お厚いのがお好き?


ブレイン・ヴァレー(上・下)・瀬名秀明(角川書店)

 ああ、脳味噌が煮える(笑)。専門用語だの横文字だのは、片っ端からすっとばしちゃったわ。パラサイト・イヴの上を行く理系バリバリの小説だねえ。前作と比べるのもどうかとは思うが、今回の作品は、かなり物語性という部分に於いて、引き込ませるモノを持ってる。あれだけの専門用語・理系ワールドが展開されるにも関わらず、キッチリのめりこんで、2冊の上下巻を一気読みしちまったもんなあ。特に、子供がいい。チト頭良すぎだぞとは思うけど、あの母の息子だし、多分作者も「理系バカ」ってのが分からないんじゃないかって気もするし(笑)、そこは仕方ない。ああもう、あの子供の運命が切ないよお。しくしく(;_;)。
 とある研究所に赴任してきた科学者が、妙な体験をする。その体験の実態を調べるにつれ……というのが、メインのストーリー。頭の中で映像化しちゃうと、けっこう滑稽というかキッチュというか笑えちゃうんだけど、それでも文章で引っ張るのがうまいよね。ただ、思いきり盛り上げといて、ラストはちょっと肩すかしをくらった感あり。だってさ、ここまで理系だと、エンディングだって、きっちり科学で解明されると思うじゃない?そこがちょっと残念。
 ここらでこのひとの、「全然理系じゃない話」とかって、読んでみたいなあ(笑) (98.4.1)    

NOW and THEN・三谷幸喜(角川書店)

 これまでの全三谷作品の解説書。それも自分で解説してるあたり、解説じゃなくて当時の思い出じゃないか、ってのもあるんだけど(笑)、それもまた良し、ってことで。さすがに初期の頃の作品は全然知らないけど、「12人の優しい日本人」「天国から北に3キロ」「ダア!ダア!ダア!」「君となら」「巌流島」「笑の大学」「アパッチ砦の攻防」「出口なし!」ってあたりは、興行的にも成功してる舞台だから、知ってる人もいるんじゃないかな。テレビ番組はそれこそ当たってるし。
 ただ、これは個々の作品が好きというひとよりも、三谷氏という脚本家の書く脚本が好き、という人むけの本です。なによりのボーナストラックは、三谷氏が子供の頃に書いたというミステリ劇の脚本。これがけっこう面白い。この部分だけでも、ファンは必見かな。 (98.4.3)    

誘拐症候群・貫井徳郎(双葉社)

 おおお、相変わらずこの手の話は巧いねえ>作者。期待通りざんすよ。同じシリーズの「失踪症候群」よりも、こっちの方がキレイ。連続して起こる誘拐事件、それは警察に通報されることなく闇に葬られていく……読めば分かるけど、一種の倒叙なのね。その倒叙を担う(変な言い方だな)女性の人となりがいい。この作者のこれまでの小説って、総じて登場人物が「役」的だったのに対し、この女性は、とっても厚みがある。なんかもう、存在感があるワケで。
 物語も破綻がなくてスマートだねえ。この作者は文章がシンプルでいい。妙なレトリックを使わずに、淡々と状況を描写していくタイプの文章だから、ストーリーの進行が分かりやすくて、疲れない。心情描写よりも状況描写がメインで、それが効果を上げてる例だね。
 ただ、ちょっと残念だったのは。あたし、ずっと「犯人捜し」のつもりで読んでたのよね。それ、間違いだった。犯人捜しの話じゃなかったんだ。そこを誤解してたもんだから、最後まで読んで、アレ?と思ってしまったワケだな。うーん、読み方を間違えてしまった。どっかで先入観持っちまったんだよなあ、多分。どうしてかなあ。 ってわけで、これから読む人は、「犯人捜し」じゃないってことを覚えておいて下さい。最後に<ジーニアス>を追いつめる下りなんか、もうとってもワクワクしちゃうよお。 (98.4.6)    

智恵子飛ぶ・津村節子(講談社)

