複雑系ミステリを読む・野崎六助(毎日新聞社)
事件が起こり、探偵役が謎を解くというシンプルな形の本格モノがあると同時に、メタとも複雑系とも呼ばれる流れがある。謎を論理的に解決するのではなく、より幻想的な着地をさせようとするもの。或いは着地をさせないもの。定義は難しいが、純然たる本格モノと思って読むと肩すかしをくらってしまうという、読み方が問われる流派(?)であると言えるのではないか。
1995年1月17日未明。兵庫県南部を未曾有の悪夢が襲う。この物語は、神戸に住む複数の人々の「それまで」を描き、それが「その時」に絡み合い、「それから」集約されていく過程を著している。作家なら、それもあれを体験した作家なら、一度は思ったのではないだろうか。こんな事になるとは思ってもいなかった人々が、「その時」までをどう過ごし、「それから」どうしたのかを描きたい、と。やっとそれを描いてくれる小説に出会えた。
幻惑の死と使途・森博嗣(講談社ノベルズ)
奇数章のみで構成されている。ほのめかすだけで扱われてない事件もあるみたいだから、まぁ次作の【夏のレプリカ】ってのが偶数章だけになるんでしょう。ってことは、物語は終わっていない公算もあるわけで、そうなると、この段階でどうこう言えないなぁ。全然違ってた、っていうどんでん返しがあるかもしんないし。
いやあ、いいねぇ。やっぱこのひとってば、奇跡の人みたいなヒューマンものよりも、こっちの方がずっといい。小役人シリーズの短編集ざんす。総じて、公的な自分と私的な自分の葛藤を描いた作品集と申せましょう。
あ、今までの麻耶雄嵩と違う。コレが第一印象。どうもメタミステリ、幻想ミステリの急先鋒のように思ってたんだけど、おおおお、こういうのも書けるんじゃないか。メルカトルも普通の人間になってるし。一応ちゃんとミステリだ。だいたいのところは理に落ちてる。こっちの方がいい。絶対こっちの方がいいぞ麻耶雄嵩。
と、書いたらば。教えてくれた読者の方がいたのです。ありがとう>I川さん。あの子はこういう事だったのね。時系列もスッキリ腑に落ちました。ああ、あたしの読解力がないだけだったのよ。すごいわ。ちゃんと伏線もあるし、ちゃんと理に落ちてる。これが麻耶雄嵩の作品だなんて思えないくらい、見事な着地。うう、一気に評価を高めてしまった大矢だ。ああ、アクロバティック。快感。これぞ新本格。風情も蘊蓄も味も、けっこう一級品だぞ。
(97.10.23)
雨の中の犬・香納諒一(講談社)
香納諒一氏のシリーズ短編集。私立探偵碇田が出会う事件の数々。
評判を耳にしたので、つい手にとった一冊。時代モノはあまり読まないせいもあって、最初は正直退屈だったのよねぇ。だいたい、これって決まった主人公がいないのよ。歴史の一部、ある村の数日間のドキュメントだもの。だから、視点が飛ぶ飛ぶ。誰に感情移入していいんだか判らなくて。ちっと困った(笑)
弔いの刃・阿木慎太郎(NONノベル)
めったに読まないバイオレンスものなのだけど、たまたまゲットしたのでさして期待もせずに読んだのですが……けっこう楽しんでしまったりして(笑)。確かにドンパチもあるし、主人公は不必要にニヒルだし、血は飛ぶし、いかにもバイオレンスゥなんだけども意外と抵抗がなかった。ホステスと、中国人マフィアに追われる中国人の恋人が居て。主人公は元公安警察の男で、現在は過去を捨ててスナックを経営してるんだけど、この主人公のところにホステスが「彼を助けて」とやってくるお定まりのパターン。そして新宿の中国マフィアの暗躍。
ミステリー傑作選33 犯行現場へもう一度・日本推理作家協会編(講談社文庫)
