抜粋なまもの日記

1997年1月「東京の電車は難しいでかんわ」の巻


 東京の芝公園で友人の三回忌に出る。2年前の阪神大震災で命を落とした友人だ。だが2回目の命日の事を三回忌って言うのね。初めて知った。あたしゃてっきり来年が三回忌だと思って、三回忌はやっぱ神戸へ行きたいから今年は東京の友人へ、と思ってたのさ。そしたら寺にしっかり「三回忌法要」と書いてあって呆然とする。ま、いいんだけど。
 でも、もっと呆然とする出来事がその後に待っていたのである。

 あたしのとったホテルは東京ドーム正面にあるグリーンホテル後楽園というところだ。当然最寄り駅は水道橋である。が、半年前に同じホテルに泊まった際に一緒に友人と呑んだ場所がお茶の水だったせいで、あたしはなぜか最寄り駅がお茶の水だと勘違いしていたのだ。
 法事に一緒に出たひとたちと一緒に東京駅に行き、そこからお茶の水に向かうあたし。お茶の水って何線だっけ。半年前に東京に来た時の記憶によれば東京駅から確か2駅目なのよね。ああ、それなら山手線だ、と何の迷いもなく山手線に乗り込む。

 有楽町、新橋、あれ?
 浜松町、田町、品川、あれれ?

 渋谷を通り過ぎたあたりで、おかしいなぁと思い始める。これは、もしかしてあたし逆方向に乗ってしまったのかしら。ま、時間はあるし、山手線だから遠回りでもいつかは着くわ。ほほほ。

 日暮里を過ぎ、上野を過ぎ、秋葉原を過ぎ、もうすぐだわ、わくわく。
 神田。そろそろかしら。うふふ。
 東京。

 東京?

 あたしもしかして見落としたのかしらお茶の水。どきどき。とりあえず、降りる。ホームの柱に貼っている山手線の各駅への所用時間表を見てみる。ない。どこにもお茶の水なんて駅はない! そ、そんな筈は。半年で駅がなくなるなんてことがあるんだろうか。慌てて走り出す大矢。改札まで行き、駅員さんに噛みつかんばかりに訊ねる。

 「お茶の水、どこですかっ! お茶の水っ!」

 駅員さんはちょっと身を引きながらも、中央線ですからそこのエスカレーターを上がって……と説明してくれた。中央線? いつから変わったんだろう。とりあえず教えられた通りに乗る。あたしが乗り込んだ電車は、あっというまにお茶の水まで運んでくれた。
 ほっとしてホームに降りるあたし。改札を出る。が。東京ドームがない。どーしてっ!? こないだはホテルの前にドームがあったのに! もしや定休日には屋根を畳んでるのかしら。それとも名古屋ドームが出来たから東京ドームはなくなったのかしら。そんなアホな。ドームがないとホテルの場所わかんないあたし。泣きそうになって改札の兄ちゃんにすがる。

 「東京ドーム、どこですかぁぁぁ(泣)」
 「次の駅です」

 優しく親切に教えてくれてありがとう。でもどこかしら声音に、ひゅるるるるーーーっと木枯らしが吹いていたよ。
 その夜、久しぶりに逢った悪友たち。B、C、S、T、Zとその話で盛り上がったのであった。あたしも自虐的にさも面白げに皆には話してきかせたが、心の中では涙を流していたのは言うまでもない。あすは、そのメンバーで作った寄せ書きを持って千葉の柏に入院しているK嬢の見舞に行くのだ。果たして迷わずに着けるのかどうか、皆は無責任に面白がる。ふん、今に見てろ、ってんだいっ!秘策があるのだ。

 そして翌日。
 その秘策というのは、実は別フォーラムの友達Mちゃん&Nさんとランチの約束をしていたという事にある。ランチ食べながら詳しく乗り換えのコツを伝授して貰おうという魂胆だ。
 出発点は水道橋界隈。ゴールは千葉県の柏。
 Mちゃん推薦のコースは新お茶の水から千代田線で柏まで行くというルート。だが、逆方向に乗ると取り返しのつかないことになるという。そこでNちゃんが有り難い申し出をしてくれた。自分は京浜東北線の蕨まで帰るから、途中で一緒に降りて日暮里から柏行きの常磐線にあたしを乗せてくれるというのである。あたしはNさんを見失わないように歩き、彼女の言う列車に乗ればそれでオッケーというわけだ。ふっふっふ。昨夜バカにした悪友どもをこれで見返してやれるぞ。

 とうわけで、ふたりして水道橋から東京へ、東京から山手線へと極めて順調。もちろん山手線も逆に乗ったりはしていない。これで日暮里で降り、Nさんの言う通りに乗り換えれば完璧である。勝ったも同然。同世代の女ふたりである。落ちついたら世間話に花が咲く。

 「いやーあたし東京の地理ってよくわかんなくてさぁ、助かったわぁ」
 「いやあたしだって普段行かないところはぜんぜんわかんないのよぉ」
 「へぇ、そうなの、常磐線はよく使うの?」
 「ううん、全然」

 ……ちょっと不安になる。
 幾つかの駅を過ぎ、ふと、窓の外を見る。視界から遠ざかっていく駅のホームに「にっぽり」という看板が見えた。……!

