午後から行き着けの美容院へ。以前のヘアスタイルでは藤原紀香に間違えられることもしばしばだったが、次第にパーマもとれてきて最近では松嶋菜々子に似てしまったので、そろそろパーマかけなおしの時期である。今度はどうしよう。現代のファッションリーダー、浜崎あゆみあたりで行くか。彼女のショートヘアはなかなか可愛いし。ということで、いつもの美容院でいつもの美容師さんを指名。
「浜崎あゆみにして下さい」
「誰を?」
コンマ1秒でツッコまれちまったい(泣)
「あたしを、に決まってるでしょうが」
「この前は藤原紀香で、その前は鈴木京香でしたよね」
「そうそう。よく覚えてるじゃないの」
「ええ、美容師生命を賭けた挑戦でしたからアレは」
「……何か言いたいことでもあるの?」
「いいえ、とんでもない。でも浜崎あゆみですかぁ?」
「何よその不満げな言い方は」
「だって大矢さん、ヘアスタイルってのはホラ、輪郭とか髪質とかにもよりますし」
「浜崎あゆみとあたしじゃ、輪郭や髪質が違うってこと?」
「っていうか、顔も年齢も歌唱力も」
「歌唱力は関係なかろうッ! だいたいあたしの歌なんて聞いたことないでしょうが!」
「あ、そうか。すみませんあたしファンなもんで」
しょっぱなから強烈なジャブが繰り出される。何とかカウンターで右ストレートをお見舞いしたいところだが、あちらは鋏だのパーマ液だのの凶器を持ってるからどうにも分が悪い。
「それじゃあ大矢さん──全体にウェーブ入れて、長さは肩くらいでいいですね?」
「え? 浜崎あゆみってストレートのショートヘアよ?」
「パーマは緩めにかけましょう。前髪も一緒に巻いちゃっていいですか?」
「いや、だから浜崎あゆみはストレートのショート……」
「パーマ液の種類はいつもと一緒でいいですね? じゃ、シャンプー台の方へ」
意地でも浜崎あゆみにはしないつもりだなオイ!
「だってあたしファンなんですってばぁ〜〜〜」
何も泣かなくても。
「いつものウェーブヘアでいいじゃないですかあ〜〜〜どうせ連休は旅行でしょ? 楽ですよお」
う……それもそうか。ヘタにクセがついたりブローが必要だったりする頭で一週間の旅行はキツいかも。いつものウェーブヘア、てのはドラマ「きらきらひかる」に出ていた時の鈴木京香のヘアスタイルよね?
「そうですそうです、鈴木京香の方が、大矢さんのお顔に合ってますって」
えへへ、そう? プロがそう言うなら、そうしようかな。
「今はあの時より髪が短いから、鈴木きょくらいですけど」
あたしゃ八丈島のきょんか!
「鈴木きょって……」
「大丈夫ですって。信じて下さいよ。あたしカリスマ美容師って言われてるんですから」
「だ、誰に?!」
「家族に」
確かに客のリクエストを無理矢理変えさせる手腕はカリスマ的である。鋏を持った自称カリスマ美容師には逆らえないので、仕方なくシャンプー台へ向かう。ここでカリスマ美容師から、洗髪担当の若い美容師にチェンジ。
と。案内されたシャンプー台は、5台ある内の一番右。他の台と明らかに違う種類のものであった。普通のシャンプー台ってのは、ごくごく簡単に言えば、シャワー付きの洗面台に向かってリクライニングシートが倒れるという体裁である。ところがあたしが案内されたのは、洗面台部分に、見慣れぬ大きな透明のフードが設置されているのである。これは一体何なんだ?
「それでは椅子、倒しまぁす」
顔にはタオルがかけられ、視界が閉ざされる。シャワーの出る音がし、美容師さんがあたしの髪を湿らせた。
「お湯の温度はよろしかったですか?」
今出し始めたばっかりなのに、過去形で訊くなッ! と心の中で絶叫するが口では素直に「はい」と答えた。通常なら、次はシャンプーである。が。
「それでは、自動シャンプーに入りまぁす」
自動シャンプー?!
