平成お徒歩日記・宮部みゆき(新潮社)
宮部みゆきが「歴史の道」を散策するという企画エッセイである。忠臣蔵の討ち入りの後に四十七士が歩いた吉良邸から高輪泉岳寺までの道、江戸時代の刑罰にある「市中引き回し」のコース、箱根の関所越え、遠島の八丈島、などなどである。これはかなり興味深い企画だ。うーん、あたしも実際に歩いてみたい。
人間は笑う葦である・土屋賢二(文藝春秋)
雑誌なんかに掲載されてるエッセイを読むと、かなり面白くて声を出して笑ったりしてしまう土屋氏の文章であるが、さすがにここまでまとめて読まされると……ツラいものがあるぜ(笑)。ギャグも展開も落とし方も全部一緒だし、じゃぁそれ以外に何があるかって言うと、これが何もないからなんだよなぁ。おまけにご丁寧に、ギャグの後で、このギャグが判らない人たちもいるかもしれないという親切心からか、言わずもがなの念押しをしてる部分も多くあったりして……いやはや。
新世紀『謎』倶楽部・二階堂黎人監修(角川書店)
芦辺拓と二階堂黎人が案内役となって誘う新本格のアンソロジー。名探偵ものあり、人間消失あり、密室あり、犯人当てあり、と多種多様。
不透明な殺人・法月綸太郎、他(祥伝社文庫)
【女彫刻家の首】有栖川有栖:首なし死体というともう、判で押したような展開を想定してしまうんだけど、その先入観が逆手に取られた感じ。
瓦版屋左吉綴込帳・古荘多聞(上前淳一郎)(文藝春秋)
「複合大噴火」「読むクスリ」などのノンフィクション作家の上前淳一郎氏が、古荘多聞の名前で書いた時代小説。瓦版屋を主人公に、連作時代ミステリといった感じの体裁。女の湯文字(下着)ばかりを狙うアダルトチルドレンの変質者を描いた【湯文字追剥】、隣同士のいがみ合いを描いた【花見の貸雪隠】、花の相場がどんどん膨れ上がり、投機のために花を買う人が増え、現物無しの証文だけで取引が可能になったあげくにバブルがはじけた【唐立花泡沫記】などなど、現代の風刺を混ぜながらの物語である。ミステリというよりは人情諢だな。【「末期の乳」余聞】なんて、どう読んでも大岡裁きの話だし。
わ、草平ちゃんじゃない!ってのが第一印象。何を書いても草平ちゃんだったのが樋口氏の特徴だったわけだけど、そして勿論それが好きというファンも多いのだけれど、同時に他のタイプの人物は書けないのかと言われることも多かった。……が。やってくれましたねぇ。
触発・今野敏(中央公論社C★NOVELS)
地下鉄の駅で爆弾が爆発。構内の構造もあわさって、大惨事になる。しかしその爆発は、前夜、警視庁に予告電話が入っていた。……爆弾犯人、警察、公安、そして内閣、自衛隊の攻防が始まる。
「沖縄が独立!?」という帯の文句はどうかと思う。そんな話じゃないじゃん、これ。物語自体がすごく面白かったから大満足だけど、帯の惹句に引かれたひとは肩すかしを食うんじゃなかろか。
……が。エッセイとしては確かに面白い。ただ、面白いのは道中記や裏話であって、残念ながら歴史読み物としての面白さじゃないんだよなー。ま、筆者もそれを狙ったワケじゃないだろうけどね。無論、学術書じゃないのは判ってるけど、当時と今の比較だとか、市井レベルの新しい見方や発見だとか、司馬遼太郎の「街道をゆく」的なものを期待して読むとちょっと肩すかし。後半なんか完全にグルメ紀行になってるし、電車やタクシーばかりで歩いてないし。だいたい、長野善光寺から伊勢神宮ってコースは既に歩くつもりのコースじゃないよな(笑)。
しかしまぁ読む者を飽きさせない筆力はさすがだ。むしろ、歴史としてではなく、宮部みゆき初のエッセイ集として読む分には充分な出来と言える。
そうそう、これを読んで初めて知ったんだけど、江戸城を作ったのって徳川家康じゃないんだってねー。あたしずっと家康だと思ってた。もしかして常識か?知らない人は……この本を読むべし。
(99.4.2)
