抜粋なまもの日記

2000年6月「ともだち」の巻


 あたしが彼と知り合ったきっかけは、同じ作家のファンだという、ただそれだけだった。

 あたしは大阪の会社に勤めていた。彼は奈良で働いていた。近いということもあり、一緒に何度か飲んだ。カラオケに行くと、すぐに脱いで踊るようなヤツだった。タクシーを止める時に「ヘイ、セクシー!」と大声で叫ぶようなヤツだった。風向きを調べるのに、陰毛を毟って飛ばずようなヤツだった。仲間内では「変態」と言えば彼、という暗黙の了解が出来上がっていた。

 何年か経って、あたしは縁あって名古屋へ嫁ぐことになった。当然、大阪の会社は辞めて、引っ越すことになる。奈良とは行き来しにくくなるね、と言ったら、彼は答えた。

 「実はオレも会社を辞めて、実家に帰ることにした」

 彼の実家は、三重県の桑名だ。名古屋とは目と鼻の先である。大阪と奈良よりずっと近い。

 「ひえ〜、やっと離れられると思ったのにぃ」
 「別にキミを追いかけて行くわけじゃないって」
 「いったいどうした、ついに会社に変態がばれて馘首になったか?」
 「違うよ」
 「あ、じゃぁロリコンがばれたのか」
 「違うってば」
 「得意先の子供に、『ほぉら、象さんだよ』って言って股間を見せてるのがばれたとか」
 「ばれてないってば。それ以前に、やってないって!」
 「じゃぁ何だ」

 「やっぱ、作家になりたいから。働きながらじゃなくて、本腰入れてみる」

 夢を語る人は多い。しかし、安穏な生活を捨ててまで、それに挑める人は何人いるだろうか。その時、既に彼は何度も小説誌の新人賞に応募しており、応募した数だけ落ちていた。部屋には段ボール箱に詰められたボツ原稿の山があった。評価してくれる人もいたにはいたが、見通しは決して明るくなかった。何かの保証があるわけでもない。父親を早くに亡くし、たった一人の息子である彼の決意を母親がどれだけ案じるか、考えなかった筈もない。
 それから彼は、バイトをしながら書き続けた。相変わらず、応募した原稿は落ちてばかりいた。最終選考に残ることはあったが、とにかく酷評され続けた。

 トリックのためのトリックだ、人間が描けていない、文章力がない、恣意的すぎる……

 (当たってるぞ、おい(笑))

 何を言われても、「またこんなこと言われちゃった〜」と笑っていた。どうしてやめないんだろう。あたしだったら、もうとっくの昔に諦めてるところだ。でも、彼は書き続けた。実際、何を言われても彼は書くことをやめなかったのだ。そればかりか、酷評される度「これならどうだ」と言わんばかりに次々と新しいアイディアを原稿にしていった。無尽蔵に湧くアイディアの泉は、彼が文字を与えることによって迸る奔流になった。
 「書き続ける」という最も必要な才能を、彼は充分に備えていたのである。

 そんな時、彼の小品が光文社文庫の「本格推理」に掲載された。デビューだね、と言ったら、「これは違う」という返事が返ってきた。彼にとってのデビューとは、作品が活字になることではなく、それで食べていくことなんだと分かった。その作品も仲間内からは「ワケが分からん」と酷評され、それでも彼はやはり笑っていた。
 次第に、講談社の「メフィスト」の座談会に、彼の作品名が毎回載るようになった。でも、GOサインは出ない。一度で出版が決まる人達を横目に見ながら、彼は何作も何作も書いた。その都度あたしも読ませて貰い、あたしごときの取るに足らない無責任な感想やツッコミについて、電話で何時間も話し合った。その時に貼り付けた付箋は、延べ二千枚を超える。

 彼は29才の時に、「30才までにデビューする」と宣言した。母親にもそう伝えたという。下のお姉さんが結婚して家を出て、母親と二人暮らしになった年のことだった。そしてその30才も終わろうという時になって、ようやく《内定》が出た。しかし、なかなか《決定》の声は聞かれず、それからも彼は書き続けた。同じ作品を何度も書き直し、同時に新作も次々と書き、何度書き直したのかも、何作書いたのかも分からなくなり、そして──。

 今日、あたしの手元に、講談社ノベルスの新刊「ウェディング・ドレス」が届いた。
 表紙には、黒田研二という彼の名前が、大きく書かれている。
 彼が会社を辞めてから、もうすぐ丸5年になる。
 彼が夢を見始めてから、もう13年が経つ。

 夢の端っこに、やっと手が触れただけかもしれない。彼よりも、もっと努力してる人もたくさんいるだろう。勝負はこれからだ。でも、彼なら大丈夫。それはあたしが自信を持って保証する。

 さあ、とにもかくにも、ずっと言いたかった言葉がようやく言えるぞっ。

くろけんがデビューするんだぜっ! みんな、読んでくれ!」

(でも、おすすめマークをつけるかどうかは別問題なんだって? 大矢さん!)



 後日付記(2004年11月18日)
 作家・黒田研二は、幸い今も作家であり続けてます。出した本はこちら。本人のサイトはこちら


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