お厚いのがお好き?


ガラスの麒麟・加納朋子(講談社)

 日本推理作家協会賞受賞の表題作に始まる連作短編集。別に加納氏に限った話ではないんだけども、「東京創元社出身」の作家が「日常の謎」を扱った「連作短編集」ってのは、どうしてこういう構成になるのかな。いや、面白いし、あたしはこの手のは好きなんですが、「東京創元社出身」「日常の謎」「連作短編集」ってだけで半分くらいネタバレしてるような気がするんですけど(笑)。
 形としては、これまた新本格の王道ともいうべき「その場にはいなかった探偵役が話を聞くだけで驚きの真相を見抜く」というタイプのものです。この手のモノは、伏線がよほどしっかりしてて、その上説得力がないと、単なる妄想になってしまうと思うのだけども、うーむ、今回はこれってイエローカードじゃなかろか。だってさぁ、総じて探偵役の推理は「そういう見方も出来る」ってだけのものなのよ。決め手に欠けるというか。アクロバティックな論理の展開は面白いんだけども、ちょっと出来過ぎの感があるのよね。この探偵役に、井上夢人氏の
風が吹けば桶屋がもうかるを読ませてあげたいと思ったのでした(笑)。
 ただ、パズルとしてはそういう弱さがあるものの、短編小説としては、大矢、非常に好きですね。ちょっとした小道具の使い方や比喩の方法なんか、この人は非常に巧い。文章で臨場感を出すのが上手なんだよなぁ。説明ではなく描写のできる作家さんだと思いますね。ミステリに拘らずとも、いいモノが書けそうな人なのです。 (97.8.31)   

ターン・北村薫(新潮社)

 くぅ。今回のもいいなぁ。前作のスキップも良かったけど、今回のがもっと好きですわ。(と思って、スキップを再読したら、ターンよりもスキップの方があたしの好みだった。わはは。スキップの内容を忘れてただけじゃねーか>あたし。)なんでこの人はこんなに巧いのかなー。年齢から言ったらオヤジだと思うんですけどもね、こういう「優しさ」を文章で醸し出せるオヤジってのは、すごいよなぁ。ホントに男性なんだろうかこの作者は。いや巧い。巧いとしか言いようがない。
 実を言うと、北村氏の書く女性主人公ってのは、スキップにしろ、「円紫さんと私」シリーズにしろ、覆面作家シリーズにしろ、「んなヤツいねーよっ」と言うか、「小説だから純粋に描かれてるけど、もしも実在したらヤな女だよなー。同性からは絶対に嫌われるぞ」というタイプの女なんだよね。登場人物もストーリーもズルズルに甘い。そのあたり現実感がないというか。その現実感のなさが、大人のメルヘンを作る要因なのかもしれないな。
 交通事故がきっかけで、夏のある1日を繰り返すハメになった女性。序盤はちょっと冗漫に感じる部分もあるんだけども、途中におこる「事件」をきっかけに物語はめくるめく展開を見せるワケだ。1日を繰り返すと言えば、例えば西澤保彦氏の「七回死んだ男」なんかもあるわけですが、(これはこれとして傑作なんだけど)全く違いますわ。最初に「1日を繰り返す話ってば、それってもう西澤さんがやっちゃったじゃん」と思った大矢なのですが、同じ素材でも料理の仕方ってのは色々なのね。いたマイッタ。これは読め。 (97.9.1)  

仔羊たちの聖夜・西澤保彦(角川エンタティメント)

