柘植の迷宮・釣巻礼公(出版芸術社)
将棋の棋士の世界を描いたミステリ。乱歩賞応募作を書き直したものらしい。プロ棋士まであと一歩というところにいた姉が、ある日突然この世を去る。自殺として処理されたが、その姉の遺志をついで棋士の仲間入りをした妹が姉の部屋に入った時、謎めいた手紙を見つける。
おおお、すげえっ。読み出したら止まらないぞ。童話なのよ童話。それなのにどうしてこうもハマるかなぁ。そもそも童話で二段組536ページってのが、もうすでに童話じゃなかろう。でも、貧乏な孤児とか妖精とかも出てくるし、そのあたりはしっかり童話なのだけど。ヒロイックファンタジー?いや、やはり童話だな。しかしとてつもないエンターティメントだ。帯の《M・エンデ+J・クロウリー+宮崎駿》というワケのわかんない惹句に思わず頷いてしまう。
松村氏の本は初めて手にしたのだけれど、それは一重に章題のせいだ。各章題が田村隆一氏の詩「三つの声」(「詩集《四千の日と夜》全編」所収)から引用されてたので、ちょっと興味を持ったってわけ。そういう動機だし、タイトルは地味だし(失礼)、内容もなんだか《今どきの青春系純文学》ぽくって、正直言ってあまり期待してなかったのである。
喜劇悲奇劇・泡坂妻夫(ハルキ文庫)
売れない魔術師・楓七郎はひょんなことからウコン号という客船でのショーに出ることになる。アシスタントの森まことと共に乗り込んだのはいいが、そこで次々と起こる事件。
神の柩・本岡類(講談社)
久しぶりに訊ねて来た旧友が、謎の言葉を残したまま死んだ。自殺だと言う警察の判断に納得できず、また旧友の言葉も気になって、柏木は自ら調査に乗り出した。
そこに薔薇があった・打海文三(集英社)
ちょっと作風の変わった打海文三。東野圭吾みたいに様々な作風を持ってるのを売りにしてる人もいれば、(誰かとは言わないが)作風を広げようとして失敗する人もいる中(笑)、この打海文三の変化はけっこう歓迎である。要は、一度持たれてしまったイメージを打破するには、過去の作品を超えるレベルの「新しい作風での作品」を作らねばならないわけで、その点では成功してると言えるんじゃないかな。文章一つとってみても、意味のないレトリックに走ってたデビュー作「灰姫 鏡の国のスパイ」から比べると、数段こなれて来たし。
1999ザ・ベストミステリーズ・日本推理作家協会(編)(講談社)
毎年お馴染みの年鑑である。高レベルなものが揃っている上に、単行本未収録のモノが殆どなので、実に読みごたえがある。では個別に。
直木賞受賞作。受賞に納得、である。
綾辻行人、久々の新刊である。それもモロに「騙し」の本格。5作品が収められた短編集だが、これはもう連作と言ってもいい。短編集だからと言って、面白そうなのから拾い読みするという読み方は興を削ぐ。順番に読んでこその新作である。
将棋の世界が、素人にも判りやすく描かれていて、非常に興味深い。どういう仕組みでプロになっていくのかとか、年齢制限だとか、そこにある確執だとか。小学生から参戦できるリーグには、コンピュータを駆使して将棋を勉強する天才少年から、年齢制限ぎりぎりのプー太郎まで、さまざまだ。その中で「女性」というのも一種特異な存在として描かれている。彼らの心情や駆け引きが面白く、また、小学生棋士の森田君がとても可愛くて(笑)、そういう意味ではキャラの立った、人物本位のミステリと言える。
ただ、肝心の謎解きの方がどうも中途半端に思えてならない。いや、熟読するとかなり練られているのは判るし、手紙の真相には「なるほど!」と膝を打ったんだけど。そのプレゼンテーションの仕方がなぁ。ちょっと盛り上がりに欠けるのよね。読んでて、何が謎で何を追ってるのかが判らなくなる(あたしの読解力がないだけか)。そして、最後の最後に明かされるもう一つの真相──違った意味でビックリだ(笑)。これって、どっかに伏線あった?いや、それ以前に、これって何か意味があるのか?
