じゃじゃ本ならし


あほらし屋の鐘が鳴る・斎藤美奈子(朝日新聞社)

 うわっはっはっは。大笑いである。この批評眼はさすがだ。「PINK」「Uno!」そして朝日新聞に掲載されたエッセイをまとめたもの。特に「Uno!」に掲載された「女性誌探検隊」は大爆笑。他社の雑誌をこうまでぶったぎって、何も問題にならなかったのだろうかと心配してしまう。まぁ、書いてることは非常に正鵠を射てるから、これに対して文句を言う方が虚しくなるのかもしれんが。
 秀逸なのは「an・an」が長女なら「non-no」が次女というくだり。一番年上でセンスもよくて東京に出ていった長女が、次女に向かって「あんたは高校出たら地元で就職しなさい」と言われ、特に疑問も持たずにその通りにした人のいい妹に見えるといったあたりなんか、もう大笑いよ。モロにそうだもんなあ。で、結局はその次女の方が幸せな一生を送ったりするんだよな。
 「女性誌探検隊」以外のところは、流行しているものや有名人の言葉なんかを俎上にあげて、「なにゴチャゴチャ言うとんねん」とつっこんでいくという手法。こういうのは、なまじ遠慮すると面白くなく、敵を作る覚悟でぶち上げた方が笑えるんだけど、それにしても容赦ない。I原S太郎を敵に回して文筆業をやっていけるのか、こっちが心配になってしまう。でも、一つの事象にたいして多くの人が疑いもなく受け入れた時、「ちょっと待て」と言える人ってのは大事だよね。反感を持つ人も当然いるだろうけれど、多分それすら恐れてはいないんだろうなという小気味いいエッセイ集。 (00.2.9)   

錆びる心・桐野夏生(集英社)

 著者初の短編集。「OUT」「やわらかな頬」のような硬質の犯罪小説とは一線を画した、どちらかと言えば静かな物語が多い。
【虫卵の配列】恋愛話を語り合う二人の女性と、その裏に隠された真相。「ちょっとイっちゃってる困ったちゃん」を桐野夏生が描くとこうなる。生臭くないのがいい。
【羊歯の庭】不倫ロマンスぽいが、最後に背負い投げを喰らう。結局、恋愛に関しては男の方が無駄にロマンチストってことか。
【ジェイソン】どう考えてもこれはコメディだぞ(笑)。
【月下の楽園】非常に映像的な作品。何だか草の匂いがけぶるような力のある作品。
【ネオン】「仁義無き戦い」マニアがヤクザの門を叩いた。コメディっぽくもあるんだけど、ジェネレーションギャップをちょっと変わった視点から描いた作品とも言える。
【錆びる心】イチオシ!家を出た妻の話なんだけども、結局「どこかで繋がっていたかった」という点に集約される。実はとても普遍性があるテーマ。共感できる人も多いだろうし、自分では気付かなかった心理を教えられた人も多いのでは。
(00.2.10)   

B面の夏・黛まどか(角川文庫)

 角川俳句賞奨励賞をとった句集。今から10年以上前になるが、俵万智が「サラダ記念日」をひっさげて出てきた時に受けたショックと同じ気持ちを、この句集で味わった。間違いなく、俳句に一つの新しい流れを作った句集だ。
 後書きを読むと、これがかなり個人的な出来事に基づいた心情を吐露したものであることが分かる。しかし、正直他人には関わりがないはずのその手の心情を、うざったくなく、必要以上に生臭くもなく、しかし切なさと共感を抱かせる程度にはリアルに17文字に纏めるというのは、これはもう想像以上に難しいことではないだろうか。
 詩歌というものは、個人的心情をぎりぎりまで凝縮させたところにある普遍性を追求するものだと思う。本来、相反するはずの「個人」と「普遍」は、ある一点で融合する。それが読者の「共感」となる。そこに失敗したものは、単なる鬱陶しい自己満足でしかない。
 夕焼けの中に脱ぐもの透きとほる
 この句を読むとき、読者は映像とともに自らの「脱ぐもの透きとほ」った経験を思い出すだろう。それは決して色っぽいだけの経験ではないかもしれない。作者の「透きとほる」とあなたの「透きとほる」は別物だろう。しかし、作者が「透きとほる」と表現してくれた事によって、あなたもあなた自身のその瞬間を「透きとほ」っていた、と映像として思い出すことができるのだ。「透きとほ」った先に見えるシルエットが何なのか──句とは、作者にとってだけではなく、読者にとっても思い出の写真になりうるのだ。
 彼女の句を「いい」と思う理由はもう一つあって、それは、今風の語彙と旧仮名遣いの共存である。彼女がどういうポリシーを持ってそういう手段を選んだのかは分からないが、素人でも感じとれるような「雰囲気」を産んでいることは確かだ。 (00.2.10)      