 智恵子抄をちょっとでも読んだひとなら、智恵子が狂って死んでいったというは知ってるだろうけど、じゃあ、どうして狂ったのかは意外と知られていないのではないだろうか。智恵子抄に出会ったのは中学生の時で、それ以来、そらんじることが出来るほど読んできたというのに、あたしも何故智恵子が狂ったのかは知らなかった。
 浅学非才の身としては、漠然と「高村光太郎が芸術一辺倒で、寂しかったのかなあ」という程度にしか考えてなかったんだけども、その実は、様々な悩みと苦しみが智恵子を襲っていたことを知らされる。愕然とする生い立ちだ。福島の裕福な商人の家に長女として生まれ、どんなワガママも聞いてくれる両親、学校では勉強もスポーツもトップで、友人からも教師からも一目於かれる。そんな智恵子が出会った芸術家・高村光太郎。
 物語は、狂うまでは智恵子の視点で、狂ってからは光太郎の視点で描かれる。事実だけに、辛く切ない。誰が悪いのでもないけれど、何か智恵子を助けてあげたくなるような、焦燥感に苛まれる。そして智恵子の最期は、あの「レモン哀歌」そのままで……智恵子抄の各々の詩が、初めて意味を持って胸に飛び込んできたような気がする一冊だ。(98.4.9)    

空の色紙・帚木蓬生(新潮文庫)

 医師ものの中短編3編が収録されている。表題作の「空の色紙」が中でもあたしのベストかな。嫉妬に狂う殺人犯の精神鑑定を引き受けた精神科医が、その嫉妬を自分の中にも見つけていく。ミステリではありません。だーら、その殺人事件の真相なんかもあかされない。あくまでも精神科医の心の物語だな。
 精神鑑定のために鹿児島まで出かけていった主人公は、足を伸ばして知覧に寄る。知覧……知っているひとは知ってる地名。五十数年前、この知覧から多くの若者が飛び立ち、そして帰らなかった、特攻隊の基地があった場所だ。そこで主人公は、ある色紙を目にする。
 男の嫉妬ってのがどんなものか、女のアタシには知る由もないけど、それでも「自分では認めたくない感情を克服するタイヘンさ」というのは分かる気がする。ここに描かれている嫉妬や妄執といったものに共感はできなくとも、もっと心の深いところで共感できるような、そんな物語。やや散漫なキライはあるけど、構成はさすが。  (98.4.11)    

スコッチゲーム・西澤保彦(講談社ノベルズ)

 タカチ&タックのシリーズ。今回はタカチの高校時代の事件を、現代のメンバーで推理するというもの。正直言って、女子校で同性愛者がいて人気の若い男性教師がいてルームメイトが殺されて……ってのは、もう充分手垢まみれの設定だとは思うんだけどもさ。その手垢を感じさせないってのは、すごいね。なんでかなーと考えたんだけど、やっぱ物語の展開のさせ方が上手なのと、これを既に読者に認知されてるシリーズものの中でやったから、なんではないかと。いきなり「女子校の寮で起こる殺人事件」となると「またか」と思うけど、「お馴染みの人物の意外な過去」という視点で読まされると、また違ったふうに見えるもんだ。
 謎は相変わらず秀逸。実はスットンキョーなSF設定のものよりも、あたしゃこっちの方が好きだったりする。アリバイを主張する容疑者が出会った不思議な人物の正体も、あれこれの推理が面白いし。なにより、この犯人!あたしゃ脱帽だわ。普通、ミステリ読む時って「犯人はこのひとかな。あ、こっちの方がそれっぽいな」と思いながら読むんだけど、今回ばかりは読めば読むほど犯人が分からなくなった。うーん、そう来たか!アンフェアすれすれなんだけど、でも爽快に騙されました。  (98.4.12)    

今はもうない・森博嗣(講談社ノベルズ)