 ちょっとネタバレ気味です。ネタバレを気にする人は読まない方がいいかも。
 スットンキョーなSF的設定でお馴染みの西澤さんですが、これは
麦酒の家の冒険同様、タックやタカチ、ボアン先輩の登場する本格推理モノ。これまでのこのシリーズ(これが4作目になります。他に角川ノベルズから出てる「彼女が死んだ夜」と講談社ノベルズの「解体諸因」てのがあるのよ。)の中では、最も「まっとうな」本格推理と言えるのではないかしら。
 どうも妄想に違い推理を展開するシリーズなんだけど、今回のはキチンと理に落ちましたね。クリスマスイブにプレゼントを持ったまま、マンションの8階から飛び降り「自殺」をした女性。そこは5年前に別の人が飛び降り「自殺」をした場所だったーーと来れば、手慣れた読者なら簡単に「自殺か?」と疑うワケで。話もその通りに進んで行きます。
 途中までは、やっぱどうも妄想じみてるというか、勘に頼りすぎなんだけども、最後の最後でちゃんと説明してくれてスッキリできる。まぁでも、三つ目の事件はねぇ……これはハッキリ言って、かなり最初の方でネタがバレバレになってるような気がしないでもないんですけど。ミスリードとしては今一かな。でも、その他の事件の真相については、非常に満足。登場人物がやや類型的に過ぎる部分もあるけど、その分、描写が細かくてシーンが判りやすかったし。このシリーズの中では佳作と言えましょう。  (97.9.2)  

画狂人ラプソディ・森雅裕(KKベストセラーズ)

 1985年(10年以上前になるのねぇ)に角川ノベルズから発刊された、同名作品の復刻版(って言うのか?)です。まぁ、復刻版だからと言って、犯人やトリックやストーリーが変わったという筈もなく、角川ノベルズ版を持っている身としては、別に再読する必要もないんだけどね。まぁ、ファンってのはこういうもんだ(笑)。
 芸大で日本画を専攻する学生が巻き込まれた殺人事件。処女作に近いということで、最近の森作品に比べると、やっぱテクニックという面では数段落ちますね。伏線の出し方や、主人公の立ち回り方や、物語の構成や、文章それ自体や、そう言った面では、さすがに今の森雅裕の方が数段上。当たり前かもしれないけどね。それでも、横溝賞の佳作になっただけの事はあって、最近の作品よりも、ずっと「推理小説」してる作品です。
 ただ、この作品の中ではひとつだけ、最近の作品よりも好きなものがあるのよね。それは何かっていうと、キャラクター描写。森氏特有のキャラって、はじめのウチは強烈で魅力的だったんだけど、作品を重ねるにつれて、鼻についてきたのよ。硬派で孤高でシニカルで、という森作品に書かせないキャラなんだけど、それも度を超すと「かくありたいという理想の自分を演出してる、一言で言えば、カッコつけのガキ」という印象が拭いきれなくなるのですわ。この作品のキャラは、ぎりぎりのところで、その硬派で孤高でシニカルな人物像が自然に生きてる。そこがいいっすね。
 蛇足。このひとってば、充分作品で勝負できるだけの実力を持ってるんだから、あと書きなんて書かなきゃいいのに。  (97.9.5)  

斎藤家の核弾頭・篠田節子(朝日新聞社)

 このひとの作る話ってのはしかし、聖域みたいなサイコホラーを書いたかと思うと、夏の災厄みたいな社会派パニック小説も書くし、贋作師はミステリだし、あげくの果てがそのどれとも趣を異にする女たちのジハードと来たもんだ。その上、これは「近未来パニック」だと。なんだか、これでエッセイとドタバタが書ければ、女東野圭吾と呼びたくなるぜ。ただ、東野氏に比べると、篠田氏ってのは「ジャンルは変えても作風は同じ」という感があるけれど。
 時は近未来。日本国民は管理され、その能力に応じてランク分けがされる。優良遺伝子を残すために、ランクによって作れる子供の数まで決められている。そんな中、特別に優良とランク付けされた一家に起こる悲喜劇。こう書くと、いかにも近未来SFなんだけど、その実態は、そんな世界での「家制度」であり「親子愛」であり「あたしは『奧さん』や『お母さん』と言う名前じゃありませんっっ!」であったりするわけで、どうも、そういう馴染みのテーマを、切り口を変えて描きましょうという感じの物語に見えましたですね。いや、それが悪いんじゃなくて。まっすぐ書くと、どうしても手垢の付いた話になりがちなテーマを、こういう形でリメイクしたってのは、けっこう面白いんじゃないかしら。
 あ、それと。女たちのジハードにも通じるテーマなんだけど、どうも行間から、「いざとなりゃぁ、女の方が腹が座ってんのよっ、ふふん」という声が聴こえてきて、苦笑してしまった。こういう女性らしさの発露ってのは、決して嫌いじゃないな、あたし。  (97.9.11)  

