抜粋なまもの日記

2002年7月「足の裏のホクロを取る」の巻 前編


 あたしの左足の裏には、ホクロがある。土踏まずの横の方──足跡の絵を描くと、土踏まずのあたりで足跡のラインが細くなるでしょ。あの細い部分に、ホクロがある。
 で、足の裏というのは、元来、ホクロはできにくい場所なのだそうだ。がしかし、一度できてしまうと、常時刺激を受ける場所だけに、悪性の腫瘍に進化してしまうケースがあるのだと言う。日本人には稀なケースだけれど、そのまま皮膚癌にまでなってしまう場合もあるとかで。その注意信号が、「ホクロが急に大きくなった」とか「形が変わった」とか「周囲が滲んだようになる」という症例なのだそうだ。そのため、足の裏のホクロは、良性悪性に関わらず切除した方がいいとのこと。
 その話を聞いたとき。「へえ、怖いんだねえ。実はあたしも足の裏にホクロがあるんだよ。ほら、これ」と言って、足の裏を見せた。ら。

滲んどるがやっ!

 えっ、えっ、いつの間に?! なんか形も変わった気がする。んげっ。
 もう、頭の中は一足飛びに皮膚癌である。それも足の裏が。なんかすごく格好悪い。いずれにせよ、足の裏のホクロなんか後生大事に持ってても別にメリットはないわけで、それなら検査ついでに取ってもらおうと、皮膚科を訪れたのだ。大矢の股ぐらの粉瘤(オデキの一種・大矢の持病みたいなもんです)の主治医である、M宮クリニックの女医さん・T中先生に相談してみた。それが先週の話。

 ここでちょっとお断りしておくけれど、ぜんぜん深刻な事態ではないので、どうか驚いたり心配したりしないように。いや、最初はね、もしも検査の結果が悪性だったりしたらシャレにならないので、検査結果が出るまでは日記には書くまいと思ってたのよ。でも、今日、切除手術をして、「90%以上の確率で、心配ない」と言われたし、このまま日記に書かずに済ませるには勿体ないような美味しいネタテンコモリなので、こうして書いてるワケだ。なので、お気楽にお読み下さい。

 さて、話を戻して。
 T中先生に足の裏を見せて相談したのが、先週の月曜日のことだった。

 「あら、大矢さん。どうしたの、また粉瘤が爆発した?」
 「いえ、今日は別件で……せんせ〜〜、あたし、皮膚癌かもぉ〜〜〜」
 「はあ? 大丈夫よ、大矢さんのは癌じゃなくて単なる粉瘤だから」
 「粉瘤の話じゃないんですぅ。実は、足の裏のホクロが、滲んだみたいになっちゃって。
  足の裏のホクロって、やばいんでしょ? 滲んだりしたら、もっとやばいんでしょ?」
 「あらまあ。じゃあちょっと見ましょうか。そっちのベッドに横になってね」
 「(がばっ)」
 「……スカートはめくらなくていいから」
 「あ、すみません、ここに座ると粉瘤の時の習慣が」
 「あ、これね。(ルーペで見ながら)ホクロがいつ出来たとか、いつ滲んだとか、わかる?」
 「子供の頃にはなかったことは確かなんだけど……でも、全然分かりません」
 「ま、そんなもんよね。はい、じゃあ、ザックリと取りましょう
 「ええっ、そんな簡単に」
 「だって、持ってたって仕方ないでしょう。それとも、何かの記念のホクロなの?」

 何なんだよ記念のホクロってのは。まあ、確かに持ってても仕方ないので、ホクロの周囲を大きめに切除して、それを病理検査に出すということになった。手術予定は18日。即ち、この日記を書いている今日である。

「見た感じ、そんな悪い顔のホクロじゃないから大丈夫よ。だいたい、日本人でホクロから癌になるケースってのは殆どないんだから。でも念のために検査しといた方が安心でしょ」

 事、ここに及ぶとさすがのあたしも「実はあたし、おフランスとのハーフなんざます」なんぞとギャグをかます気にもなれず、「日本人です日本人です、生粋の大分県人ですぅ」と言わずもがなのことを涙目になって懸命に主張。
 ということで、その切除手術が今日、行われたのである。全然たいしたことないオチャラケ日帰り手術(なんじゃそりゃ)なんだけど、足の裏を縫ったために、まともに歩けない、まっすぐ立つことすらおぼつかないワケだ。室内はキャスター付きの椅子で移動する始末。松葉杖、借りてくればよかった。
 足の裏を縫ってることを忘れ、ついいつものように立ち上がってしまい、そのまま蹲って10分泣く。しかし1時間後にはそのことを忘れ、同じことを繰り返し、蹲って10分泣く。それを何回も繰り返す。自分はセミよりバカだと気づく。