今回は新旧入り交じって、なかなかによろしゅうございました。既に読んでたのも半分以下だったし。連城三紀彦「夜の二乗」ってのは、2時間ドラマで見た覚えあり。よくできたドラマだと思ったけど、原作もいいわ。新本格組では歌野晶午「水難の夜」。見事に騙してくれて気持ちいい。伏線が秀逸。この二つがベストかな。高村薫「地を這う虫」はさすがの筆力。中嶋博行「不法在留」も、真相は見事だけど人物が今一。日下圭介「疑いの車中」は、会話で状況を説明しようとするのに無理があるけど、話の展開が非常に面白い。加納朋子「ガラスの麒麟」は、推理作家協会賞を取っただけの事はありますね。トリック云々よりもメタファがきれい。その他、夏樹静子、藤田宜永、小池真理子、貫井徳郎の各氏。
(97.10.29)
ちくしょー、このオッチャンてば、なんでこう泣かすかねぇ。他の人がやったら、単に古くさくてあざといだけだと思うけど、浅田氏だからいいんだろうなぁ。
ミステリーズ〜完全版・山口雅也(講談社ノベルズ)
短編集なので、ちょっと玉石混淆のきらいはありますが。総じて山口節の色濃く出た一冊。ハードカバー版に加えてボーナストラックの一編がついてるってのが期待だったんだけど、それがあんまり面白くなかったのが残念。
ここで筆者があげている作品は、たとえば京極夏彦氏の「姑獲鳥の夏」であったり、太田忠司氏の「僕の殺人」であったり、竹本健治氏の「匣の中の失楽」であったりする。このラインナップでも判って頂けると思うが、要は、「謎解きに終わらない」物語たちなのである。好悪の別れるところだとは思うが。(あたしはウジウジした物語は嫌いだいっ)
ガイドブックとしては、なかなかに優れていると言えるのではないか。少なくともこれを読めば、「なんだよぉ、論理的解決じゃないじゃないかっ」と本を投げつけるような事態を避けるだけの心構えができるだろう。ただ、この本を読んでも、「何故、彼らはこのような形態をとったのか」という問いには答えられない。本書は「複雑系ミステリを読む」であって、「複雑系ミステリの読み方」ではないから。このようなミステリに苦慮しているあたしとしては、ぜひ「複雑系ミステリの読み方」を著して欲しかったのだけどな。
(97.10.11)
未明の悪夢・谺健二(東京創元社)
推理小説である。それも本格の鮎川賞である。震災だけがテーマでは、もちろんない。本格推理小説に欠かせない謎(殺人)も、探偵役も、論理的な解決も用意されている。推理小説である以上、そっちがメインである筈だ。しかし、幸か不幸か、この物語は推理小説であるということを、その震災ルポの前に忘れさせてしまうほどの圧倒的力を持っているのだ。落ちついて読むと、犯人が割れやすいという難点がある。犯人割れというのは、本格推理にとっては致命的な瑕疵である筈だが、それを凌駕する何かがある。犯人が誰だとか、そういうことよりも、殺人事件というフィクションを挿入することにより、あの時の人々の気持ちを著した事に喝采したい。
あの震災をこのような娯楽読み物に使うことを、不謹慎という声が出るかもしれない。しかし、あたしはそうは思わない。これが不謹慎なら、洞爺丸台風を題材にした「虚無への供物」も、傷痍軍人を登場させた横溝正史の作品も、どれも不謹慎だ。あれを体験した一人として、こうして文学という分野で、記録ではなく記憶が残され語り継がれていくことを喜びたいのである。
(97.10.12)
まぁ、その可能性にあえて目をつぶり、これだけの感想を言うと。おお、けっこういいじゃん。チト卑怯な解決ではあるけど、充分意外だし充分盲点だし。前作封印再度〜Who Inside〜では、底なしのバカ女だった萌絵も、今度はまぁ普通のバカ程度だし。「すべてがFになる」で見せた、萌絵と犀川との、一種常人とは違う感性や能力も堪能できるし。ああ、妄信的な恋愛につっぱしって周りが見えなくなるって欠点さえ無ければ、非常にいいキャラなのになぁ>萌絵。なんて惜しいの。あれさえなきゃ女性ファンが増えると思うんだけど。あれ?何の話でしたっけ。