流星たちの宴・白川道(新潮文庫)

 なんか、嘘くせーっ、というのが読後の第一印象だったんですけど(笑)。
 まあ、株の世界をよく知らないってのもあるし、株や博打ってのを良く知ってる人が読むとリアルなのかもしれないんだけどさぁ、あたしみたいな素人が読むと、「こーんな巧く話が運ぶかぁ?(たとえ、どんでん返しがあるにしても)」と思ってしまうのよね。ストーリー自体はよく考えられてるし、知らない世界を見たという意味でも楽しめた。それに混じりこんで来る、女とか、友情とか、そういうのも、まあ面白い。それでも、全体を貫く嘘臭さが鼻について、完全にのめり込むところまで行けなかったなぁ。よく練られた話なのに、読み方が悪かったかな。残念。
 で、どーしてこんなに「嘘臭さ」を感じたのか考えてみたんだけど、結局は、主人公のアンや理子に対する態度のせいじゃないかと思うのよね。女を責めずに金を出す、女を束縛せずに金を渡す。うーん、そういうのって、決してカッコヨクないと思うんだけど。主人公(あるいは作者)の美意識が、それを是としてるのが、どうもあたしは気に入らなかったみたい。最近の若者がジーパンを腰の下の方までズリ下げて履いてるのは絶対カッコワルイと思うんだけど、履いてる当人は流行の最先端を行ってると勘違いしてるみたいな、そんな感じがしたのですよ。 (97.9.12)  

だれもがポオを愛していた・平石貴樹(創元推理文庫)

 綾辻行人氏「十角館の殺人」以降を新本格と呼ぶとすれば、これは新本格の斥候たる作品ではなかったろうか。最初に集英社から刊行されたのが1985年!新本格がブームとなった今、再刊を望む声が高かったのも頷ける。
 あたしが苦手な「外国が舞台でカタカナ名前」ってのも、日本人に妙に馴染みの深い名前ばかりを出してくれたせいで、あまり気にならなかったし(ジャクリーンとジャクソンがごっちゃになったくらいか?(笑))、日本人がわざと翻訳調で書いてるだけだから、理解を超えるような文化や背景も出て来ずに読みやすい。トリックや真犯人も、本格の王道って言えるんじゃないかな。見立てもしっかりしてて、この手の作品が好きなひとにはコタエラレナイかも。最後についてる「アッシャー家の崩壊」の評論(?)は、アッシャー家未読の人には意味がわかんないかもしんないけど、まぁ、読み飛ばしても構わないと思う(笑)。あれは趣味の世界だな。
 かくいうあたしも、ポオは昔読み漁ったクチなので、けっこうストーリーにはハマってしまったのだけれど。ただ一つのコトが気になって、どうしてもお勧めマークが付けられないのよね。たとえ、どんなに頭脳明晰で有能な探偵であっても、そして、現場の状況が如何にミステリアスであっても、その謎の方に気を取られて、人が死んだというのに笑ったり喜んだりする探偵は、どうしても好きになれない。更級仁希というキャラ自身はとても魅力的に描かれているのに、謎に望む態度がアレじゃあ、人の心や機微よりも自分の趣味の方が大事っていう精神的にいびつなだけのガキじゃないか。ま、そういう造詣の探偵は数え切れないほどあるし、そういう探偵の方が好きって人も多いんだけどさ。あたしは嫌いなのよ。ふう。 (97.9.16)  

