地位も名誉も美貌も、たいていのものは労せずして手にしている大矢だが、ひとつだけ持っていないものがある。自動車免許だ。なぜ持ってないかを語り出すと一昼夜かかるので省略するが、とにかく今は持ってないのである。(今は?)
自分で運転するよりは、ダンナをはじめとして黒田や未読王といったおかかえ運転手が何人もいるのだから、不要と言えば不要である。しかしまあ、学科試験だけで手軽にとれる原付免許なら、身分証明書代わりに持っていてもいいのではないか。そうすれば、一人であそこやあそこの古本屋にもいけるし。
てなわけで、問題集を買って来て、早速勉強を開始した。
実は、ここだけの話だが、高校時代、あたしは一度、原付免許の試験に落ちてるのだ。わはは。<笑ってる場合か。友だちが皆、マフラーに穴を開けたバイクで(違反です)、パラリラパラリラと警笛を鳴らし(違反です)、2ケツで(違反です)、田圃のあぜ道を徐行してる(遵法です)頃、あたしは仕方なくずっと車の助手席にいたのである。だもんだから、やたらとハコ乗りばかりが巧くなってしまった悲しい青春時代。
そんな青春時代の仇をとるべく、二十年の歳月を経て、今、原付免許に再挑戦しようとしている大矢なのである。実は、今回は勝算がある。なんとなれば、自転車友人の中に愛知県警の人間がいるのだ! それも、彼は免許試験場に勤務していた経験があるのだ! おお、もう勝ったも同然ではないか!
「ってことで、試験問題、手に入らない?」
「んなこと、できるわけないでしょッ!」
2秒で却下。不祥事のひとつやふたつ、今さら増えたってどうってことないと思うがなあ。……ダメですかそうですか。
却下されたので、仕方なく真面目に勉強することに。う〜〜〜ん、なんだか妙に言葉尻を捉えた意地の悪い問題ばかりで人間が歪みそう……え? あれ? なんだこの問題は。○×問題なんですけどね。
問42 眠かったので、覚醒剤を打って運転した。
もちろん答は×である。それは、いい。それはいいのだ。問題は解答ページにある解説である。
答42 × 薬物の影響を受けている時は、運転してはいけません。
そーゆー問題?! ねえ、そういう問題なの? 運転しなきゃいいの?
勉強は始めたばかりだが、いきなり躓いている。それも、こんなところで。果たしてあたしが原付免許を手にするのは、いったいいつの日なのか?! 刮目して待て!
2日後。原付免許のお勉強に余念のない大矢。しかし、先日の日記に書いたようなスットンキョーな問題も混じっているので、なかなかに予断を許さないのである。
そしたら、こないだの日記を読んだF島Y子さんから、以下のようなメールが届いた。
母が免許取得に励んでいたころ覗き見た教本の問題も、なかなか強烈でした。
Q:対向車のライトがまぶしいとき、どうしたらよいですか?
蛾じゃないんだから……3番。
3択の練習問題で、
1・光から目をそらす。
2・目が慣れるまで光を見つづける。
3・光に向かって突進する。
F島さんは冷静につっこんでおられるが、あたしなら「蛾かよッ!」と、思わず右手の甲で問題用紙につっこんでしまうであろう設問である。こんなところに三段落ちを仕込むとは、原付免許、おそるべし。
さらに翌日。今日も今日とて、原付免許の練習問題に萌えている大矢(「萌え」の使い方に自信なし)。
ここへ来て、ようやく「コツ」のようなものを掴んだのである。次に紹介する○×式の設問を、ちょっと読んで欲しい。
問1:子供が乗降している通園バスの側方を通過する時は、必ず一時停止しなくてはならない。
問2:信号が青から黄に変わった場合、どのような場合でも必ず停止しなくてはならない
問3:左右の見通しが悪い交差点を通行するときは、必ず徐行しなくてはならない。
問4:交通事故が起きて負傷者が出たら、どんな場合でも必ず病院に運ばなくてはならない。
答はすべて、×なのだ。1は、安全が確認できれば徐行でもいい。2は、安全に停車できないと判断される場合はそのまま進行してもいい。3は、交通整理がされてたり優先道路を走っている場合は徐行の必要はない。4は、ケガの部位によっては動かさない方がいい場合もある、というわけだ。
さあ、もう分かりましたね?
そう、必ず、という言葉がクセ者なのだ!どんな場合にも、例外はある。どんなルールでも、危機回避のためや人命のためなら柔軟な対応があって然るべきだ。ということは、必ずという言葉がついたら、答は×になると判断していいのではないか!
