抜粋なまもの日記

1997年5月「粉瘤な日々 出会い編」の巻


 1997年と書いてあるが、実はこの話、これから数年間に渡る大河ドラマとなる。その黎明がこの項だが、まだ自分ではコトの重大さに気付いていない。つまり「あとになって考えれば、アレもそうだったのか!」というヤツだ。
 事の起こりは、1997年5月。まずはこの月の日記を抜粋。自分で状況がわかってないので、テキト〜な書き方になってるし、さして面白くもない(こらこら)が、実はこれが伏線となるのであった。自分でも知らぬ間に伏線を仕込んでる日記って、ちょっとイヤ。

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 【97.5.19 Mon】
 風呂に入って体を洗っていると、右膝の裏側のところに何かポッチリがあるのに手触りで気付く。なんだこれは?と、座ったまま右足を頭の上まで上げてヨガのようなポーズをとって見てみると、おお、ニキビのできかけのような膨らみが。心なしか浅黒く、中心部に行くほど黒みが濃くなっている。痒みも痛みもない。これは……もしかすると、ホクロが生まれつつあるのではなかろうか?
 ホクロってぇと、いつしか気付くと出来ているモノだったので、出来る過程に気付いたのは初めてなのだ。幼い頃のあたしは、首筋に2ヶのホクロが並んでて、近所のオヤジから「この首のホクロは色気ボクロって言うんだよ」などと教わったりしていたのだが、いまやその色気ボクロは増殖し、さながらオリオン座なのである。その時も気付くとホクロが増えていた、という感じだったのに、膝の裏だなんて目立たない所に出来かけたのに気付くとは。なんか嬉しい。しばらく観察することにしよう。
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 という日記が、実は1年後にとんでもない事態を引き起こすのであるが、この時点では当然そんなことはわからない。この「膝の裏」については、このまましばらく忘れ去られることとなる。この日記からわずか4日後に、別の事件が勃発したからだ。

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 【97.5.23 Fri.】
 股ぐらにオデキが出来た。いや、こう書くと身も蓋もナイんですけどもね。「こ、これは何かコワイ婦人科系の病気ではなかろうかっ!」と恐れるほど微妙な場所ではないので安心だが、それでも、下着のゴムで擦れるほどには微妙な場所なのである。痒くはないが触るとけっこう痛い。おまけに歩く度に擦れて尚痛い。何だこれは?
 仕方ないのでオロナイン(何でもオロナイン軟膏を塗っておけば治ると思っている)を塗って、擦れないようにバンドエイドで保護。病院へ行こうにも、もう週末だし、仕方ないので週末いっぱい様子を見ることにした。
 それにしても、股ぐらに出来たオデキの話題などを全世界に向けて発信してどうする>あたし。
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 【97.5.24 Sat.】
 オデキは今日も痛い。心なしか大きくなったような。しくしく。ナンの因果でこんな所に。と、泣いていても仕方ないので夕方から新しいジーンズを買いに出る。結局ジーパンを2本と、コットンのミニキュロットを二枚購入したんだけれども、ピチピチのジーパンを試着するときにオデキがキュゥ〜っと悲鳴を上げるのであった。なんかシャレにならんぞ>股ぐらのオデキ。
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 【97.5.25 Sun.】
 オデキの痛みは増す。触らなければ何ということもないので、つい、普通に生活していて、姿勢を変えたはずみに衣類が触れ、そのまま股間を押さえてのたうち回るという情けない日曜日。しくしく。
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 【97.5.26 Mon.】
 意を決して病院に行く。
 近所の皮膚科でも良かったんだけれど、場所が場所なのでやっぱ女医さんの方がいいかと思い、ビキニラインのお手入れもバッチリ済ませ、ダンナの実家に近くにあるM宮クリニックへ。(後日付記。このM宮クリニックT中先生とは長い付き合いになるのだが、この時はそんなことを知る由もない)

 「では、スカートをあげて見せてください」
 「(がばっ!)」(手入れ怠りないという万全の自信を持って大股開き)
 「そんなに開かなくてもいいです」
 「あ、そうですか」
 「(触診して)まだ熟してないね