おお、そうそう。事件はどれもある意味での密室。解決法はけっこう見事ざんす。物語としての感想は、次作を待った方がいいみたい。象牙の塔の住人の割には、けっこうな商売人じゃねーかよ(笑)>作者。
(97.10.14)
防壁・真保裕一(講談社)
【防壁】政府要人のSPの話。まさに防壁となって要人を守る職務なんだけども、いやぁ、サスペンスだあ。仕事の持つ意義、やらねばならないこと、そういったものと情との葛藤がいいっす。エンディングもしっかりしてて、特別なスーパーマンもいないかわりに、徹底的な悪人もいない、そんなしんみり&爽やかな結末に満足。
【相棒】海上保安庁の特殊救難隊員。つまり、海難事故で溺れた人、沈んだ人を、潜っていって救助するお仕事だ。なんかもう想像しただけでも息が詰まる。ちょっとメロドラマ。
【昔日】陸上自衛隊の不発弾処理隊員。これが一番好きかも。見つかる筈のない所で見つかった不発弾。その謎を負う隊員と、不発弾処理という危険な仕事につく夫を待つ妻。二人の思惑が、きれいな着地を見せる。なんて美しいの。いい話だあ。
【余炎】消防士。頻発する放火。その度に駆り出される隊員と、彼のプライベートを上手にリンクさせてる。やっぱこれって、どの作品も、公私の関係を描いてるのよね。うん。
(97.10.15)
鴉・麻耶雄嵩(幻冬舎)
外界との接触を断ち、江戸時代のような文化レベルで暮らす村。弟の死の謎を解くために、そこに入っていった主人公。とっぴょーしもない設定も、作者自らのルール作りが功を奏して難なく受け入れられる。そして起こる連続殺人。なんというか、古き良き本格、それも横溝正史あたりの味を踏襲した感じがあって、けっこうのめり込んでしまった。
謎解きも9割は大満足。ちゃんとジグゾーパズルがはまっていく快感を与えてくれるミステリの真骨頂だ。うまい。根幹となる謎解きも、ちゃんと伏線があって膝を打つ。面白いじゃないか。
だがしかし。残り1割がどうも納得いかないのよねぇ。これって本格に近づけてはいるものの、やっぱりメタだったの?ジグゾーパズルははまったけども、そこに出てきた絵が抽象画だったような、そんなモヤモヤが残るのです。あの部分は結局、ナンだったの?アレが真相なら、あの子は何なの?時系列はどうなるの?あうあう。やっぱり結局はメタだったのかな。それともあたしの読解力がないだけ?叙述のトリックがあって、実はちゃんと理に落ちてるの?誰か教えてえええ。 (97.10.18)
【雨の中の犬】パチンコ店経営の女とボクサー崩れの亭主。その人なりの愛情の形が切ない一作。
【新緑】子供を残して女が死んだ。その子供を捜して父親の元に連れ帰るという仕事。これは、とある男の純愛が胸に来るいい作品だぁ。勧善懲悪なトコも好き。
【黄昏に還る】釈放直前の模範囚が逃げた。これも形を変えた親子の情愛を描いた物語。切ない。ただ、刑務所職員の人物造形が不満だなぁ。もっと「いいひと」の方が感動できる気がするけど。
【待つ】これは今一。なんだか、ワンアイディア先行のシン本格短編みたい(笑)。
【蕗子への伝言】これも今一だったかも。蕗子の造形が、判らないでもないんだけれど作りモノっぽい。でも蕗子よりも、男の純愛の方がメインで、それを描くためにこういう人物を作ったのかな。
【遥か彼方】これいいなぁ。クソ刑事の物語。地回りで目こぼしをする代わりに賄賂を貰う刑事の真相。いろんな要因が絡み合って、集束する。集束する先は、かなり切ない。この切なさってば、香納諒一の真骨頂かもしれませぬ。切ない大賞。
