抜粋なまもの日記

2002年2月「B寝台で行こう」の巻


 明日、大分の実家で親戚の用事があるので、ダンナと二人で帰郷するべく寝台特急「富士」に乗り込む。いわゆるブルートレインだ。ホントは新幹線で帰って実家に一泊する予定だったのだが、鉄道好き(俗に《鉄》ちゃんと呼ばれる部類)のダンナのたっての願いで、10年ぶりに寝台特急に乗ったのである。

 名古屋発21:34。あたしの実家の最寄り駅である、大分・日豊本線の宇佐駅に到着するのは、翌朝8:40(と言っても、この最寄り駅からが更に遠いのだが)。乗車時間は実に11時間。アホか。飛行機なら1時間で着くっちゅーねん。おまけに帰りは特急+新幹線で乗車時間は5時間。名古屋市内の地下鉄も含めると乗車時間計17時間、翻って実家滞在時間は5時間
 おまけに出発から帰宅までちょうど24時間なのだ。日帰りにもほどがある。つまり、24時間のうち7割は電車に乗っているのだ。バカである。これをバカと言わずして何と言おうか。筋金入りのバカだ。

 ということで乗り込んだ寝台特急「富士」。一人用の個室を2部屋とってある。あたしは1階、ダンナは2階(下段・上段っていうのかな? でも個室なので1階2階の方が雰囲気が出てるのよ)の部屋なのだが、ドアを開けようとして手が止まる。
 ドアに、二つ折りにされた紙切れが挟まれているのだ。
 何かのメッセージなのだろうか? 同じ車両の客が、きっとこの部屋には女性が乗ってくるとあたりをつけて「おねえちゃん、×号室でいいことしない?」とか何とかナンパしてきてるんだろうか。それともこの車両で殺人事件が起こり、その被害者がダイイングメッセージとして残したのかもしれない。これを開けば犯人の名前が書いてあるのか、それともドアに白い紙を挟むということ自体が何かの暗号なのか?! 戸に白い紙……わかった! トガミ・シロウという人物が犯人だ! って誰だよそれ。
 ドキドキしながらドアを開ける。紙が床に落ちる。拾って広げる。うん、白紙だ。やはりトガミ・シロウか。とりあえず乗客の名簿が必要だ。そんなのあるのか。この寝台特急には十津川警部は乗ってないだろうか。
 と、妄想を逞しくしていたところにダンナが一言。

 「その紙なら、俺の部屋のドアにも挟まってるよ」
 「えっ、そっちにもトガミ・シロウのダイイングメッセージが?!」
 「違うよ、ドアを開けると紙が落ちるだろ。それを見て車掌が入室を確認するんだよ」

 ええええ、そんな小説みたいな真似を?! ドアに髪の毛を張るだの紙を挟むだのってのは、小説の中の私立探偵はよくやるが、実際にやってるのなんか初めて見たぞ。それも私立探偵でもスパイでもない、JRの職員がやってるなんて! ……っつ〜か、オンラインとまではいかなくても、在室灯か何か、もうちょっとハイテクな確認方法はないのかJR。あやうくトガミ・シロウ氏に殺人の疑いをかけてしまうところだったぞ。ってだから誰だよそれ。

 とりあえず、あたしの部屋にダンナも入って、持ち込んだビールやつまみを一緒に開ける。食事は乗車前に名駅で済ませているので、あとは酒盛りだ。ごく狭い部屋だが二人なら余裕で入れるし、ベッドはソファになるし、小さなテーブルもついていて、快適快適。禁煙車両じゃないし、換気ファンも灰皿もついているので、煙草も気兼ね無く吸える。これで二段・三段ベッドの開放B寝台と同じ値段だってんだから贅沢だ。うん、個室にしてよかった。
 つまみを開け、ビールを飲み、車窓から流れ行く風景を見ながら夫婦で酒盛り。駅を通過する度に「お、あの特急はボンネット型だ! まだあるんだぁ」だの「う〜ん、この角度だとヘッドマークが見えない」だのと《鉄》全開のダンナにはチト困ったものの、飛行機や新幹線ではここまでくつろげないワケで、いいじゃないかいいじゃないか。ところが、せっかくの団欒なのに、ダンナは11時には自室に戻って寝ると言い出した。

 「え〜、だって宇佐に着くのは8時40分だよ? 8時前に起きれば余裕でしょ。まだ早いよ」
 「いや、下関に着く前に起きなかん(名古屋弁:起きなくちゃいけない、の意)」
 「えーっ、下関なんてまだ7時前じゃん、どうしてそんな早起きするの」
 「オマエ知らんのか? 本州は直流で九州は交流だろうが!」

 ……はぁ? いきなり何を言い出したんだこの男は。あたしの脳裏には豆電球と乾電池が2個浮かんだが、あれは直列と並列か。

 「それに、関門トンネル内はまた別の錆止めされたヤツを使うんだよ」
 「……はぁ?」
 「だーかーらーッ! 下関と門司で、機関車を繋ぎ替えるのッ!」
 「……はぁ、そうですか。で、それがどうしたの?」
 「見なかんがや!」(名古屋弁:見なくちゃいけないだろ、の意)