殺人喜劇の13人・芦辺拓(講談社文庫)

 いやもう、前半は読むのが苦痛だったあ(笑)。語り手(書き手か)の十沼クンの文体がもう読みにくくて読みにくくて……あ、芦辺氏の文が読みにくいんじゃないのよ。登場人物の文が読みにくいの。もう、「幻影城を読んで探偵小説作家を目指してますッ」という若者のリキ入りまくりの文体。つまりは、「キャラに合ってる」ってことなんだろうけども、それにしても読みにくかった。軽妙で面白し、大人数もちゃんと書き分けてるんだけど、どうももってまわったレトリックが「一読では理解しにくい」部分があって……。
 ところがところが。後半になるともう、一気呵成。ドラスチックな展開に思わず引き込まれた。あの読みにくかった文章がこうなるのか! これは──美しいぞ。うーん、計算だったんだなぁ。ああそうか、ああなるほど、うげぇ、うわあ──唸りっぱなしである。動機に関しては普通ならアンフェアと言われるところだけど、冒頭に「断章」を上げるという試みも効いてて、全てが治まるべきところに治まる快感がある。うーん、爽快! 小手先のこねくり回しってイメージを持ってたんだけど、(失礼)緻密に計算されてるミステリだ。好みが分かれる作品かもしれないが、あたしは好きだな。
 ただ一箇所疑問なのは、風呂場での事件だな。犯人はその頃、××から××された直後だよね? 普通、その状況下では××の××もついてるだろうし、あんまり自由に動き回れないと思うんだけど……。 (00.2.13)      

見返り美人を消せ・石井竜生、井原まなみ(角川文庫)

 第6回横溝正史賞受賞作。マンションのベランダから落ちた植木鉢が通行人を直撃、死なせてしまった。植木鉢の持ち主の女性は、昨夜泊めた行きずりの男ともみ合っている内に落ちたというが、その男は姿を消しており──。
 刑事が丹念に捜査していくといったタイプのミステリ。地味になりがちな素材を「切手」という小道具をとても巧く使って、魅力的に仕上げてある。切手ってのは、一度は体験するコレクターズアイテムらしいけど(あたしは蒐集の趣味がないのでよく分からないが、男性には多いらしい)、こんなに奧が深いものだとは思わなかった。門外漢にも理解できるように、切手の魅力や裏側を説明してくれれて、戸惑わずに読めたし。こういうのって、「たかが切手の、どこがそんなに問題なの?」という素人の疑問をまず解いてくれないと、登場人物に感情移入できないもんね。そこが巧い。章題に切手の名前を使ったり、「切手言葉」で遊んでみせたり、刑事が「中途半端な切手ファン」だったりして、素人に優しい、それでいてわざとらしくなく切手の世界へ誘ってくれる。一部の好事家を相手にするのではなく、広く読んで欲しいなら、これ、大事。
 肝心の真相の方は、読者よりも物語が先手先手を打つから、その形跡を後追いするという読み方になる。読者が推理を楽しむ余地は、ちょっと少ないかな。犯人のエキセントリックな思考も、この物語の発表当時ならいざしらず、平成の世になってみるとちょっと若い人には理解しにくいかも。でも、そのあたりも決して物語の魅力を削ぐものではないと思うけど。 (00.2.17)      

催眠──hypnosis・松岡圭祐(小学館文庫)

 似非催眠術市の実相寺は、妙な女と出会う。反応が鈍いと思ったらいきなり「自分は宇宙人だ」と言い出したり、別の名前を名乗ったり。気味が悪いとは思ったものの、彼女は異様に勘がよかったので、商売になると踏んで売り出した。すると──。
 面白いっ! 映画を見た友人からは「管野美穂が怖かった」としか聞いてなかったのだが、それがかえって先入観ナシで読めてよかったのかもしれない。とにかく、この女性が於かれている立場、何とか救おうとするカウンセリング心理センターの嵯峨。途中途中に入る上司のプライベートや、別のクライアントの物語が五月蝿いなぁと思ったのだが、それらがすべて一つのところに集約された時の感動。あ、これは、たとえばミステリ的に全部繋がってたという意味ではなく、それぞれの問題が全て同じテーマ、同じ主題の下にあるという意味ですので、誤解のないように。
 ホラーだと思って読んだのだが、これは立派な社会派であり、ヒューマンドラマだ。「精神病」という表現が誘発する誤解や差別、誤った認識が招く悲劇、無自覚という名前の罪──嵯峨が「緑色の猿」の章でぶった演説が、著者の最も言いたいことだったのではないだろうか。
 これは、お勧めだ。映画ではホラーが前面に出ているらしいので、別物として読んだ方がいいのかもしれない。それにしても、管野美穂が演じたって聞いたから、由香は20歳そこそこだと思いこんでたぞ。途中で40代ってのが出てきて、一瞬、誰のことだかわからんかった(笑)。 (00.2.19)      