(97.10.19)
神無き月十番目の夜・飯嶋和一(河出書房)
で、二章に入ったあたりで、正直「もうやめようかなぁ」と思ったりもしたわけだけど(笑)、藤九郎が検地の証文に署名しなかったあたりから俄然面白くなってきた。ああ、ここまでは長い前フリだったのね。そこからはもう一気呵成だ。改めて最初から読んでしまったぜ。
物語は、すっかり無人になってしまった村の描写から始まる。誰もいない村。住んでた人はどうなったのか。そして近くの山林で見つかる、おびただしい死体。男も女も老人も赤ん坊も、ただ累々と続く死体。ひとつの村に住む全員の大虐殺である。こんな事件がどうして起こったのかが描かれているのだ。なんというか、もう、救いがない。最後まで読んで、なんだかもう、腹立たしいやら情けないやら可哀想やらで、ある意味すごく読後感が悪い。耐えられない重さ。うううう。なんか最後に、救いのあるエピローグでも添えてくれないだろうかと思うような、そんな重い物語だった。
(97.10.21)
なんかもう、全体に流れるムードは不夜城なのよねぇ(笑)。不夜城を意識してないとは絶対に言わせないぞ、ってなもんで。だけど不夜城に比べると、あまりにも脳味噌がない(笑)。とにかくドンパチ、グサッ、ドタッなのだ。陰々滅々とカッコつけるよりはこの方が簡単だし、小気味いいぞ。「筋肉版不夜城」と名付けてしまった所以であります。香港から来た冷徹な殺し屋のおじいちゃんと、ロシアの元重宝部員がいい味出してる。って、重宝してどうする。諜報部員だっつの。公安にしろヤクザにしろスパイにしろ、おいおいそんな簡単に情報漏らすワケねーだろって所が多々あるんだけども、頭を使わず楽しんでスカッとするには手頃な一冊でした。褒めてるのよ。そうは見えないかもしれんが(笑)。
(97.10.24)
月のしずく・浅田次郎(文藝春秋)
「月のしずく」報われない男を書かせると巧いねぇこのひとは。ラストもいい。
「聖夜の肖像」これ、一押し。もうダメ、あたし泣いちゃう。しくしく。絶対いい。特に全ての既婚者の皆様にお勧めしたいわ。中でも、「あたし実は、結婚前に好きな人がいたのよねぇ」という奥様方に読んで頂きたい。失楽園なんぞにウツツをヌカさず、こういうのを読めってんでいっ!
「銀色の雨」任侠を書かせると右に出る人は居ないよなまったく。カズも菊ちゃんもいいけど、何といってもラストの岩井がいいじゃないっすか。渋い。まったくシブイ。シブイ大賞だ。
「流璃想」不遇の子供の心情を描くってのは、もう反則と言っていいんじゃないかってくらい、涙腺に来るよなぁ。
「花や今宵」視覚的な一編。心の機微ってのが、よく出てる。
「ふくちゃんのジャック・ナイフ」ちょっと毛色が違うと想ってたらラストシーンでやっぱりキた。
「ピエタ」だーら、不遇の子供の心情を描くってのは反則だっつーの。泣ける泣ける。しくしく。ただ、主人公の気持ちの変化(もっとも大事なトコだ)のキッカケになった事がよく判らんのよね。それが残念。
(97.10.29)
あたしが一番気に入ったのは、「解決ドミノ倒し」かな。これは非常に凝った作りになってて、設定が秀逸。笑わせてもくれるし。「あなたが目撃者」、「いいニュース、悪いニュース」の2作は仕掛けが楽しい。推理ではないけど、騙される快感あり。ミステリ色は薄いけれど、ニヤリとさせられるのが「蒐集の鬼」。全部を通して流れるテーマ性というか、コンセプトもあるのだけれど、個々の作品を見ていけば、必ず気に入ったのに一つは出会えるんじゃないかな。
(97.10.29)
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