謎のギャラリー最後の部屋・北村薫(編)(マガジンハウス)
このアンソロジーも最終巻なんだそうである。これまでの3冊、どれも最低一つは「おお!」というものが収録されてて、これが読めただけでもこの本は「買い」だな、と思わせてくれてたんだけど、今回はちょっと……。収録作の5作品を全部読んでも、ピンと来るものがなかった。どこが「謎」なの?ってのもあったし。まぁ、そのヘンは定義次第主観次第なんだけどさ。
しのすけのものさし・立川志の輔(毎日新聞社)
新聞連載されたエッセイをまとめたもの。話題も身近なものだったり落語界の意外な裏話だったりで面白く、シリアスな話題を扱ってる章も多い割には、短くて軽くてサクサク読める。電車の中とか、トイレの中とか、ちょっと手持ち無沙汰な時とかにいいかも。意外なモノの見方に、ほぉっと思う部分もしばしばあり。オチもちゃんとついてて、さすが噺家さんてのは粋だね、ってとこか。
名探偵水野紗杜瑠の大冒険・二階堂黎人(実業之日本社)
二階堂氏の作品ってのは、読者を選ぶよなぁ……というのを実感。好事家、マニア、本格ファン──何と言えばいいのか判らないけれど、ある特定の読者層だけを想定して書いてるような。誤解しないで欲しいのだが、それが悪いと言ってるのでは決してない。ただ、あたしみたいに、謎解きの論理性と同時に物語として訴えてくるものを求めるタイプには、ちょっと辛いものがある。パズルとしてはかなり楽しめるものもあったし、好きなタイプの謎解きもあったんだけどね。物語世界にのめり込みにくいから、パズルの出来不出来でしか感想が持てないのよ。(だって登場人物の人物造形が感情移入できるタイプのものじゃないでしょ?それとも「好事家」は、こういうキャラにハマっちゃうのかなぁ?)
事情があって警官を退職した阿南は、自分に「罰」とも思えるような徹底した規範を敷いて、定職につかず他人と極力交わらずに生きてきた。現在は石川県の小松でコンビニ店員をしている。そこにコンビニ強盗が押し入る。阿南のとった行動は……。
とにかく文章が素晴らしい。使われている語彙が、恐ろしいほどに美しく、鮮やかだ。言葉に色がある。香りがある。音がある。日本語というのは、こんなに美しいものなのか、と認識させられた。文章のいい小説というのは、砂漠に水をまくように、体中に言葉が滲み通っていくのだ。小説というのは文章である。敢えて断言させてもらうが、どんなに練ったプロットでも文章が下手ではダメだ。プロットだけを見ると東京創元社から出してもいいような連作推理なのに(笑)、この著者の文章は、物語をそれだけに留めず一段上の世界へと昇華している。小説、かくあれかしである。是非、読んで欲しい。
つかぬことをうかがいますが…・ニューサイエンティスト編集部(編)(ハヤカワ文庫)
副題に「科学者も思わず苦笑した102の質問」とある。なんか、そんなふうに描かれてしまうと、「身近な科学なぜなに百科」だとか「日本語おもしろ辞典」みたいな、単なる雑学モノに思えてしまうのだが、これはちょっと、いや、かなり違う。
第3回鮎川哲也賞受賞作にして、加納朋子のデビュー作の文庫化である。随分待たされたなぁ。著者には非常に申し訳ないが、当時の印象は「北村薫の二番煎じ」だった。いやぁ、加納氏にはどうお詫びすればいいやら(笑)。改めて再読してみると、二番煎じなんてトンデモナイ。「日常の謎」というモチーフが北村薫というビッグネームを連想させること、比喩や描写のテクニックが北村薫のそれと似ていること、という共通点は確かにある。しかし、物語の根底を流れるテーマは、明らかに別物だ。
【四つの文字】林房雄:うーん、あたし頭悪いのかなぁ。この話のオチの意味が今一つ判らないんだけど。あの4つの文字が、どう関係してくるの?ちょっと形而上的で、困ってしまう。
【埃だらけの抽斗】ハリィ・ミューヘイム:今の日本の銀行を想像してしまうと、ちょっと不可能な話だなんだけど、物語としてはこれが一番面白かった。ただ、なんかあんまり読後感がよくないね。
【かくれんぼう】西村玲子:不思議で、ちょっと薄ら寒い感じのショートショート。よくあるタイプと言ってしまえばそれだけなんだけど。
【絶壁】城昌幸:ショートショート。なんか含みがあって、けっこう好きな話。ただ、これのどこが「謎」なんだ?