 さて、舞台はまだ、先週月曜日のM宮クリニックである。
 18日に切除手術をしましょう、ということになった。手術、という言葉にビビる大矢。実は、37年生きてきてこのかた「手術」などという大仰な経験をしたことがないのだ。
 過去に経験した最大のケガは、幼稚園の時、母親の運転する単車の荷台に座っていた時に、左足を後輪に巻き込んでしまい、そのまま地面に落ちて足を挟んだまま10メートル引きずられ、左足くるぶしの肉をグチャグチャにしてしまったという一件。<今気づいたが、こうやって書くと結構すさまじい体験である。その時は母親に「いやあ、気づかんかったわ、わっはっは」と笑い飛ばされて終わったのだが、今にして思えばトンデモナイ親だよな。
 で、その時ですら、「手術」はしなかったのだ。まあ、縫う皮膚も肉も残ってないんだから、しようがなかったのかもしれんが、包帯巻かれて終わりだったのだ。だいたい、オロナイン軟膏かアロエで全てのケガに対応していた時代である。呑気な時代だよなあ。そんなことはともかく。

 これまで盲腸の経験もないし、股ぐらの粉瘤だって切る前に自爆したし、膝の裏の粉瘤は膿を出すためにちょこっと切開しただけだし、ことほど左様に「手術」とは無縁の生活をしてきた大矢なのである。
 それがいきなり、「手術」である。実態よりも、「しゅじゅつ」という言葉の持つインパクトに圧倒される。しゅじゅつ。言いにくい。かなり言いにくい。先生に「手術ですか」と聞き返すときも、「しゅ、しゅじゅちゅでちゅか」と何故か幼児語になってしまうくらい言いにくい。更に言いにくいのがお好きな方は、「手術室は始終手術中」と3回繰り返して言ってみよう。なんか話がズレてますか。
 ところが。しゅじゅつ、という言葉だけでビビっているのに、そこに先生が出してきたものは。

手術同意書

 「せ、先生、これは……?」
 「あ、これね、ここに大矢さんの署名・捺印と、それからご家族の署名と捺印もお願いね」

 読んでみると、《手術内容》だの、使用麻酔の種類だの、手術後の治療予定だのが事細かに書かれている。
 患部は「左足底母斑」──へえ、ホクロのことを母斑って言うのか。
 使用麻酔は「キシロカインによる局所麻酔」──う〜ん、そんな名前出されても分からないぞ。
 手術内容は「麻酔をして、腫瘍を摘出」──んげっ、腫瘍? 腫瘍って何なの!
 挙げ句の果てに「摘出した腫瘍は検査に回し、場合によっては再手術の可能性があります」──んげえええっっ! 何なの、何なのこの一文はあ! 場合って何、場合って何なのよおおお!

 「ああ、気にしないで」

気にするって!

 だいたい同意書って、もしも何かあったときに責任の所在云々なんて話にならないように提出するのよね?<勘で言ってますが。前に膝の裏の粉瘤を切開したときや、親不知を抜いて歯茎を縫ったときには、そんな同意書は書かなかったし。こういう同意書を出すってことは、もしや、先生の言葉以上に深刻な状態なのでは……どきどき。

 「先生、あの、同意書を出すってことは、結構タイヘンな手術なんですか?」
 「そんなことないわよぉ、簡単だって。形式的なものだから、これ」

 よくミステリに出てくる、「ところであなたはその時間、どこにいらっしゃいました?」「どういう意味ですか、私が疑われてるんですか」「いえいえ、形式的な質問ですから」という会話が脳裏をよぎる。推理小説を読み始めて四半世紀、あたしは初めて、アリバイを聞かれる関係者の気持ちが分かった気がしたのであった。

 因みに、帰ってからなんとなく、手術同意書にあった言葉を広辞苑で引いてみた。<暇なのか。母斑、切除、腫瘍、摘出、縫合──「縫合」の隣には「膀胱」が載っていて、5分笑う。だから何なんだ。(中編に続く)


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