抜粋なまもの日記

2004年7月「歯が痛い! 歯が痛い!」の巻


 巷間よく指摘されることだが、ヒマなときはヒマなのに、忙しいときに限って雑事が集中するものである。ちゃんと無理なくこなせるようにスケジュールを組んでいたつもりでも、予期せぬ事態が重なったりすることが、往々にしてあるよね。まさに先週からのあたしがそれで、どんな集中具合かというと

 (1) 仕事の〆切が、15日・20日・23日・26日・30日てなふうに詰まっている。
 (2) それなのに、16〜19日は末妹の結婚式で、3泊4日の帰省を余儀なくされた。
 (3) 現在は、あさって(23日)に控えた次の〆切に向かって驀進中だが
 (4) 明日(22日)は午前9時から午後4時まで別のバイト勤務があり、
 (5) おまけに明日の午後7時から、どうしてもはずせない親戚の用事が舞い込んだ。

 これだけでも「大丈夫なのか、あたし」と不安120%なのに、なんということか、今日になっていきなり


   歯が痛くなった。

 ひええええ。どう考えても、歯医者に行く時間なんかとれないよお。でも行かなければ、きっと更に事態は悪くなることであろう。狙い目は、明日の午後4時から7時までの3時間しかない。それまでウィダー・イン・ゼリーと鎮痛剤と氷でもたせなくては。ここが根性の見せどころ。でも根性で歯痛はなおりません。しくしく。

 こういうときには、逆にこの状況を楽しみましょう。歯が痛い→ものが食べられない→やせる! おお、それもまた良きかな。ただ問題は、前に歯痛と口内炎でまる4日間ウィダー・イン・ゼリーだけで過ごしたとき、やせるどころか体重が増えたということがあったのだった。いったい何故なのか、いまだに謎である。たとえゼリーでも、量を食えば太るのか。そうか。今度こそ、やせてみせるわ!(目に星)

 などと考えていたのも束の間。

 痛い痛い痛い痛い歯が痛い。痛みでほとんど眠れなかった夜が明けた。8時を回った時点で勤務先に電話し、欠勤する旨を告げてから、某医大のサイトで歯科医のローテーションを確認してスクーターを走らせる。2年前に治療したときと同じ箇所なので、同じ先生に見てもらうのが一番だもんね。

 2年前──日曜の夜というとんでもない時間に歯痛に襲われたあたしは、持てる人脈を駆使して某医大の口腔外科の先生を紹介してもらい、楽しい週末の夜を過ごしてらっしゃったI木先生に1時間半の施術をやらせたという過去を持つ。もう十年以上前に神経を殺した歯なので、いったい何が痛んでいるのかと問うたところ、「歯の根っこの深いところに膿が溜まって、骨を圧迫している」という話。おお、粉瘤持ちの膿体質のなせるワザだ。<いやな体質だなそれ。
 で、歯のかぶせ物をとって穴をあけ、膿を吸い出したり掻き出したりして代わりに薬を詰め、3ヶ月の通院でどうにか治療は終了したのであるが。「これ、歯自体もだいぶもろくなってきてるし、抜いちゃおうよ」と言われたんだけど、そこを何とかと頼み込んで、保存治療の限界に挑戦してもらった箇所なのである。この痛み、この感覚、同じ場所にまた膿が溜まっちゃったのかなあ……。

 前回お世話になったI木先生なら余計な説明せずとも状況を分かっていてくれるだろう、そう思ってたら。診察室に呼ばれたあたしは、まず、前はいなかった若い先生の問診を受けることに。え? I木先生じゃないの?
 あ、そうか、大学病院ってことはティーチング・ホスピタルなんだから、研修の材料にされるのであった。施術はI木先生が受け持つにしても、基本的なところはこのワカゾー先生にやらせているのであろう。なんか心細げで頼りなさそうではあるが、よしよし、おばちゃんがいろんなことを教えてあげるわよ。うふ。<泣きそうなくらい歯が痛いときに、何を考えているのか。

 ワカゾー先生の問診のあと、レントゲンで顔の下半分の写真を撮る。大学病院なので、レントゲンひとつ撮るために、わざわざ放射線科まで行くのだ。面倒くさい。今すぐどうにかして欲しいくらい歯が痛いのに、こんな悠長な。
 おまけに撮影時には、顔を固定するためであろうが、顔の両サイドに細い棒のようなものが突き出てて、その棒が耳の中に入ってくるのだ! 技師さんが手動で、耳の入り口を過ぎたあたりで棒をぴたりと停める。こここここ怖いっ。こんなの、ちょっと威勢のいい技師さんだったら、一気にブチッと行ってしまいそうじゃないかあ。
 その写真の歯茎部分に写ってる白いモヤモヤしたものは、きっとあたしの不満と恐怖感の固まりだ。

