【00.2.5.Sat】
地下鉄の中、近くに座っていた高校生くらいの女の子二人。一人が文庫本を開いていた。どこにでもある風景だ。が、いきなりその子が、隣の子に向かってこう言った。
「ねえ、キョコンって何?」
視線が音を持っているということを実感。その時、周囲の視線がザッと音を立てて彼女に集中したのである。昼間っから何を言ってるんだコイツはという視線だ。しかし当人達はその視線に気付かない。平気で話を続ける。
「ほら、ここ。《私は兄のキョコンを見たことがない》って書いてる」
うわあああ、やめてくれ。ガングロでも茶髪でもない、普通の愛らしい女子高生なのに。正面のおじさんがすげー顔をしてるのに気付かないのか。彼がいきなり「ほーら、これがキョコンだよ」とズボンを降ろしたらどうするつもりだ。
と、その時。隣の女の子が文庫本を覗き込んで、こう言ったのだ。
「キョは許すって字だし、コンは結婚の婚だから、何か結婚に関係した言葉だよ」
……それは、いいなずけだーーーーーっっっっ!!!!
「大矢さんて、パフィーの真ん中の人に似てるって言われませんか?」
えっと……。
「海の中で卵が孵って小さい魚がいっぱい生まれて、それがだんだん沈んでいって、海底についた時に、身体のどっち側を下にして着地したかで、カレイになるかヒラメになるか決まるんじゃ」
がーーーーん。それでは、あたしが「カレイの偽物」としか思っていなかったヒラメと、魚の王者だと信じていたカレイ様とは、もとは同じものなのだったのか。単に、生まれた直後に右を向いたか左を向いたかで、一生が決まってしまうのか。何ということだ。あたしはヒラメになんて辛くあたってしまったんだろう。ヒラメには何の落ち度もないのに。ただ、ちょっと左を向いてしまっただけなのに。
──ええ、ええ、信じてましたとも。23歳まで。大法螺を吹きゃぁがった母親は、自分がそんな話をしたこと自体、キレイさっぱり忘れてたようだが。あたしは忘れねーぞ。
【※2000年当時、松坂大輔が出演するANAのCMで、飛行機内にて客室乗務員が「お客様の中で150km/h以上の球を投げられる方はいらっしゃいませんか?」と訊ね歩き、それに松坂が「調子が良ければ」と手を挙げる、というものがあったのです。今(2006年)にして思えば、何を言わんがためのCMだったかまったく記憶に無いけどな】
「横隔膜って、目じゃないの?」
「……は?」
「……は?」
「……は?」
「……は?」
「だって、角膜って、目でしょ」
「……」
「……」
「……」
「……ぷぷっ」
ぶわっはっはっはっ\(^o^)/。もう、マンションを揺るがすような大爆笑である。角膜と横隔膜は、そりゃどっちもカクマクって言うけど別モンだよっ。ほんなら何かい、あんたは眼球が痙攣してシャックリ起こすんかい。そのシャックリは口から出るのか目から出るのかどっちなんだ。
義弟、なかなかイキなキャラである。「これ、日記に書くの?」はい、書きますとも。
「そんな筈はねえ。あんたは騙されちょる」
「は?」
「カナダには鮭はおらん」
「え──いや、そんなことないよ。カナダは鮭の本場だよ」
「いいや、鮭は日本にしかおらん。その証拠に」
「その証拠に?」
「鮭は日本語ぢゃ」
この言い分を論破できなかったのは、あたしのせいじゃないわッ。ええ、絶対に。
ぶっころりぃ?……どわっはっはっはっ!
帰ってから広告を見たが、やはりブッコロリーなる特売品はなかった。ブロッコリーならあったけどね。誰か気付けよ>店の人。
ここで大事なことは、セールスレディは一度も、商品名も使用目的も説明しなかったということだ。それが常道なのか、あるいは「知ってる筈」という思いこみかは分からない。だからあたしは、それが何なのか分からないまま、バナナがいかに静かで且つ効果的な動きをするかという説明を、ずっと聞いていたのである。そして、そのバナナの動きを見た途端、あたしは閃いたのだ!
