お厚いのがお好き?


花の下にて春死なむ・北森鴻(講談社)

 実に文章が上手な人だ。言葉の選び方と、何を描写して何を描写しないかという取捨選択が巧いんだな。何か一つのことを表現するのでも、比喩の持っていき方が抜群に巧いくせに、押し付けがましさがない。そういった静かな描写力・表現力が、物語を単なるパズラーではなく一編の小説世界へと昇華している。「狂乱廿四考」でデビューした時はあまり気付かなかったが、「狐罠」からこっち、その文章力に舌を巻くようになった。しかし、特定の雰囲気や匂いを静かに滲み通らせるこの文章は、サスペンスが前面に出る「狐罠」のような長編よりも、こういう切なくも優しい短編集の方にこそ似合っている気がする。
【花の下にて春死なむ】 身よりのない無名の俳人、片岡草魚の孤独な死。せめて菩提を弔おうと郷里を調べる俳句仲間の七緒。次第に明らかになる事実と共に、生きては登場しない草魚の悲しみが読者に伝わって来る。
【家族写真】途中まではすごくいいんだけど、その真意にあるものに主人公が気付くってあたりが出来すぎかな。そこまで察しがよかったら女房に逃げられたりはしないって(笑)。
【終の棲み家】これ、切なさナンバーワン。事件に至る経緯も切ないけど、動機も切ない。最後に茄子の漬け物を噛むシーンは胸に迫るぜ。
【殺人者の赤い手】なるほど、そう来たか。ストーリーはちょっと偶然に頼ってるっつーか、御都合主義な部分が目につくが、謎解き自体は膝を打つ。
【七皿は多すぎる】少し毛色の違う話が混じってるなって感じ。これはちょっと推理クイズのような牽強付会さがある(笑)。
【魚の交わり】表題作に連なる作品。この手の優しさ路線の連作には、毒や闇の部分がなさすぎて不満を持つものなんだけど、これはそういう部分をキチンを描いてくれれて、人間らしくて、それが更に切なさを助長する。
(99.5.1)     

ミステリー傑作選35〜どたん場で大逆転〜・日本推理作家協会(編)(講談社文庫)

【人質カノン】宮部みゆき 切ない話を切なく描くねぇこの人は。いい人が報われずに犠牲になるってのは、どうしてこうも胸をえぐるのか。
【目撃者が描いた】佐野洋 こんなの簡単にバレて意味ないじゃん、と思ったが、どんでん返しを喰らった。それにしても「……」の多用が気になるなあ(笑)。返ってリズムが悪くなってる気がするんだけど。
【措置入院】中島博行 袋小路に入った状態からの打開策がさすがプロフェッショナルの発想だ。だが、当番弁護士制の愚痴などを書き連ねる必要はなかったのでは?
【カット・アウト】法月綸太郎 あああ、難しいっ!(笑)。おまけに難しい部分は読み飛ばしても話は通じるし(^^;)。もしかして、あたしの頭が悪いの?ねぇ、あたしが悪いの?しくしく(;_;)。
【吾子の肖像】今邑彩 こういうトリック(って言うのか?)は大好きなのよね。発想の逆転というか。単なる謎とその解明だけでなく、主人公の母子関係と対比させてる不気味さも、なかなか味を出している。
【わが生涯最大の事件】折原一 根本的な部分で××が手記を書き続けるという必然性も、××の△があんな手紙を出して、あんな追伸をつけるという必然性も、ないような気がするのよね。
【蝶々がはばたく】有栖川有栖 1996年版の年鑑が母体だそうだが、頷ける。ワンアイディアを短編にしたてあげるのが実に巧い人だ。だがこれはトリック云々よりも、最後の5行を、特にラスト1行を書きたいがための物語なのだろう。あたしも同感である。心から。
【花の下にて春死なむ】北森鴻 昨日底本を読んだばっかりやっちゅーねん(笑)。
こちらを参照されたし。この中ではイチオシ。
【がんがらがん】大沢在昌 現代風のピカレスク。考えの浅いお調子者のチンピラと、どこかが切れてる男と、ヤクザまがいの刑事と。全体に通じる熱と錆の雰囲気がいい。
(99.5.2)     