 そんなこんなの思いで写真を撮ったというのに、I木先生は一言、「わかんないなあ」っておい! 前回治療した箇所に、さほど大きな異常は見られないらしいのだ。ちょっと気になる部分もあるんだけど、いかんせん炎症がひどくて写真ではよくわからないらしい。

 「ということで、まずは痛みと炎症を抑えた上で、あらためて調べるなり開くなり抜くなりしましょう」
 「え、じゃあ今日は治療しないんですかあ?」
 「痛み止めと、炎症を抑える薬を出しておきますから、それ飲んで」
 「ええええ、痛み止め、きのうから飲んでるのに効かないんですけどぉ」
 「どれくらい痛いの?」
 「人目がなかったら泣いちゃうくらい」(きっぱり)
 「わかりました。通常の鎮痛薬も市販のよりは強いし、それとは別のも出しますから」
 「それでとりあえずは、痛みは引きます?」
 「大丈夫だと思いますよ。痛みには一番よく効くから。坐薬は。

 坐薬! 生まれて初めての、坐薬!

 結局、待たされてレントゲンとって先生と話して計2時間、その間、まったく痛みは消えず。それでも「坐薬」という響きにちょっとトキメキながら、会計を済ませ、薬局で薬を貰う。ソッコーで病院内の喫茶店に入る。今すぐにでもケツの穴に坐薬を突っ込みたくてしょうがないが、さすがに初体験の坐薬をその場で試す勇気はない。まずは、頓服の方──坐薬じゃなくて、経口の鎮痛剤をばりばりとむさぼり食う。
 しばらく休んでからスクーターで帰宅したのだが、えらいもので、40分もするとあれだけ痛かったのが、ちょっと楽になってきたよ。ひたすらズキズキズキズキしてたのが、脈拍に逢わせてズキン、ズキン、くらいに落ち着いたのだ。たいしたもんだなあ、薬って。

 しかしこのあと、定期的に痛みは襲ってくるし、顔の形が変わるくらい腫れ上がるし、仕事なんかできようはずもない。痛む右頬を抑えながらも親戚の用事を済ませ、ダンナの夕食は外食で済ませてもらい、家に帰ってきたのが午後9時過ぎ。夕方飲んだ鎮痛剤の効果も切れ、また痛みがぶり返してきた。おまけに親戚から「んまあ! どうしたの腫れちゃって!」と驚かれるくらい、右頬が腫れてきたのだ。そりゃもう、顔の右半分だけ朝青龍よ。
 なので、ここは気合い一発、初めての坐薬体験に挑戦だ。冷蔵庫から坐薬を出し(坐薬は冷蔵庫に保管するなんて、初めて知ったよ!)説明書を斜め読みしたのち、エイヤっとばかりに挿入。
 実は前に坐薬体験をした黒田から「うまく入らないんだよお、けっこう難しいよお」と聞いていたので、ちょっと心配だったのだが、なぁんだ、何の問題もないじゃないか。スルっと入って、ちゃんと収まるべきところに一発で収まったよ。考えてみれば、こんなの、タンポンに比べればぜんぜんたいしたことないサイズだもんな。<場所は違うけど。<こらこら。第一、入れる場所がケツの穴なんだから、ウンコより細いものなら当然、楽に入って然るべきなのだ。
 これをうまく入れられなかったという黒田って、つまるところ、ケツの穴の小せえ男ってことだよな。

 しかしその坐薬が効いたかというと……確かにそれから4時間くらいは楽だったんだけどさ。夜中の2時過ぎに激痛に目が覚めたよ(泣)。経口の鎮痛剤を飲んで、泣きながら眠る。

 そして翌朝。
 目覚めると、痛みはだいぶ軽減されていた。まだ痛むけど、ズキズキではなくシクシク程度。これなら出勤できそう。ただ、問題は、顔の右半分がどえりゃあ腫れてるってことだ。
 これまでの経験から、顔が腫れれば痛みは治まる(行き場のなかった膿が骨を圧迫してたんだから、腫れるということは皮膚の下に膿が流れ出てくれたってことだものね)だろうと推測。シクシクするので鎮痛薬は飲んだものの、出勤を決意。そうそう休んでもいられないし。
 出勤したら、同僚の皆さんから「大丈夫? もう痛みは消えた?」と労りのお言葉が。嬉しいなあ。

 「痛みはだいぶ引いたんですけど、ほら、頬がこんなに腫れちゃって」
 「うわあ、ほんとだ! ぷっくりしてる! ちょっと触ってみていい?」
 「うん、でも痛いからそっとね」
 「じゃあ、ちょっと失礼して……(おずおず)」

  そっちは腫れてない方の頬だよ!