物語の舞台設定が面白く、丹念に書き込まれているだけに、肝心の謎の部分にパワーがないのだ。惜しい。
(99.10.2)
童話物語・向山貴彦(宮田香里・絵)(幻冬舎)
貧乏な孤児ペチカは教会で働いているが、周囲からは苛められ、上司にあたる守頭からはいびられ、空腹で残飯を漁れば泥棒呼ばわりされる。絵に描いたような不幸な子供。往々にして、こういう主人公は「でもとっても心のキレイな子でした」てな設定だったりするんだけど、そんな生活で荒んでしまったペチカは全然可愛くないのだ。死にかけた猫を蹴とばすし、親切な妖精に向かっても「バカ、死んじゃえ」を連呼する。ある日、周囲のイジメが高じて、いよいよ町にいられなくなった時、ペチカは妖精と一緒に町を逃げ出すのだが──。
いやもう、大河ドラマよ、これ。追われるペチカが出会う様々な人々。そんな人々の中でペチカは、泣き、倒れ、そして成長する。ファンタジー版「おしん」である。妖精も万能ではなく、かなり足を引っ張ったりする(笑)。そしてクライマックスの見事なこと!美しい!もう拍手である。スタンディング・オベイションである。ブラボーである。
物語世界の設定が非常にしっかりしてて、現実世界とは違う時間や長さの単位、常識や伝承もキッチリ作られてる。このあたりが、架空正解の物語なのにリアリティを持っている要因だな。共著扱いになっている宮田香里氏のイラストもいい。柔らかい、ちょっと古い感じのタッチが、この物語にピタリとはまっている。ああ、これが大人向けの文章で描かれてるのが惜しいなぁ。もう少し言葉を砕いて、もう少しフォントを大きくして、ぜひ小学生あたりにも読めるようにして欲しいのに。とにもかくにもお勧めだ!
(99.10.3)
生誕・松村栄子(朝日新聞社)
だがしかし。
これが面白かったのだ。最初はワケの判らないモノローグから始まる。「ああ、この手のにありがちなオープニングよね」と斜に構えて読んでたんだけど、読んでる内に「これはもしかして、アレのあの状態を言ってるのではなかろうか」と思わせられる。その「もしかして」が、本編に入ると俄然現実味を帯びて来る。ややもすれば単なる霊感系青年の話になってしまうところを、魅力的な弟と可愛い父親と一生懸命な母親に助けられて、嘘臭さが抜けているのだ。あるかもしれない、という気にさせられる。そんな中で始まる「自分さがし」──ああ、こう書いてしまうと何だかとっても陳腐なのだけど(笑)、こうとしか言いようがないのよね。それも大上段に構えたものではなくて、とっても自然。超自然的な青年が主人公な割には、自然なのだ。
ストーリーの締め括りも、ちょっと切なくて、でも前向きで、いい。このあとの丞クンの話を、丞クンと家族の話を読みたい。そんな気にさせられる。
(99.10.7)
どう考えても泡坂氏、遊んでるぞ。趣味に走ってるぞ。
いや、ちゃんと読めばミステリとしてのトリックもしっかりしてるし、意外性も充分だし、道具建ても本格だし、名探偵の講釈もあるし──まごうかたなき本格なんだけども。それ以上に、遊んじゃってるんだよね。レベルの高い辻真先になっちゃってるとでも言うか(笑)。章タイトルを一目見て「あ、遊んでる」と思い、冒頭の一文を見て「あ、これもか」と思い、出てくる人達の名前をみて「おやおや」と思い、話が進むにつれて「おいおい」だ。あ、「咲く草は十日咲こうと二十日草 」てのはかなり気に入ってメモしちゃったけど(笑)。
それでもまぁ(無理矢理ではあるけれど)、お遊びの部分が本筋にも(かろうじて)かかわってくれてるのでセーフだ。このお遊びはなかった方がミステリとしては読みやすかったとは思うけど、なんだかこういうことをしてみたい気持ちは、判らないでもない。