 「Nさん、Nさん、今の駅、にっぽりって書いてあった!」
 「え、ほんとぉ!?」

 慌てて次の駅で降りる二人。「にしにっぽり」という看板の前でしばし立ちすくむ。我に返ったNさんは「はは、良くあること良くあること」と笑い捨てて、反対ホームへ向かうのであった。あたしはついて行くしかない。すでに信頼は当初の半分くらいになっている。
 それでも一駅くらい何ということはない。まもなく日暮里に付き、常磐線のホームへ案内してもらった時にはすっかり信頼を回復しているのであった。

 「ここに来る電車に乗ればいいからね。」
 「うん、どうもありがとう。」
 「始発だから楽に座れるよ。」
 「わぁ、よかったぁ。」

 その時である。日暮里のホームに響き渡るアナウンス。

 「3番線に入ります列車は、上野発……」

 なに? 上野発? だったらここまで来なくて、上野で乗り換えた方が簡単だったんじゃないのか? そう思ってNさんの方を見ると、そこには「へぇ、常磐線って上野からなんだぁ」と感心するNさんが居たのであった。あああ、このひとを信じて大丈夫だったんだろうかあたし。
 でも、この列車に乗れば柏まで一本なのは間違いない。けっこう込み合った車両に乗り込み、「ありがとーねぇ!」と叫びながらNさんに手を振る。座れはしなかったが、立ったまま文庫本を開く。これで安心。どれくらいで着くのかな。途中からでも座れるといいな。
 いくつか駅を過ぎ。「綾瀬」という駅に着いた。皆、いっせいに降りる。ラッキー。すかさず座席に座るあたし。皆、どんどん降りていく。片っ端から降りていく。誰も残らない。車両に居るのはあたしだけである。

 こんな所が終点だなんて。
 ここからどうしろって言うのよ!

 ホームに出てみると、如何にも下町という感じの風景が広がる。町工場の看板も見える。こんなところで哀愁に浸っている場合ではないのだが、仕方がない。方向はあっている筈なので、次に同じホームに来た電車に乗ればいいだけなのだ。あ、来た! あれよ、あれ。これでもう大丈夫。重い荷物をよいしょと肩に担ぎあげ、電車を待つあたし。電車は入ってきた。
 向かいのホームに。
 しくしくしく。ダッシュで階段を降り、また上がり、吐きそうになりながらホームに出た時には、すでに電車のお尻が見える。思わずばっきゃろー、と叫びたくなる。そこで待つこと15分。東京のクセに名古屋の地下鉄よりも電車の待ち時間が長いなんて(号泣)。

 やっと来た電車に乗り、松戸を過ぎ、柏に着いた時のあたしの気持ちが分かって貰えるだろうか。もう、気分は母を訪ねて三千里である。よろよろになりながら改札に向かい、ポケットに手を入れ切符を出そうとする。そのまま立ちすくむあたし。……あたしは最後の力をふりしぼって精算窓口に行き、消え入りそうな声でこう言ったのであった。

 「切符、なくしました……」

 事務的な声のおじさんが「はい、どちらから」と問い返す。
 その時、あたしがすでに正常な判断力を失っていたとしても誰も文句は言えまい。なぜかあたしはこう答えてしまったのだ。

 「名古屋から」

 「……は? 名古屋?」
 「あっ! ……いえ、いえ、水道橋です! すいどうばしっっっ! ホントです。
  あの、きのう新幹線で名古屋から出てきて、で、夕べ水道橋に泊まって、友達と
  神保町で呑んで、で、きょう水道橋から、日暮里と綾瀬通ってここまで来たんです!
  ほ、ほら、これ!帰りの新幹線の切符、かえり、って書いてます、ちゃんと
  往復切符で来て、きょうはあらためて水道橋から乗ったんです、ホントですっ!」

 もう泣き叫んでいるあたし。まわりには人が寄ってくる。清算窓口のおじさんは今にも笑い出しそうな顔で、「はい、じゃぁ、530円ね」と許してくれた。ああ、ありがとうおじさん。

 そのあと、K嬢の入院している柏の病院に行ったのだが、あたしは相当憔悴していたのかもしれない。道中の話はしなかったのだが、見舞われる立場の彼女は、何も言わずにあたしにうどんを奢ってくれたのであった。


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