 どゆこと? ねえ、どゆこと? それってあたしが単なる顔デブってことなの?(号泣)

 4日後。

 歯痛へのお見舞いメール、どうもありがとうございました。おかげさまで痛みも腫れも引き、大抵のものはバリバリと食えるくらいに快復いたしました。仕事もしてます。ええ、してますわよ!<誰に言ってるのか。
 でもって今日は歯科へ行く日。主治医のI木先生と治療方針について色々話す。「もともと根っこしか残ってない歯に、無理に土台を作って被せてあるんだから、もう歯自体は無いも同然なんだよね。いっそのこと抜いちゃった方が確実だよ」という先生。  

「抜いちゃえば治ります。根治します。歯の痕跡をとどめたままの状態だと、手も器具も届かないところに黴菌が住んでるわけ。普段は自然に持ってる免疫力や治癒力で抑えられてるんだけど、極端に疲れたり体力が落ちたり雑菌が入ったりすると黴菌が元気になって、膿んだり痛んだりするんだよね。だから、その巣を完全に治療しない限りは、何度でも再発します。で、直接治療するには抜くしかない、と」

  ああ、そのセリフは粉瘤のときとまったく同じ!

 つまるところ、あたしゃそういう体質だってことなのね。なんてイヤな体質なの。そういえば木曜日に貰った薬も、粉瘤のときに皮膚科で貰ったのと(坐薬を除いて)まったく同じだったよ。うわあ。
 えーっと、粉瘤については、過去日記に何度も書いてるので古い読者はご存知でしょうが、抜粋日記「粉瘤な日々」五部作をお読み頂ければ大凡のところは分かるんじゃないかと。

 つまるところ、これまで膝の裏(切開済み)と股ぐら(いまだ保持)に出来てた粉瘤が、歯茎の内側にあるってのと一緒ってことなのか。そうなのか。
 ここで思い出したのが、新井素子のエッセイ集「もとちゃんの痛い話」である。この本は2部に分かれていて、1部では彼女の《粉瘤闘病記》(あたしなんかとは比べモノにならない超弩級の粉瘤体験)が、そして2部では《歯痛》体験が書かれているのだが──この2部の《歯痛》で書かれている状況が、今回のあたしの状況と寸分違わず同じなのだ! 根っこしか残ってない歯の、その更に奥に膿が溜まって云々という……きゃあ。
 思わず、新井素子さんに一方的な親近感を抱く。どこの誰だかも知らない一主婦に親近感を抱かれても先方は迷惑だろうが、それでも抱くぞ親近感。ええ、抱きますとも! 今のあたしなら「星に行く船」シリーズの続編が書けるんじゃないかしら。<絶対書けません。

 でもって、新井素子さんは医者の薦めに従って、抜いたんだよね。おまけに、読者に向かって「抜いた方がいいと言われたら、抜きましょう」ってなことまでアドバイスしてくださってる。う〜ん、ここまで体質の似た人がそう言ってるんだから、それはおそらくあたしにも当てはまるのであろう。あろう、が……。
 あたしには、ここでスンナリ「はい、じゃあ抜きます」とは言えない理由があった。
 なんとなれば、その隣の歯も昔いろいろあって、もう10年以上も前に抜いてるのだ。ってことは、今回抜歯するとなると、2本分の隙間ができるわけで──先生曰く「部分入れ歯になるでしょうね」ってことなのよ! きゃあ。
 部分入れ歯。
 なんかさ、コンタクトレンズみたいなもんだとは思っても、まだ(かろうじて)三十代の身で、入れ歯って単語はあまりにインパクトが大きいじゃありませんか。抵抗がある。すっごく抵抗があるぞお。

 「ほ、他に手はないんですか?!(涙目)」
 「ないこともないよ。今はね、インプラント、という技術があります」
 「いんぷらんと?」
 「簡単に言えば、歯茎の中にネジを埋め込むわけ」
 「その方法なら、入れ歯にしなくてもいいんですね? それ、それやりましょう!」