(99.10.16)
ストーリーテリングの巧さと、社会的なネタを料理することにかけては人後に落ちない本岡氏の新作である。今回は新興宗教ならぬ「経済的啓蒙団体」を扱い、そこから「有機農業」「自然栽培」まで話を広げる。ちょっと欲張りすぎじゃないかと思いながら読んでたんだけど、最後にキチンとまとまるあたりは、さすがだ。
犯人を追いつめる、或いは犯人に追いつめられる過程がサスペンスフルで、ドキドキはらはらしちゃって、いわゆる《真相》はあまりインパクトがなかった。まぁ、作者の狙いはそのあたりじゃないんだろうし、その直前までが実に興奮できるから、いいんだけどね。《真相》にインパクトがあれば、最後まで盛り上がったままで追われたろうにと思うとちょっと残念。
しかし、作品を重ねるゴトに「取材したんだろうなあ」というのが行間からビンビン伝わってくる。これが、一つのことに集中すれば真保裕一みたいな作風になるのかもしれんが(笑)、一つの作品の中でも取材対象が多岐に渡ってるってのが、すごい。散漫になるぎりぎり手前で踏ん張ってるってとこか。取材対象に引っ張られずに、エンターティメントとしてネタをキチンと咀嚼してるところにも好感が持てる。そろそろ、突き抜けた代表作が欲しいところだ。
(99.10.16)
内容は、連作短編集(と言っていいのかな)。それぞれに独立したように見える物語が6編あって、最後の繋がるという仕組み。6編がどれも、男が殺されるシーンで終わるために、それが最後に何か繋がるんだろうと思って読んだ。それは確かにその通りだったんだけど──でも、こういうやり方なら、別に繋げなくてもよかったような気がしないでもない。もう一歩進めて欲しかったな──なんか中途半端な終わり方。余韻があると言えばあるんだけど、宙ぶらりんになってる事が多すぎる。じゃあ、アレは何だったの?これはどうしたの?ってのが、あまりにたくさん残るのよね。何にでもキッチリした理由が明らかにされないと我慢できないってのは、文学的ではないのかもしれんけどさ。本格ミステリ好きの欠点かもな。
【はしゃぎすぎてはいけない】【結婚式までカウントダウン】【お家へ帰ろう】【街で拾ったもの】【みんな我慢してるんです、と彼女は言った】【ふたりのメアリー】【美しい年齢】を収録。【街で拾ったもの】は、単体でミステリに成りうる。【みんな我慢してるんです、と彼女は言った】のタイトルセンスと、映像的な描写が印象的。
(99.10.18)
【眠れない夜のために】折原一:仕掛けは好きなんだけど、登場人物が下品すぎて嫌気がさす。
【嘘つきの足】佐野洋:一人暮らし経験者なら共感できる状況だけど、チト偶然が強い?
【裏切りの遁走曲】鈴木輝一郎:ミステリと言うより恋愛モノ+ホラーという感じか。
【永遠縹渺】黒川博行:最後まで読めばアッサリした謎。オチが効いてる。文福茶釜参照。
【過ぎし日の恋】逢坂剛:謎云々よりも話の展開が見事。ホテル内での事件もドラマチック。
【氷砂糖】冨士本由紀:ドラマになりそうな話。ヒロインの心情描写が巧みで読ませる。
【獣の記憶】小林泰三:引き込まれるんだけど、謎解きがちょっとあっけなかったかな。
【隠蔽屋】香住泰:隠蔽屋という職業の発想の勝利。これのシリーズが読みたいぞ。
【使用中】法月綸太郎:ノリリンらしくて嬉しくなる。舞台的にしたい作品。大密室参照。
【七通の手紙】浅黄斑:うーん、もう少し伏線が欲しかった。解決がちょっと唐突すぎない?
