これまでの真保氏の作風、専門家顔負けの知識と情報を詰め込んだタイプのものとは全く毛色の違う話だ。記憶を失った主人公の「自分捜し」。こう言ってしまうと非常によくある話なのだな。よくある話だからこそ、読者を引き込むのは難しいと思うわけで。
閉鎖病棟・帚木蓬生(新潮社文庫)
精神科のお医者様であるところの作者が書いた、という点においてこの物語は大きな問題提起をしてるような気がするのよね。放送コードという名前の妙な自縛制度まで作って「死語」にしようと画策している「キチガイ」っていうのは、そんなに悪い事なの?精神病院っていうのは、そんなに特別なことなの?なんかそういう思いを持たされるのが、この「閉鎖病棟」なのであります。脚を折ったら外科に行く、胃が痛むなら内科へ、目が充血したら眼科へ。精神科もそれと同じ筈なのに、いつの間にかあたしが持っていた、或いは、持たされていた「禁忌」はいったい何なんだろう。
英国庭園の謎・有栖川有栖(講談社ノベルズ)
火村シリーズの短編集。なんかコレを読んで、つくづく自分の嗜好が変わってきたのを痛感してしまった。新本格ムーブメントが起こった80年代後半から90年代初頭にかけては、あたしはこの手の短編集がとっても好きだった。でも、今はこれを読んでも、当時のような胸ワクワクがないのよね。嗜好は時と共に変わって当然だとは思うものの。なんか淋しいわ。ぐっすん。
メルカトルと美袋のための殺人・麻耶雄嵩(講談社ノベルズ)
かなり読後感が悪いぞこれは。読まなきゃよかった、というくらい読後感が悪い。こういうキャラクターを作り出す目的、というのは、そもそも何なんだろうか。新本格にテーマ性は不要、仕掛けとトリック第一のパズルで必要充分という考え方ががんとして存在するが(あたしがそう思っていなくても、実際にそういう考えは存在するし、それは読み手・書き手の嗜好の問題であって、間違ってるとか合ってるとかの問題じゃない。)だったらだったで、登場人物も駒であってほしい。それもできれば優秀な、話をうまく運び、読者を上手に騙すための働きをする優秀な駒であってほしいのだ。メルカトル鮎という駒が、こういう人間性を持っているということが、この作品群の中に於いてどういう効果があるのか?こういうメル様が好きなのよぉ、というファンもいらっしゃるかとは思うが、失礼を承知で言う。あたしゃ、こんなヤツ嫌いだ。こういうキャラは得てして「誤解されてる」場合が多く、話の最後で、実はイイヤツだったというオチが付いたりするものなんだが、それもない。かなりムカムカしながら最後まで読んだけど。
怪盗フラクタル最初の挨拶・辻真先(講談社ノベルズ)
辻氏の新シリーズである。ナカナカに本格している、というのが第一印象。読者を騙すことを第一義に於いた、本格らしいトリッキーな作品ですね。(メルカトルの次に読んだ分、好意的になってるぞ>あたし(笑))名探偵と名犯人の対決。ヒロイン日香里がいい味出してるし。トリックとしては、まぁかなり無理がある部分と杜撰な部分が見えるのだけれど、この作品に関しては事件解明のトリックよりももうひとつの方がメインなわけで、そっちには、まず間違いなく9割が騙されるでしょうね。(それだけの作品と言えなくもないけど、それはまぁ新本格にありがちな作法ということで。)
よみがえる百舌・逢坂剛(集英社)
昨年、この作品が出た当時仲間内で流行ったギャグ。「百舌百舌あたしリカちゃん」……失礼しました。んなこたぁどうでもいいですね。「百舌百舌しないで、オネンネね。」ってのもあったんだけど。だからもういいっちゅーに。
鮎川哲也賞をとった「狂乱廿四孝」同様、一般人にはあまり馴染みのない「世界」を舞台にとった佳作です。骨董商を営む女性と、彼女をとりまくその世界の人々。騙されて偽物を掴まされた彼女が仕返しを企むわけですが、その過程に殺人事件が起こる。彼女の仕返しと殺人事件が妙な風にリンクして……と、なかなか凝った構成。かなり取材したんだろうなぁ。専門的な分野の話題を判りやすくかみ砕いて説明してくれてるんだけども、それが「説明」ではなく、ちゃんとストーリーの中で咀嚼できてるっつーのは、なかなかに巧緻であります。
これが出ると、ああ今年も半分過ぎたのねぇと思うような、夏至のようなアンソロジーですな。今回のエントリー(?)は、貫井徳郎・山田正紀・歌野晶午・永井するみ・我孫子武丸・今邑彩・小池真理子・今野敏・中島博行・佐野洋・法月綸太郎・渡辺容子・連城三紀彦・西澤保彦・北森鴻(敬称略・掲載順)の15名。総じて、若手というか新進から中堅どころというあたりが多くて、なんかピュア。ここ数年、いわゆる新本格系の作家さんの掲載が多いのよねぇ