五つの時計・鮎川哲也(北村薫・編)(創元推理文庫)

 初歩的な疑問なんだけど、なんで本人じゃなくて北村薫が編んでるんだろう?まぁ御大もかなりお年を召してるからなぁ……という、内容とはまったく関係ない感想を最初に抱いてしまったわけだが、何にしても、乱歩の紹介文がすべてについてるってのはスゴイことだよなぁ、やっぱり。それだけで圧倒されちゃうぞ。
 全体的に《古き良きパズラー》って感じだ。昔の本格物はシンプルでいいやね。決してキライじゃないぞ、こういうの。今でも通用するトリックばかりなのに、けっこうな若者が《兵隊から帰ってき》たばかりだったり、貨幣価値が全然違ってたり。そういうのが、なんとなくいいんだなぁ。女性の話し言葉にも時代を感じる。トリック云々とは別のところで、思わずノスタルジーに浸ってしまったぜ。こういう時代性って、小説を読む上でけっこう大事にしたい部分なんだよね。在る物として受け入れ、その世界に入らないと、謎をあかされても充分には楽しめない気がするもの。
 収録作は【五つの時計】【白い密室】【早春に死す】【愛に朽ちなん】【道化師の檻】【薔薇荘殺人事件】【二ノ宮心中】【悪魔はここに】【不完全犯罪】【急行出雲】の10作。総じて本格ファンなら読んだことがあるような、有名なのばかりだな。個人的には【薔薇荘殺人事件】【悪魔はここに】のトリックが好き。読者が挑戦できるタイプの構成で、真相がアカされた時に(リアリティはさておき)うーんやられた、と思えるような正統派の本格だ。 (99.5.3)     

3000年の密室・柄刀一(原書房)

 3000年前の縄文人のミイラが見つかった。それも、密室状態の中、背中に石が刺さった他殺死体で。考古学者たちの推理が始まる。
 まず、この設定が非常に魅力的だ。歴史の謎を解くというのは正解が判らないので、例えば邪馬台国は言うに及ばず、《刃傷松の廊下》だとか《坂本龍馬暗殺》だとかも、今日に至るまで諸説紛々なわけで。正解が出ないという前提にありながらも、読者を納得させるだけの説を披露しなくてはならないわけだからかなり難しいと思うのだが、そこをキレイにクリアしている。いろんな考古学上の蘊蓄もぜんぜん鼻につかず、かといって難しすぎもせず、丁度いい。
 途中に起こる現代の殺人事件は、正直言ってたいした効果はあげてない気がするのだが(笑)、それはご愛敬か。3000年前の他殺だけでも話は充分だと感じた。ただ、実際には《密室状況での他殺》って部分にかなり重きが置かれてるんだけど、普通、真っ先に考えつく理由だと思うんだよね>真相。だって……3000年前の密室でしょ?普通、××××があった、と考えるのがスジじゃないかな?逆に、その可能性を全く考えない方がおかしいぞ。
 しかし、瑕疵と言えるのはそのくらいで、縄文人の正体(?)や、何故殺されなくてはならなかったのかについては、正直舌を巻いた。切なくも、あり得る話だ。エピソードの取捨選択という点に於いて、かなり荒っぽい部分は目立つけれど、これが処女作ということを考えれば今後にかなり期待できる新人と言える。 (99.5.15)     

弥勒・篠田節子(集英社)

