抜粋なまもの日記

2000年8月「J子襲来 夏休み編」の巻


 「サイは投げられた」ってのはね、サイコロのことであって、動物のサイを投げたんじゃないのよ>J子。それじゃ単なる力自慢じゃないか。

 ↑このJ子ってのはあたしの古い友達で、前にも2度ほど日記に登場したこともあるのだが、10代の頃は若さゆえにあらぬ方向に全力疾走してしまったバリバリの元ヤンキーだった。更正したあとは、どんなワザを使ったのかエリートをだまくらかして、今では小学生の娘の髪をパツキンにして喜んでいる毎日だ。このJ子、時折、思い出したように電話をかけてくる。それも大体、読んでいる本が佳境に入ったあたりを見計らったかのようにかけてくるのである。

 「博子よおー、なんか自由研究のネタ、ないか?」
 「自由研究? ああ、M瑠ちゃん(彼女の次女・夜露死苦と同程度の当て字)の宿題?」
 「そうなんだよー、今頃になって言い出しやがってよあのガキ」
 「って、夏休みあと一週間ないじゃん」
 「だーらオマエに何か考えろつってんだよ」
 「あ、あたしがオタクの娘さんの宿題を考えるんすか?」
 「あん?」
 「……なんでもありません」
 「1時間くらいで出来て、金かかんなくて、見栄えのいいやつテキトーに見つくろってくれ」
 「そんな都合のいいモノがあれば、世の小学生はみんなやってるって」
 「あん?
 「……なんでもありません
 「なんかねぇのかよお」
 「定番だと、朝顔の観察日記とか──」
 「どこの世界に一時間で育つ朝顔があんだよ、ブッとばすぞコラ」
 「だからそれは定番の話で──身近な材料使った工作なんか、いいんじゃない?」
 「例えば?」
 「えーっと、あ、そうだ、イモ判とか!」
 「イモ判? なんだそれ」
 「昔やんなかった? イモの断面にさ、彫刻刀で絵とか字とか彫って、判子にすんの」
 「うーん、二の腕にカッターで《トシヒコ命》って彫ったみたいなもんか?」
 「えーっと、似たような違うような……」
 「ま、いいや、それやってみらあ。じゃなっ」

 一時間後。怒髪天を突いたJ子より再度電話が入る。

 「テメェダマしやがったな! 死ぬほどカイ〜じゃねぇか! ブッ殺す!」

 ……芋がそれしかなかったからって、山芋でやるなよ!

 その翌日、J子より、再度電話。昨日あれからサツマイモを買いに行き、どうやら無事、イモ判を彫ったようである。

 「よかったねー、完成して。何彫ったの?」
 「餃子」
 「……は?」
 「餃子」
 「ギョ、ギョウザ?」
 「好きなもん彫れつったらよ、あのガキ食いモンしか浮かばねーでやんの」
 「そういやあんたも、王将でバイトしてたね。うーん、さすが親子」
 「そんなことよかヨォ、ちっと疑問があんだけど」
 「何?」
 「このイモ、新学期までにしなびたり腐ったりしねーだろうな?

……あ。   

 てなことを日記に書いたら、何が不本意って、なまもの読者の間にJ子ファンが急増している事実ほど不本意なことはない。彼女と知り合って二十年近くになるが、その間あたしがどれだけ苦労させられてきたことか……。
 彼女が今のご主人と婚約する直前、他の男と飲み歩いてデートをすっぽかしてしまった時などは決まって、あたしが急に熱を出したことにされたものだ。「J子が一晩中ついててくれて、おかゆ作ってくれたりしたの。ごめんねJ子を責めないでね」などと、政治家でもこんな嘘はつかねーぞというようなセリフを数え切れないほど口にしてきた。おかげで彼女のご主人は、今でもあたしのことをかなり病弱だと信じ込んでるぞ。なーにが「おかゆを作ってくれた」だ。当時のJ子は米を研いだことすらなかったのに。朝早くに電話の向こうから聞こえる「オマエ、昨日熱出したよな、な、な」という彼女の声は、今も忘れていないぞっ!

 しかし、そんなヤツがどうして金持ちで二枚目の優しい(これが実に優しいのだ)男と結婚できるかなー。おまけに2人の娘にも恵まれ、舅姑の覚えもめでたく……うーむ、人生勝ち組に入ってるヤツってのはいるものだ。実態はとんでもないヤツなのに。どれくらいとんでもないかというと

 「オマエ、作家に知り合いいるだろ? 芥川龍之介ってヤツの電話番号知らねーか?

 などと訊いて来るほどなのだぞ。尋常でない質問にのけぞりながらも真意を質すと

 「いや、長女の宿題でよー、感想文書けっつーから、当人にネタ教えてもらや楽だと思って」

 ……ああJ子、あなたは暴走族時代に検問を突破するため、警官を逆ナンパしようとして連行された時と、まったく変わってませんわ。

 ファンの存在をJ子に伝えればきっと喜ぶだろうけど、そのためにはこの日記に何を書いたかも伝えねばならず、そんなことがバレたら翌日にはあたしのバラバラ死体が、木曽川・揖斐川・長良川の濃尾三川にばらまかれることは火を見るより明らかである。そして長良川河口堰には宿便を持ったままの胴体部分がひっかかるのよよよよよ。


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