まずは前書きに一読の価値がある。常識の殻を破れとか、そんな常識的な事しか言えないのかとか、どうも常識ってのはイケナイことのように言われてるけれど、常識がイケナイから皆が常識を破りだしたら、今度はそっちが常識って事になり、結局常識的なことをしてるんだという話。なるほどなぁ。常識ってのも結局は相対的なモノで、自分で考えて決めたことがその時代の常識に照らし合わせてどうだったかってだけの事なのよね。
奇跡の人・真保裕一(角川書店)
事故に会い、脳死すれすれの状態から奇跡のように回復した男。植物状態は免れないと思われながら失った知能を一から取り戻した男。前半は、彼の境遇と人間的な魅力に引き込まれる。彼に非常に感情移入しやすくできてるのよね。このあたり、ツボを押さえていると言えようか。彼自身も、それから彼をめぐる人々も、読者に対して優しい。読者を失望させず飽きさせず話にのめり込ませてくれる。だからこそ。後半の主人公の変化は読者に対してショックを与えるのだ。その落差の大きさに。最初からこんなヤツだったら、読者は決して感情移入できなかったろう。最初の彼があったから、読者は衝撃を受け、嫌悪感を抱き、でも、どこかで救いを求める。巧いなぁ、ちくしょー。
あれって単なるストーカーだし、何もここまでしなくてもという感想を持ってしまうのよね。それもこれも前半の彼からの落差のせいで。でも、その落差がまた、エンディングをいっそう感動的にしてくれる。真保氏の取材バリバリの話も面白いけれど、こういうヒューマンドラマもいいねぇ。
(97.6.4)
それぞれの過去を持って精神病棟にいる主人公達。世間の偏見と戦うでもなく、むしろ安穏と病院生活を送っているように見える主人公達。彼らを「キチガイ」と糾弾し、社会から締め出してしまおうとする「こちら側」の人間は、まったくココロを病んでないと言えるのだろうか。あああ、なんて重い書評なの。こんなの大矢ぢゃない、というクレームが出そうだな(笑)。
小説としては、秀丸さんとチュウさんの話が最後は中心になったために、各人のエピソードがちょっと散漫になったキライがあって、もちょっと「その後」についての書き込みが薄いという不満が残ったのですが。個人的には昭八と敬吾について、も少し深めて欲しかったかな。
(97.6.5)
で、内容ですが、いずれも短編にふさわしいワンアイディアもの。何かひとつのアイディアがあって、それを如何に効果的に演出し着地させるかを主眼においた、本格パズルの神髄と言ってもいいのではないかしら。
特にあたしの好みは【ジャバウォッキー】ですね。こういう言葉遊び的暗号は大好き。肝心の時計が進むサカイというのは非常に簡単に判ってしまったので拍子抜けしたけれど、冒頭の血管のメタファの方にとっても感心したのでありました。著者ご本人がいみじくもご指摘の通り、この作品を読みながらあたしは島田荘司氏の【糸ノコとジグザグ】を思い出したのよね。【糸ノコとジグザグ】は、あまたの短編の中で5本の指に入るくらい好きなので、この【ジャバウォッキー】もとても楽しみに読んでたんだけれど、うーむ、やっぱ先達を越えるのは困難だったようで。同じ暗号モノでも【英国庭園の庭】の暗号はちょっとなー。ああそうですか、と言うしかない(笑)。その他の4つも完全にワンアイディアものですが、けっこう面白いアイディアが揃ってるように思えましたのよ。ハズレはありません。裏表紙の言葉通り、「全部アタリ」と言えるんじゃないでしょうか。
そんなわけで、推理小説というよりもミステリパズルという点に於いて、
です。
(97.6.6)
どれもネタ自体はけっこう面白い本格ネタなのに、このメルの人間性は問題解決に何の役割も果たしてないじゃないか。もっとまっとうな探偵役にしても、ネタの面白さは損なわれるものではない。むしろ、このメルに対するムカツキで面白さが半減(或いは全滅)したぞあたしは。ああ、ムカツク。ちょムカ、ってのはこういう状態を言うのねきっと。
(97.6.9)
作者が自分で仰ってる通り、これは名探偵に対する「名犯人」の物語。これから続編が出るんだろうから、タイトル通り「最初の挨拶」だと思えばいいのね。これで独立したひとつの話なんではなく、フラクタルシリーズのプロローグだと考えれば、なかなかに魅力的なスタートなんではないでしょうか。
(97.6.10)
「百舌の叫ぶ夜」「砕かれた鍵」のシリーズです。前作を読んでないとワケが判らないので、未読の方は注意してね。で、「砕かれた鍵」の書評であたしゃ「これから彼らがこうなるという暗示を残して終わるあたり、ああなんて鬼畜なの」と書いたのですが、その通りになって一安心(笑)。そうなるコトを願ってたのに、倉木美希がちょっとヤキモキさせてくれたんだけどね。なんかサスペンスじゃなくて恋愛モノを読んでる気がした一品でしたわ。
