お厚いのがお好き?


冥府神の産声・北森鴻(カッパノベルズ)

 医学界を舞台にした、いわゆる社会派推理。鮎川賞出身作家の受賞第1作が社会派っていうのも意外だったけども、さしたる破綻もなく面白く読めましたですね。大学内で起こっている事件と、街のホームレスたちの間の事件が上手に融合してる。特にホームレスたちの描写と、そのホームレスに身をやつす主要人物のあたりがいい。けっこう社会派向いてるんじゃないか?>作者。人物も魅力的だし。
 ただ、完全なる社会派ではなく、ところどころに本格の片鱗が(^^;)。神秘的な女の子や、章毎に挿入される誰かのモノローグってあたりがいかにもですわ。で、残念ながら、これらの部分ていうのはちょっと余計だったかもなぁ。医学サスペンスっていうのを前面に出すなら、女の子の不思議な力にも何らかの理に落ちた説明が欲しいところだし、神秘さを残したいんだったら、もうちょっと女の子の描写やモノローグを強調して欲しかったし。そのあたり、どっちつかずでちょっと不満。何というか、まさにカッパノベルズって感じの仕上がりなのよね(笑)。判るかな。
 まぁでも、それらもあまり大きな欠点ではなく、医学に暗い読者も楽しめるし、本格なのか社会派なのかに拘らずに読めば充分に面白い作品でした。 (97.7.29)   

OUT・桐野夏生(講談社)

 深夜から早朝にかけてのコンビニ弁当作りのパートに出る中年主婦たち。常に冷静で頼りにされる雅子、金にだらしなくて派手好きな邦子、姉御肌で寝たきりの姑を抱えるヨシエ、主体性がなくてお嬢さん育ちの弥生。この4人が巻き込まれ、そして破滅或いは開放へと向かうクライムノベル。面白い。ちょっと描写がくどい部分もあるけど、このストーリーは、登場人物は、間違いなく面白い。
 タイプの違う4人の女性が同じ状況に置かれるというと、思い出すのは篠田節子氏が書いた直木賞受賞作の
女たちのジハードなんだけども、はっきり言ってこれは「もうひとつの女たちのジハード」ですね。女たちのジハードの方が、身近に必ず居るようなOLを描いているのに対し、こっちは身近に居そうなんだけども実はナカナカ居ないような主婦たち。でも、一歩間違えたら、あのOLたちもこうなっていくんじゃないかという恐ろしさがありますです。死体をバラすあたりなんて、いやもう、こんなに冷静で居られる筈はないと思いながら、もしかしたら中年主婦っていうのは一番こういうのが平気なのかもという恐さ。同じ事件に巻き込まれながらも、反応の違う4人が、それぞれ4通りの道を辿って破滅へと向かう。でも、それはもしかしたら破滅じゃなくて彼女たちにとっては開放だったのかもしれない。
 これは、読むひとによって、ハッピーエンドの物語になったりアンハッピーエンドに見えたりするんじゃなかろうか。あたし?あたしはハッピーエンドに見えて仕方がないんだけども。 (97.7.30)  

聖域・篠田節子(講談社文庫)

 文芸誌の編集者がたまたま見つけた原稿。未完のその原稿が面白く、結末が知りたくて謎の作家を追う内に巻き込まれた事件……というお話。この作者の作品からいくと、「ゴサインタン〜神の座〜」とかに近い世界かな。しかし、こうしてみると「女たちのジハード」ってのは、彼女にしてみると変わった作風のモノだったのねぇ。
 で、聖域ですが。途中まではぐいぐい引き込まれるんだけども、エンディングで失速するっていうのは「ゴサインタン〜神の座〜」に同じだな。タイトルの「聖域」が表してるモノが何かというのは、まぁ判るんだけども、主人公の編集者が最後の最後でヘタな狂言回しに成り下がってる感が否めないのよねぇ。彼がおかしくなっていく過程や心理状態ってのは非常によく判るし、描写もしっかりしてるんだけど、それにしては結末があっけない。彼が「理解」できたならそれでいいじゃないか、という気がするのよね。それ以降は要らないのでは。最後の3段がどうも蛇足のような感じで、いっそ「銀白色の海が開けた」で終わってた方がすっきり纏まって、余韻が残るように思うのがあたしだけかしらね。そこまでなら、これは非常に深い物語だと感じるのでした。  (97.8.7)  