聞き返す間もなく、頭上で何やら音がする。と、額に何かがピッタリ張り付いた。あ、あの透明のフードだ! あれが大きなヘルメットのように頭に被さってるんだ。えらくピッタリしてるが、そうか水を漏らさないためか──
と考えていたら、いきなり何処からかお湯が噴き出し、頭を直撃。しかしシャワーとそんなに変わらないゾ。吹き出す強度も弱いので地肌を洗われているという感じがしないんだけどどどどどどどどおおおおおおお、強くなった強くなった! おまけにお湯の噴き出し口が幾つもあるらしく、頭頂部から側頭部から後頭部から、満遍なくお湯があたる。吹き出す向きも変えられるみたいで、色々な角度から攻めて来る。気持ちいいじゃないか。一度に全面にあたるのではなく、お湯のあたる部分が移動していくのも、何だか手で洗われてるのに近い感覚だ。
ああ、今、あたしを端から見るとどんな感じなんだろう。無性に自分で自分を見てみたい。
とまぁ、概ね満足な自動シャンプーなのだが、ひとつ心配があった。シャンプーが始まってからというもの、襟足には一度もお湯があたらないのだ。リクライニングシートの首にあたる部分が襟足の場所なので、襟足の髪を半分くらいシートに敷き込んでいるのよね。これではお湯があたるワケがない。しかしこの座り位置は美容師さんの指定である。
うーん、気持ち悪いなぁ。何とかして襟足も洗って欲しいのだが。手洗いなら、頭を持ち上げて襟足を洗ってくれるのが常である。しかしこの状態では頭を上げることなどできない。額をフードに押さえられてるせいもあるが、頭を持ち上げた時点で噴き出すお湯が背中方面へと飛び出すことは明白だからだ。
しかし、曲がりなりにも美容院である。相手は洗髪のプロである。このまま放っておく筈がないではないか。とりあえず信頼して任せる。っていうか、この状態では任せるしかないのだが。そのまま数分。お湯が止まり、フードが上がった。顔のタオルがとられ、シートが起きあがる。
「お疲れさまでしたあ」
終わりかいっ! 襟足、乾き切ってるんですけど。
「痒いところはなかったですかあ?」
今頃訊いてどうするッ! すでにシートも起こして、頭をタオルでくるんでるやんけ! 今から「ここが痒い」って言ったら洗いなおしてくれるんかオイ。でもここは過去形での質問で正しいぞ。そこだけは褒めてやる。
てなことを考えている間に「3番のお席へどおぞぉ」と言われ、襟足の洗い残しに対する文句を言う機会を失す。仕方ないので、パーマ用のロットを準備し始めた担当美容師さんに
「自動シャンプーって、襟足のあたりを洗えてない気がするんだけど」
「あ、そうなんですよ。どうしても襟足と額の生え際は行き届かないんです」
「そうでしょ」
「ですから、そういう所は前もって担当の者が洗わせて頂いてるんですけど」
「え? えーっと、洗って貰えなかったんだけど」
「あらッ。ホントですか? やだわ忘れちゃったのかしらあの子」
「忘れたも何も、襟足、まったく濡れてないままなんだけど」
「あらッ。やだホントだわ」
って言いながら、すでにロット巻いてんじゃねーよッ!
「まあ、巻く時に水つけりゃ一緒ですから」
ってオイ!
様々な確執はあれど、無事に鈴木きょになって帰宅。ちくちょう、次回は勝ってやる。← 何に?
そしてリベンジの機会は2ヶ月後にやってきた。
どうも髪がうざったくなって来たので、美容院へ。長年続けてきたセミロングを、今回こそバッサリ切ろうと言う魂胆だ。しかし、切ろうと思って切れるものではない。前回美容院へ行った際の「浜崎あゆみにして下さい」というあたしの注文に「誰を?」と問い返してきた自称カリスマ美容師を篭絡することから始めねばならない。しかし、今回の大矢は硝酸ストリキニーネ。間違い。勝算があるのだ。先制攻撃に適うもの無し。
「今日は、どのように?」と身構える自称カリスマ美容師。
「桜庭裕一郎にして下さい」
「……は?」
「桜庭裕一郎」
「さくらば……って、あの、ドラマの? 《ムコ殿》でしたっけ?」
「そう、《ムコ殿》の。男性だけど、フロントとサイドが長めで女性にも合いそうでしょ」
「ええっと──最近はヘアスタイルの男女差もなくなってますから、いいんですけど」
「けど?」
「あのドラマって、あたし、ちゃんと見たことないんですけど──」
「あ、そうなの?」
「ええ、でも桜庭裕一郎は聞いたことあります」
「そうでしょ、すごい人気だもんね」
「あれ、ドラマの中の役名なんですよね」
「そうそう」
「段田安則の」
ちーがーうーっ! 長瀬智也だよ長瀬智也! 何が悲しゅうて女のあたしがビッチリの七三分けにせにゃならんのだ。考えれば分かるだろうカリスマ美容師!