【真田風雲録】福田善之:どうして舞台劇の台本で紹介されてるんだろう?本来の真田十勇士の話よりも、この芝居のストーリーを評価してるってことなのかな。本編を詳しく知らないので何とも言えないんだけど、霧隠才蔵が女だったり、猿飛佐助に超能力があったりってのは、この芝居だけの演出なんだよな?実際は違うよな?
(99.8.20)
個人的に面白かったのは、《群発地震 震度5弱って何?》だな。色々なものが親切に判りやすくなっている中、震度5を強弱に分けた理由が判らない。逆にものすごく明解なのが「津波の心配はありません」で、そうだよなぁと笑ってしまった。一方ではそこまで断言しといて、もう一方では一つの震度を更に分け、地震で切羽詰まってる時に更にワケわかんなくしてるって(笑)。
深く頷いたのは《携帯電話殺人を予告する》の章。愛煙家が新幹線でどれだけ辛い思いをしてるか。禁煙車両喫煙車両を作るなら、携帯電話車両を作ってあいつら(席で大声で電話するやつら)を隔離しろ!という話。同感だ。喫煙者は、なんぼなんでも新幹線の禁煙車両ではガマンするぞ。あたしは今まで、新幹線の禁煙車両で禁煙だと判ってて煙草吸ってる人見たことないもん。でも、携帯電話は、「デッキでかけろ」と散々言われてるのに、席でかけてる人が多い。これって、喫煙者よりケータイ持ちの方が常識ないってことじゃん。なぁ?
(99.8.20)
【ビールの家の冒険】西澤保彦氏の「麦酒の家の冒険」の本歌取り。それにしても甲斐智恵美って……昔のアイドルと同姓同名にした理由は?読みながら甲斐智恵美の顔が回ってたぞ(笑)。
【ヘルマフロディトス】パズルとしては、これが一番好き。ヒントも親切に出されてるので、けっこう簡単に真相は分かるんじゃないかと思うけど、誰でも似たような経験があるだけに納得しやすい。
【『本陣殺人事件』の殺人】松本清張描くところの刑事のどこが悪いんだぁっ!このあたりの感性が違うんだな(-_-;)。3〜4人死なないと推理できない探偵よりは良心的だし真面目じゃないかあ。
【空より来たる怪物】あ、島田荘司……(笑)。
(99.8.20)
天国の破片・太田忠司(勁文社ノベルズ)
どうしても、《俊介君・霞田志郎・宿少》の影にかくれてしまいがちなんだが、この阿南シリーズ(と、藤森涼子シリーズ)こそが太田忠司氏の真骨頂だと、あたしは勝手に思っているのである。冒頭の3シリーズしか読んだことのない人は、是非読むように。痛いぞー。
阿南の何が好きって、あの毅然とした態度なんだよなぁ。普通ならマナにあんなことされたら、のっちゃうと思うんだが(笑)、それを毅然と拒むところがいい。依頼者に対しても、強者に対しても弱者に対しても、是は是、非は非として、スジを通す。それが、なぁなぁに慣れ合ってる身としては自分が叱られてるような気がするし、最近のなぁなぁに腹を立ててる身としては自分の代わりに叱ってくれた爽快感があるのだ。ハードボイルドにありがちなこういうキャラは、得てして嘘臭くなるんだけど(笑)、そこに至る阿南自身の性格や価値観を掘り下げてくれてるので、すんなり受け入れられる。
阿南は決して完成されたハードボイルド・ヒーローではない。成長途上なのだ。それも、決して他者の力なしでは成長しえないキャラである。自分が救った少年少女たちに、阿南自身も救われながら、少しずつ解放へと向かっていく。涼子ちゃんファンのあたしとしては、ラストシーンは忸怩たるものがあるが(^^;)、それでもジーンとしてしまったぜ。あう。また一歩、阿南は解放へ近づいたのではないか。
(99.8.21)
逃げ水半次無用貼・久世光彦(文藝春秋)
体裁としては捕物帖である。美と色気を合わせ持つ半次は、子供の頃のトラウマに悩まされ続けていた。彼が住むのは、もと御用聞き(岡っ引き)の佐助と、その十手を預かる娘の小夜と同じ長屋。彼らのところへ持ち込まれる事件に、いつも駆り出される半次。事件と自身の悩みにまみれて、半次はもつれた糸を解く。
収録作は7つ。ここはひとつ、順番に読んで頂きたい。おきゃんで抜けてて焼き餅焼きの小夜や、都筑道夫の「退職刑事」を思わせる佐助、生意気だけど抜群に賢いクロベエ、明るくて気の回る夜鷹のお駒、オカマの目明かし夏目、風変わりな尼僧の花幻尼。そんな脇を固める人たちが、半次の悲しみを癒していく。そして──バリバリの本格推理である。ほら見てみろ、パズルと、小説としての完成ってのは、ことほど左様に見事に両立するじゃないか!
