りの人々の物語。これはある種、大人のメルヘンと言ってもいいかもしれない。荒唐無稽な設定もどこか懐かしさを感じさせるし、エンターティメント性もタップリ。手に汗握るという展開ではないし、スペクタクルな部分もないのだけれど、それでもいつしか自分もアカギホテルに滞在して、悪夢氏のサロンで話を聞いているような気にさせられる、なんとも「わだちべにおふめん」氏らしい作品なのでした。ちょっと疲れた時におすすめの物語です。 (97.5.9)  

少女達がいた街・柴田よしき(角川書店)

 氏の描いてきた緑子のシリーズ(と言っても2冊か)を読んで、その母性至上主義と一行空きの多用に、正直辟易していたのである。で、今回はそのシリーズではないというので期待して手にとった。
 舞台は1975年の東京と、そして現代の東京。75年に高校生という主人公の女の子たちは、つまりあたしとさほど変わらない世代にいるわけで。そこここに出てくる当時の風俗が非常に懐かしく、最初はミステリというよりも社会風俗小説を読んでるような感じで非常に楽しめた。(ミステリを期待して読んだひとはチト中だるみになるかもね。でも、伏線だらけなので気を抜かないように(笑))で、後半、一気に物語は展開する。1975年に少女達を巡った起こった事件について、刑事が再度調査を始める。そして明らかになる事実。二転三転する推理。この後半の話運びは非常に巧緻であると言わざるを得ないだろう。過去と現代を結んでいる筈のミッシングリンクを捜す刑事、しかし、読者にはもうひとつのミッシングリンクが用意されている。非常にテクニカルな一冊なのである。
 ただ。最後まで読むと、やっぱ一行空きは多いし、やっぱ行き着く先は母性なのだな、これが。一行空きの効果もさほどあるとは思えないし(コストパフォーマンス悪いぞ)、主題にしたって、そろそろ他のテーマで書いてくれないかなぁってなもんである。女がみんな母になるワケじゃないんだし、母かどうかってのが女を測る唯一無二の基準じゃないんだからさ。  (97.5.11)  

ソープ探偵くるみ事件簿・東直己(廣済堂文庫)

 北海道の歓楽街にある「家族風呂ガルボ」でソープ嬢として働くくるみ。彼女が巻き込まれたり、話を聞いたりして事件の謎を解く安楽椅子探偵モノです。でも、こういうのって、アレかしらね。やっぱ取材したりするんでしょうね。うーむ、取材費ってことで経費で落とせちゃったりするのかしら。なんかオイシイ取材だなぁ、なんて言うと作家に失礼かな。あはは。
 この場合、あまり主人公が風俗嬢である必要はないように感じたんだけれど、それでも風俗嬢ならではの推理の仕方というのがあって結構楽しめました。すこぉし、男の夢が入ってる気がしないでもないけど、それはご愛敬。推理自体も、おおっと膝を叩くようなモノはなかったんだけれど、謎解き自体よりも、北海道の風俗街の人々を描写したかったんだろうなぁ。体を売って暮らしてるというだけで(だけ、だと思うのです)どうしても受けてしまう偏見とか思いこみとかってあると思うけど、結局は「こういう仕事についてるひとはこういうタイプのひと」という十把一からげ的発想の警鐘でもあるのでは、というのはチト穿ちすぎかな。
 比較的簡単な謎ばかりなので、謎解きではなく、人物描写風俗描写の物語として読むといいのでは、と思います。はい。  (97.5.17)  

鉄道員(ぽっぽや)・浅田次郎(集英社)

 サイン本なのです。ふふふ。あたしゃ作品が第一で、作家自身のファンになるって事が殆どないんだけれどもね。で、サインを貰ったから褒めるワケじゃない(なんせあたしの名前の字を間違われちゃったんですもの(涙))んだけれど、今回もまたまた泣かせてくれました。いやぁもう、ホントにあざといんだから。何度読んでも泣ける話と言えば、「百万回生きた猫」とか「ごんぎつね」とか「エースをねらえ!」の宗像コーチが死ぬ場面なんかが最右翼なわけですけども、それに「鉄道屋」も加えたいっってくらい泣かせる。ストーリーはホントに陳腐ですぐにスジが読めるし、半分くらい読んだあたりで、これはもう、この人がこうなって、ほんであの人がこうなるんだろうなってはっきり判ってしまうにも関わらず、やっぱ、泣いてしまうのよね。予定調和の見事さとでも言うんでしょうかね。短編集なので玉石混淆なのですが、では、気に入ったものだけでも個別に。
【鉄道員(ぽっぽや)】泣ける度10。また北海道弁ってのが効いてるよなぁ。こんなに見え見えのストーリーなのに、なんでかなぁもう。乙松さんが切ないよぉ。えーん。
【ラブ・レター】泣ける度8。客観的に見れば不幸なのに、その中でつましい幸せを守るひとってのは無条件に泣ける。白蘭が可哀想だよぉ。えーんえーん。 
【角筈にて】泣ける度7。浅田氏の泣きの要因は畢竟「結局、みんないいひとなんだ」というところにあるのではなかろうか。あたしも久美子みたいな女房になりたいもんだなぁ。先ず無理だが。
【うらぼんえ】泣ける度8。強気な古い男が肉親のために頭を下げる図、っていうのは理屈抜きに涙を誘うってもんです。しくしく。えーいっ、あんな男、別れて正解だぜっちえ子っ! 
 (97.5.19)  

遭難者・折原一(実業之日本社)

 作りが非常に凝っている。おまけに著者が折原一氏である。これはもう、どこにどんな仕掛けがあるかとワクワクするではないですか。中身は山で死んだ青年の追悼集とその別冊という形を取っており、追悼集の方はまったく本物同様に、写真やルートマップや様々な提出書類などが網羅されている。で、著者は折原一氏である。こりゃぁ、きっとこの検案書に伏線があるんだわ、このコースマップに落とし穴があるんだわ、と思うじゃないですか。それが、ああ、それが、……よよよよ。
 はっきり言いましょう。こんな凝った作りにする必要がいったい何処にあるんでしょうか、これは。一種のトラベルミステリ、ご当地ミステリ以上の何者でもない。伏線もない。しかけもない。ミスディレクションもない。トリックというほどのトリックもなく、動機の説明も付け足しのように出されるだけ。読み手は、ただ、出される情報に惑わされるだけで、一緒に推理を楽しむことができない。騙されたという快感も勿論ない。これが折原氏の書くミステリか?あれだけの凝った作りでこの内容というのは、もう、折原一という著者に惹かれた買ったファンに対する裏切りだと言える。おばさんは怒っているのだよっっ!ぜぇぜぇ。 (97.5.22)  


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