それでも、「初めて読む人」にとってはかなり新鮮で、充分笑えると思う。彼の著書は他に「哲学者、かく笑えり」、「われ笑う、ゆえにわれあり」、「われ大いに笑う ゆえにわれ笑う」の3冊があるが、まぁ、どれか一冊読めば充分な気もするぞ。事実、最初に読んだ本にはお勧めマークがついてるし>あたし(笑)。文章はホントに面白いので、ここらで一発、ギャグがメインではなく、何か論じた上でスパイスとして持ち前のユーモアが入るというタイプの氏のエッセイが読んでみたい。
(99.4.3)
【十人目の切り裂きジャック】篠田真由美:妖しさ満載の中で進む「現代の切り裂きジャック」事件の解明。このまま知識垂れ流しで行くかと思えば……展開のさせ方が巧い。
【インド・ボンベイ殺人ツアー】小森健太朗:時刻表をまともに読む読者って何人いるんだ?(笑)まぁ、そういう人向けの話。
【《ホテル・ミカド》の殺人】芦辺拓:ミステリというよりはミステリファンへのボーナストラックという感じ。「世界短編傑作集」読んでおいてよかった(笑)。でなきゃ、終わりの方の会話の楽しさは判らないままだったな。
【藤田先生、指一本で巨石を動かす】村瀬継弥:「不可能状況を人間の論理で解明する点にこそミステリーとしての吸引力がある。そのことにリアリティがないといっても始まらない。的外れで頓珍漢な批評は困る」と、案内役の両氏が予防線を張ってるわけで(笑)、あたしも100%それに賛成なんだけど……リアリティは置くとしても、この文章力・描写力って、それ以前の問題じゃないかなあ?
【鬼子母神の選択肢】北森鴻:うう、この主人公、いいぞーっ!シリーズものなのかなあ。だとしたら、まとめて読みたい気分。脇役連もなかなか魅力的だ。
【観覧車】柴田よしき:ネタは比較的早く割れるんだけど、ストーリーテリングで読ませる。ただ、一行空きの多用が気になるんだよなぁ、貧乏性なもんで(笑)。
【縞模様の宅配便】二階堂黎人:ご存知、渋柿探偵(笑)の登場である。けっこう好きなんだよねぇ、このシリーズ。謎解きというよりは、ボクちゃんとルル子の捕り物の方が面白い。
【だって、冷え性なんだモン!】愛川晶:犯人当て。言いたい事は多々あれど、雑誌掲載時にあたしゃ犯人が分からなかったので、何も言えない(笑)
【蓮華の花】西澤保彦:これ、イチオシ!いいっ!物語としても切なくて非常にいいし、何より視覚的だ。風景が目の前にパァーっと広がる。そして……幼児性の強い大人を描かせたら、実に巧いなこの人は。思わず自分自身を反省しちゃったわ、あたし。
【新・煙突物語】谺健二:雰囲気のある、いい話なんだけども、肝心の人間消失の部分が判りにくいのが残念。かなりの偶然性に助けられてる気もするし。
【ドア←→ドア】歌野晶午:これがニオシ!(そんな言葉あるのか?)犯人の側から見た倒叙ものなんだけど、かなり犯人に肩入れしてハラハラしながら読んでしまう。小さな齟齬から信濃譲治に看破されるわけだけど、これって古畑任三郎に使えそうな話。
(99.4.8)
【アニマル色の涙】鯨統一朗:うーん……やりたいことは判らないでもないけど……あまりに牽強付会で、無理矢理すぎねーか?
【複雑な遺贈】姉小路祐:遺言書に絡む弁護士もの。二時間ドラマとかにすると面白くなりそう。って、そういえばこの作者の弁護士ものが実際に二時間ドラマのシリーズになってるな。
【スノウ・バレンタイン】吉田直樹:ちょっと切なくなるSF。好きな話だけど、でも、これがどうしてこのアンソロジーに入ってるんだ?
【OL倶楽部にようこそ】若竹七海:うわー(笑)。実際の事件や謎解きよりも、最後の最後でのけぞったぞあたしゃ。うーん、作者の思うツボってやつか?わはは。
【永井するみ】重すぎて:わわ、なんかものすごく納得のいく動機だわ。勧善懲悪からははずれてるのに、読後感が爽快なんだよね。でもそう思うのは女性の読者だけかも(^^;)。
【エデンは月の裏側に】柄刀一:……よ、よく判らん(^^;)。だーら、理系の話はまるでダメなんだってばあたしわ。
【最終章から】近藤史恵:悪くないんだけどなー、最後に出てくる証拠がイキナリすぎるよなー。手記の中にも手がかりが欲しかったなぁ。
【ホワイト・クリスマス】麻耶雄嵩:設定にウゲっとなったが(笑)、しっかり本格の筋立てだ。ただ、あたしには5人の区別が最後までつかなかったぞ。短編にしては数が多い割に没個性じゃないか?
