【出題編】
本日、はからずも体験してしまった《日常の謎》。さて、あなたにこの謎が解けるかな?
用事があって図書館へ行った。受付カウンタに並んでいると、あたしの前にいた男性と、図書館員との会話が聞こえてきた。どうやら、その男性は最近、名古屋に引っ越してきたばかりらしく、名古屋市立図書館を利用するのは初めてとのこと。ついては、貸し出しカードを作りたいという。
貸し出しカードを作るには、現住所を証明できる身分証明書──例えば、免許証、保険証、学生証、住民票など。母子手帳や年金の書類でもいいらしい──の提示が必要だ。その男性は、言われるがままに身分証明書を提示し、新しい貸し出しカードを作って貰った。
カードを手渡しながら、図書館員が言う。「このカードは、今日から5年間有効です」
それを聞いた男性は、一瞬、ものすご〜〜くイヤそうな顔をしたのだ。
さて、問題です。
図書館員の何の変哲もない言葉に、どうしてその男性はそんな嫌そうな反応を示したのでしょう?
実はあたしは、その前に交わされた二人(その男性と図書館員)の会話を聞いていたし、彼が提示した身分証明書をチラリと見たせいで、彼の表情の理由がスンナリ理解できたのだ。
敢えて具体的なヒントを隠しているので、《真相》よりもエレガントな仮説が立てられそうな気もするけれど、暇つぶしにでも考えてみて下さいな。
ちなみに、この問題を黒田とダンナに出してみたら、二人ともかなり具体的なヒントを出すまで分かりませんでした。そんなに難しい問題じゃないと思ったんだけどなあ……。黒田曰く「俺みたいに都会で育った人間には、ちょっとそのケースは想像できないよ」だそうだけど、そんなこともないのでは。ダンナは答を聞いたあとで、「ああ、そういうひと、いたなあ」と言ってたしね。おお、ヒントだわ。
ポイントは「彼が名古屋に引っ越してきた理由とは何か」と「彼が提示した身分証明書とは何だったのか」という点かな。この2点は密接にリンクしております。
【読者から寄せられた推理】
「彼はイヤそうな顔をした」事件について(そのまんまのタイトルかいっ!)たくさんの謎解きメールを頂きました。
圧倒的に多かった答が、「その人は大学に入学したばかりだったので、5年間有効のカードという言葉に留年を思い浮かべた」というもの。確かに納得はできるんだけど、結果からいうとハズレです。第一さあ、大学に入ったばかりで《5年間有効》のカードを貰ったとしたら、留年を想像するよりも「あ、在学中はこれ1枚で更新の必要がないんだ、面倒くさくなくていいや」って思いそうなもんじゃない? 逆に《3年間有効》とかの方が中途半端でイヤでしょ。少なくとも、「皆が皆、5年イコール留年を想像してイヤな顔をする」ってことはないと思うのよね。翻ってこの《真相》は、大抵の人ならイヤな顔をして然るべき状況なのよ。
しかしまあ、これは「普通の発想」と言える。そしてこれ以外の推理は、ぜんぜん「普通の発想」ではなかったのさ。なまもの読者っていったい……。
たとえばよしだ まさしさんの推理
▼この男性はこれから性転換手術を受けて、女性として生きていくことになっているのです。
これからの人生は、女性の名前で生きていくことになっているのです。
それなのに、図書館に行くたびに「山田権蔵」という名前のカードを使わなければならない……
そりゃあ、イヤな顔もするでしょうよ。
せっかく「山田樹理杏」という名前にしようと思っているのに……
美しい!(そうか?) エレガント!(そうなのか?) まさに本格ミステリ!(それはちょっとどうか) いや、ハズレなんですけどね。<当たり前だ。
でも、《真相》よりよほど面白くて、好きだわコレ。強いて難点を挙げるなら、身分証明書とかダンナや黒田のコメントなど、提示された伏線がクリアされてないってところか。っつ〜かそれ以前に、山田権蔵って誰よ。
もう一人はU田M之さん。彼は秀逸な仮説をたくさん書いてくれた。
▼仮説1 明らかに5年間生きられないとパッと見で分かるようなお年寄りだった。
仮説2 最近名古屋に引っ越してきた男性は実は日本語が苦手で「五年間有効です」っ
てのを何かえげつない意味の言葉と聞き間違えた。
仮説3 その男性の持っていた身分証明書が事件の調査書で、その人は懲役5年の
実刑判決を受けたばかりだった。どうしても読みたい本があって、借りに来た。
(返すのは看守さんにバイト料払って返してもらう)
仮説4 なんか5年間監禁されてたことがあって、5年間と言う言葉が幼き日の苦しみを
想起させていやだった。
ここまでコピーして、思わずフリーズ。もう一つ、最後の仮説があるんだけど──うわあ、「仮説5」がメチャクチャ真相に近いよっ! 彼が出した身分証明書が何なのか、ズバリ正解。若干の違いはあるんだけど、そこまで来ればもう一歩だあ。
しかし、正直言って、この正解がつまらなく思えるほど、皆様の「仮説」はすごかった。ホントにすごかった。前述の「大学に入ったばかり」という答の次に多かったのが「単身赴任・出稼ぎ」説。それも具体的に職種まで規定してくれたり、その人の家庭環境まで考えてくれたり。名前を考えるのなんか当たり前。って、あんたらシャーロック・ホームズかよっ!