 これは条件付きで を付けてしまおう。
 その条件とは、これまでのシリーズを読んでるってことだ。全部読んでる必要はないんだけどさ、レギュラーメンバーの相関図くらいは頭に入ってる程度には読んでおいて欲しい。そうでないと、一番の醍醐味が楽しめないと思うのよね。
 「嵐の山荘」で起きる密室殺人事件。あう、下手なこと書くとネタバレになりそうで、怖くて何も書けないぞ(笑)。ただ、新本格の神髄とも言うべき「騙し」は秀逸。非常に気持ちよく騙してくれた。本来の密室殺人事件の解決は非常に物足りないんだけどもさ、うわああっ、とノケゾル仕掛けが用意されてます。
 これまでこのシリーズって、せっかく始めの頃はいいキャラだった萌絵が、犀川に惚れてからどんどんバカになっていってて、そこがどうも嫌いだったんだけどさ。今回は、その手の苛立ちが皆無で読めた。(←既読の方へ:イカにあたしが表現に苦慮しているか、汲んで頂きたい(笑))いつもの洒落た会話、面白い視点、そして仕掛け。メインの謎が尻すぼみだった不満は大きいんだけど、うーん、それでもあたしは、シリーズの中では、これが一番好きかも。   (98.4.13)    

塗仏の宴〜宴の支度・京極夏彦(講談社ノベルズ)

 ついに上下巻に分かれたぞっ\(^o^)/。おまけにタイトルがワープロで一発変換できるぞっ\(^o^)/。と言う二つの大変化を携えて堂々の登場だ。その上、連作形式ってことで、これまでの作品に比べると、構成上はかなり読みやすいのではないかしら。
 まだ物語は半分ってことで、感想はナカナカ言えないのだけども、連作短編という観点から見ると【ひょうすべ】が楽しめた。(宮村先生って、絶対×××がモデルだよな。)いやあ、理に落ちたねえ。それ意外の【ぬっぺっぽう】【うわん】【しょうけら】【おとろし】などなど、いずれも一つのテーマに集束しそうな伏線に満ち満ちて、でも一話で一応のオチは見せて……と、けっこう楽しませてくれる。相変わらずのレギュラーメンバーに加え、今回は
絡新婦の理に出てきたとある人物が意外な役割を担ってたり、シリーズファンにはたまらないかと。
 というところで、下巻を待つ、だな。これが完結するまでは、物語の感想もお勧めマークもお預けだ。ただ、かなり下巻が楽しみなのは確か。   (98.4.17)    

朝霧・北村薫(東京創元社)

 本を読んで、「巧いなあ」と感じることは多々あるが、それはトリックの巧緻だったり、ストーリー展開だったり、人物描写だったりと、巧いと思わせる箇所はさまざまだ。で、北村薫は何が巧いって、文章なんだよなあ、やっぱ。
 【日常の謎】ってのがスッカリ定着して、他にも同じ派閥の作品を書く作家も増えてきた中で、やはり御大北村薫が抽んでているのは、その文章の巧さなのだと思う。もちろん、物語自体もよく練られているし、伏線もしっかりしてるんだけど、そういう物語や伏線や人物などを表現している、その文章。
 例えば、この主人公。ちょっと冷静に考えてみると、かなり頭でっかちで自己顕示欲が強くて生意気で度の過ぎた潔癖症で、実にイヤなタイプの女なんだけど(笑)、それが【聡明で純粋なお嬢さん】に見えてしまうあたりが北村節だ。例えば、朝霧の暗号。んなもん、分かるかいっ!と思えるんだけど、暗号をどう解くかよりも、そこに至る心の機微を読ませるもんだから、暗号が解けるかどうかの問題が薄れてしまう。読み手を包み込む文章力。主人公のこれみよがしの蘊蓄すら、思わず引き込まれてしまうあたりが、北村薫の手腕なんだろう。何度も書くけどこの主人公、実にイヤな女なんだけどなあ(笑)。
 ただ、【六の宮の姫君】の時にも思ったんだけどさ、あたしは俳句とか好きだから楽しめたけど、その分野に興味のないひとにとっては、どうなんだろうな、これ。けっこう読者を選ぶような気もするんだけど。それとも、興味のない人でも引き込める程の力を持ってるのかな。 (98.4.18)    


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