象牙の塔の殺人・アイザック・アシモフ著・池央耿訳(創元推理文庫)

 大学の化学専攻の研究室で、学生が死んだ。青酸ガスを吸ったのだ。指導教官であるブレイドはこれが他殺であることに気付くが、調べるにつれて自分が一番怪しまれる立場であることが分かり──。
 翻訳物が苦手なあたしをしてサクサク読ませる、とても分かりやすいストーリーと文章。謎解きのポイントは結局一点に絞られるわけで、何だか短編でも書けそうなネタなんだけども、そこへたどり着くまでの紆余曲折が面白い。被害者と恋人の会話の一言から推理するあたりは、日本人にはちょっと分かりにくいけれど、これは仕方ない。刑事が疑っているのは誰かという点でも非常にハラハラさせてくれて、その後には一気にカタルシスがやってくる。このあたり、見事!
 謎解きミステリではあるんだけど、眼目は、出来の悪い学生を引き受けて、欲も持たず、おとなしくしていたブレイトが「切れる」ところにあるのではないか。一度攻撃して見せれば、相手は見直す──非常にアメリカらしい。アシモフがホントに書きたかったことは、謎解きよりもブレイドという人物のあれこれだったんじゃないだろうか。謎解き物としては非常にシンプルなこの話を、遭えて長編にした理由はそこにあるような気がしてならない。 (00.2.20)      

ホリー・ガーデン・江國香織(新潮社)

 小学校から続いている女の友情。しかしそれはベッタリなものではなく、どこかクールで、傷つけあうことにも長けていた。一人は失恋の痛手から、どこかとらえどころのない生活をし、もう一人は真面目な美術教師という仕事と不倫の恋愛の両立中。
 全体に透明感の漂う、読んでいて心地いい物語。こういうのを、例えば乃南アサとか新津きよみなんかが描くと、すっごくドロドロしちゃいそうだけど(笑)、これは全体に水彩画のような淡さがある。現実感がない、ということかもしれない。でも、現実感のない描写の中に、ときどきドキっとさせるほどリアルな悪意や棘が見え隠れする。いっそ前面に出てきてくれればスッキリするものを、「見え隠れ」なだけに、その悪意や棘も気のせいにして、またフワフワして水彩画の世界に戻って行くのだ。「本気で恋愛をしないで、オトコだけを次々くわえ込む」のを責められた果歩は、「精神的な結びつきのある友人が何人もいる方がいやらしい」と言い返す。ここは圧巻。なるほど。ちょっと本から目を離して考え込んでしまった。
 しかしこの果歩って女、実際に身近にいたら腹立つだろうなぁ(笑)。中野クンってばいい人すぎてバカに見えるぞ。ラストシーンは、それまでイライラしてただけに溜飲が下がった。わはは、何て鬼畜なのあたしって。あたしにも女の友だちはいるけど──こういう付き合いは願い下げだな、うん。静枝の方に、もうちょっと展開が欲しかったかな。 (00.2.22)      

マジックミラー・有栖川有栖(講談社文庫)

 姉から電話があった翌日、その姉が殺された。疑いをかけられた夫は、仕事で博多にいたという。彼にはうりふたつの双子の弟がいたが、そちらもアリバイは固く──。
 読み始めてすぐ、西村京太郎の「殺しの双曲線」を思い出した。もちろん設定も物語も全然違うんだけど、双子を使うことによる仕掛けという点では似たものがある。でも、こっちの方が凝ってるというか、大がかりだな。アリバイも「イカニモ」で、さすがに時刻表や運行表をじっくり見たりはしないが(笑)、なかなか楽しめた。
 大きな二つの柱があるんだけど、一つは全くアリバイ崩しオンリーだ。で、もう一つの方がポイントとなってくるんだけど──おお、なるほど。アンフェア気味ではあるが驚かされたし、膝を打ったぞ。アリバイ講義がうざったいのと(好きな人にはアレが嬉しいんだろうなあ)、「ナンバ」のネタが何か浮いてるような感じがしたのが残念。いや、「ナンバ」自体は実に面白いし、短編が一本掛けそうな面白いアイディアなんだけども、それをどうしてあんなに××が××したのがか分からないのよね。だって、あのままの方が都合がいいわけでしょ? アレだけじゃどうせ起訴は無理だから、放っておいてもいいような気がするんだけど。 (00.2.25)      


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