(99.8.22)
イギリスの雑誌「ニューサイエンティスト」の巻末頁に連載されたQAのコーナーをまとまたものだが、質問する方も素人なら答える方もさまざま。つまり、質問に対してメールで解答を寄せるという企画なのだ。従って、一つの質問に複数回答あり、食い違う回答あり、おふざけあり、間違いあり……(笑)。なるほどと感心したり、けけけと笑ったりしたあとで、「で、真の正解はなんなんだよぉぉぉ」と悶絶することしきり。ま、どうやら大部分の回答は「ほぼ正確」なようですが。
あたしが気に入ったQ&Aは、「ガス欠の時、近所のガソリンスタンドまでたどりつくための、最も燃費のいいギアとスピードは?」「Fの字を見落とすのは何故か」「冷水より温水の方が冷蔵庫で早く凍るってホント?」などなど。科学が苦手な大矢としては、理解できたとは言えないけど(^^;)、興味深く読ませて貰った。
尚、あたしが最も気に入ったのはカバーイラストも描いている水玉蛍之丞さんの挿し絵だ。挿し絵に示された水玉氏の「質問」が秀逸である(笑)。是非、解答をお寄せ頂きたいものだ。
(99.8.29)
ななつのこ・加納朋子(創元推理文庫)
女子大生駒子は「ななつのこ」という連作短編集と出逢い、その虜になる。作者にファンレターを送ったところ、返事が来たばかりではなく、手紙に記した「事件」の謎まで解きあかしてくれた……東京創元社お得意の連作推理である。おまけに、各章にはメインの事件と別に、短編集「ななつのこ」の中から作品がひとつ紹介される。それもミステリなのだ。なんて贅沢な入れ子形式。
何よりも素晴らしいのは、この物語の中では《謎》や《謎とき》は決して主役ではないということだ。《謎》や《謎とき》は、効果的な小道具、印象的なエピソードのひとつに過ぎない。それは、あたしが理想とするミステリの在り方だ。小説はあくまで小説。パズルではない。ミステリが小説たりうる条件の一つとして、《謎》や《謎とき》とは別のテーマを持っているか否か、そして《謎》や《謎とき》が、そのテーマを表現するための効果的な手法として用いられているか否か、というのがあると思う。そして、この作品は、立派にその2つの条件をクリアしている。
【スイカジュースの涙】で、駒子は「ななつのこ」と出会う。導入部。【モヤイの鼠】はホントにあり得る、ちょっとコミカルなミステリ。【一枚の写真】は辛い話。女性ならではの視点が生きる。【バス・ストップで】見事なオチが、《二人》の出逢いを演出する。【一万二千年後のヴェガ】はエンディングへと続く、大事な章。【白いタンポポ】は、この本の白眉だ。白秋を引いているのが効果的。そして【ななつのこ】で明かされる真相。すべてが結びつく快感と、未来へのワクワクするような予想。
通読しての印象──これは、現代版「あしながおじさん」だ。そう思って、再度読んでみて欲しい。駒子の中にジュディ・アボットの影が、あの人の中にジャービスの影が見えてくるから。
(99.8.30)
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