【ダブル・プレイ】法月綸太郎:おお、ありがちな話じゃないかと思ったら、そう来ましたか。読み終わった後でタイトルの意味が分かるという著者お得意のパターン。
(99.4.9)
気になったのは、女の子が自分のことを「おたかです」「あたしの名は、おたき」とかって自己紹介することだ。たか、たきというのが名前で、「お」ってのは周囲が親しみを込めて呼ぶ時の敬称みたいなもんだってのは、時代小説を読む人には周知のことだと思うんだけどな。
(99.4.10)
ベイドリーム・樋口有介(角川書店)
悪徳政治家、それを手玉にとろうとする美人秘書、そしてミミズの事しか頭にない学者が入り乱れる。草平ちゃんシリーズのようなミステリではない。各々の人物造形が、政治家はあくまで利権を求め、美女はあくまでも美を売り物にし、学者はあくまでも自分の専門分野しか判らないという、思いきりステレオタイプの設定にしてある。が、人物がステレオタイプだからと言ってストーリーもそうだと思うのは大間違いだ。二転三転の展開は、さっきまで唾棄してた相手に感情移入させ、さっきまで好意を持っていた相手に失望させる。めまぐるしい。めまぐるしいのに、判りやすい。これはすごいぞ。
ラストにも意表を突かれる。樋口氏が、物語をこういう手法で〆るとは思わなかった。とりあえず、これまでの樋口ファンに読んで頂きたい。草平ちゃんや時郎が好きな人には合わないかもしれないけど、これは樋口氏のエポックメイキングだ。
(99.4.12)
……と書くと、犯罪サスペンスっぽく見えるんだけど、どちらかというと《自衛官人情物語》に思える。地雷で亡くなったカンボジア人を母に持つ主人公は自衛官となり、PKOでカンボジアに行って地雷撤去に携わるのが夢。そのため、駐屯地の中でも爆発物に関してはエキスパートとなる。そこへ起こった爆破事件。本来なら警察の仕事だが、海外に対して対テロ行為へ毅然とした態度を示す必要があると判断した政府が、勝手に彼を警察の捜査に参加させるわけだ。
爆弾犯人側からの描写もあり、かなりハラハラしながらも、悪役である筈の爆弾犯人に思いきり感情移入できるようにも描かれている。《動機》にものすごく共感できるのだ。思わず、成功を祈ったりしてしまう。犯罪捜査、公安と刑事の縄張り争い、そういったものを描きながらも、悪役はいるがイヤなヤツはいないという描き方は、読んでて気持ちがいい。
途中、随所に出てくる社会学的見地からのテロリズム論や、軍事オタクさながらの知識の披露にはちょっと辟易するが、劇画チックで非常にのめり込みやすい物語。
蛇足ながら、《日本には革命がない。大化改新や明治維新はクーデターであって、革命ではない。政権の移行であって、民衆が政治を変えたわけではない。どんなに辛い時代でも、姥捨てや口減らしを強いられても、日本の民衆は政権を倒そうとはしない。日本の民衆は自らを主権者とは思わないのだ。》という部分には、思いきり共感した。
(99.4.13)
熱波・今野敏(角川書店)
さて、触発でも書いたが、今野氏の巧いところは、政治だとかマフィアだとかテロだとか、そういう《ハード》な題材を扱いながら、情や、人間の関わり合いや、自己の反省・成長などの《ソフト》なテーマに主眼が置かれるというところだ。あたしはだいたい、マフィアやテロや諜報活動なんかが出てくるジャンルの小説は苦手なのよね。これもその類かと、こわごわ読み始めたんだけど、実際は沖縄の複雑な歴史がはぐくんだウチナンチューの気持ちと、自分が間違っているとは思ってなかった人間が間違いに気付いた時にどうするかという葛藤、これが中心なのだ。マフィアもテロも諜報も、小道具にすぎない。
そして何より、ウチナンチューの気持ちが痛い。どこまでが今野氏のフィクションで、どこからが事実なのか、それは判断ができないけれど、ものすごく痛く伝わってくるのだ。同時に、中に出てくる台湾マフィアや、米軍。冷静に考えれば、かなりの絵空事、単なるマンガと言える。しかし、絵空事・マンガと断言できない恐さがある。9割9分絵空事なんだけど、最後の1分が、「これが実際にあったとしても、なんら不思議はない」と言っている。歴史というものの、民族というものの、意味を、怖いくらいに感じさせてくれる作品。
(99.4.14)
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