 まるで柿かイチジクの話でもしてるような口振りである。

 「化膿止めと腫れ止め、それと塗り薬を出しますから、木曜にまた来て下さい。
  その時に熟してるようだったら切りましょう

 ……切、切る!!! がーーーん。

 「こ、このまま腫れが引くということはないんですかあ?」(すがるような目)
 「お薬を飲んでれば、腫れが引く可能性の方が高いけど、腫れが引いたあとに
  中にグリグリが残りますから、どっちにしろ切開して芯を出した方がいいですね」

 うっうっ。未だ、メスを入れたことのない体だと言うのに。オデキの切開くらい、そんな大した話ではないのだが。この週末は金曜から日曜にかけて長野県の安曇野に50人もの仲間達と自転車乗りに行くんだよぉ。楽しみにしてたんだよぉ。前日に股ぐら切られた日にゃぁ、レーシングパンツで自転車なんかこげねぇよぉ。うう、なんとか切開を来週に延ばせないものか。でも、今のままでも痛くて自転車はこげないのである。うう、大矢、崖っぷち。

 帰って、頂いてきた様々なお薬を確認。飲み薬だけで化膿止め・腫れ止め・胃薬の三種類もある。それぞれ、副作用の注意などを書いたメモが添えられており、なかなか親切な病院だ。が、化膿止めと腫れ止めが強いため、胃が荒れないように出して下さった胃薬の副作用が「発疹」である。いいのか? オデキを治すのが目的なのに、副作用が「発疹」。なんか不思議。おまけに化膿止めの副作用が「ショック症状、呼吸困難、下痢」とある。おいおい。こんなオデキひとつ治すのに、呼吸困難の危険を伴うっつーのも豪気な話だぜ。その化膿止めで下痢をする可能性のある一方、腫れ止めの副作用は便秘と来たもんだ。うーむ。奥が深い。
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 【97.5.28 Wed.】
 股ぐらのオデキは心なしか小さくなったような気がして安心。その代わり、ガーゼを張るテープでオデキの周りがかぶれてしまってたいへんなのである。テープを剥がすときって、なんであんなに痛いの。
 で、場合によっては明日、切開するワケだが「ふふふ、もう大丈夫さ」と安心しきってたわけだ。ところが夕方、義妹がウチに寄って義弟が昔太ももに出来たオデキを切開した話をしていった。なんでも麻酔の注射をうち、肉を削ぎ落とすという処置を行ったらしい。うう、恐いぞそれは。術後は太ももに指先が入るくらいの穴が開いていたそうな。わわわわっっ。まさか、あたしのオデキもそんな真似するんじゃあるまいな。んなところの肉を削がれて指先が入るくらいの穴が開いてしまったら、タンポンを使う時に場所を間違えてしまうではないか。そうでなくて。
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 【97.5.29 Thu.】
 どきどきしながら病院へ。先生が触診したあと

「だいぶ小さくなってますから、このまま薬で様子を見ましょう」

 切開は免れた。あーよかった。一安心だぁい。んでも、この週末は果たして自転車に乗れるのか? 先生に聞くと「痛くなければいいですよ」という極めて当然のお言葉。パンツのゴムが擦れても痛いのに。先生が言うには「あとは薬で治るんだけど、ちょうど擦れる所だから治りが悪いのよねぇ。擦れてバイ菌が入ったら再発の可能性があるし」だそうだ。
 最後にゃ、言うに事欠いて「擦れないような下着を着けて下さいね。はい、お大事に」だと。ココが擦れない下着ってあーた、そりゃ無理ってもんでんがな。Tバックだって、前の方ってのは普通のパンティーと変わらない幅あるわけだし。Tバックを後ろ前に履くしかないではないか。やだいそんなの。
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 そしてそれから1年後の1998年5月末。
 「ホクロかしら」なんて呑気なことを言っていた膝の裏のアレが、本領を発揮するのである! 時間は一気に1年後に飛びます。謎のオデキの正体とは。そして大矢の運命やいかに!(ざっぱ〜ん!)<荒波が岸壁で砕け散る音。(
「膝の裏編」へ続く)


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