 見なかんがや、と言われましても。《鉄》っちゃんの考えることっていったい……。《鉄》は熱いうちに打て、の言葉通り一発殴ってやろうかと思ったが、その時には既にダンナは自室へと消えていたのであった……。

 翌朝7:30。
 小倉に到着と同時に目覚めたあたしがぼーっと外の風景を見ているところに、喜色満面のダンナが入ってきた。

 「いや〜、見たよ。見てきたよぉ。列車内を2往復しちゃったよ〜」(にこにこ)
 「あっそ」
 「先頭車両で、かぶりつきで見てさ〜」(にこにこ)
 「あっそ」
 「5才くらいの男の子もいたんだよ〜。いや〜、あの子は見どころがあるね」(にこにこ)
 「あっそ」
 「隣のホームには《撮り鉄》(列車の写真を撮るのが好きな鉄道ファン)もいたよ〜」(にこにこ)

 何が不思議だって、これでダンナは「俺は《鉄》じゃないしマニアでもない」と力説するのだ。だったらどういうのが《鉄》なのだ。
 「だから俺は旧国鉄時代の車両が好きなだけなんだよ。……あ、あれは411形のクリーム塗装かな」
 それを《鉄》というのじゃないのか? 違うのか?

 里帰りの目的は上の妹の結婚披露宴だったのだが、実家滞在時間はわずかに5時間である。朝8:40に宇佐駅に着いたかと思うと、披露宴が終わるが早いか、もう午後2:23宇佐発の特急《白いにちりん》に乗り込むのだ。アホや。間違いなくアホや。
 《ソニックにちりん》にはもう何度も乗っていて、あのポップな車内はあたしも好きなのだけれど(透明な壁で囲まれたテーブル席なんかもあるんだよ)、《白いにちりん》は初めてである。あたしが初めてなのだから、ダンナももちろん初めてで、ホームに滑り込んできた車体を見て「うわぁい、芋虫型だあ」と手放しの喜びようだ。
 しかしこの《白いにちりん》、乗る価値はあるぞ。あたしは別に《鉄》ではないが、メチャクチャ快適なのだ。フローリングの床に、ゆったりした革張りの椅子。足を延ばすスペースも充分だし、ヘッドレストは高さも替えられる。大分を走る特急では、《湯布院の森》というのがとってもステキな車内装飾で快適なのだが、乗り心地だけならこの《白いにちりん》の方が上だ。新幹線のグリーン席より上だと思うぞ。
 (ダンナに言わせれば、あたしは《乗り鉄》なのだそうだ。絶対に認めないけどね)
 喫煙車両がたまたま先頭車両だったので、眼前にはまるで「電車でGO!」さながらの風景が広がる。「電車にGO!」だと自殺になってしまうが、これって確か前にも言ったネタだよな。

 「う〜、前に行きてえっ。運転席の横に座席を作って、10分300円とかで座らせたらいいのに」

 そんなことをいうダンナが《鉄》じゃない、なんて、いったい誰が信じると言うのか。

 一時間で小倉に到着。予約しておいた新幹線まで2時間の時間があったので、小倉の街は初めてというダンナを案内する。実はあたしは小倉にある大学に5年も(笑)通っていたのである。15年ぶりだあ。懐かしいなあ。駅前の風景なんか、当時とはまるで変わってるよ。
 魚町銀天街を抜け、旦過市場へ。よくレコードを買っていた(CDじゃないあたりが時代を感じさせるぜ)楽器店はそのまま残っているが、なぜか店頭でチャイナドレスを売っていた。靴を買うならここ、と決めていた靴屋もまだ残っていたが、こちらでもなぜか店頭でチャイナドレスを売っていた。何が起こっているのだ魚町銀天街。《商店街一斉チャイナドレスの日》か何かなのか?
 昔通い詰めた喫茶店や古本屋がなくなっていて淋しかったが、旦過市場のそばにはBOOK OFFができていた。もちろん事前にチェック済みで、ここへ向かったのも計画通りである。が、釣果は殆どナシ。角川文庫の「都筑道夫ひとり雑誌1」を拾えたのが救いかな。小倉だけに、松本清張や森鴎外の拾いモノがないかと思ったのだが、BOOK OFFでは叶うべくもない。
 辛うじて残っていた昔馴染みの喫茶店で、昔よく飲んだ「苺のフローズンヨーグルト」を注文し、昔通ったラーメン屋「めん吉」で生麺を買い、食べだしたら止まらなくなる「じじや」の鰯のスナックを買って新幹線へ。名古屋につき、市営地下鉄に乗り換え、S芝さんに車で迎えに来てもらって、ようやく夜10時前に帰り着いたのである。


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