破線のマリス・野沢尚(講談社)

 江戸川乱歩賞受賞作。最近の受賞作ってば、ミステリ色が薄いだとか著者近影が恐いだとか色々と評判なんですが(笑)、そこは腐っても乱歩賞。総じてレベルは高いと大矢は思う。今回のも、筆力って点ではさすがだと思うし、途中まではかなりのめり込んで読みましたですよ。特に描かれてる業界が、前に自分がいた場所だもんでね。そうそうそうなのよねーとか、おいおいそれは作ってるやろとか、そっちでもけっこう楽しめたりして。
 ただ。ここからはネタバレ気味なので、気の弱い人は読まないようにしてほしいのだけども。これって結局、事件は解決してないじゃん。乱歩賞は推理小説の賞だと思ってたけども、推理小説ってのはさぁ、提示された事件の謎を推理し、解いて終わる小説のことじゃないの?すっげー消化不良なんですけど。事件のスケールがでかい割に、登場人物が少ないなぁとは思ってたのよ。推理小説の読者ってのは、多かれ少なかれ頭の中でどいつが犯人だろうと思いながら読んでるモンだと思うけど、今回はどう考えても容疑者になり得るヤツがいないのよね。不思議だなぁと思ってたらあーた、アレはないわよアレは。
 そりゃビデオの謎の方は解かれたけどさ。こっちは正直言って、「少ない登場人物」の中で動機も手段も持ってるヤツを考えたらすぐに判るような謎でしょ。伏線も見え見えだし。言っとくけど、元来あたしは、ミステリを読んで犯人が分かったと言うのを自慢げに吹聴するヤツはバカだという持論があるんだけど、その持論を曲げてでも、これは判ったと言いたいぞ>ビデオの真犯人。で、ここまで判りやすい謎なんだから、これは全体を貫く謎の中でミスディレクション的役割の、いわば薬味だと思ってたのよ。そしたらさぁ、最後の最後で、その「判りやすい謎」を解明してみせて終わりってのはあーた、竜頭蛇尾のそしりは免れないと思うんですけどもね。非常に消化不良の一冊。消化不良の上に誤植が2カ所もあったし(;_;)。 (97.9.19)  

水野先生と三百年密室・村瀬継弥(立風書房)

 だーーーーっっ。なんだかもう感想書く気がしないぞ。んでも書かなくちゃ書評になんないんだよなあ。あーあ。
 新人教師が赴任した四国の高校。そこでは殺人事件が起こっており、生徒が疑われていた。でもって、近所の町には、江戸時代から「中で人が死ぬ」という言い伝えの蔵があって……というお話。
 最大の不満は、中で示される二つの事件が、まああああああっっったく、関係なかったこと。こんなのって、あり?曲がりなりにも長編でしょうが。バラバラの謎をバラバラに解くなら、短編を二つ書けばいいだけの話でしょ。だいたいこの話って、ふたつの短編を一緒にまとめて伸ばしたって感じが非常に強い。
 おまけに、短編だったら、登場人物が単なる駒であっても仕方ないと思うけど、長編でこの人物描写はひどい。女子高校生なんて、ぜんぜん顔が見えてこないよ。教師と生徒の関係も、甘いとか古いとかだけじゃなくて、いかにもツクリモノ。中学生日記じゃあるまいし。そりゃぁ美談が悪いとは言わない。美談だろうが甘かろうが、読みごたえのある物語が綴られてるんだったら大歓迎さ。でもこれは、あまりにひどいんじゃないかなぁ。誤植も目立つし。
 この作者ってば、絶対に短編向きだと思ったね。長編と短編、どっちが難しいかってのはケースバイケースだけど、少なくとも物語を読ませなければ、長編はダメでしょう。(97.9.27)  


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