ショックで立ち上がれない大矢である。
今日あたしを襲ったショックはすさまじかった。ケツの穴から噴出したショック汁で、月まで飛べそうな勢い。どれほどのショックかというと、
と、宣言せざるを得ないほどのショックなのである。
←この楽器、知ってますか。
事の起こりは、お昼だった。昼食をとりつつ、見るともなしに眺めていたNHKの番組「スタジオパークからこんにちは」で、左図の楽器の演奏が放送されていたのである。いわば大きな木琴だ。バチを持って、軽快にリズムを刻む演奏者。おお、この木琴のごとき楽器は、ミステリファンならお馴染みの、アレではないか!
あたしがニヤリとマニアックな微笑みを浮かべた瞬間、アナウンサーがこう言った。途端にあたしの微笑みは凍り付いた。
……え?
マリンバ?
これ、マリンバって言うの?
マンドリンじゃないのぉッ?!
ケツから噴出したビックリ汁で月まで飛べそうな勢い。
これが、マリンバ? マンドリンじゃなくて? あの、「Yの悲劇」で犯人が被害者を殴ったあの有名な凶器・マンドリンは、この木琴のことじゃなかったの?
初めて「Yの悲劇」を読んでから十有余年、「Yの悲劇」のトリックを知ったのはそれより更に十年前(おいっ)、その間ずっとずっとずっと、木琴で殴り殺す話だと思いこんでいたあたしの立場は。
いえ、そりゃね、「あの犯人」が上図のような木琴で「うぉおりゃあああ!」と被害者を殴り殺すなんて、チト無理があるんじゃないのかなと思ってはいたのよ。第一、こんなもんが一般家庭にあるのかってのも疑問だったし。でもさ、そういうスサマジサというか荒唐無稽さも、「古典」ならではって感じがするじゃありませんか。それに、木琴も馬鹿でかいのからポータブルのものまで、いろいろあるでしょ。あたしも子供の頃、二つ折りで鞄みたいになる木琴持ってたし。だから、だから……それが全部、マリンバとマンドリンを混同して覚えてがゆえの勘違いだったというの?!
ちょちょちょちょっと待て。落ち着け。落ち着くのだ大矢。あたしには、昭和40年代に砂田弘の児童向けミステリ「サインのない手紙」に出会って以降、30年に及ぶミステリ読みとしての歴史があるのだ。大丈夫、自信を持て。これはきっと、アナウンサーが言い間違ったに違いない。これはマリンバなんかじゃない。マンドリンよ。これがマンドリンじゃないなんて、あり得ないわよ、うん、あり得ない。だって20年以上、そう思いこんでたのよおおおおお!
慌てて、ネットで検索。
……確かにこっちの方が、殴りやすそうだわ。
20年以上の勘違いに終止符が打たれた瞬間。これで、どのツラさげて「ミステリファンです」だなんて言えようか。いや言えない。(反語)
カラダじゅうの毛穴から、××汁(ネタバレにつき伏せ字)を垂れ流しながら、寝る。
てなことを日記に書いた翌日、マンドリン部所属という大学生・T木・Mさんからご丁寧&ご親切なメールを戴いてしまった。ありがとうございますありがとうございます。T木さん曰く、マリンバとマンドリンを混同している人は実に多く、「この勘違いをしている人は大矢さんを除いても日本に7千万人は存在する」という。って、人口の半分以上じゃん。
でも、でもね。本格ミステリファンで勘違いしてる人は1万人もいないと思うし、ましてや「Yの悲劇」を既読なのにも関わらず勘違いしてる人ってのは、日本に3人くらいだと思うの……。求む、あと2人。<傷を舐め合いたいらしい。
ところで、T木さんの所属する団体では、マリンバと勘違いしてる人に対してマンドリンを説明する為の決まり文句を開発したという。団体ぐるみで、そんなもんを「開発」してるあたり、いかにこの勘違いをする人が多いか分かるというものだ。そしてT木さんは、その「開発された決まり文句」を教えて下さった。
「ううん、違うの。それはマリンバっていってね、全然違う楽器なの。マンドリンは弦楽器
でギターみたいにピックで弾くんだけど、大きさはウクレレ位で、丸っこい形でね。もと
もとはイタリアの楽器で、形がアーモンドに似ているからイタリア語で『アーモンド』を
指す<マンドーラ>に『小さい』っていう意味の<リン>をつけて<マンドリン>と名付
けられたらしいよ。モーツァルトもベートーベンもマンドリンを好んで弾いていたらしい
し。日本では40年前くらいにブームが来て、その名残りで今でもほとんどの大学にマン
ドリンのサークルがあって、案外マイナーな楽器でもないんだよ。綺羅綺羅した可愛い音
だし、割と簡単に上手くなるから取っ付きやすい楽器だと思うよ。」
どうして「団体ぐるみで開発した決まり文句」が女言葉で始まるんだろう……。
しかしお陰様で、かなり勉強になった。マンドリンの語源まで知ることができたし。そうか、語源はアーモンドなのか。「りん」は小さいっていう意味なのか。
それにしても、「団体で開発した決まり文句」の出だしがいきなり「ううん、違うの」である。おまけに長い。でも「決まり文句」なんだから、部員たちはきっと全員暗唱できるのだろう。もしかしたら、部活動の初めと終わりに、全員で暗唱しているのかもしれない。部室の壁の高いところに、マンドリン発明者であるマン・ドリン伯爵(仮名<っていうか、さっき語源教わったじゃん)の写真が飾られ、その写真に向かって全員で声を揃えて、「ううん、違うの。それはマリンバっていってね」と唱和しているに違いない。中には、「日本では40年前くらいにブームが来て」の後を度忘れし、どうしても思い出せずにもう一度「ううん、違うの」から始めてしまう部員もいるだろう。似たような音につい条件反射してしまい、マンゴープリンの話なのに突然「ううん、違うの。それはマリンバっていってね」と、とり憑かれたかのように喋り出してヘンな目でみられたこともあったろう。
頑張れマンドリン部。負けるなマンドリン部。少なくとも、この日記を読んだ読者には、キミたちの思いは伝わっているぞ!
ところで、全国のマリンバ部の皆さんも、同じ様なご苦労をされているのだろうか?