【遠い窓】今邑彩:絵の謎は謎のまま残しておいてもよかったような。読後感はメチャ悪い(笑)。
【部下】今野敏:ミステリ的要素よりも、タイトルずばり上司と部下の物語として読みたい。
【凶笑面】北森鴻:映像的な物語だけど、今一つ映像が伝わってこなかったのが惜しい。
【時効を待つ女】新津きよみ:これは騙された!みごとにひっかかったぜ。ちくしょー(笑)。
【独占インタビュー】野沢尚:謎がどうこうより、マスコミに自省を促したい作品だな(^^;)
【石塔の屋根飾り】森博嗣:クイズは面白い。「軽い飲物」の定義は秀逸。地球儀のスライス参照。
【お嬢様出帆】若竹七海:うーん、これもうまく騙された。読後感もいい。明るいミステリ。
【烏勧請】歌野晶午:動機には感心したが、死因に納得できず。放浪探偵と七つの殺人参照。
【生還者】円谷夏樹:サスペンスとして引き込まれる話。動機はちょっと弱いかな。
【素人カースケの世紀の対決】二階堂黎人:オタク度が強すぎて気持ち悪い。名探偵の肖像参照。
(99.10.21)
柔らかな頬・桐野夏生(講談社)
カスミは18才で家出をし、今は東京で結婚して二児の母になっているが、夫の取引先の男と恋に落ちる。相手の男も妻子持ち。男は北海道に別荘を買い、そこにカスミの家族を招待する。互いの家族の目を盗みながら情事に耽る二人。そんな日の朝、五歳になるカスミの長女が行方不明になった。その日から、カスミの漂流が始まる──。
長女はどうして消えたのか、というミステリ的興味で読み始めるが、興味がすぐに他へ移る。カスミの心理、夫の心理、浮気相手である石山の心理、その妻の心理、現場付近の人々の心理。そして、末期癌を宣告されて余命僅かな元刑事が、その失踪事件を追う決意をする。
どれも、経験したことのない心理である。想像するしかないのだ。それは、登場人物の間にも言えることで、カスミには石山の心は想像するしかない。夫の心も、元刑事の心も、想像するしかない。そしてもちろん、長女の行方についても。想像するしかできないということが、そしてその想像がはずれているということが、こんなに切ないものだとは。いや、想像がはずれているかどうかすら、想像するより他ないのである。答のでない思い。その容赦ないジレンマは、読者をも巻き込む。
とにかく、圧倒的な筆力である。答のでないを、強烈な筆致で描く。大事なのは、答を出すことではなく、答のでない思いにどう折り合いをつけるかということだ。戻ってこない娘、取り返せない年月、失われつつある命、犯してしまった裏切り。やってしまったことは、おこってしまったことは、もう取り返しがつかない。その厳粛な事実の前で、人間はどうあがくのか。その切なさ、辛さの中で、どう救いを探し出すのか。
カスミや、元刑事、その他の人々の思いを、読者は想像する。それは、切なく、やるせなく、そして長女失踪のミステリの謎を想像するよりも、どこかエキサイティングですらある。終章を読み終わって、本を閉じてからも読者を解放してくれない、そんな小説だ。すごいぞ。
(99.10.23)
どんどん橋、落ちた・綾辻行人(講談社)
さて。これらはいずれも、ミステリというより犯人当てである。小説というよりクイズである。ということは即ち、あたしの嫌いなタイプの本である──はずなんだけど。
それなのに、あたしはお勧めマークをつけてしまったのである。文芸作品としてではない。クイズとして、犯人当てとして、である。正直、はまってしまったのだ(笑)。小説の何たるや、描写の何たるやという観点では、言いたいことは山ほどある。だが、そういうのをすっとばして、「どういうテクニックで騙してくるのか」に熱中し、考え、唸り、歓声を上げてしまったのである。卑怯スレスレの、でもあくまでもフェアな、騙し。本格ミステリを読み慣れない人が読むと、何じゃこれはと言われるに違いない、「お好きなかた」だけの遊び。そして、十角館以降新本格ムーブメントの旗手とされてきた綾辻氏が、今、ここに、これを出版するということの……何というか「あんたも好きねえ」だけでは済まされない意志表示のようなものが伺えると思うのは、穿ちすぎか。
とまれ、挑戦してみて欲しい。騙される快感は、確かにある。そして、それしかない。一度しか通用しないクイズである。【どんどん橋、落ちた】はモロにひっかかった。【ぼうぼう森、燃えた】は、気をつけてたのに判らなかった。でも【フェラーリは見ていた】は三度目の正直、見事に看破した──んだけど、【伊園家の崩壊】では設定のブラックさに惑わされ、【意外な犯人】は「僕」と同じ解答に達したものの、背負い投げを食らった。一度しか楽しめない物語。でも、その一度は、「お好きなかた」には、かなり濃密に楽しめるのではないだろうか。
(99.10.27)
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