と言いつつも、内容は前作同様にけっこう本格推理してます。伏線たっぷり赤鰊ごっそりってな感じでしょうか。こいつってばあやしぃ〜〜〜!と思わせる部分がたくさんあって飽きません。このシリーズはレベルが高いねぇ。ただ、真相がちょっとなぁ……ちょっと釈然としない。どうして彼がこういう行動をとるに至ったかという理由がアレってのはなんか、うーん、そんなのありかぁって感じがするのよね。そう、それと!美希が最後の方で、百舌の攻撃にはむかうためにある仕込みをするのですが。あたしは同じ女として断言します。あんなコトは絶対に出来ないぞっっ!!考えただけでも気を失いそうになるわよっっ!まさか身近な女性でタメしたりしてないだろうな>作者。
(97.6.22)
狐罠・北森鴻(講談社)
巧緻なのは骨董という世界の描写だけではなく。プロットもさすがなもの。ちょっと伏線が判りづらい(単に読解力がないだけか?)感はあるものの、見事なひっくり返しだぁね。映画やドラマにはまず出来ないであろうと思われるトリックです(笑)。主人公の陶子がその謎を解く過程にも無理がないし。(それにしても、陶子と硝子ってのはなぁ……凝りすぎだぞ>名前。いっその事、滋とか漆って人物も欲しいトコだぜ(笑))北森氏は短編よりも、こういう独自の世界を描いた長編の方にi
いモノがありますですね。
ただ、おしくらまんじゅう。間違い。おしむらくは。おそらくは一般読者の理解のためだとは思うけれど、骨董の世界で普通に使われてる隠語・業界用語を敢えて使わずに平易な単語に治してる箇所がそこここに見受けられたのが残念。そのせいか、骨董の世界の話を読んでいるという臨場感がなかったのよね。骨董ってのはあくまでも素材であって、それ自体が描かれてないというか。はっきりとここが、ってんじゃないんだけど、全体を通して、あたしが「骨董」と云う言葉を思い浮かべた時に感じる色や臭いや、そう云ったものが無かった。まぁ、店舗を持たずにマンションで商売する骨董商だから仕方ないのかも知れないけど、せっかく市の描写なんかもあったりしたのに、うーん、ハンマープライスと変わらない印象だったのよね(笑)。あの独特の骨董の競りの雰囲気とか、骨董屋の雰囲気とか、そう云ったモノに酔わせて欲しかったのでありました。
(97.6.23)
1997推理小説代表作選集・日本推理作家協会編(講談社)
で、内容です。第一印象。倒叙モノが今年の流行なのか?というくらい、毛色の似たものが多い。内容は全然違うんだけども仕掛けが同じっていか。どれがって言うとネタバレになってしまうけども、多いのは確かなのよ。ひとつひとつのレベルは高いのに、ここまで続けられると辟易しちゃうなぁ。シリーズ偵の謎解きモノってのは、えーっと、2作だけか(笑)?あたしのお勧めは、法月綸太郎【背信の交点】、渡辺容子【右手に秋風】、西澤保彦【死ぬ時は意地悪】、北森鴻【ポートレート】というところですね。後半掲載のモノに多いな(笑)。これらに共通しているのは、いずれも正統派の謎解きであるということ。ワンアイディアに立脚して、上手に着地して見せてるということ。だからこれ以外のが駄作というワケではなく、意外性は楽しめるものばかりなのよ。でも、謎解きとそのカタルシスが味わえるのはこの4作ということで。あ、今野敏氏の【刑事部屋の容疑者達】は、ちょっと違うな。これって、だいたい推理小説代表作なのか(笑)?息抜きにはいいけど。
それにしてもこの年鑑のいいところは雑誌掲載のモノを収録してくれるトコだよね。すでに短編集として出てるものだったりしたら大半が再読になっちゃうもの。だから買うのを辞められないんだよなぁ。
(97.6.24)
常識論・赤瀬川原平(大和書房)
中身は、さまざまな雑誌などに掲載されたエッセイをまとめたもので。そこここに赤瀬川氏ならではの目から鱗の記述が目に付きます。こういうひとのエッセイってのは、ホントにタメになるのよね。知識が増えるとか実用的な情報だとかって意味の「タメになる」じゃなくて、考え方のアプローチを学べるという点で。つまりは、一言でいえば「面白い」というワケですが。オートカメラ全盛の時代に、何故中古のライカに惹かれるのか、とか、下り坂で自転車のブレーキをかけることの無駄、とか、もう、人によっては「んなことどうでもええやんけ」という情報満載なのですが。「どうでもいい」事を楽しめるかどうかって言うのが、人間、けっこう大事なんですよねこれが。
(97.6.29)
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