▼この男性はサーカス団員です。身分証明書は団員証。
各地を転々としているので5年も図書館を利用できない。
事実、今年は名古屋でボリショイサーカスの公演があります。
思わずイヤな顔をしたところから見て、ポーカーフェイスが要求されるピエロでは
ないことが考えられます。きっとライオン調教師なのでしょう。(Yダさん)
どっからサーカス?! その上、なぜにライオン調教師限定?! それ以前に、ボリショイサーカスのメンバーはロシア人なのではっ。
▼彼は出稼ぎのために名古屋に引っ越してきました。
自分の心の中では『3年間がむしゃらに働いてお金を貯めて故郷で店を開こう!』と
思っていたのに「5年間有効です」と言われた時には
『オレは3年で帰るんだ!5年もいねーよ!』と悔しく思ったのではないでしょうか。
何の店を開くのかは疑問ですが……。(W辺R子さん)
何の店を開くのか以前に、どうして「店を開くため」「3年間」なのかの方が疑問じゃないのか。え、違うのかっ。そこまで限定しといて、なぜいきなり何の店かだけ自信を無くすのだあっ。
▼水戸に本社を置く納豆製造販売会社「大須なっとう」。
山田権蔵は、そこで新製品開発の仕事に携わっていた。だが、山田が担当して市場に
投入した新製品、乳酸菌発酵させた納豆飲料「ナトピス」は大失敗に終わった。
その責任をとらされ、ただひとり名古屋支店に派遣された山田。露骨な左遷人事であった。
納豆を食べる習慣のない関西に、納豆食を根づかせるため、山田は必死に名古屋を歩き回った。
彼が持ち歩いたのは、自身で開発した味噌煮込み納豆。
だが、納豆はいっこうに売れなかった。言葉も通じぬ異国の地で、彼を支えていたのは
「1年我慢しろ。1年たったら呼び戻してやる」そう言った上司の言葉だけだった。
だが、本当に1年で呼び戻してもらえるのか。不安が山田をさいなんだ。
ある日、山田は図書館で貸し出しカードを作った。身分証明書が必要だった。
「大須なっとう」の社員証を提示する。できあがった貸し出しカードを見る。
カードの有効期限は5年。もしかしたら、5年も名古屋にいることになるのだろうか?
できあがったカードをしみじみと眺める。そこにはこう書いてあった。
「勤務先:大須ないろう」
山田は露骨にイヤな顔をした。名古屋なんか嫌いだあ!(よしだ まさしさん)
み、味噌煮込み納豆……。ただ惜しいのは、大須は「ないろう」ではなく「ないろ」ですのよ。ういろうは青柳、ういろ・ないろは大須。ま、名古屋銘菓の知名度なんて、そんなもんよね。
▼ズバリ、愛知万博の準備の仕事をしている人に違いありません!