 「1本が30万円するけどね。それを2本分」

 「……やめます」
 「ちなみに、部分入れ歯なら数千円。前後の治療費を入れても、せいぜい1万円ってとこかな」
 「やすっ!」
 「あとは、前回と同じく、できる範囲で膿を出して黴菌を退治して薬を入れて、今のままの状態を保つ」
 「あ、それでも良いんですか?」
 「うん、だけど再発の可能性はかなり高い。ってゆ〜か、確実に再発する。絶対再発する」
 「そんな畳みかけるように言わなくても……」
 「あとはね……今の歯の根っこは4本の土台を入れてるんだけど、歯を割って、そのうち1本か2本を取る」
 「え?」
 「1本か2本とれば、抜いたのと同じような治療が可能になるから、根治に近い効果があります」
 「おお!(目に星)」
 「で、また歯を作って被せて、今の歯を保存するという方法」
 「あ、それ、いいじゃないですか! 抜くのと同じ治療ができるんでしょう?」
 「だけど、歯を分割するわけだから、予後はかなり歯が弱くなるんだよね。ずっともつワケじゃない」
 「う〜〜〜〜みゅ」
 「どれがいい? 僕はどれでもいいよ(にこにこ)」

 にこにこってアンタ……。結局、「入れ歯」という単語におののいた大矢の下した結論は

 1 とりあえず、現状保持。先生には保存治療の限界に挑戦して戴く。
 2 治療の状況を見て、「土台を1〜2本取って、抜いたのと同じ効果がある治療」を目指す。
 3 それで、この次に再発したら、あきらめて抜く。
 4 できたら、再発するまでの間に、抜かずに根治できるような医療技術の発達を祈る。
 5 あるいは、再発するまでの間に、インプラントがもっと安価になるよう祈る。
 6 あるいは、再発するまでの間に、60万円の札束で先生の頬を叩けるくらい儲ける。(仕事下さい)

 あたしってもしかしてかなり楽観的ですかそうですか。でもね、「3」を決意しただけでもスゴいと思わん? まあ結局のところ、いつかは部分入れ歯ってことになるのかなあ。おしゃれな部分入れ歯があったら、考えてみても良いんだけどなあ。王家の紋章が入ってるとか、通信機になってるとか、ビジネス用と遊び用でつけかえるとかさっ。<どんなんや。
 なまもの読者に、部分入れ歯ユーザーがいらっしゃったら、いろいろお話を伺いたいところではある。

 えーっと、どうしてこんな、病気の治療法なんていうプライベートなことを日記に書いてるかというと、あたしが「もとちゃんの痛い話」を読んだとき、かなり参考になったのよ。もちろん、医療については素人なんだけど、それでも「同じ体験をした人の話」ってのは、情報価値がすごく高いなあと感じたわけ。トモダチがいる(勝手にトモダチにしないように)っていう気分にもなれるしね。
 なので、同じ膿体質(イヤな体質だなあ)の人がもしも歯痛になったとき、あたしの体験談がちょっとでも役立てば良いなあと思ったわけです。「虫歯かと思ってたけど、これか!」「え、このオデキって、もしかして粉瘤なのかな」と気づくキッカケになれば良いかな、と。たとえそれが素人診断でハズれていたとしても、病院にいく後押しにはなるでしょ?
 ということで、全国の膿友だち(うわあ、イヤだろそんな友だち)の皆さん、膿に負けずに頑張ろうね!

 ──と、ここまでの日記を書いた、その翌日。
 「部分入れ歯ユーザだよ〜ん」というメールを幾つか戴いたのさ。中にはすごく身近な人もいて驚いてるところ。

 「入れ歯という響きが気になるのでしたら、義歯という表現は如何? 義歯倭人伝とか。壬生義歯伝とか」
 「義歯を義姉と誤変換すれば、口のなかにココロのオネエサマが住んでるようでメルヘン」
 「奥歯に加速装置をつけて、カチっと噛んでスピードアップするヒーローもいましたし」

 君たち君たち、あたし別にこの件でギャグは欲してないから。ね?
 ただ、最後のやつは「あ、それ知ってる、懐かしいなあ、999だよね」と思い、何か違うと気づくまでに20秒くらいかかった。まあ、999にも加速装置はついてそうな気はするよな。
 とまれ、どう転ぶかはI木先生の腕と根気にかかっているのであった。がんばれI木先生、あたしがついてるぞ!<他人事か。


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