ニューウエイヴミステリ読本〜新世代の本格ミステリガイド〜・山口雅也監修(原書房)

 山口雅也監修となっているが、実際は千街晶之・福井健太の両氏の編集に寄るものが主であるらしい。両氏とも1970年代生まれという若さで、ミステリの舞台にこうした若い批評家が出てくるというのは実にいいなぁ、と思ったりもしたわけだ。
 ただ、内容は。まず、いわゆる「新本格」作家のインタビュー。それから「新本格」作家の作品紹介。「新本格」前夜を作ったとされる先輩作家のバイオグラフィー。それから「新本格」をテーマにした評論。
 まずインタビューだけど、読んでおいてこんなこと言うのも何なんですが(笑)、あたしは作家は作品が全てで、作家本人がどんな人なのかってのは毛頭興味がないし、作家がその作品を書いた背景とか、ペンを持ったきっかけとか、そういうのもどうでもいいと思ってるのよね。作家自身がどんなに素晴らしいこ人でも、作品がつまんなかったらしょーがない。でもまぁ、作家さん自体が好きなひとにはたまんないのかもしれないな。写真もあるし(笑)。そして作品紹介。書評ではなく、宣伝なんだよなこれは。そう思って読むと「新本格」好きの人には役立つかもしれない。
 そして評論。この本を読んだ最大の理由は、この評論が読みたかったからなんだけども、結局、論客も編集担当もみな「新本格」な人だから否定的な意見が出る由もなく。まぁ、至る所で「新本格」バッシングってのがあったもんで、これだけ出版されファンもついたところで一発「新本格」ってのをもっと宣伝してみるか、という感じの本に見えました。ファンのための一冊だと思うな。一歩引いた「新本格」論を期待してた身としては、ちょっと食い足りなかったのですが、これはどう読むかではなく、どう活用するかがポイントのブックガイドなんだということでしょう。  (97.8.13)  

女(わたし)には向かない職業・いしいひさいち(東京創元社)

 ここでマンガを扱うのは、「内田春菊の悪女な奧さん」以来かな。これは文学賞を穫ったのをきっかけに教師を辞めて、作家として一人立ちした女性の物語。物語というほど物語ってないのだけれど(笑)、なんかもう、こういう作家って居そうで妙に笑える。もちろんマンガだからデフォルメして書いてるに決まってるんだが、それでも居そうなんだよなぁ>こういう作家。それに、ちょこちょこ出てくる実在の人物がモデルのひとたちも笑わせてくれる。東京創元社の戸川編集長なんてそっくりだよなぁ(笑)。あの眉。けけけ。「高村ミユキ」という眼鏡かけた女流作家が「あんた猫殺したことある?」と話すシーンなど、もうこれは絶対アレだアレしかない!と転げ回ってしまったのでした。この主人公の藤原ひとみさんっていう女性、誰かに似てる誰かに似てると思ってたんだけど、もしかしたらあたしに似てるかもしんない(笑)。あの性格とか脳味噌とか。わはは。
 それにしても、以前に東京創元文庫から発売された、同氏の「Comical Mistery Tour」に収録されてるのと同じ作品や、ちょっとやきなおしただけの作品を掲載してるのは腹が立ったな。初出は違うのかしら。それにしても、同じ出版社から出すんだから、も少し何とかならんものかね。  (97.8.14)  

プラトン学園・奧泉光(講談社)

 ああ、うまいねぇこのひとは。この作者の葦と百合に近い雰囲気がありますですな。「現代版・葦と百合」或いは「ハイテク版・葦と百合」といった感じ。日本海の孤島にある完全寄宿制のプラトン学園への赴任が決まった新人教員。そこで、前任の教師が死んだという話を聞く。そして学園では各自にパソコンが与えられ、連絡事項もメールで済ませ、学園内部もパソコンソフトのバーチャルリアリティで探索できるという所だった……。主人公のスタンスが危うくなってくるのを、読みながら実感できる佳作ですわ。なんかもう、頭がぐるぐるぐるっとしてくる。何が真実で何がバーチャルなのかが判らなくなってきて、その判らない感じがまたいいのよ。道具建てはなんだか本格推理っぽいんだけども、もちろんミステリではなく、作者おとくいのメタフィクションです。葦と百合も同じメタフィクションだったけど、アレに比べると、ちょっと余韻という面で弱いかもしんないけど。それでも、テーマに添ったストーリー展開で、お見事ざんした。ただ、こういうのってパソコンやらないひとにも判るのかな。  (97.8.22)  