なぁんだ、そうだったのか。やっと分かった。折しも、その前日に生まれて初めて手製のケーキに挑戦し、みごと手製のフリスビーを作ってしまった大矢(当時は旧姓)だったので、まさに電気泡立て器というのは福音であった。いきなり身を乗り出す大矢(当時は旧姓──しつこい)。
「これ、もう少し大きな動きにはならないんですか」
「ええ、でも、3段階に調節できますし、小刻みな動きの方が、効果的なんですよ」
(へぇ、そうなのか。昨日はペーストを力任せにかき混ぜたから失敗したのかな)
「これ、電池で動くんですよね。水洗いしても大丈夫ですか?」
「水洗いは……清潔さを保つようにコートしてますから、使用後は拭くだけでいいですよ」
(おお、それは便利。昨日は泡立て器の中にペーストがこびりついて、洗うの大変だったもんな)
「やっぱり、手でやるよりも楽ですか?」
「はい、それはもう!」
「おいくらですか?」
「ありがとうございます。バナナが16,800円、キュウリが18,000円です」
高!
一人暮らしを始めたばかりの貧乏学生に手が出る値段ではなかった。電気泡立て器がそんなに高価なものだったとは。「すみません、ちょっとその値段では……」と恐縮するあたしに、セールスレディは「そうですか? ではカタログを差し上げますから、お入り用になりましたらいつでもご連絡下さいね」と言って、毒々しい彩色がほどこされた薄いカタログを置いて、帰っていった。
10分後……カタログを見て、電気泡立て器だと思っていたものの正体が分かったあたしは、同じフロアの下宿人全部が慌てて部屋から飛び出してくるほどの、大きな悲鳴をあげたのだった。でも、ちゃんと問答が成り立ってたのが、すごいと思いません?
……そんな、3人で一斉につっこまんでも(涙)。
「(会津に行きたいけど暇がないので)ダンナが死んでから、保険金で会津旅行してやるッ」
それに対するF原さんの返事。
「近い将来に実現するといいですね」
おいおい、それって──。
「大矢さん、もう二千円札は見ました?」
「いえ、まだなんですよ」
「あたしもまだなんですよ〜。欲しくて、わざわざ買い物に行ったんですけどね」
「あ、お釣りで貰おうと思って?」
「そうそう。だから、4千円ちょっとの買い物して、1万円札を出したんですよ」
「ふんふん」
「そしたら、お釣りが5千円札で来ちゃった」
「……普通、そうでしょうね」
「でも、早く実物を見たいなあ」
「少ししたら、普通に出回るようになりますよ」
「でも、早く見てみたくありません? 沖縄の凱旋門」
……美容師さん、どれだけ二千円札が出回っても、それは無理だ。
「♪ま〜さかり、か〜ついだ、きんたまお〜」
おいおい、誰が教えたんだよ。
「♪マ〜マに、ま〜たがり、お〜うまのケイコ」
またがるなっ!
「♪どんどんひゃらら、どんひゃらら」
歌が変わってる歌がっ!
ツッコミたくて仕方なかったが、ぐっと堪える大矢であった。しかし側で見ていた母親は、ムスコを止めるでもなく正しい歌を教えるでもなく、美味しそうにお茶を飲んでいるのだ。小さなことには拘らない教育方針なのか? ちょっとは拘った方がいいような気もするぞ。
と書いた──つもりだった、のだ。返事が遅れたお詫びの気持ちを表した筈だったのだ。それなのに。送ったあとで読み返してみると、14通ものメールでこのようになっていた。
あたしって、ものすごく高飛車ですかもしかして。こんな高飛車なメールを受け取って戸惑ったことでしょう>14名様。ああ、ごめんなさいごめんなさい。どうかそのような無礼なメールはウチ捨ててやって下さい。単なる変換ミスなんだけど、まったく申し分ない、いや、申し訳ないミスである。どっかから電波がゆんゆん飛んで来たとしか思えない。ゆんゆん。
「オーストラリアには、白人とアボリ人がいるって、オマエ知ってた?」
……いいえ知りませんでしたアボリ人てのは。アボリジニなら知ってるけどさ。
「アルカリ乾電池しかないんだけど」
「別にいいんじゃない?」
「でも、普通の電池よりアルカリ乾電池の方が、時計が速く進むでしょ?」
……そ、そんなに笑わなくても(;_;)。何となくそんな感じがするじゃないかッ。
じゃあ、あたしがダンナやS芝さんから教えられた、コンピュータ伯爵ってのは、嘘だったの? ねぇ、嘘だったのッ?!