この時期に名古屋に引っ越すなんて、それ以外に考えられません。
愛知万博は2005年。あと3年なのに、カードは5年有効。
彼は万博終了とともに故郷に帰れると思っていたのに、もしや後片づけや土地再利用まで
手伝わされるのでは、と考えてしまったのです。(F・Fさん)
愛知万博という目のつけどころはイイなあ、と思ったんだけど、名古屋の雇用はそれだけですか(;_;)。
▼彼は出稼ぎで名古屋に引っ越してきたのでは?という仮説を立てました。
彼は新潟の雪深い山村の出身で、5年間限定で名古屋に出稼ぎに来ていたのです。
そして彼が受付に提出したのが出稼ぎ証明書(そんなの絶対ないですね)。
5年後には、娯楽もなにもない新潟の山奥へと帰り、
結婚した当初の初々しい面影のかけらもない愛想の尽<きた女房と、
最近たばこを吸い始めて親とは一言もまともな会話をしようとしない一人息子との、
つらく重く息苦しい生活が待っていることをたかが図書館の受付ごときに思い知らされ、
自分のその境遇にいやな顔をしたのでしょう。(K藤F征さん)
母さん、僕は今、なんとなく、バックに「北の国から」の音楽が聞こえてくるような気がしたわけで。新潟の皆さん、何かコメントありますか。
▼その男性は、横浜ベイスターズから中日ドラゴンズへ移籍してきた谷繁捕手だったのです。
彼はまた2年後にFA権を行使して、我が阪神タイガースへ移籍するつもりなのです。
だから「5年も中日にいるつもりはねぇよ」と思ったに違いない!
頑張れタイガース! 今年は優勝だあ!(K野M之さん)
……あげないもん、谷繁。でも星野監督を返してくれるなら、考えないでもないけど。あ、そう言えば、今年絶好調の阪神だけど、なぜか、どこかの1チームにだけは勝てませんでしたねえ……ふっふっふ。ドラゴンズにも意地があるがや。
▼名古屋に越してきたのは西村雅彦だったが、仕事で忙しいので娘の田中麗奈が代わりに
カードを作りに来ていたのだった。「間違っても5年間とか居座らないでよね」(I川さん)
ウィークリーマンションかよっ!
そして単身赴任説以外にも、さまざまな《仮説》が。
▼入り婿だったのでは。入籍のための書類を持っていて、それが身分証明書の代わり。
「苗字変わるんスよ〜。なんとかなりませんか」って窓口で問答をしていたのを大矢さんが耳にした。
これからあと5年は、その、結婚前の苗字の入館証を使わねばならないのでヤな顔をした…。
(をかべまさゆきさん・INOさん)
おお、前回の「嘘つきパズル」クイズの審査員特別賞受賞者と正解当選者がはからずも同じ答に!
▼男性は夜逃げして名古屋に来たばかり。借りたい本は『逃亡生活マニュアル』。
彼は債権者の追及を恐れて、住民票を移すなど住所変更の手続きを一切していなかった。
図書館で身分証明書の提示を求められた彼は免許証を見せたが、その免許証は旧住所のまま。
係員が住所の分かる身分証明書でないとカードが作れないと言うので、
彼は仕方なく持ち合わせていたアパートの賃貸契約書を見せた。
係員は納得してカードを作ってくれたが、「5年間有効です」と言われて、彼は内心
「『逃亡生活マニュアル』を読みたいだけなのに、なんで5年も残すんだよ。
せっかく行方をくらませたのに、意味ねーじゃねーかよ」
と思って、ものすごく嫌な顔をした。(M好S一さん)
……つ〜か、もしもそれが正解だったら、あたしはどうやってそれを知ったんだよ。後ろに立ってただけの一般市民に見抜かれるようだったら、そいつ、多分あっと言う間に捕まると思うが。
で、あたしが一番好きだったのがコレ。
▼彼は御念館友行(ごねんかん・ゆうこう)という名前だった。
御念館という苗字も友行という名前も、彼の田舎(蒲郡とかそのへん)では
アタリマエのものだったのでそれまでは気にしていなかったのだが、
図書館員が「このカードは、今日から五年間有効です」と言いながら、
必死で笑いを堪えているのを見て、
ひとの名前でダジャレこいて笑うなよ、と不快に思ったのである。(I川さん)
