J子の話である。あたしの旧友にして、昔は若さゆえあらぬ方向に全力疾走していたバリバリのヤンキーだったのが、今や二枚目の一流会社員をダンナに持ち二人の女の子の母親になってしまった、あのハイパーヤンキー主婦・J子からの電話である。忘れてしまった皆さんは、ちゃんと「J子襲来! 夏休み編」や、「J子襲来! 冬休み編」を読んで予習して来ましたね?
8月31日、午後4時半。夏休み最後の日の夕方になって、その電話はかかってきた。
「オス」
「ジャジャジャジャジャジャジャJ子ッ!」
「なにビビってんだよオマエ。ブッとばすぞコラ」
「い、いえいえ、そんなビビってなんか」
「まあいいや、M瑠(彼女の次女:夜露死苦と同程度の当て字)の宿題なんだけど」
「──はぁ?」
「なんだよその気ぃ抜けた返事は。文句あんのかコラ」
「だって夏休み、今日までじゃん! こんなギリギリになって、そんなこと言われても」
「あん?」
「……なんでもありません」
「だいじょうぶだぁって。何とかなるから」
「何とかするのは誰なんでしょう?」
「あん?」
「……なんでもありません」
「自由研究か工作あたりで、なんかビシっとしたヤツ教えてくれ」
「そんな、あと数時間しかないのに──どうしてもっと早く電話してこなかったのよ」
「……」
「……もしもし? J子?」
「……んだとぉ?」
「ひ、ひえええっ、いえ、ですからね、もう数日早くお電話を頂ければと」
「てめえ、去年の工作のこと忘れたのかよッ」
「えーっと、去年の工作というと、「J子襲来! 夏休み編」参照のこと」
「何の話だ?」
「いえ、こちらの話。去年の工作って、覚えてるよ勿論」
「てめえ、イモ判っつっただろ」
「そうそう、それでM瑠ちゃんが餃子を彫ったって」
「始業式にゃイモがしなびたんだョ!」
「……(あいたたたたた)」
「だーらわざわざ今日にしてやったんじゃねえか。ありがたく思え」
「それはありがとう──って、どうしてあたしがお礼言うの!」
「自由研究でも工作でもいいからヨ、ビシッとして派手で賢そうなやつ見繕ってくれ」
「具体的にはどんなものを?」
「一時間で出来て、一時間で作ったようには見えねえようなヤツ」
「アンタは今、特殊法人全廃よりも難しいことを言っているという自覚はあるのかッ?!」
「あん?」
「……なんでもありません」
「なんか、ちゃっちゃっと出来るヤツ、頼まぁ」
「頼まぁって……本屋に行けば工作キットみたいなのを売ってると思うけど」
「例えばどんな?」
「あたしが丸善で見たのはねえ、ラジオとか、紙コップで蓄音機作るとかの類」
「そういうハカセみたいなのはダメだ」
「……ハ、ハカセ、って……アンタ、自分で仕組みが分からないからイヤなだけでしょ」
「もちっと何かあるだろうがヨ、ほら、うちのM瑠に似合ったお嬢様っぽいヤツがヨ」
「どこの世界に、母親の旧友に向かってクソババァなんて言うお嬢様がいるのよッ」
「るせえッ。ピアノやってんだからお嬢様なんだヨッ。醸造教育っつんだヨ!」
「それを言うなら、情操教育! 醸造ってのは酒を作ること!──あ」
「あん?」
「うん、いけるかも。あのさ、子供の頃にコップに水入れてドレミファソラシド作ったでしょ」
「あぁ? 何だソレ」
「やんなかった? コップに入れる水の量を少しずつ変えて、コップの縁を叩いて音階出すヤツ」
「ビニール袋に入れるシンナーの量を少しずつ変えたみたいなもんか?」
「大きく違います。 まぁいいや、で、水を入れると持ち運びがタイヘンでしょ?」
「よく分かんねえけど」
「今から分かるから。J子んちってさ、空き瓶、たくさんある?」
「おお、小さな族なら潰せるくらいあるぞ」
「潰さなくていいから。あのね、細い瓶口に横から息を吹きかけると、笛みたいな音が出るのよ」
「ちょっと待て、持って来るから(パタパタパタ)……カティサークとビール瓶持ってきた」
「横から、瓶口の上を息が通り過ぎるような感じで吹いてみて」
「ぶおぉぉぉ──おおっ!」
「いろんな瓶を片っ端から吹いてみて、ドレミファソラシドに合うやつを選んで並べるのよ」
「ふんふん」
「で、音符を書いたシールを瓶に張って、キレイな箱に並べると、楽器になるでしょ」
「なぁるほどなあ」
「これなら、とりあえず空き瓶を片っ端から吹きまくるだけで準備できるし」
「よしっ、わかった! やってみるぜ!」
われながらなかなかいいアイディアだと思い、悦に入って電話を切る。去年は確か、この一時間後に再度電話が入り、イモ判を山芋で彫ったら死ぬほど痒いって怒鳴られたんだよなぁ──と思い出しつつ、夕食の支度をする(お忘れかもしれませんが、これは8/31の出来事です)。
一時間後、電話が鳴った。──え?
「醤油と焼酎が並んで、死ぬほどクセェぞ!」