この法則に気づいた瞬間、「勝った」と思ったことは言うまでもない。細かい文章を読む必要はないのだ、「必ず」=「×」と考えて間違いないっ。
意気上がる大矢は、勝利を確信して次の問題に進んだ。
問5:原付を運転する場合は、必ずヘルメットをかぶらなくてはいけない。
これに、自信満々で「×」をつけたあたしって、バカ? ねえ、バカなの……?(泣)
そしていよいよ試験当日。
H免許試験場で受験したのだが、同じ時間帯に受験したのは全部で五十人くらい。これがまぁあなた、当たり前の話だけれど、16、7のコドモばっかり! おまけに、半分近くがド金髪! 18歳になったら車の免許とか自動二輪の免許とか取るけどぉ、それまではやっぱ原付持っとくと便利だしぃ、と顔に書いてあるかのようなガキばっかりなのだ。その上、よく考えてみたら、今日は平日である。こいつら、学校はどうしたんだ? 勤労少年ばかりなのか?
それにしても、問題集を読んだときから思っていたのだが、実際の試験問題は問題集以上に悪文のオンパレードだ。同一助詞の繰り返し、目的語のわかりにくい修飾語、意味のない重文構造。問題用紙は使い回しということで落書き厳禁だったが、そうでなければ赤を入れていたこと必至である。こんな試験、新聞社や出版社の校正担当者が見たら胃に穴があくこと間違いなしだ。
実は、あまりに酷い文なので丸暗記して日記に書いてやろうと思っていたのだが、これがまたとてつもなく覚えにくい。暗記できないほどの悪文なのである。どれほどの悪文か見てみたい人は、是非、愛知県で原付免許試験を受けてみて下さい。
結果が出るまで15分とかからない。どきどきする暇もない。電光掲示板で自分の番号があるかどうかを確認。どきどき。
ふふふふふ、思い起こせば高校時代に落ちて以来、二十年以上経っての雪辱である。本来なら、昔あたしを落としやがった大分県警で雪辱を果たしたかったが、それはまぁ仕方がない。愛知県警で勘弁してやろうってなもんだ。江戸川乱歩の仇を大阪圭吉で討つという言葉もあるし。ありませんかそうですか。
合格者は教室に入るように言われ、その部屋に行ってみると──うわ、少な!
どどどどういうことだ、受験者は50人くらいいたはずなのに、今、この教室にいるのはたった16人ではないか。担当の職員さんも「今回は少ないなあ」と首を捻っている。いつもは、もっと合格率は高いようだ。それにしても16人って──と、あたりを見渡すと……。
少なく見積もっても20人はいたぞ>金髪>みんな落ちたのか。あたしの脳内に《金髪=バカ》という等式が刻み込まれた瞬間である。
壇上に立った職員のオジサンが、「今回は平均点も低めでした」とおっしゃる。そしてやおら、あたしの方を向くと、「おねえさん、100点だったねえ」と話しかけてきた。集まる注目。ああ、気持ちイイ……。
「おねえさん、だいぶ勉強したの?」
「いえ、そんな……ちょっとだけ」(←ホントは4日間、みっちり勉強している)
「ほお、ちょっとだけかね。たいしたもんだがね」
そして職員さん、おもむろに他の合格者に向きなおり、
「こんなおねえさんが頑張っとるのに、
若いもんが満点とれんでどうすんだあ」
どーせ若くないわよッ! なんなんだよ「こんな」ってのはよぉ。そりゃ確かに、あたし以外はみんな十代よ。この中で、故・小渕恵三氏が「平成」の紙を掲げたシーンを覚えてるのは、多分あたしだけよっ。ピンクレディが踊れるのは絶対にあたしだけよっ。大阪万博を知ってるのも間違いなくあたしだけよっ。悪かったわねっ。
それでもまぁ、《満点合格者》として、ヒーローだったことは間違いない。実技講習が始まるまでは、だけどね。
実技講習に関しては、あまり多くを語りたくない……。曲がれずに塀にぶつかり、スラロームの練習ではパイロンをなぎ倒し、一時停止すべきところで止まれずに指導員さんを轢き殺しそうになったことなんて……たいしたことじゃないわ、ええ、きっと。
指導員さんの「おねえさん、自分でブレーキかけんと、『止めてーっ』って叫んでも原付は止まれせんがね」という声を背中に受けながら、それでも免許証はキチンと戴けたのでした。