 分厚い本だったが、一気読みだ。途中で本を置くことを許さない展開。氏の「ゴサインタン〜神の座〜」を彷彿とさせる物があるが、個人的にはこっちの方が数倍好き。
 美術展などを専門に企画する新聞社事業局の社員が、ヒマラヤの小国の宗教美術に興味を持つ。しかし、そこでは政変が起こり、文化品の借り出しはおろか連絡も取れない状況になっていた。インドへの出張の帰りに、ちょっとその国の様子を見ておこうと思って国境から潜入した彼は、そこですさまじいまでの政変に直面する。
 政変の状況は、大躍進政策〜文化大革命の頃の中国や、ナチスの頃のドイツや、戦時下〜70年安保の頃の日本などに、少しずつ似て、少しずつ異なる。シャングリラを作るという理想に燃えて、理想を具現化しようとする指導者たち。否も応もなく巻き込まれる国民。しかし、オトナ達はまだいい。どんな政策がもたらされても、自分たちの歴史と経験に裏打ちされた自分なりの価値基準を持っているのだから。読んでいて、本当に怖かったのは、洗脳されてしまった子供達の行動だ。この物語は決して極論を言ってるのではないことが判る。平和ボケした今の日本だって、歴史を振り返ればある種の洗脳教育を行っていた時代があるんだもの。
 最後で主人公がした決心は、腑抜けのあたしには到底真似できないことだ。同じ立場に置かれたなら、脱出できた時点で、あたしは何もなかったことにして、安寧な自分の生活に戻るだろう。何が善で何が悪かは、時代によって変わる。もっと言えば、政治によって変わる。それが痛切に響いてくる。ただ、善か悪かは判らなくても、何が起こっているのか、自分は何をすべきかを見通す力は持っていたい。 (99.5.16)     

謎のギャラリー特別室・北村薫(編)(マガジンハウス)

 北村薫ということで、本格物のミステリを期待して読むと肩すかしを食うが、どれも味わいの深い小説ばかりだ。サスペンスあり、皮肉な話あり、マンガあり、ショートショートあり、童話あり、恋愛小説あり。収録作は【遊びの時間は終わらない】都井邦彦、【俄あれ】里見淳(ホントは弓編)、【猫の話】梅崎春生、【なにもないねこ】別役実、【チャイナ・ファンタジー】南伸坊、【ねずみ狩り】ヘンリィ・カットナー、【煙の環】クレイグ・ライス、【ナツメグの味】ジョン・コリア、【やさしいお願い】樹下太郎、【歌の作りかた】【獅子の爪】フランソワ・コッペ、【エリナーの肖像】マージャリー・アラン。
 イチオシは文句無しに【遊びの時間は終わらない】だ。これは面白い!続きが読みたくてイライラする。北村薫は
謎のギャラリーでリドルストーリーとしてこの話の例をひいているが、まさに一流のリドルストーリーだ。ああもう、これからどうなったんだろう。頼む、続きを書いてくれ!と作家に電話したくなる。ショートショート【煙の環】もいい。最後の一文で思わず吹き出した。
 その他の話は、何をもって北村薫が選んだか、謎のギャラリーと併せて読むと、いい目安になるのではないだろうか。 (99.5.19)     

屋上物語・北森鴻(NONノベル)

 デパートの屋上で起こる様々な事件。しかしこの屋上には、傑物《さくら婆あ》がいた!
 文章の上手な作家だけあって、情景の描写や人物の描写はピカ一だ。各章ごとの語り手を屋上にある人造物にするのも気がきいてるし(これをヘタなヤツがやると目も当てられなくなる)、前の章に出てきた人物が次の章に関係してくるというチェーンも読んでて面白い。謎自体よりも、そのあたりの《紡ぎ方》に重きを於いた物語と言えよう。
 正直言って、本格物として読むには謎解きは今イチである(笑)。しかしむしろ、謎解きが云々よりは、切ない、重いという評価の方が合ってる。うどん屋の豪傑婆あ、彼女には頭の上がらないヤクザ、今時の若者などなど、カラっとしたコメディのように配置された登場人物たちが紡ぐ物語は、人間の弱さ・狡さを浮き彫りにし、そしてそのまま何のフォローも救いもカタルシスもなく、弱いまま狡いままで終わる。そこに薄ら寒いリアリティがある。だからこそ、コメディのような人々を配したのか。
 他人のSOSを感じとることも出来ずに、コンサートチケットを取ることに必死な女子高校生。悪事を見とがめられた時、諭されたこと自体に腹を立てる男子中学生。子供を助けて貰って礼の言えない母親。作者の言う《していいこととしなきゃならないことの他に、してはいけないことってのがある》……簡単な事を、確かに忘れている人が多い。あたしも含めて。《思い通りに行かないと腹を立てる》ような、獣みたいな感性からは、そろそろ脱却しなくちゃならない。
 さくら婆ぁと杜田のエピソードがさらっと流されたのがチト不満だな。 (99.5.19)     