だからなんで蒲郡……。愛知近郊の人かボートレース好きな人以外は、ガマゴオリなんて読めないっつーの。だいたい、こんな面白い真相だったら、クイズになんかしないで、ソッコーでネタにしてるわいっ! でも、これ好き。個人的に1等賞。
【正解、そして後日談】
ここまでの応募総数82通、うち正解は3通でした。
ということで、いよいよ正解発表です。まあ、ここまでみんなの推理が面白かったら、実際の答がつまんなくて仕方ない。まあ、しょうがないわな。
蝿ある正解者、ってイヤだなそれ。栄えある正解者は、coinさん・T澤S子さん・T須賀S輔さん(メール到着順)だあ! では、正解を発表。
彼が提示した身分証明書:予備校の学生証
名古屋に越してきた理由:名古屋市内の予備校に通うため、田舎を出て下宿生活を始めた。
イヤそうな顔をした理由:彼が名古屋市外の大学を志望しているとすれば、名古屋の図書館
を利用するのは予備校に通っている間だけ。1年で終わらせたい
浪人生活なのに、5年有効のカードだなんて縁起が悪い(泣)。
彼の志望校が何処かは知らないけれど、名古屋の大学ならそのまま使えるから「イヤそうな顔」はしない筈。ということは、おそらく市外の大学を目指してるんでしょう。
因みにあたしが聞いた彼と図書館員との会話というのは「現住所、親戚の家に下宿なんですけど、その親戚の住所でいいんですか?」「はい、証明書にその住所が記載されてれば、構いませんよ」というもの。下宿という言葉で年齢を特定できちゃうので伏せたんだけど、ま、これは無くても推理には差し支えないんじゃないかな。
黒田の「俺みたいに都会で育った人間には、ちょっとそのケースは想像できないよ」というコメントは「予備校に通うために自宅を出て下宿するというケースが想像できない」という意味。でも、特定の有名予備校に通いたければ、寮に入ったり下宿したりするひとはいるよね。寮完備の予備校が存在するのがその証拠じゃないか。
ダンナの「ああ、そういうひと、いたなあ」というコメントは「俺の予備校時代には、確かに地方から出てきてたひとがいたなあ」という意味でした。
なんと、T澤S子さん・T須賀S輔さんのお二人は、予備校の名前まで当ててくれたぞ(笑)。それにしても、いやもう、ここまで正解者が少ないとは思わなかった。っつ〜か、あんたらウケ狙いに走ったでしょっ。
この話には後日談がある。正解を発表したあと、森博嗣さんからメールを頂いたのだ。なんでも、森さんなりに仮説を色々と考えておられたというのだ。第一案がコレ。
▼男は難民の一人ですが、エンジニアだったため、名古屋の自衛隊で一時的に働くことになったのです。
彼が見せた身分証明はパスポートあるいは難民に発行される証明書でした。
彼が祖国へ帰ることができるのは、戦争が終結し平和が戻ったときです。(M・H嗣さん)
思いきりリンクしといて、ここだけ伏せ字にしてどうする。とまれ、いきなり社会派である。おまけにドラマである。その上、ちょっと世界平和について考えさせられてしまったりする。早く帰れるといいね。って、すっかりその気だし。外国人だった・災害被災者だったという回答は何通かあったけれど、戦争難民というのは無かったなぁ。(あったらゴメンね)
ここで終わっていれば、何となく「世界がもし100人の村だったら」の雰囲気で終われたのだが、象は問屋が卸さない。ワシントン条約もあるし。森さんも他の投稿者に負けず劣らず、怒涛の仮説攻撃をしかけてきたのであった。「遺産相続のためにお爺さんと養子縁組をすることになっており、苗字が変わる」とか「国体の選手で、そのために名古屋入りしたのに愛知万博のせいで国体の順番が変わり、2年も待たねばならないと思っているところだった」とか。どれも妙にヒネってますが。何かイヤなことでもあったんですか森さん。
そしてトドメの一言がコレ。
そ、そんなミステリマニアみたいなことを……。現実なんて、得てしてこんなもんですって。現実を最もよく知る人物の職業は? 鎌倉時代専門の歴史学者。そのココロは、源氏通。なんちて。