竹馬男の犯罪・井上雅彦(講談社文庫)

 元サーカス団の団員を集めた老人ホームってのが、まず怪しい。おまけに、老人ホームのクセにちゃんとサーカスの舞台があったりするのが尚怪しい。もう、そういう設定からして、どーだぁ、本格推理だぞぉ!と絶叫してるような感じの作品(笑)。でも、なんかこういう「いかにも!」って感じの本格推理は決して嫌いじゃないっす。道具建てが揃ってるって言うか。雰囲気が有り過ぎで多少鼻につかないでもないけど、最初ノベルズで出版されたのが、「新本格」が生まれて育ち始めた時代だから、こういうのも良かったんだろうなぁと思えるのよね。ちょっと修飾過多の文体に最初は読みにくかったけど、だんだん気にならなくなったし。
 ただ、本格なんだったら本格らしく、もちっと伏線張ってもらわないと謎解きの部分が唐突すぎるぞ。意外な真相ってのは、結構グッドだったし、盛り上げも上手だし、「ゴロー」クンに関しては正直うまい!と思ったけれど、「真犯人」はちょっとなぁ……。本格ならではの「膝を打つ」というのが肝心要の真犯人暴露の部分に欠落してて、それが不満。それ以外のところでは、非常に巧い作品だと思ったっす。結構、満足の一冊。  (97.8.22)  

哲学者、かく笑えり・土屋賢二(講談社)

 爆笑だ、爆笑。すっげー面白い。書いてる内容も面白いんだけども、文章が爆裂的に面白いねこのひとは。気に入った文章にラインを引いたりしようもんなら、殆ど全部に線を引かねばならないくらいのモノです。えーっと、筆者はお茶の水女子大で哲学を教えてる教授だか助教授だかで、身の回りのことを哲学的に分析した本……なんだと思う、多分。なんかもう、主旨なんかどうでもいいのよコレは。とにかく読んだら笑えるんだから。わっはっは。
 さすがに最初から最後まで同じ様な調子なので、後半、ちょっとくどいなと思ったり飽きて来たりもするんだけど、最初の1頁を読んで気に入った人は買いましょう。そのままのノリで最後まで行きます。いしいひさいち氏のイラストもいいし。
 ただ、一番面白かったのは、内容ではなくて奥付のところにある著者の紹介文だったりするのだ。ここはお見逃しなきよう。けけけ。  (97.8.26)  

風が吹けば桶屋がもうかる・井上夢人(集英社)

 連作短編集。共同生活を営む3人のところに、毎回毎回悩みをかかえた女性が訪れる。女性の目的は、3人の中のひとり、ヨーノスケに助けて貰うこと。ヨーノスケは超能力者だってんだから驚きなのだな。
 で、何が面白いって、この超能力の内容だったりする。もう、あたし大好き>こーゆーの。超能力っていうと、西澤保彦ちっくな話なのかしらと思う方もおいででしょうが、全然違います。非常に現実的な物語。
 ある種、これって本格推理に対するとんでもない皮肉だと思うのよね。東野圭吾氏が
「名探偵の掟」でやったようなアンチ本格を、別の形でアプローチしたというふうに受け取りましたわ。数少ない手がかりを上手にリンクさせて、驚きの真相を導き出すってのが本格推理の真骨頂なワケだけど、この作品は、その王道に対して真っ向から挑戦してるというか。本格好きなひとは、その論理の妙を楽しめると思うけど、アンチ本格の人にも評価して貰える作品なんじゃないかしらね。
 あ、それと、この装丁があたし好きなのよね。なんかコレ、いいと思いません?  (97.8.27)  


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