紫の悪魔・響堂新(新潮社)

 ボルネオ奥地に伝わる伝説と、その通りに奇怪な死に方をした人々。その一方、日本では全身を切り刻まれた女性の死体が見つかる。このあたり、帯の惹句はネタばれ気味でチョット興を削いでしまうんだけど、まぁ比較的早い段階で事実があかされるから、いいのかな。(しかし、あの死体の惨状を見ると、いくら×××ってもそこまで……って気がするぞ。)
 仕込まれた謎、その謎を解くための手がかり、伏線、そして謎解きは非常によく考えてあって、ほぉ、と唸らせる部分も多くある。調べたことが軒並みアタリだったってのがちょっと安易だけど、いたずらに枚数を増やしても仕方ないし(笑)、まぁいいかってなもんだ。《紫の悪魔》の正体は、冷静に考えるとちょっと笑えるんだけど、確かにあり得る話なので膝を打つ。ただ、過去に多くの人が《紫の悪魔》の犠牲になってるわけで、死後日数が立って死因が確定できなかったにしろ、死ぬ前後の状況を照らし合わせれば××が共通してるってことは判りそうなもんだけどなぁ。
 しかし、北森鴻とか宮部みゆきとかを読んだ後に読むと、さすがに文章が……(笑)。まぁ彼らと新人を比べては可哀想なんだけど、それにしても味気ない文章だ。なんか論文を読まされてるみたい。長年の親友同士の手紙に、あんな書き方するかね?友だちに教えてるんじゃなくて読者に教えてるのがモロ判り(笑)。登場人物のキャラなんて殆ど見えてこないし。アイディアだけじゃなくて描写力や表現力が欲しいところ。「小説」を読んでる気がしないのよね。 (99.5.22)     

自殺の殺人・エリザベス=フェラーズ著(中村有希訳)(創元推理文庫)

 自殺を企て、それに失敗した男が、翌日死体で発見された。再度自殺を図ったのだと誰もが思ったが、死体は他殺の様相を呈していた……。果たして、自殺なのか?他殺なのか?……という、かなりシンプルな作品で登場人物も少ないため、非常に読みやすく判りやすい。一つの謎をキッチリ掘り下げて、細かいところまでよく練られた謎解きになってる。ヘタに論理をこねくりまわすよりも、こういうのの方がずっと面白いよなぁ。
 実際のところ、現代なら硝煙反応を調べれば一目瞭然ではないか(笑)と思うのだが、まぁ半世紀前に書かれた物語だということでノープロブレムだ。こうしてみると、科学捜査の進歩ってのは本格推理にとっては邪魔なんだなぁという気がしてならない。だからこそ、嵐の山荘モノが根強く残ってるんだろうし。おっと話が逸れた。
 結構簡単に解決してしまったわね、と思っていたらそこはそれ、さすが本格推理である。キチンと落ちをつけてくれた。のけぞる程の驚きはないけれど、気持ちイイ終わり方だな。最近の新本格を読み慣れた向きには、シンプルすぎるとか短編で充分なネタだとかってな具合に映るかもしれないけれど、これくらいシンプルな謎を、これくらい書き込んでくれてるミステリの方があたしゃ好きだし、人にも勧めやすいよね。基本!って感じだ。 (99.5.25)     


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